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2015年07月16日

  Hayato Ikeda氏の「『嫌儲』の心理を考察する:日本人は『お金を使うのが下手』だから、お金儲けを嫌う」という記事がいろいろ興味深かったので、これについて少し。


1 記事の紹介

 「ネットでよく見る『嫌儲(読み方:けんちょ、けんもう)』」についての記事です。

 氏は「お金を稼いで何が悪いんだろう?」と疑問を呈して、「アフィリエイト中心のブログ記事を書くと、『アフィカス(訳:アフィリエイト目的のカス野郎)』やら『守銭奴』 『ネット乞食』とか言われたりする」としています。

 そして、「謎の誹謗中傷を繰り出す彼らの心理」を考えた結果、「お金を使うのが下手だから」とわかったそうです。

 その上で、「『嫌儲』の人たちは、お金を使うのが絶望的に下手なんです」として、「お金の使い方を知ると、お金を稼ぐことを、素直に肯定できるようになります」としています。

 また、具体的な金の使い方として、以下のようなことを挙げております。「高知が好きで高知に残りたいけれど、仕事がないから出ていなかくてはいけない若者」を雇用する「人生に迷った若者が、高知でのんびり仕事ができる環境」を作るなどなどだそうです。


2 嫌儲

 『はてなキーワード』によると、「嫌儲」には2つの意味があるそうです。

 一つ目が、「他人のコンテンツを無断使用して儲けている者を嫌うこと。特に2ちゃんねる(2ch)掲示板で盛んな思想、運動。」で、具体的には『2chまとめブログ』など、自分達の書き込みを無断転載し、恣意的に抽出してお金を稼ぐまとめブログについての批判運動としています。

 二つ目が、「儲ける行為を嫌うこと」で、「(必要以上に)お金を稼ぎたくないという考え方。あるいは、自分以外が儲けるのは許せないという極端な考え方。」

 「または、インターネットで儲けることを許さないという考え方。インターネット黎明期のネット掲示板などで見られたようだ。」としています。

 これを見ると、どうも一つ目に近い意味で自分が批判されていることを発見したHayato Ikeda氏が意思的かどうかわかりませんが、二つ目の意味でブログ記事を書いたというところでしょうか。


3 金の使い方

 あと本当に思ったのが、「お金を使うのが絶望的に下手なんです」という、大変すばらしい意見についてです。

 私自身、あまり自分の生き方(金の使い方)を人からどうこう言われるのは好きではないので、基本的に他人様に対して、どうこういうことはしないようにしております。

 それに特に趣味の世界になると、他人から見るとバカとしか言いようのない使い方をする人も多々おられます。それをして「金の使い方が絶望的に下手」などと言われた日には、何様だという話です。

 実際、氏が提示しておられる「お金の使い方」も氏にとって価値のある使い方であって、こうしたことに興味のない人にしてみれば、「下手」な使い方以外の何物でもありません。


4 最後に

 正直これまでも何度か私はHayato Ikeda氏に対して、批判的な文章を書いております(挨拶という1つの「型」を嫌う人達挨拶という1つの「型」を嫌う人達2イケダハヤト氏と選挙と現実グリーン車ツイート炎上に見る発展途上国化する日本?)。

 どうも氏の文章は他人をイラッとさせる傾向があるようで、今回の記事もすくなからず腹をたててしまったというところです。

 ま、こうした書き方が氏の売りで、結果私もいろいろ思うところがある(無視をしていない)というのは、それが氏の「魅力?」なのかもしれません。


P.S.

 今週末からしばらく日本を離れ、イタリアに行ってきます。現地で、果たしてインターネットが使えるかどうかわからないので、もしかするとその間は全く更新ができない可能性があります。

 そのため、最悪2週間ほど更新がストップする可能性がありますが、よろしくお願いします。 



凜amuro001 at 23:53│コメント(2)トラックバック(0)

2015年04月27日

 たまたま子供の死に関する2つの興味深い記事を目にする機会があり、いろいろ思うことがあったので、これについて少し。


1 記事の紹介

 1つめがイギリスの事例で、出産前の検査で、胎児が脳と頭蓋骨が形成されない無脳症であることが分かりました。

 しかし、両親は、出産後数分でも「私たち親子が一緒に居れる貴重な時間だから中絶はしません」と医師に告げ、更にその段階から臓器提供を考え、実際に死後腎臓が提供されたそうです。

(『Spotlite』「イギリスで最年少【臓器ドナー】になったテディ」)より

 2つめがタイの事案で、脳腫瘍で亡くなった2歳の女の子の両親が、娘の遺体を冷凍保存する道を選んだと
いうものです。

 何でも12回にも及ぶ手術や化学療法・放射線療法のかいなく亡くなってしまった娘の遺体を冷凍保存しておけば、将来的には再び息を吹き返すことがあるかもしれないと考えそうしたそうです。

(『ロケットニュース』「愛する我が子にまた会いたい / 冷凍保存された最年少の遺体はタイの2歳の女の子」)より

2 他人事

 子供が亡くなるのはただでさえとても悲しいことですが、親御さんの気持ちを思うと如何ばかりかというところです。

 ご両親の悲しみなどとても、私ごときには想像できるとは思いませんし、こうした決定をなさるまでには多くの葛藤があったことかと思います。

 そのため、私のような当事者でもない他人が、こうした決定をなされた方に対してどうこういうつもりは毛頭ありません。


3 記念

 ただ、思ったのが人は何のために生きるのかという話で、その1つの答えが自分の生きてきた証の残すというのは皆多かれ少なかれあるのではないかと改めて思ったという次第です。

 私がブログを書いている理由は、以前書いたように当時何を思ったのか何を考えていたのか、後で見直すためというのが理由の1つで(ブログを書き続けられる理由)、それを見て、自分とはどういう人間なのか確認したいのいうのは間違いなくあります。

 ただ、それだけかというと、そんなことはなく、私という、こういう人間が存在していたことを何らかの形で残しておきたいという気持ちも間違いなくあると考えます(当たり前だけど死んだらお仕舞い)。


4 最後に

 和歌などが典型ですが、千年以上前にこういう人がいた、こういうことを考え、それを和歌という文学にして残した人が大勢おり、それを今私たちが鑑賞できる。大変素晴らしいことかと思います(歴史と恋と和歌(『超訳百人一首 うた恋い。』))。

 特に女性歌人の方は本名や正確な生きざまさえわからない人が多い中で、歌という形で、自分の存在を世に知らしめ、生きてきた証を世に残す。本当にすごいことと思います。

 私もそういう不相応の野心を抱いていた時も正直ありましたが、今はそんな思いもなく、私という人間、こういうことを考えた一人の人がいたことを一人でも多くの人に認識してもらえれば、望外の極みです。



凜amuro001 at 23:33│コメント(2)トラックバック(0)

2014年11月13日

 モスバーガー店で中国人店員を「侮辱」するという事件が起こり、いろいろ興味深かったので、これについて少し。


1 記事の紹介

 『J-CASTニュース』の「『お前の背脂でラーメンを』 店頭黒板で中国人店員侮辱? モスバーガー、『不適切』と謝罪し撤去」によると「モスバーガー飯田橋東店(東京都千代田区)の店頭に、中国人の女性店員を侮辱するような黒板が立てられていたと、ネット上で騒ぎになっている」そうです。

 何でも「遅刻を何度もする中国人の女の娘に『今度遅刻したらお前の背脂でラーメン作るぞ!!』遅刻しなくなりました」とか、「中国人の女の子が風邪で声が出なくて困っていました。『今晩は、森進一です』と言い続ければ治るとアドバイスしました」といった内容が店の前の黒板に書かれてあったそうです。

 これがネットで話題となった結果、運営元のモスフードサービスでは、「不適切」と認めて黒板を撤去し、謝罪文を掲載することとしたそうです。


2 冗談

 こうしたことを書いてしまった原因について元記事では、「取り急ぎ確認いたしましたところ、『遅刻しなくなった』という事実を書きたかっただけであり、他意はないようでございました」という回答があったとしております。

 思うに、書いた方は、何か面白いことでも書いてやろうかと思って、本当に「他意」はなく書いたのかと思いますが、少しやりすぎだったのは間違いないのではないでしょうか。

 実際、学校での「いじめ」などを行っている加害者から良く聞く話としては、悪ふざけがすぎた、遊びの延長だったなどの、「他意」がないといった発言がなされることが良くあります。

 ただ、いじめを受けている方にしてみれば本当につらいのは間違いなく、今回実際対象となった中国人店員がいるのか、その中国人店員がどう思ったか等わからないので何とも言えない面があります。しかし、何にしろ良い思いは抱いていないことは間違いなく、こうした意識の差異が問題を複雑にしている面はあるかと思います。


3 炎上

 今回の事案はネットで炎上して、結果本社が謝罪に追い込まれたというパターンで、如何にも現代的かと考えます。

 これまであれば、こうしたことがあったとしても、そのまま店舗内だけで処理される話でしょうし、せいぜい店員(加害者と被害者)の方の知り合いが知る位で、大きな問題にはならなかったと思います。

 ところが、現在では、瞬く間に日本どころか世界中、特に今回の事案は中国人が侮辱されたという話なので、当然中国にも伝わってしまいます。

 結果、モスバーガーは、既に中国に進出し、現在では22店舗を展開しているそうですが、こうした店舗の運営にも大きな影響を与えるという話です。


4 差別

 何をして「差別」とするかは大変難しい問題ですが、私自身はそれを聞いた相手(当事者)が不快と思うかどうかが一番大事かと思っております。

 当然、当事者が不快と思わなければ何をしても良いという話はなく、今回の様に当事者の声が聞こえてこなくても、周りでやりすぎだと考えるような事案であれば、十分「差別」に当たると考えます。

 正直普段の一言一句まで気を付けて話をすることはとても難しく、私も自分自身は気が付かなくても他人を傷つけてしまったということは数多くあります。

 ただ、ネットや看板など不特定多数の方の目に触れるものであれば、それなりに気を付けなくてはならないというのは間違いなく、半分自戒を込めて書いております。


5 最後に

 その一方で、気を付けているだけでは、面白くなく、人目も引かないということはよくあり、そのために少し面白いこと、過激なことを書いてやろうという気持ちはわからないでもありません。

 ただ、だからといって誰かを笑いものにして良いはずはなく、公人ならともかく、私人に対して批判する権利がどこまであるのかという話と、それをどこまで公開して良いのかという話はあるかと思います。



凜amuro001 at 23:55│コメント(15)トラックバック(0)

2014年10月23日

 ここのところ、更新が思いっきり滞っておりますが、風邪をひいてしまい、かなり体調不良で、ひどいことになっております。

 そんな中、孤独死とか、おひとり様などということをふと思ったので、これについて少し。


1 一人暮らし

 これは人それぞれの経歴の問題なので、基本的にどうこう言うつもりはありませんが、学生時代等に一人暮らしをしたことのある方は、したことのない人に比べて、それだけ、家族(のありがたみ)というものに対する認識は違うのではないかと考えます。

 私が本当に今でも思いだすのが、海外で一人暮らしをしていた時に、病気になってしまったことです。これが日本であれば何の苦労もなくできることが、受付のシステムが違うが故に最初に何をしたら良いかすらわからず、四苦八苦しました。

 更に、中国では金を払わないと薬をもらえないのですが、そこはそれあの悪名高き行列に並ぶということをしない中国の人たちですから、我先に金を払って薬をもらって帰ろうとします。

 結果、思いっきり体調が悪いにもかかわらず、押し合いへし合いに参加しなければならず、大変な目にあいました。

 まだ、若かったからできたのでしょうが、これが年寄だったらどうするのか、他人ごとながら本気で同情してしまいました。


2 保険

 元気な時(調子が良い時)は何でもないわけですが、人はいつ病気になったり、事故にあうかわかりません。

 その時のためにいろいろな保険をかけているわけで、文字通り民間の生命保険から、社会保険、国民健康保険などいろいろあります。

 良く聞く話として、ローンを目いっぱい組んでしまったものの、仕事の減収や転職、両親の介護など、これまで予期していなかった事態が起こったが故に、ローンを負担できなくなってしまったという話があります。 

 確かに見通しが甘かったと言えばそれまでかもしれませんが、当人たちにしてみれば予測できなかったというところでしょう。


3 保険2

 結婚していない(子供がいない)時に、老後を誰に頼るかという話は、かなり切羽詰った問題として、目の前にある方もおられます。

 老後も健康でありさえすれば、ある程度は何とかなるかもしれませんが、その時、健康いられる保障はどこにもなく、嫌な話ですが、考えておかないといろいろ不都合が生じます。

 頼る家族がいないのであれば、国(福祉)の世話になるか、友人たちと助け合うかという話になるのでしょうが、それにしてもタダというわけにはいきませんし、友人にしても家族にしても普段好き勝手やっていたのでは相手にしてくれません。

 嫌な発想かもしれませんが、家族や友人と仲良くしておくのもいざという時のための大事な保険となります。


4 最後に

 今日の内容を見ていつもと感じが違うなと思われる方が多いかと思いますが、それだけ体力的にもかなり衰弱がひどいだけでなく、体中が痛く、いろいろ弱気になっているという話です。

 斯様に人の書く者などは立場や状況が違えば、内容などは簡単に変わるという話で、ふと、そんなことを思いながら書いています。

 おそらく、ある程度元気になった時は、又別のことを思っているはずでしょう。こうした変化は自分自身のことでありながら、予測不可能で、こうした変化を楽しみにブログを書いているという面も正直あります。



凜amuro001 at 22:41│コメント(2)トラックバック(0)

2014年10月09日

 ここのところ、家とか売春とか生活保護とか普段の中国ネタ少し毛色の違うものばかり書いておりますが、ありがたいことにBLOGOSに転載いただき、いろいろな意見をいただくことができました。その中でいろいろ、興味深いものがあったので、今日はこれについて少し。


1 ブログ

 生活保護に関するエントリー(『健康で文化的な最低限度の生活』)では、「議論が細いです。エッセイ・雑感ならばいいですが。」というコメントいただきました。

 確かにBLOGOSにはいろいろ専門家の方がおられ、ご自分の専門的な視点でいろいろ書かれております。 私の書いているものがそうした方々のレベルに達していないというご批判は甘んじてうけますが、所詮はブログであるということをご理解いただければ幸いです。

 翻訳をエントリーすることがよくありますが、金をもらってする翻訳でもないので、ロクに訳語の確認をとっていないこともあり、結構いい加減な訳をしているのが正直なところです。

 また、論文でもないので、引用もなければ、「昔」などというおおざっぱな言葉も平気で使用しております。

 ただ、だからこそ好き勝手書ける部分もあるという話で、ブログは所詮「雑感」の域をでるものではないというのが私の基本スタンスです。


2 書けること

 他に、(「家」を大事にすることと売春(AV))では、以下のようなコメントいただきました。

 筆者は3件売春と女性の性(行為)に付いて書いてますが、いずれに於いても社会学者的言辞を弄して問題の周辺をなぞるだけで決して本質に踏み込もうとしません。

 それは下でも指摘しましたが、それらを議論しようとすれば「性欲」について議論せざるを得ないためで、その「性欲」を議論することすら羞恥して忌み嫌う筆者本人がいることを認めたくないのか単に気付いてないのかだと思います。

 これは実際書いてみると良くわかるのですが、所詮書ける内容というのは限りがあります。私に性欲があることは否定しませんし、それがなければそれはそれで困ったこととおもっております。

 ただ、この性欲をどのようにとらえるかとなるとおそらく心理学的考察が必要になるわけですが、残念ながら私はそちらの方については、フロイトどまりで、それ以上かける知識を持ち合わせておりません。

 智識がなくても、経験があればかけるという方もおられますし、そういうブログも存在しますが、私にはそういう書き方はできないという話です。

 そういう意味で、書けるのは社会科学なら政治学か法学的考察で、経済学的な考察などは全く行えません。人文系統なら社会学位で、とても「性欲」の様な複雑で難しい問題はとても私の手におえないと思っているので、スルーしてあるに過ぎません。


3 価値判断

 他にも、スタンスが定まっていないという意見が散見されました。今回、いろいろ売春についてこだわったのはこれが多岐に渡る面をもっており、価値判断すべきかどうかも含めていろいろな視点でこの問題を考えることができるなと面白くなってしまったためです。

 私の結論から言えば、善悪二元論で単純に割り切るような価値判断は難しいという話ですが、一概に売春と言っても自由意思でやっているのか、管理売春なのか、生活に窮してやっているのか、半分趣味でやっているのかいろいろで、それを場合分けもせずに論じるのは無理という面もあります。

 本来そこいらまで考慮すべきなのでしょうが、能力的に難しかったのと、とても時間的にそこまでやる余裕がありませんでした。

 個人的には、いろいろ書いたもの以外に現在の売春防止法などとの関連を法政策論的な観点から見るということも面白かったかもしれないと思っています。

 ただ、正直法解釈を調べるのが面倒くさかったので、なんちゃって社会学的な観点から思いつくままに書かせてもらったという話です。


4 最後に

 いろいろ書きましたが、私は私の書けるものを書くことしかできないという単純な結論になってしまいます。

 なお、今回コメントについて批判的な物言いになっているかもしれませんが、私的にはそういう意図はなく、いろいろ考える材料を提供していただいていると感謝していることだけは間違いありません(実際今日のネタにもさせてもらっていますし)。



凜amuro001 at 22:34│コメント(7)トラックバック(0)