2019年11月09日
米国ですすむ弾劾と、日本
結局、米中貿易協議は合意という段階でない、と米国が発表していますが、なぜ中国が「合意」などと言い出したか? それは市場の期待を高めるだけ高めておいて、もしこれで交渉が決裂したら米国にその責任が帰されることになる。米国が妥協しなかったから決裂した、といえるためと想像されます。トランプ米大統領は相変わらず「中国が合意したがっている」としますが、米中双方とも合意はしたがっているのであって、問題はどちらが「従っている」か? です。交渉の主なのか、従なのかの鬩ぎ合いをしているだけです。
そのトランプ氏、弾劾では徐々に包囲網を狭められている印象です。前駐ウクライナ大使が「根拠のない虚偽の主張」で解任された、とし、その理由がウクライナ疑惑の中心人物であるジュリアーニ元NY市長でトランプ氏の顧問弁護士が、金銭的野望が邪魔されると考えたのでは? とします。かつ駐EU大使からトランプ氏への支持を表明されるよう促された、とします。つまり自分はトランプ氏支持で、ウクライナ疑惑でも協力するよ、と言っていたらウクライナ大使の職を解任されることはなかったのでは、とするのです。
その駐EU大使は、「記憶がよみがえった」として「(ウクライナの)ゼレンスキー大統領がブリスマの捜査を約束しなければ軍事支援しない、と通告した」と証言しました。前回はそれを否定しているので、180度の転換です。しかし前駐ウクライナ大使に、トランプ支持を表明するよう促した点をみても、彼はトランプ支持だったのに、雲行きが怪しくなってきて寝返った。まさに日本でも「記憶がよみがえる」人はいます。それは『蘇る』のではなく、『読み替える』。つまり空気を読んで態度を変える、ということなのです。
現駐ウクライナ代理大使は、もっと具体的な証言をしていて、不正を確信したとまで述べています。弾劾に対して、トランプ氏の過剰な反応も目立つように、立場が悪くなると他人を攻撃する姿勢は、日本の安倍首相とも似ます。また野党議員に野次を言った、と抗議をうけていますが、こういう人物らは治らないのでしょう。あなたが悪いと言われたら、他人のせいにする、他人を攻撃する、という行動が染みついてしまっている。犯罪的行動が議会で問題視されるのも、日米ともに同じということでもあります。
日本では菅原前経産相や、河井前法相に関して公選法を疑われるような報道がでて、本人も閣僚を辞職しているにも関わらず、当局が捜査をはじめないばかりか、議会が追及することもできない。バカバカしいことに、議会が偏ると正義が廃れるのです。これが民主主義の限界ということでもあるのでしょう。日本では決められる政治が正しい、として圧倒的の強さの与党を是とする空気が未だにありますが、正義が廃れたところに正道は育ちません。『極道』という言葉は、本来『道を極める』であり、仏教では良い意味ですが、いつの間にか『極(悪)道』のように、ならず者を意味する言葉となりました。そのうち自民のことも『自(惚)民』もしくは『自(暴自棄)民』と、間に漢字を付け加えて意味も変えた方が、正しく伝わるようになるのかもしれませんね。
そのトランプ氏、弾劾では徐々に包囲網を狭められている印象です。前駐ウクライナ大使が「根拠のない虚偽の主張」で解任された、とし、その理由がウクライナ疑惑の中心人物であるジュリアーニ元NY市長でトランプ氏の顧問弁護士が、金銭的野望が邪魔されると考えたのでは? とします。かつ駐EU大使からトランプ氏への支持を表明されるよう促された、とします。つまり自分はトランプ氏支持で、ウクライナ疑惑でも協力するよ、と言っていたらウクライナ大使の職を解任されることはなかったのでは、とするのです。
その駐EU大使は、「記憶がよみがえった」として「(ウクライナの)ゼレンスキー大統領がブリスマの捜査を約束しなければ軍事支援しない、と通告した」と証言しました。前回はそれを否定しているので、180度の転換です。しかし前駐ウクライナ大使に、トランプ支持を表明するよう促した点をみても、彼はトランプ支持だったのに、雲行きが怪しくなってきて寝返った。まさに日本でも「記憶がよみがえる」人はいます。それは『蘇る』のではなく、『読み替える』。つまり空気を読んで態度を変える、ということなのです。
現駐ウクライナ代理大使は、もっと具体的な証言をしていて、不正を確信したとまで述べています。弾劾に対して、トランプ氏の過剰な反応も目立つように、立場が悪くなると他人を攻撃する姿勢は、日本の安倍首相とも似ます。また野党議員に野次を言った、と抗議をうけていますが、こういう人物らは治らないのでしょう。あなたが悪いと言われたら、他人のせいにする、他人を攻撃する、という行動が染みついてしまっている。犯罪的行動が議会で問題視されるのも、日米ともに同じということでもあります。
日本では菅原前経産相や、河井前法相に関して公選法を疑われるような報道がでて、本人も閣僚を辞職しているにも関わらず、当局が捜査をはじめないばかりか、議会が追及することもできない。バカバカしいことに、議会が偏ると正義が廃れるのです。これが民主主義の限界ということでもあるのでしょう。日本では決められる政治が正しい、として圧倒的の強さの与党を是とする空気が未だにありますが、正義が廃れたところに正道は育ちません。『極道』という言葉は、本来『道を極める』であり、仏教では良い意味ですが、いつの間にか『極(悪)道』のように、ならず者を意味する言葉となりました。そのうち自民のことも『自(惚)民』もしくは『自(暴自棄)民』と、間に漢字を付け加えて意味も変えた方が、正しく伝わるようになるのかもしれませんね。
この記事へのコメント
1. Posted by いろはのい 2019年11月10日 20:49
天皇陛下の即位を祝う国民祭典で、嵐が歌った奉祝曲は良かったが、
その後の万歳三唱ならぬ万歳百唱は異様だった、という声がしきりです。
私は、陛下の御前で万歳などとんでもない派、なので、
そういう声も当然と感じます。
あれはもはや、自分たちの意のままにならない天皇家に対する、
脅しの意味しかありませんね。怖いと思う人がいるのも当然でしょう。
(ほんと、日本会議は最低)
※しかし、奉祝曲のタイトルをなぜ英語にしたのかわからない(笑)
その後の万歳三唱ならぬ万歳百唱は異様だった、という声がしきりです。
私は、陛下の御前で万歳などとんでもない派、なので、
そういう声も当然と感じます。
あれはもはや、自分たちの意のままにならない天皇家に対する、
脅しの意味しかありませんね。怖いと思う人がいるのも当然でしょう。
(ほんと、日本会議は最低)
※しかし、奉祝曲のタイトルをなぜ英語にしたのかわからない(笑)
2. Posted by 管理人 2019年11月10日 23:40
いろはのい さん、コメント有り難うございます。
今日は出かけていて、パレードもみていないのですが、万歳にも特に意味を感じていないので、何でやるのか疑問は確かにありますね。異様、とするものを見ていないのでコメントは控えますが、日の丸の旗を振ることにも意味を感じない一方、そういうものをもって、親愛だったり敬愛だったりを表そうとすることもあるのでしょう。この辺りは価値観の差、でまとめるのもよくないのですが、その価値観に戦前礼賛であったり、国家主義的なものが含まれているとするなら、そこには警戒も必要なのでしょうね。
戦前は天皇家を傀儡とすることで、軍は自由にやりたいことをしていた側面もありますが、もし天皇家がそれに逆らっていたら、欧州ばりに天皇家は暗殺と、よく分からない死因で亡くなるケースが後を絶たなかったことでしょう。日本とて、聖武以後の天皇になると権力闘争的な側面もみうけられますが、結局権力と、それを利用する輩とは常に表裏にあって、その鬩ぎ合いが行われるのでしょう。今はそれが天皇家と安倍(家)という形で日本会議系がとらえているのかもしれませんね。
最近、休日は台風被害をうけた友人の家に行って、手伝いをしています。家は問題なかったので被災した、とまでは言えませんが、畑がやられてしまったので、泥を除けたり、といった感じです。やはり水害は、大きな爪痕をのこしますね。安倍政権ではまたぞろ公共工事などと言い出していますが、その前に危険な地域をどう考えるのか、どこまでを防御して、どこまでを避難するのか、その線引きをしっかりした上でないと、何の意味もないでしょう。会計検査院にも災害のリスク管理がずさん、などと指摘されていますが、天皇家と戦う前に、災害との向き合い方をまず、国民の前に示すことが先決なのでしょうね。
今日は出かけていて、パレードもみていないのですが、万歳にも特に意味を感じていないので、何でやるのか疑問は確かにありますね。異様、とするものを見ていないのでコメントは控えますが、日の丸の旗を振ることにも意味を感じない一方、そういうものをもって、親愛だったり敬愛だったりを表そうとすることもあるのでしょう。この辺りは価値観の差、でまとめるのもよくないのですが、その価値観に戦前礼賛であったり、国家主義的なものが含まれているとするなら、そこには警戒も必要なのでしょうね。
戦前は天皇家を傀儡とすることで、軍は自由にやりたいことをしていた側面もありますが、もし天皇家がそれに逆らっていたら、欧州ばりに天皇家は暗殺と、よく分からない死因で亡くなるケースが後を絶たなかったことでしょう。日本とて、聖武以後の天皇になると権力闘争的な側面もみうけられますが、結局権力と、それを利用する輩とは常に表裏にあって、その鬩ぎ合いが行われるのでしょう。今はそれが天皇家と安倍(家)という形で日本会議系がとらえているのかもしれませんね。
最近、休日は台風被害をうけた友人の家に行って、手伝いをしています。家は問題なかったので被災した、とまでは言えませんが、畑がやられてしまったので、泥を除けたり、といった感じです。やはり水害は、大きな爪痕をのこしますね。安倍政権ではまたぞろ公共工事などと言い出していますが、その前に危険な地域をどう考えるのか、どこまでを防御して、どこまでを避難するのか、その線引きをしっかりした上でないと、何の意味もないでしょう。会計検査院にも災害のリスク管理がずさん、などと指摘されていますが、天皇家と戦う前に、災害との向き合い方をまず、国民の前に示すことが先決なのでしょうね。