2012年11月18日
政治学とも中国とも関係ありませんが、ネット上の記事を見ていたらいろいろ思うところがあったので、今日はこれについて少し。
1 ちきりんの「正体」
ちきりんさんが書かれている記事はかなり私好みで、BLOGOSに転載されていることがもあり、機会がある毎に拝見させてもらっております。その上で本当にいわゆる「地頭」の良い方なのだろうなといつも感心しながら記事を読んでおりました。
その上で、確かにこれだけ面白い記事が書けるのなら、あれだけの人気が出るのも当然だと思っていたというのが私の正直な感想です。
ネット上でいろいろいわれている(「覆面カリスマブロガー」ちきりんの正体 一橋大卒マッキンゼーOGの超エリート?)「正体」が本当かどうかわかりませんが、あれだけ「地頭」の良い人であれば、仮に記事のとおり「一橋大卒マッキンゼーOGの超エリート」だったとしても、言われて見れば何の不思議もありません。
ただ、ネットの場合、成功した体験(経歴)を元にネットに出て来るパターンと逆にネットで成功した現実に出てくるパターンの2つがあると思っております。前者の場合、典型的な例が芸能人や政治家で、既に持っている知名度を最大限に利用してネットに進出してきます。
後者はその反対で「一般人」がネットで有名になって、リアルに進出するパターンで、有名なところでは、YOU TUBEに自己流メイクアップを紹介して有名になったミシェル・ファンや私も愛読している『中国嫁日記』の井上純一氏などが挙げられるかと思います。
この「正体」という記事を読んだとき、私が思ったのはちきりんさんは後者の「一般人」という立場で売ってきたわけですが、もし「正体」が記事のとおりであれば、今回は前者に近い立場に立つわけで、かなり立ち位置が違ってしまいのではないかと思った次第です。
ま、現時点で、ちきりんさんは肯定も否定もしていないので、別に気にしないで、ネット上の「ちきりん」は「ちきりん」という記号として見ていけば良いだけなのかもしれませんが、果たしてそう割り切れるかいろいろ考えてしまいました。
2 オタクは許せるか
たまたま「教えて!ウォッチャー」というサイトを見ていたら、「オタク」に関する記事が2つあり、どちらも興味深く拝見させてもらいました。
1つめが「婚約者が実はオタクだった…許せない」という記事で、2つめが「コスプレ趣味の彼女にドン引き、別れるべき?」という記事です。
1つめは、女性の方からの相談で婚約者と同居したら「フィギュアの数々と、美少女アニメ、それにフィギュア雑誌と、いわゆるエロゲーといわれるソフトが山の用に出てき」たそうです。そこで話し合い処分させたが、後に画像を隠し持っていたことがわかり、耐えきれないというものです。
これに対し、印象深かったのが、オタクを夫に持つ女性の方からの「彼氏さんはあなたのために大切なフィギュアを捨てることを了承したのですよね‥。どれほど辛い決断だったでしょうか‥。…別れるなら、むしろ彼に収集物を捨てさせた慰謝料を払ってあげて欲しいくらいです」という回答です。
私も化石収集という趣味がありますが、(中国と化石、中国を知っていますか?(中国と化石2)、AKB商法と戦術論)好きで集めていたものを婚約者のために捨てるというのはかなりの覚悟が必要で、そこまでして結婚しようと頑張った男性に同情的です。
ただ、その一方で、2つめの「コスプレ彼女」にがまんできない彼氏の様に、どうしても我慢できない趣味というか、嗜好があることも理解できます。特に結婚となると一生一緒に住む覚悟が必要なので、どうしても我慢できないものがあれば、かなりつらい状況になるのは目に見えています。
そうは言っても、その一方で、夫婦だからといって相手のことを全て理解しているかと言えばそんなことは無いわけで、知らずにいればそれで過ごせる面もあり、よく聞く「結婚前は両目でみて、結婚後は片目を閉じる」という面もなきにしもあらずです。
3 最後に
最後は当事者が決めることなので、他人がどうこう言う話ではありませんが、ネット社会になって、皆自分の価値観を匿名で晒すことが可能となり、自分が持っている価値観とは全く違う価値観があることが皆分かってきているかと思います。
これ自体は大変良い傾向だと思うのですが、その結果、どうも価値観の併存という方向ではなく、自分と違う価値観の排除(自分と価値観の似ているサイトしか見ない、異なる価値観を述べる人を非難する)という方向に向かっているような気がしており、これはあまり望ましくないと考えています(相対主義)。
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この記事へのコメント
兎に角驚きました、今まで読んだ原発関連の女性のブログとかコメントから、
原発に関する女性の考えとは、偏見、被害妄想、母性妄執、耳学、洗脳、宗教レベルの盲信、支離滅裂、ウソ、デマ、ヒステリー、病的、哀れ、コミュニケーション不能、と言う単語でしか表現できないと思っていましたが、
これはChikirinさんの本音でしょうか?、論理で考えられる女性も居るのだ!(失礼)ものすごい発見を致しました。
本文でも書きましたが、間違いなくかなり頭の良い方と思っております。
ネットではどうしようもない意見も数多く存在しますが、同時にこうした素晴らしい意見を見ることもできるわけで、ネットの恩恵にひたすら感謝しております。
願わくば、こうした意見をより多く見ることができるようになればと思っております。
共感できる所も多いし。
でもちきりんが望む世界、理想とする世界は強く否定する。
ちきりんの目指す世界はあまりに理想的すぎて共産主義のような危うさを感じる。
これが私が自分のアタマで考えた結論。
人は皆考え方が違うのが当然なので、全てが全て同意できる方が私は少ないと思っております。
逆に全てが全て同意できるとなってしまえば、それは既に、信者と信徒の関係であり、「自分のアタマで考えた」ことにはならず、彼女もそういう考えには同意できないのではないでしょうか。
不思議な感じのする人ですね。まるでゲーム上のイメージキャラクターの様な人ですね。
人生も哲学も愛も憎しみも感じない漂う無味無臭の空気みたいです。
こんな人がきっと何の苦しみも葛藤もなく有名大学をでて留学して外資のコンサルタントをやってるんでしょうね。
哲学も思想も感情も人生も感じさせず、ただ回転と察しが良いだけの人間に私は全く魅力は感じません。
地頭が良いという評価をする貴方もまた似たようなものなのでしょうか?。
これまで何度か書いておりますが、私は相対主義者で、この世に客観的な事実など存在しえず、存在するのは相手(物事)をどう見るかということだけだと思っております。
つまり、私という人間がどの様な性格かという「事実」など存在するはずがないと思っており、存在しうるのは、他の人が私をどの様に認識するかだと思っております。
私にはちょっと理解できません。評価には常に基準(criteria)が必用で、その基準はまた変化してもかまわないですが、基準がフローティングという訳にはいきません。
評価・批判にはその人の基準が常に問題にされますし、評価基準が解らなければその評価も意味が無い事になりますから。
chikirinさんは基準を殺して漂っているから其処が人気があるのでしょうかね? ちょっと現代風で表層的で波風立たせないお付合い風が受けているのですか?
私がここで書いている「相対主義」は「相対評価」とは全く異なる概念です。
どちらというと解釈学、現象学、記号論等に近いものだと思ってください。
一口に「相対主義」といってもいろいろな考えがあるので、これまたやっかいですが、私の考えとしてはこの世に「真実」とか「客観」などというものは存在しないという発想です。
存在するのは、人がある事象についてどの様に解釈するか、認識するかだけだと思っているので、当然解釈する人によって物事の評価は異なり、その人の数だけその人にとっての「真実」が存在する。
これが私の基本的な思考パターンです。
つまり帰納的に取り組み演繹的に物を見る事が出来、それから星を想う様になる。
しかし、かの宇宙人は星を見て森を語り木が有る事を知らなかった。
確かに一つの観念に拘泥し基準にすることは簡単で危険でもありますが、何の基準もなしに比較することに心を打たれることは有りません。
ちきりんさんのそれを透明感と言うのでしょうか。なにか心もとない空虚感が漂うのです。
上にかいた相対主義というのは私の考え方の基本であり、ちきりんさんがどのような信条を持ってブログを書いておられるかは私は存知あげません。
私もむろん感情を排除すべきだなどと考えているわけでありませんし、経験則も大事だと思っております。
ただ、私の経験則は私のものにしかすぎず、それが他人にも当てはまると考えるのは無理があると思っているに過ぎません。

