新年のお慶びを申し上げます。
STRIKE HOLEという、現在の形式での変態評論ブログを始めて、はや6年目。実質丸4年余りが経ちますが、これまで多くの方にご愛読頂いた結果、今の「STRIKE HOLE」があると考えております。
「STRIKE HOLE」をご愛読頂いた、全ての皆様に、心からの感謝を申し上げます。
以下、長文となりますが、年初に当たり考えていた事を書き連ねさせて頂きます。宜しければ是非お付き合い下さい。
「STRIKE HOLE」は、同人誌即売会評論という形態を以て、自己表現を図りつつ、かつ全ての即売会の安定と発展に寄与する事を望んでる。

ここで申し上げる「全ての即売会の安定と発展」。これこそが、「STRIKE HOLE」の求める究極目標である。日々の評論は、全てこの目標を念頭に置いての物である。

例えば、「STRIKE HOLE」が明言するスタンスの一つである「即売会の良いところを取り上げる」。他の即売会主催の皆様の運営に、少しでも参考になれば、との思いから来ている。
勿論、宜しく無い即売会に対しては、批判の態度で臨む事もある。批判は時として容赦無く厳しいが、如何にすれば改善が図れるかを可能な限り提案する方向で考えている。
(直近では、批判色の極めて強い「コミックチャレンジ」「東方姫草紙」に対しても、彼らが成長・改善する為の提言を行っている)

個人差はあるが、人は「成長」するものと信じている。
人間なんて粗相をして当たり前。粗相をしでかさない完璧超人なんぞ居ない。
粗相や失敗の中から、何かしら問題点に気付けば、それを糧に成長する。
私の厳しい批判を受け、私を青龍刀で打ち首に処したくなる方も、もしかしたらいらっしゃるかもしれない。
だが、一つでも「何か」気付いてくれれば、「成長」に繋がり、嬉しい限りである。批判した甲斐があるというものだ。

さて、ここまで書いて思った事だが、私の評論の根底には、「人間は成長するもの」という信念が有るような気がする。
成長の可能性を信じるから、評論する。称賛も批判もするのだろう。
かつて粗相を犯した即売会に対し、いつまでも昔の事を持ち出して今を評価するのはどうか?と疑問を呈した事もあるが、それは、そのスタンスが、「人間は成長するもの」との私の信念と相反するからだろう。

さて、以前にそんな事を書いた時、こんなコメントを頂いた。

>人は日々成長する可能性がある…
>ならば、いつか夢彗星が素晴らしい即売会を開く日があるかもしれないですね。
>未来の夢彗星は、過去の夢彗星ではないのですから。

以前オンリーイベントでドタキャンやって以来、厨房即売会と批判し続けてきた主催団体「夢彗星」を取り上げ、こいつらも成長するの?との命題を、コメントした方は投げている。
これに対し、私はこう答えた。

>取り敢えず過去の粗相の手前、先ず

>「てめーどの面下げて主催やっとんじゃヴォケ氏ね」

>ぐらいは、普通に罵るでしょう。
>でも、その批判を耐え忍びつつ、良い即売会を開けば、あんたら頑張ったなと褒めるでしょうね。

以前夢彗星を批判した時の論調に比べると、随分軟化している。夢彗星の人達の成長の可能性を否定しないし、以前は二度とこやつら即売会主催すんな、って論調だったのが、彼らが良即売会を開けるならいいんじゃね?って暗に示唆する所までは軟化している。
勿論、彼らがまた酷い即売会を開けば、遠慮無くぶったぎるだろうが。

かつての彼らが粗相を犯した2008年1月から、もう二年の時が経っている。
ある程度の時を経ても尚昔の事を引っ張るのは、「いつまでも昔の事を持ち出して今を評価するのはどうか?」と私が疑問視する方々の態度と、同じ道を歩む。
昔の事となりつつある夢彗星を、今に引きずるのもどうか?なんてご意見も、最近頂いた事だし、そろそろ、このブログで夢彗星を批判するのも、終わりにしようかと思う。


ただ、夢彗星批判を封印するに先立ち、最後に一つだけ申し上げたい事がある。
これが今年の年頭の辞の、メインテーマとなろうか。

夢彗星は、2008年1月、オンリーイベントを開催直前の朝9時に、突然中止を宣言。世間から厳しく非難された。
だが、その中止は突然起こった訳では無い。その前兆とも言うべき伏線が存在している。
具体的には、それ以前…2007年に開いていたオンリーイベントが、軒並みサークル数低迷。開くオンリー皆閑散、一桁のサークル数もしょっちゅうだった。
2008年1月のドタキャンは、突然起こったのではない。このような、イベント主催にとっては「苦痛」の出来事が繰り返された結果の「末路」である。そう考えるのが自然であるように思う。

夢彗星は、元々九州や沖縄を地盤に即売会を開いていた。その時まではまだ良かった。
だが、夢彗星が東京でオンリーイベントを開くようになり、夢彗星の「リズム」は崩れた。
夢彗星が今まで取り組み、当たり前と思っていた手法が、東京では全く通用しなかった。その結果が、サークル数の低迷だ。

webサイトの未整備、サークル案内の発送は一週間前、問い合わせへのスルーは当たり前。こんなふざけた対応したら、サークルも一般も見限る…普通は。
だが、九州界隈では、当地を代表する存在の即売会であった「コミックネットワーク」がそのようなふざけた運営を長年続けており、そんな運営が「当たり前」の運営とされてきた。
それを「当たり前」として東京に持ち込み、失敗を続ける。最後には全てが嫌になっての当日ドタキャンだ。
とどのつまり、夢彗星の失敗や破滅は、悪習としての地方ルールが他の地域のルールと異なるが故に、そしてその悪習な地方ルールが「当たり前」と見なされていたが故に、起きた事とも言える。
ある意味、夢彗星も地方ルールの「被害者」である。

第二第三の「夢彗星」を出さない為に、【地方ルールの撤廃&ルールの平準化】が出来ないものか。
(勿論、ここで言う地方ルールは、悪習としての地方ルールを指す。良い方面での地方ルールは、それが広まる事で平準化出来れば良かろう。)

地方と東京とを比較する事を、「迷惑」と断じる向きもある。
だが、私に言わせれば、「地方」だ「東京」だで即売会の運営ルールをカテゴライズする事こそナンセンスである。サークルが居て一般参加やコスプレイヤーが居て、初めて即売会が成立するという基本的な部分は、地方も東京も変わらない。参加者目線の運営をすべきなのは、地方も東京も一緒だ。
もっとも、告知展開は、地方と東京とで変化を付ける必要はあるだろうが。

私の評論においては、異なるイベント同士比較する手法を用いる事もある。
だが、それは「地方と東京との比較」では無い。良いイベントの良い所を持ち出し比較し、「このイベントの良い所を見習ってみては?」と提言するだけの話で、そこに東京だ地方だの概念は無い

「地方には地方のやり方がある」と主張する方もいる。
だが、その地方ルールを貫かせた結果が、夢彗星の東京進出後の悲惨な結果でもある。
良い意味での地方ルールならともかく、悪習たる地方ルールを尊重しても、夢彗星の悲惨が再現されるのみ
「地方には地方のやり方がある」との主張は、悪習ルールを尊重する風土を培う。夢彗星の再来を防ぎたい立場としては、決して賛同出来ない。

また、地方ルールを貫いた所で、サークルは他の地域の即売会にも遠征参加する。
そこで他の地域のルールに優位性を見い出せば、地元のイベントを劣るものと捉え、地元のイベントは魅力を失う。地元のイベントからのサークル流出にも繋がる。
地元イベントの活性化を目指す立場としては、地方ルールを押し通す事は、地方同人の活性化を妨げる結果にもなりかねず、懸念せざるを得ない。

悪習としての地方ルールが存在しなければ、夢彗星の悲劇も起こらなかった。
夢彗星の悲劇が再発しないためにも、ルールの平準化までは難しいにしても、せめて悪習としての地方ルールは撤廃できないものか。

百歩譲って、仮にその地方ルールが必要だとすれば、その地方ルールと、他地域のルールとの違いを、何とか自覚させたい。
その自覚があるだけでも、夢彗星のような苦しみを未然に防げよう。

今年2010年の「STRIKE HOLE」は、その当たりを少し追究していきたい、と考えている。