スポーツ

2014年09月24日

 韓国・仁川アジア大会が開幕しましたが、いろいろなトラブルが発生し、それがニュースとなっております。


1 各報道

 具体的には以下のような報道がなされております。

 「<アジア大会>とことんまでやる!韓国が勝つために“ずるい行為”、台湾メディアなど指摘―中国メディア」(XINHUA.JP)。

・野球の台北チームの羅嘉仁選手が試合前に抜き打ちのドーピング検査を受け、ウォーミングアップができなかった。
・台北のバトミントン選手も、送迎車が来るのをみなで待っていたら、2時間も待たされた。
・馬術では、韓国選手だけが、ボランティアによってメディア取材のガードを受けた。

「<アジア大会>まるで町内運動会・・と韓国メディア、度重なるトラブル発生に日本では「中国のほうがまし」の声―中国ネット」(XINHUA.JP)

・停電
・国旗の誤掲揚
・聖火台の聖火が消えるアクシデント


2 嫌韓

 こうした記事がネットでは嫌でも目に付くわけですが、ネットならではという面も否定できません。

 正直、ネットでは嫌韓の記事を掲載すればかなりの注目を集めることができる状態で、こうした記事もそれを当て込んで掲載されている面が否定できません。

 実際、アウェーの洗礼というか、こうした大会で開催国が有利になるということはこれまでもしばしばありましたが、ワールドカップの様な例外的に世界が注目している場を除いて、あまりこれまで注視はされてきませんでした。

 確かに今回これだけの不手際があったのは事実で、それについては、改善されるべきかと思いますが、韓国だからというのではなく、こうした不手際、不公平は見逃されるべきではないという観点から今後もこうした監視が続くことを期待しております。


3 アウェー

 どうしても自国民に勝ってもらいたいという気持ちがあるのはよくわかります。実際私もそうですし、これをして間違った愛国心云々などということを述べる気はありません。

 ただ、中には相手の失敗を喜んだりする方もいますし、自国民が得意な競技のみ関心を払い、その他の試合は存在しないような扱いをすることは、如何なものかと常々考えております。

 確かに相手が失敗すれば、自分たちが勝つわけですが、それを誘発するようなことを願ったり、誹謗中傷するような発言はどうかと思います。

 勝負の世界も「勝てば官軍」で、勝ってさえしまえば、記録として残るのは勝利者としての名前で、どのような勝ち方をしたかなど、時間が経てば覚えている人は少なくなります。

 それが大事だというのもわかりますし、選手にしてみれば、メダルを取れば、今後の生活も変わってくるという事情も良くわかりますが、私的にはあまり好きにはなれないという個人的感想です。


4 苦手種目

 その国によって、自国が得意な種目、メダルを期待できる種目があるというのは当然で、それを見たいという気持ちも良くわかります。

 ただ、その一方で、それ以外の種目はまるで存在しないような取り扱いを日本のマスコミは良くすることがあり、これもどうかと思っております。

 フィギュアスケートなどでも、メダルが期待できる(日本人選手が活躍する)シングルはあれだけ大々的に放送しても、ペアはともかく、アイスダンスなどという種目はまるで存在しないかのような取り扱いです。 

 視聴率のためには自国選手中心の放送というのもわかるのですが、その種目を頑張ってやっている方に対して失礼な気がして、こうした取り扱いは、私は好きになれないという話です。


5 最後に

 皆頑張ってこうした大会に出場しているわけで、それがいろいろな不手際で批判されるのは大変不幸なことだと思いますし、頑張ってきた選手にとって大変失礼なことだと思ったが故の今日のエントリーでした。



凜amuro001 at 20:33│コメント(11)トラックバック(0)

2014年08月17日

 ただいまパリにいますが、時差ぼけで眠れないので、ブログを更新しています。今日は前回に引き続き(おにぎり作りからみる性差と「美談」)甲子園ネタです。

 『THE PAGE』が掲載していた、「<高校野球>東海大四・西嶋投手の超スローボールの是非」という記事が興味深かったのでこれについて少し。


1 記事の紹介

 「東海大四高(南北海道)の西嶋亮太投手の推定50キロ台の超スローボール(イーファス・ピッチ)が話題になっている」という記事です。

 西嶋投手は「13日の九州国際大付属戦で、計4球、スピードガン掲示もされない“超ゆる球”を入れ込んで」、「12個の三振を奪って完投勝利」しました。

 しかし、これに対し、「某元アナウンサーが、ツイッターで『ダメとは言わないが、少なくとも投球術とは呼びたくない。意地でも。こういうことやっていると、世の中をなめた少年になって行きそうな気がする』と批判」し議論を呼びました。

 これについて記事では、「ルールブックで禁止されていない頭を使ったプレーを非難されることの方がおかしい。 しかも超スローボールの会得は簡単ではない」として、スローボールを投げる難しさを説明しています。


2 正々堂々

 私は野球そのものがあまり好きではない上に、以前書いた様に(甲子園のスパイ疑惑と高野連の対応甲子園のスパイ疑惑と高野連の対応2)、甲子園というものに対して批判的です。そのため、以下に書くことはそうした発想を持っているものの意見だということを踏まえてお読み下さい。

 「投球術」と呼びたくないと発言された方は、おそらく「高校生らしく」正面から正々堂々と戦うべきだという発想からそうしたことを述べられたのかと思います。

 ただ、この「正々堂々」というのが曲者で、戦争では圧倒的に戦力の劣るもの(今回がそうだといっているわけではありません)が、策略を用いて勝利するのと、正面からぶつかって玉砕するのとどちらが良いのかという話があります。

 当然戦争では、勝てば官軍なので、手段などは二の次となるわけですが、これがスポーツとなるとそれほど単純ではありません。


3 スポーツマンシップ

 スポーツマンシップが重んじられ、ロンドンオリンピックでは、バドミントンの試合で中国人選手らが無気力試合をしたとして失格になったことがあります(バトミントン中国人選手失格に対する中国の意見)。

 これも明確にルールに違反したわけではありませんが、観客からのブーイングのひどさからも、すこしやりすぎだったのではないかという気はしております。

 そこで、今回のプレーですが、西嶋投手は相手をなめていたわけでも、無気力試合をしたわけでもありません。

 戦略の1つとして、スローボールを投げたわけで、私はそれを批判するのはおかしいことと考えます。もしこうした正面からの「正々堂々」以外認められないというのであれば、送りバントやスクイズもおかしいという話になるかと思います。


4 最後に

 おそらく今回のような意見が出る理由として、下手に教育の一環として「高校生らしさ」とか「清清しさ」とか訳のわからないものを信仰している人がいるからかと考えます。

 所詮はスポーツの1つにしか過ぎないものが、いつの間にかそれ以上のものとなってしまっており、いろいろ過度の期待が寄せられすぎているような気がしないでもありません。

 確かに若者があることに熱中している姿はすばらしいものがあり、それを否定するつもりはありませんが、人生はあることさえやっていれば良いわけではなく、そのために他のものが犠牲になっているのであれば、少しひっかかるところがあると思ったが故のエントリーでした。



凜amuro001 at 12:03│コメント(6)トラックバック(0)

2014年06月24日

 なんか最近、始まりはこればかりという感じですが、本当に更新の間隔が空いてしまい、誠に申し訳ありません。ロクにワールドカップを見る時間もない状態ですが、今日もワールドカップネタです。


1 ゴミ拾い

 対コートジボワール戦で、日本代表が負けたにも関わらず、サポーターがゴミ拾いをしたことが話題となりましたが、これについて少し。

 ゴミ拾い自体は大変素晴らしいことだと思いますし、私もこの行為自体をどうこういうつもりは全くありません。

 ただ、ひっかかったのが、これを海外メディアが取り上げていることを嬉しそうに報道するのはどうかと思っているという話です。

 確かに日本(人)の行為が海外で賞賛されているということは嬉しい話で、これを伝えたいという気持ちはわからないでもありません。ただ、どうしても私自身こうした報道の仕方が好きになれないのは、海外がどういっているからというスタンスです。

 現在、都議会でみんなの党の塩村あやか議員に対するセクハラヤジが問題となっておりますが、これを批判する際も海外でも大きく報道されている、などといった形で批判することもあり、これもどうかと思っております。


2 海外の評判

 念のため、補足しておきますが、私はこのヤジは当然批判されるべきだと考えております。ただ、それは自分たちの価値基準から見てもおかしいから批判されるべきという話で、海外がどうこう言っているから、批判されるべきだと考えるのがおかしいと思っているにすぎません。

 確かに海外の評判は大事で、これを無視しろなどというつもりは毛頭ありませんが、あまりに海外の意見ばかりを気にする傾向が強すぎるのではないかと思う事象が続いたという話です。

 実際、「海外」と言ってもいろいろあるわけで、結果、特定のアジアの国の言うことを声高に紹介するものが出てくるということもこれまであったわけで、そういう意味でも、海外がどうこうではなく、最初に自分たちの意見(考え方)があるべきではないかと考えた次第です。


3 評価

 それに、どうしてもひっかかるのが、今回ゴミ拾いをした方々は言うまでもなく自分たちが賞賛されることを願ってこういう行為をしたわけではないのですが、どうもこうした「海外からの賞賛」という報道を見ると、そいう感じが付きまとってしまうということです。

 ある人が行った立派な行為を利用しようと近寄ってくる者はいくらでもいるわけで、今回海外で高い評価をうけたことを奇貨として、それを利用しようとしているという感じがしたという話で、二重の意味でどうかと思ったというのが正直なところです。

 相手を慮って行った行為でも相手に感謝を求めるのはどう考えてもおかしいですし、相手がそれを大々的に評価して報道するのはわかる話ですが、それを自分が大々的に報道するのは、私的には少しどうかなと考えております。
 

4 見方

 他に興味深かったのは、今回のゴミ拾いに関連して、ブラジルでは、ゴミを拾うことを商売にしている人もいるのだから、日本人のゴミ拾いはそうした人たちの仕事を奪うことになるという意見も出されたことです(サッカーW杯での日本サポーターのゴミ拾い 「マナー違反」「掃除人の仕事を奪った」、ネットで議論)。

 正直、私はブラジルの状況がわからないので、これについてどうこう言うつもりはありませんが、いろいろな見方があるなと、改めて思ったという話です。

 歴史の問題を考える際に、当時の人々は今の人とは考え方が違うのだから、それを最初に考えるべきだという意見と、自分自身に置き換えて考えてみれば当時の人の気持ちもわかるという意見があります。

 私自身、あまり両極端に走らず、当時の風習や思想なども理解したうえで、わが身に置き換えてみれば位で考えておりますが、今回のゴミ拾いを見て、ふとそんなことを思ったが故の今日のエントリーでした。



凜amuro001 at 06:05│コメント(16)トラックバック(0)

2014年06月16日

 本当ここのところ、忙しくてしかたがないので、今日は小ネタで勘弁させてもらいます。今ブログネタを書くのであれば、やはりワールドカップだということで、前回に引き続き(ワールドカップでPKを与えた日本人と「謝罪」)、これについて少し。

 日本では日本代表対コートジボワール戦の逆転負けにかなり嫌なムードが漂っておりますが、ある意味これは日本がワールドカップに出場できたが故に可能いだった話であり、出場できない国では自国が敗戦を味わい落ち込むこともできません。


1 記事の紹介

 というわけで、『中国広播網』が掲載していた「中国记者世界杯采访被讽:没有中国队来这干嘛」という記事がその辺の感じを実によく表してします。

 『重慶晨報』の記者がワールドカップの取材に行くと、日本や韓国の記者に間違えられるそうです。そこでそうじゃないというと、「中国はワールドカップに参加していないじゃないか、君はここに来て何をしているんだ」と言われたそうです。

 そして何とも言えない気持ちになったとしています。記事の後半では、中国がワールドカップに出るためにはどうしたら良いか、という観点から、青少年のサッカー教育、サッカーに関心を持ってもらうためにはどうすればよいかなどが書かれております。


2 アンケート

 興味深かったのは、これが環球網に転載され、「深く考えるべき問題」か「一笑に付す問題」のどちらと思うかというアンケートが行われておりました。

 結果は、8割近くが「深く考えるべき問題」としておりましたが、思うに何故中国代表はワールドカップに出られないのか、という観点からこの問題を考えているような気がしてなりません。

 中国ではセリエAなどが放送されており、サッカー熱は盛んですし、ここのところは金にものを言わせて海外から有名選手を国内に呼び寄せたりしているのに、何故というところかと思います。

 実際、オリンピックであれだけの金メダルを獲得するスポーツ大国である中国が何故、出場すらできないのだという思いは、自国を「大国」と認識しはじめている中国人にしてみればいろいろ思うところはあるかと思います。


3 最後に

 時間がないので、思いっきり簡単にまとめてしまいますが、こうした思いをしている国から見れば負けて悲しむことができるということは、はるかに幸運なことかと思います。

 ただ、ある意味これは下を見て自分を慰める方法なので、これで良いのかは別問題で、本来であれば、出場国常連を見習い、上を見ていくべきだというのは言うまでもありません。

 初戦はかなり相手にいいようにやられてしまっている面もあったので、日本が克服すべき課題は間違いなく多くあるかと思います。

 ただ、サッカーという競技はだからこそ面白いわけですが、実際にやってみるまで分からない面や、ボールを圧倒的に支配していても負けることがあったりするわけで、本当に難しいものです。サッカーを人生に例える人もありますが、わからない話ではないと考えます。

 難しいのは百も承知ですが、後2試合何とか勝利で飾ってほしい、そんな願いを込めての今日のエントリーです。



凜amuro001 at 23:50│コメント(9)トラックバック(0)

2014年03月01日

 『J-CASTニュース』が配信していた「『メダル噛むな』の竹田恒泰、生放送でボコボコ 西川史子、カンニング竹山、千秋らが口々に…」という記事がいろいろ興味深かったので、これについて少し。


1 記事の紹介

 「五輪出場選手に対する発言で物議をかもした明治天皇の玄孫で日本オリンピック委員会会長の息子、竹田恒泰さん(38)が2014年2月28日に出演した『ノンストップ!』(フジテレビ系)で共演陣から袋叩きにあってしまった」という記事です。

  竹田氏は2月8日夜に投稿したツイートで、「ソチ五輪に出場する日本人選手に向けて『メダルは噛むな』と注文をつけた後」、「『予選落ちしてヘラヘラと『楽しかった』などと語った』過去の五輪出場選手に対し、「あり得ない」と」苦言を呈しました。

 また、「選手に国費が使われている以上、日本は選手個人の思い出作りのために五輪へ送り出しているわけではない」とも語りました。

 それに対して、出演者からは「メダルをとる、とらないが意義じゃない。オリンピックのもとは『参加することに意義がある』」「竹田さんが(五輪に)行けるかって話。そういう側の人間(出場選手)に対してそんな言い方するのは不遜だ」「私たちは何もしないで、その時(オリンピック)だけを見ている。選手はずっと何年もやってきているわけで、それに対して良い態度をしろっていうのは…」という意見が寄せられたそうです。

 これに対して、ネットでは、いろいろ賛否が寄せられたそうですが、「番組では司会の『バナナマン』設楽統さんを除いて竹田氏の味方がいなかったため、『袋叩きにされて気の毒だった』『イジメの構造をみているようだった』などと同情の声も少なくなかった」と結んでいます。


2 国の代表

 オリンピックは国の代表同士が争う場なので、どうしてもナショナリズムが全面に出てきます。結果今回のオリンピックでもいろいろあったわけですが、それはこれまでのオリンピックでも一緒です(オリンピック組織委員会は韓国を「えこひいき」?中国は失格になったのに、イギリスは再試合というのは不公平?)。

 最初に私の考え方を明示しておくと、確かに国の代表として出場している以上、彼(女)たちに感情移入をするのは大変良くわかるのですが、感情移入することについては、どうかと思っています。

 今回の竹田氏の発言はその最たるもので、国費というけれどもそれがどれだけ選手に渡っているかという問題があり、オリンピックで選手より待遇の良い移動手段を使う役員など、何のための国費投入だかわからないところもあります。

 それに言ってみれば勝手にこちらが応援しているだけで、それなのに勝利すればひたすら「感謝」の言葉を求め、負ければ「謝罪」が強いられるのでは、やっている選手にとってはたまったものではないかと思います。

 念のため誤解のないように言っておくと、私は応援するのがおかしいといっているわけではなく、こちらが勝手にやっていることなので、応援したことに対してそれに見合った何かを求めることがおかしいと言っているに過ぎません。


3 謝罪

 名古屋の暴走車無差別殺人未遂事件でも、容疑者の父親から謝罪がないのはおかしいという意見について、それはどうなのかということを書かせてもらいました(犯罪者の親の責任と謝罪を要求するマスコミ)。

 その時も書きましたが、謝罪をするしないは、親の自由(選択)なわけで、マスコミに対してそれがないからどうだこうだというのはおかしいと思っています。

 出場した選手に対してこれまで物質的援助をしてきた人であれば、それなりの見返りを求めることがあるというのもわからないではありませんが、そうしたことをしてこなかった人がどうこう言うのはおかしいと考えます。

 そういう意味で竹田氏が私財を投じて、特定の選手を応援して、その選手が思う通りの活躍ができなかったことについてどうこう言うのであれば、理解できますが、今回の一連の発言については私は共感できないという話です。


4 最後に

 ただ、これはあくまで私がそう思うというだけの話で、当然それを他人に強要するつもりはありませんし、竹田氏のように考える方がいてもそれは1つの考え方かと思います。

 ただ、マスコミはどうもそういう多様性が嫌いなようで、何かあると最初から結論が決まっているような議論をすることがよくあります(ジャーナリストが反対する法は「悪法」?)。

 今回もそういう話で、1つの方向性だけで議論が進んだので、「袋叩きにされて気の毒だった」という意見が寄せられたのではないでしょうか。

 誰か一人をやりこめてどうこうというのは確かに気持ちの良いものではなく、自分とは違う意見を持つ人からは自分が考えたこともなかった意見がでるので、そういう観点からもう少し生産的なことをすべきかと考えます。



凜amuro001 at 07:00│コメント(10)トラックバック(0)