インターネット

2015年09月28日

 少し遅くなってしまった感がなきにしもあらずですが、アグネス・チャン氏に対する脅迫事件について少し。

1 赤木氏の記事

 東京都在住の15歳の少年がアグネス・チャン氏のツイッターに対して、「ナイフでメッタ刺しにして殺」すとか、「アグネス御殿は血まみれ」などと脅迫して逮捕されたという事案です。

 これについて、赤木智弘氏が「アグネス・チャンに対する脅迫に、確たる理由はない」という素晴らしい記事を配信しております。

 アグネス・チャン氏が提唱している反児童ポルノに対する反感、彼女が大使を務める日本ユニセフ協会に対する反感、そして彼女自身に対する「反日外国人」というレッテルなど見事な論考となっております。

 実際、有名人に対する誹謗中傷はよくある話ですし(ネットの誹謗中傷と実際の行動)、赤木氏の論考に特にこれに追加することもないわけですが、自分なりに思ったことがあるので、以下に少し書いてみたいと思います。


2 言葉

 最初私が、このニュースを見て思ったのが、言葉使いのむずかしさです。おそらくこの15歳の少年は普段から同級生と何か気に食わないことがあれば「ぶっ殺す」等と言う言葉を使っていたのでしょう。

 実際、小・中学生では、何かあると対して考えもせずに「殺す」とか「死ね」といった言葉をよく使っているのを耳にします。

 そして、聞いた相手もあいつは本気でいっているわけではないというわけで、気にも留めないでしょう(程度問題でいじめの様にいつも言われていれば別ですが)。

 また、それを聞いている周りの大人(私も含めて)は言葉は汚いと思っても、所詮子供の戯言と思って本気にすることはないでしょう。ただ、それがネット上で誰かわからない相手から発せられたとなれば、意味が全く違ってきます。

 実際問題として、そういうことを本当にしてしまう人もいるわけで、十中八九ないと思っても、万が一ということを考えるともらった方ではたまったものではありません。

 
3 反日外国人

 アグネス・チャン氏に対する反感といった時、確かに赤木氏の指摘のとおり、日本にいろいろ物申す「外国人」ということで彼女に反感を持つ人もいるかと思います。

 ただ、ここで思うのが彼女がアジア人(香港出身)ということも不可分ではないと考えます。同じことは姜尚中東大教授などについても言え、どうしても彼(女)らが日本を批判するのを聞くと、では香港や韓国ではどうなのかという意識が先に来るのではないでしょうか。

 実際、日本にも欠点があることは確かで、それは誰が批判しても良いわけですが、不思議なもので誰が批判したかによって受け取り方が大分異なります。

 日本ではかつて、西欧人が日本の「不思議さ」(西欧との違い)を述べるのをありがたがって聞く風潮がありました。


※特にこのポール・ポネ氏などは、本当にフランス人かという問題も後に指摘されたわけですが、あれだけの冊数がシリーズで刊行されたということは、それだけ有り難がって読んだ人が多いということかと思います。


 最近ではそこまでではないでしょうが、西欧人が言うと傾聴する(一方、アジア人が言うと・・・)という傾向は今でも残っているのではないでしょうか。

 実際、エジプト出身のフィフィ氏などの場合、こうした単純な区別が難しくそれが彼女に対する複雑な感情になっている面もあるのではないかと思います。


4 中国での体験

 ただ、これは何も日本に限った話ではなく、私が中国にいるときも本当に実感させられました。

 中国に様々な問題があるのは周知の事実で、中国人もよく中国のことを批判しております。特に官僚などに対する悪口は実際私も良く耳にしたものです(遊びに行った先の事故死で、烈士認定?)。
 しかし、日本人である私が同じことを言うと、理性ではわかっているのでしょうが、感情的に「かつて中国にあんなひどいことをした日本人が何を」という感じになる人がおられました。

 中国人の名誉のために少し補足しておくと、一口に中国人と言っても、いろいろいるわけで、やはりこうしたことは智識や見聞、理性などと深く関係している様で、知識階級の間ではそうしたことは殆どありませんでしたが。


5 最後に

 感情は大事ですし、その人が好き嫌いというのはどうしようもありません。ただそれをどこまで表に出すかという面もあります。

 実社会で人と付き合うのも同じで、その人が嫌いだからといって、それを直接表に出すようではとても使い物になりません。

 ネットでも同じわけで、当然それなりの配慮が求められるわけですが(ツイッター炎上と発言基準)、どうも相手が目の前にいないと、普段相手がいない時に陰口を言う感覚で書きこんでしまうという人もいるという話なのかもしれません。



凜amuro001 at 23:13│コメント(3)トラックバック(0)

2014年02月21日

 『ハフィントンポスト』に「デヴィ夫人はなぜ『徹底控訴』なのか ブログ掲載の顔写真めぐって断言」という記事が掲載されており、いろいろ思うところがあったので、これについて少し。


1 記事の紹介

 「ブログに無断で顔写真を掲載したとして、兵庫県・宝塚市の女性から1100万円の慰謝料などを求める訴訟を起こされ、きのう17日に神戸地裁から165万円の支払いを命じられたタレントのデヴィ夫人が18日、都内のイベントに出席し、控訴することを明らかにした」という記事です。

 デヴィ夫人は「判決文を読んでいない」とした上で、以下の様に「釈明」したそうです。

 (加害者の)母親と誤解されたと言われてますが、あの写真は母親とは書いていないし、彼女のことは一切触れてません。

 (写真は)ネットに氾濫していて今も見ようと思えば見れる。誰でも使われていると思った。

 あの方が母親とは思われないと思う。

 私のことは関係なく何百回、何千回も使われていた写真なので、私が削除しても今も見れる。


 それ以外にも「言論の自由という言葉もありますし、ブログは自分の日記。あまり規制がかかるのもどうかな」とも話していたそうです。


2 デヴィ夫人

 正直私はデヴィ夫人については良い印象がありません。土台「デヴィ夫人」と称しておりますが、ホステスをしていた彼女がどのようにしてスカルノ大統領(当時)と知り合うことができたのかという話があります。

 英語塾に通って英語を勉強し、パーティで運命的な「出会い」をしたと本人は言っているようですが、はたして本当にそうなのでしょうか。

 私の好きな作家に故梶山季之がおり、彼の作品に『生贄』というのがあります。あくまで小説ですが、昨日書いた例のように(靖国参拝と『朝日新聞』(法律論と感情論)、デヴィ夫人に名誉棄損で訴えられ絶版となっております。

 それに、彼女の発言をこれまでも聞いたり、見たりしたことがありますが、それにしても何か素晴らしいことをいったという印象はなく、殆ど記憶に残っていない状態というのが本当のところです。


3 彼女なりの理屈

 それに今回の彼女の主張ですが、はっきりいって子供の言い訳と一緒で、「誰々がやっているからやった。」というもので、他の人も間違っているのに、自分だけが処罰されるのはおかしいという主張です。

 それが通じるのなら、殺人や窃盗を犯した者が、「殺人(窃盗)をしたのに処罰されていないものは外にもいるから」といっているのと同じで、とても説得力があるとは思えません。

 「戦争責任」について、日本だけが植民地を持っていたわけではない、他国への侵略は外の国もしていたという理屈を述べる方がおられますが、私はこれについてもとても説得力がある説明とは思っておりません。

 ちなみに「慰安婦」についても同じような話はありますが、橋下大阪市長が行った会見で述べている様に、これをして事故正当化の理屈とするのはどうかという話です(橋下市長が慰安婦問題について会見した意義)。そして、日本だけが非難されるのはおかしいというのもその通りかと思います。


4 言論の自由

 「ブログは自分の日記」として、「言論の自由」と言っておりますが、世間に公開されている段階で純粋に私的な「日記」とは異なることはいうまでもありません。

 誰にも見せるつもりのない「日記」であれば、何を書いてもかまいませんが、広く世間に公開されているものなので、そうした理屈は通用するはずもなく、だからこそ炎上事件が起こり、書き込みで脅迫罪などが適用されるという話です。

 公開するということはそれをして他の人(含む当時者)に見られるということを想定して発言を行うべきで(ツイッター炎上と発言基準)、昨日も「言論の自由」についていろいろ述べさせてもらいましたが、「言論の自由」だから何を話しても、何を書いても良い等ということはありません。

 そして、同じことを述べても、個人的に知り合いに言うのと、テレビなどで不特定多数を相手に話すのでは効果が違うので、それによって受けなくてはならない責任(場合によっては処罰)が違うのは当然です。


5 最後に

 そういう意味で、実際ブログで同じことを書いたとしても、全く無名の方が書くのと、テレビなどで名前の売れている人が書いたのとでは、世間に与える影響が違うわけで、その点でも彼女の理屈に説得力があるとは思えません。

 つまり、彼女は普段自分自身の影響力を利用して仕事しているわけなので、それに伴う対価を払う必要があるというわけで、今回の事件もその1つだと思うのですが、彼女はそうは思っていないということでしょうか。



凜amuro001 at 05:56│コメント(15)トラックバック(0)

2014年02月13日

 どこの国でも自国に有利になるような報道がされる傾向はあるという話で、今日は前回書いたもの(中国のプロパガンダ記事と、日本のお気に入り記事)の続きです。


1 イメージ

 正直、○○国人として、国の庇護を受けて生活している以上、自国がよくなってほしいという感情は、多かれ少なかれ、皆持っているかと思います。

 それに国内にいる時は、そうでもありませんが、国外にでると真っ先に聞かれるのが国籍で(入国すらパスポートがないとできない)、聞いた相手はそれをもとにいろいろなことを考えます(入国審査も異なります)。

 その時、どんなイメージを持つかという話で、たとえば日本人に関するジョークなどもいろいろあります。

 例えば私が中国にいる時良く聞いたものに「日本人妻をもらい、アメリカの家に住み、中国人のシェフを雇い、イギリスの給料で生活する」というのがあります(これにフランス人の愛人やドイツの車などいろいろバリエーションがあります)。

 こうしたものを見るとステレオタイプにうんざりすることもないではありませんが、いろいろ遊ぶことも可能ですし(中国人と結婚した日本人女性のスピーチに喜ぶ中国人)、日本人がどう見られているかわかって、なかなか楽しいという面はあります(早坂 隆『世界の日本人ジョーク集』)

 

2 受け入れらやすさ

 上の本でも正直あまりひどい例はなく、日本人が読んで受け入れやすいジョーク(日本人の勤勉さなど)がならんでいます。

 ネット記事などでは、如何にPVを集めるかが重要となっているわけで、そのためには読者に受け入れられやすい記事が並ぶ(掲載される)傾向があるというのは前回書いたとおりです。

 問題はこれをどう解釈するかという話で、出版社も商売なので、たとえば今では「嫌韓」が売れる、人気を集められるとなれば「嫌韓」がらみの本が出版され、記事が書かれるのはやむを得ない面もあると考えます(採用面接で「売れるもの」と「やりたいこと」の選択を迫られたら)。

 ただ、それで良いのかというのも確かで、「良薬は口に苦し」ではありませんが、自分に都合の良い記事だけ読んでいては極端な話、頭の中で作り上げた自分に都合の良い世界で生活しているのと一緒になってしまいます。

 つまり、現実世界から乖離してしまうわけで、それで良いのかという問題はまちがいなく存在します(その典型例は中国や北朝鮮は崩壊し、韓国は経済的に破綻するものではないでしょうか「北朝鮮の神格化と「崩壊」」)。

 確かに私は何度も書いている様に、相対主義者で、この世は認識の産物でしかないと思っております(領土問題における「真実」らしさの重要性)。しかしその一方で、皆が皆、自分に都合の良いことだけを考えていたのでは社会が成り立たないことも十分に認識しており、こうした独りよがりの発想には賛成しかねます。


3 最後に

 実際戦時中マスコミは戦時高揚の記事を書いたわけで、確かにいろいろ規制があったからというのは本当かと思いますが、同時にそれが売れる(受ける)面もあったのでそういう記事ばかり書いたという側面があるかと思います。

 そして、それを読んだ人がますます現実から乖離し、類似の記事ばかり求めるという悪循環に陥ったと思います。

 人はどうしても以前のものより強い刺激を求める傾向があるので、出版社やマスコミもより過激なものを書き続けるという傾向もあるかと思っています。

 もちろん、誰が何を読もうがその人の勝手で、私ごときがどうこう言う話ではありませんが、ふと、たまたま個人的にいろいろ思うことがあったが故のエントリーでした。



凜amuro001 at 05:56│コメント(21)トラックバック(0)

2014年02月11日

 『毎日中国経済』が掲載していた「ケリー米国務長官が韓国や中国訪問へ、なぜ日本は見送り?―中国メディア」という記事がいろいろ興味深かったので、これについて少し。


1 記事の紹介

 ケリー国務長官のアジア訪問で、「13~18日の日程で韓国、中国、インドネシア、アラブ首長国連邦を歴訪すると発表」されたことを受けての中国新聞網の記事を翻訳したものです。

 「国務省のサキ報道官によれば、ケリー国務長官はソウルで韓国側と地域、また世界での協力について話し合う。北朝鮮問題も議題となる。 中国では米国が中国に積極的に協力する姿勢を強調し、中国の平和発展に歓迎の意を示す」としております。

 その一方で、「今回、日本を訪問しないことに注目が集まっている」としており、「日本の外交関係者」の意見として、「ケリー長官が日本を訪問しないことは、日本にとって打撃だ。安倍晋三首相の靖国神社参拝を受けて、ケリー長官が日本に不満を示したものだろう」というものを紹介しております。

 そして「ケリー長官は7日、訪米した日本の岸田文雄外相と会談し、日本が隣国との関係を改善するよう促した。日本メディアは『岸田外相が訪米したものの、日米の信頼関係は回復できなかった』とみている」と最後に結んでいます。


2 プロパガンダ

 当然いつものプロパガンダ記事であることは言うまでもなく、世界でどれだけ関心を集めているかよくわからない靖国参拝問題に(靖国参拝を世界各国が批判?(実際は中国だけか))、無理矢理アメリカを絡めているところなどは何とも言えません。

 ただ、こうした記事を見て本当に思うのが、如何に中国がアメリカの動向を気にしているかという話です(アメリカが尖閣問題で日本支持を表明したことに対する中国の反応)。

 どうしても中国というと「中華思想」とか世界から批判されても気にしないというイメージがありますが、そんなことはありません。

 自分たちが世界からどのように見られているを本当に気にしており、アメリカ(欧米諸国)に対する憧れや、白人コンプレックスはかなり強いものがあります。

 そうはいっても、これは日本や韓国も同じで(韓国人に言わせると「アメリカは常に日本の味方」?)、アメリカが自国に多少有利に行動しただけで、如何にも鬼の首をとったように大喜びをするわけで、如何なものかと思っております。

 そういうことをしているから、アメリカから見れば日韓の争いなど、ガキの喧嘩にしか見えないわけで、親が子供を宥めすかすようなイメージで、困ったものだという位にしか思っていないと考えます。


3 プロパガンダ2

 それと最近気になっているのが中国は中国に都合のよい記事を載せるのは昔からなので、何とも思わないのですが、日本でもどうも自分たちに都合のよい記事が多くなってきたのではないかと思えてなりません。

 特に目立つのが韓国がらみの記事で、「韓国の経済がもうおしまい」という感じの記事は本当に最近良く目にします(韓国も同じように日本に不利な記事が多いわけですが、それに合わせる必要はないと考えております)。

 確かに、韓国経済が明るくないことは間違いありませんが、そんなに簡単に崩壊するかという話ですし、仮にアジア危機の時のようにIMF管理となってもすぐに立ち直ったわけで、私は簡単に「崩壊」などという文言を使う人は信用しないようにしております(北朝鮮の神格化と「崩壊」)。

 同じような意味で気になるのが自分でブログのために翻訳をしなくなったので、ネタ探しのために見る『Record China』で、日本を訪れた中国人が日本を訪問し、親切にされて日本の良さに気がついたという記事です。

 最近異様にこのパターンの記事が目に付くのですが、思うにこのパターンの記事がネット読者の嗜好にあっており、人気が稼げるということがわかってきたので、こうしたパターンのものを探してきて掲載している結果そうなっているのではないかと下種の勘ぐりをしております。


4 最後に

 人は自分の気に行った傾向の情報しか入れようとしない傾向があります。実際、私も経済ニュースなどは殆ど読まないわけで、あまり人のことはどうこう言えませんが、それでも限られたところからのみ情報を入れていれば偏るのはまちがいないかと思っています。

 普段から中国のマスコミをプロパガンダだ、共産党の広報機関だと批判していても自分が同じようなことをしていたのでは、話にならないのはいうまでもありません。

 そういう意味で、私は当然日本にも改めるところはあると思いますし、おかしいところがあるのは当然かと思います。それをすべて中国や韓国が悪いという発想だけで片付けてしまい、自分自身の問題を見ることをやめてしまうのだけはおかしいと思っているという話です。



凜amuro001 at 15:51│コメント(23)トラックバック(0)

2013年11月11日

 『RBB TODAY』が配信していた「はるかぜちゃん、“ネット離れ”で心境に変化……『傷つく時間をむだにしてきた』」という記事がいろいろ興味深かったので、これについて少し。


1 記事の紹介

 「“はるかぜちゃん”こと子役タレントで声優の春名風花。以前はTwitterなどを通じて日常的に送られてくる誹謗中傷や殺人予告に悩まされていた彼女だが、最近では自身の“ネット離れ”が進み、かつての酷かった状況からは少しずつ抜け出しつつあるようだ。」という記事です。

 彼女は。「かねてより子ども離れした明晰な文章や巧みな切り返しで注目を集める春名のTwitter。多くのフォロワーを獲得するなど人気を博」してきましたが、その一方で、「誹謗中傷などを送りつけるユーザーとバトルを繰り広げることも頻繁にあり」ました。

 結果、母親が「色々と限界に来ていました」と述べた様に、「心身ともに打ちひしがれていた春名は、以降、保護者の管理のもとで投稿を行うこと」とし、「Twitterとの距離を置くことにつとめ」ました。

 「現在も心ないユーザーからの嫌がらせは無くなっては」いませんが、「7日に更新したブログで『運動をするようになって、むかしほどネットを見たいと思わなくなりました』『からだを動かすと、なにもしないでネットであれやりたいこれやりたいとつぶやいていたときより確実に夢に近づいてる気がします』と、“ネット離れ”による心境の変化を報告」するように、変化が見られるようになりました。

  「これまではネット上に書き込まれる自身に対する中傷を見ては、傷ついたり反論することに時間を費やしていた」わけですが、「『そんなくだらないものと向き合う前に、ただ無心に走れば良かった くだらない人のくだらない言葉に傷つく時間をぼくはどれだけむだにしてきた?』」まで語れる様になったそうです。


2 キャラ付け

 春名風花氏については、以前も言及したことがありますが(「遺書」を書いていた春名風花氏)、今回の事案だけでなく、テレビに出ているタレントなどはキャラ付けがされることが良くあります。

 結果、視聴者はその「キャラ」を見ているだけに過ぎないことがよくあるわけですが、キャラ付けされた方にしてみれば、いろいろ言いたいことがあるのは当然かと思います(ピアスの穴をあけすぎるとアイドル失格?)。

 別にこうした事案だけでなく、「ステレオタイプ」という言葉があるとおり、あるものも見るために良く言えば「予備知識」、悪く言えば「先入観」で見ることはよくあります。

 一から物事を理解するのは結構大変で、こうした知識があるのは助かることも多いわけですが、最初の先入観で物事を見た結果、そのままあるものを誤解したままになってしまうということもよく聞く話です。


3 誹謗中傷

 そして、そのキャラしか見ていないため、相手が生身の人間であることを忘れ、かなりひどい誹謗中傷を行う人がいることも悲しい話ですが、事実です。

 ただ、斯様にイメージだけで相手をみて攻撃するということはよくあることで、中国の反日デモなどや日本で起こった在日韓国人に対する「ヘイトデモ」なども、相手が同じ人間で、彼らにも生活があることを考えればもう少し違っていたと思います(横浜線踏切事故に見る「死」と統計)。

 特にネットの場合、実際にデモを起こすより簡単なことや、生身の相手に接していないが故に、誹謗中傷に至るハードルがより低くなるわけで、結果かなりひどいことがおこります。

 正直、ネットで何かを発信している人は、(一部の例外を除いて)金銭的メリットはなく、精神的な満足感などを得るために行っているわけですが(チヤホヤされたいためにブログを書いている?)、それがこうなってしまっては何のためのという思いが強くなっても不思議ではありません。


4 行動すること

 そういう意味で、今回春名氏が体を動かすことによって、少し楽になったというのは本当に良いことと思っています。

 人はどうしても考え過ぎることがよくあるわけですが、考えてもどうにもならないことはたくさんあります。ある意味、心配するだけ無駄なわけですが、袋小路に落ち込んでしまうとなかなかそうもいかず、くだらないことを余計に思い悩みます。

 それに頭で考えても行動に移せなければ何にもならないわけで、何かができるだけの体力(身体的能力)を備えておくことも必要です。

 ただ、こうしたことを考えるより、スポーツなどを始めれば、自分ができないことをやっている方々が目の前におり、目標がわかりやすく、それを目指して体を動かしていけば、あまり他のことを考えなくて済むというのもあるかと思います。


5 最後に

 こうしたことを「逃げ」と呼ぶ方もいるかもしれません。当然、明日までに終わらなくてはならない仕事が山積みという場合など、必死でやるしかないわけですが、「これが終わった後もまた」と始まる前から悩んでいたのはでよけいおかしくなってしまうという話です。

 最後は本当に「逃げる」(退職する)しかない場合もあるでしょうが、考え方を変えるだけで楽になる場合もあれば(うつになる可能性と「逃げる」こと)、時には考えることをやめることが必要だと思っております。



凜amuro001 at 05:35│コメント(0)トラックバック(0)