2013年08月27日

 松江市の教育委員会が市内の市立小中学校に対して『はだしのゲン』の閲覧制限を求めた問題で、市の教育委員会は、臨時の教育委員の会議を開き、「手続きに不備がある」として閲覧の制限を撤回することを決めたそうです。これについていろいろ思うことがあったので、少し。


1 表現方法

 『はだしのゲン』についての大まかな内容は承知していますが、絵柄が好きでなかったこと等から、これまで読んだことがないので、作品の表現及び内容に関してどうこう言うつもりはありません。

 そのため、松江市教育委員会による「被爆描写や歴史認識を問題にしたわけではない」と説明や、「子どもにトラウマに与えるような暴力シーンが出てくるために、全巻について『閲覧の際は教師と一緒に見るように』と各学校長に要請した」という個別の価値判断(『はだしのゲン』全巻を閲覧制限 「被爆描写や歴史認識を問題にしたわけではない」松江市教委が説明)について、ここで言及するつもりはありません。

 確かに一般論として、感受性の強いというか、まだ自我がはっきり形成されていない子供に不適切な映像や漫画(典型が成人向け漫画)があるということは周知の事実で、私もそうした措置の必要性は当然認めます。

 ただ、先に述べたように私自身当該作品を詳細に見たことがないので、これが子供の閲覧を制限するのがふさわしいかふわさしくないか私自身判断する資格がないという話です。


2 歴史認識

 そもそも今回の問題がここまで大きくなったのは、今回の閲覧制限が、昨年8月に市議会に対してなされた「歴史認識」を理由として学校図書館から撤去してほしいという陳情と連動しているのではないかという推測があったためと考えます。

 本来であれば、これについても一言述べるべきなのでしょうが、すいません。先に述べたように私自身読んだことがないので、この漫画の歴史認識がどうかということについても、どうこういうつもりはありません。

 なぜ、こんなことを延々と書いているかというと、かなり今回のことについては、いろいろ話題となったわけですが、この問題を論じておられる方々(今回の当事者の方を含めて)本当に全部読んだ上で議論をしているのかという思いがあるからです。

 
3 事務局の判断

 そして今回の臨時会議における判断についてですが、教育委員に諮らずに事務局が(独断で)、各小中学校に対して要請した経緯に疑問の声が上がり、方針撤回に追い込まれることになったというものです。

 私の専門は政治学なので、民主主義における手続き論の重要さというものは、いやという身にしみており、そういう意味で明らかな瑕疵のあった要請事項で、撤回というのは当然の判断かと思っております。

 実際これが可能であれば、事務局だけで何でもできてしまうという話で、教育委員そのものの存在意義が問われることにもなりかねないので、教育委員としても当然の判断だったかと思います。


4 事務局の権限?

 問題は何故事務局が当初の判断を独断で行ったかという話です。以前横浜市教育委員会で一部の事務教員の判断で副読本が書き換えられるということが起こりました(日本が朝鮮人「虐殺」を認めたという『産経新聞』の記事?)。

 そのときは、関東大震災直後の「朝鮮人虐殺」についての記述で、今回とは全く逆の事案だったわけですが、今回のことを聞いて真っ先の思いついたのは、事務局(員)の判断だけで、こうしたことが可能となってしまうことについてです。

 当然内部決済も受けずにこうしたことを行うのは論外としても、教育委員会にも事務権限の規定はあり、当然、事務局だけでできること、教育委員の採決を仰ぐべき事案などが決められているわけですが、今回はそれに逸脱していたという話です。


5 教育委員会の問題

 以前大阪市の桜宮高校で体罰問題が起こったとき、教育委員会の体質について橋下市長がいろいろ批判を行ったことがあります(橋下市長の大阪市立桜宮高校の入試中止に関するコメントについて)。

 その中で、教育委員(含む教育長)についてもいろいろ批判を行ったわけですが、実際問題として教科書の選定にしても外部有識者である教育委員が普段からどこまであれだけある教科書を読んでいるかという話もあり、どこまで内部の決定に関与しているかは疑問です。

 つまり、今回こういう形で、問題が表面化したので、教育委員会の内部の決定不備という形で処理をしたわけですが、実際問題同じように事務局が単独で決定している(もしくは、形だけ教育委員にお伺いをたてる)という事案は結構多いのではないかと思った次第です。

 そういう意味でも今回こうした不始末が発生した以上、何故このような問題が発生したのか、検討する必要があるし、松江市教育委員会は詳細について公表する必要があるのではないかと思った次第です。



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凜amuro001 at 06:06│コメント(8)トラックバック(0)教育 │

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この記事へのコメント

1. Posted by gulf   2013年08月27日 09:04
近頃 教育委員会の存在に疑問です。
現状を見ると存在自体が 意味がある組織だろうかと思っています。
人事や学校の不祥事など 不思議に見えます。
不祥事が起こらない 起こさせない事には権限がありませんとの様な発言もしています。では不祥事を起こさせないために教師の権限について何かしているのか見えて着ません 大きな問題は人命に関わっていますが 先日も学校内にナイフを持って来て他の生徒を脅した生徒を校長が 頭を平手で殴った この校長は暴力を振るった事の 責任を追及され 自主退職した。と報道がありました どの立場から見ても この教育が間違った行動と思えないのだが 殴った行動だけの責任を追及している。学校で ナイフによる障害事件・殺人事件が起こるかも知れない未熟な子供に対する行動として正しいと思っている いじめも見て見ぬ振りをする教師を育てているのではないか このようなを問題を理解し対策を取らない 教育委員会はいらない存在だと思います。
2. Posted by smith   2013年08月27日 12:40
何をもって正しいとするかを考えさせられます。
私は「はだしのゲン」を一通り読んだことがありますが、中学生当時、描写には深く疑問を感じませんでした。話を語る上で必要な絵と感じていたからです。
(あくまで描写という点においてはです)
確かに普通の小中学生が読むには刺激が強いと言われても仕方がないかもしれませんが、「残酷だから」見せてはいけないというのもおかしく感じます。

今回の教育委員会の行動についてですが、あまりに行動が軽すぎるというのが印象ですね。
求める以上筋道を立てて言い切ってしまわなければ駄目ですし、周囲から反感を受けたから撤回、では責任感がなさ過ぎると思います。
もっと事前検討と意見交換をしたうえで決め、決めた以上は容易な撤回を行わないべきです。そうやって発言は重みと説得力を持つのですから。
3. Posted by k_endou   2013年08月27日 13:47
エントリを拝読し、今回の件で論じられている個々具体の事象(思想や表現規制等)をひとまず置けば、事の本質は教育委員会の機能形骸化と、それを企図する事務局の行政裁量の肥大化にあるのかなと感じた次第です。
こうした問題が起こるたび、教育委員会や教育長の公選、首長直轄による委員会廃止等、組織運営の責任明確化等が議論されますが、委員会存続を前提にすれば、私見ながら一番の問題は、現在の教育委員会に予算権限が与えられていないことに尽きるのではないかと思います。
予算権限付与には委員公選等が不可欠と考えられますが、教育委員会に委員会及び事務局運営に係る一切の予算権限を与えれば、両者に相当な緊張感が生じるでしょうし、事務局資料の追認に過ぎないような委員会の膨大な事務認可作業等も、当該予算を持って補うことも可能でしょうから、双方下手な組織運営には至らないのではないでしょうか。
ただ、地方自治法や行政組織に関する法律等に疎いので、法的には相当乱暴かも知れませんが・・・
4. Posted by    2013年08月28日 06:16
>gulf 様

 私も今の教育委員会の形態にはかなり疑問を持っています。

 GHQはアメリカ型を目指そうとしたのでしょうが、司法の分野と同じで、中途半端な中央集権体制となっており、どこまでうまく機能しているのかは疑問です。

 本来、皆が実態を知り、大いに議論すべき問題だと思うのですが、どうも今一、こうした観点からの議論は盛り上がりに欠けるような気がしてなりません。
5. Posted by miitaro   2013年08月28日 06:52
文末
松戸市→松江市
6. Posted by    2013年08月28日 08:27
>smith 様

 確かに、批判をうけたから撤回という感じで、いかにもいきあたりばったりで決定を下しているような感じで、決定に重みがありません。

 本来であれば、それなりの基準なり、重みが必要かと思うのですが、どうもそれがおかしくなってしまったような感じです。

 そういう意味でもかなりのマイナスだったのは、間違いないかと思います。
7. Posted by    2013年08月28日 08:30
>k_endou 様

 大変興味深い提言かと思います。

 教育委員会という中途半端な形がいろいろ問題を引き起こしている面は否定できないので、だったら最後まで徹底してしまえばというのは1つの形かと思います。

 特に予算という枠を自分で設定しなくてはならなくなると、いやおうなしにいろいろ考えなくてはならない面が出てくるので、いろいろクリアしなくてはならない課題は、多いかと思いますが、一考に値する提言かと思います。
8. Posted by    2013年08月28日 08:31
>miitaro 様

 修正しました。ご指摘ありがとうございました。

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