(1)とにかくお金が降りてこない

 すでに他のブログ記事でも言及したが、今年度の新潟大学では各部局に降りてくるお金が前年度比でさらに激減し、結果、人文学部では教員一人あたりの研究費は3万円となった。前年度も前々年度比で激減していたわけだけど、2年続けての激減である。

 おさらいをすると、私が大学から1年間にもらう研究費は以下のように変遷してきている。
 
 2003年度まで   研究費約40万円 + 出張旅費6万円
 2004年度独法化    出張旅費を含めた研究教育費が20万円
 2015年度     同上 10万円
 2016年度     同上 3万円

 理学部の先生にうかがったところでは、理学部の教員も一人3万円だそうである。

 これも以前に書いたことだけど、この研究教育費には研究室で使うパソコン・プリンターのインク代など、事務的な経費も含まれている。如何ともしがたい額だ。万事に自腹を切らないとやっていけない状態になっている。

 実は、私の研究室のパソコン・プリンターはもう10年余りも使っていて、最近、或る部分を修理しないと使えなくなるという警告文がプリントの際に出るようになっているのだが、修理するといくらかかるか分からないので、怖くて修理に出せないでいる。自腹を切るしかないのだろうか。こうなると、新潟大学は完全にブラック大学そのものだ!

 ついでに書けば、新潟大学では給料においても人事院勧告が完全実施されていない。人事院勧告に従うなら地域手当(俗に言う大都市手当)が3%付くはずだが、1%しか付いていない。これによる損失は、例えば私なら月額1万2千円弱になる(税引前)。

(2)お金がない結果として

 お金が降りてこないのは、むろん私だけでなく、例えば私の所属する人文学部全体の問題である。そのため色々なところに支障が出ている。

 例えば図書を図書館に入れられない、ということである。
 図書館に図書を入れる経費としては学生用図書費というのがあって、これはいちおう昨年度も今年度も出ている。けれども、その額はというと、人文学部用の今年度の学生用図書費は総額21万5千円に過ぎない。人文学部教員は67人。だから1人あたり3千円強にしかならない。これ以外に大学院の学生用図書費もあるが、これは同様の額を文系教員全体で分け合うから、1人あたりの額はさらにわずかなものになる。

 だから、一昨年度までは私は人文学部の教育推進経費というものに応募して本を毎年数十冊ずつ図書館に入れていた。しかし、昨年度から人文学部に降りてくるお金が激減したため、この経費は廃止されてしまい、図書館に本を入れられなくなっている。
 そのため、例えば私の守備範囲で言うならば、『ヒトラーを支持したドイツ国民』なんて本も新潟大学図書館に入っていない。これは2008年に出た本だが、日本国内の約250の大学図書館に入っている重要図書である。なのに新潟大学には入っていない。私は昨年度の学生用図書費で入れようとしたのだが、入らなかった。今年度もどうなるか分からない。人文学部の教育推進経費があれば、昨年度には入れられたはずなのに。
 これはほんの一例に過ぎない。大学図書館なら当然入れておくべき本が、新潟大学図書館にはさっぱり入らなくなっている。

 人文学部では、このほか、毎年教員の研究成果を本にして出版するための費用100万円も出していて、私もお陰で博士論文『若きマン兄弟の確執』を刊行できたのだが、今年度はどうがんばっても50万円しか支出できないので、残り50万円は執筆者本人の負担で出版したらという意見も浮上している。しかし今のところ結論は出ていない。

 このほか、人文学部として購入している雑誌が何種類もあるのだが、これもなるべく削って欲しいという要請がなされていて、それで私も来年度末で定年退職ということもあるが、長年買ってもらっていたドイツの週刊誌”Der Spiegel”を今年度限りでやめることにした。これはドイツを代表するニュース雑誌で、新潟大では教養部ドイツ語科で(1993年度限りで教養部は廃止)購入していたドイツ雑誌の唯一の生き残りだったのだが、やむを得ない。購読料は年間5万円強だから、削ってもそれほどの経費節減にはならないが、まあそのくらい現在の人文学部は(もちろん他学部も)追いつめられている、ということですね。 

(3)経費節減に努めてはいるようだが

 新潟大学としても何もしていないわけではない。

 最近、新潟大学東京事務所を廃止したいが、という打診が学部長に来たようだ。この東京事務所は東工大と賃貸借契約を結んで使用しているのだが、2017年3月末で契約期限が切れるので、延長するかどうか問い合わせが来たのだそうだ。今年度は267万円の賃貸料を支払っているという。だから、これを廃止すればその分が浮くことになる。理事会としては廃止の方向で、ということのようでである。

 その少し前には、新潟市内にある学長宿舎を廃止売却したいが、という打診も来ていた。学長宿舎なんてものがあるとは私も知らなかったが、昔はともかく最近は使われていないので、ということらしい。

 というふうに、新潟大学は経費節減をしてはいるのだが、その一方でどうにも分からないお金の支出もしているのである。

(4)わけのわからない支出の仕方

 新潟大学の支出で最も摩訶不思議なのは、新学部を作ろうとしていることだ。これは実際に来年度入学生を募集しているようだけど、学内にお金がなくて困っているのにどうして新学部を作らなければならないのか、またそういう状態の大学が新学部を作ることをなぜ文科省は認めてしまうのか、まったく分からないと言うしかない。大学幹部も文科省の役人も、私からすれば宇宙人にしか見えない。

 次に、レクリエーション経費なるものがあって、新潟大学の教員と事務職員のために出ているのだが、これが例年と比べてあまり変化していないことである。
 
 例えば、こないだ映画鑑賞1400人分募集という通知が事務から来た。市内のシネコンの入場券を、申し込んだ者に1人1枚配布するというものである。ただしタダではなく、「負担金」として1枚につき600円か700円を払わなければならない(額が2種類あるのは、該当シネコンが2館あり、映画館によりチケットの斡旋額が異なるからだろう)。しかしともあれ、ふつうなら映画館の大人入場料金は1800円だし、サービスデーでも1000~1100円だから、得には違いない。
 これ以外にも、海水浴の時の海の家利用券だとか、観劇だとかの募集もある。

 これでどの程度のお金が使われているのだろうか。上記の映画チケットで考えてみると、大学は多分1枚あたり1500円程度でシネコンからチケットを購入しているのではないかと推測される。しかし1枚あたり600~700円の負担金を職員から徴収するのだから、大学の負担は1枚あたり800円程度だろう。という仮定で計算すると、800円が1400枚だから、大学の負担は合計で112万円である。
 これ以外にも上述のように観劇その他のレクリエーションがあるのだから、この方面での大学の支出はおそらく200万円程度にはなるものと思われる。
 
 給料すら人事院勧告どおりに支払えていないのに、なぜレクリエーションにこんな金を使わなければならないのか?? 謎である。

 まだある。外部から学者を呼んでの講演会が複数回設けられていることである。外国人の学者を新潟に呼んで講演してもらうには、それ相応のお金がかかる。教員に研究費がまともに降りているならそれも結構だが、そうでない、事務経費すら降りてこない異常事態の中で、どうして海外から学者を招いての講演会なぞを開催しなければならないのか。
 例えば給料も満足に支払われていない企業で、社員の慰労会と称して芸能人を呼んでショウをやったとしたら、社員はどういう反応を示すだろうか。そんなことにカネを使うならちゃんと給料を支払え!という声が上がるのが当たり前だろう。
 しかし新潟大学ではそういう常識がまったく通用しなくなっている。

(5)羊のごとくおとなしい教員たち

 奇妙なのは、こういう異常事態に教員が声を挙げていないことだ。
 いや、挙げようとしたことはあった。と過去形で書かなければならないのが残念である。
 
  昨年9月上旬、「新潟大学の現状と将来について考える学習会」の第1回が行われ、その後何度か開催された。この第1回には私も含めて多数の人間があつまり、教員の危機意識の高さがうかがえた。ここから危機を打開できるのでは、という期待がふくらんだ。(本ブログの「ブラック化する新潟大学(その5)を参照」)
 
 けれども、この「学習会」は「学習」を続けるだけで、つまり各部局の現状を報告し合うだけで、何の意思表示もしなかった。「研究費激減で教員が困っている、怒っている」という意思表示をしなければダメなのだが、「呼びかけ人」たちはそういう単純な事柄を理解していなかった。かろうじて、新潟大学が2年間の人事凍結を発表した時はそれに反対する署名を集めて提出し、ごくわずかな譲歩を学長から引き出したが、それだけだった。
 
 そもそも、この学習会は、各部局に降りてくるお金が激減して教員が困っている、というところからスタートしたはずだ。
 なのにその点では何の成果も出せなかったことは、この記事の最初に書いたように、昨年度は一昨年度比でお金が激減したのに、今年度はさらに激減しているという事実からも明らかだ。

 呼びかけ人に事態がつかめていないことは、この学習会が最近も(今年の4月)開かれたけれど、そのテーマが「新潟大学学長選考基準について」であったことからも分かる。
 文科省の奴隷である学長の選考規定? 問題は学長がどう選ばれようと(労組の推薦した人物が学長になろうと、学長になったとたん文科省の意向しか考えなくなるのである)文科省の奴隷に過ぎないという現状をふまえて、ロボット学長をどう脅し、或いはなだめすかして、お金を各部局に降ろさせるか、ではないのか。細かい学長選考規定を云々して何になるだろう。
 アホらしいと思って私は行かなかったけれど、多分組合系以外の教員も同様だったのではないか。

 いや、改めて呼びかけ人の方々に言おう。あなた方の戦術は完全に間違っていた。私は第1回の学習会で、①学長リコール運動を開始すること ②マスコミを利用すること の2点を提案したのに、まったく採用しなかった。しかし今からでも遅くはない。私の言うとおりにやってごらん。

 あと、詳しくは省くけれど、学部長(人文学部ではこの春に交代)がこういう問題にあまり声を挙げていないのが、気になる。
 一つだけ言っておくと、こういう時代は、第二次世界大戦前夜の英国政治家に比喩を求めて書くなら、チェンバレン首相じゃヒトラーを防げませんよ。チャーチル首相のような人を学部長に選ばないと。
 といっても、人文系の学者にチャーチル型ってあんまりいないんだけどねえ。

(6)このブログを読んでいる新潟大学教員、および他大学の教員の方々へ

 いや、「学習会」の呼びかけ人や学部長だけを批判するのはフェアではなかろう。

 一般の教員の方にも言いたい。誰かが何かをしてくれるだろう、と思っていては問題は解決しません。一人ひとりが声を挙げていかないと事態は悪化するばかりでしょう。
 或いは、他大学の教員で同様の問題を抱えている方でも同じです。
 学内でだけどうこう論議しても問題は解決しないのです。
 
 自分はお金がなくて具体的にどう困っているか、それを外部に発信していかなければなりません。そういう情報を私は募集します。
 もちろん、ご自分でブログやツィッターをやっておられる方はご自分で発信していただきたいのですが、そういう発信手段を持たない方は、私が代わりにこのブログで発信します。
 新潟大学教員、或いは他大学教員の情報提供をお待ちしております。

 メルアドはこちら。 miura(アットマーク)human.niigata-u.ac.jp