司法

2019年04月04日

ゴーン被告の4回目の逮捕

トヨタが昨日、ハイブリット技術の全面開放を表明しました。英断ともされますが、個人的には遅きに失したと考えます。全固形燃料電池が商業ベースで量産されれば、EVシフトが世界的に起きます。弱点である充電時間の長さ、充電池の寿命、安全性等が劇的に改善されるため、今後はファミレス、スーパーにいる間に充電、というのが一般的になると予想されます。支払いは駐車料金を払う機械で一緒にできますし、その程度の時間で十分に満充電できる。小売り、飲食なども充電料金も売り上げになりますから、ガソリンスタンド単独より小売りに付随した形で車の充電をするように、世界的なパラダイムシフトが起きるでしょう。
すでに世界はEVに向かってすすんでいる。トヨタが主導権をにぎるハイブリッドが、改めて世界で評価される可能性は極めて薄いのです。なので今回の開放は、ハイブリッド車の延命のためであって、過渡的な技術が思っている以上に早く廃れることへの危機感がそうさせました。そしてこれは水素燃料電池車も同様、世界の潮流から外れた以上、いずれ戦略の転換が必要です。日本だけに普及する車を売るのは企業にとって負担であり、世界的な流れをつかまなければいけなかったのに失敗した。だから遅きに失したのです。

日産の元会長、ゴーン氏が4回目の逮捕です。保釈中の逮捕は異例ですし、いきなりツイッターを開設して記者会見を11日に設定しましたが、これは検察の情報封じという見方は早計でしょう。逆に、検察が逮捕する動きを察知して、ゴーン氏側が記者会見をすることで世論を喚起し、逮捕を免れようとした面が強いと考えます。実際、すでに録画済みともしており、弁護士側が検察の動きをつかんでいたことがうかがえる。問題は、国際的に注目されている事案について、なぜこのタイミングで逮捕だったのか? です。
オマーンの捜査協力が得られた、というのも一因でしょう。しかしこれだけの案件、検察側だけの判断で逮捕に踏み切ることはできない。政権サイドのGOサインがあったはずです。むしろ、政権が認めない限りは逮捕に動けなかった。ではなぜ政権が容認したか? やはり塚田国交副大臣の「忖度」発言を大々的にメディアに取り上げられたくない、との判断が働いたものとみられます。ゴーン氏を逮捕すれば、当分はこのネタでワイドショーは長時間ひっぱるはずです。間違いなく塚田氏の件は扱いが小さくなります。

検察サイドは何としても有罪にしないと面子が立たない。だから政権サイドに嘆願したでしょう。何としてオマーンルートを解明するため、再逮捕したいと。安倍政権としては、塚田氏の公選法違反などをもみ消すことも約束させたでしょう。政権、検察、双方の思惑が完全に一致した。タイミングと言い、まさに政権、検察にとっては都合よかった。統一地方選を無事に乗り切るためには必須だったのでしょう。
弁護士が「この逮捕は言論封じ!」という戦略をとったため、見えにくくはなりましたが、その前にいくらでも記者会見できたはずです。裁判所に出廷したときも大した反論ができなかったように、ゴーン氏は記者会見したくなかったのでしょう。結果、ビデオ映像という一方通行の情報発信を選択したのも、妥協の産物です。映像をとるヒマがあったら、さっさと記者会見を開いていればよかったのですから。

しかし最悪なのは日産のユーザーです。仮にゴーン氏が無駄遣いしていた場合、その分の割高な車を買わされていたことになる。EVでは先行した日産ですが、政治との調整では後手を踏むことが多いように感じます。仏政府に蹂躙されることを恐れ、日本政府に泣きついたら、こうしていつまでもゴーン氏ネタでしゃぶりつくされることになったのですから。自動車業界のパラダイムシフト、まだまだ道半ばであり、gone(過ぎ去った)というほどに過去の因襲をぬぐいさるのは簡単にはいかない、ということなのでしょうね。

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2019年01月11日

外交と司法

毎月勤労統計の不正、菅官房長官は「原因究明、再発防止にしっかり取り組む」としますが、不正を働かせた側かもしれない安倍政権が原因究明、再発防止? そんなことをすれば自己弁護と次はバレないようにするだけで、何の解決にもなりません。安倍政権になって異様に増えた、省庁によるデータ偽造や捏造。国会での虚偽答弁や、質問には答えず同じ回答をくり返す官僚…。それがどうして起こっているのか?
考えるまでもなく安倍政権に原因があります。安倍首相そのものが嘘をつき、自身を正当化してきたことは昨日も述べた通りで、露国にまで指摘される始末です。安倍氏は国会答弁でも場違いな同じ回答をくり返す。忖度などともされますが、安倍氏のそんな態度を官僚が真似ないわけがありません。嘘をつく、データを偽造する、同じ答弁をくり返す、それで面倒な議会対策が事もなくすすむのですから、上意下達でそうなってしまったのです。そして勿論それは、官僚の自発的行動ではなく、安倍政権からの指示かもしれない。だから第三者により検証しないとダメで、かつそれは政権に批判的な人物らで構成されなければなりません。

そんな安倍氏、英国ではとんだドジです。記者の質問で「逃亡犯ジャック・シェパード」というのを通訳が「シー・シェパード」と誤訳し、安倍氏がそれに答えようとしました。英語がまったく聞き取れない、というだけなら笑い話ですが、英国で反捕鯨団体シー・シェパードについて何を話そうとしたのか? 興味がなくもありません。想定問答にも入っていないはずで、適当な答えなら国際問題に発展したかもしれません。
しかし安倍氏が英国の合意なきEU離脱について懸念を表明してすぐ、ホンダが英国工場を4月に一次生産休止、と発表して冷や水を浴びせました。安倍氏の外交力など意味がなく、企業は備えるというのですから。日をずらして発表するならまだしも、当日というのが財界の意向を強く映すのです。それは毎月勤労統計が、安倍政権退陣のキッカケとなった『消えた年金』問題と酷似するため、でもある。財界はもう安倍政権はダメだ、と見限っている可能性が高く、内政ばかりか外交でもまったくいいところのない安倍政権に協力するどころか、むしろ失点をつけてみせる。政治のステージは確実に変わってきているのでしょう。

仏国が竹田JOC会長を、東京五輪の招致における贈賄について捜査をはじめます。もしかしてゴーン日産前会長はこうした動きをつかみ、先んじて意趣返ししたものだったのか? と勘ぐりたくもなりますが、日本の司法、捜査で問題ないとされたものを仏国で有罪とすれば、日本の調査における問題を浮かび上がらせることもできる。仏国が日産への主導権をキープする上でも、仕掛けてくる可能性は十分あります。
韓国では徴用工判決に対して、文在寅大統領が「三権分立の国では判決を尊重」とし、日本側も理解すべきとしの認識を述べました。しかし三権分立であっても、司法が正しく法律を執行しているか、監視するのが立法、行政の役割です。特にこれは国家間の条約が含まれ、行政と無縁ではないのですから、条約に基づいているかどうかの認識は示すべきです。上記二件は、国際関係に司法を用いるのでAdministration of Justice(法の執行)ならぬ、Administration of Justify Oneself(自己弁護の執行)となるのでしょう。

しかし外交の安倍、経済の安倍、どころか外交、内政ともに滅茶苦茶になってきた安倍政権。まさにAdministration of Justify Oneselfをするために嘘を重ね、データを捏造し、それが行き詰まってきたことが原因なのでしょう。まさに今こそJudicature(司法権)を行政から国民の手にとりもどし、捜査権の執行などによりその不正、犯罪を詳らかにしないと、Administration(行政)が崩壊し、Justice(正義)が執行されない状態がつづいてしまうのでしょうね。

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2019年01月08日

ゴーン元日産会長の意見陳述

ゴーン日産前会長が、勾留理由開示手続きで公判の場に姿を現しました。その陳述書からいくつか疑問を抱いた点を挙げてみます。ドル建ての収入が変動しないよう結んだ、とされる為替スワップで、06年に為替118円、日産株1500円、07年に為替114円、日産株1400円で契約をむすんだのが、09年2月に為替80円、日産株250円となり、担保を差し入れるよう要求された。退職して慰労金を担保に差し入れるのは日産への同義的な責任があり、できない。なので、知人が担保を用意するまでの間、日産に金銭的な損失を負わせない限りにおいて、担保を提供してもらった。これが特別背任とされるものです。

まず、ドル建ての報酬を日産が『できない』とし、為替スワップ契約をむすんだ。『銀行業界全体の仕組みが機能しなくなり』為替スワップ契約において必要となる担保を『直ちに』要求された、としますが、前段の銀行業界全体の…というのは何の意味もありません。為替スワップ契約ですから、契約上必要とされた担保を、正規に要求しただけでしょう。つまりどちらも私事であり、自己責任の範疇で生じたことです。
次に、詐欺などのケースでは「損失を与えていない」は、確かに犯罪成立要件になりにくい。しかし特別背任でそうした大審院判例がでたケースは、私の知る限りにおいてありません。これは直接的な損失がなくても、信用を毀損すると企業価値が揺らぐので、特別背任に問えるかもしれないからです。これが社内で、正規の手続きを踏んだ上で為されたのなら、それは日産会長であったとしても一時的な貸借であり、相応の利息がかからないとおかしい。社内手続きとその契約がどうなっていたか? この陳述書には何の記述もありませんが、これをセーフとするのは些か苦しいと感じます。それは企業のコンプライアンスにかかってくるからで、もしこうした資金移動が常態化している、と市場から認識されれば信用を毀損することにもなります。今回は損失がなくとも、もしかしたら企業活動とは別に、危ない取引をして大きな損失を被った場合、減益となって企業活動にも影響する。今回損失がないから…は無罪証明としてかなり弱いのです。

ハリド・ジュファリ氏について、支援者でありパートナーだとして功績を語りますが、企業体としてみれば契約がない限り、相手がどんな行動をとろうと対価を払う必要がありません。『同氏の会社からの請求に基づき、関係部署の承認に基づいて、相応の金額の対価を支払った』と陳述書にはありますが、この文言だけをみると、契約はなかったように感じます。後付けであっても、こういう仕事の対価として支払う、という契約があって然るべきでしょう。それが日産側に残っており、その契約が正当な報酬だったかどうか、が問われるので、陳述書にその契約について記述がない以上、曖昧という他ありません。
金融商品取引法違反について、はさらに反論が弱い。4つの自動車メーカーから招請をうけた、高待遇の条件だったので、参考のため個人的なベンチマークにした。誰にも話していないし、取締役らが作成した退職後の条件などには反映されていない。確定された退職後の報酬を契約したこともないし、提案は社内外の弁護士により検討し、承認されると思っていた、とします。根本は、退職後にうけとる報酬とされた株を有価証券報告書に記載しなかったこと、が勾留理由ではありますが、検察が説明したゴーン氏のサインがある契約書の存在など、そこに対する反論がなかったからです。報じられている範囲で、物証とされるものはその契約書だけなのですが、明確にそれを否定しなかったのはナゾです。

これが裁判で手の内をみせないための、とりあえずの意見陳述なのかどうか? つまり隠し玉が他にあるかどうか? そうでないと、国策捜査でもあるこの事案で無罪をかちとるのは難しいでしょう。ただ日産側にすべての証拠が握られている以上、ゴーン氏にも手詰まり感があるのは否めません。むしろ外圧に頼るのか? 高度な政治判断を期待しているとすれば、ゴーン氏にとっては仏国のマクロン政権の弱体化が一番の気がかり、ということなのかもしれませんね。

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2018年12月21日

ゴーン前会長再逮捕にみる安倍政権の迷走

ゴーン前日産会長の勾留延長がみとめられなかった翌日、特別背任の疑いで再逮捕されました。こんな異常なことをしていたら、国際社会からの信用をますます落とすでしょう。私は今回の動き、安倍政権というより財界と自民が関与して検察を動かした、とみていました。そして今回の裁判所による勾留延長をみとめなかったのは、国際社会を気にした安倍政権が動いた、とみた。しかし今日の動きをみると、そこに妥協が働いたような気がしてなりません。それはゴーン氏が再逮捕された一方、ケリー前役員が再逮捕を免れたからです。再逮捕の理由となった損失の付け替え、ケリー氏も側近として関与していたことが想定される。それなのに再逮捕されないのは、米側に徹底的に配慮する安倍政権の態度とも合致します。
しかし醜態をさらしたドタバタ劇、ある意味で来年の政局にも結びつくものと感じます。つまり安倍政権の意向が、すぐに覆されたからです。つまり財界と自民党の判断が勝った。それをうかがわせる動きも散見されます。それは安倍氏が財界に対して、今年はまだ賃上げ要請をしていない点です。昨年は経済界のイベントで、必ず賃上げ要請をしていた。来年は消費税増税を成功させるためにも、何としても賃上げは必須のはずです。なのに出足が鈍い。そこには財界と安倍政権との力関係の変化が見え隠れするのです。

臨時国会で慌てて通した改正入管難民法も、財界の意向をうけたとされますが、かつての安倍政権なら財界を抑えこめたでしょう。とにかく財界の意向を聞くしかなくなったのは、偏に景気がよくないから。政府は「戦後最長の景気拡大の可能性が高い」と発表し、メディアが例外なく「実感なき」と付け足すのも同じ流れで、財界は安倍政権の手柄でもないし、喧伝されるような結果はでていない、とみなしているのです。
ここに来て『外交の安倍』の成果が次々に頓挫している影響もあります。原発輸出は一つも成功せず、インフラ輸出も思ったような成果がない。財界を引き連れ、仰々しい行進をしていたのも今は昔、上手くいった案件はほとんどなく、節を曲げて中国の一帯一路に接近した辺りから、実はもう財界の意向に逆らえなくなっていた。安倍支持層に嫌われても、財界が怖くて怖くて仕方なく、配慮せざるを得なくなったのです。恐らくその延長には辺野古移設もあるのでしょう。米国が怖いばかりでなく、これだけ巨額の建設費、財界にとっては垂涎であり、難工事だからこそ天井なしで予算を引き出せる、だから止められません。

財界の怒りは、マイナス金利によって金融機関が苦境に陥った影響もあるのでしょう。財閥の影響は小さくなったとされますが、未だに金融を中心とした枠組みは保持しています。しかもその金融に対して、安倍側近らの無知な暴言が相次いだことで、怒り心頭に発している。それでも景気が良好ならまだ唯々諾々と従ってもいましたが、もうそうした環境ではない。財界からの安倍下ろしが愈々始まりそうです。
財界パーティーでの安倍首相の元気なさそうな挨拶も、そうした情勢の変化を如実に示したものでしょう。株価も下落し、問題山積の状況で、いくら年末とはいえ、ほとんど政権内から言及がないことも苦境を映します。ゴーン前会長の再逮捕にみる、安倍政権の力の衰えと内部の混乱ぶり。来年の政局を考える上でも、考慮しておくべき一つの事例といえるのでしょうね。

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2018年08月05日

雑感。栃木小1女児殺害事件の控訴審判決

一昨日、栃木小1女児殺害事件の控訴審判決が、東京高裁でありました。かなり異例なのは、録画・録音での自白から事実関係を認定したのは法令違反で破棄は免れないが、被告が母親にだした手紙や車の走行記録など、状況証拠で「合理的な疑いをさしはさむ余地はない」として無期懲役の判決を下した点です。これまで、警察は自白をとることに躍起となり、自白さえとれれば有罪にできる、という形が多かった。それを法令違反として断じたのです。逆にいえば、録画・録音について警察の恣意的な利用をゆるさない、ということでしょう。ただもう一方で、この程度の状況証拠で有罪か? との疑問もわきます。

今回、一審と二審では検察の主張する殺害場所が変わるなど、かなり異例の経緯をたどりました。つまり自白をとっても、殺害場所や方法について、秘密の暴露がほとんどなかったことになります。なので、自白そのものは価値がなかったのでしょう。なので、状況証拠に頼らざるを得なかった。しかし母親への手紙が状況証拠か? 甚だ疑問といえます。
ロスタフという心理学者による実験で、人の記憶は簡単に捏造できる、ということは証明されています。取調官が誘導する形で、本人の記憶にないことでも、それを事実として認識するようにもできる、ということです。そしてこれは、弁護人にも同じことが当てはまる。つまり勝又被告は、警察によって偽の記憶によって罪を自白し、母親にも謝罪の手紙を送り、それを弁護士によって否定される記憶を植え付けられた、とも考えられるのです。つまり言葉は悪いですが、検察の主張も、弁護士の主張も、記憶によって説明されているものは、すべて虚偽である可能性を捨てきれない、ともいえるのでしょう。

だからこそ状況証拠には、客観的事実としての信ぴょう性が必要です。その中で、疑問なのは遺体に残されていた粘着テープから、被告のものは発見されず、第三者のものが発見された、という点です。検察は「捜査過程で混入した可能性」を指摘しますが、であればそれを証明する必要があるでしょう。証拠を取り調べた鑑識官であったり、現場保全に努めた警察官、それに発見者のDNAなどを丁寧に集め、一つ一つ発見されたDNAをつぶしていかなければいけません。粘着テープの表なら別の人間がさわった可能性もありますが、粘着部ならさわった人が限られるのですから、証明はできるはずなのです。
こんな判決をだしているようでは、死刑反対論者が用いる「冤罪が多い」という言葉も否定できなくなるでしょう。状況証拠であっても、有罪にして構わないと思いますが、今回それを認定するには無理があります。検察は今回、重大な箇所を訴因変更する、という異常な手段にうってでたのですから、上告審までにきちんとした筋道を立てた状況証拠を提出し、事件のシナリオを示すべきでしょう。今のままなら、安倍政権に忖度した政治家や官僚への捜査が行われない、という司法への疑念とともに、その信頼はゆらぐばかりといえるのでしょうね。

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2018年05月31日

雑感。罰せられない国

労働法制の関連法案が衆院を通過しました。私はこれを『働き方改革』とは呼びません。なぜなら『働き方』という労働者側ではなく、『働かせ方』という雇用者側の要因によって定義されるからです。つまり労働者側の視点では『働かされ方』であり、いくら維新との合意で、一度認定されてもまた見直せる、としたとしても、雇用者側からかかるプレッシャーにより、結局は不平等契約をむすばされる。自分で、よりよい条件のところに移って…ということができる人はごく少数。職をころころ移っていると再就職にも影響する、と考える人にとって、この働かされ方改革は厳しい結果しかもたらさないのでしょう。
4月鉱工業生産指数が0.3%上昇と、市場予想を下回りました。1-3月期が悪かったので、4月は大幅回復、とみこんでいたところの予想に届かず、です。しかも輸送用機械が堅調で、北米向け輸出が好調としますが、北米の自動車販売は低調であり、かつ25%の課税まで言及されている。在庫が積み上がる状況も、先々で課税されるならその前に、という思惑が働いたとしたら、これは将来的に重しとなりそうな結果です。働き方どころか、国内の生産体制にも大きな問題となるでしょう。来月の訪米で安倍首相が一体何を話してくるのか? それ次第では働く場すら壊滅的となり、AI化により削減される労働力と合わせて、少子化にもかかわらず、日本も高失業率時代を迎えることになるのかもしれません。

佐川前国税庁長官をはじめ、森友問題における公文書改竄について、すべての被疑者についての不起訴が決まりました。日本はとんでもない国になった、というのが第一感です。首相の名を騙って行政機関の決定をゆがめても、首相自ら問題ないといい、公文書を改竄しても事件にもならない。これから日本の公文書は、すべて改竄されている疑いをもってチェックしなければいけないのですから、日本の信用は失墜したも同じです。
加計学園の事務局長が、愛媛県に謝罪に訪れました。しかし首相と理事長が会談した、が会議の発端であったにもかかわらず、会議の場でつい嘘をついた、という。嘘に嘘を重ねているとしか思えず、辻褄すら合っていない。日本はすべてが嘘で糊塗され、不誠実で、異常な状況であることが、この一件でもうかがい知れます。日大アメフト部から噴出する日大の問題をはじめ、日本の教育機関は大丈夫か? そう懐疑の目が向けられます。

仏紙『フィガロ』が、カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した是枝監督に対し、安倍氏が何の言及もしないことに、政府に批判的な是枝氏に対する当てつけ、と報じました。アイススケートのザギトワ選手に秋田犬を贈呈するところにも出しゃばる安倍氏が、21年ぶりの受賞にも言及しない時点で、この国は親安倍か、反安倍か、で線引きされ、親安倍以外は国からもみとめられない、そんな国になってしまったかのようです。
日本はアベランス(aberrance:常軌を逸脱)の国になってしまった、ということなのでしょう。海外紙からも指摘される安倍氏の異常ぶり、それが日本のメディアからほとんど聞かれない。反安倍になってしまうと、不都合なことが起こるから。そんな国では、誰も働きたくないのであって、日本では正論を語ることすら困難になってきた。安倍政権がつくりだしてきたのは「働き方」ではなく、「憚り方」を国民全体にいき渡らせ、安倍氏を礼賛するよう迫ること、だったのかもしれません。大阪地検まで「憚り方」が蔓延する今、その憚りは『便所』というもう一つの意味でも語られるのかもしれませんね。

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2017年12月07日

NHKの受信料判決

昨日、最高裁でNHKの受信料は合憲、と判断されました。NHKが求めれば即契約成立、とはなりませんが、裁判で勝訴すれば受信機を設置した時期からさかのぼって受信料を納めなければいけない、などNHKの意向に沿った形です。最高裁が政府、総務省などの意向を忖度した結果であり、憲法との整合性は公共放送という言葉でごまかされました。
問題は、NHKが公共放送として相応しいかどうか、です。政権への忖度、業界への忖度、NHKに不都合なことは報じない、そんな放送が『公共』と呼べるのか? 受信料が義務化することでそうした国民の監視が弱まり、NHKの増長がすすむ恐れがあります。NHKの正社員は、一般のサラリーマンの平均給与を遥かに超える。公共であるなら、そうした点からも一般と近づけない限り、中々国民の理解も得られないのでしょう。さらにネット配信やワンセグ搭載スマホなども、受信料の対象にしようとしている。NHKのそんな態度が、ますます国民から反発をうけ、公共の有り様として問題視されることにもなるでしょう。

スパコンの開発ベンチャーPEZY Computingが経産省所管の新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成金を不正受給していた件で、東京地検特捜部が社長を逮捕しました。これが単なる詐欺事件で終わりそうにない。それはNHKも特集で取り上げようとしていたり、内閣府の有識者会議の委員も務めるなど、政権との近さも指摘されるからで、安倍首相の誤用記者ともされる、準強姦で訴えられた山口記者とも近いためです。
助成金の不正受給、というだけなら特捜部が動くのか? 今回の詐欺だけなら構図は単純ですぐ解明できる、とされるので益々怪しい。政界への資金還流といった流れまで追うことになれば、それは安倍氏に近い人物も捜査対象となるでしょう。助成金の決定にもかかわることができ、政権内か、与党系でも力のある政治家、と想定できるためです。しかし今、与党系でも力のある政治家…という存在が見当たらない。特に経産省となると見当たらない。むしろ安倍政権が経産官僚の今井秘書官を重用するように、経産省ともっとも太いパイプをもつのは、安倍政権ともいえるのです。

安倍政権に近づき、経産省から助成金をうけとる。これも分かり易い構図でしょう。それをキックバックする、あり得る話です。果たしてそこまで辿りつけるか? 注意すべきは「スパコンは多額の投資が必要で…」といった報道で、今回の不正受給を正当化するような発言が相次ぐようなときです。それは事件そのものを矮小化し、風化させようとする試みであり、そうならないよう注視していかなければならないのでしょう。
これまでとて、NHKは公共放送ではなく、公営放送並みに政府発信をただ垂れ流すだけに終始してきた側面があります。公共放送というなら、政府に忌憚なき意見を呈し、国民のためになる放送に努めるべきなのです。こうした事件に対する向き合い方、むしろNHKを受信できるテレビがあり、見ているからこそ不満が溜まるようなら、公共放送というより公害放送としてますます受信料を払わない世帯が増えるばかりとなるのでしょうね。

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2016年10月08日

雑感。日弁連の死刑制度廃止宣言

阿蘇山が爆発的噴火をおこしました。降灰の影響で停電もおこっていますが、どうしても気になるのが川内原発です。阿蘇は少し外れますが、川内原発は巨大カルデラと近い。噴火は一箇所でとどまるかどうかは不明で、それこそ同じ火山で連続して噴火、最後に破滅的な噴火を起こす、といったケースもあります。南九州一帯の火山地帯で、どこで何が起こってもおかしくはありません。そして、直接の火砕流が襲わなくても、川内原発が運転中に降灰によって停電が起こったら…。ディーゼルなどの仮設発電機が建屋内にないと、施設が全停電に陥り、メルトダウンへと進行する可能性があるのです。建屋外から電線で、と考えていると、その電線に火山灰が積もって電気を止めてしまう恐れもある。そういうことも考えて、原発の対策を考えなくてはいけないのですが、川内原発がどうなっているのか…。それによっては噴火、すぐに住民が逃げる、という避難計画も必要です。

日弁連が「死刑制度の廃止」を2020年までにめざす、とする宣言を採択しました。冤罪が多いことをその理由の一つとしますが、冤罪と死刑制度の存続とはまったくリンクしない話です。冤罪を生まないような仕組みづくりをすることは重要ですし、警察の捜査手法も含めて対策は必要でしょう。しかし冤罪があるから、といって刑罰を変えるなら、それこそ痴漢は冤罪が多いから、最初は口頭注意のみでとどめましょう、とするのと同じです。冤罪をかけられた人がそれで助かる部分があったとしても、実際に痴漢をした人まで罰せられない、といった風潮が生まれます。罪と罰の軽重がおかしくなれば、犯罪抑止の効果は期待できなくなります。
刑罰には、応報と矯正のバランスが大事なのです。罪を犯せば取り返しがつかないから、それをしない、という抑止の効果と、罪を犯した人を社会復帰させるにはどうしたらいいか? 今でさえ圧倒的に、この矯正の方に比重が置かれすぎていて、応報としての機能が劣っている。例えば弁護士が成年後見人だった老人の預貯金を横領し、東京地裁で懲役6年の実刑判決をうけた事件があります。しかし総額で1億円以上横領して6年で刑が済む、というのはどうにも納得いかない。詐欺や横領は他人の人生を滅茶苦茶にする行為であるにも関わらず、6年刑務所に入るだけで済むなら、多くが手を染めてしまう恐れがあります。

今の死刑制度では永山基準が重視されますが、これも首をかしげます。個人的には、罪と罰は等価でない限り、応報刑としての価値はないと考えます。また罪と罰はシンプルであるべきで、余計な判断基準を増やせば増やすほど、裁判にかかる比重も増す。裁判官の個性や思想に委ねる部分が大きくなり、結果として裁判の公平性も疑われる。この裁判官なら死刑だけど、こちらの裁判官なら有期刑で済む、となったら司法制度の崩壊です。
犯行当時は心神耗弱、もしくは精神疾患、という弁護も無意味です。それを証明することは誰にもできません。事件→逃走→逮捕→勾留→裁判、という課程を経た後で精神鑑定をしても、精神に影響する様々な要因が大き過ぎるからです。殺す気はなかった、という弁護も無意味。相手が死ぬかもしれない、という行為に及んだ時点で、未必の故意が成り立っているのです。それも証明の困難な話で、それを短縮された裁判期間で判断しなければならないのは、職業裁判官以外でも、制度に参加した民間人の負担も大きすぎます。

1人殺せば死刑、そこに酌むべき事情があれば減刑、その事情も証明できるものに限る。もし精神に疾患があったり、未成年であれば、その酌むべき事情で有期刑となった際、治療や矯正ということをしてもいいでしょう。そういう形でシンプルにしていくことが負担軽減も含めて必要なのでしょう。今、議論すべきは死刑制度の廃止、といった極論ではなく、現在の制度が複雑化し、かつ専門性も上がっているのにたずさわっているのが民間人であったり、精神疾患には素人の職業裁判官、という事態に問題が残っているのです。
海外では死刑制度の廃止が主流、などというのも暴論です。国民の意識、文化、制度などが異なるのに、刑罰の考えだけ統一しても意味がありません。キリスト教的な赦しの思想は、この国では馴染まないのです。仏教的発想は、因果応報。だから応報刑としての等価が一般的に行われてきました。キリスト教国の死生観は、最後の審判における聖別です。だから人がそこに介入して死刑にする、というのはおこがましいとの発想もある。しかし日本人は輪廻転生、因果は転生しても付き纏う、という考えです。その違いをまったく弁えない日弁連は、特定の思想を押しつけるだけの集団に成り下がった、とさえ言えるのでしょう。日弁連とは別に、弁護士の組合等を立ち上げる必要性もあるのかもしれません。そこでは死刑制度の存続を柱とする。つまり一つの思想に統一する、などという発想そのものが、人を弁護するに値しないのであって、死刑制度の存続を望む者からすれば、選択肢がなくなってしまうのです。二つの組織があって、選択肢があって、どちらが生き残っていくか。国民の大多数は死刑制度の存続を望む中、死刑制度廃止派が生き残っていくのは、かなり難しいことにもなるのかもしれませんね。

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2015年12月16日

夫婦における民法規定判決

民主党政権時代の2009年7-9月期から2012年10-12月期まで、GDPの伸び率は5.7%なのに対して、安倍政権の誕生から2015年7-9月期までのGDPの伸び率は2.4%、との内閣府の試算がでてきました。これを増税の責任にすることはできないのでしょう。ナゼなら、増税の正当性を訴える理由の一つに、国民がつかう分を国が代わってつかうだけで、GDP上の変化はない、とあったのですから。理由は、円安になっても輸出が増えず、国内の生産活動は低迷したままで、さらに円安の悪影響で輸入品が値上がりし、消費が減退。国内総生産という指標に、それがはっきり現れたのでしょう。
円高を害悪のように語られましたが、当時は自民党政権時代にはじまったエコポイント精度の影響もあって消費は堅調、輸出で苦しんでいたのは自動車産業です。逆に今は、自動車産業は絶好調の一方、グローバルに家電販売をしてきた東芝、シャープは斜陽、決して円安メリットが全産業にあまねく行き渡っているわけではありません。むしろ自動車産業は、金融緩和でローンが組み易くなったり、自動車サブプライムローンなどの影響もあるため、円安がどれほど日本にとって恩恵があるかは、今後の議論でもあるのでしょう。ただこのGDPの数字は、決して安倍ノミクスが成功したわけではない、その数字の根拠として今後も用いられることでしょう。

最高裁で、夫婦同姓と離婚後100日経過するまで、次の結婚ができないとする民法の規定を問われた判決で、夫婦同姓は『合憲』。再婚禁止期間の規定は『違憲』との判断が下されました。再婚禁止については、DNA鑑定のなかった古い時代のもので、むしろ現代においては選択的に、子供のDNA鑑定は行うべきかもしれません。これはDNA的なつながりがなくとも、養子をとる人がいるのと同じで、事実は事実として確認しておく。その後どうするかは夫婦の話し合いで解決する。曖昧なままでいい、というならそれでもいい。そうした選択があっても良いのでしょう。
夫婦同姓の問題は「旧姓使用で不利益は緩和される」としましたが、あくまで『緩和』であって、解消はされません。逆に、制度により不利益がある、と認めたわけです。子供の姓選択の問題にしても、親が離婚すれば姓が変わってしまうケースもあるのですから、柔軟に捉えればいい。それこそ家庭内では姓がちがっても不都合はなく、学校に通い始めるまでに決まっていれば、社会的にも問題は少ないはずです。子供に選択できるようにするなら18歳、選挙権を得るときに、改めて選択をしてもいい。親の都合で姓が変わってしまうこともある以上、被扶養者である間、ずっと固定化しておくことにも大した意味があるわけではないのです。

保守系メディアは、早くも夫婦別姓を指摘した国連の提言について、日本の別姓を求めるNGOなどが、大量に資料を提出したことで歪められた、というニュアンスの記事を上げ、外務省も「注意が必要」と述べたとして批判しますが、中身をみてそう判断しているわけではないようです。別姓を求めるから歪んだ資料を提出する、という定義からおかしいのですが、国際的な常識からもずれていることが問題です。特に今、夫婦別姓をみとめる流れの中、日本だけが出遅れるとなれば、国際的な逆風が今後より一層強まることでしょう。つまらない価値観の固定化で、国益を害していいのか? という話とともに同姓を求めることに、個人の不利益がある点も問題です。
LGBTに対して、差別的なツイートをする政治家もいますが、夫婦別姓でもし社会に差別的な意見があるとしたら、その方が問題でしょう。社会は多様性を認めた方が、必ず上手くいきますし、発展もします。価値観を固定し、または旧態依然とした制度を存続させることが、逆に不利益であり、社会の発展を阻害する要因にもなる。子供を生めない関係は異常…などと述べる前に、子供を生める関係であっても子供を虐待する親と、どちらが異常かは火を見るより明らかであって、生むか、生まないか、ではなく、子供に対してどう向き合うか? それを改めて考える必要があるのです。夫婦別姓を選択し、不利益があったとしても、それは個人の選択の結果ですから、受け入れられもします。しかし夫婦同姓を制度によって強制されたとき、不利益があるとすれば、それは制度の側がおかしいのです。保守系の安倍政権下で、最高裁もぎりぎり違憲、合憲と判断を別けたのでしょうが、判決理由が理由になっていない、という根本的な問題を考えれば、この判決も差別的、という表現でまとめられるのでしょうね。

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2015年12月02日

辺野古埋立訴訟の意見陳述

辺野古埋め立て代執行訴訟、最近、野党議員への身体検査を始めた産経が、相変わらず飛ばしています。『辺野古移設を土地強制接収になぞらえる、裁判長は弁護団を一喝』という記事で、翁長氏が意見陳述を終えると『2時間近くひとごとのようにやりとりを聞いた』などとしますが、民事裁判ですから当人が出廷する必要はありません。意見陳述から弁護士に任せてしまうケースも多く、それこそ会話に入る余地はないのです。『ひとごとのように…』とあえてつけている時点で、この記事は沖縄側を貶める目的で書かれている、ということがつぶさに分かります。
裁判長から一喝、という話にしても、弁護士は言いたいことが山ほどあるので「発言をやめてください」と裁判長がいうことは、よくあります。裁判長との会話がかみ合わない、などともしますが、意見陳述の場ですから、大体言いたいコトを言い合うのであって、もし裁判長と意見がかみ合わないとしたら、それは裁判長が安倍政権側に立っているケースです。通常は、沖縄県と安倍政権との意見がかみ合わないものであって、もしそうなら裁判所が中立でない、となります。

安倍政権の主張は、交有水面埋立法は受益的処分であり、取り消しには公共の福祉に照らして不当とされる場合とし、移設により普天間基地の危険除去ができない、日米の信頼関係、これまで投じた473億円が無駄、一方で辺野古の騒音被害、環境破壊といった不利益は小さく、これが公共の福祉により正当だとします。また承認に法的瑕疵はなく、米軍施設の配置や安全保障に関する重要事項は、沖縄県知事に適否を判断する権限はないことを、取り消し撤回の理由とします。
まず473億円が無駄、などという話は理由にすらなりません。次に、普天間の危険除去という話にしても、辺野古でなくとも移設できればよいので、辺野古埋立承認問題とは、一切関係ありません。日米の信頼関係、という話にしても、そもそも辺野古をごり押ししたのは日本政府であって、受け入れられるといった前提もなくそうした。だから信頼関係が崩れるのだ、は順序が逆です。まず沖縄県との信頼関係を築き、受け入れられる候補地をいくつか選択した上で、米国と交渉すればよかっただけのこと。物事を決める順序がおかしくなって、今さら引っこみがつかないから…では、瑕疵があった側が開き直っている、というようにしか見えないのです。

沖縄県が承認したことに法的瑕疵があるかどうかは、政権の知る範囲ではなく、否定する話ではありません。沖縄県の第三者委員会の調査に準じて、その調査の正当性を評価するのが、この裁判の目的です。米軍施設の配置にしろ、沖縄県知事の知ったことではない、などと言うから、「銃剣とブルドーザー」の話が出てくる。政権が決めたことだから、県は従うしかない、などという法律は、実はどこにもありません。だからこれまでも、基地問題は県知事の同意、承認などが必要だったのであって、それをいきなり齟齬にする、というような理屈が通るはずもないのです。
政権は1968年の最高裁判例を前面にだし、取り消す、取り消さない、の不利益を訴える戦略のようです。しかしすでに動きだしたものは、当然のように予算もかけており、取り消す不利益の方が大きいのは当たり前です。逆にいえば、行政はどんな反対意見があろうと動かしてしまえばもうこの利益、不利益の議論では有利に立てる、ということにもなる。これでは動き出したら止まらない、行政の悪しき体質を司法の場が追認していることにもなり、司法の存在は薄くなります。

あえて提訴したのは『国』ではなく、『安倍政権』という書き方をしています。しかしこの問題は防衛省、外務省、沖縄開発局など、様々な国側の利害が絡む問題でもあって、それに寡勢の沖縄が対立する形になっています。しかし決して、沖縄と対立するのは国民の総意ではない、という意味で『安倍政権』としました。産業廃棄物などを埋め立てる場所のことを『夢の島』と言いますが、この埋め立ては沖縄の『夢』を壊すものと言えるのでしょう。観光地、リゾート地として魅力を増しつつある『夢のある国』を壊すこと、その不利益まで含めて判断できるかどうか、司法の良心が問われてくる、ともいえるのでしょうね。

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2015年10月14日

森山農水相の醜聞

森山農水相が、鹿児島県発注の海上工事にまつわる談合により、指名停止措置をうけていた複数業者から、3年間で約700万円の献金をうけていたことが発覚しました。しかも談合の違約金36億円を請求され、裁判所による調停の結果、半額になった。つまりその間、献金をうけ続けており、県への口利きの疑惑まで持ち上がる事態です。700万円で18億円が削減できたのなら、企業は御の字でしょう。森山氏側は「問題ないと考えていた」としますが、明らかに問題があります。
規制する法律はない、としますが、行政に影響力を行使し得る自民党支部に、係争中の一方から献金をうけることは、圧力を意識させるのです。最近、裁判でも判決理由に「社会的制裁をうけている」が増えてきています。以前もとり上げたので簡単に述べますが、社会的地位の高い人が事件をおこし、制裁をうけるのは当たり前です。仮に無職の人が死刑になるような事件で、同じ事件をおこした会社の社長が、「社会的制裁をうけた」から無期懲役、などとなったら罪の軽重に歪みを生じていることにもなる。むしろ社会的地位が高い人間は、その責任も重いのであって、罪はより重くしなければ責任を果たしたことにならないのです。

こうした司法の歪みが、ここ数年で再び増えてきたのは政治の態度も大きいのでしょう。それこそ小渕氏の秘書が政治資金規正法で有罪判決をうけましたが、本来は公選法違反にも問える事件です。政治が著しく司法を歪め、罪を罪として問えない風潮が強まり、剰え社会的地位の高い人間が、その罰を逃れることがつづけば、司法が重い罪を与えることを躊躇い、「社会的制裁をうけた」ことを理由に、罪を軽減しようとする動きがさらに強くなってしまうのでしょう。
自民党の外交部会で、南京大虐殺をユネスコが世界記憶遺産に登録したことに関し、分担金を停止するよう決議文をとりまとめました。しかし世界では日本のこの動きを「脅迫」と伝えられ、日本のイメージダウンにつながっています。米英が拠出金を停止したことがある、を根拠にしていますが、米英は日本より国際貢献も多く、また国際的に関係の深い国も多い。日本とは比べ物にならないぐらい、国際的な圧力をかわすのが上手い国です。日本とて観光に利用するため、ユネスコを積極的に活用してきましたが、それすら失うのか? よく考えれば損得など自明でしょう。

月例経済報告で、1年ぶりに見通しを「一部に鈍い動き…」から「一部に弱さも…」と下方修正しました。9月の企業物価指数は前年同月比3.9%下落しており、強烈なデフレ圧力もかかってきました。一部どころか、全体に弱さがみられる。いくらメディアをつかい、景気は良好との認識を広めようとしても、実感もないどころか、数字にもはっきりと景気の弱さが示されてきました。
メディアに圧力をかけ、報道を捻じ曲げようとすることもそうですが、ユネスコなどの国際機関に圧力をかけ、歪んだ価値観を押しつけようとしても、歴史の検証に耐えられるはずもありません。メディアが歪み、司法も歪み、国際社会を歪ませようとしても、その圧力に日本の国益が損なわれていくのが明白です。世界の動向、風潮に「鈍い動き」でいては、ますます日本が「弱さ」を露呈することにもなるのでしょう。早くも始まった安倍政権の閣僚の醜聞まみれ、その「弱さ」とは能力もない、倫理観も欠如した政治家の存在、ということになってきているのでしょうね。

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2015年04月15日

雑感。高浜原発差し止め訴訟

昨日、東電福島第一原発1号機の格納容器内に投入されたロボットが、3時間で停止した件。東電の説明は、グレーチングの隙間にはまった、とのことですが、これには違和感があります。機器はキャタピラー方式に見えるので、かなり大きな隙間となりますが、それだと地震の際、すでに外れていたか、水素爆発の際に格納容器内に大きな圧力がかかったことになります。前者だと地震で炉心が損傷していた可能性まであり、事故の原因が地震となるため、これまでの東電の説明とは異なります。後者だと他のグレーチングまで影響している可能性があり、2機目を安易に投入してしまって大丈夫か? という東電の判断に疑問符がつきます。
英紙で、高放射線の影響とするものがありますが、可能性としては耐放射線性能の低い部品がつかわれていた、といったことが考えられます。その場合は、投入された2機目が答えを出してくれるのでしょう。いずれにしろ、想定不足により壮大なムダになったばかりか、一つの侵入経路を不意にしたことにもなります。最初からグレーチングの上を走らすのではなく、まず内部の状況をファイバースコープのようなもので確認していたら、こうした事態は回避できていたかもしれない。つくづく想定の甘さ、技術者の能力不足を感じさせる事例といえます。

福井地裁が高浜原発3、4号機の再稼動を差し止める仮処分を決定しました。基準地震動は地震における最大の揺れを意味せず、それを上限として設計されること自体、意味がないこと。また耐震補強もなく、基準地震動だけが引き上げられたこと。多重防護の考え方も1重目が貧弱であると指摘したこと。高浜原発のみ、基準地震動を超える地震がこないとはいえないこと。使用済み核燃料の保管については耐震クラスBであること。重要免震棟の設置に猶予期間があること。そして新規制基準が、緩やか過ぎて合理性を欠く、とまで言及し、住民の人格権が侵害される恐れ、被保全債権の存在をみとめ、原発再稼動は認められないという判断にいたっています。
原規制委も反発していますが、そもそも原規制委は「安全」を約束していないので、安全上の問題を争った公判に言及することはできません。「この新規制基準で安全だ」というなら反論に意味もあります。原規制委の新規制基準と、真っ向反対の判断だからです。しかしこれは対立しない、平行線の議論であって、新規制基準とは今ある原発を動かすための基準です。政府も原規制委も、「国際的にもっとも厳しい基準」という言い方のみをして、絶対に「事故を起こさない」、「安全」とは言わない。そんな逃げ口上しかしないのなら、絶対に再稼動すべきではありません。

「国際的にもっとも厳しい基準」だろうと、国際的にみてもっとも地震の多い国である日本の基準が厳しいのは当然で、逆にいうとこれまでそうでなかった方が問題です。またそれを金科玉条の如く連呼されても、安全は担保されないのですから、尚のこと規制基準とは名ばかりで、ことのほか悪いものです。それにこの判決は一石を投じた。その意味は大きいのでしょう。
関電は大飯原発の運転差し止めを決めた樋口裁判長が、今回の公判も担当したことで交代を求めるなど、かなり露骨な行動に出ましたが、新規制基準自体を否定されたことで反論も難しくなりました。基準地震動など、それこそグレーチングを支える梁に支持があり、もし福島原発で、地震でグレーチングがずれたのなら、根本から設計を見直さない限り、福島原発の二の舞が起こりかねない、ということでもあります。福島原発がどのようにして事故を起こしたのか? それすら分からずつくられた新設計基準に頼ることは、限界があります。少なくとも、政治家や原規制委が「安全」と言わないような施設を動かしてはいけない、ということだけは確かなのでしょうね。


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2015年04月10日

雑感。サッカーボール訴訟について

日経平均が15年ぶりに2万円、と報じられます。しかしマイナーSQが20008円で決着し、幻のSQにしないため先物で頑張って買い上がった結果、20000円にのせたのであって、すぐに失速。シカゴ日経平均先物が20085円をつけていたことを考えれば、今日の市場は弱かったのであって、決して強さは垣間見られません。TOPIX型は朝から弱含んでいましたし、強い相場であれば、日経平均2万円、TOPIX1600ptはすぐにつけているところです。というより日経平均が2万円で、TOPIXが1600ptというのは明らかにバランスを欠いています。日経平均が優位になったり、TOPIXが優位になったり、今は先物で左右される相場であり、決して健全な、素直に喜べる相場つきではありません。
報道ステに対し、政府が安倍ノミクス効果についての報道に、クレームをつけた話が出てきています。どうせなら安倍ノミクスを酷評する、海外メディアにも注文をだせばよいのですが、それはしないようです。官製相場とも言われますが、今は官製クレーマーの存在にも注意した方がよいのでしょう。政府がメディアにクレームを入れる際につかう『公平中立』は、『公正』とは異なります。公正なら『正しさ』が求められますが、公平中立なら『ウソ』でも構わない。バランスさえとっていれば、文句は言わない、という仕組みです。要するに、ムードを壊すようなバランスを欠いた報道は許さない、批判するならそれと同じぐらい、よい話もしろ、ということなのでしょう。毀誉褒貶もまた、安倍政権下では公平中立でなければいけないようです。

昨日、サッカーボール訴訟について最高裁が新判断を下しました。監督責任について、通常の活動を逸脱しない限り、事故などの予見性がない、しつけも怠っていないとして親の損害賠償を認めない、とするものです。注意しなければいけないのは、これは学校の校庭での場合だ、ということです。つまり道路などで遊んでいて、通りがかった人に怪我を負わせた場合、この判決の範疇にはありません。即ち、例えば認知症の方の事件、事故についても適用されるか? と報じられますが、ごく一般的な管理監督責任の線引きは、未だに曖昧な部分が多い、となります。
動物なら檻に入れておけますが、人間をそうすれば虐待です。しかし相手が人間だけに、鍵の開け方も知っています。そんな中で、管理監督責任をどこまで負うか? 実際には個別事案による、といえるのでしょう。ただし、ここで示された判断は、子供が無邪気にふるまうことすら手控えさせる、そんな司法の風潮に一石を投じたことだけは確かだと言えます。

司法の場も、公平中立に動き出しました。公平中立は、先にも示したように『正しさ』は約束しません。あくまでバランスの問題です。今回も、加害者側の不作為を認定した形ですが、この事件には被害者もいます。死への責任、という意味では、今回のケースは直接的な影響でない点も、判断には考慮された可能性があります。しかし公平中立になれば、その判断も加害者側、被害者側、双方がバランスの範囲で考えるようになるのでしょう。それがよいことかどうか、それは市場と同じように、それぞれの受け止め方で変わってくる、ということなのでしょうね。

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2014年10月27日

雑感。マタハラ裁判について

太陽の党を継承、結党した田母神氏が、マタハラ裁判に関して「降格で裁判するような女性に『貴方を愛してくれる男性はいますか?』と問いたい」とツイートし、物議を醸しています。こんなことを言うので保守系の人間性に疑問符がつく、という見本のような内容です。前段では女性は妊娠すれば長期離脱するので、男性と労働条件を同じにできない、ともしています。少なくとも政治家をめざすなら、だからこそ解決策を示すべきで、差別を助長してはいけません。
例えば、子供ができた男性は3歳になるまでに数ヶ月の有給育休をとらせる、と企業側に義務化すれば、条件は同じになります。連続してもいいし、分割してもいい。それで数ヶ月間を育児に割り当てれば、男性も女性も子供ができれば休む、という状況は同じとなります。安倍政権で画策している、女性は3年を育児に…という案に比べれば、よほど男女同権ですし、給与格差を気にして女性が休みがち、という状況も解消される。唯一、企業としては負担増になりますが、女性も男性も休むもの、との差別は解消されるので、それこそ女性が輝く社会にも資すものとなります。

仮に上記の対策をとっても、企業側のセクハラ、マタハラを止めることは不可能です。そうしたケースでは企業に罰則を課すのではなく、企業経営者、及び上司を刑事罰に処す、ということも有効でしょう。一度目は略式、執行猶予としておき、二度目になると実刑を科す。例えばそうなると数ヶ月は禁固、もしくは懲役刑となり、長期離脱を余儀なくされる。マタハラ、セクハラをすれば、逆にそれを為した者が長期離脱する、となれば企業の対応も変わるはずです。しかもこれは直接の上司に罪を押しつける、ということができないよう経営者も従犯として、同一の罪を科せられるのであれば、尚更歯止めが利く。政治家ならこうした提案が必要です。
例えば、企業に罰則を科すなら、業績が下がるため労働者の生活を苦しめることとなり、裁判なり、労基などに相談することも躊躇するでしょう。自分の上司が刑事罰を科される、という心理的負担も考えられます。しかし一度目なら執行猶予であり、二度目に起こせば、それは再犯でもあって罰せられる、ということなら心理面でも提訴し易くなります。上司との関係悪化、といっても、すでにセクハラ、マタハラをした時点で関係は壊れているので、問題ないでしょう。

唯一、警戒すべきはセクハラ、マタハラには見えないよう処遇、待遇をこっそり変える、という手を企業がとるケースですが、これは法律ではなく、大審院判例などで広義への適用例を示せば、抑止力になるはずです。ただ経営者が罰せられることになれば、心もちとしても労働者を居辛くさせようとするでしょう。しかしそれは労働基準法にかかるのですから、個別の事情にもよりますが、それで対応するしかないと考えます。ハラスメントをするような経営者はすでに失格で、何よりそうした態度をとれば、不名誉になるとの意識を広めていくことが大事なのです。
安倍政権では、少子化対策を掲げるのですから、こうした問題には敏感であるべきです。今回の最高裁も、政権の意向をうけて二審判決を破棄した、とみられますが、セクハラ、マタハラを暴力として扱うのは当然なのです。そこで精神的に障害を負えば、今後も子供を産み、育てるはずだったのに、その道を阻害することにもなり、益々少子化がすすんでしまうのですから。誰もが安心して子供が産める環境作りをすることが、政治家としてとるべき道です。それを『労働条件を同じにできない』や、『愛せるか?』などと言ってしまえば、政治家としての資質以前に、人としてどうなの? という疑念の方が先に立ってしまうのでしょうね。

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2014年07月17日

雑感。父子関係における大審院判例

ベネッセの顧客情報流出事件で、システム管理委託先の派遣社員が、逮捕されました。情報を漏洩した理由は借金を返すため、とされますが、人生の取り返しがつかなくなった。損得勘定では絶対に起こりえない行動です。しかし人間は、将来のことは考えず、目の前のストレスを取り除こう、としてしまいがちです。安倍政権が情報操作を行い、政権安定を図るのもほぼ同様の理由です。将来の悪名に考えも及ばず、目の前にあるストレスから逃れるため、礼賛記事を欲します。
例えばこの事件でも、当初より『派遣社員』との報じ方が減りました。差別意識を助長する、という以上に、日本が派遣社員を増加させてきたことで、社会の安定性を損なっているとの印象を与えたくない。それは間接的に政府、企業批判にもつながりかねないのです。当初から、ベネッセ側への意識が批判的だったり、擁護的だったりといった記事が色分けされる事態でしたが、今は統一的に政府、企業を擁護する方向へ、そして名簿販売業への規制、という形でガス抜きしようとしている。批判は避けよう、という心理が働いているのが、如実に分かる形になっています。

最高裁で、父子関係における重要な判決がありました。いずれも父と子に血縁関係がなく、2例が母親が子の代理となって、1例が父が、それぞれ父子関係の取り消しを求めた裁判であり、判決は『取り消しは認めない』とされました。元々、民法では婚姻中から離婚300日以内に生まれた子は、父親の子として認められます。嫡出否認は夫から、出産から1年以内と規定されていて、今回の判断は民法にそった、いわゆる解釈で変更はしていない判決だと言えるのでしょう。
この問題で、子供の幸せを最大限に、という意見は尤もですが、もう一歩踏みこむと出生した段階で、子供の幸せを踏みにじっていることに問題がある、と言えるのでしょう。婚姻関係がありつつ、別の男性と関係をもつ。事実上、婚姻関係は破綻といってみたところで、民法上のトラブルになることは初めから分かっていることです。しかし一方で、DVなどで家を出た女性でも、この民法の規定では離婚する前に生まれてしまうと、DVをする男性が父親に認定されてしまう。これでは子供の幸せ、という意味で民法の規定がそぐわなくなっている、とも言える状況なのです。

個人的には、民法の嫡出推定を、執行停止にできる制度があると、後者のDV夫との父子関係を外すことができる。難しいのは前者で、離婚調停中なら尚更、妻の側も条件をよくしようとして別の男性との交際を隠そうとする。父子関係があっても、養育費などの面倒は見ない、と言われてしまいかねないからです。もし浮気を夫にも打ち明け、嫡出推定を停止しているなら、こうした問題はおきないのですが、そうした判断をそのとき下すのは、かなり難しいのでしょう。
遺産などの問題にも絡みますが、子供の幸せとは、安定した生活を与えてくれ、愛情をそそいでくれる親がいること、です。DNAは血縁関係を明らかにしてくれますが、上記のいずれも保証はしません。大人の態度が血縁のあるなしに関わらず、すべてを決めるのであって、法律に規定できない、一件一件の状況次第によって異なる判断になるのでしょう。子供がストレスのないよう、生活するために何を優先すべきか? 大人同士がその判断もできず、裁判にもちこんでいる時点で、子供の幸せの最大化は蔑ろ、ということになってしまうのかもしれませんね。

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2014年05月21日

3つの判断

今日は3つの重要な判断がありました。まず日銀金融政策決定会合。「緩やかに回復」との基調判断、政策を維持するサプライズのない内容です。しかし日銀がこだわる物価2%も、今はコストプッシュ型で、消費者物価に算入されないガソリン、灯油や生鮮食品は上昇が所得の上昇分を上回っており、以前と比べて消費者負担は増しています。物価が2%になった結果、経済が悪化していたら元も子もないばかりか、日銀の施策に厳しい目がむけられる。これからは質が重要です。
最近では市場でも、2%になった結果、経済が今より悪化していた場合、日銀はどうするのか? との懸念が聞こえます。つまり今でさえ、ディマンドプル型のインフレに移行する気配はありません。それが2%になってもそうだった場合、金融政策は失敗として畳むのか、さらに追加緩和するのか。後者ならさらに状況を悪化させかねず、前者なら景気の落ち込みはひどくなります。成功していないと打つ手が非常に困難になる、それが異次元緩和の後始末として残されます。

厚木基地の騒音被害に対し、横浜地裁が自衛隊機の22時から6時までの飛行を差し止める、旨の判決を下しました。沖縄も同様ですが、厚木基地も住宅街が隣接する危険地帯と言えますが、そもそも米軍の夜間タッチ&ゴー訓練など、地元との調停が約束されながら、米軍はまったく無視して訓練を続けている状況です。沖縄でも、夜間飛行により騒音被害が出ているように、厚木基地もひどい状況とされます。今回、自衛隊機だけですが、画期的な判決といえるのでしょう。
もう一つ、大飯原発の差し止め訴訟の判決が福井地裁で出て、住民側の完全勝訴でした。画期的なのは、地震の影響や安全評価など、裁判所が電力会社側の想定をまったく認めていないこと、即ち自然災害にしろ、人間の想定を越えたときにどうするのか? という判断をしていることです。これまで裁判所は、多くのケースで国や企業側の想定を信じ、判決を下してきました。しかしその科学的、とされる根拠が東日本大震災で崩れた。原発の安全対策は万全でない、と認めたのです。

今回の地裁判決は、あくまで地裁レベルのことで、高裁、最高裁で覆されることが想定されます。しかし最近、ある動きが裁判官の判断にも、深く影響しそうです。それは週刊誌で、愛知の介護男性が列車事故を起こしたケースで、裁判官の実名と顔写真が掲載されたことです。これまで裁判官は、どれだけ歪んだ判断を下しても、何ら責任を咎められることも、批判されることもなかった。しかし実名と顔写真は、週刊誌ばかりでなくネットでも拡散、残ることになる。おかしな裁判官、としてそのつど取り上げられることになります。つまり裁判官にも、個人の尊厳と誇りをかけて、判断を下すよう求められる力が、こうした方面からかかり始めたのです。
必ずしもこうした実名報道を評価はしませんが、しかし国べったり、と言われた司法の世界に、こうした風が吹き込んできたことは画期的です。最高裁は国民審査がありますが、ほとんど国民の選択は機能してこなかった。しかしネットでこんなおかしな裁判官、と騒がれれば、それも今後変わってくるかもしれません。裁判所にも、やっと国民の監視の目が入り始めた。翻って日銀は? その評価は相変わらずメディアや市場でしかありません。日銀が会見を公にし、オンタイムで発信するようになったことは、非常に評価できます。ただ今は、その能力が足りず、市場に余計な変動を与えている面がありますが、これからの判断は、メディアのみによらず、国民全体が監視して行くことが、不透明な結論をださせないための抑止力になりうるのでしょうね。

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2014年03月26日

みんなの党、渡辺代表の醜聞

みんなの党、渡辺代表に対して8億円を選挙資金として渡した、こう週刊誌でDHC会長による告発がありました。最初の3億円は利息付で、借用書もあって約2.5億円は返済済みとされますが、5億円については借用書もない。選挙資金なら公選法違反、政治資金なら収支報告書違反、といずれにしても、政治家生命を断たれるほどの問題です。個人的借り入れ、としていますが、この構図はまったく猪瀬前都知事と同じ。しかし今回は、貸した側が実名告発しており、やりとりまで詳細に語っていることから、渡辺氏がいくらイイワケしても、起訴要件と照らして十分に立件できます。
つまり猪瀬氏の場合、提供元である徳州会側が選挙資金と認めており、この時点で猪瀬氏がいくら否定しても起訴は成立します。例えば陸山会事件など、関係者では唯一、事件については元社長の証言のみ、が有罪とする根拠であり、他のすべての関係者が否定する中でも推認、追認で有罪判決がでています。この前例を踏襲するなら、たった一人でも疑わしき証言をし、それが十分に根拠があると認められた場合、起訴、有罪にできるという形でなければ、司法判断が崩れてしまうためです。しかもこれは告発であり、極めて精緻な証言である点も見逃せません。渡辺氏が否定し、個人的な借り入れとしても、今度はそれを立証する義務が、渡辺氏側に生じるのです。

しかし猪瀬氏にしろ、略式で済まそう…との意図が、検察側にもあります。徳州会マネーは政治家、特に自民系議員に多く流れており、問題を大きくしたくないためです。猪瀬氏としても、ここで抵抗して勾留され、取調べをうけることは望ましくない。双方の思惑が一致しています。
ただ渡辺氏が同様の構図となり、仮に抵抗した場合は、猪瀬氏の事件にも影響してくるでしょう。つまり渡辺氏の事件と、猪瀬氏の事件との違いを見極め、その理由に基づいて検察も動かなければならなくなるからです。そして渡辺氏は、どうしても抵抗しなければならない事情もあります。みんなの党は、すでに渡辺氏の個人パーティーになっており、トップの刑事訴追は解党にまっしぐら、となってしまうためです。さらに渡辺氏は、陸山会事件のときや、猪瀬氏の事件でも批判をくり広げ、さらに都知事選にでた細川元首相には「猪瀬氏と異なり、(1億円の借り入れは)桁が違う」と批判していたほどです。自身は桁ばかりか、返済もしておらず、借用書もなく、また規模も桁違い、という事態で、ブーメランとしてはかなり大型化して返ってきた形です。

告発者のDHC会長も指摘していますが、安倍政権にすり寄り、かつての改革政党の色が薄まり、期待できないとしています。みんなの党のうけるダメージは、代表交代という以上に大きくなった。スポンサーと名声と、一気に失ったからで、さらに疑惑政党という、これまでのクリーンなイメージを一変させかねない事態です。だからこそ、渡辺氏は徹底抗戦するしかありません。
そしてさらにダメージをうけるのが、安倍政権です。みんな党が瓦解すれば、野党との協調路線が崩れます。さらに、安倍氏の周りにいるのがNHK会長や経営委員、法制局長官などで、質の問題が取り沙汰されている昨今、安倍氏に協力しようとしていた渡辺氏に醜聞続きとなれば、それも悪いイメージとして定着してくるでしょう。安倍氏が出演した『笑っていいとも』の名物コーナーに準えれば、「おトモダチのおトモダチはみな何か問題を抱えたおトモダチ。政界に広がる不透明なお金の輪」となってきます。渡辺氏の問題が、選挙資金の問題に拡大されれば、イレクション・ショッキングとして、前のフレーズをつかい、名物コーナーとして確立されることでしょうね。

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2013年11月20日

一票の格差判決について

10月貿易統計が発表され、1兆円を超える貿易赤字となりました。原粗油、液化天然ガスが増えたことはその通りですが、ちょっとクセもあります。今月、米国からの液化石油ガスが300%増加しており、シェールガス革命によって米国で増産される天然ガスが、今月から輸入解禁方針と相まって上乗せされたのです。つまり調達先の多様化が、過渡的に輸入増につながっており、一時的に在庫を積み上げた形になります。今後、需要に見合う水準となれば落ち着くとみられます。
一方で、問題は数量効果が注目される輸出ですが、こちらは数量ベースで4.4%の伸びとなりました。ただ問題は、自動車の輸出が欧米などでも伸びていますが、中国が金額ベースで300%以上に伸びたことです。中国ではふたたび不動産バブルが深化しており、また反日のムードが和らいだこと、などが影響しているとみられますが、中国経済の変調が輸出に大きく影響する、という形です。三中全会でも、一定の改革は示しているので、その間は停滞が予想され、それでも成長するならバブルがいつ弾けてもおかしくなくなる。今の輸出の伸びが、自動車に支えられる構図は、極めて脆弱です。しかも半導体部品など、東芝などの撤退で、海外に頼る形となり、輸入は製造するためには増やさなければいけないのですから、自動車頼みともいえる歪な構図は危険です。

最高裁大法廷で開かれた一票の格差訴訟で、昨年の衆院選は違憲状態、選挙無効の請求は退けられました。14人の裁判官のうち、11人が違憲状態、3人が違憲、とする判断ですが、そもそも09年の選挙で違憲状態とされており、0増5減の選挙制度改革法案が成立したといっても、12年の選挙には区割りが間に合わず、格差は2.43倍へと拡大しています。一応、現在の選挙制度改革法では、2倍近くまで減るといっても、格差があることに変わりなく、違憲状態を継続するだけの、何らかの事情は汲み取れません。これでは、最高裁が2倍までならよい、と暗に認めたことになります。
高裁では、違憲だが有効、という判断も下っており、そこまで踏みこんでもよかった。むしろ司法から立法府への改善要求としては、今回一段階引き上げておく、ということが必要だったのでしょう。結果的に、三権分立であっても、司法の独立性が低い、という懸念を国民に想起させただけでしょう。つまり高裁では違憲14件、違憲状態2件なので、最高裁で後退したとしかみえないのです。

裁判ではよく、将来に期待することで判断を軟化させる、といったことが行われます。しかし将来の変化に期待するのは、予測できない部分が多く、裁判官の推量に頼らざるを得ない、曖昧さを残します。これは刑事事件も同様ですが、そんな曖昧さをわざわざ判断に加えて、裁判官の質や思想によって、結果に差を生じる必要はないのです。今回は大法廷という、いわば最高裁判事の多くが参加するものですが、通常なら3人の裁判官しかおらず、そこに曖昧さを含む、という点に大きな問題があります。
選挙制度改革法になど期待せず、あえて12年の選挙を純粋にみるとどうだったか? ということでいうなら、先の大審院判例からして違憲でしょう。結果的に、曖昧さが政治への寛容、司法の弱みとして映ってしまう。制度改革が必要なのは、選挙制度ばかりでなく、司法制度も同様、ということを今回の判決でも如実に示してしまった、といえるのでしょうね。

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2013年10月09日

東京高裁による裁判員裁判の否定

東京三鷹市でストーカー殺人事件がおきました。警察の対応について、被害者に警察から連絡するなど、軽率だったのではないか? との話もありますが、ストーカー規正法といっても、被害者の意向を無視して強制的な措置はとれません。恐らく、被害者が女優志望だったこともあり、コトを荒立てたくない、という思いがあり、相談して警告を与えるという話だったのでしょう。
これは被害者側が、警察の対応が自分たちと違った、という話でもでない限り、軽軽に警察の対応について疑問視するのは、ちょっといき過ぎです。警察は不祥事つづきですが、何でもかんでも批判するのではなく、冷静に双方の話を待つ必要があります。一方で、昨今のSNSや無料通話サービスなどで、よく知らない相手と付き合うというパターンも目立ちますが、それは犯罪に巻きこまれる危険性が、極めて高いものです。ネット犯罪もそうですが、ネット二次犯罪にも留意が必要です。

東京高裁で、千葉大学の女子学生を殺害した事件で、千葉地裁の裁判員裁判で死刑判決が破棄され、無期懲役に替わりました。これは非常に重大な問題があり、こうした判決がつづくなら、コストと手間と負担を鑑みても、裁判員裁判などやめるべきといえます。司法が一般の感覚と乖離しているのでは? との問題意識から、一般人参加の裁判員裁判がはじまったのに、職業裁判官がこれまでの常識を当てはめ、民間の判断を否定するのですから、尚更もって罪深いといえます。
つまり一般では、こんな凶悪犯罪をした人間は、殺害したのが1人だろうと、計画性がなかろうと、死刑にしても已むを得ない、と判断したのです。これは永山基準の否定です。ナゼか職業裁判官は、この永山基準からの逸脱を嫌がります。それは自らの判断を含めてしまうと、責任や遺恨といった自らと向き合う必要がでてくるため、です。結果的に、システマチックである分、責任からは回避される。ここに『職業』裁判官の、職業的な意識が見え隠れしています。

例えば今回の三鷹の事件も、1人しか殺害していないので死刑は回避されるのかもしれません。しかしストーカーをする人間は、愛情飢餓による執着、といった精神的な問題が見受けられます。日本ではこれまで、それを罪を軽減する材料としてきましたが、そうではないのです。そうした人間が、数年の間、刑務所にいたという実績だけで社会復帰させるのは危険だ、ということです。つまり罪は罪として罰し、刑務所に収監された後で、きちんと治療、処置を施して社会復帰させなければ、また同じ罪を犯す恐れがまったく消えていない、ということになるのです。
未だに心神耗弱で、無罪を主張する弁護士がいますが、心神耗弱になったら罪を犯してしまうような人間を、野放しにしてはいけない、ということでもあります。心療内科では薬物治療への依存、という問題が語られることもありますが、もっと刑務所内でのそうした治療を、積極的に行ってもよいのでしょう。行政には新たな負担もかかりますが、社会復帰した後、再犯することで逸失する大きさを考えたら、必要経費の範囲だと思われます。司法では永山基準が、一般の意識と乖離している問題とともに、改革が必要なことを今回も改めて感じさせた、ということなのでしょうね。

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2013年10月05日

雑感。金融関係の事件について

福島第一原発ではまた汚染水漏れがおきています。タンクが傾いていた、という理由に更なる問題を感じます。それは他のタンクでも、傾いている場合は水位計の数値よりぎりぎりである可能性があり、大きな地震が来たら洩れることもあるためです。それ以上に、傾きが地盤沈下なら今後も大きくなることが想定され、その度に洩れる恐れもある。98%までタンク内に水が入っている、という状況は異例であり、水漏れリスクとの狭間にあります。今後もこの問題は続くかもしれません。

金融機関による事件が重なっています。みずほ銀行の暴力団への融資、しかも問題が発覚してからの対応も遅々としてすすまず、未だに当時のコンプライアンス担当役員に、事情も聞いてない始末です。また投資助言会社アブラハム・プライベートバンクが、金融商品販売業者の登録もなく、商品を勧誘・販売しており、金融庁から何らかの処分が下る見込みです。
二つの事件に共通するのは、問題発覚からの対応のまずさ、です。みずほ銀は、焦げ付きもあることは認めましたが、コンプライアンス役員が数代にまたがって、この問題を放置していた。逆にいえば、内部では周知の事実であり、情報はつかんでいるはずなのに、それを公表もしない。担当役員への聴取もせず、他人事のような対応です。官民で、暴力団排除をすすめてきた中での遅れ、海外でもコンプライアンスが低い、とみられれば信用の低下にもつながってくる問題です。

アブラハム社は、明らかに確信犯であり、問題発覚後も事業形態については特許出願中、という説明をくり返します。しかし特定のファンドに集中するよう、誘導すれば顧客重視とは異なり、またそのファンドから手数料をもらえば、法に違反します。業界内でもあまり良い評判はありませんでしたが、ここまで対応が遅れたのは、メディアに広告をうち、その見返りに風評を抑える、といったブラック企業とメディア、という特有の関係性も垣間見られます。
経済事犯は、与える影響の大きさに比べ、罰則が緩いという大きな問題があります。SMBC日興のインサイダー取引の教唆事件でも、懲役2年6ヶ月、執行猶予4年、罰金150万円の地裁判決がでています。しかし金商法自体に、情報漏洩による罰則がないということが判明し、教唆として公判をすすめるなど、何ともお粗末な内容です。判決文でも金銭をうけとっていないから、と執行猶予にしましたが、金銭的な影響の大きさに比べて犯罪自体の成立が危惧されたのは、大きな問題です。

経済に携わった人間は、一度有罪判決をうけても、その知識を生かして再就職先は多い。犯罪の成立自体が困難であり、公判で罪をみとめなければ、それこそ執行猶予をうければ冤罪だと訴え、そのまま働けるような状況です。今後も金融緩和がつづき、金融部門が肥大化していくなら、尚更この手の経済事犯には厳罰で処す、といった形でない限り、歯止めが利かなくなります。政治家自身が、そうした側の人間と手を組んでいる、という話もあり、経済事犯への対応が甘いということでは、この国のコンプライアンス自体に問題がある、と言わざるをえないのでしょうね。

明日は一日、お休みしたいと思います。

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2013年09月05日

雑感。婚外子の最高裁判決について

G20が開幕し、安倍首相が念願だった日米首脳会談が行われます。しかし今回はオバマ大統領の事情で、セールス外交であり、シリア介入への支持の押し売りです。米国と違う路線をとったことがない国、米国がやることは判断を放棄し、盲目的に支持するような国は、国際的にも発言権がない。そのことは、今回の支持表明における世界の反応でも、明らかになるのでしょう。日本が支持しない、となればホットトピックですが、支持すれば今までと同じ、と受け止められます。
日本では東京五輪と、福島原発を絡める報道はほとんどないにも関わらず、海外メディアは必ずそれを質問する。放射線量がパリ、ロンドンと同じレベル、ではダメです。ホットスポットが問題なのですから。相手が納得しなければ、説明を変え、論拠を示さなければ相手は納得しない。それが海外の常識であり、出来なければネガティブに受け止められます。準備された回答を読むだけで、自分の言葉に置き換えていないものはもっとダメで、プレゼン能力がない、とみなされます。

昨日、婚外子裁判で、最高裁が民法の規定を「違憲である」としました。かつては家を基本、家を守ることを基準に、民法も嫡出子よりの規定を設けていたことは事実で、是正されなければいけませんでした。しかし、相続の問題ばかりでなく、様々な面で未だに婚外子にはつらい事情もあり、今後はそうした区別をどうしていくか? これは少子化にも関わる問題のため、重要です。
寡婦控除の問題もそうですが、社会保険の適用を検討してもよいでしょう。今はDNAで判定が可能となったため、不正は防げます。企業としては、婚外子まで保険適用すれば負担も増えますが、逆にそうした社員の態度にも目配せするようになります。これは子供からの申請があれば認める、などとしてもよいでしょう。婚外子をつくる、というのはそれだけ責任を負う、という姿勢が大事です。

仏国が、結婚を前提としない子育てを容認し、そのことで少子化対策となったように、子供にそれだけの権利、保障があれば、形に拘らず子供をもつ女性も増えるでしょう。ただこれは男性にとっては不利な面が強い。家庭の外で遊んでいる人間は、ある日突然社会的にそうした関係がばれる恐れがある。しかし、そうした責任を負ってこそ、自らの行動を考えるきっかけにもなります。
ただ、問題は古い家族制度にこだわる人間が多い、という以上に、実は婚外子などの問題を抱えるのは政治家も同じ、という面があります。近年はさすがに減りましたが、昔から英雄色を好む、として政治家が外で愛人をつくることは、よくありました。しかも政治的配慮から、それを隠蔽してきた。そんな歴史が、民法の改正に後ろ向きだった要因の一つにあります。女性の社会進出、が指摘されて久しいですが、男性中心の考え方が、そうした制度を残してきたのです。こうした結婚と子供の問題にまで踏みこんで、新しい社会の形を築く。婚外子も嫡出子と同様、社会的に様々な不利を撤廃する、という形にすることで少子化が解消されるなら、これほど有用なものはありません。今後も、選挙制度改革のように、司法の側から政治に改革を促すことが増えてくるのでしょうね。


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2013年08月22日

内閣法制局前長官の会見

イチロー選手が日米通算4000本安打を達成しました。すばらしいのは、夏の甲子園も行われていましたが、最近では高校生でさえ、自打球避けに足の甲にカバーをつけます。しかしイチロー選手はデッドボール避けのヒジ当てしかしていません。バットコントロールの優秀さを示すものですが、それで故障も少ないのですから、体調のコントロールも優秀なのでしょう。
最近、悪ふざけ写真の投稿で、現実社会でも損害賠償や退学といった事態を引き起こす若者がいます。小さい子が、大人の関心をひきたくて「見て、見て」という姿に重なりますし、悪ふざけ、悪のりはやっているときは気分が高揚し、後先を考えずに踏み外してしまいます。自分をコントロールする力に乏しい、それは今後の生活、就職でもマイナスに作用する事例です。勉強より先に「ノリ悪ぃ」などと言われても、自制する力を身につけることを学ぶべきなのでしょうね。

前内閣法制局長官が、最高裁判事への就任会見で、集団的自衛権の行使容認について、改憲が必要との認識を示しました。これに、安倍内閣の補完勢力であるメディアは反発、菅官房長官は「非常に違和感」と述べています。確かに判事が公判でもない場で、発言したことには違和感もありますが、司法には違憲審査権があり、発言そのものには違和感がありません。そもそも論として、法制局長官が変わっただけで、憲法解釈が変わるようでは法治国家ですらありません。
法制局長官の交替の話が持ち上がってから、法制局へのネガティブキャンペーンが始まっています。官庁で出世できない、組織のアウトロウの集まり。各省庁には内閣法制局の対応マニュアルがあり、変人を納得させるのにへとへと…など。しかし、これはどの組織でもあることで、別に不思議なことでも何でもありません。設計と品質管理など、チェック機関に該当するところが甘い審査をしては、製品、法案の質に疑問符がつきます。逆に、内閣法制局で躓くような仕事しかできない人間が、管理部門を批判するのです。裏を返せば、内閣法制局への批判とは、各省庁の能力不足を露呈する事実といえるのでしょう。

政治の側から、前長官が左遷に見えないよう、最高裁判事に栄転させたのに、という批判が聞こえてくるのは、政治の傲慢さを露呈します。人事権を行使して、官僚への統制を強めたい、というのが政治の悲願ですが、それは不都合があるから人事権を行使する、であってはいけません。能力不足、失態、悪意のある捏造、等があったときに断固とした措置を講じるべきで、そのことによって行政側の不正をなくす、綱紀粛正するといった形でなければ、今度は政治が暴走をはじめます。
日本は三権分立でありながら、政治が表立っている反面、行政などの官僚組織は政治の無知を利用し、自分たちの権限を拡大してきました。そんな中、司法は政治への配慮から機能不全を起こしていた、という状況です。最高裁が政治と距離をおき、違憲審査権などを行使して、暴走を抑止する力と捉えれば、前長官の発言も前向きにとらえられるのでしょう。コントロールが利かなくなり、暴走する政治、官僚をどう抑止するか? それが近代政治史の大きな課題だったともいえます。最高裁判事も、多数決の原則があるので、決して一人の意見で変わるものではありませんが、少なくとも内閣と対立してでも自説を唱える硬骨漢が現れたことは、前向きな評価をしてもよいのでしょうね。

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2013年08月16日

雑感。原発事故の不起訴判断

エジプトの混乱で、米国にエジプト軍への支援金に対し、批判が上がっています。しかしここで、米国が支援を止めると、その怨嗟がイスラエルに向かう恐れがある。米国としても苦しい状況です。外国への支援、協力というのは風向き、事情が変わった途端に、支援国をも含めて問題を抱えます。だから慎重に、やるときは断固とした決意で行うべきですが、今の安倍政権は対中包囲網のため、安易に周辺国へ支援しているようにみえます。エジプトの問題は、外国との付き合い方に対する一つのテーゼであり、日本とて対岸の火事と思わない方がいいのでしょうね。

先週、福島原発第1事故に対する、業務上過失致死容疑などで告発された菅元首相をはじめとする40人に対し、検察は不起訴とする方向と伝わります。検察は「当時は津波の高さに統一的見解がない。事故の予見性はなかった」とする見立てですが、この見解には異論があります。自然災害に対して、そもそも統一的見解はありません。過去のデータを集め、そこから想定するものであるため、平均値ではないのです。研究者によって差がでるものであり、全員が集まって統一見解を決める、といった類のものではない。だからこそ、対策を講じるものは最悪を想定し、より高い危険度に対応できるシステムにしなければなりません。それができたかどうか、です。
菅氏は事故時の対応について、ですが、当日の視察云々の話より、SPEEDIを利用せず、国民に無用な被曝をさせた罪の方がより重い、といえます。SPEEDIは新聞、テレビなどでも度々指摘されており、知らなかったは通用しない。信頼性が低い、といっても何にも基づかない独自の判断の方が、よほど信頼はできません。その点を検察がどう判断するか? それでも不起訴の判断なら、検察は裁判という場を活用せず、独自判断を用いていると指摘されても仕方ないのでしょう。

しかし日本では、検察を監視するシステムがないに等しい状況です。検察審査会も、ヤメ検弁護士が補助でつけば、骨抜きも同然です。陸山会事件で、虚偽捜査報告書の作成で当時の検事がふたたび告発されていますが、今回も捜査は検察が担当します。本来、公安委員会が機能すべき場面ですが、政治も警察、検察と一体となっており、馴れ合っているため監視には適しません。
エジプトでは、国民の信頼が高かった軍が、強制排除によって信を失いつつあり、それが混乱の長期化を想定させます。日本では、政治もそうですが、検察、警察などが信を失っており、それは今後の国民の行動にも関わってくるものになりそうです。エジプトでも『弁解は過ちより悪い』という言葉があります。原発の事故、という重大な過ちを犯したのに、弁解だけで済ませようとしたり、検察のおざなりな捜査で、自分たちの手法の誤りを隠してしまったり、それがもっとも信を失う行動といえます。白日の下、堂々と公判で白黒つける、ということでない限り、これらの事件について国民が納得することはないのでしょう。検察の捜査、判断が信用できなくなった今、検察の語る理由すら詭弁に聞こえるようでは、抜本的に司法システムを見直す時期にきたことを、これらの問題は強く意識させることになっているのでしょうね。

明日、明後日はお休みしたいと思います。

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2013年06月12日

雑感。警察の不祥事について

サッカーW杯出場を決めた夜、渋谷駅のスクランブル交差点で、演説により混乱を回避したとしてDJポリスなる愛称をつけ、称賛する向きがあります。しかしそれを覆して余りあるほど、警察不祥事が相次いでいます。証拠品、証言の捏造、剰え公判における偽証に発展するものまであり、さらに盗撮、猥褻や買春など、ニュースにならない日がないほど、警察官による不祥事があふれています。
しかも大手メディアがとり上げないか、とり上げても小さな記事なのが、国連の拷問禁止委員会で人権人道大使がキレた件です。これも、日本の警察捜査における問題点を指摘するものです。容疑者の長時間の拘束、また取り調べ、弁護人の立会いもないままとられた調書を、証拠採用する。これらは、海外から「中世」とまで称された。日本の警察官の捜査手法は、前時代的だとバカにされたのです。それでも取り調べの可視化に否定的だったり、警察は内部改革がすすまない。証拠、証言の扱いが杜撰だったり、モラルさえ低下している。今さら、DJポリスを前面にたて、警察のイメージを改善しよう、という思惑を働かせる前に、きちんと警察改革をしなければいけません。

国連の拷問禁止委員会をとりあげないメディアも、結果的に司法権との癒着を匂わせます。これは陸山会事件でもはっきりしましたが、警察はメディアに自らが考える事件のシナリオを語り、世論をそうした事柄が、あたかもあったかのように錯覚させ、有罪というムードをつくりだす。裁判も世論に左右されやすいので、こうした手口がこれまで横行してきました。未だにその関係は続いており、メディアは司法に配慮して、国連の報道は手控える。一方で、米国の意向にも沿う慰安婦に関するものは、すぐにとり上げる。どちらも重要度は同じはずなのに、です。
日本の警察の歪みは、実はドラマにも現れます。鑑識は下、刑事が上、そんな形で描かれます。現実とは違う、とはいえ警察内部でも、この意識は変わらないでしょう。刑事が考える事件のシナリオ、それに基づいて証拠を集めるのが、ごく一般的です。証拠が先で、それに基づいてシナリオを組む場合、当然のように鑑識の地位はもっと上昇しているはずでしょう。そして米国のCSIなどは、明らかに証拠を集め、分析する側と警察官がほぼ対等で描かれます。証言に頼れなくなれば、そうせざるを得ないのです。しかし日本はそうならない、していないことが問題です。

そんな中世のドイツでは、聖フェーメ団と呼ばれる民間の、自警団が存在しました。未だにエンタメでは影響を与えており、死刑になると木に吊るされ、そこに判決文をナイフで止める。そんなシーンは、この聖フェーメ団の活動によるものが投影されています。当然こうしたものは治安の乱れ、警察や司法が信じられなくなり、民間がつくりだした組織です。日本はこうした状態だ、とまで指摘されたのです。これで警察が改善にむけて動かなければ、本当に民営の自警団が必要な時代が来てしまうのかもしれません。
警察に改革を任せていては、遅々としてすすまない。今のメディアも、警察寄りの意見しか述べないので、改革を促すことができない。ならば、国会が動いて法改正をするしかありませんが、今の自民党も警察組織を利用してきた側面があり、それも難しい。結局、国民が警察に呆れ、信を失ってからでないと、本格的な改革にはならないのかもしれません。DJポリスの話術でも、警察不祥事をかくすことはできません。自浄能力がないのなら、その内本当に日本でも聖フェーメ団が必要になってしまう。そうなったら不幸以外の何者でもないのでしょうね。

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2013年04月08日

砂川事件における最高裁判事の態度

東電の汚染水漏出の問題、色々と根深いものがあります。今回の件を事象、としか表現していなかったこと、3月半ばから水位の低下、貯水槽の外側で線量が確認されたにも関わらず、漏出を公表しなかったこと。さらに漏出したSrの量も、低く見積もっていること。これをみても、東電は技術者集団でないことが分かります。通常なら安全サイド、異常があればまず疑う、Srの量も多めに見積もる、これが技術者です。しかし経営者は、インパクトが少ない方をのぞみ、リスクを低めに見積もる。これをみても、東電が事故対応することへの不安が募るのでしょう。
今はまだ、海洋汚染はないとしますが、地下水に入り込んだ後の挙動は不明です。しかも東電は敷地内に、井戸を掘って建屋に流れこむ地下水を、制限するよう試みていますが、その地下水から汚染水が噴き出したら? つまり水位が下がって建屋からの流出が起これば、それは東電が逆の対策をしていることに、他なりません。増え続ける水は濃縮するしかなく、高レベル廃棄物として、六ヶ所の再処理施設にて中間貯蔵するしか、現状の手はないのかもしれません。

砂川事件における、最高裁判事が判決をだす前、米側と会談をもっていたことを示す文書が、米国で発見されました。内容は公判日程、評議の内容、見通しなどを伝え、米国側は「全員一致で」評議をだすよう提案、少数でも意見が割れると世論が揺れる、とまで指摘したと書かれています。これは非常に示唆的で、これと同じような結果が、つい先ごろも起こりました。
日銀の金融政策決定会合で、全員一致での緩和策を承認した件です。しかも、黒田氏は記者への説明のためのパネルまで準備、日銀が一体となってデフレ脱却をめざす、と示した形です。しかし審議委員のうち、これまで緩和に否定的だった委員もおり、突如として意見を翻した背景に、緩和は米国の意向、といった大義をかざしたと推測されます。日本には司法の独立どころか、米国にも服従しており、剰え経済分野も同じように米政府の承認マターなのでしょう。

最高裁判事の件が、単に戦後混乱期の一事象と考えるには、判例がそれを否定します。陸山会事件で、二人の秘書が上告を断念しましたが、一審は推認、二審は追認、最高裁は米国の承認、では勝てるはずもありません。米国にとって都合の悪い政治家を排除してきた歴史は、最高裁の汚点といってよいものであり、それを今回の文書は『公認』した形となるのでしょう。
米国の投資家などが、盛んに円売り誘導発言をくり返しますが、これは円売りを仕掛けても強固に抵抗してきた、日本の投資家・ミセス・ワタナベを売りに転換させ、更なる儲けを出そうと画策する動きです。しかし日本の投資家に、円を売って海外資産を買え、と指摘している割りに、今の日本株を買っているのは外国人投資家です。すなわち、彼らは国内向けに、逆を指摘しているのです。自分たちが円買いすれば、為替差益がでるから日本株を買え、です。黒田日銀総裁が、如何に米国にとって都合いい判断をしたか、それは将来はっきりするのでしょう。

日本は様々なものが、未だに米国からの敗戦国扱いなのです。例えば安倍首相は憲法改正論者ですが、その前に日米紳士協定や、思いやり予算など、戦後の主権回復を祝う前に見直すべき点は、多々あります。そうした問題を後回しに、憲法改正を先に、という考えは胡散臭いものでしかありません。政治、経済、司法に至るまで、米国のお伺いを立てないと前にすすまない、そんな国のまま憲法を変えるのなら、それこそ改悪にしかならない点は残念なのでしょうね。

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2013年03月26日

選挙無効の司法判断について

敵対的TOBに発展している西武HDと、米投資会社サーベラス。西武HD側を擁護する意見に、公益性や公共性を指摘するものもあります。しかし米国では、公益性や公共性などは公的機関が担うべきであり、企業はあくまで収益性の拡大と価値向上を目的とする、という考えです。そしてTPPに参加すれば、日本の意見など簡単に覆され、TOBが成立することは言うまでもありません。
経団連など7団体が連名で、緊急提言をだしています。中身は集団訴訟制度の導入に反対する、というもので、米倉会長など「景気に冷や水」とまで述べます。しかし企業が広く消費者に損害を与えておいて、集団訴訟ではなく個別で、というのは論に合いません。これもTPPに参加すれば、米国では当然の制度であり、日本は受け入れざるを得ません。TPPの不利益が徐々に見え始め、企業側に焦りもあるようですが、官僚と謀って都合よい部分だけを導入したい、と企業が考えてもそれは無理です。米基準に耐えられない企業は淘汰の憂き目に遭うのですから、提言などで政府を動かすより、TPPに反対するか、参加しても問題ないよう企業が備えないなら、経営者として失格です。

広島高裁岡山支部で、一票の格差訴訟で「違憲で無効」との判断が示されました。しかも0増5減では不足、と選挙制度改革まで踏み込んできました。先の大審院判例で、すでに違憲との判断は出ているので高裁の違憲判断は当然ですが、政治家は「踏み込みすぎ」など、三権分立の原則を忘れたかのような反応が目立ちます。司法には違憲審査という権限があり、今回の不平等に関する判断など、司法判断が重視されるのです。政治家の増長がこんなところに顔をだします。
立法府の動きが遅いなら、今後は最高裁が区割りを決める、といった形でもよいのでしょう。その際、人口比率に応じて県ごと、若しくは道州制における区割りごとに議席を比例配分する。選管もそれに応じて選挙区を、選挙ごとに見直す。人口が減っているところは選挙区が統廃合され、拡大していく一方で、増えるところは選挙区が縮小される。こうなると、今のように後援会員の獲得に躍起、といった選挙活動は効果が低くなります。選挙区が大幅に変わってしまう可能性があり、従来型の選挙運動ではなく、よりネットの活用といった無党派の獲得が重視されます。

大胆な改革としては、人口50万人に対して議員1人、と決めてしまう。それで小選挙区は200議席超となり、残りは比例で100。これで一気に150議席減です。数は一例ですが、人口比率で議席が決まる形となれば、議員も数を増やしたければ少子化を何とかするしかない。地元に無駄な公共工事を引っ張ってくるより、市民が定住してくれるような産業を、誘致しようと努めるでしょう。それは県や市単位でも、住民サービスの向上を促し、住民票獲得に努めるようになります。
今は企業が工場をつくっても、すぐに閉鎖、移転などが起こり易い環境となっています。真に住民を増やすためには、どんな施策が必要か? 今一度、議員が考えるべきなのでしょう。それが、明日が我が身の危うさ、と差し迫れば必ず人は行動を起こします。選挙区への利益誘導に陥る懸念はありますが、むしろその選挙区自体が、次の選挙で変更してしまうとなれば、尚更市民の獲得を本気で考察するでしょう。自浄作用とは、そういう形で発揮されねばならず、今のように0増5減で留まっているようでは、真の意味で選挙制度改革などムリなのでしょうね。

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2013年03月13日

春闘の動きについて

扱いが小さくて逆に驚きますが、陸山会事件における東京高裁による判決がでました。資金移動が公判で説明できなかった、として裏献金を認定。それを隠す目的だったとして有罪判決をだしました。驚くのは、資金が渡った証拠もないのに、それを認定してしまうことです。あたかも、被告側に立証責任があり、資金移動について証明せよ、そうでなければ罰する、との立ち位置にみえ、法曹界のゆがみがこんなところにも見え隠れします。本来、水谷建設側の資金移動が明確であり、裏献金の事実があれば有罪でも問題ありませんが、それはありません。
被告は、小沢氏側の資金について明らかにすればよく、それは検察の捜査でも4億円以上の公金が手元にあったことは立証済みです。それでも、裏献金と認定する根拠とは一体何か? 相変わらず推認ということなら、司法はどんな人間でも有罪にできてしまうことを、この裁判は証明するのでしょう。そして、散々大騒ぎしたメディアが、この判決を報じないことも、この事件における立ち位置がわかります。論評すると、矛盾が大きすぎるため無視するしかない。この裁判の経緯を追うと、司法とメディアの問題に、常に突き当たってしまいます。

今年の春闘は、ボーナスなどの一時金の増加を満額回答する、自動車関連などが目立ちます。しかし企業はまだ円安の恩恵をうけておらず、これは内部留保の吐き出しであり、応じられるのは余裕のある一部大企業のみです。しかし今回、円安で苦境に陥るとみこまれる企業にも賃上げ、ボーナスアップがみられるなど、異様な光景もみられます。あくまで噂ですが、消費税増税が達成した暁には、法人税減税を約束しているともされ、企業も協力的とされます。
これには国内大手銀が、愈々法人税を納める段階にはいったことも、影響しているとされます。財務省としては、法人税減税による税収減を、不良債権の処理によって減免されていた銀行からの税収で賄える。法人税減税にむけた基盤が整ったことで、企業に減税を約束し、国内の需要喚起に協力してくれ、と要請をだした。一時金なのもそのためで、要するに1、2年ムードをよくしておけば、消費税増税、法人税減税のレールが敷ける、ということになります。

しかし米国でも、消費に鈍化傾向がみられます。ガソリンの高騰、増税により家計が支出を控えています。賃金の伸びは低く、住宅市場が回復という話も、シェールガス革命により新たな土地、地域が活況となっただけで、既存の都市にまで恩恵はまだ訪れていない。デトロイト市が破綻を警戒されるなど、地方政府の財政難は継続しており、それほど手放しで米経済の回復を楽観できる状況ではないのです。そしてこれは、日本にも当てはまる状況といえます。
日本では長期金利の低下も話題です。年金基金が、保有株式の上昇により、運用の割合を調整する関係から債券も購入、長期金利が0.5%代を窺うところにきています。しかしすべて良い方向にいく、という経済は、逆に考えれば、逆回転をはじめると負の連鎖がおきる経済でもあります。株価が下がれば、国債も売られて金利が上昇、企業の資金調達にも支障がでる、ということです。安倍ノミクスのリスクとは、まさにそこにあります。リスクコントロールが利きにくい、それは金融という、実体とは違う部分に頼るからで、仮想の部分は変動も激しいのです。

現在の金融相場、そして先進国が今後どう展開するかは、課題でもあるのでしょう。金融をじゃぶじゃぶにしても、インフレも起こらないばかりか、金利はさらに低下する。結果的に、世界が抱えるリスクも、またそこにあります。リフレ派が主張するような事態が、本当に成立するのかについて、きちんと検証しておくことが、今後を考える上でも大事なのでしょうね。

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2013年01月26日

東電の旧経営陣は裁かれるか?

東電の旧経営陣に対して、検察が事情を聞いたようです。容疑は津波の想定と、その対策を行わなかったことによる、業務上過失致死の告発をうけてのものです。想定を超える津波は、大震災前から指摘されており、問題は対策を遅らせたことによる責任が、企業体に課せられるかどうかです。企業は新たに得られた知見で、それが危険を伴うものである場合、どこまで対策をとらねばならないか? これは今の道路補修にも関わりますので、刑事事件として司法判断をうけるのが正しい。
司法判断は難しいですが、予見性はあるため責任は存在します。例えば、明石歩道橋事故の裁判があります。多くの人が集中し、事故が予見されたのに、警察は適切な警備を怠ったことへの司法判断であり、まだ確定していませんが、つまりある事例が起こることが、相当程度に想定される場合は、対策をとらないことが問題となる。そうした判断に照らせば、宮城沖に巨大な地震、津波がくることは想定され得るので、罪に問うことも可能でしょう。大事なことは、責任ある地位にあり、その責任を果たさない場合は過失となる、という根本的な刑の考え方です。
ごく簡単には、車を運転する者には責任があり、事故を起こせば業務上過失致死になる。事故を起こす可能性が低い場所であり、予見性が著しく低くても、罪に問われる場合もあります。それは確率ではなく、責任の度合いによって変わるのです。検察は、今のところ告発されたことを事務的にこなす、といった態度ですが、警察不祥事を覆い隠すため、事件化する可能性もあります。先に指摘したように、道路も地震が起きた場合、倒壊すると指摘されれば同じ問題が発生します。これは司法が、管理責任を明確に指摘するべきであり、検察の態度はより重要となるのでしょう。

そんな原発の問題では、敦賀原発の近傍にあるのが活断層か、ズレかでもめています。科学的判断は、研究者にしかできませんが、例えば上記の問題はここにも適用が可能です。活断層の可能性が、50%以上なら廃炉、50%以下なら再稼動、などという問題ではありません。活断層の可能性が相当程度あるのに動かせば、そこに責任が発生します。つまり予見性があり、事故を起こす可能性があるのですから、その確率が高かろうと低かろうと、必ず責任はついて回るのです。
問題は、その責任の多寡により無罪か、執行猶予か、実刑かの判断が別れるのであり、今はその最初の判断を検察がしている。それが正しいのかどうか、です。検察審査会制度もありますが、それとて検察が不起訴とした問題のみが審査され、検察が告訴をうけても却下すれば、何もできません。また検察審査会も、検察が集めた捜査資料で判断する以上、偏った結果を導く可能性も指摘される。捜査全体が、ある特定のシナリオに沿って行われるため、そのシナリオに基づく部分のみ、捜査が深堀りされるため、どうしても審査する側に先入観がついてしまうとの問題もあるのです。

原発の問題は、必ず事故を起こさないよう、リスクを最小化しなければ動かさない、という判断が必要なのです。しかし、安倍政権は原発再稼動に前向きで、原安委もそちらに傾き始めたとみられます。ただ、今回も活断層の疑いが拭えないなら、それで再稼動のお墨付きを与えることは、責任をもってすべきです。そしてその責任が、もし間違っていれば事件として裁かれる、との自覚が大事なのです。それこそ慎重に、科学的な検証をうけるという態度につながるのです。司法の判断がどうなるかは不明でも、責任があり、それによって多大な被害をうけた場合は、きちんと法廷という公の場を活用することが大事なのでしょうね。

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2013年01月15日

雑感。補正予算の話など

補正予算が閣議決定されました。気になるのは、日本経済再生本部の実権を経産省がにぎっており、それは首相秘書官に二人も経産省の官僚がおり、首相補佐官にも経産省OBがつく、といった形の中で、やたらと官民ファンドが多いことです。経産省の利権主導で、投融資が決められた場合、それは『効果』よりも天下り受け入れなどの『貢献』によるのではないか? つまり経産省との繋がり、経産族議員との結びつき、により差配される恐れが極めて高い、ということにもなります。
一方で、日銀総裁人事に関して、官邸で行われた会議では上げ潮派ばかりを集め、しゃんしゃんで済ませたようです。どうも安倍氏は、耳に痛いことをいう人物を遠ざけてしまう傾向があり、それはFBなどの活用にもみられることです。人事案件なのですから、広汎な意見を集めた方が利もあります。こちらは日銀と、財務省との権力争いの構図ですが、上げ潮でなければ安倍政権に参画できない、となれば、多くがそちらに靡き、検証という大事な作業を遠ざける結果にもなるのでしょう。

安倍ノミクスから、相場は上昇基調です。ただ、米国のApple株が500$割れを試すなど、日本株はApple株の裏と化している面があるようです。つまり年金やファンドなどが、ポートフォリオを組む際、日本株を組み入れなければ、という焦りからみんなが一斉に買う、需給相場になっているということです。Apple株は9月後半に700$をつけた後、調整局面に入っており、日本株は11月中盤から上昇局面に入りました。需給で上げれば、それが止まれば後は下げるだけで、実体経済を反映する局面に入ります。それが日銀の金融政策決定会合後なのか、もう少し先なのかがカギとなるのでしょう。
今日は甘利経再担当相の発言で、円安基調が一気に崩れましたが、これが需給相場です。ファンダメンタルを反映したものでないため、非常に脆いのです。Apple株が弱含んでいるのは、液晶パネルの発注を低下した、という面があり、結果的にそれは成長期待の剥落です。安倍ノミクスへの期待に、首を傾げざるを得ない局面がきたら、それは売りシグナルとなってしまうのかもしれません。

話は変わりますが、東京地裁で国松警察庁長官銃撃事件で時効が成立した際、オウム真理教信者による疑いを会見で述べた警視庁、東京都に重大な違法性を有する、として名誉毀損が認められる判決が下されました。最近の、歪んだ警察の正義の一端を、司法の側から指摘した判決です。警察は今、社会的に危険と認識される組織は、徹底的に糾弾してもよい、という風潮にあります。それは暴対法であったり、2ちゃんねる管理人の拘束だったり、そして今回のオウム真理教でもあり、その中の一つには陸山会事件もあったのでしょう。つまり危険だから、何をしてもいい。自分たちが正義で、相手が悪であり、悪を退治するのだから何が悪い、という開き直りにみえます。
しかし本当の罪、実体を捉えなければ、今は警察が正義なのか悪なのか、そこが揺らいでいるといえます。捜査情報を漏洩した刑事、資産家夫婦を殺害した刑事、わいせつ事件を起こす刑事、今は警察官でも犯罪人となる率が上がっており、それは聖職でなくなったことの、端的な証明ともなってしまっています。そこへきて、組織としての正義感の歪みが、冤罪、不適切な取調べといった面に現れている。これでは警察が、権力をにぎった暴君、そう国民から見られてしまいます。
いい加減、警察は組織的体質を見直し、出直さないと国民からの不信感は一層強まり、警察に非協力な人が増えてしまうのでしょう。時に、批判や非難の声に耳を貸し、違った血を入れるぐらいでないと、組織的な問題を改めるのは難しいのです。耳に痛いことは、実は一番自分のためになる、ということを十分に弁えていないと、暴走も増えてしまう、ということなのでしょうね。

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2013年01月12日

雑感。一般医薬品のネット販売解禁

ラスベガスで行われているCESで、日本の電機メーカーは続々と4K2Kテレビを発表しています。ただ、テレビはすでに白物家電と同じ、一家にふつうにあるものとして考えた場合、高ければ売れません。今はRetinaディスプレイなどが出てきて、画素密度には関係なく、画像エンジンの差のみがフルHDとの差となりますが、数十万円の開きはあまりに大きく、これでは優位性は低くなるでしょう。
そうこうする間に、中韓の電機メーカーが安価な4K2Kテレビをだし、市場占有率を高めてテレビなら何、といった称号を得ることになるのでしょう。どうにも歯がゆい限りです。研究開発費を早めに改修したい、赤字のテレビ事業を黒字化するため、高級品志向にしたい、という路線は理解できても、それでは商売としては失敗です。汎用の部品さえ組めば、今はある程度のものは出来てしまいます。パソコンより出来ることが少ないテレビは、白物家電のように研究開発費に予算は割かず、つくって売るに徹した方が利益率も高いのかもしれません。CESでも日本メーカーは酷評のようですが、日本の製造業復活には、経営者のマインド転換が必要なのかもしれませんね。

昨日、最高裁で一般用医薬品を省令で規制する件について、ネット販売を事実上認める判断が下されました。医師などの意見を踏まえ、省令で規制をかけることには一定の理解を示したものの、職業活動の自由を奪う点を重視、ネット販売でも対面販売と、同様のサービスを行えるといった原告側の主張が受け入れられ、原告二社に認めると同時に、大審院判例が適用されることから、全面解禁です。
ネット販売への不安は、実は対面販売でも同様のことが起こりえるものです。症状について正しく伝えられるか? 不正販売が増えるのでは? 薬物依存に陥る危険性は? これらは店頭販売でも起きえることで、問題は『安易さ』によりそのペースが加速するかどうか、です。恐らくこれは起こりますが、一方ではその利便性のお陰で、助かる人もいるのですから、どちらに重きをおくか、です。ただしネット販売会社に薬剤師の常駐を義務づけたり、購入者からの問い合わせへの対応などを、常に監視することは必要ですし、不正業者への法整備なども必要となってくる点は注意が必要です。

これは規制緩和の一つとなりますが、緩和しても取り締まり、監督は増える、ということを端的に示します。つまり緩和が『小さな政府』にはつながらず、国民が安心して利用するためには、監督官庁のの必要性が増すことを意味します。しかし利便性が増せば、その分の市場拡大は期待でき、一方で淘汰される業者も出てくるでしょう。医薬品も、そうした取捨選択を国民ができることによって競争型になる、市場原理に委ねるということなのです。その場合、監督官庁がその任を果たせない場合においても、監督官庁に責任をとらせる、といった仕組みも必要かもしれません。
日本の置き薬制度が、世界では重宝されています。薬を買いに行く、病院に行くのも大変な村でも、常備薬があるという状況が平癒に役立っているためです。例えばネット販売でも、登録しておいた薬を、交換時期がくればお知らせしてくれたり、量の増減を管理してもらったり、といったサービスが生まれるかもしれません。それは市場に委ねることによって、生まれるものであり、人々がどういった形態でそれを利用するか、も選択的であってよいのでしょう。何より、日本でも高齢者が増え、医療過疎地があるのが現状ですから、こうしたサービスを積極的に活用する、といった態度が必要となってくるのかもしれませんね。

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