中国政治

2014年08月09日

 『環球時報』が掲載していた社説「社评:“舆论至上”幻觉诱导去报社“自杀”」が法律及び政治学を学んだ私としては大変興味深かったので、これについて少し。


1 記事の紹介

 本当時間があったら、かなり詳しく訳したい私的には興味深い社説ですが、全訳はやはりきついので、適当に省略した形で紹介させていただきます。

 8月7日に又、中国青年報の玄関で、7名の“大衆”が“自殺”しようとした。中国青年報の玄関での“自殺”騒動はこれで1ケ月に2件目だ。この7名の“自殺”騒動を起こした者は刑事拘留された。

 こうした“自殺”騒動は、自分の目的のために世論の注目を集めることだ。こうした世論は中国社会で大きな力となりつつあり、何度かインターネット上ですばらしい効き目を表し、汚職官僚を抹殺した。

 どのように世論の力を使うかは、中国社会の新しい問題だ。ある人はインターネットの世論こそが“民意”としており、ひどいのになると、ネット上の世論が法律の上だとまでする者もいる。

 新聞社の玄関で薬を飲んで“自殺”騒ぎを起こすものは、世論の権力の拡大に幻想を抱いている。“世論が国を治める”として、ネットの支持で、自分の訴えを実現しようとしている。こうした法律外の極端な行動を取る人が増え、中国の新しい問題となっている。

 こうした極端な行動は、法律に対する不信感で、時には裏社会の方法で問題を解決しようとするものだ。社会は決してこうした方向を許さず、私達は必ず法律を社会の中心とし、争いを解決していかなくてはならない。

 公権力はもちろん民間の叫び声に耳を傾ける。しかし、如何にどんな大きな与論でも、全て法律と照らし合わせなければならず、法律に違反しているものは受け入れられない。公権力は世論を尊重することが必要だが、世論を恐れてはならない。

 一部の世論は、“権利保護”を扇動し、公事にかこつけて私腹をこやすこともある。また、中には誤った社会認識を持っているものもある。実際だからこそ“自殺”騒動などを引き起こしている。

 法律により、私達は冷静にならなくてはならない。短期的な目的のために、世論を使って公権力や法律に挑戦するような行動はしてはならず、それは中国の公衆の利益とはならない。

2 法治主義

 法学を学んだことのある人なら聞いたことがあるかと思いますが、まさに法の支配と法治主義の問題です。簡単に違いを述べておくと、法の支配とは、専制(断)的な国家権力(王権)の支配を排斥し、権力を法によって制限することによって、国民の権利や自由を擁護することを目的とする原理です。

 それに対し、(形式的)法治主義とは、内容の正しさを問わず法であれば通用する(国民は従わなければならない)といういわゆる法による支配の原則を言うもので、戦前の大日本国憲法などが典型ですが、どのような政治体制とも結合可能となっております。


3 共産党一党独裁

 そうしたことを踏まえ、現在の中国を考えると、中国憲法にもあるように現在の中国の法による大原則は共産党一党独裁で、これを侵すことは何人たりとも(中国人もできませんし、外国人などは論外です)できません。

 つまり、如何に世論が共産党の支配に反対していたとしても、中国ではそれは認められる話ではなく、法律違反として罰せられるということになります。

 そして中国では言論の自由が制限されているため、マスコミなどを通したりして自己主張をすることができません。そのため、社会で不合理な目にあっている人は自分の状態を訴える正当な手段がありません。

 結果、ネットなどを通じて極端なパフォーマンスを行い、世間の注目を集めるしかないわけで、このブログでも何度か紹介しておりますが(入院費用が払えず、一家4人が裸で抗議女性が30mのクレーンに登って給料未払いを抗議)、かなり極端なことを行って自分が現在置かれている状況を知ってもらおうと考える人が大勢います。 


4 最後に

 当然こうした方法が正しいとは私も思いませんが、だったら中国政府はこうした大衆が声を上げることができる場を提供すべきです。

 それをしないで自分たちが勝手に作った法律に違反するからと国民を処罰し、一方的に法治主義の正当性を主張してもどこまで国民は聞き入れるかという話です。

 実際、この記事の下には感想が入れられるようになっているのですが、あの愛国主義者の集まる『環球網』でさえ、「可笑しい」という感想が最も多くなっており、中国人も当然それほど馬鹿ではないということが見て取れます。



凜amuro001 at 22:08│コメント(6)トラックバック(0)

2013年10月02日

 『産経新聞』が「くやしさ、むなしさ…日本留学、中国で『負の評価』の苦悩」という記事がいろいろ興味深かったので、これについて少し。


1 記事の紹介

 ある中国人が日本に留学し、「環境技術を学び、大学卒業後も日本に残って起業した空気清浄ビジネスで成功」、その後「2010年春に自分の会社と資産をそっくり上海に移し、中国での事業拡大に乗り出し」ました。

 「立ち上がりは順調」で、「『日本で開発された環境技術』は宣伝効果も抜群で、地方政府や大手企業から」も引き合いが相次ぐ状態でした。ところが、昨年9月の尖閣諸島国有化を契機に風向きがかわり、「それまで急拡大を続けた中国国内での顧客との契約がゼロに」なってしまったそうです。

 他にも、大学で「日本語専攻を希望する受験生は数年前に比べて30%前後減った」ということもあるとしています。

 「『なぜ敵の国の言葉を勉強して敵の国の会社で働くのか』と責める心ない親類や知人」がいる関係で、「4年前に日本留学から福建省に戻り、就職した日系企業を最近になって辞めた女性」もいるとも書かれています。

 「日本留学経験者は中国でも貴重な人材だった」が、「日中関係の悪化が長引くなかで、彼らにいわれなき『マイナス評価』を与える空気がじわりと広が」っており、「日本にとっても大切な彼らをどう応援すればいいのか」と記事は結んでいます。


2 反日デモ

 中国では、これまで何度か反日デモはありましたし、実際中国人の間では日本人に対していろいろ複雑な感情を持っている方が多いことも事実です。

 しかし、あくまで「反日デモ」は一過性という感じのもので、過ぎ去ってしまえば後は日常に戻るという感じだったわけですが、昨年のデモは暴徒化し、破壊された跡が生々しく残り、簡単に日常は取り戻せませんでした。

 確かに、こうしたデモを起こすのは中国人の中でも一部の者であり、何もなかったところは何もなかったという当たり前の意見もありますが(中国に「反日教育」は存在しない(反日デモも言うほど怖くなかった)?)、そういうデモに遭遇した日本人にしてみればいろいろ思うところはあったはずです。


3 反日

 中国全土では確かに、昨年の尖閣諸島国有化以来、中日友好というスタンスはなりを潜め、日本に対する敵対的なムードが支配的となっており、そうしたことがいろいろビジネスに影響を与えているのも本当のところかと思います(「日本企業が中国から撤退するはずがない」と思いたい中国)。

 日本車の販売台数も一時期よりは回復したとはいえ、競争相手である他の国と比較すると伸びは少なくかなり苦戦しております。

 こうした雰囲気の中で、日本を「敵対視」する方がいることも事実で、結果、日本語を習得しようとするものが減少したり、日系企業に勤める中国人を裏切り者の様に思う者がいるというのも本当のことかと思います。


4 対日政策

 おそらくこうした、反日感情の悪化には習近平体制の発足というのが大きな影響を与えていると考えます。ただ、あくまで、私の推測にすぎませんが、習体制は最初からこうした対日政策をとろうと考えていたとは思えません。

 思うに尖閣諸島の国有化に伴う対日感情の悪化という状況が発足当時からあったわけですが、中国では、下手に日本に融和的なことを提言すると「売国奴」と見なされる傾向があります(中国の日本に対する感情と外国排斥運動)。

 権力基盤がまだ確定していない新体制、薄熙来の処分に代表されるように熾烈な権力闘争が起こっていた時に、相手に弱みを見せるわけにはいかないので、結果「反日」がどんどんエスカレートしているという面もあるかと思います。

 そういう意味ではある程度権力が確定してくれば、落ち着く面もあるかと考えますが、習体制は軍との結びつきが強いので、尖閣諸島問題で強硬姿勢を主張しがちな人民解放軍が落ち着かないと、なかなかこうした政策を変えにくいとも考えています(レーダー照射と中国の文民統制について)。



凜amuro001 at 05:07│コメント(20)トラックバック(0)

2013年09月21日

 『Record China』が配信していた「『中国は民主国家だと思う』わずか6%、でも欧米流民主主義には懐疑的=在米中国人留学生―米紙調査」という記事がいろいろ興味深かったので、これについて少し。


1 記事の紹介

 アメリカの大学に留学している中国人留学生約2600人を対象としたアンケート結果の記事で、以下の様な結果になったとしています。

 中国を「民主国家である」と認識しているのはわずか6%で、42%が「なんとも言えない」、50%以上が「民主国家ではない」と回答した。一方で、米国に関しては、90%以上が「民主国家である」と回答している。

  ・・・

 また、「中国は欧米式の民主主義を取り入れる必要があるかどうか?」との質問に対しては、賛成は約30%に過ぎず、約70%が「反対」あるいは「懐疑的」と回答した。

 一方で、中国の人権の状況に対して、「ひどい」「相当ひどい」と回答した割合は50%以上に達した。

 民主主義の導入について、一部の学生は「中国国民全体の素養を高めなければ、仮に民主主義を実現したとしてもアフリカの一部国家のように衆愚政治となり、社会の動揺に拍車がかかる可能性がある」と回答。さらに「中国の人口13億人全員が共通の認識を形成することは非常に難しい」とも指摘する。

2 民主主義

 大変興味深いアンケートで、元記事では、アンケートの作成に参画した方の意見として、「民主国家をいかに定義するかで回答は左右される」というものを紹介しております。

 「民主主義」とは何かという話になるわけですが、例えば『大辞林』では「人民が権力を所有し行使するという政治原理」としています。

 中国憲法でも第2条第1項で、「中華人民共和国のすべての権力は、人民に属する」と明記しており、国民(人民)主権を謳い、その上で、同第2項で人民が権力を行使する機関として、時人民代表大会に言及しています。

 あまり中国憲法などは見たことがない方が多いと思いますが、条文だけを見ると、きちんとした「民主主義国家」となっています。


3 制度

 ただ、問題はこうしたものが単なるお題目に終わっていないかという話で、実際どの様に運用されているかが大事となってきます。

 例えば、中国でも宗教の自由はあるわけですが(36条)、「国家は正常な宗教活動を保護する」となっており、「正常でない」と判断されればいくらでも制限できてしまうという実態があります(その典型が法輪功)。

 実際、いくら「民主主義」と崇高な理念を述べても、衆愚政治や腐敗がつきものであるということは、これまでの経験(歴史)から周知の事実で、そのためにチェックアンドバランスの三権分立や、選挙、リコールなどの様々な制度が設けられています。

 ただ、「選挙」と一口に言っても、日本の選挙についてはいろいろ思うところもありますし(日本の総選挙は美人コンテスト?)、死に票が大きい小選挙区制や、派閥政治や利益誘導を助長しやすいと批判された中選挙区など様々なものがあります。

 それに、現在各党が選挙区制を巡って争っていることからもわかるとおり、選挙が行われれば良いのかというとそんな簡単なものではなく、その制度内で自分に有利になるように画策するのが人間です。


4 最後に

 だからこそ、より厳格な制度をという話になるのかもしれませんが、なかなかそうはいかないことは周知の事実かと思います。

 本来であれば、比較政治が理想とするように、各国の様々な制度を互いに研究し、より良いものを目指していければ良いのでしょう。

 しかし、中国は、そうした方向に向かっておらず、自分たちには自分たちの「民主主義」があるという主張を行っていることはこれまで何度か紹介してきたとおりです(エジプトの選挙結果を受け、西側に嫌みを言う中国)。

 ただ正直、欧米の制度が一概に全て良いとは限らないというのもそのとおりですし、各国には各国なりの事情があるので、他国の制度をそのまま持ってくれば良いというものでないことは確かかと思います。

 だから一概に全てを否定するつもりはありませんが、特定の国からだけでなく(靖国参拝を世界各国が批判?(実際は中国だけか)靖国参拝で中国が韓国と日本を批判、でも他の国は)、世界各国から批判を受けるというのは、それなりに理由があるのは間違いないと考えます。



凜amuro001 at 04:20│コメント(6)トラックバック(0)

2012年10月04日

1 高速道路無料化政策 

 少し前に中国の国慶節(秋の大型連休)の時に、鉄道や高速道路がすごい混在(渋滞)になっているということについて書かせていただきました(中国の秋の大型連休と大混雑の様子(写真))。

 その時は触れませんでしたが、高速道路があれだけ渋滞したのには実は理由があり、大型連休にあわせて無料化されたためです。

 中国政府の目論見としては、鉄道などが毎年すごい混雑となるので、混雑緩和の一手段として、車による旅行(帰省)をしてもらおうと考え、無料にうってでたわけですが、結果大渋滞を招いてしまい、これはこれで批判の対象となっております。

 そうした背景を踏まえた上で、『中国青年報』が掲載した記事「免费不是错,人为添堵才是祸」がいろいろ興味深かったので、今日はこれについて少し。


2 記事の紹介

 最初にいつものとおり、記事の翻訳をしたものを簡単に紹介させていただきます。

 中国の高速道路は「カメと同じ早さ」という悪名がある。しかし今年の国慶節ほど渋滞したことはなかった。北京-上海の高速天津は大渋滞で、まるで駐車場の様だった。車から降りて、体操をする者もいれば、羽根けりをする者もいた

 今回の「高速道路無料化」の政策に反対してきた評論家たちで、彼らは自分たちの「賢明さ」「先見の明があること」を誇示し、優越感にひたっている。道路管理者は自分たちは悪くないとして、「無料化が元凶だ」と主張している。

 無料化が問題だったのではない。無料化を受けて、この機会を利用しようと人々は旅行は出掛けた。もともともろい高速道路は、これに耐えきれず、大渋滞となった。この説明は論理的な様だが、正しくない。

 第1、休日に高速道路が渋滞するのは、以前からのことであり、無料とは関係ない。第2、確かに人々が無料化に引かれたというのはあるが、最大の問題はゲートが解放されず、高速道路カードの手渡しが実行されたことだ。

 無料なのに何故カードが必要なのか理解できない。全く意味がなく、ゲートの前には長蛇の列ができていた。休日には渋滞するので、無料化の声が上がっていたが、その理由は無料になれば最も混雑するゲートが素通りできるので、混雑が緩和されるというものだった。

 しかし、相変わらずガードを使うのでは、更なる渋滞を招くこととなり、「無料にすべきではない」という意見が出てくることになる。
 
 世論はくれぐれも誤った論理に従うべきでなく、既得利益者に従って「やはり料金を徴収すべきだ」と考えるのではなく、「もっと無料にすべきだ」と考えなくてはいけない。もし高速道路が普段から無料なら、移動は分散化され、こうした大渋滞は起きない。

 ある者は、「高速は普段無料にして、休暇期間に金をとるようにすると、分散化効果が期待できる」と言っている。 また、民営化したのに、なぜ政府は通知一本で、企業に無料とさせることができるのかという指摘もある。

 実際、高速道路会社は、民間企業ではなく、政府と複雑な関係にある。高速道路会社は行政支配の産物で、純粋な市場の論理が働かない。無料は恩恵ではなく、納税者が本来享受すべき、福利であり、料金徴収は強盗と同じだ。

 無料なのに、どうしてカードを発行したのか。初めての無料化で経験不足もあったかもしれないし、統計のためだったかもしれない。それともわざと渋滞と起こさせ、無料化政策に対する抵抗をしたのかもしれない。

 大衆に「高速無料化」はとんでもないことになると思わせて、料金徴収政策に戻そうという策略だが、これは間違っており、警戒しなくてはならない。


3 個人的感想

 前回のエントリー(中国の秋の大型連休と大混雑の様子(写真))では高速道路で体操をしている方の写真を掲載しておきましたが、この記事にあるように羽のついたバトミントンの羽を大きくしたようなものを脚で蹴って遊んでいる方の写真も結構いろいろなところに転載されていたようです。

 まともに読めば、高速道路無料派と料金徴収派の派閥争いのようなものがあり、『中国青年報』は無料派に立った記事を掲載したというところでしょうか。

 そして素直に考えれば、『中国青年報』は胡錦濤国家主席の出身母体である中国共産主義青年団の機関紙なので、団派が無料派、対抗派閥が徴収派ということになるのかと思います。

 これ以上はこの記事をどう読んでもわかるはずもないので、ここまでにしておきますが、個人的には無料化には反対です。恥ずかしい話、民主党政権が無料化政策を行うまで、「高速道路が無料になったらなんて素晴らしいんだ」と脳天気に考えておりました。

 ところが実際、無料化されると普段利用しない初心者はいるは、ちょっとしたことで渋滞になるはで、とても怖かったというのが正直なところです。この記事では分散化され渋滞緩和になると言っておりますが、とても信じられません。

 政策は本当こうした怖い面があります。話だけを聞いていると自分に都合の良いことしか言わないので、それが実現されると何と素晴らしいのだと思ってしまいますが、負の面を伴わない政策というのは存在しません。

 ある政策を実行すれば、かならず、悪い面が出てくるわけで、相対的に良い面の方が多ければ何の問題もないのですが、そうでないと大変です。一旦決まった政策は簡単に変更できるものではありませんし、変更にはシステム変更など多大な無駄金が生じることになります。

 斯様に「改革」という名のもとに、何かを変えようとする政治家は多いわけですが、その結果以前より悪くなることが多いのは、こうしたことが原因かと思います。そういう意味で私はロクに経験もない方が市民感覚だけでできる程、政治家というのは甘い仕事だとは思っておりません(市民運動家と政治家の違いと原発停止)。



凜amuro001 at 21:52│コメント(4)トラックバック(0)

2012年04月24日

 昨日フランスの大統領選挙について取り上げましたが(フランス大統領選に対する中国の感想)、『環球網』がこのフランス大統領選挙に因んで、西欧の選挙制度について批判する社説を掲載しており、いろいろ思うところがあったので、これについて少し。


1 『環球網』の社説

 最初に、いつもの通り、記事(社评:西方式选举在异化,失去方向)の概要について紹介させていただきます。

 5年に1度のフランスの大統領選挙が行われているが、1回目の投票ではサルコジ現大統領が、27.08%、オランド候補が28,63%の得票率となっており、フランス国民はあまり好きではないない2人の中から大統領を選ばなくてはならない。

 実際、現在フランスの左翼と右翼には政策的に対した違いはなく、サルコジとオランドの個人的特徴、どちらが大衆をひきつける甘い言葉を述べることができるか等がより重要となっている。そのため、まるで2人のスターがどちらが勝つかを争っているかのようだ。

 しかし、現実には今回の大統領選挙はそんな簡単なものではなく、フランスの今後の命運を決めるもので、5年に1度の権力を奪い合うゲームのようなものだ。

 確かにこれまで民主政治は偉大な政治家を排出しているし、民主主義がなければ、今日の欧米の繁栄はなかっただろう。

 しかし、今日民主制度は人々の想像を超えて変わってしまった。政策に対する選択の余地は益々少なくなり、競争相手はいろいろな手を使って攻撃してくる。多くの国で選挙は人気投票の様になってしまっている。

 そして、各政党は選挙に当選することが第一で、当選するためには法律で禁止されていないことは何をしても良いようだ。

 中国の政治体制にも改革が必要だが、西方の民主制度も改革が必要だ。民主政治は専制を防止するためにあるが、非欧米では既に専制が現実である時、民主制度は方向性を失い、民主政治の品質劣化が多くの人を心配させている。

 今日の西方は明らかに政策決定力が不足しており、各種の改革は社会の共通認識が得難く、指導者の支持率は低い。その結果、ダークホースだんだん多くなる。指導者最も気にするのは、選挙技術で、選挙結果のみ気にするあまり、国家を正しい方向に導くことができなくなる。

 民主的精神は既に中国は取り入れている。その一方で民主政治にはこうした問題があるわけだが、民主政治の崇拝者の中には、こうした問題を提唱することが自体が民主に対する不敬だと考えるものすらいる。

 中国のとるべき道は、各制度の長所を採用し、自国に取り入れることである。中国人の集団主義、統文化は中国の貴重な資源で、中国の民主は西欧とは異なる。我々に必要なのは、中国の現実に即した改革で、西欧社会が直面している欠点は棄てなければならない。

 過去数十年、中国人は経済で驚異的な創造力を発揮した。政治の上でも同じように自信を持つべきだ。

2 個人的意見

 『環球網』がこのような社説を掲載した目的は極めて明確で、共産党一党独裁体制を敷いている中国は、今後も選挙などという西欧の民主制度は導入するつもりはないということを主張しているわけです。

 そして、中国は経済で「中国モデル」がうまく機能したのだから、政治もうまくいくはずで、ここでも共産党一党独裁をベースにした「中国モデル」を構築していくべきだという意見です。ま、お手並み拝見と言ったところでしょうか。

 その一方で、なかなか興味深い論考で、確かに今の日本の政治家を見ても、本当に天下国家のことを考えているのか、次の自分達の選挙しか考えていないのではないかという方々多すぎるような気がします。

 それに書かれている内容は、まさに日本の現状を批判しているようなところもあり、敵対政党の揚げ足取りだけに奔走して、大事なことを全くと言って良いほど議論しない政治家を見ていると、いい加減にしろと思いますし、さっさと政策を決めて推進してくれと言いたくなります。

 そうなると政策決定の早い、独裁政治が羨ましく思う時が無いわけでもありませんが、独裁ほど政策が間違った時、国民にひどい結果をもたらすものはないということは歴史がいやという程教えてくれています。

 私も民主政治が最高で、絶対などとは思っていませんが、少なくとも最悪の結果は避けてくれるだとうということと、選んだ責任は自分たちにあるという意味で、現時点で確かにこれ以上の制度はないと思っています。



凜amuro001 at 20:05│コメント(4)トラックバック(0)