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評価 ★★★

 出たばかりの新書。著者は改めて紹介するまでもないが1949年生まれのフランス文学者で明治大教授、著書多数。

 本書はタイトルにあるように、近年学者として注目を集めているエマニュエル・トッドの理論を分かりやすく紹介した上で、この理論によって世界史や日本史の重大事件を説明し、最後にはこれからの世界や日本の見通しを語っている。

 エマニュエル・トッドはソ連の崩壊や米国のリーマン・ショック、英国のEU離脱を予言して的中させた学者として有名である。しかしその学者としての理論的枠組が日本のジャーナリズムには必ずしも正確には理解されていないと著者は述べて、トッドの学者としての経歴から始めている。
 
 かつてはモルガン学説のように人類は昔は大家族だったものが時代が経つにつれて核家族に変わってきたと考えられていた。しかし近年ケンブリッジ大学のグループによる調査で、英国では12世紀までさかのぼっても核家族しか見られないことが判明し、人類の家族は最初から核家族だったと主張されるようになった。ところがトッドの調査によりドイツやロシアには昔は複合家族・大家族が存在していたことが分かり、トッドはケンブリッジ大のグループと袂を分かつことになる。

 このようにトッドの学問は家族形態に関するものなのであるが、そのスタートにあったのは別の疑問だった。つまり人類の人口の変遷である。人類は長らく多産多死型社会だったけれど、やがて少産少死型社会へと移行する。ふつうに考えれば、栄養が悪くて医学も未発達だった時代には多産多死型社会になるしかなく、栄養が良くなり医学も発達すれば少産少死型社会に移行するという図式が思い浮かぶ。ところが、実際は少死になってもしばらくは多産のままに社会は続くのだという。その時に人口の大幅な増加が起こるのであり、今でもアフリカはそのような状態にある。
 ではいつ(なぜ)少子化が始まるのか。トッドによれば、子供の数を左右しているのは女性の識字率である。女性の識字率が50%を超えると少子化が始まる。また、男性の識字率が50%を超えると革命や大変革など大きな社会的変動が起こるという。
 さらに、女性識字率を決めるのは、家族システムだという。

 そこで家族システムの話となる。従来は家族というと核家族か大家族かという区別しか考えられていなかったが、トッドはそこに遺産相続システムという要素を導入した。つまり兄弟の平等・不平等ということである。これによって家族は4つのタイプに分類される。

 1.絶対核家族(イングランド・アメリカ型)
 結婚した男子は親と同居せずに独立。相続は1人だけで、兄弟平等ではない。子は早く独立するから親子関係は権威主義的ではない。教育には不熱心(子供の早期独立を促すから)だが、女性の識字率は比較的高い(兄弟の不平等は姉弟・兄妹にとっては平等を生みやすい)。

 2.平等主義核家族(フランス・スペイン型)
 1と同じく子供は早くに独立するが、相続は兄弟間で平等である。親子関係は権威主義的ではない。教育には不熱心で、兄弟が平等である分、女性(姉妹)の地位は低い。

 3.直系家族(ドイツ・日本型)
 結婚した子供の一人(多くは長男)が親と同居するのが原則。親子関係は権威主義的。教育熱心で女性の識字率も高い。

 4.外婚制共同体家族(ロシア・中国型)
 男子は長男・次男を問わず結婚後も親と同居。したがってかなりの大家族となる。父親の権威は大きいが、財産は平等分与なので、父の死後息子たちは独立して家を構える。マルクス・レーニン主義による共産主義国家を生んだのはこの家族型である。教育には不熱心。女性の地位は低く、識字率も低い。

 以上の、例えば4を見れば分かるように、家族の形態は共産主義革命の成否ともつながっており、それだけ大きな、単なる家族類型にとどまらない影響力を持つ、というのがトッドと著者の主張である。また、「そんなこと言っても先進国は今は核家族が主流でしょ」という異議に対しては、こうした家族パターンは、組織を作るときにも影響を及ぼすとされる。つまり社会のあり方そのものを規定しているということである。

 本書後半では著者の鹿島茂が世界史や日本史の重大事件をこの理論と結びつけて説明しているが、面白いとは思うものの、何となく金太郎飴的な感じは消せなかった。つまり、マルクス主義理論や、フロイトやユングの心理学が一応何でも説明できてしまうのと同じじゃないかと思ったのである。何でも説明できる理論というのは、どことなく怪しいものなんだけどねえ。

 ただし最後で日本の最大の問題は少子化だと喝破しているあたりは大いに共感できた。著者は見合い制度の復活、といっても昔風の見合いを今さら復活するのは無理なので、舞踏会を日本に広めるべきだと述べている。実際、一度著者が舞踏会をお膳立てしたら、そこから夫婦が何組か生まれたそうである。

 私も、大学の教養科目の文学講義で、19世紀・20世紀初頭のドイツの小説に舞踏会シーン(もしくはその練習シーン)が出てくると、「舞踏会というのは、要するに身分の釣り合った若い男女の集団見合いなのです。舞踏会だからこそ、ろくに知らない若い男女同士が手を握り合い、顔や体が触れんばかりの近距離で一緒に体を動かすことができるのです。西洋は誰でも恋愛結婚、なんてのは大嘘ですから、見合い制度をバカにしてはいけません」と力説しているのであるが、やってみる価値はありそうだ。

 なお一つだけ疑問を述べておくと、ナチズムとファシズムをドイツと日本の家族型によって説明しようとしている箇所があるが(122ページ)、ファシズムはイタリアの現象であり、日本にはドイツやイタリアのようなファシズムというのは存在しなかった(軍部の横暴や戦時体制〔これは戦争になればどこにでも生じるもの〕はあったけれど)と見るべきではないか。トッド理論によるとドイツとイタリアは家族型が異なるのだから、ナチズム・ファシズムと家族型が本当に結びつくのか、もう少しちゃんと考えてもらいたい。