(1)
 私は2018年3月末日限りで新潟大学を定年退職した。私の後釜は採用されていない。新潟大学人文学部で今回定年退職したのは私ひとりであるが、人文学部の教員数がまたひとり減ったことになる。2018年5月現在、新潟大学人文学部の専任教員は60名。20年前の1998年度には84名だったから、20年で3割近く減ったことになる(助手・助教を含む。外国人教師は含まず)。

 なお、私は退職後もGコード科目(教養科目)の非常勤講師を務めている。以前なら、前期1コマ、後期1コマに相当する分でしかないが(現在は1年4ターム制になっているので、4・5月に週2コマ、10・11月に週2コマの出講となる。ターム制については次の(2)を参照)、いずれも定員150人の講義科目である。

 最近新潟大学では教員数が減っており、それでも専門科目はどれだけ必要かが計算しやすく、また教員も基本的に自分の専門の学生のことを考えながら仕事をしているから、教員数が減っても専門科目は必要な数だけ確保されている。

 ところが教養科目についてはそういう配慮が働かない。教養科目を受け持っていた教員が定年や移籍でいなくなると、その分の教養科目がそっくり消えてしまう場合が少なくない。

 もともと新潟大学の教養科目の数は、学生数に比べて多いとは言えない。だから現在のように教員がどんどん減る事態になると、まっさきに影響が及ぶのは教養科目なのである。

 そのため、定年退職した教員が教養科目の非常勤講師を務めるケースが増えている。私もそうである。かつて、(教養科目だけを受け持つ教員で作られた組織である)教養部が存在した時代にも、コマ数の多い外国語科目については定年退職した教員が非常勤講師を務めていたが、人文系講義科目については1994年の教養部解体、2004年の国立大独法化によってその傾向が強まってきたと言える。

 ちなみに、今週になって判明したことだが、私の受け持っている講義科目に不正な手段で登録した学生が一人いた。詳細は省くが、その背景にあるのは教養科目の数が十分ではなく、学生が専門科目に登録したあとに教養科目を取ろうとしても希望の(専門科目が入っていない)曜限に取れないという実態であろう。学生だけを責めて済む問題ではない。

(2)
 2018年度の新潟大学の予算は、2017年度末に言われていたところでは、前年度並み、ということであった。とすると人文学部では教員ひとりあたりの研究教育費は2017年度と同じく10万円になる可能性が高い。財政難によって様々なひずみが生まれている現況は、変わらないままということになる。

(3)
 2017年度のうちに大学上層部から各学部に伝えられていたことがある。2019年度から英語の授業については、大学としては2単位分しか保証しない、というのである。従来の半分になるわけだ。

 「2単位」をもう少し説明すると、半年単位のセメスター制なら前期が週1回の授業1コマ(これで1単位)、後期も1コマということになる。週2コマの授業なら、前期だけでおしまい、となる。現在の新潟大学はセメスター制からターム制に移行しつつあり、1タームは8週間で、1年が4つのタームから成っている。外国語の授業は16回で1単位だから、1ターム週2回の授業を一つ出して1単位となる。だから、例えば第一ターム(4・5月)に週2回の授業を一つ、第二ターム(6・7月)に同じく一つ、それでおしまい、ということになる。

 大学上層部の言うところでは、それ以上英語の授業を出したいなら、各学部が自前でやって欲しいとのこと。つまり、各学部の専任教員が自分で英語の授業を出す、或いは専門の授業を英語でやるようにして英語力の養成も兼ねるようにする、或いは独自の財源があるなら自腹で英語の非常勤講師を雇用するといった方法である。

 以上のような事態の背景にあるのは、言うまでもなく教員数の減少と全般的な予算不足である。
 新潟大学では英語の専任教員が激減している。
 1994年に教養部が解体する以前、新潟大学には英語を受け持つ専任教員が30名以上いた。
 教養部解体直前である1993年6月の新潟大学職員録を見ると、教養部に英語教員が16名(うち外国人教師1名)おり、さらに人文学部に英米文化系の教員が11名(うち外国人教師1名)、教育学部の英語教育科に教員が7名(うち外国人教師1名)在職していた。

  教養部解体後、教養部の英語教員は人文、法、経済、教育の4つの学部に分属したが、それ以降の教員定員削減などにより、全学の英語教員は減少の一途をたどっている。

 現在、人文学部の英米文化系教員は5名しかいない。教育学部の英語教育科教員も5名。ただし、それ以外の両学部専任教員で教養英語を受け持っている人も若干いるが、教養部のあった時代のように教養英語だけを受け持つ教員はいないから、ひとり当たりの英語科目出講数は多くない。

 また、教養部解体後に法学部と経済学部に分属した英語教員が計9名いたが、現在、経済学部の英語担当教員は4名いるけれど、法学部には1人もいない。法学部は英語教員を定員削減などに当てたのであろう。ついでながら、ドイツ語教員も教養部解体時に4名が法学部に移籍したはずだが、やはり現在1人も残っていない。新潟大学の法学部は文系であるにもかかわらず学生に第二外国語履修を義務づけていないなど、外国語教育にきわめて冷淡な学部である。といって専門の法学教育で実績を挙げているかというと、法科大学院廃止からも分かるように、その方面でも芳しくない。

 というわけで英語担当の専任教員は激減している。ならば非常勤講師で補えばいいという見方もあろうが、財政難の新潟大学ではそれも困難である。 

 教養部が存在した1993年度まで、新潟大学では、教育学部を除いて全学部が英語8単位、第二外国語(正式には初修外国語という。要するに英語以外の外国語のこと)8単位が必修であった。教育学部のみ、英語8単位、第二外国語4単位必修となっていた。ともあれ、新潟大学に入った学生は全員が教養部の英語の授業を8単位、ということは週2回の授業を2年間受けていたのだ。それが、2019年度からは1年間週1回の授業に相当する分しか課せられないことになる。かつての4分の1となるわけだ。

 ただし、教養部解体以降、クラスの少人数化などがなされているから、コマ数だけで判断して単純に4分の1とは言えないが、しかし国際化時代に逆行する措置であることは誰の目にも明らかである。ブラック化がとまらない新潟大学の現状がここにも表れていると言えるだろう。