拡がるライブドア問題、今後の対応小泉首相から小嶋氏まで、2006年メディア戦略総論

2006年01月18日

宮崎事件の結末 精神鑑定の是非

昨日、十七年もかかって最高裁から宮崎被告への死刑判決が出て、これで事件がやっと終結を迎えました。その間でも問題になっていた精神鑑定について、私も統合失調症の方に接した経験を交えて語りたいと思います。

基本的に統合失調症の方がその症状を発症されている時は、本当にこれがあの人なのかと疑いたくなるほど、その人の人格が変わってしまいます。確かにこんな状態のときに事件を起こしたのだとすれば、その人に責任能力を問うのも酷なのか、と考えてみたりもします。
ですが、統合失調症は完治して退院したたからといって、再発の危険は常に付きまとってしまいます。逆に言うと、一度壊れた精神は中々以前のような状態には戻らないものだとも思います。それは脳内のシナプス結合を、過剰反応で壊してしまうのですから仕方ないでしょう。

こうした事件では必ず精神鑑定が行われます。そしてその結果、統合失調症だと診断されれば無実となり、何年間かの入院期間を経て、以前のように普通の人として生活を送ることになります。本当にこれで良いのでしょうか?

先にも書きましたが、統合失調症とは厄介な病気です。全くの別人格のようでもあり、責任能力を問えるのか不明な場合もあるでしょう。ですが、それは極端な例でしかありません。逆に言えば、犯罪を犯す時点でその人間は正常な人間とは異なるわけですから、多少精神がおかしいことはむしろ当たり前なのです。精神がおかしいからといって、すぐに精神鑑定にかけることは時間の無駄です。裁判を有利に進めようとする弁護人の抗弁にしか過ぎません。それで十七年間も解決に時間がかかり、その間の被害者の家族、加害者の家族、それに関係者に至るまで終わりのない苦しみに苛まれるのです。

宮崎死刑囚の精神が未だに鑑定結果が分かれるのは単純な解釈論の違いでしかなく、それを裁判の判決材料にすること事態が間違いです。先にも書いた通り、犯罪者は精神を病んでいるから犯罪者となったのです。誰もが二時間ドラマの犯人のように、理性的に、計画的に、更に動機がはっきりした状態で殺人を犯すわけではないのです。

別の項でも書きましたが、彼は恐らく少年時代から人間関係が上手くいかず、そのうち妄想の中で生活するようになったのでしょう。妄想の中では自分の思い通りに相手をコントロールできる。彼が幼児性愛者としては異質だと言うのは、単純に幼児性愛で犯罪を犯したわけではなく、単に幼児が無防備だったからに他なりません。妄想と現実との合致が、幼児ではし易かったということでしょう。

うした事件ですぐに精神鑑定をするのは、先にも書いた通り間違いです。なぜなら鑑定する医師によって、結果などは全く違ったものとなるからです。そんな曖昧な鑑定結果で裁判を混乱させるぐらいなら、もっと早い事件の終結を望んでいます。

analyst_zaiya777 at 22:03│Comments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 一般 

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
拡がるライブドア問題、今後の対応小泉首相から小嶋氏まで、2006年メディア戦略総論