マスコミ(日本)

2016年03月19日

 ショーンK氏の経歴詐称問題がいろいろ話題になっているので、これについて少し。


1 責任

 彼が経歴詐称をした責任は彼にあるのが当然の話ですが、それ以外に誰に責任があるのかについていろいろな方が様々なことを述べておられます。

 例えば、安倍宏行氏は「ショーンK問題に見るテレビの責任」で、「彼を選び、番組に出し続けたメディアの責任は重い」として、特に番組プロデューサーの責任に言及しておられます。

 それに対して、茂木 健一郎氏の「ショーンKさんを作ったのは、世間ではないでしょうか」では、虚偽は、「ハーフ、ハーバードMBA、国際コンサルタント」といった「あるべき姿」ものを求めた世間ではないかという意見を述べておられます。


2 肩書

 ある人がどのような人であるか、見てわかれば苦労はないのですが、そうはいかないので、学歴、資格、職歴、表彰歴といった肩書が要求されることとなります。

 何もこれは人だけに限ったことではなく、ものでもブランドがものをいうことがあれば、骨董の世界では謂れが重視されることがあります。

 おそらくその中で最もわかりやすいのは、国宝や重要文化財といった認定や、総理大臣賞等といった表彰でしょう(鑑定してもらうことと自己満足)。


3 肩書2

 例えば医者のような国家資格が典型なのでしょうが、資格をもっているということは最低限度の能力を有しているということを国が証明してくれております。

 一般の方にはその方が有する能力がどの程度のものかわからない(判断する能力もない)ので、それを信用するしかありません。

 肩書にはこうした意味合いがあり、それを詐称するということがどれだけ許されないことか言うまでもないかと思います。


4 詐称

 ただ、その一方で今回の報道を見ていて思ったのが、そうしたはっきりした認定基準のないものについてはどうなのかという点です。

 教師も教員免許が必要ですが、大学の教員にはそうしたものは要求されません。考えてみれば変な話ですが、同僚たる専門家が認めた者である以上何も問題ないという発想なのでしょう。

 それに学位を出すのは大学ですから、その延長で考えれば良いという話になるのでしょう。

 その上で、もし問題があればその大学全体の問題ということになるわけですが、現実問題として学生が大学教員の良し悪しをどこまで判断できるかはかなり疑問です。


5 判別

 それに大学教員の場合、良い大学教員とは、自分の専門分野に深い造詣がある方のことをいうのか、教え方のうまい方のことをいうのかという問題も存在します。

 また、学生にしてみれば「優」を簡単にくれる教員が良い教員で、「不可」が多いのは最悪という話になるかもしれません。

 試験の難易度となれば、毎年同じ問題を出す教員の方が学生的には望ましいわけですが、そうした教員が素晴らしいとは私はどうしても思えません。

 それに学部生は所詮その分野の素人で、多くの知識が初めて学んだものとなります。そうした学生が他との比較対象がない状態で、どうやってその方の能力の良い、悪いが判断できるかは疑問です。


6 コメンテーター

 そういう意味で、テレビのコメンテーターも別に何か資格があるわけではなく、テレビ局が適当に選んできただけの方にすぎません。

 そのコメンテーターが能力的に「良い」、「悪い」の判断を一般の方がどれだけしなくてはならないのかとなると、正直かなり疑問です。

 そういう意味で、茂木 健一郎氏の主張もわからないではありませんが、やはり「世間」に責任を持ってくるのはかなり難しいというべきかと思います。

 どちらかというと、安倍宏行氏が主張しておられるように、テレビ局の責任は免れないという観点の方が妥当かと思います。


7 最後に

 ただ、その一方でひっかかっているのが、ショーンK氏のコメントはハーバード卒の発言ではないかもしれませんが、彼の発言であることには間違いありません。

 肩書は偽装されたものだったかもしれませんが、内容はそうした肩書とは別個に独立して存在しているものです。

 その内容を含めて批判するのであれば、妥当かと思いますが、詐称だけで批判することに多少の違和感もないでもありません(「中国で最も有名な日本人」加藤嘉一氏に対する中国からの批判

 また、今回の事案では、マスコミが示した価値観が詐称されたものだったわけで、そのメッキがはがれたという意味合いもあるのかと思っております。

 私が今回の事案で最も興味深かったのは、裏をかえせばコメンテーターという仕事が肩書がない人(その分野を専門に研究してきた人でない人)でもできるということを露わにしてしまったということかもしれません。



凜amuro001 at 03:59│コメント(6)トラックバック(0)

2015年08月14日

 8月13日に東京港区で弁護士が男女間のもつれにより局部を切り取られ、負傷するというショッキングな事件がおこりました。この報道の仕方について思うところがあったので、少し。


1 ボクサーの犯罪

 この容疑者について『フジテレビ系(FNN)』は「局部切断で元プロボクサーを現行犯逮捕 男女間のトラブルか」で、「傷害の現行犯で元プロボクサーが逮捕された」ということを最初にもってきております。

 そして、所属していたジムの会長の「本当に残念としか言いようがないですね」という意見を紹介しています。

 その後、「数年前にボクシングジムを辞め、慶応大学の法科大学院で、法律家を目指していた」ことを述べ、大学院の同級生の意見を紹介という順番になっています。


2 大学院生の犯罪

 これに対して『日本テレビ系(NNN)』の「局部切断で大学院生逮捕 男女間トラブルか」では、「42歳の弁護士の男性の顔を殴り局部をハサミで切断したとして、24歳の大学院生の男が逮捕された」としています。

 その後で、「大学院生で元プロボクサー」という紹介になっており、写真が出ているものの、あまりボクサー経験については触れられておりません。


3 印象

 結果、これらの記事をみてどういう印象を持つかと言う話で、おそらく最初の記事を見た人は、ボクサーが暴力行為をふるったというパターンで事件を認識すると思います。

 それに対して、後者の記事では大学院生ということが最初に述べられており、そういう視点(興味)で記事を読むこととなります。

 実際、私も最初どこの大学院生かということが真っ先に知りたかったことであり、それを知った後では、せっかく、あそこの大学院生になったのに何をしているのかという感じで記事を見た(興味を引かれた)というのが本当のところです。


4 印象2

 何故、これが興味深いと思ったかというと、たまたまもう一つ同じような事案があったからです。

 これは読者モデルをしつつ、キャバクラ店で勤めている女性の方が、振り込め詐欺で現金を詐取して逮捕されたという事件です。

 『フジテレビ系(FNN)』の「振り込め詐欺の手口で現金670万円詐取か 読者モデルの女逮捕」では「ファッション誌の読者モデルの女が、振り込め詐欺で、女性から現金670万円をだまし取った疑いで、警視庁に逮捕された」と読者モデルあることが強調されております。

 その後で、「ファッション誌の読者モデル○○こと、キャバクラ店店員」とキャバクラで働いていたことが紹介されています。

 これに対して、『テレビ朝日系(ANN)』の「“振り込め”でキャバクラ店の27歳女を逮捕」では、「60歳の女性から670万円をだまし取ったとして、キャバクラ店の従業員の女が逮捕されました」としております。


5 最後に

 「読者モデル」にもピンからキリまであるので、一概にどうこう言うつもりありませんが、「読者モデル」というとそれなりに良いイメージがわくのではないでしょうか。

 それが「キャバクラ」というのが先に出されると、やはり違ったイメージが先行するかと思います。

 そうしたイメージで記事を見ると、そういう人ならやっても仕方がない(一般論であり、今回のボクサーとかキャバクラのことを指しているのでありません)ととるか、そういう人が何故という感じでニュースを見るという違いが生じてくるかと思います。

 結果、同じ事件でも全く違った観点から見ることとなり、それはそれで興味深いなと思ったが故の今日のエントリーでした。



凜amuro001 at 21:11│コメント(2)トラックバック(0)

2015年07月13日

 『週刊朝日』に掲載されていた「新幹線焼身自殺テロ 年金を35年間払っても生活保護以下」という記事がいろいろ興味深かったので、これについて少し。


1 記事の紹介

 東海道新幹線「のぞみ225号」で焼身自殺をした男性についての記事で、容疑者は、「犯行前には周囲に、繰り返し年金の受給額の少なさと保険料や税金の高さへの憤りをぶつけていた」そうです。

 「杉並区の生活保護基準は14万4430円だ。しかも、生活保護の場合は国民健康保険や住民税などの負担が減免される」と紹介しています。それに対して今回の「容疑者は35年間も真面目に年金を納めたにもかかわらず、生活保護水準以下の12万円の支給しか受けられない『下流老人』だった」としています。

 その上で、「こんなことになるならと」いろいろな人が後悔の念を述べています。

 最後に「貧困に苦しむ高齢者の実態を記した『下流老人』の著者で、生活困窮支援のNPO法人「ほっとプラス」代表理事の藤田孝典さん」の以下のような発言を引用しています。

 「彼は典型的な下流老人です。現役時代の収入が多くなく、貯蓄も底をついた。生活の助けを求めることのできる家族や友人関係もない。こういった人たちが、いざ年金だけで生活する年齢になると、突然貧困層に落ちる。これはまれなケースではなく、私の試算では、高齢者の9割が下流老人になる可能性があります」


 そして「容疑者の生い立ちは戦後日本人の典型だけに、他人事ではない」と締めくくっています。


2 週刊誌

 如何にも週刊誌の記事といった感じのまとめとなっております。今回の狙いは今暮らしてくる普通の人々も同じようなことになるかもしれないという恐怖をあおっているものでしょう。

 自分とかけ離れたセレブの生活を盗み見したいという気持ちもあるので、芸能人などのゴシップが売れるでしょうが、一般庶民に対する不安をあおるというのも、とても有効な手です。

 実際、年金支給額も今度どうなるかわからない、未婚率も上昇し、ひいては自分の面倒を見てくれる子供もいない人も増えている。

 子供がいたとしてもその子供がニートになるかもしれなければ、ひきこもりになるかもしれない、暗いことを考えていけばいくらでも思いつきます。


3 批判

 この記事を読んだ率直な感想が、記者は気楽で良いなということです。こんなことをいうとこの記事を書くために多くの人に取材して大変だったという声が挙がるかもしれません。

 しかし、話の流れとしては、「生活が大変だ」という老人の苦悩を述べているだけで、それ以上でもそれ以下でもありません。

 そして、記者の常として『朝日新聞』などでは、政府批判、この話題であれば、福祉の充実という話を散々してきています。

 口に出すのは簡単です。しかし、金は無尽蔵にあるわけでありません(金を刷りすぎればインフレになります)。政治は、この人が「可哀想」だけで済む話ではありません。

 公平性が要求され、もしこうした人を救うという価値判断がなされたのであれば、先に基準を作って、差額を支給という話になるかと思います。


4 方策

 かといってその差額を支給となれば、その分の金をどこからもってくるのかという話になります。

 「福祉の充実」という言葉はとても耳あたりが良い言葉です。しかし、そのためには当然、該当る方には、義務として、いろいろやってもらわなければならないこともあり、皆が権利だけを主張したのでは社会は成り立ちません。

 確かに生活は大変だったかもしれませんが、今回の方一人だけがこうした苦労をしているわけでありません。

 また、社会に訴えるにしてもやり方というものがあり、今回の方法を私は全く支持できません。


5 最後に

 人は皆多かれ少なから悩みを抱えており、そうした苦労を含め、普通は誰も自分をわかってくれません。下手をすると自分自身さえもわかっていないかもしれません。

 それに、先の制度にしても、例外はいろいろあり、結果、理不尽として言えないことも多々起こり得ます。 それらを含めて、それが人生であり、それをどうするかを必死で考えて対処していくことが生きていくということかと思っております。

 その考えることを放棄して、一方的に安全なところから批判するだけという姿勢、とりあえず理想論だけを述べている姿勢はあまり私は好きになれないという話です。

 ただ、お恥ずかしい話、自分自身他人の批判だけをして、対案を示さないことも良くあるので、あまり偉そうなことを言えた義理ではないのは重々承知しております。



凜amuro001 at 22:24│コメント(9)トラックバック(0)

2015年05月10日

 大分市の高崎山自然動物園が今年最初に誕生した赤ちゃんザル(雌)の名前を、公募で最多だった「シャーロット」と名付けたと発表したことがいろいろ話題になっている様なのでこれについて少し。


1 『朝日新聞』の指摘

 顛末は既に周知のとおりかと思いますが、この名前が英国で誕生したばかりのシャーロット王女にちなんだものだったため、「英国王室に失礼だ」という批判が寄せられたそうです。

 そのため、英国大使館に問い合わせたりして、命名の取り消しを含めて検討する騒ぎになりましたが、結局、そのままの命名になったようです。

 これについてたまたま見た『朝日新聞』で面白い指摘があったのですが、今回の騒動は英国王室ということから日本の皇室に対する失礼という連想が働いたが故にこうした騒動になったとしております。

 そして、最後は英国大使館のお墨付きがもらえたから結果として、名前はそのままになったという、見方によっては、少し意地の悪い記事を掲載しておりました。


2 皇室批判

 皇室がらみ云々というのは、確かにそういう発想から批判をした方は確かにいたかと思います。正直今回の騒動は何故これほど大きな話になるのか最初からよくわからりませんでした。

 如何にも『朝日新聞』的な解釈ですが、確かにそう考えてみるといろいろ批判が寄せられたものわからないではありません。


3 リスク管理

 上で「意地の悪い」と書いたのは、結果こうした騒動になってしまったとき、現場の担当者はどういう行動をとるかという話が念頭に浮かんだからです。

 何か不始末をしでかしたのなら誤るしかないわけですが、今回の事案はあくまで公募の結果がそうなったというだけであって、私的には大きな不始末があったとは思えません。

 担当者も同じ思いだったでしょうが、結果として騒動になってしまった以上何か対処をしなくてはなりません。どうしたら良いか誰に聞いたら良いのか必死になって考えた結果思いついたのが英国大使館でそれ自体をどうこう言うつもりはありません。

 ただ、それが『朝日新聞』的には自分で判断できずに、外国の顔色をうかがう的な記事になっていたので、どうかと思った次第です。


4 他人の行動

 「人の振り見て我が振り直せ」とはうまく言ったもので、他人がしている行動を見ると自分も同じような恥ずかしいことをしていることが良くわかることがあります。

 今回の事案でも、一連の慰安婦報道では、あれだけ他人の顔色をうかがっていが新聞社がというのが最初に浮かんだ感想です。

 何事も他人を批判するのは簡単です。ただ、自分がそれをするのに値する人間であるかどうか、考えてみることが必要だとふと思ったが故の今日のエントリーです。

 何がいいたいかというと、私も結構人様を平気で批判しておりますが、自分自身そんな立派な人間ではありません。そうした自戒を込めていろいろ思うところがあった騒動でした。



凜amuro001 at 00:15│コメント(11)トラックバック(0)

2015年03月30日

  『報道ステーション』での古賀茂明氏と古舘伊知郎氏とのやりとりが話題となっており、いろいろ興味ふかいこともあったので、これについて少し。


1 古賀茂明氏について
 
 これについては、私自身の感想を言わせてもらえばかなり被害妄想が強いというか、安倍憎しの観点からかなり変なところにまで行ってしまっているというのが本音です。

 ただ興味深かったのは、こうした戦略にでるとは想像もしておらず、この手があったかという感じです。

 というのは、こういう方はテレビに出て顔を売ってナンボの世界ですが、それが『報道ステーション』にこれから出られなくなるとなれば、かなりの知名度の低下を招くことになったでしょう。

 そうなれば、講演などの機会も減るでしょうし、本を書いても読んでくれる方は少なく、下世話な話をすれば、収入的にもかなりの痛手になることは間違いなかったでしょう。


2 売名

 ところが、今回の騒動で、一挙に知名度は高まったわけで、そうした恐れはなくなりました。実際日本にはいろいろな方がおられ、反安倍の方がいるのも当然の話ですし、いないと困ります。

 今回のことで、古賀氏がこうした反安倍の代名詞(代表格)のような形に一挙にのし上がったわけですが、ある意味、一種の炎上商法の様な気がしてならないというのが私の偽らざる感想です。

 有名になるには運も必要で、実力だけでどうこうできる世界ではありませんし、マーケティング戦略なども必要となります。

 そういう意味で、今回の手法を一概に否定するつもりはありませんが、個人的には本来勝負すべき才能(能力)とは違うところで、有名になっているような気がして、あまり好きにはなれないという話です。


3 テレビ

 これに関連して元フジテレビアナウンサーの長谷川豊氏が興味深いことを書いておられました。

 あのですね、コメンテーターってのは、「コメントをする仕事」なんです。繰り返しますけど、彼は「コメンテーター」ですよね? 古館氏は「キャスター」ですよね。そのキャスターに話を求められれば、「コメント」をする立場なので「コメンテーター」と呼ぶわけですね。

 恐らく、テレビ朝日サイドからも「コメンテーター」としての打診を受け、「コメンテーター」をすることを彼は引き受けているはずです。

 なのに、あの日の彼は、古館氏からニュースの見解を求められたにもかかわらず、完全に無視して「自分のイデオロギーと言いたいこと」を言い始めたわけですよね? 契約違反だよね?これ(涙)。

 テレビは「公共の電波」です。みんなで作ってますし、みんなでお金を出し合って建てたスカイツリーの電波を使っています。

 なので、一見すると自分の意見を言っているように見えるコメンテーターさんも、実は陰でディレクターから「こんなことを言ってください」と言われたり「Aさんがこう言うので、反対の意見を言ってください」と言われているのが現状です。

 だって「コメンテーター」だからです。そういう「仕事」なんです。 みんな好き勝手になんて話せません。自由になんてしゃべっていないんですよ?

 コメンテーターは「何分で話してください」「何秒でコメントしてください」程度のこと、ガンガン言われます。その時間にまとめ切らなければいけないのはもちろん、キャスターが突然、全く打ち合わせにない話を振ってきても、それに対応しなければいけないのです。結構難しいのよ?コメンテーターって。

 これを読んだ時、正直テレビに先はないなというのが最初の感想でした。時間があらかじめ限られている番組の中で如何に視聴者をわかったような気にさせるかがテレビということをまざまざと表しています。


4 テレビ2

 何が言いたいかというと、キャスターと呼ばれる方がとりあえず、大きな筋道を話すわけですが、彼自身がどこまで理解して記事を読んでいるかは不明です。

 そして、所詮細かい解説などはできないわけで、大ざっぱなわかっているような顔をして、事象を紹介して、コメンテーターと呼ばれる方が何だかわかった様なわからない様な、視聴者がありがたがることを言っておしまいという感じが良く表れているというわけです。

 本来何かを説明しようと思ったら、それなりの筋道を時間をかけて説明しなくてはならないわけですが、そうしたことは初めから放棄しているということがよくわかります。

 それよりは、反対意見と賛成意見と両論併記でお茶を濁した方が番組を作る人は楽でしょうし、視聴者も多くの意見を聞けてわかったような気になるのかもしれませんが、結局は何1つ身につかないというのが本当のところでしょう。


5 最後に

 本来であれば、本当の専門家に解説してもらうのが一番良いのでしょうが、専門家が必ずしもうまく短時間で説明できるわけではないというの現実です。

 そのため、わかりやすくまとめる方が必要なわけですが、あまりにわかりやすさだけを求めているのが今のテレビの様な気がしてなりません。

 結果、内容とは関係のない、今回のような口論が話題となるわけで、今のテレビ界を象徴しているような気がしてなりません。



凜amuro001 at 22:38│コメント(8)トラックバック(0)