2006年09月

2006年09月30日

右と左について

最近の世間の流れの中で、右や左という区分けで語られることが多くなったように感じています。私はどちらでもないとしていますが、これはどちらかに偏った見方をすることにより、非常に大事なことを見落としてしまうことを懸念してのものです。
例えば今回の安倍内閣の誕生についてみれば、良い政策には勿論賛同しますが、それが日本にとって悪いことと感じた場合、仮に私が安倍氏支持であれば、それを容認してしまうような考えが芽生えてしまうかもしれません。本来、個別の政策一つ一つについて評価があるものであり、トータルして安倍氏の評価が決まるべきでしょう。それを考えれば、単純に思想が近いから、などの理由で支持するのは非常に危険なのだと思います。(私は安倍氏の思想とは距離があると感じていますが…)

これは人間の思想過程で多くの場合において言えることですが、自らの思想や行動を肯定し、他者を悪者と見なしてしまう場合があります。悪者とまではいかなくても、自己肯定の過程で他者を貶めてしまうことは、往々にして起こり得ることです。
この自己肯定というのは厄介なものであり、カルトでは殺人を肯定する場合までいきます。オウムの問題でもそうでしたが、被害者が救われるなどは自己の中だけの正義感であり、他者とは相容れなくとも人はそこに突っ込んでいきます。何故なら自己の考えでしか、人間は行動できないからであり、第三者の意見を聞いて冷静に判断できるような状態は、カルトに傾倒する前の段階でしか存在しないのです。

以上は極端な例ですが、一般でもこうした動きは見られます。加藤氏の自宅が放火された件などを見ても、一部でそれを肯定するものが見られます。相手が自分と異なる意見を言っているからといって、犯罪を容認して良いとする論拠はありません。それは如何なる問題でも同じ、自分と意見が違うからと言って他者を暴力で攻撃するなどは、悪として考えなければいけないものでしょう。
右や左、どちらの意見でもそうですが、思想が近いから、理念が合うからという理由での支持や支援は、結果として理屈を伴わないものが多くなります。人間が全ての意見で他者と合致するなど、絶対にありえません。逆に人間がそうなる場合というのは統制や、自己を捨てて献身する場合しかありません。どんな問題でも、考え方でも、個別の案件についてしっかりと考えていく姿勢が大事なのだと思います。

analyst_zaiya777 at 19:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 心理 | 社会

日本の資源確保は大丈夫なのか?

日本のエネルギー問題に対して不安な記事が続いています。まずサハリン2の認可取り消しの問題、及びインドネシアから輸入するLNG(液化天然ガス)が今までの半分、もしくはそれ以下になる方向で協議が進められている、とするものです。
日本ではこのインドネシアからの輸入減に対し、サハリン2からの輸入で賄おうとしていますが、そのサハリン2の交渉が暗礁に乗り上げ、インドネシアとの交渉が不調に終われば、日本のLNGの半分が来年から使用できなくなります。

現状、世界はエネルギー確保に躍起になっており、インドネシア側でも日本以外の国への輸出を余儀なくされ、結果的に日本向けを減らさざるを得ない状況です。LNGは石油よりもクリーンだとして、各国がその確保に動き出している。それが日本にも飛び火して、日本の輸入量が減る形となっています。
サハリン2も、ロシア側では将来の需要増を見込んで国が資源への関与を強めています。ロシアでは国がバルブの元栓を握っているのであり、こうしたものが将来的な安定供給に適するのか?それが不透明な状況ともなっています。

石油も地政学リスクという不安定要因を抱えています。一方で、カナダにあるオイルサンドに注目が集まっています。これは石油を含んだ砂のことで、今までは精製にコストがかかり、実用に耐えうるものではありませんでしたが、昨今の原油高騰でこのオイルサンドも十分産業として成立することになりました。ですが、いつものように日本はこの方面に出遅れており、最後尾を並走するような形になっています。
中国との間の天然ガスの問題でも、結果として日本は出遅れています。資源の少ない日本であるのに、なぜこうまで資源確保に重点が置かれないのかといえば、連携できない省庁の体質に問題があると考えます。外務省と経済産業省が連携して各国の状況を掴み、資源国にアプローチして資源確保が出来る体制を早急に作る必要があると私は考えます。

安倍氏の所信表明演説でイノベーション(技術革新)が言われますが、これは国が支援したとしても、実が上がるかは不透明な政策です。そして更に言えば、前へ進むために必要なことは、まず足許を固めて揺るぎない状態を作り上げることです。何がその基盤となりうるのか?それは様々な動向にも影響されず、安定的に資源が輸入できることです。
経済に必要なことは不安を取り除くことです。不安があるとどんなに良い指標が出ても、経済は停滞します。そうした不安を政府が解消し、経済の基盤を固めることが大事であり、その点を考えて資源問題を見れば、今の政府の動きは歯痒いものですね。

analyst_zaiya777 at 00:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 政治 | 海外

2006年09月29日

安倍内閣の問題を考える

今日、安倍氏の所信表明演説が行われました。問題山積の中、具体案は示されず、と言ったところが正直な感想です。更に、早くも閣僚の中から不祥事が発覚しました。松岡農水相による政治資金規正法違反です。しかも出資法違反で捜査を受けている企業からの、100万円のパーティー券購入を届けていなかったというもので、同じ自民党議員にも献金が渡っていたとするものです。
しかも組閣時に収支報告書の訂正願いを出すなど、松岡農水相も膿を出し切りたかったのか、それとも組閣でゴタゴタしている時に紛れて出せば扱いも小さいと考えたのか、どちらにしろ早くも安倍内閣の失点1です。

今回の組閣、自民党の人事を見る限り、あまり良い日本は作れないような気がしています。まず幹事長の中川氏は森喜朗氏の強い推薦でなったとも言われていますが、森内閣時代の官房長官でも有り、悪い時代の政治家の匂いを強く残しています。早くも週刊誌ではスキャンダルの話も持ち上がり、これで党内を纏め切れるのかは不明です。
更に党内で森氏の発言権が増すことが考えられ、それに安倍氏が逆らえる見込みもありません。官邸主導をうたう安倍氏ですが、自民党内の協力を得る過程で森氏の意向を無視するわけにもいかず、結果的に自民党に妥協的な政策が増えるのではと考えています。

更にこの官邸主導の考え方ですが、要するに官邸が官僚をどう使うのかがポイントですが、官から見て敵対的と捉えられれば政治が回らなくなります。官僚が小泉氏を支持したのは、トップダウン方式でも政策の中身は丸無げだったからですが、政策の中身に口を出し始めると、官僚からの強い反発にあいます。
そうなると、田中真紀子氏のときと同じ、有り得ないような情報が裏から流れてきて、スキャンダルとなって支持を失うことになるでしょう。つまり今は官邸主導、官邸主導と掛け声を上げていますが、それが実現する道筋は単に補佐官を増やす程度の内容では、到底達成できないものでもあります。

税金の問題にしても、「国民負担の最小化」と心地良い響きの言葉がありましたが、では国の税収が長期スパンを持ったイノベーションで回復できるのか?歳出削減の道筋は?成長産業はIT投資で成し遂げるのか?等々の問題に対して、何らの答えも未だに示されていないことになります。しかも増税派の与謝野氏が税調会長ですから、突然の増税路線に変更する含みのある、そんな人事なのかもしれません。
まだ組閣後三日ですから、これから良い方向に行くのかもしれませんが、自身がやりたい教育をトップにしているあたりに、既にこの国の方向性が間違っているのではないか?と思います。この国の抱える課題は山積みです。優先順位を間違えただけで、この国は道を誤ることになると考えています。安倍内閣には早急に必要な課題に向けて、手を打って欲しいと思います。

analyst_zaiya777 at 19:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 政治 | 一般

2006年09月28日

県知事が長期政権となっていくことについて

福島県の談合事件について、佐藤知事が退任し、いよいよ事件も核心部分に迫っていると感じます。本人は「道義的責任」と述べていることから、あくまで自分の関与はないとしていますが、弟が県政に深く関与し、業者や県土木課と密接な関係にあり、そのことを黙認していたことだけでも知事としての罪が重いのだと思います。
一方で岐阜県庁の裏金問題で、職員の約6割が処分されるそうです。梶原前知事らにも裏金使用について返還を求めるそうですし、まだ未解明の部分も多いようですので、今後まだまだ事件としては発展していくのだと思います。

前記の福島県・佐藤知事は任期18年、岐阜県・梶原前知事は任期12年。こうした問題の発覚で、県知事の長期政権についての議論が噴出しそうですが、本当にこうした長期政権が悪いことなのでしょうか?
善政を布くのであれば有能な人材が長期政権を担うことになっても、何ら問題はないのだと私は考えています。ただ現状、日本はまだまだお役所仕事の範疇を出ず、長期政権により権力が集中していく構造、その部分に問題が多いのだと思います。

特に今回の福島県の問題では、知事の親族や後援会の人間が、何故県政に関与して利益供与を受けるのか?それは知事の弟や後援会の人間が県庁に出入りし、剰えコネクションを持って談合に関与するなど、県庁自身の態度にも問題があるのです。そしてそれをチェックしきれない、県議会にも問題があります。三権分立の知事だけに権力が集中する、それが県政であるのなら腐敗が起こっても当たり前です。
岐阜県庁にしてもそうです。県庁自身が裏金作りを当然のこととし、知事もそれを了承しており、それを利用していたと言うのですから、県政の問題は明白です。つまり知事が長期政権を担うことに対して、過剰に県職員や県議会が追随する形をとれば、それが腐敗の原因になっていくということです。

県知事は選挙によって選ばれるものですから、これは県民の問題でも有ります。どんなに一部で善政を行っていても、トータルで県民にとって良いことなのかどうかを、しっかりと見極めなければなりません。これは国政選挙でも同様ですが、一部の政策だけを支持して投票するなど、絶対にやってはいけません。政治とは政策などをトータルして判断しなければならないものですから。
今回の県政の問題を見るたびに、私は選挙の大切さを思い知らされるばかりですね。

analyst_zaiya777 at 19:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 政治 | 地方

足立区女性教師殺人事件に関して

昨日、裁判の話題を取り上げながら、あえて除いた記事がありました。それが足立区女性教師殺害における、東京地裁の判決です。現在より28年前に起こった事件であり、二年前に発覚したこの殺人事件。刑事上の殺人事件の時効、及び民法上の除斥期間についての判断が注目されていた事件です。
結果として、除斥期間は成立したとして、後は故人を弔うと言う権利を侵害したとする損害賠償で、330万円の支払いを相手に命じました。遺族側は控訴するそうです。

色々と考えた結果、極論としてどうするべきかということを述べたいと思います。地裁の判決は支持します。確かに、現行法制上では時効、除斥期間の適用は難しいのだと思います。ですが、世論の流れとしてこうした判断も出来ないのか、という提案として考えて欲しいと思います。
まず今回の事件のような場合は、最初から殺人が疑われることははありません。警察も行方不明者、失踪者としての扱いで、たいした捜査もなされずに終わることになるでしょう。大量の出血痕があった場合以外、こうした捜査に本腰が入れられることはないのです。

事件発生を起点とした場合、こうした犯罪で実際に何が起こったのか、その判断が曖昧になると、実質的な損害賠償なども出来ないことになります。裁判でも実被害についての損害賠償以外、中々請求が認められないことの方が多い、いえ、ほとんど認められないと言って良いでしょう。
つまり民法上の除斥期間の適用は、実被害が確定し、損害賠償を請求することが可能になってから、ということに変更するという提案です。今回のように事実を知り、いざ損害賠償請求を使用と思った段階で除斥期間を過ぎているでは、悔やんでも悔やみきれないでしょう。

そしてこれは、社会正義の要請でもあります。請求権を持ち、それでも請求しない人間のための除斥期間であり、今回のようなケースで被害者遺族の感情が納まるとは到底思えません。殺人を正当化しないためにも、何らかの形で故人の名誉を回復する術を、司法も一緒に考えていくことが社会正義と感じています。
これは極論であり、実現の可能性は今のところほぼありません。ですが、こうした声を上げていくことで、被害者のことを考えられる、一つの契機になるのだと考えています。
昨日も書きましたが、犯罪が起こっても被害者の弁護をしてくれる人はいません。あくまで検察は事実を明らかにし、犯罪者を罪に問うてくれるだけで、被害者の代弁者にはなりえません。一方で、加害者には弁護士がつき、反論する機会を持たされます。犯罪費被害者のことを風化させないためにも、私は被害者サイドに立った考え方を広めていくべきなのだと考えています。

analyst_zaiya777 at 00:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 司法 | 社会

2006年09月27日

安倍政権はミニ竹中路線?

昨日発表された安倍内閣の顔ぶれ、一方では論功行賞ではないという反論もあります。ですが問題はこれだけ『自分寄り』の人を集めた場合、今後自民党で入閣したいのであれば、安倍氏に阿らなければならないとする認識が広がってしまうことでしょう。どんな組織でも、一方向に偏った考え方をするものは危険に見えて仕方ありません。それが今後の安倍政権離れに繋がるような気も、私はしています。

一部のメディアで、安倍内閣はミニ竹中路線だとするものがありました。新しい経済財政担当大臣の大田氏は竹中氏の側近であり、竹中氏が院政を布くのではないか?とするものですが、そこまで極端ではなくても、大田氏は何か有れば竹中氏に相談するのでしょうから、竹中氏が隠然たる影響を持ち続ける、そう考えておくだけで十分です。
一方で、昨日の会見を見ると、グレーゾーン金利の問題で「厳しすぎも問題」と発言した山本金融相を初め、「減価償却を見直し」発言の尾身財務省など、随分と企業に優しい発言が相次ぐこととなりました。

先に法人税減税の話もあり、安倍内閣の経済政策は企業活動の活発化により成し遂げたい意向のようです。先に「成長なくして財政再建無し」を標榜していますし、規定路線なのかもしれませんが、竹中氏の過去に行った発言と全く同じ、と考えると少し考え方を変えて見た方が良いような気がします。
IT投資を促進させて企業の産業活動を活発化する、とするのも竹中氏の進めていた『情報と通信の融合』とも合致する政策です。安倍氏は竹中氏から経済政策についてレクチャーを受けたそうですから、ミニ竹中路線というのは、あながち間違った意見ではないのかもしれません。ですが、竹中路線は見直すべき段階に来ていますので、その点については後々触れたいと思います。

今日の日本の市場は上昇しました。これは日銀寄りであった与謝野前経財相を追い出したため、債権先物売り、株式先物買いにシフトしたために引き起こされました。つまり日銀はもう金利上昇が出来ないと投資家に判断された結果でもあります。
そして企業優位の政策に振れた今の安倍内閣の経済政策では、あまり良い効果も得られないと思います。一方でスイスの民間経済研究期間「世界経済フォーラム」で、日本の経済競争力は7位に上昇しました。しかし財政赤字が響いてマクロ経済では91位と低迷しています。マクロ経済を重視した竹中路線ですが、こんなところにも矛盾は散見されているのだと思います。

analyst_zaiya777 at 19:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 政治 | 経済

2006年09月26日

裁判の判決について色々と…

奈良地裁で、奈良小1女児の誘拐殺人事件で小林被告に対し、死刑判決を下しました。被害者が一人だから、殺人の前科がないから、社会環境が悪かったから、だから死刑はないのでは、とも言われていましたが、世論の声に後押しされた形で地裁が踏み切ったのだと感じています。
私はかねてから死刑は必要とのスタンスですし、今回の事件の凄惨さ、残忍さ、及びその後の被害者家族を弄ぶようなその態度といい、死刑が妥当との考えを持っていましたので、この地裁の判決を支持しています。

一方で、杉浦前法務大臣が死刑執行に対する命令書への署名を拒否していました。それが自分の心の問題や宗教観、哲学の問題があったとしても、では何故法務大臣を引き受けたのだと言う根本的な発想として、大臣としての資質を疑問視せざるを得ません。
日本は法治国家であり、また死刑制度を有する国でもあります。その法務大臣が刑の執行という決断を迫られることぐらい、想像するまでもなく分かることでしょう。過去にそういう方もいましたが、自らの職責を果たす意思のない、もしくは果たすことも出来ない人に、法務大臣を引き受けていただきたくはないものです。

また京大アメフト部の学生による集団暴行事件の判決もありました。主犯と従犯で執行猶予となるその境が分かりませんでしたが、行為に及ぶその点において何ら区別はないでしょう。事前に女性に酒を飲ませるなど、犯行グループの人間は協調して一つの目的を達するために行動している訳ですから、判断の違いは何なのか、もう少し詳しく見ていきたいと思います。
かつては酒の上でのことや、女性にも隙があったなどと法廷で平気でそんな論調がまかり通っていた時代があります。今ではどうか分かりませんが、事前に酩酊させる目的を持った相手に対し、拒み続けるのはほぼ不可能です。こうした犯罪を減らすためにも、司法にはしっかりとした判断をお願いしたいと思います。

今回の奈良の事件でも、「第二、第三の小林は出る」と弁護人が声高に述べていました。その通りです。厳罰化しても、性犯罪者が減ることはありません。ですが、だから厳罰化しないで良いという理屈では、決してありません。
また東京高裁がオウム真理教の事件に対して、弁護士に処分請求を行いました。弁護士の戦略により、被告が裁判を受ける権利を侵害されたからですが、こうしたことは今後も増えるかもしれません。弁護士は被告の権利ばかりに眼が向きがちですが、真実を明らかにする過程で、被告に必要な弁護を行う。今後の裁判がそういう形で進んでいくことを、私は願っています。そうしないと、被害者やその家族は誰からも弁護されることはないのですから。

analyst_zaiya777 at 23:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 司法 | 社会

国債残高は減っても国の借金は増えている

今日、安倍政権が発足しました。閣僚の顔ぶれを見ていると、極めて保守色の強い、論功行賞的な人事だな、という印象を受けます。これで改革をどう進めるのか、その筋道すら示されていませんが、いずれ論じたいとも思いますが、安倍氏が自分色の内閣を作りたい、ということだけははっきりと示したのだと思います。

今朝、国債残高が初の減少という記事を見て、良い内容なのかと慌てて読んでみましたが、逆に記事の内容に不安を増幅させられることとなってしまいました。普通国債の発行が181億円減で、国債償却とあわせて全体で国債残高は1兆8000億円近く減っています。ですが一時的な不足を補う政府短期証券が2兆8000億円増加しているとのこと。結果として国の借金は増えていることになります。
これも国債発行枠を30兆円以内に抑える、とした小泉政権下の影響でしょう。借金の形態を変えたところで、問題は何ら解決されておらず、むしろ悪化する一方です。特に国民の目を眩ますという意味では、逆に悪い手法だとも言えるでしょう。

最近では不動産の証券化などもありますが、証券は価値が変動することを前提にしたものです。そして地方債の格付けなども議論されていますので、今後行政も変動を前提にした借金にシフトしていくのかもしれません。その時、政府は甘い言葉を発して自らの証券や債権の変動を抑える動きが、顕在化していくことになるでしょう。
今でさえ金利に怯える政府にとって、変動する借金で自らの首を絞める訳にはいかないのです。そして経済や財務に疎い政治家が揃っているように見える今回の組閣、少し厳しいことになっていくのかもしれませんね。

表題には関係ない記事ですが、ソフトバンクがボーダフォン買収の際に使った1兆5000億のお金を、証券化して金融機関から融資を受けると伝わってきました。株式会社は会社の信用力として、株を発行してそれを市場で取引させています。一方で短期に資金が必要となった時債権を用いるのですが、株式転換などを前提に発行されることも多く、そうしたものが市場に流れて、最終的な企業価値が決まることになります。
ですが今回のソフトバンクの手法は、ボーダフォンという携帯電話事業の証券化であり、一つの企業が企業価値の他に、もう一つの資金調達方法を編み出したことになります。ソフトバンクとしては事業の証券化により、その事業からの収益は奪われても提携効果を得られる形になりますので有利に思えますが、企業価値の観点で見るとこれが良いことなのかどうか、その判断はまだ出来ないのだと思いますね。

analyst_zaiya777 at 19:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 政治 | 経済

2006年09月25日

自民党内の事情について考える

明日、安倍内閣の人事が発表されますが、その前に…。
今回の自民党総裁選、安倍氏圧勝の下の出来レースなどとも揶揄されましたが、結果的に麻生氏、谷垣氏も三桁の数字を確保し、何とも都合の良い結末とも見えます。この中で麻生氏や谷垣氏が次期総裁候補になるのか、を考えた時、それは安倍内閣の倒れ方によるものではないか、私はそう考えています。

即ち、安倍氏は戦後生まれを強調していますので、麻生、谷垣両氏にとって必要なことは、戦後生まれにはまだ政権運営は早かったという、安倍政権への全否定でしょう。つまり安倍氏が長期政権を担い、戦後生まれが着実に力をつけ始めると、麻生、谷垣両氏の総裁の目はなくなることになります。
麻生氏は現政権でも重要ポストが確実視されていますし、一方で谷垣氏は安倍政権とは距離を置く態度を示しています。仮に安倍政権が早期で倒れた、その場合は緊急避難的な意味合いでの内閣となりますから、安倍政権に寄り添う形の方が可能性は高いと見ています。そうなると麻生氏となりますが、安倍氏が政権に固執し始めると、麻生氏にも目はないことになります。それは自らの立場の全否定という形でなくなることを意味しますから、年齢の上がる先祖返りのようなことは厳しいのだと思います。

私は参院選で例え自民が負けても政権交代はなく、衆参の捻れ構造で安倍政権は運営されると見ています。その際、今日発表された党執行部が敗北の責をとらされると見ていますが、そこに丹羽氏が入ったのは象徴的な動きだと思います。つまり選挙の論功行賞で花を持たせても、いずれ追い出す算段は出来ている。そうした動きと見えるからです。
一方で自民党内の動きで見ると、衆院議員の数が多過ぎて極めて不利な状況です。郵政反対派の復党があれば、そこの一人は候補からあぶれることになります。どちらにしろ、勝てる議員を立てるためには執行部もドライに判断することになり、無能な議員は首を切られることになります。

この時小泉チルドレンは派閥に属していないので、後ろ盾は何もありません。無派閥を訴えた武部氏は、状況が変わると一転自分は派閥に戻るそうですから、言行不一致も良いところです。この動きで小泉チルドレンが雪崩を打って派閥に所属し始めると、今度は派閥政治の復活と見えて自民の選挙戦に対しては不利となるでしょう。
こうした動きを見ていくと、結果的に小泉氏が壊したものは何なのか?改めて不明瞭になるでしょう。やはり制度設計を怠り、壊すだけで終わった今の自民党の形と言うのは、きわめて不安定でかつ厳しいものなのだということだと思います。

analyst_zaiya777 at 23:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 政治 | 一般

米国のテロ対策は失敗

「米国のイラク戦争でテロは減衰するどころか、むしろ悪化させた」米国のCIAから驚くべき報告がもたらされました。ブッシュ政権の公式見解を情報機関が覆し、国家間に奇妙なねじれを生じさせている。というよりも、ブッシュ政権の公式見解の方がむしろ少数派となり、死に体の状況に近くなっているともいえるかもしれません。
国連でも未だにイランのことをテロ支援国家と呼びますが、イラクでも明らかになったことは、今のテロ組織は国家の後ろ盾など必要としておらず、少しのお目こぼしさえあれば、一部の富裕層からの支援で十分にやっていける、それだけの力をつけているということです。

イランの核開発問題にしても、論理の整合性はイラン側にあります。今ある技術を使ったとして、それを否定する権利は米国にはありません。他の国と同じようにIAEAの査察を受け入れ、管理下において使用する点において、国連決議を使って制裁を加えたとして、どんな正論がついてまわるのか?
今の対イラン制裁案は、イランは信用できないという不信感に彩られています。ですがIAEAを追い出した北朝鮮とは事情が異なります。どうせいずれ北朝鮮のようにIAEAを追い出す、その可能性は否定できませんが、その時は堂々と国連軍が乗り込めば良いだけの話です。私はドイツも含めた包括案が最も良い解決策と考えていましたが、今の世界の議論が仏国を中心に話し合いで解決の道を探っているので、少し期待は残しています。

最初の話に戻りますが、テロというのは多数に対する少数の意思表明の側面があります。アルカイーダなどの組織の頭を叩けば、少数に分裂した組織が自らの肥大化を目指し、突出して支持を集めたいための活動に精を出す。それが今のイラクです。
これはテロとの戦いを指導した米国の責任に帰するところです。CIAがこの現状に対して異なった見解を出せば、その情報収集能力を疑われ、逆に政府に阿る組織として信用を失うことになります。そしてこれが更にブッシュ政権の信用失墜に繋がる、その相乗効果によってブッシュ政権は死に体に向かっているということになります。

どの道、もうブッシュ政権に外交政策で強権を発動できるだけの、その力はないでしょう。パキスタンへの「石器時代に戻るか」発言にも驚きましたが、今や国内情勢が対外政策への強行を容認しない、そこまで来ていると思います。
そしてこれは日本にも影響する話です。ブッシュ政権が外交で強く突っ張れば突っ張るほど、次期政権は逆向きの舵に振れます。北朝鮮対応を抱える日本にとって、米国の態度に今後、注視ししなければいけなくなるのかもしれませんね。

analyst_zaiya777 at 20:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 アメリカ | 中東

2006年09月24日

国連総会での反米発言

国連総会、日本は小泉氏、麻生氏の欠席により大切な国際会議の場での、日本の発言する機会を失いました。国連常任理事国を目指す国として、自民党総裁選という都合だけで欠席することは、本来の国益にかなうことなのか?正直疑問に感ずる部分もあります。退任前でやる気を失せていたとは言え、小泉氏には退陣前にしっかりと最後の仕事をこなしていただきたかったですね。

その国連ですが、目だったのは反米のイラン、ベネズエラなどの発言です。米国に対する発言の中で拍手が起こるなど、これは一部の国の間では強権的な米国に対する反発が強まっている証拠でもあります。米国型民主主義の輸出を目指した米国、相手の国情に合わない民主主義の導入が、国に混乱をもたらし米国離れを生んでいる。それが現在の世界の大きな流れなのだと思います。
その国情を考える上で、一つの指標となるのが今回のタイの軍部によるクーデターです。タイは過去にも軍部のクーデターがあり、そうした経緯が今回の国内の落ち着きにも反映されていますが、それ以上に大きいのがプミポン国王の存在でしょう。

政治がどんなに混乱しても、国民が政治家に絶望してもそのアイデンティティを維持できるのは、国王という絶対的な存在がいるからでしょう。これは翻ってみると、日本でも同様の構図があることが分かります。それが天皇の存在です。
そして同様の構図は米国にも存在します。つまりブッシュ政権の人気が低迷し、政治がその意義を果たせなくなっても、彼らの中にはキリスト教という精神の拠り所が存在します。これが民主主義の欠点、代議員が信頼を失い、国民が集権的な政治に絶望しても、国としての体制を維持できることに繋がっているともいえます。

これは三権分立以外に国民が何かを持っている国です。それが政治の混乱にも国内の安定を生み出しますが、それがない国で政治が汚職や癒着を抱えると、国民は拠り所を失い暴徒化します。それが国内の混乱を生み、民主政治に対する不審となります。
南米、中東、どちらも国情が異なります。確かに民主主義が現時点における国民の最高のシステムですが、一方でその不審が世界に広がっている。現在の反米の流れはそうした動きを反映したものと考えられます。これは今後の世界の流れを考える上で、考慮に入れておくべき視点だと思います。

analyst_zaiya777 at 17:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

2006年09月23日

日本製品の規格争いが面白い

2006東京ゲームショーが開催されています。今回は今年後半にソニーからPS3が投入され、任天堂からもWiiが出ます。話題性の高い二機ですが、PS3は最新技術を駆使した映像技術に定評があり、高精度の描画性能とブルーレイ搭載が話題であり、Wiiはマン‐マシンインターフェースを向上させたものが目玉となっています。
どちらが良いとは現時点で断定は出来ませんが、今後の別の製品での戦略を考える上でも、最新技術を追い求めるPS3が支持されるのか、インターフェースをより良く変えていこうとするWiiが支持されるのか、で大きな差が出てくると思います。現在のところ、任天堂DSやPSPなどを見る限りではマン‐マシンインターフェース重視が有利のようにも見えますが、PS3も価格戦略を変えてきているので、面白くなってきました。

一方でブルーレイとHD-DVDの争いも面白くなってきました。0.1mm層に書き込むのか、0.6mm層に書き込むのかで大きな違いのある両者ですが、それ以上に興味深いのは対東芝で家電メーカーが団結している点です。現行DVDはそのほとんどを東芝の特許で占められているため、他の家電メーカーは面白く有りません。そこで次世代DVDでは東芝の特許に頼らない技術として、ブルーレイが登場してきました。
ソフトメーカも日本企業との多くの繋がりの点から、ブルーレイ陣営に傾いており、HD-DVD側のソフトメーカも両規格で併売する、と宣言していますし、一見するとブルーレイ陣営が有利のようです。ただソニーと対抗するマイクロソフトがHD-DVD陣営に加わったことで、住み分けのようなことが起こるかもしれません。家電はブルーレイ、パソコンはHD-DVDのような位置付けです。ただどちらもMPEGに対応しないと、今ひとつ手の出ない製品ではありますよね。

一方でリコーが両規格を読み取る装置を開発しました。レンズの屈折率を変えて、一つの読み取り機で両者を読んでしまうという技術です。ただこれは規格争いが収まった頃でないと、どちらのメーカも搭載はしないでしょうね。わざわざ敵に塩を送る必要なはいのですから。
どちらも今年後半には出揃う製品であり、来年の今頃には趨勢が決まっているかもしれません。メーカ間の醜い争いで消費者も戸惑うでしょうが、この規格争いに勝った方が次世代の覇権を握ることが出来る。そう思って見ていると、また面白いものです。消費者としては冷静にこの争いを見ながら、どちらが適しているのか判断して購入することで、かつてのベータ、VHS争いの時の二の舞だけは避けたいところですね。

analyst_zaiya777 at 18:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 経済 | 企業

安倍氏のメディア戦略を考える

今日、安倍氏は別荘に籠もって閣僚人事を決めているそうです。先に散々メディアも報じられている通り、サプライズは期待できないところかと思いますが、その前に安倍氏のメディア戦略について少し考えてみたいと思います。

小泉氏はどんなにいい加減な答弁やコメントをしても、それが許される立場にありました。これは一般の方でも対人関係に見られる、この人なら許せる、という単純な思考によるものです。相手によって言われると不快なことと冗談で済むことの違いがあるように、小泉氏なら仕方ないという論理で国民も許容してきたところがあります。
ですが安倍氏はそういう訳にはいきません。真面目、清潔感、戦後生まれの斬新さ、どれも曖昧さを許容できるような要件はありません。このため厳しいのは、政策の中に官僚に都合の良いものを取り入れたり、俗に抵抗勢力側の論理(今回の貸し金業規制のグレーゾーン金利猶予期間のようなもの)を取り入れた時、その答弁に窮することになってしまいます。適当に誤魔化すことも出来ず、抗弁で突っぱねるしかないからです。

今回も総裁選任後、各局を梯子して安倍氏もコメントしていましたが、コメントはあまり面白いものではありませんでした。このままでは早晩メディアが離れていくことになる気がします。この辺りは世耕議員辺りがメディア戦略を考えていくのでしょう。安倍氏にお洒落さを加えてスマートさを強調し、主婦層向けに訴えていくのか、というところが注目でもありますが、自民党内に少し気になる動きもあります。
それは民主党の小沢氏の政権構想などを批判する中川政調会長の動きです。農業政策に関するもので「ばら撒きだ」と批判していますが、真に必要なもので将来的に国益に適うものなら、ばら撒きでも構わないと思います。無駄な公共事業より、農業に焦点を当てることは必要だとも考えています。

この動きを見ていると、自民党では民主党と対立して差異を際立たせ、ドロドロの政争に逆戻りさせようとしているのではないか?そう思わせるものになってしまっています。これでは国民が政治に失望した以前の状態に戻り、「自民党をぶっ壊す」という旧態依然とした制度、体質に風穴を開けたものと相反する動きとして国民には映ってしまうでしょう。
メディア戦略上、これではマイナスです。安倍政権にとって必要なことは、誇れる政策をもって、それを真面目に訴えていく態度ではないかと思います。それが安倍氏の性情と最も合致し、国民の負託に応える政治になっていく、そう考えています。

analyst_zaiya777 at 09:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 政治 | メディア

2006年09月22日

米国で自動車業界が訴えられる

もう寝ようと思っていたところですが、面白いニュースがあったので記事にしたいと思います。それは米国のカリフォルニア州の司法長官が、日米の自動車メーカー、トヨタ、ホンダ、日産(米国での子会社)、GM、フォード、クライスラーの六社を、排ガスによる地球温暖化の影響で環境、健康、経済に影響を受けたとして、損害賠償を求めて提訴したというものです。

温室効果ガスの影響で山間部の氷原が減り、海水位が上がり、山火事が多発して州が数百万の支出を余儀なくされたとしています。指摘するのも面倒なのですが、簡単におかしなところを指摘すると、
 ―の司法長官が世界規模の問題について一部の自動車メーカーを訴えた
 京都議定書に批准しない国が温暖化の問題を一部の自動車メーカーに押し付けた
 自動車メーカーは州毎の排ガス基準に適合して生産しているのに、それを訴えた
 だこ最大の二酸化炭素排出国は米国だが、それは自動車業界だけのものではない
  のに、それでも自動車業界のみを訴えた
 セ害仍は一義的な原因ではないのに、それも訴状の中に含めた

米国は自国産業界からの圧力で京都議定書を批准せず、今後も二酸化炭素を削減していく必要がない国であり、現在でも世界最大規模の二酸化炭素排出国でもあります。本気で温暖化ガスの問題に取り組むのなら、まず自動車業界を訴える前に、自国の政策について目を向けるべきでしょう。
この司法長官は11月の選挙で民主党から州財務長官に立候補しているらしいので、恰好をつけて「環境票目当て」というところが専らですが、それでも訴訟大国アメリカですから、何が起こるか分かりません。上記の矛盾点があっても、良い弁護士がつけば判決がどうなるか分かりません。こんなリスクを負う企業も不幸ですが、温暖化の影響を企業に押し付けて損害賠償を取ろうとする、そんな州司法長官のいる州の人々もまた不幸でしょう。

地球温暖化、世界に対して最も責任のある国が、その責任を果たしてそれを防ぐ方策を率先して見せてくれることを願っています。そうでない限り、気候変動などにより益々被害は拡大するばかりなのですから。

analyst_zaiya777 at 23:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 アメリカ | 社会

国歌・国旗に関する東京地裁の判決について考える

昨日、国歌斉唱、国旗掲揚時に起立せず、懲戒処分を受けたことを不服として、一部の教職員が処分の取り消しを求めた判決に対する処分が下されました。処分は不当、起立の義務はないとして東京地裁から判決が下りました。私は中間派としてこの判決文を読み、そこで考えたことを記載したいと思います。

最初に感じたことは、今回の判決文では思想・良心の自由を拡大的に解釈しているなという印象です。判決文の中では政治的、宗教的にも中立的ではない、とも論じています。確かに過剰な反応も一部にはみられますが、大多数の人間にとって国歌や国旗が右翼思想を煽るとの認識は持っていないでしょう。
私も幼少の砌には根がせっかちなもので、「のんびり国旗など揚げていないで、早く終わろうよ」とも思っていました。恐らく大多数はそうであり、そこに宗教的なものや、政治的な観念を持ち込むことなくそれを見ていたと思います。

こうした問題に中立性は求め難いとしても、逆に今回のようにそれに反発する人間にとっての象徴的存在、としての意識付けしか国歌、国旗はないのだと思います。そしてそこに少数派の意見も尊重する、思想・良心の自由を持ち込んでしまったため、こうした判決文になったと推測しています。
一部で左翼思想の持ち主は教育の場で偏向教育を行う、というものがありましたが、実態として本当にそんなことがあれば、それはそれで別に糾弾していくべき問題です。ですが今回の件だけを見れば、懲戒処分が妥当だったのか?ということが問題の本質として捉えるべきものと考えており、個人的には確かに妥当ではないと考えます。が、判決文の中にあるものはあまり論理的とは感じられませんでした。

私としては、学校教育という場で行われる式典というのは、本来生徒が主役であるべきものと考えています。例え個人の主義や主張と異なるとしても、それを学校教育の場に持ち込み、剰さえ自らの主張の場と変えてしまったことは、断じて許せない行為と考えています。
勘違いしてはいけないのは、公務員は全体の奉仕者であり国歌を斉唱したり、国旗を自らの手で揚げる必要は無くとも、全体としての行動には従うべきということです。一部の教員が起立しないという行為によって、子供たちはせっかくの式典を台無しにされてしまっているのです。それは子供たちの大切な思い出の中に残っていくことになります。生徒と接する立場の人間として生徒たちに何をしてあげるべきなのか、それを第一に考えて欲しいと思います。

analyst_zaiya777 at 19:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 社会 | 司法

2006年09月21日

教育バウチャー制度について考える

今回の自民党総裁選でも教育バウチャー制度が議論されていました。私は安倍氏に否定的ですが、全ての政策に反対する訳ではなく、むしろ良い意見には積極的に賛意を示していきたいと考えています。ですが、私の分析した観点からこの教育バウチャー制度には反対します。

これはクーポン券を子供のいる家庭に配り、それを自ら良いと思った学校に渡し、学校側はそのクーポン券を行政側に渡して、その枚数に応じて行政側から学校にお金が渡されると言う制度です。外国ではすでに実施されており、その功罪が論じられていますが、日本ではこの制度は根付かないのではと考えています。
まず学校側の視点からすると、スタートラインが異なることが挙げられます。設備の老朽化、教員の質、最初の段階からこれらに差が有ります。特に公立の学校では教員が選べる訳ではなく、質の悪い教員には教育していく必要すらあります。更に育てた教員が移動で学校を移っていきます。安定して魅力のある学校づくりをするには、制度などに弊害が多過ぎるのが現状です。

一方、生徒側から見ると仮に学校が選べるとしても、遠くの学校に通うためには通学定期など一定の費用がかかります。更に子供が狙われる犯罪が増える今、安全を考慮すれば一定程度以上、送り迎えなどの親の負担が増えることが考えられます。
つまり学校を選択できる制度が出来ても、それを利用するのはお金のある層のみではないか、という問題があるのです。お金の無い子供は人気がなくても、不満があっても近所の学校に行かざるを得ない。更に人気のある学校が出来ればそこに生徒が集まり、資金も潤沢になって更に最新設備への投資が可能になる。教育機関に格差が生じる可能性すらあるのです。

教育の質の低下が叫ばれますが、この解決法としては一定程度親の参加と責任を負荷する方法が良いのでは、と考えています。つまり今は親が学校に口を出しても責任を取らない、言いっ放しなので言いたい放題になる。そうであるならいっそのこと、責任を持たせて教育の場に参加させれば良い、とするこれは極論です。
教員免許は更新制にして質を維持し、教員は教育に専念する。一方で生徒の生活態度などは親が責任を持って子供を指導していく。日本では学校教育は生活も教える場、という概念があり、意識のズレを補正するのが難しいところですが、現状のままでは学校という場が悪くなる一方であることも、また現実だと思います。

最後に、今日の判決で国旗掲揚、国歌斉唱で起立しなかった教員に対して判決がありました。判決の是非よりも、この問題で教員間の対立を目の当たりにした生徒たちが一番の被害者です。それを考えて教員たちは教育を考えていって欲しいと思います。

analyst_zaiya777 at 23:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 社会 | 政治

サハリン2の事業認可取り消し

サハリン2が環境問題への対応の不備を理由に、事業計画の認可を取り消す決定がロシア資源相から出されました。このサハリン2には三井物産、三菱商事も加わっており、更に採掘される石油や天然ガスは日本へ輸出されることを前提にしていたものであり、この突然のロシア側の決定は到底受け入れられるものでは有りません。
今回のロシア側の決定は、ロシアのガスプロム社を事業に参画させる意図があって、環境問題を盾にして認可を取り消した、と日本では殊更に報道されています。ですが問題はもっと根深いところにあると考えています。

元々、エリツィン政権時代にロシアは生産物分与協定(PSA)を結び、外資参入を促しました。簡単に言うと、ロシアに投下した資本を回収しないうちは、ロシアに工場を建設した企業はノンタックスで事業が行えると言う協定です。
つまり当初計画でサハリン2は建設に100億円程度かかると見込まれていたので、100億円を稼ぐまで税金がかからないはずでした。それが建設費が増え、200億円になったことから、ロシア側が反発を強めていたのです。つまり200億円まで無税で石油、天然ガスを採掘されてしまうことに対する、ロシア側の憤慨です。

ここからロシアは100億円の上乗せ分を回収するために、ロシア企業の参入を働きかけ始めたのです。その結果、事業主体であるロイヤル・ダッチ・シェルが20%、三井物産、三菱商事も含めると25%の株式がガスプロムに渡り、これでロシア側の利益は確保されると言う訳です。
更にロシアでは石油大手ユコスを解体したことでも分かるとおり、エネルギーの国有化を進める傾向があり、国策として外資を排除する動きも強まるかもしれません。そしてPSAに対する見直しもロシア国内で高まっており、これが社会主義的政策をとる国に対するリスクとしての、良い手本となる気がしています。

ロシアが今回の件で株式譲渡により認可を再交付するのであれば、今回の問題が完全に『難癖』だった、ということが証明されます。サハリン沖の原油は軽質油であり、確かに漏洩すると回収が大変であったり、環境負荷の高いものでもあります。
よって環境問題を指摘されると、弱い部分があるのも確かです。しかし日本は国策としてエネルギー確保は絶対条件であり、今回のようなロシアの思惑を安易に許していてはいけないでしょう。日本人ももっと問題意識を強く持ち、今回の件を考えていくべきだと思います。

analyst_zaiya777 at 19:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 政治 | アジア

2006年09月20日

ローマ法王発言を巡り、イスラム世界が憤激

タイでクーデターが起きました。いずれ記事にするかもしれませんが、タイでは以前から選挙管理などに不安があるため、首相の金権政治が指摘されても選挙が行われなかった経緯もあり、今回は仕方ないという面も否めないところがありますね。

表題の記事ですが、ローマ法王の発言にイスラム世界が色めき立っています。神学講義中の発言ですが、要約すると「ビザンチン帝国マヌエル2世バレオロゴス皇帝とペルシャ人との会話で『ムハンマドの示したのは邪悪さと残酷さであり、剣により教えを広めた』と述べた。皇帝は更に『非理性的な行動は神の本質に反し、理を説いて信条を伝えるべきだ。理を説くに武器は必要ない』とも述べた。その本の著者は『理性に基づかない行動は神の本質に反する。イスラムの神は超越的で理解できない』と述べている。これは他宗への批判ではなく、理性を考え、宗教間の対話を考えるものだ」とのことです。

これで批判されるのはどうにも可哀想な気もしますが、歴史的背景を見ると、イスラムが過剰に反応している理由も分かるでしょう。先のバレオロゴス帝の時代は十字軍でキリスト教国が敗北し、東の砦たるビザンチン帝国が揺らいでいた時でもあります。つまり十字軍を意識しつつ、イスラムと対抗する上でその精神性を批判したビザンチン皇帝の発言は、ともすれば現在のイラク戦争後の世界に置き換えられるからです。
イスラムは確かにその教義に戦闘も厭わず、とするものがあります。ですがこれは宗教=国家であることから起こる問題で、一方でキリスト教は国家内宗教であったため、血塗られた歴史を国家に帰属させてしまっただけの話です。キリスト教の歴史でも他民族を卑下し、その教化、浄化するとの名目でひどい文化破壊や戦闘を行っています。この点において両者の歴史にあまり差異はなく、一方だけが邪悪というには当たりません。
キリスト教プロパガンダの強い日本ではイスラムを悪としがちですが、人間の行う宗教において完全はありえず、どちらも悲惨にして陰湿な歴史を抱えています。この点を理解し、今回の発言を見てみるとイスラムが反論するところにも若干理解が進むと思います。

ローマ法王ベネディクト16世は穏健派として知られる人物です。今回も異例の謝罪を行っていますが、責任のある人が他者の事例を引用する際は最新の注意を払う、ということが今回の教訓なのだと思います。イスラムでは今月の24日からラマダン月に入るので、早晩この動きは鎮静化するでしょう。どちらも過剰反応せず、冷静に相手を見られるようになるまでは、まだ世界が安定しているとはいえない状況なのでしょうね。

analyst_zaiya777 at 23:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 宗教 | 海外

安倍氏が自民党総裁選で勝利

安倍氏が自民党総裁選で一位得票し、これで総理大臣に選出されることが確実になりました。思えば、私がブログを始めたきっかけが小泉氏の政治は本当に国民のためになるのか?という疑問であり、その意味で小泉政権が終わることに、個人的には感慨深いものもあります。
私は当初そうした理由でこのブログを始めたことから、小泉政権批判であったり、今も安倍氏の語る政権構想には懐疑的な視線を向けています。私が両者の政権に共通する『危険』と感じる部分は、政治が『国民の求めるものを実現する』ものから、『政治家の個人的な主張を優先する』ものに変わりつつあることが挙げられます。

小泉政権時代も、次期政権に対しても国民の関心は社会保障の充実に向いています。ですが今回の総裁選でもその論点はほとんどなく、安倍氏の政権構想で語られる社会保障の内容は、まるで官僚の答弁のようです。特に年金問題で安倍氏の掲げるものは社保庁の改革、国民の番号制など、国が年金を徴収するやり方をどう変えるのか、ということばかりです。
ですが、国民の中にあるのは『年金制度』に対する不審です。つまり制度改革を実現しなければ、年金問題を解決したことにはならないのであり、そこに安倍氏は何も言及していないのです。

小泉氏も同様でしたが、官邸主導といいながら、官邸が言い出したことに対する制度設計が官僚側に託されるため、最終的な姿はかなり官僚に都合の良いものに代わってしまっています。今回の年金制度などに対する文言を見ても、安倍氏が官僚主導から脱却できるのかは、先の説明でも分かる通り甚だ不明となっています。
そして一方で自らのやりたい憲法改正、教育改革などはかなりの量を割いて自説を述べています。これが『政治家の個人的な主張を優先する』ものと、私は受け止めているのです。

政治が国民の負託に応える姿を失う、先の竹中氏の辞任でも感じたことですが、国民を無視して政治家が各々の相互利益や意思の元で動くのは、非常に危険です。ただそれを国民が危険と感じるまでには、まだ日本人は政治に対して望みを失っていないということなのだと思いますが、この動きは注視していく必要があるでしょう。
安倍氏は米国でも頑ななナショナリストと評されています。その頑ななナショナリストが国民をどう導いていくのか、しっかりと見ていく必要があるでしょう。私も安倍氏人気に乗らない少数派の一人として、しっかりと安倍政権の政策を見ていこうと思います。

analyst_zaiya777 at 19:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 政治 | 一般

2006年09月19日

日本が対北、金融制裁措置を発動

北朝鮮に対して金融制裁措置を日本がとりました。米国の対北制裁措置が有効性を示す中で、日本も追随した形となっています。世界もこの流れに同調するように、オーストラリアが同時に金融制裁を発動、これにシンガポールなども続く見込みで、世界規模の大きな流れとして、対北制裁に動くことになります。
今回の決定は安倍政権前に日本の姿勢を明確に示したものであり、更に言えば世界と協調的に行動できていることで、北朝鮮に対して大きなプレッシャーとなるでしょう。ですが中、韓が反発していますし、韓国では『包括的アプローチ』などともしているので、この金融制裁の影響は薄いと見ています。迂回送金をどこまでチェックできるのかにもよりますが、北朝鮮も生き残りに向けてあの手この手を講じてくることでしょう。

ただ日本としての立場を世界に明示できたので、その点では良かったのだと思います。ですが今後、この措置に対して北朝鮮がどのような態度をとってくるかにより、日本は政治的にも軍事的にも大きく動くと考えていますので、その影響は考えておかなければならないところでしょう。
先日、某番組で独立総合研究所の青山氏が「米国はキム・ジョンイル一家が中国に亡命する、その動きを模索している」と発言していました。実はこのことは私も一度検討したことが有りますので、結果と共にこの動きが具体化するのか考えてみます。

結論だけを先に言うと『有り得ない』ということになります。こうしたものを戦術として持つことは良いことですが、一度甘い蜜を吸った人間に、亡命先で軟禁状態に置かれることを理解した上で、亡命という選択肢を決断できるかは甚だ疑問です。
更に中国が亡命後の北朝鮮新政権と関係を結ぶ上で、眼の上のたんこぶとなる亡命一家をいつまで匿うかも、先が読めない状況です。北朝鮮新政権もキム政権が再び国内に戻って力を持たないために、暗殺者を送ってでも亡き者としようとするでしょう。そして中国は暗にその意向に同意し、キム一家殺害程度はやるかもしれません。

そこまで分かって亡命する人間はいません。イラクのフセイン元大統領の前例もありますが、縋り付いてでも政権を維持し、キム・ジョンイル体制を堅持しようとするでしょう。そう考えると、今回の世界の金融制裁に対するには、再び瀬戸際外交に持ち込むのか、中国に間に立ってもらって協調路線に転換するかのどちらかです。静観はジリ貧になるので、最早有り得ない状況になっているのです。
可能性として高いのは瀬戸際外交ですが、再びミサイル発射なのか、核実験という暴挙に出るのか?今はまだ判断が難しい状況なのだと考えています。ですが、如何なる状況に至っても、日本が戦略性をもってこの問題に対していって欲しいと思います。拉致被害者家族はもう、待ったなしの状況なのですから。

analyst_zaiya777 at 23:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 政治 | アジア

基準地価に見られる地域間格差

今朝、国土交通省から基準地価が発表されました。三大都市圏は上昇、地方は下げ止まりと一見すると良い情報のようですが、中央と地方の格差は一層の拡大を見せており、更に中央の地価上昇には外資によるJ-REITへの参入などが考えられるため、手放しで喜べない情報だということが分かります。

小泉政権下において経済が回復した、と言われていますが、仮に2004年辺りで何らかの要因で政権交代に追い込まれていたとすれば、小泉政権は何ら評価されていなかったことでしょう。これは5年半にわたる長期政権、時間軸の長さがもたらした経済界の自律回復というだけの話であり、決して小泉政権の功績ではありません。
なぜそう言えるのか?それは経済回復という言葉の裏で、個人消費が堅調に伸びてこないのが一つの理由として挙げられます。今年度は1988年以来、久し振りに法人税収入が所得税収入を上回る見込みであることからも分かる通り、企業の堅調な業績が個人に配分されていないために起こることです。

つまり個人が実感として景気回復を実感できない内に、今回の景気回復局面は終わりを向かえるかもしれない、ということになります。この前、月例経済報告を受けて『デフレ脱却』が宣言されませんでしたが、本来、長期にわたる景気回復で内需主導に移行すべき局面であるにも関わらず、それが為されないために腰の弱いままで日本の景気回復が終わろうとしてしまっているのです。
企業の業績回復でも内需よりは外需が主導です。中国の成長に乗ったもの、米国での販売数量が伸びたもの、資材価格の高騰を受けたもの、聞こえてくる業績の伸び代は全て外需によるものが中心であり、日本国内の要因は少ないのが現状です。

世界経済の鈍化に伴いデフレ脱却が宣言できないなど、本末転倒の議論です。如何に小泉政権下の景気回復が、国内の政策によるものではなかったのかの表れでもあります。では次期政権での経済政策はどうなるのか?安倍氏は小泉政権を踏襲すると言っているので、改革、解放路線として囃す傾向もありますが、現状引き締めに向かっている解放路線と逆行する形で改革を進められるのか?私は微妙だと考えています。
今回の基準地価にしても、これが地方に拡散していく方向にはならないのでしょう。結果として中央と地方との二極化が進む方向にあり、地方の回復に対して足枷となっていくことになります。地方分権、税源移譲、道州制、いずれも言葉だけが先行しており、地方改革は未だ道半ばです。地域間格差の是正のために、政府が本気で取り組むことを願っています。

analyst_zaiya777 at 19:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 政治 | 経済

2006年09月18日

WHOはマラリア制圧のためにDDT使用拡大を訴える

世界保健機構(WHO)が『マラリア制圧』のために、DDTの屋内散布の使用を推進する旨の発言を行いました。DDTとはご存知のようにベトナム戦争で米国軍が枯葉剤として使用し、その後奇形児などが生まれたことで問題となった薬剤です。
問題はDDT中にダイオキシンなどの環境ホルモン(ホルモン撹乱物質)を大量に含むことであり、世代を跨いで影響が及ぶことに有ります。ホルモン撹乱物質の影響については長期にわたり調査が必要ですが、この時点でWHOが安全とする根拠が不明です。今回WHOがDDTを推奨する背景には、米国がベトナムの枯葉剤の影響を認めていない、ということとの関連が見られますので注意が必要でしょう。

マラリアについて少し触れておきます。マラリアという病気は1753年イタリア人によって名付けられました。イタリア語でmalは悪い、ariaは空気で空気媒介されると理解されていたからです。
マラリアはアレキサンダー大王の死亡原因とされるもので、ヒポクラテスもその著書の中に「熱型から毎日熱、隔日熱、四日熱など」があると解説しています。現在の分類方法は熱帯熱マラリア、三日熱マラリア、四日熱マラリア、卵形マラリアの四種類があり、この中で悪性は熱帯熱マラリアです。これは発熱後五日以内に処置を施す必要があると言われているものです。

治療には当初クロロキンが効き目を示しましたが、耐性を持つものが現れて、次にファンシダール、メフロキンなどが登場しましたがいずれも耐性を示しており、薬剤とマラリアとのいたちごっこの状況が続いています。現在有効なキニーネにしてもいつ耐性を示すのか、それが分からないのが現状なのです。
実はマラリア根絶計画はWHOにより1957年から、DDT散布という形で実施されてきました。それが1960年代のマラリア原虫のDDT抵抗性の確認、及びDDTの危険性からDDT使用を控えて感染が拡大してきたのです。つまりDDTの使用ではマラリアは根絶できず、WHOはマラリア制圧計画へと規模を縮小し、現在再びDDTなどと言い出してきたのです。

蚊を媒介する病原中の場合、蚊を根絶するのが最も良い手法です。その時、殺虫剤などでは一時期はよくても将来的には耐性を示し、更に強い殺虫剤を使ういたちごっことなってしまいます。それを打破する術は、やはり精子を破壊したオスを大量にバラ撒くという手しかないような気がします。
蚊はメスのみが血を吸い、病原を媒介します。オスを一時的に増やしても感染は増えませんし、未受精卵となればそのまま死に絶えます。蚊は一ヶ月程度で世代交代されますから、数度繰り返せばかなりの数の蚊が減らせるでしょう。
問題はその予算ですが、DDTを撒いて長期的な影響を残すよりは余程計算できるものとなるでしょう。WHOには安易な、過去の方法に頼らずこの病気としっかりと向き合って欲しいと思います。

analyst_zaiya777 at 23:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 社会 | 健康

米議会公聴会「中国は北の非核化求めず」

米国における政策諮問機関である「米中経済安保調査委員会」において、中国の北朝鮮における態度が報告されました。昨年まで副大統領の安全保障担当補佐官を務めたアーロン・フリードバーグ氏によれば、中国は北の核に対し公には反対するものの「凍結」で良いと考え、ステークホルダーたりえんとする。キム・ジョンイル政権の崩壊は望まず、中国に友好的な政権による半島の統一を望む、とするものです。
また中国は韓国に近付き、日本に対しても米国との離間を図って圧力を強めたものの、最終的に日米同盟を強めてしまったとしています。概ね、私の考えとも合致しますし、この意見を受けて中国の態度について考えてみます。

まず政治の世界では突出した存在が必要であり、北朝鮮という『ならず者』が中国の前面に立つ姿勢は、『中道』に位置したい中国にとって恰好のポジションでもあります。北朝鮮が自分の言い分に従う限りにおいて、ステークホルダーとしての地位は揺るがず、北朝鮮の存在を前提にした視点で世界との関係を築けるからです。
一方、韓国も米国への反抗の態度を強めているため、強国になりつつある中国との関係強化は望むところでしょう。中国が東アジアのバランサーとしての地位を望む以上、韓国と親密さを増して後の半島統一の流れに備えているのだと考えられます。

中国の視点で見れば、ここのところの世界の流れは想定通り、むしろ想定以上の結果が得られているのだと考えています。外貨準備資金としてドルを牛耳り、アジア各国へも圧力を強めている。ここで東アジアを完全に制圧下に納められれば、米国、EU、共産圏などの勢力図に新たに東アジア圏を築ける、との意図があるものと思われます。そしてその頂点に中国が君臨する、それが現在の中国の戦略です。
この流れに唯一まだ従っていないのが日本です。政冷経熱とも言われていますが、東アジア圏において、中国と近付きつつは有りますが、米国との関係の方を重要視する日本の態度は稀有な存在だと言えます。それが良い、悪いという議論ではなく、この立場が後にどういった影響をもたらすのかを考慮しなければなりません。

逆にこの立場が有効な手立てを持ちうる可能性もあるのですが、今のところそれを利用して日本の立場を高める動きは見られていません。未だに日本政府の中に明確な世界戦略がないことを、嘆くべきなのかもしれませんね。

analyst_zaiya777 at 13:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 政治 | 海外

2006年09月17日

安倍氏について考える

最初に断っておきますが、私は安倍氏が嫌いな訳ではありません。ただ安倍氏が描く日本の未来像が分かり難いため、安倍氏に賛意を示しづらいということです。逆に安倍氏が自らの主張を押し通す限り、不幸な未来も見えているような気がしています。その点について考えてみます。

昨年の郵政選挙でもそうですが、マニフェストだけを見れば自民党は及第点を取れていませんでした。数値目標や政策の具体像もなく、これで日本が良くなるのかは甚だ懐疑的だ、と言わざるを得ない状況でした。
今回の自民党総裁選でも、安倍氏優勢が早い段階からうたわれ、すでに政策自由度が縛られた環境にあります。政策の具体像を示してしまっては、それが縛りとなって達成できなかった時に責任問題に発展しかねない。ですがそう考えて主張を出来ないようでは、むしろ指導力としては弱いのだと考えています。抵抗勢力があろうと、官僚からの強い反発があろうと、政治力により達成していく意気込みのようなものが必要だと思いますが、それが見られないのですから。

先の大戦に関する認識も同様です。安倍氏は「歴史家の判断に任せる」などとしていますが、これは一面では正でも誤まった考えです。歴史認識は紆余曲折するものです。新たな事実の判明、現在の社会情勢、個々の認識などにより百家争鳴するものなのです。
ですが、政府としてはそうではありません。過去のない現在はないように、過去と現在があって未来を描かなければなりません。他国との関係は現在であり、それらと未来に向けた展望を描く必要があるからです。その時、政府が「歴史家の…」などと言っている悠長な余裕は残されていません。
これは政府として判断しろ、という意見ではなく認識は明確に示しておく必要があるということです。村山談話の踏襲なり、見直しなりは総裁になった後で行えば良い話ですが、自身の認識としてどういう態度で望むのかは明示していただきたいですね。

最後に、少子化の問題でも「他の国でも出生率はそんなもの…」と麻生氏でしたか、そんな話をしていましたが、日本は年金制度などの社会保障の前提に、少子化を完全に織り込めていないのが問題なのです。この問題を他の国と同様に『出生率』だけで語ることは出来ません。そして社会保障などの議論が活発でない今回の自民党総裁選、消化不良の感が否めないのは私だけなのでしょうかね。

analyst_zaiya777 at 12:07|PermalinkComments(2)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 政治 | 一般

経済の話。デフレ脱却は宣言されず

G7が閉幕しました。人民元の一層の柔軟化、世界経済は堅調などの前回の声明と大差なく、サプライズのないものとなりました。先にドイツなどから円に対する懸念なでもありましたが、議長国である日本に遠慮して各国が同調しなかったことから、人民元のみの要求に終始した側面はあります。が、人民元上昇がアジア通貨の上昇圧力に寄与する可能性もありますので、結果的には円にも上昇圧力は高まるのでしょうね。

先の月例経済報告で『デフレ』の文言が削除されました。私はデフレ脱却宣言が小泉政権時代にあると睨んでいたので、その宣言が無かったことは少し驚きですが、国も認識としてデフレではない、となったので一定の評価をしています。
実はこの状態、国にとっては非常に良い状況だともいえます。成長率が低いのが気懸かりですが、デフレでもなく、インフレでもない。経済政策にとってこれほど望ましい状況はありません。ですが政府としてはインフレ誘導、高成長が望ましいと考えているので、未だにこれを明るく捉えてはいないのでしょうね。

先にIMFから2007年の経済見通し、各国の成長率が算出されました。これらは随時見直しがかかるものですから、慌てる必要は何もありませんが、先進国の成長率が軒並み鈍化しているのが懸念材料です。新興国の成長率も伸び代はあるものの上乗せ分は低く、IMF自身は来年の鈍化を数字として表したということでしょう。
前回、経済の話をしたときに世界のマネーの流れが変わったと記載しました。一部の経済アナリストからも同様の提言がされていますので簡単に触れますが、資源価格はある程度インフレを織り込み、上昇してきた側面があります。相対的に物の価値が上がるからそこに使われる資源の価値も上がる。そうしたものが更にインフレを煽り、物の価値を上げ、資源価格も上げる。相乗効果的に実際の価値と乖離して暴騰してきたのです。

ですがマネーがそこから撤退し始めたということは、インフレ経済の停滞を意味しています。世界マネーの変化は来年の経済情勢を織り込み始めてきていますが、鈍化、もしくは停滞を表しています。米国株式市場が高くなっていますが、これは資金を手元に引き寄せる流れの一つであり、世界の投資資金は縮小していくのかもしれません。極端な流れではなく、緩やかに、かつ継続的にこの流れは進むと考えています。
もう一つ、各国の外貨準備資金で円が減っているそうです。これは円の価値が相対的に下がっていることの証拠ですが、世界に影響力のある、世界から信頼される『円』、『日本』でありたいものですね。

analyst_zaiya777 at 11:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 経済 | 一般

2006年09月16日

オウム真理教・松本被告に死刑判決が確定

オウム真理教、麻原裁判が結審しました。結局、最終的には私選弁護人による特別抗告の棄却と言う、何とも後味の悪い結末とはなりましたが、裁判所の判断に誤りはないと考えています。問題は弁護人の態度で、弁護人側による精神鑑定で「被告に訴訟能力は無い」と出たことでその一点で争おうとしたため、控訴趣意書を提出しなかったという、結果的に裁判を受ける権利を放棄した形となってしまいました。

弁護士の中でも死刑反対論者は命の尊さを訴えてあらゆる手法を駆使します。別の裁判で九州で三人の女性を殺害した犯人が、「命の尊さを訴えるために死刑になりたくない」旨の発言をしているのを聞きました。弁護士の受け売りとは言え、自分が遊ぶ金を奪う目的で三人の人間を殺め、自分の命だけは尊いなど論理の破綻も良いところです。
何の罪もなく殺された人の命と罪のある人間の命、何をもって尊いというべきか、もう一度社会が真剣に考えてみる必要があるのだと思います。そして今後、弁護士も被告の権利を守るばかりでなく、社会正義のために事件を考える姿勢も必要なのだと考えます。

カルトについては度々触れてきましたので、簡単に触れます。摂理でも同じですが、入り口はチアリーディングであったり、オウム真理教では超能力であったり、人が簡単に興味を抱きやすい事柄です。そして背景にはキリスト教であったり、仏教であったり、そうした既存三大宗教が控えています。この簡易な入り口と確かな根底、そう思わせる組み合わせと言うのは、総じて人を惑わしやすい傾向があります。
結果的に見れば、この組み合わせは人を誘い易く、抜け出し難くさせます。そして自分の行いに安心感を持ち、のめり込んでいくのです。ですが、宗教側が献身を求めてきた場合はそれを拒否できる考えを持たなければなりません。

無上の献身など、宗教上の規定で見れば本来、神と言う形のないものに対して求められているだけであり、神の代理人、この世に存在する人間である代表者にそのようなことを許しているとは到底思えないのです。それを逸脱した時、それはカルトになります。献身の果てに犯罪行為を促してしまう。今回のオウム真理教でも、それが多くの犯罪を生みました。それらを回避する術は、献身を拒否する思考の中に求められるのだと考えています。
仮に何かの教えに傾倒していたり、誰かの意見に強く同調していたとしても、人は臣従するにあらず。個は個としての存在価値をしっかりと見極めることが大切なのだと、改めて考えさせられる事件なのだと思います。

analyst_zaiya777 at 18:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 社会 | 宗教

2006年09月15日

竹中総務大臣の政界引退

今日、竹中総務大臣が議員辞職する旨を表明しました。次期政権でポストはない、とも言われていましたし、強力な後ろ盾である小泉氏が退任するに伴い、政界に残って政争に巻き込まれるぐらいならいっそ…、という決断が働いたのでしょう。
私は経済的な側面から幾多の危機を招いたその手法に驚きましたし、また反論もしてきました。不良債権処理における金融不安の煽り方など、この人は本当に経済を知っているのか?と憤りも憶えたものです。

竹中改革の良い点を探ると、日本式の護送船団方式にきっぱりと決別した、ということが功績になるのでしょう。日本の大企業も政府の強い意思と自らの倒産の危機を感じ、それがリストラなどを加速させて、年を経ると共に経済の活性化につながりました。
ですが裏の側面を見ると、経済界に弱者切捨ての原理を持ち込んだため、その間に貸し渋り、貸し剥がしなどによって倒産する中小企業が増え、自殺者を増やした面も否定できません。中小企業の地盤は地方であり、今の地方経済の困窮を招いた点も上げられるでしょう。功と罪を論じれば、やはり罪の方が大きいのだと感じています。

もう一つ、竹中氏がこのタイミングで議員辞職をする効果を考えます。竹中氏はかねてから政界引退後、米国の大学教授職が待っているとも言われていました。これはCIAの手先と評されるように米国との繋がりが強いこと、小泉政権内でも忠実に米国の年次改革要望書を踏襲していたこと、などにより囁かれていた噂です。
ですが、この動きに少し翳りも見え始めてきました。何より今の米国の目は中国に向いており、日本に対して厳しい意見が増え始めています。この原因としては様々なものが考えられますが、端的には中国に対する警戒と追従があると見ています。

日本のように米国に追従してくれる国は何も怖くありません。脅せばついてくる、米国の中には今後の対日戦略がそう練られているのでしょう。ですが中国は脅してどうにかなる相手ではなく、そのため外交に対するウェートの掛け方に大きな変化が見られるようになっているのです。米国では中国に遠慮した意見が増えており、今後は親中の動きが更に加速していくでしょう。何故ならそれほど経済的な結びつきが強くなってしまったからです。これは極論ですが、中国がくしゃみをすると米国が風邪をひく、冗談ではなくその傾向は今後も強まっていくのでしょうね。
竹中氏の再就職先を確保する意味で、これ以上の親中、対日圧力の動きが強まらない内に、米国に渡ろうとする意図が何処かにあるような気がしています。完全に推論の域を出ない話ですが、今後の竹中氏の動向には注視しておく必要があるのでしょうね。

analyst_zaiya777 at 19:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 政治 | 海外

2006年09月14日

ミクシィの上場

まず今日のニュースで経済学者の植草氏が逮捕されたとのニュース。以前の裁判でも「再犯の可能性が高い」と裁判官から指摘されており、全くその通りになってしまいました。彼のような人間は女子高生に対して偏愛性があり、こうしたものは抑えようが無いということでしょう。これで言い訳が出来なくなったわけですし、今後彼を雇うような大学も出てこないでしょう。その時、彼は罪の重さを改めて感じるのだと思います。

さて、表題のミクシィの話です。今日東証マザーズに上場され、高値をとってきました。このミクシィ、やられている方もいると思いますが、最近ではネットに個人を特定できる情報を載せることに、存外抵抗はなくなってきているようです。
個人を特定できる情報でも会員制なので安心。というには未だ難しい状況が続いていると考えています。安心して付き合ってきた相手が豹変し、自分の情報を悪用する可能性は?と問われた時、そんなことは有り得ないというほど深い関係には中々なれないものです。特に会ったこともない相手に対する寛容さは、逆に悪用されると怖いことになるのだと考えています。

人は家にいても他の人と触れ合い、意見を交換したい。そんな寂しい現代社会の一端の中に、新しい形のコミュニケーション手法、情報交換の場として持ち込んだところが、市場にも評価されるのでしょう。
これを新しい形のコミュニケーション手法に留めておくだけなら、何の問題もありませんし、むしろ好意的に受け入れられるものです。しかし内部にウィルスのように入り込んだ悪意が、更なる悪意を呼び込むような事態に陥った時、恐慌のようなことにならなければ良いのですが、それが絶対にないと言い切れないのですよね。

私の意見は心配し過ぎという面はあると思います。私も世の中そんなに悪人ばかりだとは考えていませんが、誰もが突然犯罪者に変わる、良い人だと信じていた人が突然自分に刃を向ける、そんな風潮もまた現代です。最低限の自分を守る手段だけは、常に頭の中に入れて対応しておいた方が良いのでしょうね。

analyst_zaiya777 at 22:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 経済 | 

ネット投票では麻生氏が一位

自民党総裁選、安倍氏独走が囁かれていますが、ネットの世界では安倍氏が最下位となっており、全く対照的な結果となっています。これは討論や弁舌の冴えが誰にあるか?という質問においては麻生氏の方が有利ということを証明しています。
総裁選前から弁舌などについて各候補が言われていたことは、谷垣氏は『官僚的』、安倍氏は『何を言っているのか分からない』ということでした。安倍氏の名誉のために付け加えておくと、安倍氏は相手に言いたいことを伝えようと一生懸命になるあまり、言葉をどんどん足してしまうため、最終的に何が言いたいのかが相手に伝わり難い、という意味だそうです。

客観的に国会答弁などを見ていても、やはり谷垣氏も安倍氏も真面目すぎて答弁として面白いものはありません。一方、少し斜に構えて人を小馬鹿にしたような調子で喋る時の麻生氏は、ウィットに富んで面白い答弁をします。ネットの世界でもそれを評価されたのでしょうかね。
ですがこのネット世界の評価を見て、戦々恐々としているのは自民党参議院議員でしょう。つまり安倍人気に乗って来年の参院選を勝てるのか?という問題です。

自民党では小渕内閣時代から総理総裁はイメージ戦略の道具に使う、というのが戦略の一つにあります。国民向けにパフォーマンスを行い、党全体のイメージを良くしようとするものですが、安倍氏がこれに利用できるかは微妙な気もしています。
と言うのも、安倍氏は総裁選が始まる時に自ら「爽やかに…」選挙を戦うことを宣言しています。この『爽やかさ』や『真面目さ』の部分は、汚職事件などのイメージ悪化後に引き継ぐ内閣では必要な要素ですが、小泉氏のようにパフォーマンスで高い人気を得た内閣の後では、逆に矮小化して見えてしまう可能性があるのです。
イメージ戦略としては麻生氏が適任ですが、もう趨勢は動かないでしょう。では安倍氏がどの程度国民に訴えかけていく力があるかは、今後出てくる政策にかかっているのだと思いますが、現時点では何ともいえないところなのでしょうね。

最後に、教育改革で大学を9月から、という安倍氏の意見がありましたが、私はこれに反対します。「その期間を社会貢献に…」、などといっていますが、まずそんなことにはならず、バイトに精を出すだけに終わるでしょう。飛び級のない日本では大学卒業時点ですでに22歳を迎えており、社会に出るのがそれ以上遅くなっても良い事は何もありません。
もし世界に合わせるのであれば、全ての段階の学校がそうであるべきですし、企業も9月を起点とするべきでしょう。中途半端な世界基準の適用は、日本社会に混乱を招くだけです。それをよく考えて提言していただきたいものです。

analyst_zaiya777 at 19:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 政治 | 一般

2006年09月13日

日経新聞元社員が不正受給で逮捕

今日、日経新聞の元社員(部長相当)が、『高年齢者等共同就業機会創出助成金』の不正受給で逮捕されました。今年に入ってから日経新聞(元)社員による不祥事が相次いでおり、計四名にも上っています。
買春などはともかく、法律や経済に精通した人間がその抜け道、悪用を考えた時にはそれを防ぐ手立ては難しいものです。それだけに、そうしたものに携わる人間には高い倫理観が求められますが、最近では大事なその部分すら欠如しているようです。

こうした制度の悪用による犯罪行為は、『個別満足度の向上を企図した我欲の末の犯行』、と考える方が私には抵抗なく受け入れられます。犯罪行為なのですから、その実行に躊躇いがあったりして然るべきなのですが、あまりそうしたものが見受けられないのが昨今のこうした犯罪です。
『他人に迷惑をかけないから良い』とするのが『個別満足度の向上を企図した我欲』に当たる訳ですが、公金なので『人の金』という意識が薄く、貰えるものは貰ってしまえ、という意識が下地にあるように感じます(これは公務員の旅費不正支給など、公金横領にも絡む問題です)。結果的に詐欺なのですから犯罪ですが、「ばれなければ良い」として犯罪に及ぶ。犯罪に至る過程は安直で短絡的ですが、そこに知識をもった人間が関わると恐ろしい犯罪に発展することもあります。

以前であれば『教員』、『新聞記者』、『公務員』等々、その職にあることを自負とし、仕事に取り組んでいたように考えていますが、今はそうした自負や誇りが失われ、賃金との対価として労働を提供する意識が広く染み渡りました。結果、国や企業に対する忠誠心や職業に対する意欲は低下したように思います。
問題意識を何処に持つかによっても大小異なりますが、倫理観の欠如という事態を考える時、こうしたものも一考に含めておくのも良いかもしれません。それによる犯罪は今後、益々増える傾向にはあるのですから。

話は変わりますが、ライブドア・トピックスにある『大前氏の日経新聞は情報操作、風説の流布に近い』とするものは、別に今更のことではありません。メディアとは常にそうした危険との背中合わせであり、偏向報道や恣意的な解釈で与える影響については、眼を向けていかなければいけない問題でも有ります。
経済、特に市場は人間心理の反映で面白いものですが、情報に振られる人間の心理は古今東西変わらないのですから、メディアには公平で、過不足ない報道をお願いしたいものですね。

analyst_zaiya777 at 23:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 社会 | 経済