離職

2015年12月23日

 相変わらず時差ぼけの毎日で(フランス旅行雑感)、変な時間に目が覚めてしまい、やることもないので、日本のネットなどを見ているという最悪の時間つぶしをしております。

 そしたら、貧困問題についての記事がいくつか目についたので、これについて少し。


1 女性と子供

 最近の傾向として、どうも女性と子供に焦点が当てられているものが多いようです(『貧困の中の子ども: 希望って何ですか』)。

 以前は男性の低賃金労働者などに焦点があてられることが多かったわけですが、彼らにも妻や子供がいることがあり、その場合、どうしても貧困という問題は避けては通れません。

 ある意味、これまで見逃されてきた面にやっと関心が来たということもいるかもしれませんが、身もふたもないことを言ってしまえば、マスコミ的にこちらのほうが絵になるという側面もないとは言えない様な気がしてなりません。

 同じ困っているにしても、子供がホームレス同様の暮らしをしているのと、中年男性では全く受ける印象が異なります。

 子供の場合であれば、親の責任とは切っても切り離せませんし、保護という面での行政の責任なども出てくるかと思います。

 それに大人のホームレスは既に問題が長期化しており、今更という面や、自己責任という話も出てきやすく、最近ではあまり注目もされないようです。


2 負の連鎖

 それに、正直大人の場合は、どちらかというと中年以降の方が多く、これからどれだけ変わりうるかという問題もあります。

 その点まだ若年層であれば、これから変わりうる側面も多ければ、社会的にも何とかしてやろう(自分で何とかできるようになれ)という圧力が強く、それが関心に結びついている側面もあるのかと思います」(貧困の連鎖と親の影響)。

 それにどうしても子育ては自分がされてきたことがメインとなって行われるため、きちんとした生活習慣など基本的なことを親から教わってきていないため、自分が親になったときに教えることができないという例も散見されます。

 ただ、日本の場合は同調圧力が強いので、子供の頃であれば、学校で自分が家が他人と異なっていることにかなりの違和感を持つようになるのではないかと考えています。

 こうした時期にきちんとした指導などが行えれば、それなりのことはできるようになるかと思うのですが、実際問題家庭にどれだけ入っていけるか、どう行えるかはかなりの難題かと思います。


3 被害者意識

 最初に断っておきますが、私はいじめは絶対にあってはならないことだと思っていますし、いじめられる方が悪いなどとは全く思っておりません。

 ただ、中には仕事をしていてこの方はちょっとという人に出会うことも少なくありません。当然完全な人などはいないわけで、多かれ少なかれ皆欠点があるわけで、程度問題に過ぎないという側面もありますが、その度合いがと思ってもらっても結構です。

 例えば、学歴が高いことや、語学などの特殊技能ができることを、あまりに頼りにしすぎる方がおられます。学歴が高いこと、特技を持っていることはすばらしいことですが、当然仕事をする上ではそれがすべてではありません。

 他人に合わせることも必要ですが、たまたまそれが苦手だった場合、他人は私が○○に優れていることを妬んでいるなどという発想にいたっていることもあるようです。

 全くないとは言いませんが、実際文句を言っているのは仕事ができないことです。ただ、その人の話となるというどうしてもそうした○○が出てくることが多いので、当事者にしてみれば妬みととることになるのでは
ないでしょうか。


4 最後に

 ネットでの記事では、他に会社に正論を言ったら、問題視され、居づらくなって辞めたなどというのもありました。気持ちはわからないではありません。

 正しいことは正しいわけですが、会社にはこれまでのやり方もあれば、そうしてきた当事者もいる場合が結構あります。

 それらすべてを無視していきなり、正論をはいても、どれだけ相手にしてくれるかという話でしょう。それにどうも私の経験則ではそういう方に限って、自分のやり方を曲げないような気がしてなりません。

 他人に言うことを聞かせたかったら、ゆずるところはゆずるべきでしょうし、やり方(方法)も考えるべきかと思います。

 そうした社会になじめず、結果貧困に陥ってしまったという感じの記事をいくつか見て、ふと自省の意味も込めての今日のエントリーでした。



凜amuro001 at 13:53│コメント(0)トラックバック(0)