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評価 ★★★★☆

 出たばかりの新書。著者は1945年生まれ、東北大教育学部卒、同大学院博士課程中退、秋田大名誉教授。

 本書はタイトルにあるとおり、ナチ時代のドイツでヒトラーを暗殺しようとしたり、ナチの政策に反対したドイツ人を取り上げて彼らの活動と思想を紹介するとともに、戦後のドイツで彼らがどのような評価を受けてきたのかにも言及した本である。

 反ナチというと、日本でも比較的よく知られているのは、トム・クルーズ主演でハリウッドにより映画化されたシュタウフェンベルク大佐のヒトラー暗殺計画や、ショル兄妹など若者が反ナチを訴えた白バラ・グループによる運動(これもドイツで映画化され日本でも公開された)であるが、本書はこれらを含めて包括的にナチ時代の反ヒトラー運動を、新書の枠内で最大限詳細に紹介しているところに特徴がある。

 最近映画『ヒトラー暗殺 13分の誤算』でようやく一般に知られるようになったゲオルク・エルザーのヒトラー暗殺計画、ユダヤ人などの救援活動にあたった「エミールおじさん」グループ、敗戦後のドイツのあるべき姿を模索し連合国側とも交渉しようとしたクライザウ・サークル、キリスト教聖職者の動きなど、日本ではあまり知られていなかった人々やグループについてかなりつっこんだ記述がなされており、ナチ時代のドイツ内部が決して一枚岩ではなかった様子が浮かび上がってくる。

 とはいえ、本書の第一章では、ヒトラー政権が基本的にドイツ人に圧倒的に支持されていたという事実が改めて確認されている。この点が重要なのは、ドイツの敗戦後になっても、反ナチ抵抗者をドイツへの裏切り者と見る風潮が強く、反ナチで処刑された人の遺族も決して暖かい目では見られていなかったからだ。本書の優れているところは、戦争直後のドイツがナチのイデオロギーからいささかも解放されておらず、一般のドイツ人の意識は戦前戦中のままだったという事実を明らかにし、したがって反ナチの運動もしばらくはきちんと評価したり研究したりする動きが出てこなかったと指摘している点だろう。実際、シュタウフェンベルク大佐らのヒトラー暗殺計画を国家反逆罪だと決めつけて誹謗する元軍人が戦後に現れ、そのために1951年に裁判が行われている(236ページ以下)。幸いにしてこの元軍人は名誉毀損で有罪になったが、当時は司法関係者にも元ナチが多かったので、裁判を起こした側はかなり周到な用意をしなければならなかったという。

 また、ちょっと驚くべきことだが、連合国側も反ナチの運動をしている人々に冷たかった。戦中はとにかくドイツを軍事的に無条件降伏に追い込むことだけが優先され、ドイツ内部の良心的なグループの訴えは無視されたし、戦後になってもそうした連合国の姿勢には変化がなかったという。

 本書はまた、戦時中にクライザウ・サークルなどが立てた敗戦後のドイツについての構想にも触れている。その構想は、戦後の西ドイツの政体にかなり近いものであり、つまり戦時中の良心的なドイツ人の考えは戦後のあるべきドイツの姿を或る程度予見したものだったと言えるのである。そこでは倫理的規範としてキリスト教精神が重視され、また民主主義が絶対とはされなかった。ここで「民主主義者なくして民主政治は存在しない」という法学者の言葉が引用されている。言うまでもなくヒトラー政権を生み出したヴァイマル共和国とは、民主主義者がいないところに作られた民主政体だった、という事実をふまえてのことである。

 以上のように、本書は単にナチに抵抗した人々の姿や行動を描くのみならず、その政治思想や、戦後のドイツで反ナチの運動が一般に知られ理解されるようになるまでにはかなり時間がかかっているという事情にも少なからず紙数を割いているので、反ナチ運動を深く知るために恰好の書物と言えるだろう。教えられるところの多い本である。

 ちょっとだけ望蜀の言を付け足すなら、キリスト教聖職者の動きについてもそれなりに書かれているが、教会は必ずしも反ナチで一枚岩というわけではなかったはず。簡単でいいからその辺に触れてくれるとなおよかったと思う。