2012年02月22日
名古屋市の河村たかし市長の「南京事件」に対する発言がいろいろ話題となっているようなので、今日はこれについて少し。
1 報道内容
このニュースは名古屋市長が「南京大虐殺」を否定する発言という形で見出しがつけられは報道されています。例えば『朝日新聞』「河村市長、南京発言撤回せず 重ねて『大虐殺無かった』」、『共同通信』「南京事件なかったと河村市長 訪問の中国・市常務委員に」等。
しかし、この『共同通信』の記事を見ると河村市長の述べている発言内容は以下のようになっております。
河村氏は、終戦時に父親が南京市にいたことを挙げて「事件から8年しかたってないのに、南京の人は日本の軍隊に優しくしていたのはなぜか」と指摘。
「南京で歴史に関する討論会をしてもいい。私は南京の人に感謝している。互いに言うべきことを言って仲良くしていきたい」とも述べた。
2 河村市長の言いたかったこと
あくまで私の推測にすぎませんが、河村市長が言わんとしたことは、中国が金科玉条の様に主張する南京大虐殺30万人説についての疑問であり、それについて日本側も主張すべきことは主張し、腹を割って話し合い、わだかまりをなくすべきだということではなかったかと考えます。
思うに、日本人の友情というは、互いに隠し事をしないことを良しとする傾向があり、その延長にこうした発言があるのではないかと考えます。そのため、日本人にとってこうした主張は大変共感できるものではないでしょうか。
しかし、外国人相手に同じ発想が通用するかとなると、これはまた別かなと考えたのも事実です。ある意味、日本以上に建て前が重要視されるのが中国で、特にこうした公式訪問の場で建前以外の話が出るはずがありません。
3 解釈の問題
事実の積み重ねが「歴史」であると勘違いをしておられる方もいる様ですが、「歴史学」は解釈学です。
芥川龍之介の『藪の中』ではありませんが、1つの殺人事件に関しても全く異なった複数の見方が存在しえます。これがより大きな「歴史的事件」となれば、様々な見方が存在するのが当然です。そして本来であれば、その中でどれがより本当らしいか、説得力があるか皆で話し合おうとなるわけです。
しかし、中国においては抗日戦争を指導し勝ち抜いたのが中国共産党の政権の正当性の1つとなっているので、この根幹の部分において中国共産党に都合の悪い異論を認めるという選択肢はありません。
そのため中国共産党が30万人説を採用している以上、この問題について中国側が考えを改める可能性はないと考えます。しかし、そうは言っても何も反論しなくて良いのかという話になるわけで、そういう意味で河村市長の提言の意義は認めえます。
4 最後に
こう書くと中国の悪口の様に聞こえますが、別にこれは中国に限った話ではありません。日本にもタブーは存在しますし、特定のアメリカ人に対し、進化論を主張し、聖書の矛盾を追求しても、そんなことは徒労に終わることは周知の事実です。
私はそもそも「客観的事実」などというものが存在するとは考えておりません(参考「相対主義」)。しかし、人にはそれぞれ「信念」とでは言うべきものが存在し、それに反対してしまうとかなりやっかいなこととなるし、それを変えさせようなどと思った日にはもっとやっかいなことになるとだけは思っております。
この記事へのコメント
普通は、ある国が一方的に歴史認識を押し付けたら
押し付けられた国は大問題にしますよ。
ではなぜ中国は日本にだけ強気に出るか?
日本は押したら引くということを知っているからです。正しいから主張しているのではありません。
ではなぜ中国は阿片戦争を持ち出してイギリスに
謝罪を求めないか。
そうされたらイギリスは
中国に断固刃向かうことを中国は
知っているからです。
中国は歴史認識で攻めれば日本は引く
ということを知っているんです。
韓国もそうです。
中国を見習ってあらを探して日本を
歴史認識で攻め続けています。
日本はなめられているんです。
歴史の問題を既に通り越しています。
もうこれは外交問題として国民が認識すべきです。
歴史認識が正しいとか間違いの問題ではないです。
もし歴史認識を学者によって本気に精査するなら
過去のアメリカのインデアンの虐待や原爆投下、
またはスペイン、ポルトガルの侵略など様々な
問題をすべて現代の価値観で見直さなければならなくなります。
歴史認識を外交カードとして利用すること自体に
疑問に思わなければなりません。
歴史認識と政治。
本来別物ではないでしょうか。
謝罪を求めないか。」
日本のあのような大規模で残忍さ極まりない侵略行為はなければ、イギリスにとことんまで侵略罪を問うでしょう。ところが、日本の侵略行為は時間的に近代で、規模の大きさと深刻さなどで日本はイギリスの罪を遮ってしまうのではと思うが。
歴史的解釈は、帰納法、演繹法に基づいた「科学」でなければならない。
旧日本軍の公式資料、日本兵の陣中日記その他諸々の一次資料から判断し、南京での大規模な虐殺は「あった」。これは、全世界の歴史学者が出した結論である。
たくさんの事実の結果が一つなのです。
つまり一つ一つの事実に様々な解釈(検証)を行わなければ、間違った歴史認識が生まれます。
中国がこのあたりを、自らの正当性ばかり主張し拒み続ける限り歴史は繰り返します。
…と、まぁ演説はここまでで、中韓は本来歴史なんぞどうでも良くて、いちゃもんつけて金づるをキープしたいだけなんだけどね。
日本を揺すれば金がチャリチャリ落ちる貯金箱だと思ってる訳さ。
そしてその中韓に回った金を目当てに日本の政治屋どもが「謝罪と賠償」という大義名分の下に日本国民の血税から金を渡して、一部を自分達に還流させているという訳だ。
歴史なんぞ一部の人間達の思惑でどうにでも変わるもの。
歴史を「外交カード」に使う立場は私もあまり感心しません。下手をすれば不幸自慢にもなりかねませんから。
おっしゃるとおり、歴史認識と政治は本来別物ですが、中国共産党は党の設立基盤に関わってくる問題ですので、別物とすることはできません。
韓国の場合、私は中国を見習ってというより、小室 直樹ではありませんが、古代以来ずっと日本より上の立場にいた韓国が、明治維新後、日本の後塵を拝することとなったことによるコンプレックスのようなものの方が強いと考えております。
私は「歴史学」とは、どのように「事実」を並べ、それをどう解釈するかであると考えております。
何かにはいろいろトンデモ歴史を信じてる人もいるので、そういう人にとってはそれが「真実」となることをもあると思います。
おっしゃるとおりかと思います。
それ以外に付け加えると、かつて植民地だった香港は既に中国に返還され、そういう意味で、精算が済んだと考えているところもあるのではないでしょうか。
すいません「未帰還者多数」が何を指しているか、わからないので、コメントは保留とさせていただきます。
数がいくらかという問題はあれ、虐殺があったことは事実かと思います。
ただ、彼の発言について「南京大虐殺否定」という言葉だけが1人歩きしてしまった面があり、彼の言いたかったことはそうではなかったのではないかと思い、書いてみたものです。
むろん私の推測に過ぎませんので、あたっている保証はありませんが・・・
私も南京大虐殺そのものを否定しようとは思っておりません。
しかし、いろいろな立場や意見があり、それを自由に論じることができないのはおかしいのではないかと考えているに過ぎません。
そして、同時にあることを「信じている」人の思考パターンを自分の望むように変えるのは難しいとも思っているに過ぎません。
物事にはいろいろな考え方があり、いろいろな側面があるということでしょうか。
善意が利用されることもあれば、「善意」のフリをして初めから何か見返りを求める人もいるわけで、ま、いろいろですとしか言えないと言ったところでしょうか。
中国の歴史認識は「別物」とすることはできないというご意見は同感です。ということは相手の歴史認識は
外交絡みとも言えるわけで、そうであればその中国の主張を丸受けすることは日本の国益に反することになるでしょう。日本が「別物」で外交をしている間は
永遠と中国の主張に反論できないと思うのです。
歴史認識は事実の立証が難しいゆえに
外交カードになりやすいものです。
今までの政治家たちは中国の主張をその都度、
受け入れてきました。
ハッキリNOと言った政治家もいましたが
しかし例外なく吊しあげられています。
残念なことに同じ日本人からの非難も多かった。
例えば輸出産業がメインの大企業の方たちや
その関係者らは「謝っておけばいいんだよ。
中国経済はこれから伸びるのだから中国との
友好が大切さ」
など歴史認識とは無関係の経済利益を優先していた。
それが戦後の日本の姿勢であった。
河村市長はそんな日本の姿勢を知らない訳はない。
あえてあの発言をすることで間違いなくバッシング
を浴びることは彼自身、想定していたことだろう。
損か得かで考えれば損である。
しかし損覚悟で自分の信じたことを堂々と中国に
言ったことは外交の姿勢としては正しかったのでは
ないでしょうか。
そして国益に沿った発言だったのではないかと
思います。
我々は中国の主張や反日学者を鵜呑みにすることは
日本人として立ち位置が違う気がする。
浅い独学だが日本人として立ち位置で考えられた
ことは良かったと今では思う。
南京大虐殺を真実と思っている日本人と議論すると
面白いことに気がつく。
本人は自覚がないが知らぬまに中国とそっくりの
主張をしていることが多い。
反論してくる日本人がまるで中国人に思えてくる。
自分はそうならなくて良かったとつくづく思う。
なぜなら私は日本人であり中国人ではないからだ。
「謝っておけばいいんだよ」という発想だけで、謝るという姿勢は最も唾棄すべきものであると考えます。
まず自分自身に嘘をついていること、そして相手に対しても口先だけで、ごまかそうとして、結果として相手にも嘘をついていることになるからです。
そうした八方美人的な態度が人から尊敬をうけるはずもなく、人として大事な何かをなくしてしまっていると考えます。
私は相対主義者なので、最も嫌いなことは、他人から思想を強制されたり、他人に対し思想を強制することです。
日本では言論の自由があるのだから、そうした強制には各々の方法で(当然そこには時には逃げるという選択肢もあるわけですが)、立ち向かうべきであり、それを常にごまかして生きる人はあまり好きにはなれません。
>あくまで私の推測にすぎませんが、河村市長が言わんとしたことは、中国が金科玉条の様に主張する南京大虐殺30万人説についての疑問であり、それについて日本側も主張すべきことは主張し、腹を割って話し合い、わだかまりをなくすべきだということではなかったかと考えます。
とりあえず河村さんの今回を含めこれまでの南京事件に関する発言・主張をチェックしてみることをおすすめします。それとできれば、今日までの南京事件に関する日本国内での論争についてもです。
河村さんが参照するのは東中野修道さんなんです。もちろん東中野さんがやってきたことは「三十万人説についての疑問」ではありません。
とりあえず歴史認識問題を扱っているブログを「河村」で検索してみました。「河村」関連のエントリがたくさんありますのでよろしかったらさかのぼってチェックしてみてください。
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/searchdiary?word=%B2%CF%C2%BC
日本国内での南京事件に関する論争も「三十万人説についての疑問」ってかんじではまったくないんですよね。とりあえずうまくまとめているなと思ったエントリを一つ紹介させていただきます。
http://d.hatena.ne.jp/bluefox014/20080104/p4
河村さんはこのエントリで紹介されている否定論者たちと同じグループです。完全否定論です。
名古屋市長、やっちゃったなっていうのが感想です。
中国人や韓国人みたいですよ。
表敬訪問しに来ている人に、そんなこといいますかね?
招待されて宴会にいったら「日本人は昔中国で悪いことをした・・・」ってはじめる中国人はったくさんいますけど、それとおんなじじゃないですか、礼儀知らずです。
まして相手が絶対に「30万虐殺説」以外の説はみとめないんですから、こういう問題を意図的に起こして、名古屋にくる中国人観光客を減らしたい、とかいう政治的目的がないんなら、あの場ではいうべきじゃないですよ。どんな政治目的があっての発現なんでしょうか。思ったことをただいうだけなら政治家じゃないです。
ただ、中国人も最近は、30万説を怪しく思ってるんでしょうかね。
3万でも30万でも虐殺があったことに違いはないなんて昔はいわなかったですよね。
しかし、人命が軽い国なのか、27万の誤差はどうでもいいでしょうかね。
いろいろ情報をいただき感謝しております。
ただ、どうしても河村市長の発言の場合、報道もかなり細切れ状態で、もう少しまとまったものを読んで見ないと彼の意図がどこにあるのか、今一良くわからないというのが私の正直な感想です。
「南京事件」については、いろいろな書物がありますが、あまりの独善的な態度にあきれかえる本もあり、読むことに拒否反応を覚えてしまったものも存在します。
そのため、私自身も網羅的に全て読んでいるとは言えないのが正直なところです。
機会があればもう少し勉強したみたいところではありますが、いろいろ難しそうです。
「名古屋市長の南京事件否定発言2」で言及させていただきましたが、私もタイミング的には彼の発言はいろいろ問題があるのではないかと考えております。
もう少しいろいろ計算をして、発言する内容(言葉)なども吟味してから行うべきではなかったかと考えております。
「30万人説」は江沢民が主導したと言われておりますので、指導部の交代に伴い、それほど拘泥しなくても良くなってきたという面もあるかと考えます。
ではどうやって殺害したんだろう。
一発一発銃で打ったんだろか。
短期間では無理と思う。
確かナチスは設備の整った毒ガス室を用意しても
5万人を1ヶ月かけたと記憶している。
満員の甲子園球場は4万人ほどです。
あんな人数を銃で一人一人殺したら
大変時間がかかる。
何か別の方法で出来たとしても
仮に20万人を短期間で殺害したら、
それこそ目立つ目立つ。
まして死体の処理はどーしたんだろ。
埋めるにしても川に捨てるにしても
燃やすにしても目立つ目立つ。
外国記者はいっせいに記事にし
タイムリーに世界に発信しただろう。
安全区国際委員会の書記長
ルイス・S・C・スマイス博士は
その調査報告書(南京地区における戦争被害調査)
の中で「住民のほとんどはここに集まっていた。
難民区内は一件の火災もなく平穏であった」
と述べている。こんな記事まずかけないでしょ。
1万だっていや、1000人だってたとえ500人
だっていちどきに人間が虐殺されれば
いくら戦時中とはいえナチスのような能率的な
施設がない限り記者の間では大スクープになると
思うが。100人だとしても死体を100人分
移動したら少なくても記者全員に
わかるんじゃないかな。
日本軍は銃の玉は貴重だったはず。
銃以外で殺害したとしたら
銃以外に能率的な兵器や装置がいくつも
発見されていなければならないだろう。
ただ私は学者ではない。だから何人かはわからない。
また30万という数字も私は
決定的に否定できない。
だけど直感でこりゃー無理だと思うだけ。
たとえ100人でも50人だったとしても
おなんじです。
何か事件を探しに来ている記者がいて
数人の記者しか虐殺の報告がないということは
逆にその数人の記者らに疑問と疑惑を感じるのです。
この問題に関わらず、百人斬り事件とか、田中上奏文の捏造とか、いろいろどこまで本当だかわからなくなってしまっている面もあるかと思います。
だからこそ本来は、皆で何が行われたか検討すべきだと思うのですが、いろいろイデオロギー的発言などにより、相手の発言を全否定することだけに労力が注がれているのが問題と考えます。
もっと冷静になるべきで、論争は相手を言い負かすことが目的ではないと思うのですが、なかなか難しいようです。
これについては、すでに捏造の可能性が高いっていうふうに百度百科にもかいてあったような・・・。
中国の教科書にも両論併記されたとか。中国の歴史教科書に両論併記されたのははじめてなんじゃないかというのを読んだことがあります。
要は「反日教育」VS「自虐教育」といっても
良いのではないですか?
そして「冷静になる」とは何も「熱くなるな」、
というだけでなく「バランス感覚を持て」
ということであり、つまりは
「自虐にもなるな 」
ということですよね。
中国の教科書に田中上奏文のことが、両論併記されているというのは初めて知りました。
個人的にはユダヤ人世界支配論と同じレベルのものに過ぎないと考えておりますが、結構信じている方が多いのは困ったものだと思っていたところです。
お教えいただきありがとうございました。
いろいろなバリエーションがあるので、個人的には別に「反日教育」VS「自虐教育」に限らなくても良いと思っております。
上で「冷静に」と書いたのは、論争は相手を打ち負かすためにのみ行うのではなく、時には自分の間違いを発見し、より良いものを得るために行うと私は考えております。
確かに教科書共同研究における専門家同士の話し合いでも中国側の頑固さには呆れかえるところがありましたが、日本側もそうした態度をまねすべきではないということを想定して書いたものです。
どんな田舎に行っても日本人はこざっぱりとして、親切で、やさしく、ほほえみをたたえた礼儀正しい人たちで満ち満ちているとハーンだけでありません。モースも、多くの西欧人が心より感動しています。いつからこんな下品な人か首長になったのでしょう。名古屋市長と言えば私がいたころは杉戸市長にしても、桑原県知事にしても人間として気品があった。香りがあった。今は、毒々しい悪臭が漂うような言葉使いで、歩き方も品性が欠けています。
名古屋人は、礼を重んじ、言葉づかいもきちんと話すことをしつけられました。名古屋弁は美しい言葉です。どうぞ今後、品性ある言動で、賓客を迎えてください。芸ごとも盛んだった名古屋は、お茶をたしなむ人も多く、非常に美しい言葉を話しました。
市長は名古屋市の顔です。いきなり相手の一番嫌がることを、顔に泥を塗るような言動は決してしてはなりません。
勝海舟と西郷隆盛は、言葉は少ないが信頼しあっていた。しっかりお互いに相手の人格を尊敬し話あってことをまとめたのです。敵ながらあっぱれでなければならないのです。最近の日本人は、ぎすぎすして、相手を見れば敵だ、やっつけてやれ、と見苦しく相手を挑発します。河村さんの顔は醜い顔になっています。笑っていても醜いです。
上記のとおり、「名古屋市長の南京事件否定発言2」で言及させていただきましたが、私もタイミング的には彼の発言はいろいろ問題があるのではないかと考えております。
完全にメンツを潰された恰好になってしまった南京市代表団、彼らは自分のメンツ回復のためにも名古屋市に対し、強硬に態度に出ざるをえなくなっていると考えます。
もう少し別のやり方があったのではないかと思っております。
面子を重んじるのは東洋の国はどこもです。外交は、そのメンツを大切にしなくてはなりません。
礼に始まり礼に終わるというのが、国技である柔道、剣道、相撲です。名古屋市を代表する人が、お客を迎えていきなり、泥を顔に塗る、面子をつぶすような外交があるでしょうか。
尾張の文化にはありません。尾張は格式の高い御三家でも筆頭でしたから、きちんと言葉も大切にし、芭蕉も、神楽坂の商人の家に泊まり、句会もしています。学問のレベルも高く誇りに思っています。
河村市長は崩した名古屋弁、汚れた名古屋弁をお使いのようで聞き苦しいです。日本中に汚い言葉として宣伝しないでください。はるかかに洗練された言葉です。今回は一番名古屋のメンツをつぶしてくれたのが河村市長です。河村市長の人格の低劣さが日本だけでなく、世界にも広がってしまいました。
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中国商務省日本問題専門家の唐淳風氏は、
「1945年の終戦間際に日本軍は現地軍に
沖縄県民の皆殺しを命じ、米軍占領の直前に
26万人を殺し、虐殺の規模は南京大虐殺に
次ぐものとなった」と発言し、しかも
「今沖繩では琉球独立運動が激化し、
中国はそれを支援するべき」と結論づけた。
人民日報傘下の「環球時報」
(2010年11月10日)
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20120227/plt1202271231001-n1.htm
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今はこのデマを信じる人間はいないだろう。
もしこれをしつこく何年も続けたら
きっと10年後には世間では「琉球人民大虐殺」
という歴史認識が生れるだろう。
南京大虐殺のように「26万人はではない、
10万人だ」といった人数の論争に少なくても
持ち込められたら中国側としてはデマは一応
成功です。
また「沖縄集団自決」にうまく結びつけられても
デマに成果ありでしょう。
「歴史認識で叩け」
これは中国の要人が主張していた対日外交戦略です。
しかし日本はあくまで紳士的に対抗すべき。
我々の方が人間的に一枚上なのだ、と思って
発言することが大事でしょう。
「徳は孤ならず必ず隣あり」もし河村市長に徳があれば孤立することはなく必ず助けてくれる人、隣人が集まってくるでしょう。中国の隣人も笑顔で日本に来てくれるでしょう。しかし、もし徳が欠けていれば、必ず河村市長を避けるでしょう。そして孤立するでしょう。自己を宣伝しようと悪あがきし、偽悪的にふるまうのはよしてください。
イドラはその性質上4つに分類されます。まず私たちが陥る偏見の第一は私たち人間という種に共通するもので、「種のイドラ」です。人間の感覚が陥る錯覚などがあたります。
二つ目が各個人のもっている偏見にあたる「洞窟のイドラ」です。確かに人は個人の意見や好みを真理のように人に押しつけることがよくあります。第三は「市場のイドラ」といって、言葉が誤って伝えられたり理解されたりすることによって起こる偏見です。今でも金融市場などでは単なる人の噂や風評に踊らされて、株価などが大きく変動するなんてことがよく起こります。最後が「劇場のイドラ」
これは舞台上で行われている演劇を本当のことと誤解してしまうように、伝統や権威に縛られて正しい判断ができないことをいいます。テレビで有名な学者がいっていたから本当だと無条件に信じてしまうようなことです。○○新聞が書いていたを信じてしまいますよね。ベーコンはこのようなイドラを捨てて「赤子の心」で自然の観察・実験を行わなければならないというのです。
南京事件も、「市場のイドラ」によって「洞窟のイドラ」その人固有のイドラにとらわれて、本当のものが見えなくなることがあります。中国人は中国人のイドラにとらわれ、日本人は日本人のイドラにとらわれ、河村市長は自己の体験(父から聞いたという)にのみとらわれてものを言う時、本当のものは決して見えない。
あらゆるイドラから自由になって、謙虚に吟味する勇気を互いに持つことが大切です。学問をするといことは偏見からの解放です。河村市長も自らの偏見から解放されて吟味してみたらどうですか。中国の人も、自らの偏見から解放されたらどうですか。人間すべてイドラにとらわれているのです。
外交はそもそも王侯貴族同士が担っていたということもあり、礼が大事なことはいうまでもないかと思います。
当然その中には相手に対する気配りも含まれており、相手のメンツをつぶすようなことはすべきではないかと考えます。
そういう意味でも、今回の河村市長の対応はあまりほめられたものではないかと思います(同じ意味で、かつての江沢民の日本に対する対応もあまりほめられたものではありませんが)。
名古屋弁については、私自身あまりよくわからないものですが、ノーコメントとさせていただきます。
『夕刊フジ』の記事は私も読んでいろいろ笑わせていただきました。
ま、琉球独立を平気で記事にする『環球時報』ですから(http://blog.livedoor.jp/amuro001/archives/1578601.html)別に、このくらいの記事を掲載しても不思議はないかもしれません。
『環球時報』の独特の主張は読んでいて、あきれかえることも多いのが事実ですが、こんな発想ができるのかと、感心することもあり、ブログのネタとして大変重宝させてもらっております。
河村市長の市議会を敵にまわす手法には、いろいろ疑問を覚えましたが、既成の制度をこわすという意味では期待していたこともあります。
しかし、結局減税をして何をやりたいのかもよくわからず、最近では橋下市長に媚びているようなところも見え隠れし、多少失望しつつあるというのが私の正直な感想です。
イドラから自由になるため、様々な偏見から解放されるため学問をする、まさにそのとおりかと思います。
自分と違う考え方に触れ、自分と違う発想を持つ人を認めることは楽しいことですが、場合によっては、かつての自分を否定することにもなり、なかなか難しいのが現実かと思います。
それにより難しいのは、こうした発想は、「偏見から解放されなくてはならない」という偏見に陥りやすく、常に自分自身をも省みなくてはならないことかと考えております。
おっしゃるとおりで、特に「選挙活動」と称する大声での名前の連呼は何とかならないものかと思っております。
政策や主張より知名度がものをいう現状。ただ、それを許してしまっているのが国民自身で、とんだブーメランになってしまうわけですが・・・
言論封鎖に近い中国では、このブログのような様々な意見の交換は絶対できないでしょう。
そんな環境から出てきた一方的な歴史認識には要注意ですね。
第2次世界大戦で日本は他国を批判できるほどの正しい戦争だったでしょうか。
近隣のアジアの国々に対して胸を張って語れるほどのことがあるでしょうか。
中国のことになると狂ったように批判する人があります。
自らの過去の過誤については決して触れないで語る人が多いことに深い絶望を感じます。自らの反省なくして人を批判する力はありません。河村市長さんは、本当に卑しい人です。しかし、河村市長余よく往ったということを書く日本人が多いことに間もなく死すべき年齢に達した私は絶望いたしています。戦争がどんなに理不尽な形で行われ、どれほど多くの人が犠牲になったか。その人たちの深い悲しみの
ひとつ一つが心に響かないとは日本人は恐ろしい民族です。
アジアの国々へのフィリッピン、インドネシア、戦後帰ってこられた元日本兵の人が教壇に立たれ、戦争体験のお話は授業でよく聞きました。
行軍中倒れたものはすべて置いてきぼりになり、死んでいった。道端に倒れているのは日本兵、死んでいた。水たまりに口をつけ水を飲んだ。悲惨極まる話ばかりだった。
靴づれができたらもうそれは死を意味した。英雄的に戦った話はなかった。
道端に倒れている日本兵を助けることはできなかった。ただひたすらの逃避行。山をさまよったと話してくれた。
確かに一筋縄ではいかないでしょうね。何と言っても相手は国=共産党で、共産党幹部が決めてしまえば基本的にそれが事実となる国ですから・・・
それでも結構、中国人個々人では共産党の悪口も平気で言っているのですが、やはり残るものとなるといいろいろ難しいのが現実かと思います。
個人的にどうかと思っている態度に、第二次世界大戦当時は特殊な状態だったので、あの時のことはなかったことにしてくれというような発想をする方がいることです。
解釈はいろいろあるので(右とか左とか)、それをどうこういうつもりはありませんが、自国の歴史を見ることを避けることは自分の過去を否定することにもなりかねないので、それだけはすべきではないと思っております。
どうしても戦争は勝者の立場から描かれ、映画や小説などは恰好良い英雄(勝利)の場面が取り上げることがが多いわけですが、おっしゃるとおり、現実は悲惨で、普通の人はその他大勢の歩兵でしかないわけで、本当悲惨以外の何者でもないと考えます。
もし、逆に中国の軍隊が、九州に入り込み、戦車を持ちこみ、大砲も持ち込み、民衆を脅したとしたら日本人はどのように思いますか。
日本とロシアの戦争が自分の国で何の断りもなく戦争をし、中国人が巻き添えで死ぬ。
そのことに何一つ疑問を持たないのはなぜですか。
もし福岡あたりで中国人とロシア人が戦争をして、どっちが勝った、負桁とやっている滑稽さと残虐さに疑問を持たない日本人が多い。
河村市長は他人のこころが全く分からない幼稚な人だ。
君死にたもうことなかれ
末に生まれし君なれば
親のなさけはまさりしも
親は刃(やいば)をにぎらせて
人を殺せとおしえしや
人を殺して死ねよとて
二十四までをそだてしや
なぜ中国にまで日本人は出かけたのですか。何故数万人の人が自国でもない中国の大地で死ななくてはならなかったのですか。人を殺しに行ったのは事実です。よそ様の国に。中国の人が日本の土地に入ってきて人殺しをしましたか。市長さんお答えください。
元軍に占領され、外国に踏みにじられたとしたら、日本人はどうしたか。あれはなかったことにしようと言えるか。ばかばかしい。河村市長の頭はだいぶおかしいのではないか。他国の悪口ばかりしゃべる日本人はそれほど清廉潔白だったと世界の人々前で語れるのか。
確かに周恩来については、あまり敵がつくらない性格だったようですが、客人をもてなす態度も見事だと聞いたことがあります。
それもありますが、訪中した客人を見事にもてなし、中国好きにさせ、外交の場でうまくこうした人々を利用するという手段も中国は一時期間違いなくとってきており、そういうところは彼らを見習うべきだと思っております。
他人の欠点は良く見えても、自分の欠点はなかなか見えにくいといったところでしょうか。
特に戦争のはじまりは難癖としか言いようのないこが多く、前に何があった、その前に何があったということが多く、いろいろ難しいものだと思っております。
おっしゃるとおり、戦争は悲惨で、何故それもわざわざ他国まで行って死ななければならないのか、いろいろ思うところはあります。
ま、最後はいろいろな人がいて、人それぞれ発想はいろいろということになってしまうのでしょうが、少なくともあのタイミングでの発言は如何なものだったのかと思っております。
過ちを改めるに憚ることなかれ。過ちを改めないのを過ちという。
南京防衛線における中国軍の死傷者は六千人を超えた。しかし、より以上の悲劇が日本軍占領後に起きた。いわゆる南京大虐殺である。
全世界を震え上がらせた蛮行
日本軍はまず、撤退が間に合わなかった中国軍部隊を武装解除したあと、長江(揚子江)岸に整列させた、これに機銃掃射を浴びせてみな殺しにした。
虐殺の対象は軍隊だけではなく、一般の婦女子にも及んだ。金陵女子大学内に設置された国際難民委員会の婦女収容所にいた七千人の婦人が、大型トラックで運び出され、暴行のあと、殺害された。
日本軍将校二人が、百人斬り、百五十人斬りを競い合ったというニュースが、日本の新聞に大きく報道された。
虐殺の手段もますます残酷になった。下半身を地中にうめ、軍用犬に襲いかからせる”犬食の刑”、鉄カギで舌を貫いて全身をつるしあげる”鯉釣り”、鉄製のベッドに縛りつけ、ベッドごと炭火のなかに放りこむ”ブタの丸焼き”-など、など、考えられる限りの残忍な殺人方法が実行された。
こうした戦闘員・非戦闘員、老幼男女を問わない大量虐殺は二ヵ月に及んだ。犠牲者は三十万人とも四十万人ともいわれ、いまだにその実数がつかみえないほどである。
『倭寇(日本軍)は南京であくなき惨殺と姦淫をくり広げている。野獣にも似たこの暴行は、もとより彼ら自身の滅亡を早めるものである。
それにしても同胞の痛苦はその極に達しているのだ。』(一九三八年一月二十二日の日記)
南京に住む外国人たちで組織された難民救済のための国際委員会は、日本軍第六師団長・谷寿夫にたいし、放火、略奪、暴行、殺人など計百十三件の具体的事例を指摘して、前後十二回にわたって厳重な抗議を提出したが、谷寿夫は一顧だにしないばかりか、逆に、血塗られた南京の状況を映画やフィルムに収め、日本軍の”戦果”としてほめたたえたのである。
南京事件がないと騒いでいる多くのお粗末な日本人。売国奴たち。世界に恥を垂れ流しているだけだ。恥ずべき日本人がなぜこんなに多いのか。恥を知れ。
大声で広小路で、肩書なしで話し、そのまま南京に行って大声で同じことを語ってきたらよい。正しいことは名古屋の広小路で話そうと、南京の大通りで話そうと正しければ誰でも耳を傾ける。

