2013年08月22日

 今日は昨日書いた「甲子園のスパイ疑惑と高野連の対応」の続きです。昨日はあくまで高野連の対応という観点から書かせてもらいました。

 この問題については、ではスパイ行為を行ったとされる花巻東の問題はどうなのかという話が存在するので、これについて少し。

 もちろんあくまで「スパイ疑惑」にすぎず、実際にスパイ行為を行っていたかどうか私が判断できる話でもないわけですが、やっていないとすれば、そこで話が終わってしまいます。

 そのため、別に花巻東に限定せずに、こうしたスパイ行為を行っている高校があった場合どうかということについて話を進めてみたいと思います。


1 規定に反しなければ何をしても良いか?

 まず、この問題が存在し、法律に違反しなければ何をしても良いかという話があります。これは法学を学んだことがある人なら聞いたことがあるかと思いますが、いわゆる「法と道徳」の問題です。

 つまり、法に違反さえしなければ、何をしてもよいかというと処罰されないだけで、周囲から白い眼で見られたり、社会生活を送るうえで誰からも相手にされなくなるなどの不都合は被るという話です。 

 例えばいろいろ話題になることが多い中国人観光客の迷惑行為などがありますが、これは基本的に法律で処罰されるような話ではありません。しかし、こうした行為を繰り返すと「中国」という国のイメージを悪化させるし、いろいろなところから批判が寄せられるという話です(中国人観光客の「悪習」とその原因)。


2 勝利至上主義

 それを踏まえて、今回のスパイ行為の様なことを考えると、確かに勝つためには何をしても良いのかという話になります。

 ただ、それはやはりおかしいと思うからこそ「スポーツマンシップ」とか、「正々堂々」といった宣誓が最初になされるのではないかと考えます。それに、「卑怯な行為」は、正直見ている方もあまり気持ちの良いものではありません。

 ただ、その一方で、正々堂々戦っても負けてしまえばそれまでという話もあります。最後に残るのは「優勝○○高校」という記録だけです。

 人々の記憶に「不正行為」という印象が残るのではないかという話もありますが、人の記憶や考え方などはあいまいなもので(領土問題における「真実」らしさの重要性)、数年もすれば薄れていくものだと考えます。

 私は相対主義者なので、どちらが良いという価値判断をするようなことはしたくありません(このブログは「公平」「中立」を重んじている?)。自分で選んでその結果どちらかのデメリット(①優勝できない、②批判を受ける)を受容するだけかと思っています。


3 罪刑法定主義

 ただ、昨日高野連の対応を批判したのは、禁止規定はありながら、それに対する罰則規定も設けていない状態で、いきなり「没収試合」という話をだしてくることは、罪刑法定主義の観点から言っておかしいのではないかという理由からです。

 いわゆる「後出しじゃんけん」で、これが認められるのなら、極端な話、高野連は何でもできてしまうというわけで、まさに近代法以前の理屈がまかり通る世界となります。

 そう思ったら、今回のことだけでなく、これまでも不祥事が発生した場合、高野連の処分にどうも一貫性が欠ける様な気がして、いろいろ批判を書かせてもらったものです。

 実際問題、千葉選手のカット打法もいろいろ審判部から言われたようですが、これについても規定がはっきりしないが故に生じた問題で、規定がはっきりしないが故に恣意性が強く、選手が不利益を被るという話になるかと思います。

 昨日書いたように「曖昧さ」は時には便利なこともありますが、裏を返せば運用する者のさじ加減一つで何でもできてしまうということであり、オリンピックの選考などを巡って、基準が曖昧であるが故に、強大な権力を持った全日本柔道連盟と同じ構図かと思っています。



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凜amuro001 at 21:42│コメント(4)トラックバック(0)スポーツ │

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この記事へのコメント

1. Posted by smith   2013年08月22日 22:13
書かれた通り、法で禁止されてないからやってもよい、というのは間違いだと思います。それこそ道徳の問題とは言えますが、選手の宣誓通りに不正「と思われる」行為は徹底して排除して試合に臨むべきです。
というより、高野連の仕事はこういった例を認識した上で、ルールを厳格かつ細分化して洗練することでしょう。
曖昧な行動を、ルールの上で判定しないままにしたことが問題を複雑化したように思えます。
高野連は今回のケースを重く受け止めた上で、ルールの整備を行うべきだと思います。
もっとも、最終的には各人のモラルによるところが多いと言われればそれまでなのですが…
2. Posted by nya   2013年08月23日 17:51
そうですね。
「モラル」の判断も個々の価値基準によって異なるものでありますから、解釈する側の判断でかなり左右されるような現行の曖昧な規定運用には確かに問題あると思います。
そして、そもそも曖昧であったからこそ、発生してしまった問題ですね。


今回の場合は花巻東の選手にも花巻東と対戦したチームの選手にも遺恨の残る大会になってしまったでしょうから「青少年の健全な精神の育成」を建前とする大会にも相応しくないと思います。
それは運営側の責任として真摯に受け止めて改善策に努めて欲しいとも思います。


ただ、才能ある子供を「悪役」的印象に受け止められかねない選手に育ててしまった指導者側も罪深いと感じていましたので、花巻東の監督や学校側も、この問題を冷静に受け止めて問題解決に努めて欲しいと個人的には感じおります。
3. Posted by    2013年08月24日 03:49
>smith 様

 確かに、きちんとルールを定めるべきところは、定めておくべきで、そうしなかったが故の弊害というのは大きいと思います。

 確かに最後は個人の道徳というか良心に頼らざるを得ない部分というのはあるかと思いますが、どうしても個人差があります。

 結果、齟齬が生じたり、いらぬ摩擦が生じるわけで、そうした部分は排除していく方向が望ましいのではないかと考えています。
4. Posted by    2013年08月24日 03:55
>nya 様

 おっしゃるとおり、今回花巻東はかなりヒール役になってしまったと思います。

 本来地域の代表として、晴れの場に出て、学校の知名度、栄誉を高めるべき場所だったはずなのに、どうも逆の結果となってしまったようです。

 確かに花巻東の対応の問題もあったかもしれません。しかし、なんと言っても高野連の責任は大きいと考えており、あきらかに運営の失敗だと思います。

 しかし、たまたま『朝日新聞』の甲子園の総括という感じの記事を読んでいたら、この問題にまったく触れておらず、いかにも『朝日新聞』と思ってしまいました。

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