2013年10月16日

 今日はたまに行っている書評で(『母親はなぜ生きづらいか』等)、紹介するのは、勝間和代氏の『専門家はウソをつく』 (小学館新書)です。以下に私が最も印象に残った3点について、私の経験も踏まえながら、まとめてみたいと思います。




1 専門家


 おっしゃっていることには確かに一理ありますし、大学に他の方より少し長くいた身としては、かなり思いあたることが多いというのが偽らざる感想です。

 一言でいってしまえば、「専門家」の言葉を鵜呑みにしすぎる方が多いという本で、専門家の発言だからといってむやみに信じるのはなく、疑ってかかるべきだという内容です。

 その理由として、いろいろ挙げておられますが、専門家といっても専門があり、自分の専門以外は役に立たないこと。それもこれだけ専門が細分化していると、類似の分野でも少し違っただけで、全然わからないことが多いというのは本当にそのとおりかと思います。

 実際、私自身がそうですが、専門は国際政治で、理論的なことばかりやってきたので、中国の国内政治には疎く、中国経済にいたっては、全くといって良いほどわからないことばかりというのが実情です。 

 論文の書き方の指導などを受けると良くわかりますが、日本では、如何に論文の範囲を狭めて書くかということが要求され、重箱の隅をつつく形になることが多いのが実情です(論文の書き方の違い)。

 ただ、これは、狭めた方がまとめやすいからそう指導することが多いという話ですし、実際は書く人の能力不足から、そうなってしまうことがあるという面も否定できません。


2 予測可能性

 それに専門家の発言がどれだけ役に立つかという視点も書かれている通りかと思います。専門家の発言を聞く目的として、これから先のことを予測して金を儲けようと思ったりするなどの予測がどれだけ当てになるかというのがあります。

 しかし、専門家は実務を行っている(現実を知っている)という意味での専門家ならともかく、学問として理論などしかやっていない専門家のいうことなど何の当てにもならないのはその通りかと思います。

 国際政治の分野であまりに有名な事案に1989年に東欧の民主化が進展している過程で、ソ連の崩壊を予測できた専門家がどれだけいたかという話があります。

 ソ連嫌いの方などの間では、冗談半分でこのままソ連が崩壊してしまえばという話をしていた方もおるようですが、専門家の間でそんなことを言えば、思想的偏りを疑われかねない状態だったと聞いています。


3 コーチの資質

 これも身につまされる話で、研究を行っているものが、教える技術に長けているわけではないというのは、その通りです。

 特に大学のような、閉じこもって研究ばかりしている人の中には、人づきあいが本当に下手な人もおり、話をしていても、どうすれば他人の関心がひけるか、他人に関心を持ってもらえるかということを全く考えずに話をする方もおり、そういう人の話は聴いていても全然おもしろくありません。

 また、中には本当に一人よがりで、自分の言っていることがわからないのは、聴いている人の能力がないのが悪いとでもいわんばかりの講義をする人もいる位です。


4 自力本願・他力本願

 斯様に、専門家の欠点をいろいろ指摘している本で、先に述べたようにこの点については私も殆ど異論がありません。

 ただ、問題は、ではどうするかという話で、勝間氏は「人生を豊かにしていくために、自分自身も何かの専門家として精進を続け」ていくべきだという如何にも勝間氏らしい自力本願を説いておられます(気がつけば2年)。

 ここから先は、私と彼女の意見の異なるところで、私はそんなに人は強くないと思っています。自分で全てを考えて考えることなどできるはずもありませんし、こうした自由を与えられて耐えきれるかという問題もあるかと考えます(「ボッチ」でいる「自由」と、他人とのつきあい方を学ぶこと)。

 香山リカ氏は、かつて勝間氏が提唱する合理主義一辺倒に批判をなげかけ、論争を行ったことがありますが、私はどちらかというと香山氏の意見に賛成だという話でもあります(『勝間さん、努力で幸せになれますか』朝日新聞出版)。




5 最後に

 そして、最後に本の全体を感想を書かせていただくと、先に述べたように、自力本願を強く訴えるところは如何にも勝間氏の著作という感じで、カツマーと呼ばれる方々にはうける内容かと思います。

 また、先に散々述べたようにいろいろ興味深いところや同意できるところは多々あったのですが、字が大きく、頁数の割には内容が少し少ないのではないかというのが正直なところで、いくら新書でも「もう少し書いてよ」というところではあります。



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凜amuro001 at 05:22│コメント(4)トラックバック(0)書評 │

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この記事へのコメント

1. Posted by 躁介   2013年10月16日 08:11
>ソ連の崩壊を予測できた専門家がどれだけいたか...

1980年に、ソ連崩壊を予測した「ソビエト帝国の崩壊」を書いた小室直樹氏は有名ですが、氏以外に、著書で明確にソ連の崩壊を予測した専門家って他にいたのでしょうか?
2. Posted by    2013年10月17日 05:42
>躁介 様

 これも日本のアカデミズムの欠点かと思いますが、ジャーナリズム(一般向け)の分野などで活躍した人を排除する傾向があります。

 結果、小室直樹氏について、本当の意味での専門家と考えていない学者も結構いるようです。
3. Posted by 気まぐれ   2013年10月21日 22:37
勝間という人も、それなりの専門性を習得し、表舞台で活躍している人たちの一人かと思っていましたが、
専門家の言に疑問を持てとは、ある意味、面白くも有ります。
この人の言葉を待つまでもなく、専門家の言うことを鵜呑みにするというのは、望ましいことでは有りません。

ここから、少し話は逸脱します。
私、個人的に、蓮舫、堀江貴文、勝間和代、なる人々について、どうしても肯定的に捉えることができません。
彼らに共通するのは、その発言においては、おおよそ明快で解りやすく、断定的。基本的に回転が速く、大変頭が良い。合理主義的な思想も、こういうタイプの人たちがよくはまり込むところ(合理主義的発想がイカンとは言いませんが)。理路整然とおかしな結論に持って行く才にも長けているように見受けられます。
なぜ、一部の人々からの強い支持、共感を呼ぶのか、本当に疑問です。
私なんぞ、及びもつかない優秀な頭脳を持ちながら、なぜ、そおいう方向に(考えが)行ってしまうんだろう、とか、それはおかしいでしょう?と、つい考えてしまいます。
考え方は人それぞれとは言え、どおしても共感できないので。(共感出来ない自分を不満に思っている訳では、無論ありません)

4. Posted by    2013年10月22日 05:13
>気まぐれ 様

 「専門家」と一口にいっても、いろいろおり、断定的にわかりやすく話すことに長けているひとや、ゆっくり物事を考え、慎重に話す人など、それざれです。

 学者と言われる方は、論文を等も推敲することからもわかるとおり、後者のタイプが多かったわけですが、テレビでは、前者が求められ、大分変わってきているようです。

 わかりやすいのは結構ですが、どうしても単純化する傾向があるので、時には極めて乱暴なことをいうこともあり、私もテレビのコメンテーターなどはあまり好きになれません。

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