私も64歳、再来年3月限りで定年退職となる。
 数日前、新潟大学の退職セミナーを受けてきた。これは毎年1回開催されており、定年の2年前から受講でき、新潟大学の教職員だけでなく、長岡市や上越市の国立大学教職員も参加する。むろん今回私は初めて(そしてこれで最後)受講したわけだが、約100人の受講者があった。
 退職後の健康維持、生きがい、年金、資産管理などについてそれぞれの講師が話をした。

 まず気になるのはやはりお金のことである。
 実は私も去年あたりから自分の退職金と年金がいくらくらいになるのか知りたくなってきて、問い合わせをしたことがある。
 退職金は学内の事務に訊けば教えてくれるので簡単だが、年金は東京の年金事務所に問い合わせないと分からない。所定の手続きをとって問い合わせたのだが、送られてきた通知を見てもよく分からない。要するに、こちらとしては「あなたの年金額は一年でいくらです」とはっきり書いて欲しいのだが、そういうふうには書いていない。表が2枚同封してあり、そこに金額が書いてあるのだが、表のどの欄が自分の年金額になるのか、またなぜ2枚あるのかが分からない。さらに、それ以外に表のこの欄からいくら引いた額が**機構から支払われますとも書いてあって、さらに分からない。
 で、今回セミナーを受講して初めて表の見方が分かった。受講はやはりするべきものである。

 まあ、これは私がうかつな人間で、あまり先のことを考えないで生きているからかも知れない。遠い昔、私が大学院生だった頃だが、先輩には20代のうちから国立大学教員の退職金の計算方法を知っている人もいた。もっとも、この手の計算法は何十年も勤務していれば途中で変わるもので、あまり先走って物事を考えても無駄になる可能性が高い。
 
 それはさておきである。私がうかつな人間であることは、昨年まで年金からも税金と国民健康保険料を差し引かれるということすら知らなかったという事実からも分かるだろう。もらった年金はそのまま全額使えると思っていたのだ。
 今回セミナーを受講して、また自分でもネットで調べるなどして、どの程度の税金と健康保険料を差し引かれるのかも分かってきた。
 要するに受けとる年金を手取りの月額(年金は実際は2ヵ月に一度の支給)に直してみると、現在の月給手取額のほぼ半分になるようだ。また女房(私より4歳年下)が国民年金を受けとるようになると、さらに減って半分以下になる。むろんボーナスなどないわけだし、贅沢はいっさいできなくなる。退職したらしょっちゅう上京して外来オペラを聴きまくったり、ヨーロッパに行って当地の歌劇場に入り浸ろうかな、なんて数年前は考えていたのだが、とてもじゃないけどそんな真似はできそうもない。

 贅沢できないばかりではない。そもそも、老後資金なるものが足りるかどうかにも不安がある。
 というのは、最近の日本人は長生きするようになっているからだ。私は一昨年あたりから新聞の地方ページの「おくやみ」欄をよく見るようになった。それで分かるのは、最近では男でも90代まで生きる人が珍しくないということである。女はもともと寿命が長いし、今の日本女性の平均寿命は87歳に達しているから、90代まで生きるのは普通のことになっているけれど、日本男性の平均寿命は80歳だから、90代なんてそんなにいないだろうと思いきや、そうではないのである。
 つまり、個人差が大きいということだ。昔、私が小学生だった頃は男は60代かせいぜい70代前半で死ぬケースが多く、70代後半まで生きたら長生きの部類だった。現代でも50代や60代で死ぬ男はそれなりにいる。ところがその一方で80代後半や90代まで生きる男も珍しくないのである。要するに平均寿命の80歳というのはあくまで平均で、人によるばらつきが大きいということなのだ。

 私は、去年あたりまではせいぜい85歳まで生きればいいほうだろうと考えていた。私の近い血縁者の男性でそこまで生きた人間はいないからだ。また、90代まで生きる人間というのはもともと体が丈夫にできていて、60代でも40代のときと変わりませんなんてタイプの人だろうと思っていた。私は50歳前後で身体面でも知的能力(頭の回転や記憶力)でも一段低下したなと実感したし、昨年、満63歳になったあたりでまた一段低下したように思っているので、そこからしてもせいぜい平均寿命の80歳か、どんなに長く見ても85歳までにはくたばるだろうと考えていたのである。

 しかし、仮に90代まで生きたとしたら? 長生きすればするほどお金はかかる。老いれば医療費はかさむし、日常的な暮らしでも出費は多くなる。例えば家の改修費だとか家電製品の買い換えなどは年金ではまかなえない。貯蓄を崩すしかない。実際、5年前に自宅の屋根を全面的に葺き替えて300万円かかったし、2ヵ月前には給湯機(風呂や洗面所や台所に湯を供給する)がイカれて買い換え、30万円弱かかった。今の私は現役で働いているからいいが、年金暮らしになればこういう出費は結構こたえる。

 例えば私が現在の男の平均寿命である80歳で死ぬとする。すると定年退職後15年である。むろん超インフレなどに襲われれば、或いは少子化でいきなり年金がゼロになったりすれば話は別だが、そういうことがなければ「まあ大丈夫だろう」と思っている。しかし仮に95歳まで生きたら? そうなると定年退職後30年である。上に書いたような出費がかさむだけではない。30年という年月は何かが根本的に変わってしまうような長い時間だと思う。

 私が大学生時代に独文科で教えていただいた教授がまだ存命中である。今年、満96歳になられたはずだ。去年まで毎年年賀状をいただいていたのだが、今年の正月には来なかった。多分、年賀状を書きたくても書けない状態になられたのだろうと推測している。
 それとは別の年配のドイツ文学者からも、20年ほど前に学会のシンポジウムで一緒にパネリストを務めた縁で、以前は毎年年賀状をいただいていた。しかし3年前に「もう年賀状を書くことができない体になっているので」と年賀状謝絶の通知をいただいた。この方は現在86歳である。

 長生きしても、こういう状態になってしまう。いわゆる健康年齢が長くならなければ長生きしても無意味ではないか。おまけに長生きするほどカネの心配も大きくなる。
 長生きしなくてもいいから、寝たきりにならず認知症にもならず、上手にさっと死ねたらいいなと考える昨今である。むろん人間の寿命は分からないから、明日にでも死ぬかも知れないのだが。