円高、株安に対する政府の基本方針?雑感。民主党代表選後の動きを予想してみる

2010年08月28日

雑感、刑場公開について

東京拘置所の刑場が公開されました。千葉法相は「情報公開、死刑制度の議論の第一歩」と述べています。死刑反対派は絞首用のロープがないことに、残虐性を隠したとしていますが、逮捕時の手錠、腰縄さえボカシを入れるこの国で、なぜ刑場なら残虐的な映像でなければならないのか?ということは何ら説明されません。恐らく、多くの国民が意外とキレイなんだ、という感想をもったぐらいと想像されますが、殊更に凄惨さを強調する意見も見られます。
ただ凄惨さを強調すれば死刑廃止論が増える、との論調では、逆に事件現場を公開すれば死刑賛成論が増える、と同義です。目を覆うような悲惨な状況は、一体どちらの場面で多いかは明らかなことです。死刑論は映像表現によるものや、偏った情報で決すものではなく、失われた人権と今ある人権と、天秤にかけた時にのみ可能なものです。もしそれを人為的に、どちらかに重みをかけるようなことをすれば、議論の俎上に乗る段階で間違った方向に進んでいることになります。

遺体なき殺人事件と呼ばれる、2件の殺人事件に対する判決が、仙台地裁でありました。6年前の強盗殺人は無期懲役、11年前の殺人は15年の懲役です。同一の被告ですが、その間に覚せい剤取締り法違反容疑の罪が確定しているため、これは重犯として一緒に量刑判断をするのではなく、刑法上は別々の判断が下される、という珍しい判決です。別の殺人事件で懲役23年の判決を受けていますが、執行が停止され、刑罰としては無期懲役から、という形になります。
しかしこの被告の場合、複数の強盗殺人事件を犯しており、仮に重犯として量刑判決が出れば、死刑になった可能性が高いものです。広島女児殺害事件でも、被害者が一人ということで無期懲役刑が確定しましたが、失われた人権の数で死刑判決かどうかで差が出ることに違和感をもちます。この違和感は、人権の天秤が加害者側に重い、ということから来るものです。

裁判員裁判制度が始まり、個人が死刑を考える契機に、との意図は理解できても、背後にある死刑廃止論を盛り上げようとの思惑はいただけません。刑場に対し、厳粛な気持ちを抱くことは当然あっても、おかしな世論誘導に手を貸してもまた、制度全体をおかしなものとするのです。
古く、死刑は国民の娯楽として存在しました。死刑が行われると多くの民衆が集まって、それを傍観した。1つには見せしめの意味もありますが、国民は犯罪者が処刑されることに溜飲を下げ、それを見世物のようにして見たのです。当然、死に対する価値観が現在とは異なりますし、大衆娯楽としての死刑は行うべきではありません。ただ死刑制度は、国民の価値観であり、現在は死刑存続派が多数を占める、ということもまた事実です。欧州ではギロティンを見物した、日本でも刎ねた首を街道に晒した、それが正しい世の中とは思いませんが、捉え方は個人により異なる、ということを議論の出発点にしなければ、議論の大前提が崩れることになるのでしょうね。

analyst_zaiya777 at 23:34│Comments(6)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 社会 | 司法

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この記事へのコメント

1. Posted by おるおる君   2010年08月28日 23:51
千葉大臣のやったことは…
まるで反捕鯨団体がイルカが殺されるところを公開した行動と重なってしまいました!
違和感があります!

国交省は阪神電鉄の甲子園駅の大規模改修の概算要求を出すようですが
私鉄の駅の改修に税金を使うというのは
問題なしでしょうか?
2. Posted by 管理人   2010年08月29日 00:33
おるおる君 さん、コメント有り難う御座います。

公開自体、特に問題とは思いませんが、その議論の背景にある思惑は確かに問題がありますね。
何事も死、という現実を直視するのは良いことですし、殊更包み隠そうとすることは、議論を
暗くしてしまいます。ですが、死刑に問題意識をもつ有識者のコメントのみを採用すれば、
中立的な議論を最初から封殺することになります。公開の仕方、という点では問題ですね。

国交省の件は、背景など詳しく知りませんが、私鉄の駅の改修に税金が投入されれば大いに
問題です。前原国交相が熱烈な阪神ファン…などが影響していなければ良いですが。
ただ例えば道路敷設の際、周辺施設を税金で改修することはままあります。そうしたことが
なく、私鉄の駅を税金で改修し、交通の
利便性を向上する、との説明は全く通用しないのでしょうね。国交省は公共工事削減が至上
命題で、とにかく予算は削られる一方です。ただ今後、設備保全費は確実に嵩み、新規工事
に回す予算を減らさざるを得ない。今は地方も新規工事を発注すれば、国から補助金が出る
のでそちらが有利であり、補修費に回さないという傾向が出ています。こうした点を見直し、
今ある設備をより長く使えるようにしないと、益々無駄な予算は増えます。この私鉄改修の
言い訳に、こうした論調が使われていなければよいのですけどね。
3. Posted by 左巻き菅   2010年08月29日 08:56
死刑反対の千葉法相が自分の見学のために2人だけ処刑したが、まだ100人以上が未処刑のまま。
独身の変人・千葉景子の個人的な判断を裁判所の判決よりも優先させてはならない。
身の毛がよだつ奇人・千葉景子は刑場で2人の死刑囚の首吊り死刑を自分の肉眼で見た。
4. Posted by 管理人   2010年08月30日 00:02
左巻き菅 さん、コメント有り難う御座います。

刑場の公開では、ズボンの話なども出ませんでしたが、筋肉が弛緩すると体液が身体から出て
くるためズボンを穿かせる、という話もあります。千葉法相がどこまで確認したかは分かりま
せんが、一度や二度の体験で、これを廃止
議論に結び付けて欲しくはないですね。私も何度か人の死に目、に立ち会っていますが、雑念
はなく、厳粛な気持ちになったものです。変人でも、奇人でも、人の死という題材を自己主張
の糧にする、となればそれ人道に悖る行為と言えるのかもしれません。中世の欧州では死刑に
なった死体を解体し、医学の進歩の糧としましたが、これは人のためになる医道にとって
重要でした。もし千葉氏が死刑廃止を人のためになる、と誤解しているなら、それは価値観の
押し付け、という最も難しい課題に直面するのでしょう。死刑容認論がなぜ国民の大多数なの
かを冷静に分析し、自身の意見が受け入れられないのかを考えなければ、益々国民と乖離する
意見をもつことになるのでしょうね。
5. Posted by ケーイー   2010年08月30日 12:13
私はどちらかというと、死刑反対派なんですが、何故反対かというと生きて償わせてこそ刑罰だと考えるからです。
アメリカみたいに一生刑務所から出れないような懲役があればよいかと思う。
ただ私が殺人の被害者家族になったこともないので、一概に言えないけど殺人現場や殺人の動機、方法がもはや心ある人間の為せる所業ではない事件もあります。
ですから死刑の基準を高くして、本当の無期懲役を作るべきと私は思ってます。
最近の世情を反映してか、どうせ自殺するなら誰か道連れにしてから死刑になろうなどと考える輩が多く感じます。死刑が犯罪の抑止につながっているか疑問に思うことが多々あります。
6. Posted by 管理人   2010年08月31日 00:08
ケーイー さん、コメント有り難う御座います。

死刑の問題は難しいですね。私はこう考えています。現在の法曹界は積上げ式、罪を累積し、
罰を決めます。このため殺人事件の被害者が1人だと死刑回避、という判断が下ります。これは
死刑適用基準として示された先の判断もありますが、原則の考え方は足し算を示します。
しかし私は、人権とは失われた者、生き残った者で等価と考えています。つまりイコール
ウェイトであるため、1人であっても死刑適用すべきだと。当然、情状酌量の余地など判断も
異なりますが、基本は罪に対して引き算、人権を被害者側と加害者側で、同じように扱うには
これしかないと考えています。つまり無期にしろ、人生を謳歌していることに変わりなく、
途絶させられた人生とは差が生じてしまいます。例えば無期の間、刑務所で単純労働に従事し、
その資金を遺族に払い続ける、など抜本的に無期の考え方を改めない限り、やはり加害者側の
人権が過度に保護されている現状に、変わりはないのでしょうね。確かに若者が自暴自棄に
なり、殺人を犯す傾向もありますが、何人に抑止が働き、何人が暴走するかは抑止の考え方と
しても重要と考えます。ただ今は刑務所の方が居心地良いとして、罪を重ねる人間もいるなど、
難しい問題になっていますね。パノプティコンと呼ばれる刑務所制度を唱えたベンサムは、
「行為で得られた快楽より大きな苦痛」と、功利主義者らしく訴えます。日本の刑務所の
定員が満杯となりつつあり、民間参入を促す新規建設も計画の頓挫が相次ぐ中、いずれ収容
人員の問題も噴出します。かなり大きな課題として、今後も死刑制度の存廃や刑罰の考え
は国民議論を高めていく必要があるのでしょうね。

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