2017年09月13日

ルパート・スパイラのリトリート in トスカーナ体験記1

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イタリア、トスカーナで8月19日から26日にかけて7泊8日で行われたルパート・スパイラのリトリートについて書いてみたい。

会場は、トスカーナの丘陵地隊にあるかつて中世の修道院だった建物を改修したリゾートホテル。ぼくの申し込みが遅かったため、その建物内の宿泊施設ではなく、さらに奥の未舗装の道を車で10分ほど走ったところにあるコテージに宿泊することになった。しかし今回はレンタカーを借りていたし、コテージからは遠く朝日を望め、プールも付いていて毎日泳ぐことができたので、往復の手間はあったが、コテージに泊まるのが結果的にはよかった。

南アフリカからブラジルまで世界中から150人以上の人が集まってきていた。日本からはもう一人、女性が参加していた。男女比は、やや女性の方が多かっただろうか。年齢も比較的高めの人が多い。
ルパートが伝えているダイレクトパスは、外側での探求を散々した人が辿り着くことが多いからだろう。

ツインルームの相方は、ロシア人のイゴール。年齢はほぼぼくと同じ。10年間ほどサハリンで漁師をしていたこともあるというのだが、いまは医師だけで40人がいるというヨーロッパ最大のドイツのアーユルヴェーダ施設でアーユルヴェーダの施術をしている。その施設には、アジアも含め世界中から治療に来るとのことで、給与もいいのだろう。ベンツEクラスのステーションワゴンを1000キロ以上走らせてきていた。彼はルパート・スパイラの本をロシア語に翻訳をし、ロシア語圏に広めた。今回も通訳を兼ねて参加していた。

彼も、ぼくが2005年から10年間通ったインドのワンネスユニバーシティに、同じく2005年から何回か通っていた。そのことを知ってお互いに大いに笑った。世間は狭い。彼の元奥さんは、いまでもワンネスユニバーシティに通っているそうだ。

初日の19日は、全員で夕食を取ったあと、最初のレクチャーがあり、翌日からは、毎日、午前11時から約2時間の黙想、午後の5時から同じく2時間の質疑応答が繰り返された。

余談だが、食事はベジタリアン。インド料理のベジタリアンを一ヶ月ほど続けたことはあったが、イタリアンベジタリアンを1週間続けるのは初めての経験だったが、パスタ、チーズ、野菜、豆、穀類、フルーツとインディアンとはまた違った美味しさだった。通常のベジタリアンとは別にグルテンフリーの料理も用意されていた。ディナーでは、赤、白ワインも出るのだが、車だったので、これは残念だった。

と余談ばかりになってしまった。リトリートの中身についても書きたいと思うのだが、まだ自分のなかで咀嚼しきれていないので難しい。

次回は、それにトライしてみたいが、さてどうなることやら。








anandtao at 12:08|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote 瞑想 | OSHO

世界を変容させるための論文が公開された EPM、EPMトークン

「公共貨幣」の著者である元同志社大学教授・山口薫氏と山口陽惠氏の共著による論文が発表された。

公共貨幣システムと暗号通貨の技術を使って、いまの債務貨幣システムに替わる新しい貨幣システムを全世界に導入するために書かれた画期的な論文だ。

Public Money, Debt Money and Blockchain-based Money Classified
http://www.muratopia.org/Yamaguchi/doc/MoneyClassification.pdf

現在のお金は、債務貨幣システムと呼ばれる制度によって作られているが、その制度下では、お金は民間銀行が利子付きの借金としてだれかに貸し出すことによって生まれる。

したがって、世の中に実際にあるお金の量は、会計上あるべき量よりも常に利子分足りない状態が生み出されている。つまり利子分の足りないお金をめぐって、世の中はいつも椅子取りゲーム状態である。だれかがその足りないお金を返済できずに破産するか、足りないお金をだれかがさらなる借金をして埋め合わせするしかなく、債務貨幣システムである限り、この不安定な状態は続く。

さらに借金として民間銀行によって0から生み出されたお金は、借金が銀行に返済されると0となって世の中から消えてしまうので、お金の量は、常に増えたり、減ったり、不安定である。貸し出しが増えればバブルとなり、貸し出しが減れば不況となる景気の乱高下が繰り返される。

また利子という制度によって、お金を借りるものからお金を貸し出す銀行へとお金が自動的に吸い上げられる。
イエスは高利貸しを追い出したし、キリスト教は長く利子を禁止していた。イスラム教はいまでも利子を取ることを禁止している。有名な児童文学作家ミヒャエルエンデは「最後の遺言」というNHKのインタビュー番組で、人類がこの利子に基づく金融制度を変えなければ、人類は生き残れないだろうという言葉を遺している。

不況時には、銀行は借金を返せないものから担保として土地や建物などの財産を没収する。こうして長期間のうちに富が銀行へと集中していくシステムである。一方で、銀行が不良債権を抱えて倒産しそうになると、金融安定化という大義名分で、政府によって公的資金注入という名の税金による救済措置で、銀行は守られる。
誰かが、政府は銀行のために税金を徴収する機関であると言った文章を目にしたことがあるが、確かに現在の社会は、通貨発行権、お金を作る利権を持っているものが頂点に立ち、それに政府、行政、司法、警察などの機関が仕えているようにも見える。

さらには、前述した椅子取りゲームによって、経済は常に成長というよりも膨張を強いられる。なぜなら、お金は利子付き債務として発行されるので、その総量は自動的に幾何級数的に膨れ上がる。それに対応してGDPが増えなければ、国民は借金を返せないのである。その結果、無駄なもの、不要なものが大量に作られ、多額の宣伝費をかけて、無理やり欲望を刺激し、無意味な大量消費、大量廃棄が繰り返され、地球の環境を破壊し続ける。

わかっちゃいるのにやめられない。なぜなら借金を返さなくてはならないから。

そしてだれもお金を借りる人がいなくなったら、今度は、国家が最後の借り手としてお金を借りて、市場にお金を流さざるをえなくなる。その結果、日本を筆頭に先進国各国、どの国も借金が返せない額まで膨れてしまっている。

もはやいまの貨幣システムは崩壊寸前であるが、さらなる借金による借金の借り換えで問題を先送り中である。

このデッドエンドの債務貨幣システムに替わる貨幣システムとして提唱されているのが公共貨幣システムだ。

公共貨幣システムは、民間銀行ではなく、また半官半民の日銀でもなく、正真正銘の公共を担う機関が、利子なしでお金を公共のために発行する。あくまでも経済の円滑な交換のために発行されるお金である。

それに対して債務貨幣システムでは、民間銀行が自己利益のためにお金を発行している。利子という利益を得るために発行されたお金である。

1929年の世界大恐慌は、債務貨幣システムの最初の世界規模の危機だったが、その直後に、シカゴ大学の経済学者や当時の米経済学学会会長アーヴィン・フィッシャーらが提唱した債務貨幣システムに替わる新しい貨幣制度の導入をルーズベルト大統領に進言した。しかしその根本的な解決策は無視され、代わりにグラス・スティーガル法という骨抜きの金融規制法案が成立した。シカゴプランやアーヴィン・フィーシャーの提案の流れを受け継ぐ「公共貨幣システム」は、大恐慌に次ぐ第二の債務貨幣システムの危機であったリーマンショックに対応して、山口薫氏によって2008年に論文発表された。

その直後に、奇しくもサトシナカモトのビットコインの論文が発表され、翌2009年、その論文を実装したビットコインという発行主体のない暗号通貨が生まれた。

今回の山口薫・陽惠氏の論文は、それらの流れを総括し、公共貨幣システムと暗号通貨の技術を使って、債務貨幣システムに替わる公共貨幣システムを全世界に導入するビジョンを示した。

暗号通貨技術を使った公共貨幣Electric Public Money(EPM)、その公共貨幣を全世界に徐々に実装していくために考案されたEPMトークン、そしてそのEPMトークンをまず地方経済に導入していくためのビジネスモデルが説明、紹介されている。

この論文は、9月14日にアメリカ貨幣制度改革の会議で初めて世界に公式に発表される。
Public Money, Debt Money and Blockchain-based Money Classified

このアイデアが、世界中に拡散されることで、いよいよ地球文明は次の段階へと意識的に移行できる準備が整い、世界中の人々が新しい貨幣制度、EPMの実現に向けて世界各地で動き出していくのではないか。

それほど画期的な時代を画する論文だと思う。

現在の文明を見える形で支配しているのが軍という暴力装置である。これはだれにもわかりやすいが、見えない形で背後から支配しているのが貨幣制度である。それはいわば文明の無意識のOSとも呼べるものだが、この論文は、その無意識のOSを意識化し、その問題点を明確にし、その支配から解放され、人類がそのポテンシャルを最大限発揮できるための新しいOSを示している。


公平で、自由で、豊かな共生の世界を望む全世界のすべての人々に向けて発信されたビジョンである。

近いうちに日本語訳も準備されるはず。その時は、またお知らせします。

公共貨幣プロジェクトに参加したい人は是非、フォーラムに参加してください。

公共貨幣フォーラム
http://www.muratopia.org/Yamaguchi/MoneyForum-j.html





anandtao at 10:19|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote 公共貨幣 | 暗号通貨、ブロックチェーン

2017年09月11日

人を惑わせ、迷わせる教え

私たちは未来にもいないし、過去にもいない。
あそこにも、そこにもいない。

私たちはいつもいまここにいる。

いまここの主観的な体験には時間も空間もない。
いまここの主観的な体験から時間や空間という概念には実体がないことがわかるからだ。

私たちの主観が体験している対象的な世界には時間が流れている。その時間の流れに沿って対象的な世界は空間的に展開している。しかし私たちの主観的世界は常にいまここに動かずにある。

私たちは、普段、時間の流れに沿って空間的に広がる対象的な世界に注意のほとんどを向けているが、対象的な世界と主観的な世界のどちらがより本質的かと問うたならば、その答えは自ずから主観的な世界になるはずだ。

なぜならわたしという主観的な存在によって対象的な世界は経験されているからだ。

主観的な世界は常に私たちとともにあるが、例えば寝ている時、対象的な世界は存在していない。つまり対象的な世界は、私たちの主観的が五感を通して体験しているものだからだ。

であるならば、私たちの主観的な世界に注意を向け、その世界を知ることが決定的に重要になる。

そして主観的な世界を探求する時、自然科学と同じように実証的、体験的に知る必要がある。

ここまで長々と書いて来て、やっと今回書きたいことの本題にたどり着いた。

主観的な世界についての教えは、古来から現在に至るまでさまざまなものがある。
しかしそれらの教えのほとんどは、人を惑わせ、迷わせるものではないだろうか。

なぜなら、ほとんどの教えは、いまここにはない何か、それを真理と呼ぼうが、愛と呼ぼうが、マインドフルネスと呼ぼうが、あるいは悟り、幸せ、神、成功、夢、平和、無心、歓喜、どんな名前で呼ぼうが、何かを獲得するようにと説得しようとしているからだ。

いまこことは私たちの主観的な存在、このあるというリアルな体験だ。

わたしは存在しているという何の形容詞もつかない体験。

その体験は、時間もなく限りもない永遠の今だ。

その永遠の今の中に対象的世界が展開している不思議。




anandtao at 23:10|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote 瞑想 | OSHO

いまここ Be Here Now

Be Here Now
いまここにいる

これらの言葉は、スピリチュアルな世界に関心がある人なら何度も聞いているだろう。
ここ数年、マインドフルネスという言葉が流行りだしてからは、もっと多くの人が「いまここ」に注意を向けるとストレスがなくなり、集中してものごとを進められるというような話を耳にしているのではないだろうか。

僕の場合、長い間、「いまここにいる」ことが、知らぬ間に目標になっていた。
目標になっていたとは、「いまここ」にいようと心が無意識のうちに努力していたということだ。
それほど「いまここ」にこだわってきたのには、個人的事情もある。
強烈に「いまここ」にいることを体験し、同時に、心が未来や過去、ここ以外のどこかにさまよい出ていたことにはっきりと気づいた瞬間があった。それは至高体験、神秘体験、一瞥体験、小悟と言われるような体験であった。
そしてその強烈な「いまここにいる」体験が徐々に薄れ、弱まり、いつもの日常意識が戻って来て以来、いつのまにか「いまここにいる」ことが心の目標になっていたのだ。

しかし冷静に考えてみれば、私たちはリアルにいまここにしか存在しない。
未来に行こうとしても行けないし、過去に行こうとしても行けない。
ここ以外のどこにも行けない。
どんなに心があがいてもいまここにしかいない。
それこそ心が「いまここ」にたどり着こうとしても、「いまここ」にいようとしても、現実にはリアルにいまここに存在している。

リアルないまここの体験。

虫鳴きて風鈴のおと極まりぬ




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2017年09月07日

サガプリヤ『あなたの内(なか)の男と女』

サガプリヤ

サガプリヤ『あなたの内(なか)の男と女』
(OEJbooks発行、めるくまーる販売)が発売されます。
https://www.amazon.co.jp/dp/4839701725/

サガプリヤのセッションに参加したことがある吉本ばななさんが、

「この本は、今まで漠然としたイメージはあったけれどけっして到達できないと思っていた場所へと 、 あなたを簡単に連れて行ってくれるでしょう!」

と推薦文をくれました。

私たちの中には、男性的なエネルギーと女性的なエネルギーがあります。この二つエネルギーの関係が実際の人間関係を反映し、また人生における幸せや健康、仕事にも影響を及ぼしています。

自分の中のこの対照的なエネルギーをどのように調和させるかを、サガプリヤは多くの実例をあげながら説明して行くので、実際に彼女のセッションに参加しているように理解が深まります。

ぼくが本書の編集に携わりながら、一番印象に残ったことは、愛には自由が絶対必要であるということです。

そしてその自由とは、たった独りでいる自由。

そのたった独りでいる自由に中にこそ本物の愛は育つ。




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2017年08月09日

ルパート・スパイラのリトリート Rupert Spira Retreat in Italy

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8月19日から1週間、イタリア、トスカーナで開催されるRupert Spiraのリトリートに参加する。
http://non-duality.rupertspira.com/home

そのため8月はいつもより忙しい。明日から16日までは香川の実家に戻る。

18日に出発して、ローマに泊まり、19日にリトリートが開催される中世の修道院を改修したホテルへレンタカーで向かう予定。リトリートが終わったら車で何日かイタリアを旅して帰ってくる予定。

そのイタリヤ滞在中に、OSHOの弟子で、いまイタリアを中心に世界中で内なる男性性と女性性を統合するワークを行なっているサガプリヤの本の最終チェックをしなくてはならないのだけど、イタリアつながりが面白いなあと一人で勝手に感慨に耽るような感じもある。

吉本ばななさんもサガプリヤのワークを受けたとのことで、英語版の冒頭に推薦の文章を書いている。
とてもいい文章だ。当然、日本語版にも掲載される。
"The two shores of Love: inner man & inner woman"
https://www.amazon.co.jp/two-shores-Love-inner-English-ebook/dp/B01AX7SL1O

この本の発行元になる出版社が、めるくまーる社。
http://www.merkmal.biz/

先日、この本を出版するOEJbooks
http://oejbooks.com/
の社長の江谷さんにめるくまーるの会長と社長を紹介してもらった。OSHOの話、公共貨幣、インド哲学と量子物理学、AI、シンギュラリティ、エクサスケールの衝撃、エコヴィレッジなどの話題でいろいろと話し合えて楽しかった。

と、とりとめもない近況報告でした。

沖縄稲穂、EPMトークンのプロジェクトもそれぞれゆっくり進行しつつあるので、その報告も時間を見つけてしたい。









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2017年07月04日

米国貨幣法(American Monetary Act)

現在の債務貨幣システムに対する貨幣改革法案が米国貨幣法である。

米国貨幣研究所で全文が読める。
http://www.monetary.org/

その要点は以下の3つである。

1)連邦準備制度を米国財務省に統合し、全ての新貨幣を利付債務ではなく、政府が貨幣として創造し、一般の厚生を促進するために支出し流通させること。

2)銀行業や金融サービス業ではなく、貨幣制度を国有化し、現在民間機関に付与されている貨幣を創造する権限を中止し、穏やかで気品のある方法で部分準備制度を廃止し、かつ過去に法貨となり未だに流通している民間の信用を全て米国政府貨幣と換算すること。

3)新貨幣を、社会の成長・向上のために必要となる教育や健康管理はもとより、21世紀の地球に優しいインフラやエネルギー資源のために支出し流通させること。

この米国貨幣法の3条件をシステムダイナミクスマクロ経済モデルによってシミュレーション分析すると、現行の債務貨幣システムでは金融メルトダウンかハイパーインフレか国のデフォルトのいずれかのドッドエンドになってしまう国の借金の返済を、歳出削減や増税をしなくても完済できると言う結果が出た。さらにリーマンショックのような世界大恐慌も回避できると言う結果も得た。

(山口薫『公共貨幣』p166参照)







anandtao at 10:20|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

2017年07月03日

私とは何か。デカルトの言うことはなんか変だよね。

「我思うゆえに我あり」

デカルトは、まず我がある、その我が思考を行うので、我がある、と主張している。

これって、思考する主体があって、それが我であると、「我」を定義をしているだけだよね。

で、そもそもその定義って本当だろうか。

本当にわたしたちの体験に適合している定義だろうか。

思考する主体が、文法的には第一人称と呼ばれ、日本語では、私、僕、我と呼ばれている。
日本語では、主語が度々省略もされることもあるが、それはそうであるのだけど。

でも、この思考する主体である主語の「私」、「我」が、本当の私や我なのだろうか。


私とは、思考を考える主体、主語である「私」「我」と同一ものなのだろうか。


私たちは、言語を習得し、いつの間にか、あるいは知らない間に、私とは考える主体、主語である「私」「我」であると思い込んでしまったのではないだろうか。

でもそれって、本当に私たちの体験とあっているだろうか。

本当の私たちは、考えている「私」「我」とは違うのではないだろうか。

なぜなら、私たちはそれらの考えと考えている「私」に気づいているからだ。

もし私たちが思考を考えている「私」そのものであるならば、私たちはその「私」に気づいてることは不可能ではないだろうか。

目が目自体を見ることができないように、舌が舌自体の味を味わえないように、皮膚が皮膚自体の触感を感じられないように。

私たちは思考を考えている「私」ではないからこそ、その考えている「私」に気づいていることができる。

というかそのように体験しているのではないだろうか。

「我思うゆえに我あり」

という主張は、私たちの実際の体験とは違って、実は観念的な主張でしかない。
その観念的な主張を私たちは盲目的に信じてきたのではないか。


私たちが、実際にいまこの瞬間体験しているのは

「我あるゆえに我あり」

という方が近いのではないか。

そのときの我とは一体何か。

私たちの体験が教えているのは、私たちは気づいている主体であるということだ。


気づいている主体は、思考に気づき、感情に気づき、五感に気づき、体に気づき、世界に気づいている。

その気づいている主体に時間はあるだろうか。

時間に気づいてはいるが、それ自身に時間はないのではないだろうか。

そこに限界、分離はあるか。

思考、感情、五感、体、世界の限界に気づいてはいるが、それ自身に限界も分離もないのでないだろうか。


私たちは、時間にも空間にも制限されない気づいている主体、気づいていることに気づいている不思議な存在だ。






















anandtao at 22:53|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote 瞑想 | OSHO

2017年06月28日

暗号通貨2.0は社会のOSの刷新である

ビットコイン、イーサリアム、アルトコイン、ICO
暗号通貨の世界が革新を続けている。

その中で若く優秀な人たちが、あっという間に巨額な富を手に入れている。

イーサリアムの開発リーダー、Vitalikは、ロシア生まれ、カナダの大学に進み、現在はスイス在住らしい23才。先日、プーチンとも会ったらしい。オープンソースのイーサリアムプロジェクトを始めたのは19才。既に100億以上の資産を作っていて、1000億あっても不思議じゃないらしい。
https://about.me/vitalik_buterin

こういう若くて優秀な人たちが、コードの力で巨万の富を手に入れて、個人的な欲望は十二分以上に満たされて、次に何をするかと言えば、世界中を本当に幸せにする新しい通貨を作り出すのだろうと思う。
満たされている人にとって創造性を発揮する喜びに勝るものはなく、最大限の創造性を発揮できるのは、全人類、全地球への貢献だから。

現在の地球を問題ばっかりの場所にしている「負債貨幣」ではなく「公共貨幣」暗号通貨がきっと彼らの中から生まれてくるだろう。

インターネットの誕生で地球は新しい時代へと一気に動き出したが、リーマンショックの翌2009年、サトシナカモトの論文からビットコインが生まれ、インターネットが最強の情報であるお金を自由に作り、自由に流通させる力を持ち、いよいよ本格的な革命のステージに移った。

なぜならいままでのインターネット上での革新は、あくまで「負債貨幣」という現在の社会のOS内での出来事であった。いわばコップの中の嵐。

さまざまなお金が生まれ、実験が始まった。
社会のOSの刷新が始まったのだ。コップ自体が変容しようとしている。
人類というサナギが、一旦、これまでの構造を失い、蝶としてコップから解放されようとしている。

そしてカオル&ヨウケイヤマグチのEPM(電子公共貨幣)の論文が2017年に発表された。
http://muratopia.org/Yamaguchi/doc/P2P-PM-System.pdf

電子公共貨幣EPMの基盤は揃った。
人材も揃っているはずだ。


新しい世界を生むための新しいお金がこれから生まれる。

もちろんみんなの力で、一歩ずつこつこつと。


LOVE&PEACE




anandtao at 00:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote 公共貨幣 | 暗号通貨、ブロックチェーン

2017年06月18日

未来の貨幣EPMトークンを創ろう2(公共貨幣フォーラム in 淡路島4)

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このEMPトークンを、ブロックチェーンのベンチャー企業として有名な「ソラミツ」のオープンソースのプログラムIROHAを利用して「EPM普及協会」が発行し、地域経済を活性化し、信用創造と無関係な電子マネーによる経済圏を作っていこうというプロジェクトが、山口薫さんから提案された。
17日には、各国を飛び回る過密スケジュールを調整して、ソラミツの代表武宮誠さんもフォーラムに参加してIrohaのプレゼンテーションを行った。
ソラミツ株式会社
http://www.soramitsu.co.jp/
Iroha
https://www.hyperledger.org/


EPMトークンは円と1対1で取引所で交換される。
取引所は地方銀行、信用金庫、農協など、地域経済の金融を担ってきた組織を想定する。
EPMトークンを交換するときに手数料としてトークン利用者は交換額の1%を支払う。
この交換手数料が、プログラムの利用料、交換所の円保管料、EPM普及協会の活動資金の原資になる。
利用者はEPMトークンを再び円に1対1で交換できる。

EPMトークンを利用することで、利用者はスマホで支払いや決済を簡単にリアルタイムでできる。従来支払っていた送金料やクレジット手数料などを大幅に減らすことができる。
大銀行が進めるブロックチェーンなどのフィンテック革命に置いてきぼりにされていた地銀、信金、農協は、最新のブロックチェーン技術を導入し、地域経済での新たな経済圏を作り出すチャンスを手に入れることができる。

EPMトークン経済圏が自立していけば、それは自ずとEPMへと置き換わっていく。

それをまず淡路島で始めようという提案がフォーラムでなされた。
「未来の貨幣EPM・新国生みトークンを創ろう」

淡路島には、若い個性豊かな移住者が多く、つながりあって新しい地域経済を創ろうとしている。
その若い人たちもフォーラムにかなり参加していて、フォーラム後も議論が続いた。


淡路島以外の地域でもEPMトークンの導入を進めていきたいと思っているので、声をかけてください。
ブロックチェーン、フィンテックの会社で、EPMトークンの発行に興味、関心ある方がいたらぜひコンタクトを待っています。できれば、Irohaだけでなくさまざまなブロックチェーンプログラムで多数の地域でたくさんのEPMトークンが発行され、それらが全国で互いに1対1で交換されると面白いと思っています。










anandtao at 23:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote