労働問題

2016年02月24日

 ふと、職場でいろいろあったので、これについて少し。


1 愚痴

 半分愚痴です。

 職場ではっきり言って、対人能力・文書能力などどう見ても問題のある方がいるわけですが、本人にはまったくその自覚がありません。

 逆に自分は仕事ができると思っているだけに、始末におえないというパターンです。

 年齢もそれなりの方で、人生経験も積まれてこられたはずなのですが、まず空気がよめず、他人が打合せをしていようが、自分の都合を最優先で割り込んできます。

 世間話もうまくできませんし、空気が読めないので、今何をするかも指示がなければできません。報告書もまず日本語的に何を書いてあるのか意味不明で、本人に確認しないと、誰が何をしたのかすら、よくわかりません。


2 自己認識

 ただ、先に書いたように、自分は仕事ができると思っており、これまでのやり方とは違う、自分独自のことをしたがります。

 それ自体は悪いことではないので、ではやってみてくださいとなるわけですが、結果が伴わない上に、これまでのやり方をないがしろにするので、これまで築いてきた関係もおかしくなってしまいます。

 しかし、本人は新しい自分のやり方が絶対に良いと思っており、それを理解しない周りが悪いという発想なので、周りとの関係もおかしくなります。


3 逃げ道

 私の経験則(偏見)ですが、人は自分が他人に劣るということを正直に認めたくはありません。仮に認めるとしても、あの人は確かにこの面ではすごいが、他の面ではだめだと自分が他人に勝るところを探します。

 他の方の事例ですが、同様に学歴は高いものの仕事は全くできない方で、もうすぐ定年だというのに未だに学歴に異様にこだわっているという方も知っております。

 同様に、職場での評価が低いために、結果家族(妻)との結びつきが異様に強く、一日に何度も妻に電話をかけて自分達だけの世界に閉じこもっている方を見たこともあります。

 斯く言う私も、論文や翻訳がうまくいない逃げ道としてブログを書いている面があることは否定できません。


4 観点

 ただ、一つの(例えば「仕事」という)観点しかなければ、それはそれで大変だということは間違いなく、そういう方が仕事の面でおかしくなってしまうと、全てがおかしくなってしまいかねません。

 そういう意味で、逃げ道というか、別の道があることは悪いこととは思いませんが、それを逃げ道にとして、仕事をしないという姿勢はどうかという話で、結果同僚に迷惑をかけることはどう思っているのかという話です。


5 空気

 私は基本的に強い同調性(空気を読むこと)を求める日本の習慣については否定的です。

 ただ、他人とうまく付き合うために他人が何を考えているのか、自分のとった行動に対して他人がどう思うかを考えなくてはならないと思っております。

 これは別に日本に限った話ではなく、外国でも同じです。他人とうまくやるということは自分が何かしたら他人がどう思うか、どうしたら喜んでくれるかを考えるということです。

 欧米人もそういう意味では結構気を使いますし(その1つの表れがレディファーストや弱者に対するこころ使い)、そのためにかなりの努力をしております。

 結果、そうした行為を心地よく感じること、そうした行為を見て気持ちが良いと思うことは確かですが、そのための努力を見ること、自分ができるかと考えることは大事だと思います。


6 最後に

 何が言いたいかと言うと、私は日本の強い同調性はあまり良いこととは思っておりませんが、それを否定するために外国の事例を持ち出すのはどうかと思っているという話です。

 「外国」という逃げ道を探すこと、今とは違う方法を考えることは悪いこととは思いませんし、今と違う見方ができるようになるのは良いことだと考えます。

 ただ、日本の現状を否定するために、露骨な「逃げ道」としてこうしたものと出してくるのは、実情をロクに確認せずに勝手に理想化するだけでどうかと思っているという話です。

 要はいつのとおりの程度問題で、別の見方を探すことは大事ですが、それを逃げ道として現状を否定するためだけに使うとそれがおかしくなってしまうということかと思います。



凜amuro001 at 22:11│コメント(2)トラックバック(0)

2016年02月09日

 『キャリコネニュース』が掲載していた「『日本は住むにはいいけど、働くにはビミョーな国』 留学生がそう感じていることが経産省の調査で明らかに」という記事がいろいろ興味深かったので、これについて少し。

1 記事の紹介

 経済産業省の調査で、外国人留学生等が「『日本に住むこと』を魅力的と答えた割合は82.7%を占め」る一方で、「『日本で働くこと』を魅力的だと答えた留学生は22.0%にとどまっていた。」ことを受けて書かれたものです。

 日本で働くことに「非常に魅力的」が4.3%、「全く魅力的でない」が15.6%、「あまり魅力的ではない」が34.3%で、計49.9%と約半数が「魅力的ではない」と答えていたそうです。

 実際、この記事では、「日本での就職を希望する率は70.4%」でありながら、「実際に日本企業に就職する留学生は29.7%にとどまって」いるという数字も紹介しています。

 その理由として、「昇進する見込みが感じられない」「給与が低い、給与がなかなか増えない」などの「年功序列賃金やローテーション人事」などを挙げています。


2 留学生

 留学生として日本に来ると言うことは、もともと日本に関心があったわけで、実際日本に住むことを魅力的に思っていることからもそれは見てとれます。

 なおかつ、彼らは日本で教育を受けたわけですが、大学教育には税金がつぎ込まれていることを考えると、それが日本に還元されないというのは残念なことかと考えます。

 もちろん、母国に帰って、日本の現状を伝えるという意味もあるので、全部が全部というわけでありませんが、やはり希望する方が7割もいて、実際には3割というのは彼らの就労を思いとどまらせるものが日本にはあると考えるのが妥当かと思います。


3 年功序列

 記事にあるとおり、年功序列などの制度が大きな足かせとなっているのは間違いないでしょう。

 確かに日本の場合は、初任給はたかがしれており、長年働いてやっともとがとれるという形の給与体系が伝統的にとられてきました。

 これは若いうちは苦労するが、歳を重ねると楽ができるという、企業の支配階層に都合がよかったことや、「家族的経営」という言葉に代表されるとおり、若い者が苦労をするのが当然という発想からでてきたのかもしれません。

 また、長くいることによって初めてもとがとれる形態にし、離職を防ぐという狙いがあったのかもしれません。


4 変化

 ただ、留学生にこうした発想が通用するかというと別問題ですし、それ以前に企業も長期の不景気で余裕がなくなってきており、働かない壮年層を雇っておくのが難しくなってきたという現実があります。

 留学生にしてみれば、いつまでいるかわからない面があります。確かに日本である程度の年数がいることは考えているでしょうが、それが一生となると別問題です。

 それに中国的発想では、一円でも賃金の高いところに勤めたがるという傾向があり、そのためには転職も厭いません。

 また、欧米出身であれば、優秀な学生であればあるほど、欧米特有のエリート意識が強くでるでしょうから、いきなり下働きをやらされることを拒否したくなるというのもわからないではありません。


5 採用

 企業にしてみれば、これまで運営できてきた面や、大半は日本人という状況で、どこまで留学生のために制度と変えるかとなると、殆ど変えないという話になるのかと思います。

 それに、いわゆる終身雇用も悪い面だけではなかったと考えます。

 採用で優秀な人材と言っても、実際ある程度働かせてみないとわからないという面はあり、その中で出世という形で選定を行っていくという側面があります。

 その中で、使い物にならないと思われてきた人をどうするかという話で、終身雇用では、これまではある程度面倒を見てきた側面があり、そこが日本的だったのでしょうが、今後そうした面は縮小されていくでしょう。


6 最後に
 
 そういう意味で日本も当然変わっていかなくてはならないわけですし、国際化には否応なしに対応していかなくてはなりません。

 そうであれば、私的には留学生にもっともっと働きやすい職場になることを期待しているわけですが、それは日本人に変化を強いることになります。

 そこを如何に柔軟にできるか、それこそが腕の見せ所なのでしょうが、言うは易く行うは難しの典型かと思いますし、総論賛成、各論反対になりやすいところでしょう。

 ただ、人口の面からも、国際化に対応するためにも、外国人を受け入れなくてはならないことは間違いなく、そのための変化は日本に求められていることだけは間違いないかと思った次第です。



凜amuro001 at 22:13│コメント(2)トラックバック(0)

2015年12月23日

 相変わらず時差ぼけの毎日で(フランス旅行雑感)、変な時間に目が覚めてしまい、やることもないので、日本のネットなどを見ているという最悪の時間つぶしをしております。

 そしたら、貧困問題についての記事がいくつか目についたので、これについて少し。


1 女性と子供

 最近の傾向として、どうも女性と子供に焦点が当てられているものが多いようです(『貧困の中の子ども: 希望って何ですか』)。

 以前は男性の低賃金労働者などに焦点があてられることが多かったわけですが、彼らにも妻や子供がいることがあり、その場合、どうしても貧困という問題は避けては通れません。

 ある意味、これまで見逃されてきた面にやっと関心が来たということもいるかもしれませんが、身もふたもないことを言ってしまえば、マスコミ的にこちらのほうが絵になるという側面もないとは言えない様な気がしてなりません。

 同じ困っているにしても、子供がホームレス同様の暮らしをしているのと、中年男性では全く受ける印象が異なります。

 子供の場合であれば、親の責任とは切っても切り離せませんし、保護という面での行政の責任なども出てくるかと思います。

 それに大人のホームレスは既に問題が長期化しており、今更という面や、自己責任という話も出てきやすく、最近ではあまり注目もされないようです。


2 負の連鎖

 それに、正直大人の場合は、どちらかというと中年以降の方が多く、これからどれだけ変わりうるかという問題もあります。

 その点まだ若年層であれば、これから変わりうる側面も多ければ、社会的にも何とかしてやろう(自分で何とかできるようになれ)という圧力が強く、それが関心に結びついている側面もあるのかと思います」(貧困の連鎖と親の影響)。

 それにどうしても子育ては自分がされてきたことがメインとなって行われるため、きちんとした生活習慣など基本的なことを親から教わってきていないため、自分が親になったときに教えることができないという例も散見されます。

 ただ、日本の場合は同調圧力が強いので、子供の頃であれば、学校で自分が家が他人と異なっていることにかなりの違和感を持つようになるのではないかと考えています。

 こうした時期にきちんとした指導などが行えれば、それなりのことはできるようになるかと思うのですが、実際問題家庭にどれだけ入っていけるか、どう行えるかはかなりの難題かと思います。


3 被害者意識

 最初に断っておきますが、私はいじめは絶対にあってはならないことだと思っていますし、いじめられる方が悪いなどとは全く思っておりません。

 ただ、中には仕事をしていてこの方はちょっとという人に出会うことも少なくありません。当然完全な人などはいないわけで、多かれ少なかれ皆欠点があるわけで、程度問題に過ぎないという側面もありますが、その度合いがと思ってもらっても結構です。

 例えば、学歴が高いことや、語学などの特殊技能ができることを、あまりに頼りにしすぎる方がおられます。学歴が高いこと、特技を持っていることはすばらしいことですが、当然仕事をする上ではそれがすべてではありません。

 他人に合わせることも必要ですが、たまたまそれが苦手だった場合、他人は私が○○に優れていることを妬んでいるなどという発想にいたっていることもあるようです。

 全くないとは言いませんが、実際文句を言っているのは仕事ができないことです。ただ、その人の話となるというどうしてもそうした○○が出てくることが多いので、当事者にしてみれば妬みととることになるのでは
ないでしょうか。


4 最後に

 ネットでの記事では、他に会社に正論を言ったら、問題視され、居づらくなって辞めたなどというのもありました。気持ちはわからないではありません。

 正しいことは正しいわけですが、会社にはこれまでのやり方もあれば、そうしてきた当事者もいる場合が結構あります。

 それらすべてを無視していきなり、正論をはいても、どれだけ相手にしてくれるかという話でしょう。それにどうも私の経験則ではそういう方に限って、自分のやり方を曲げないような気がしてなりません。

 他人に言うことを聞かせたかったら、ゆずるところはゆずるべきでしょうし、やり方(方法)も考えるべきかと思います。

 そうした社会になじめず、結果貧困に陥ってしまったという感じの記事をいくつか見て、ふと自省の意味も込めての今日のエントリーでした。



凜amuro001 at 13:53│コメント(0)トラックバック(0)

2015年07月30日

 『朝日新聞』が掲載していた「デモに参加すると就職に不利? 『人生詰む』飛び交う」という記事が興味深かったので、これについて少し。


1 記事の紹介

 「安保法案に反対の声を上げる学生団体が注目され、若者が国会前に足を運んでいる。しかし、ネット上では『デモに行けば就職できない』という声が飛び交う。本当に就職に不利になるのだろうか」ということについて答えている記事です。

 デモに行く政治的表現の自由がある一方、「誰を採用するかは『企業活動の自由』でもある」としています。

 そして有名な「三菱樹脂事件」を出し、「1973年の最高裁判決は『特定の思想信条を有する者を雇うことを拒んでも、当然に違法とはできない』とした」が批判を受け、「三菱樹脂社も結局学生を雇った」としています。

 その上で、一橋大大学院の阪口正二郎教授の「企業が思想で採用を拒む自由は、時代を追って狭くなっている」という意見を紹介しています。

 職業安定法が改正され、「企業が求職者の個人情報を集めるのは業務に必要な範囲に限られた」たことや、厚生労働省の「思想信条などに関わる情報の収集を原則禁止する指針」なども紹介されています。

 ただ、現実問題として、「思想信条による企業側の採用拒否について」は、不採用の理由は明らかにされていないので、「あるべきではないが、あり得ないともいえない」としています。

 「一方、企業は近年『社会問題への感度の高さを評価する傾向にある』と」して「むしろ肯定的に受け取る可能性は十分ある」という意見を紹介しています。

 更に「実際に採用する側」の意見として、「デモが就職に不利なんて、いつの時代の話ですか。学生がデモに参加したかなんて調べるヒマもリソースもありませんよ」というものも紹介しています。


2 「結論」

 ま、『朝日新聞』の記事なので、安保法案に反対のデモには好意的で、これに参加しても特に問題はないという結論ありきの記事かと思います(『朝日新聞』の「特集」が如何にも朝日新聞的だった事)。

 私はこうした『朝日新聞』の意見はあまり好きではありませんが、この意見には概ね賛成です。

 実際問題、よほどのことがない限り、デモに誰が参加していたかなど会社が把握できるわけもなく、デモに参加しただけで、直接就職に不利益になるとは思いません。


3 意見

 ただ、就職の面接の最中にこうしたデモに参加したことを述べたり、デモに参加してやりすぎて公務執行妨害や傷害などで逮捕されたとなれば、話は別かと思います。

 また、日本の企業が、こうした活動に積極的に参加する人を望んでとるとなるかも別問題かと思っております。

 『朝日新聞』にしてみれば、こうした活動は望ましいことで、是非皆で広く参加してもらいたいところでしょう。私も個人的には言論の自由、政治の自由は広く保障されるべきで、こうしたことを制限するのは間違っていると思います。

 ただ、こうした活動を快く思っていない方がいることも事実で、会社にしてみるとこうした長いモノにまかれない方は、体制(会社の方針や上司)に反抗的と考えるのではないでしょうか。

 結果、就職にとっては不利になるのではないかという話です。


4 現実

 結局、本音と建て前という話で(日本に来た理由(本音と建て前))、話としては自分で考えろ、積極的に意見を述べろと会社は推奨するわけですが、それを本当に受け入れるかは別ということです。

 それに会社も組織で動いている以上、トップダウンで命令を下さざるところはどうしても出てくるわけで、それに対して反抗的となると会社としては、使いにくい人間と判断するでしょう。

 となれば、ある程度、体制に従順な人間が望ましいわけで、積極的にデモに参加する人間を会社がどう判断するかという話です。


5 最後に

 誤解のないように言っておきますが、私も政治学を学んだものとして、政治に対する意見は積極的に述べるべきだと思っております。

 ただ、そうした行動をとったことが現実問題としてどのような影響を受けるかは別の話で、それはある程度考えて行動すべきというのが持論です。

 ちなみに、私がこうした考えを持っているのはやはり中国滞在経験が大きな影響を与えています。中国でも憲法では言論の自由が保障されておりますが、それを盾に好き勝手言えばどうなるかは言うまでもありません(言論の自由と読者の感情

 結果、現実を見ながら必要に応じて主張を変えていかなければ公表もできないのが現実です。これを日和見と見られる方がいたとしても、特にそれを否定するつもりはありません。



凜amuro001 at 22:39│コメント(2)トラックバック(0)

2014年09月16日

 『J-CASTニュース』が配信していた「日通の派遣社員、同僚をツイッターで次々中傷 『ほんまに臭いし気持ち悪い笑』・・・すでに退職」という記事が興味深かったので、これについて少し。


1 記事の紹介

 「大手物流会社『日本通運』の男性派遣社員(21)が、同僚の顔を次々に晒して『臭いし気持ち悪い』などとツイートしていたことが分かった」という記事です。

 同僚の顔がわかる状態で写真を撮って、それをツイッターに掲載し、「この派遣できたおっさんズボンなくしたとかほざきだした笑」、「ほんまに臭いし気持ち悪い笑」などと書いてこき下ろしていたそうです。

 以前にも同じようなことをしており、これ以外にも、同僚について、「こいつ使われへんから朝だけ笑」、「今変な仕事場の臭いおっさんとランチなうやて」、「もう五十過ぎてんのにすいません以外喋られへんしAKBの握手会の為に働いてるらしい」など画像つきでアップして笑いものにしていたそうです。

 これについて、 「日通の広報部では、取材に対し、派遣社員が8月28日にツイッターで顔を晒して腐した中年男性が日通の従業員であることを認め」、「派遣社員の行為を『問題があると考えています』」と回答してきました。

 そして、「問題」を起こした派遣社員は既に退社しており、「一連のツイートについては、『不適切な内容でご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます。今後は、社内のコンプライアンスを強化し、再発防止に努めたい』と話してい」たとしています。


2 弱者

 この記事を読んで最初に思い浮かんだのが弱者の団結です(「貧しさ」を媒介として労働者は団結できるか?)。

 どうも労働運動などの経験から「団結が大事」というのがこうした運動を推進する方々の頭に強固にインプットされているような気がしてなりません。

 確かに資本家(支配階級)の力を持っている者に対して個々人ができることは限られているので、団結して数の力でという論理はわからないではありません。

 それに民主政治そのものが数の力による自己の主張の実現なので、こうした団結(数の力)を全否定するつもりは毛頭ありません。


3 弱者2

 ただ、私がひっかかているのが、弱者であるというだけで、簡単に団結できる。共に資本家(支配階級)と戦う同士であるという発想です。

 発展途上国などの食うや食わずの生活をしている人を見ているとわかりますが、はっきり言って失うものは何もないので、何でも平気でやってしまいます。

 それにそのままいても飢え死にする可能性があるとなれば、手段を選ばずに何でもしてきますので、他人を裏切ったり、騙したりすることも往々にしてあります。

 となれば、弱者(経済的弱者や言葉が通じなくて異国で困っている同胞)を騙すことも、悲しいかなめぐらしくありません。


4 派遣

 そういう意味で今回派遣労働者が同じ派遣労働者などを馬鹿にするツイートを行ったというのは、ある意味こうしたことの延長線上にあるのではないかと思った次第です。

 今回の事案では、金銭的にどうこうという話ではありませんが、他人を勝手に自分より「下」にいる者とみなすことによって精神的な優越感を得ていたということかと考えます。

 これは別に弱者に限らず、どの階層でも見られるものですが、ある程度精神的に満足感が得られており、他人を貶す必要がない人は、こうした欲求が少なくなるのではないでしょうか。

 結果、物質的にある程度満足している方や、自分の置かれている現状に満足している方はこうした欲求が少なくなるという話かと思います。


5 最後に

 結果、迫害されている者は自分よりひどい状況にいる方を見つけて自分はあれよりはマシだと自己満足したり、他人を差別(迫害)することによって、自分が迫害されている状況を緩和しようとするのではないでしょうか。

 そうであれば、弱者が貧困をキーワードに団結したり、連帯したりできるというのは実際問題として、かなり難しいということがおわかりいただけるのではないでしょうか。

 誤解のないように補足しておくと、私はだから連帯しなくて良いと言っているわけではなく、難しいということを認識した上で、どう数をそろえるかを考えるべきだと思っているという話です。

 彼(女)らの声も一つの声(意見)で、無視すべきではありません。ただ「弱者」をキーワードにしていれば、誰もが寄ってくるという簡単なものでもありません。

 弱者が団結するのは大変なのだ、弱者は聖者ではないということを踏まえて団結のための仕組みをつくりあげていくことが必要で、他の集団と交渉する術(カード)を持つべきだと考えており、単に感情論でどうこうというのには賛成しかねるという話です。



凜amuro001 at 23:38│コメント(10)トラックバック(0)