2014年10月10日

 BLOGOSに掲載されていた五十嵐仁法政大学教授の「10月10日(金) ストップ! 集団的自衛権行使 たたかいの展望(その3)」がいろいろ興味深かったので、これについて少し。


1 記事の紹介

 「『憲法運動』9月号、通巻434号、に掲載されたもの」を「6回に分けて、アップし」ているというもので、「『戦争する国』に向けての既成事実化は三つの面で進んでい」るという記事です。

 具体的に、その3つとは、「①法・制度の改変、② 自衛隊の「戦力」化と在日米軍基地の強化、③世論対策と教育への介入」とされています。

 ①は、国家安全保障会議(日本版NSC)設置法の成立、武器輸出3原則の変更による、「武器の禁輸から輸出への180度の転換」などが挙げられています。

 ②としては、「日本版海兵隊の新設」「『陸上総隊』の新設や水陸機動団の編成」、「水陸両用車 52 両、無人偵察機3機、オスプレイ 17 機の導入」計画などが挙げられています。

 ③は、マスコミ対策として、安倍首相が行っている主要なマスコミ首脳との「頻繁」な会食を挙げています。

 そして、教育改革は「『戦争する国』になるための『人材づくり』、あるいは戦争するための『心づくり』」としております。

 具体的には「教育再生実行会議を中心に、教育委員会や教科書への介入、道徳の教科化」、英語の小学校教育導入としています。

 英語については、「アメリカとの共同作戦になれば使われる言語は英語ですから、英語教育を重視するというのはそうした裏があるのではないかと勘繰りたくなります」とまでしています。


2 主張

 以前、同じBLOGOSに掲載された記事として、板垣英憲氏や天木直人氏などを批判したことがありますが(天安門事件前の自動車事故で中国崩壊?日米安保崩壊?、上の論調を見ていると全く反対の同様に、最初に主張(結論)ありきで、それに無理矢理「事実」関係を結びつけている様な気がしてなりません。

 学問の建前とは、事象を組み合わせてそこから「真理」(一般的な原理)を導くこととなるわけですから、仮にも大学教授たる方がこうした主張をなさるのは如何なものかと思います。

 ただ、社会科学の分野では、自然科学と異なり、その一般化が正しかったかどうかは本当の意味で証明することができません。

 そのため、「それらしい」とどれだけたくさんの人に思わせるかが勝負なので、先に結論ありきで、後からそれを裏付ける事象を探してくるということはよくあります(というか、実際はこちらが一般的です)。

 そのためには、常にこうした自分の主張を行い、自分の主張に賛同してくれる人を増やしていかなくてはなりません。


3 戦争

 五十嵐氏が提示された3つの論点のうち最も疑問だと思うのは3番目ですが、最初の2つについてもいろいろ思うとこはあり、だったら聞きたいのは、戦争をしない準備をしていれば、戦争が起こらないかということです。

 確かに戦争の開始には過剰防衛ということがよくあったのは歴史が教えてくれているとおりですが、だったら皆が皆武器を捨てればそれで戦争がなくなる的発想には私は賛同できません。

 第二次世界大戦後何故米ソの間で戦争が起きなかったのかというと、それはやはり核兵器という抑止力があったが故で、こうした抑止力としての軍備は必要だと私は考えております。

 そして抑止力である以上、何かがあった時には早急に対応できなくてならず、そのための法整備、訓練、連携などは当然必要不可欠だと考えます。


4 教育

 確かに戦前、日本の軍事化に教育が果たした役割は大きいことは否定しません。ただ、私は、日本の教育を全体的にみて、「戦争をする国」に必要な人材を育成する教育を行っているとは思えません。

 それに、これだけ情報化が進んでいる現在、その気になれば、いくらでも情報を収集することができる時代に、そうしたことが可能だとも思いませんし、政府がこうした情報を統制しているとも考えません。

 それに教育界の様々な事象のうち、特定の事象をして、それが如何にも普遍化している(一般的傾向)であるかのようなことを言うのは如何なものかと考えます。


5 英語

 特に英語教育のくだりについては、半分冗談で書いているのかもしれませんが、何を考えているのだというのが偽らざるところです。

 アメリカとの共同作戦のための意思疎通というのであれば、国民に教育を施す必要はなく、下士官以上になりうる可能性のある人たちにそうした教育を徹底すれば良い話です。

 それに未来の戦争がどうなるかわかりませんが、通常の歩兵は最低限度の命令さえわかれば、用は足りるわけで、資源の有効利用という観点からもおかしな話となります。

 同じような理屈でいえば、現在文系ではなく、理系が重んじられているのは、これからの戦争では、科学技術が大事になるので、それを担う人材を育成する人が必要だからという主張も可能は可能ですが、単なるつじつま合わせの域をでるものでないことは明らかです。


6 最後に

 以前はこうした話は、特定の「信者」にだけ聞かせておけば良かったのでしょうが、情報化社会においては、布教活動も大事になるという話でしょうか。

 確かにこうした布教活動によって、信者になる者もいるかもしれませんが、同時に嫌悪感を示すものも出かねないという話です。結果として、信者を獲得したものの、より多くのアンチを生み出したという結果にもなりかねません。

 仲間内で見ている分には信者が増えたと喜ぶことかもしれませんが、より大きな目で見ると反感が募っているだけで、もう少しうまく布教活動を行うべきではないかと思ったが故の今日のエントリーでした。



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凜amuro001 at 22:23│コメント(26)トラックバック(0)歴史認識 | 右傾化?

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この記事へのコメント

1. Posted by 高田 亨   2014年10月10日 23:48
最近の日本は、右傾化ではなく、その反対に何が何でも日本が右傾化していることにしたい論の方に危うさを感じますね。

今回とりあげられている主張もそうですが、馬鹿げているとしか思えない論が結構まかり通っているのが驚きます。

集団的自衛権を無理やり徴兵制の復活に結びつけているのもそうですね。
頭がおかしいとしか思えません。
2. Posted by とほ   2014年10月11日 01:54
一体どんな人なんだとwikiを見ましたら、1970年『安保闘争を指揮した』とのこと。また、専門は『労働運動、労働問題』だそうです。
どのような学問なのか、想像できませんし、主張に同意できるところもなさそうです。
しかし、インターネットやブログがなければ、これほど接点がなく、共感もきない人を発見することはできなかったでしょうね。いやはやおもしろいです。
3. Posted by 雨槍原チャ   2014年10月11日 02:15
凛さんへ

五十嵐さんは日本が集団的自衛権を容認とすると「戦争可能な普通の国」となり、軍事大国化するとか言っています。
グァムやハワイの米軍基地を狙った北朝鮮のミサイルを日本が撃墜すると日本に報復攻撃があるかもしれない、日本の米軍基地が攻撃されるかもしれないとか言ってます。

「戦争可能な普通の国」…普通の国なら別にいいんじゃないか?
そして、なぜすぐに普通の国と軍事大国を結びつけてしまうのか?

グァムやハワイの米軍基地を攻撃するミサイルを日本が迎撃…日本が迎撃するのを在日米軍が指をくわえてみているのか?
ミサイルを撃つのが北朝鮮ならグァムやハワイより先に近くにある日本の米軍基地を攻撃しないか?
そして日本の米軍基地を攻撃されても基地施設は日本の主権が及ばないから見ているのが正解なの?
など、私も軍事に詳しい訳でもありませんが、なんか変なお話だと思います。
そしてやっぱりこの人も憲法9条が大事でこれによる縛りこそが日本を守ってくれている。と言う様な考えを持っているようですが、本当に憲法9条が国を戦争から守ってくれるなら、他国もこの憲法を制定すると思うのですが、そんな話も聞きません。

この様な面白い発言を堂々と言えるのも日本の「言論の自由」が正常運転されているとの証明でしょうか。
4. Posted by 我無駄無   2014年10月11日 08:49
一番基本的な前提として、近代国家では常備軍を保持して、国際紛争を解決するための手段としての戦争を行うことは是認されていて、「集団的自衛権」を行使することも、認められていると思うのですが。

こうやって考えてみると、「憲法9条」に過剰に執着する人たちは、「近代国家」そのものを否定しているようにしか見えません。

また、 雨槍原チャさんが述べている通り、日本以外の国は9条を持っていませんが、「9条屋」さんたちが、そのことで中国や韓国を非難したという話は、一度も聞きませんしロシアやアメリカの大使館に対して抗議行動を起こしたという話も、全く聞かないわけです。

もし本当に9条に価値があり、布教すべきものなら、まずアメリカやロシアに行って、「軍隊を持ってはいけません、集団的自衛権もいけません、戦争してはいけません」と「布教活動」すべきでしょう。

それ等の行動をしない以上彼らの目的は、他にあると思うべきです。

あと、「右傾化」とか言う議論も無意味ですしね。

例えば、適当な長さのひもを用意して、左右の両端を結んだ状態で、「右だ」とか「左だ」とか言って、何か意味がありますか?

その状態では右も左も、結び目になって一つに重なっているのですが?

結局、これはAさんから見て右側にあるものが、Bさんから見ると左側に見える。そんな程度の意味しかないのですが。

つまり、右も左も全く同じということなのですが。

特に、韓国などは、自分たちが軍隊を放棄してから日本に対して「右傾化がー」とか「軍事大国化がー」非難すべきですしね。

これらのことも考えずに脊髄反射で「右傾化がー」とか言う人たちには、こう言うしかないと思います。「莫妄想」と。
5. Posted by moon   2014年10月11日 11:06
日本にはおかしな団体が存在します。
◆在日韓国人問題研究所       新宿区西早稲田2-3-18
◆在日本大韓基督教会        新宿区西早稲田2-3-18
◆在日韓国基督総会全国青年協議会(全協)  新宿区西早稲田2-3-18
◆在日外国人の人権委員会     新宿区西早稲田2-3-18
◆外登法問題と取り組む全国キリスト教連  新宿区西早稲田2-3-18
◆外国人学校・民族学校の制度的保障を実現するネットワーク 新宿区西早稲田2-3-18
◆平和を実現するキリスト者ネット 新宿区西早稲田2-3-18
◆キリスト教アジア資料センター  新宿区西早稲田2-3-18
◆石原やめろネットワーク     新宿区西早稲田2-3-18(現在活動中止)

◆キリスト者女性のネットワーク  新宿区西早稲田2-3-18
◆女たちの戦争と平和資料館    新宿区西早稲田2-3-18
日本軍の従軍慰安婦の強制連行という捏造と虚構を宣伝し、日本人に罪悪感を植え付ける活動を行っている
◆戦時性暴力問題連絡協議会    新宿区西早稲田2-3-18 (バウネット)
http://www1.jca.apc.org

日本国民の事を考えた活動であるならば言論の自由でないを言っても構わないと思いますが
混乱させる目的で捏造しているような人は 排除されるべき人です。
ちなみに この団体と仲良くしているのは共産党・社民党です。
6. Posted by えーおーきー   2014年10月11日 13:20
近年、左翼が守れと叫ぶ憲法9条はアメリカ占領軍、吉田自由党、自民党が築き上げたもので、それを革新せよと言えない現状は冷戦終結以来の左翼勢力の思想的凋落から全く立ち直ってないことを示しているのだと思います。
左翼勢力が反動保守勢力が作った価値観を教条主義的に守れと叫ぶ間に、保守勢力は状況の変化への対応を続けています。どっちが日本政治に必要かは言うまでもないでしょう。
この状況が変わらない限り左翼勢力は不満の捌け口以外の役割は持てないでしょうが、敗戦直後という特殊な時代に生まれたものを頑迷に守り続ける限り変わることはないでしょうね。
7. Posted by 夢思記   2014年10月11日 14:47
>皆が皆武器を捨てればそれで戦争がなくなる的発想には私は賛同できません。
そういう100か0かみたいな議論では、ちょっとどうしようもないなあ、という感じです。
武器にも攻撃性の強いもの、無差別性があるものなど、性質と言うものがあり、攻撃的武器を忌避する、という視点があるのは当然じゃないでしょうか。
特に、水陸両用車AAV-7については、これとセットで強襲揚陸艦の導入が検討されており、そんなに攻撃的な装備体系が本当に必要か?と私も首を傾げるところです。

無論、五十嵐教授は平和主義者としての強い信念からこれらの批判を行っているわけで、他の穏健な装備なら批判しないかと言うと、そうではないでしょう。何でも批判的なはずです。
しかし、原爆のような、非常に攻撃的で無差別性の強い兵器を許容する議論をぶつけるのは、0の議論に100をぶつけてるような話で、どっちもどっちというか、同レベルじゃね?という感じがするわけですけど。
本来あるべき姿は、本当に必要なものが、最小限で、というものであるべきでしょう。法整備にしても教育にしてもです。
8. Posted by えーおーきー   2014年10月11日 16:59
夢思記様

確かに強襲揚陸艦は渡洋侵攻作戦に必須ですが、自衛隊も離島防衛を行うには渡洋作戦を行う必要があります。
北海道オホーツク海でソ連軍と戦うための組織から、東シナ海先島諸島で陸海空一体の海上機動戦を戦う組織に変貌しつつある自衛隊という文脈から眺めると、健全な変化という評価もできるのではないでしょうか。
核兵器の話も出てますが、冷戦中スイスで核兵器の開発が行われていたことはご存知でしょうか。スイスが攻撃性の強い兵器を必要とした理由はあくまでスイス領土の防衛です。
攻撃的兵器防御的兵器という概念は議論には便利ですが、防衛問題の本質が見えないという意味では、そこに拘るのはどうなのかと思います。
9. Posted by kamo   2014年10月12日 11:04
 凜さん

 基本的誤解があるようですね。この国では、憲法9条の元で、自衛隊は合憲と規定されています。そして、自衛隊の戦力は慎重に吟味されて、外国に対して脅威を与えない、専守防衛であるとして運用されてきたのです。そのために、航空兵器の足の長さや、艦艇の呼称などにも慎重な配慮をしてきました。
 その事は一に、国防軍や。自衛権を名目にして戦争をしてきた歴史に配慮して、9条という平和主義の原点との整合性を常に自覚してきたことの何よりの説明であったのです。
 そして、そのことを周辺諸国のみならず、広く世界各国に宣言して、平和国家を実現し、同時に、不当な侵略を排除する抑止力を実現してきたのです。
 だから、この国は、非武装で、無力であるから攻撃を受けないという、のほほんとした平和主義ではなくて、9条で言うところの、武力による威嚇や紛争解決のための手段としての軍事力を行使せず、70年に亘ってこの国を平和な状態に維持してくることが出来たのです。
 この国には断固たる平和主義という主張が常にあったのです。その信憑性を破壊したのが、集団的自衛権行使容認という大転換であったのです。
 専守防衛、という原理を放棄したのですを
 残念ながら、集団的自衛権ではこの国は全く守ることが出来ません。何故なら、極度に首都機能が集中した東京に数発のミサイルを撃ち込むだけで、この国の統治機構は崩壊してしまうからです。
10. Posted by 高田 亨   2014年10月12日 12:02
夢思記さんのコメントを興味深く思いました。

兵器には攻撃性の高いものと防御性の高いものとあるのは確かですね。
ただし、それは戦術レベルの話であって、戦略レベルになると攻撃性の高い兵器の方が平和を維持することも少なくありません。

攻撃性が高い兵器の象徴として核兵器が出ていますが、冷戦期に米ソが直接戦争をしなかったのは、双方が核兵器という攻撃的な兵器を持っていたからです。

中国が90年台まで南沙諸島を強引に占領しなかったのは、フィリピンに強力な島嶼奪還能力を持つ米軍がいたからです。

1996年の台湾海峡ミサイル危機で中国が台湾を恫喝しようとしましたが、これを防いだのは米国の機動部隊でした。

結局のところ、兵器や兵種に防御用攻撃用と明確に区別することは現実にはナンセンスなのですよね。それこそ、ゼロか100かの議論です。
軍事的観点からみれば、無理やり兵器を攻撃用防御用と区別することは、政治的な意味以外には何の意味もありません。
バランスを欠いた兵器配分や兵種配分は軍の能力を低くするだけですね。均衡理論からすれば、むしろ逆に平和を損なっているということです。
11. Posted by 夢思記   2014年10月12日 17:21
ここのコメント欄は、コメント者同士が議論するために解放されてるものとは余り思えないので、幾つかのコメントに関しては、ブログ主様への追記的コメントをもって、お返事の代わりとさせていただきます。

さて、結語の部分で五十嵐教授は反感を買ってるのみで広がりのある議論をされていないと言いますが、それはないでしょう。
単純に、武器に関しても、武器は部分的には必要だと考える人に許容不可能な議論をしてるとは思えません。
特定秘密保護法反対、教育「改革」の否定、これらの論点も、相当数の方には十分受け入れ可能です。

むしろ、力の信奉のみを真実とし、それ以外の思考を巡らす五十嵐先生を、真実を追究する大学教授として相応しくないと論難することは、中間的な人々にとって説得力があるでしょうか?
多くの人の考えを頭に含め、一致点を見つけつつ、自説に近づけるというプロセスが欠けています。
真実は必ず受け入れられるべきだ、そして自分の主張は真実である、という独善の迷路にはまっており、それが個人攻撃として露出してる点が致命的です。
そして、武器、教育、国家の情報管理と言った点で、各分野の有力なアナリストたちの主張に五十嵐教授の主張が近いこと、特に、AAV-7は批判されることが多いことは念頭に置くべきです。
12. Posted by 高田 亨   2014年10月12日 19:59
夢思記さん、

このブログの凛さんは、コメント欄での議論も推奨していますよ。

> 武器、教育、国家の情報管理と言った点で、各分野の有力なアナリストたちの主張に五十嵐教授の主張が近い

そうなんですか?? 少なくとも軍事専門家で、五十嵐教授のような意見は見たことがないのですけれども。
国家の情報管理でも、情報管理の専門家でも五十嵐教授のような意見は見たことがないのですが。

教育は、英語教育が米軍との共同作戦をするためということをおっしゃっているのでしょうか? 本当にそんなことを言う人が各分野のアナリストの主流意見なのですか?

韓国は日本より遥かに英語教育に熱心ですが、韓国は極右の国なのでしょうか? むしろ今は米国から離れて中国に接近しているように見えるのですが。

> AAV-7は批判されることが多い

これも初耳です。では水陸両用車で日本が入手可能なものが他に何があるのでしょうか? 水陸両用車は離島での作戦に重要な存在です。

そもそも、軍事的には離島は守るのが難しい存在です。ましてや日本は政治的配慮から国境の離島には守備隊も起きません。
ですから離島を攻撃された時、奪還する能力を保持していることが何よりの抑止力になります。

抑止力がなければ周辺国に攻められるのは歴史の示すところです。
実際に南シナ海で中国は他国が主張する島嶼を次々に占領しているのはそれを示しています。

夢思記さんの意見は非常に興味深いのですが、事実とかなり離れたことをおっしゃっているように見えます。
13. Posted by    2014年10月13日 22:22
>高田 亨 様

 おっしゃるとおり、かなりの極論かと思います。

 特に英語云々に至っては、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い以外の何物でもないように思えます。

 どうも揚げ足取りの様にしか思えず、少し言葉使いがきつくなってしまっております。
14. Posted by    2014年10月13日 22:23
>とほ  様

 確かにこうした意見を聴くことができるのはインターネットのおかげです。

 通常であれば、自分で選択したものしか目にする機会がないため、こうした言説は見ることはないわけですが、たまたまこうしたものを見ると、以前書いたように特定の信者に対する布教活動と同じにしか見えませんでした。

 そうした中では拍手喝采かもしれませんという話です。
15. Posted by    2014年10月13日 22:26
>雨槍原チャ  様

 私も日本がすぐに軍事大国化するとはどう考えても思えません。

 戦争をするためにはそれなりの準備が必要で、今の日本に兵士の補充、兵士が戦争をするために必要な物資、精神面での支援がどれだけ可能かと考えると、私はかなり疑問です。
16. Posted by    2014年10月13日 22:28
>我無駄無 様

 まさにキリストの誰も罪を犯したことのない者だけが石を投げつけることができるという話そのものかと思います。

 日本の軍事大国化を批判するのであれば、その国は自国の軍事をどう考えるかを考えてから批判すべきで、自分のところの武力は自衛のためだから、良いが、日本のはそうではないなどというのは筋が通っていないと考えます。
17. Posted by    2014年10月13日 22:30
>moon 様

 日本には結社や政治活動の自由があるので、何を考えても結構ですが、当然他の人はそれを批判したり擁護したりする権利を持っているという話かと思います。
18. Posted by    2014年10月13日 22:34
>えーおーきー  様

 私も憲法9条は正直かなり無理があると思っております。

 確かにアメリカなどからの軍事協力を断る理由としては便利だったかもしれず、そういう意味では無意味とは思っておりませんが、実際問題として、どうしたいのか、国民が本気で考える必要はあると思っております。
19. Posted by    2014年10月13日 22:38
>夢思記 様

 おっしゃるとおり、0か100かという議論は私もどうかと思います。

 ただ、正直五十嵐教授らが行っている議論が私的には0を主張する議論の様な気がしており、それについてどうかと思ったのが出発点です。

 なお、私的にはコメントを通じての議論はいろいろ教えてもらうこともあり、大変ありがたいことと思っております。

 中には、私の勘違いや間違いを指摘してくださる方もおり、大変感謝しているところです。
20. Posted by    2014年10月13日 22:52
>kamo 様

 私もお聞きしたいのですが、自衛隊が合憲というのはどこの判断でしょうか。

 もしかすると砂川事件のことを言われているのかもしれませんが、あれは日本には自衛権があると述べているにすぎません。

 他の判決も最近では、政治介入は避けるということになっており、私の理解では、自衛隊の合憲という判断は日本の司法制度は判断を避けていると考えております。

 また、「断固たる平和主義」とは具体的に具体的に何を指しているのか良くわかりませんが、日米安保改定で既に在日米軍が攻撃された場合の対応が触れられており、そこいらとの兼ね合いはどうなるのでしょうか。
21. Posted by 阿呆   2014年10月14日 12:32
現実の日本人は…『正しい日本』など望んではいない。

日本人が望むのは『強い日本』だ。

外交でも経済に於いても二の足を踏まされた日本国に…情けなさを感じない日本人などいないし、それは結局日本国の『腕力の欠如』の為と…みな気付き始めたのだ。

正義には腕力が必要なのは…子供でも知っている。アニメや特撮のヒーローが『正義』でいられるのは強いからであり、強くなければ悪も倒せない。日本と日本人が世界に向けて自己の主張を通すには…それに見合った『腕力』が必要なのだ。

国連に多額の援助をしているにも拘わらす、日本国が常任理事国にさえなれないのは何故なのか…中国を始めとした各国の反対論があるからではない。

『弱い』からだ!
22. Posted by 我無駄無   2014年10月14日 14:36
最初にも書きましたが、日本以外の国は、常備軍を保持していて、憲法9条を持たず、集団的自衛権を行使することを認めているわけです。

これらを踏まえて、9番のコメントを考えるとどうなるかというと、必然的に「日本以外の国は、集団的自衛権で守られることはなく、戦略ミサイルによって首都が攻撃されて、壊滅する」ことになるわけですね。

当然、中国や韓国もその中に含まれるわけですが。

それと、もうひとつ考えるべきことは、「9条教」の信者の方たちは「国連」をどう考えているのかということです。

国連の本質は、戦争を行うことを目的とした、「軍事同盟」であり、「憲法9条」に根本から矛盾するものだと思います。

なにより、「国連憲章」では「集団的自衛権の行使」が認められているのですから。

なら、なぜ9条教の信者の皆さんは、国連の解体、あるいは日本の国連からの即時脱退を求めないのでしょう?

実際の話、日本国政府に対して「集団的自衛権の行使反対」と叫ぶ前に「国連憲章反対」を叫ぶべきだと思うのですが。
23. Posted by 我無駄無   2014年10月14日 15:37
凛様
上に書いたことを総合的に考えてみると、「憲法9条」がいかに国際社会の現状から、乖離しているかが分かると思います。

結局、「憲法9条」に固執して、これを守ろうとすると、結果的に現在の国際社会の秩序や体制そのものを、根本から否定することになると思うので。

なぜなら、現在の国際社会は、主権国家が軍隊を持ち、国際紛争を解決するための手段としての戦争を行うことを容認し、さらに、軍事同盟を締結している国同士が、集団的自衛権を行使し合うことを認めることで、動いてるのですから。

である以上、「憲法9条」に固執すればその国際社会の体制そのものに矛盾することになるので。

もちろん、日本が敗戦後すぐの段階で「9条」を憲法に取り入れられたのには、意義はあったと思います。

ですが、それは日本の国力が回復することなく、いわばアメリカの「植民地」のままでいることが大前提でしょう。

ですが、日本は戦後20年を待たずにオリンピックを開催できるまでに国力を回復し、その後経済大国として、世界に君臨しました。

その段階で、「植民地」の証である「9条」に無理が出ていたのだと思います。
24. Posted by えーおーきー   2014年10月14日 21:49
我無駄無様

日本封じ込めのための日本非武装化、東アジアにおけるアメリカの覇権のための在日米軍、東アジア覇権のパートナーとなる中華民国の存在がセットになって憲法9条が存在する前提となっています。
しかし、中華民国は台湾に落ち延び、共産主義中華人民共和国が成立したことで、アメリカの覇権のパートナーを日本とせざるを得なくなり、日本再武装に舵を切ります。
60年代どころか1949年には既に憲法9条は破綻していたんです。
25. Posted by 我無駄無   2014年10月15日 12:58
えーおーきーさん
なるほどそうですか。勉強になります。
だとすると、余計「9条教」の信者さんたちが
何のために、9条に固執するのか理解できませんね。

それと、国際社会の状況や国連憲章と矛盾することなく、「憲法9条」を100%守れる方法が一つだけありました。

それは、日本が独立した主権国家であることを放棄して、第三国の植民地あるいは属国になることです。

そうすれば、日本は独自の軍隊を持つ必要がないし、集団的自衛権も行使する必要が無くなります。
結局、「9条教」の信者さんの望みは、これなのではないかと思ったりします。

ただ、その場合には、日本人がその第三国の「国民」として、戦争に駆り出されることになるのですがね。

例えば、「日本兵」として第二次大戦に駆り出された朝鮮人や、「ローマ兵」としてローマ帝国の戦争に駆り出されたユダヤ人のように。

それを望む日本人がいるとは、到底思えませんが。
26. Posted by えーおーきー   2014年10月15日 14:36
我無駄無様

素人の私見で申し訳ありませんが、自分から遠い出来事程イデオロギーに執着する傾向があると思います。
日常生活の中でも綺麗事と現実が食い違うことはありますが、現実のしがらみの中では、それがしょうがない事として大抵の理不尽は受け入れられるのが、現状だと思います。
ところが外交防衛問題は一個人にはほとんど関係ないと思われている問題ですから、綺麗事をどんなに言っても、自分が困る事も身近な誰かを困らせることもありません。
そして、日常で理不尽を受け入れ、むしろ自分が他人に理不尽を押し付けるフラストレーションを、この問題にぶつけるのでしょう。
だから、実現しようとすれば起こるであろういろいろな問題や矛盾は全て置き去りにして、「戦争のない平和な世界」という価値観に合致する憲法9条を絶対視するのではないでしょうか。
あくまで、個人の内面に焦点を合わせただけなので、他にもいろいろな説明の仕方はできると思いますが参考になれば幸いです。

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