● 会員さんへ

ここまで 読まれて 大変 驚かれたと思います 。
 
 絶対だ と信じていたものが 「 そうではないのか ?」  と 疑い の出た時、私も 不安でした。

 2~3月間 何とも言えない 気持ちが交錯し 、知らねば良かった と 後悔したりもしました。
 必死に 否定する心が出てきます  。そんな はずは無い、絶対ない、間違っているなんて。
 少しは そうかもしれないが ひどすぎる 書き方だ 。
 恨み つらみ 復讐の 気持ちで書いているのだろう、こいつは 恩知らずな キチガイだ。
 この 嶋田は 何という奴だ 早く死んでしまえ 。
 
 若し 親鸞会が、間違いなら 私のこれまでの 人生は何だったのか、無駄というのか。
馬鹿野郎  !

こんな もの 俺は 認めないぞー、絶対に認めないぞー !

こう 強く思った方もあると思います 。
真面目に 従ってきた人ほど 強いと思います。
 しかし、現実は  親鸞会の教えは 親鸞聖人のみ教えと大きく違い、
その 精神も「 会長先生に 無条件で従え、そうしないと 法謗罪 」 などは、
 もはや 「   御同朋   御同行」精神 ではありません 。

「 こんな話 どれだけ聞いていても 助からない 。」と感じた人は 、
 一日も速やかに 離れて 六字の心 南無阿弥陀仏を 説かれる先生につくべきです 。

 これまで 相当の 遠回り道を させられてきましたが 、阿弥陀様は みな ご存知です 。
見、聞、知、の阿弥陀様です 。
導いて下さいます 。

 何十年も苦労をして求めてきた 貴方を 特に哀れみ 「 あなたに 真実信心 白道  」をご回向下さいます 。

「 あなたの 白道  」は 「今、ここで、あなたに」届けようと 喚んでおられます 。

 早く 雑行、雑修、自力の心を ふり捨てて この弥陀をたのめ、、受け取れよ、分ってくれよ。と、待っておられるのです 。

 何も 心配することはありません。

 ・「親鸞会、高森先生を離れて 助かる筈はない、地獄行きだ」と非難する人もあると思います 。
それを 恐れる心もあるでしょう。しかし それは 間違いです 。
「 弥陀の御もよおしにあずかって念仏申し候ふ人を    わが弟子   と申すこと、極めて
荒涼(とんでもないこと)のことなり。
つくべき縁あれば ともない、離るべき縁あれば  離ることのある  をも、師にそむきて、ひとにつれて念仏すれば、往生すべからざるものなり、なんどいふこと、不可説なり。
 如来より たまわりたる信心を、わがものがおに、取り返さんと申すにや。
かへすがへすも あるべからざることなり」    
                                                   歎異抄 6章

「 高森先生を 裏切る者は 助からぬ 恩知らずだー」と言う この人こそ、親鸞聖人より叱られる人です 。
 親鸞会、高森会長が 助けてくれたり 信心を与えるのではありません。
   
○ 退会となると 支部長、講師は 必ず 何かと しつこく言ってくると思います 。

その場合、

1 「 あなたの 白道  」を読んで 決めました 。とハッキリと言って下さい 。
それでも まだ 「 嶋田のような 恩知らずの キチガイの書いたものを読んで  迷うとは 程度が低すぎる 。
貴方の 信仰は そんなものだったのですか
地獄へ堕ちますよ 。」と言われたら
  
2  「 では 高森会長への 4つの質問に 支部長 貴方が全部答えてそれを書いて 私に下さい。そしたら 検討します  」
 と言って下さい 。
 高森会長でも 答えられない問題を 支部長が答えられるはずがありません。 

3 それでも 必死に しつこく 言ってくるようなら
「 警 察に 大変迷惑していると 相談しますが いいですか 。
信教の 自由は、憲法に 保障された人権です 。
人権侵害で 警察に 訴えますよ。」 と言えば さすがの支部長も 手を引きます 。

4 それも 面と向かって 言えないなら 退会の意思を 親鸞会へ 葉書でも 手紙でも書いて出すことです 。

理由は 一切 書く 必要はありません 。
  
「 私 ○○は ○月○日を もって 親鸞会を 退会します 。」だけでいいのです 。
氏名と 印鑑があれば 万全です 。

・ 携帯用正御本尊は  支部長に返すか、本部会館へ  宅配便で  返して下さい 。

 活動も 一切せず、 会費も 一切 払わないと 3ヶ月で 退会になります 。


5   では 退会して 誰から聞くのか ですが インターネットが出来る人は「21世紀の浄土真宗を考える会」を 検索して下さい 。

 それが 出来ない人は 先に 退会し、聞法している人に聞いて下さい。教えてくれます 。
 だから 心配は 全く 無用なのですよ 。


6   それでも 親切だった支部長に  悪いことしたように 思う人もあると思います 。
 優しい方です 。
しかし あなたが 退会することは 支部長のため でもあります 。
支部の 退会者が 増えて 生活が 成り立たなければ 支部長は 講師部を辞めることになるからです 。
洗脳の 組織を 抜け出すことが出来ます。
大変 いいことです。
他の人も誘って 退会して下さい 。
   
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●  特専部  の皆さんへ

真生会病院  を建てる時 銀行の保証人に 皆でさせられたと聞きました 。

   「  万が 一の時は 全財産を 出します 」と。

 病院は 高森会長が オーナー 所有のものではありませんか 。
親鸞会とは 全く別のものです 。
利用できるものは 何でも利用する人です 。
      
 特専部の人は 社会へ出て働いている、常識ある人です 。
 
おかしい、と思う感覚を  大事にして下さい 。
自分の 財産を守ってください 。
      
阿弥陀様は それを 無理に 差し出さないと助けない  とは絶対に 仰いません。

 ただ、「 雑行、雑修 自力の心をふりすてて 我をタノメ  」です。
善知識は「 南無阿弥陀 仏の心を伝え 帰命せよ」と 一つ勧めるのが使命であり、
それ 以外の権利を主張し、求めるものではありません 。
 自分の したいことの為に 善知識の 名を利用して 物やその他を 強要するなど
もっての外です、許せません 。

おかしいことは おかしいと判断して それに対処して 仕事をしているはずです 。

ならば、高森会長の 言動に対しても然るべきです 。
おかしいと感じたら 質問し、指摘し
今回は、これほど ひどいのですから 離れるべきです 。
    
親鸞聖人のみ教えは 高森会長の 独占物ではありません 。
      
どこで聞くのか、調べる気持ちがあれば、情 報によって 即座に分ることです 。

早く 「 無二の善知識に服従 」 の バカな マイコンの 鎖を切って下さい 。
自分の為です、家族の為です 。
決断して下さい。

おかしいことは おかしい、 駄目なものは いくら求めても駄目です 。

  親鸞会で 求める 理由は 何も 無いのです。

 K堀さん もう 自分と 仲間の マイコンの鎖を切って下さい、解放して下さい 。

 何が真実か 調べるのが 専門の貴方が 
高森会長の「  深いみ心  」の「正体」を
見抜けぬ 筈はありません 。
教えの 曲がりを知らない はずは ありません。
私は 貴方を信じています 。
正義の人 だと 信じています。
阿弥陀様も  それを望んでおられますよ 。

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●  講師部の 皆さんへ

ここまで 読んでどうですか 。
講師部を やっていて 信心決定 出来ると思いますか 。

 50年間 300名 ほどの 講師部の人が 求 めても 誰一人 獲信していません 。

それとも 誰かいますか 。
この 現実を どう見ていますか。
原因は 何ですか。

「19願の入り口にも入っとらん  」と言われた 貴方に 問題があるのですか  。

 私は 明らかに、導く 高森会長が問題だと 今回書きました 。
 どう思いましたか 。
 私の間違いですか 。

お預かりしている 会員さんを お浄土に導く自信はありますか 。
 自分さえ おぼつかないのに 無理だと思いませんか 。

お聖教の 解釈が 一応、説明が出来 たら、善知識のつもりでいても 
「 雑行を投げ捨てて 一心一向に 弥陀タノメ  」の「南無」の心が分らないと、六字のお取次ぎは  絶対に 出来ません 。

これからも 今のままですか。 これで満足ですか 。
  
●  真面目に 自身の「 後生の一大事 」を考えたら このままでは 駄目だと気づくはずです 。
     
 これみな 阿弥陀様の ご方便でした。
     
     
● 私は 講師部には 4つの 道が あると思います 。

① 働きながら 求めるーーー会員さんと同じ道です 。
 講師部 、会員を 辞めて 、働きながら 善知識をさがして 「 後生の一大事  」に、もう 一度 取り組むことです 。
これ以外何も考えないで。
      
今の立場では、 自由に他の先生の本も読めず、まして 聞くことも  ご法度です 。

 清森元講師が ひどい目にあい 除名になりましたね 。
絶対服従の鎖を ぶち切って 自分を自由にして下さい 。 まずそれです 。

・ 上司に服従もありません。指示を出す者もいません 。自由です 。
・ 人集め 金集めの 目標もありません 。
・ 始末書ももう書きません 。任地を変えたり 処罰を受ける心配がありません  。
・ 講師部会合、合宿での指摘、糾弾もありません 。
・ 形ばかりの お礼状を書く必要もありません 。
・ 働いて得た 収入は どう使おうが自由です 。
・ 将来のことは 自分で計画できます 。
・ 仕事以外の時間は 自由に使っていいので す。これは大変な喜びです 。
・ 何より、「 助からぬ 不浄説法 」をして 生活するという 精神的苦痛から開放されます 。
      
このような 安堵感を まず感じると思います 。

○ 特に 経済的問題は 深刻です。

 昨年も 経済的に やってゆけなくて 講師部員が 2人やめたと聞きました 。
それは 却って 良かったです。
支部長は 30年 40年 50年の経験者でも 高森会長が 厚生年金を 掛けてくれたのは たった5年です 。 
 これでは 国民年金と変わりなく 老後は悲惨になります 。
 病気になったら もう終わりです 。逃 げ場はありません 生きてゆけません 。

生活保護を 受けるつもりですか 。

 私は 講師部退部して、10年働き 厚生年金をかけましたが それでも楽と言えず、
定年後も働きました 。

 高森会長は 富山県内に 使い切れない 幾つもの 自分専用の 豪華な何億円もする宿泊施設を 作りながら、講師部の 老後など 全く 無関心です 。
 それどころか、「 辞めるときは 1000万円 払います  」と誓約書を書かせる冷酷さ。

どこにも 世間的な慈悲のかけら さえ もありません 。
 馬鹿にするにも ほどがある 。
ここまで されて、まだ 気づきませんか 。

ここを 読まれた 常識ある会員さんは きっと 驚いておられると思います 。

「 いやーここまで ひどいのかー  」と。

 講師部は そんな 危ない 世界に 住んでいるのですよ、目を覚まして下さい 。
    
●  「 いつ死ぬか分らない 無常の身 。
有るやら無いやら分らぬ老後のことより、
そんな お金があれば 仏法に 財施すべきだ 」などと 人に話しして、自分は 80歳になっても 豪華な、億単位も かかる F館 4階 豪華宿泊施設を建てています。
 
こんな 人です。
まだ 分りませんか。

       
  「  皆人に   欲を捨てよ  と語りつつ 、  あとから拾う寺の住職 」

   高森会長のことです。

 私は 講師部を退部して 通信販売の物流センターに 朝4時30分に起きて 6時から 
2時30分まで 働き、夕方は 葬儀社の駐車場の警備係りを2時間と 定年まで 10年間
勤めました 。
 肉体的には 楽ではないですが、精神的には  とても気持ちよく、仕事以外の時間を 聴聞に集中できました 。
   
 日本は いい国です 。
  働く気持ちがあれば ら高齢でも仕事があります。
 元気なら 働けます。
 働きながら、 善知識を求めるのです 。

 情報収集力のある あなたなら すぐに出会えるでしょう。

 私は この9年間に 10名近くの 先生から 生の説法を聴聞しました 。
DVD,CD,法話テープ などは 600以上 聞き、持っています。
今 ベットの上で 繰り返し 聞いています。  
 聴聞の毎日で有難いです 。
書籍は 70冊ほどあります 。

 高森会長の 個人的 独善的 解釈しか 知らなかったから、 浄土真宗の  み教えの尊さ、深さが 聞くほど、読むほど 学ぶほど 慶びとなってきます 。

 本当に 有難いことです 。

講師部の 皆さんに  、是非、この慶びを知って もらいたいと 心から 願っています 。

 正しい 仏願の生起本末  を聴聞すれば、やがて「  雑行を捨てて弥陀たのめ  」の 本願招喚の勅命が 至り届くときはきます 。

そこまで 何があっても 聞いて下さい 。


② 僧侶、布教使の道を歩む

 私は 65歳の定年を迎え、「中央仏教学院、 専科、 通信教育学部 」に入学しました 。
  3年で卒業すると 10 日間の「 得度式  」の集中教育を受けて   本願寺の 僧侶  」となります 。
 更に 勉強し 試験を受ければ 「布教使」の認可を受けます。
入学して 教科書をもらって、読むと驚きます。

「 本願寺は 念仏さえ称えておれば 死んだら極楽 死んだら仏しか言わん  」と 散々、本願寺は間違っていると 吹き込まれてきましたが それこそ間違いです 。

 仏願の生起本末 南無阿弥陀仏のいわれ 信心正因称名報恩 など 、正しい 親鸞聖人の教えが、根拠を挙げて 書かれています 。
同時に 高森教学の間違いも分かります。

 65歳の定年までは 肉体的労働をしましたが その後は 僧籍を取り 福井市の お寺の
 「 役僧 」になって 門徒の方々に 役僧の仕事をしながら、六字のお取次ぎをして
人生を終わってゆこう、時間を作り 布教もしよう  と思っていました 。
 しかし この病気で それも 断念することになりました。

  今 三期生ですから 今年の10月 頃には 「 僧侶」だったのに 残念です。
その 「  資格 」の為に お金もかかるので、朝3時に起きて 新聞配達をして 6時から昼3時まで豆腐屋で製造の仕事をして、夕方 5時30分から 葬儀社の駐車場の係りを 2時間してと1日 10時間は働きました 。
 3年、3年さえ 耐えたら楽になる。夢が叶う。
もう少し、もう少しと 無理したのが こうなってしましました 。
歳を忘れて 馬鹿ですね。

 一般の仕事をしないで、僧侶の道  を進むなら 忘れてならないのは あくまでも 目的は
我が身の「  後生の一大事  」の解決です。

これを 忘れて「  世を 渡る僧 」にならないで下さい。
 布教は、 「 自信教人信  」の立場に 立たねばなりません。
 また  「  獲信できるまで、布教はすべきでない」と 厳しく自分を諌めるべきです。

名誉、利益に 流れたら そこらの 僧侶 と同じです 。

③  親鸞会の革新をする

  江戸時代の末期 幕末のころ、ヨーロッパ、諸外国の列強に 植民地化されてゆく中国などを見て 長州、薩摩の若いリーダー達は 日本の危機を感じました。
 江戸幕府にその対応能力がないと見るや 倒幕の旗を揚げたのです。
 徳川慶喜に「大政 奉還」政治の 全権を 天皇に返させ 武力による内戦を乗り越え
明治時代が開かれ ました 。
  しかし、徳川幕府を倒しても、明治新政府には 諸外国と対等に渡り合える産業も 、知識も 学問も ありませんでした。
 そこで、明治新政府は、盛んに 留学生を送り それらを取り入れ、また 外国から 専門の先生、知識人を 招待して学び、徐々に 力を蓄えて、アジアで最初の近代国家の歩みを始めたのです。 歴史を学べは 良く分かります 。
   
親鸞会も同じです。
高森会長は 講師部講義の時 こう言われた
「 君らは ワシのことを 会長先生 会長先生というが、ワシは本当は会長先生ではない。
親鸞会を創られたのは 阿弥陀仏だから、阿弥陀仏が会長なのだ。
しかし、世間的に そう はいかないから ワシが 会長になっているだけだ   」と。

思い出しましたか。
      
「 親鸞会は 親鸞聖人の み教えを徹底する以外 あってはならない  」とも言われました。

 それならば、「   六字のみ旗 」を押し立てて
「 新しい親鸞会 」を目指して頂きたいです。

  阿弥陀様の ご本願から 逸脱したことを説いているいる人は もはや会長ではありません。

 私に 高森会長から 返事のない この ④つの質問の回答を 高森会長に求めて下さい。
納得のいく返答がなければ 、速やかに 「会長職を返上し」退陣すべきで 、代わりに 六字の心を正しく説かれる先生を 親鸞会に 招待して聴聞すべきと思 います 。
      
  また、講師部は 高森会長独自の解釈を離れ、浄土真宗の教えに 深く、詳しい先生から学びなおすべきと思います 。

「  新生親鸞会  」です。

もう 特定の者に「 絶対服従  」などという 馬鹿な 精神的 自縛行為は 捨て去るべきです 。

○ 革新の 大義は 
「 南無阿弥陀仏 聞其名号信心歓喜  」です。
 「 高森会長に 絶対服従   」の旗を 破り捨てるのです 。
  これでこそ 南無阿弥陀仏を 「 御本尊 」とする「 本当の 浄土真宗 」ではありませんか 。

     そう、成りたくありませんか 。

○  曲がった 教学と 体質と 利権にしがみつく 上層部 との 戦いは当然起きると思います。
素直に 非を認めるような 人達ではありません 「内戦」です 。
 脅し、脅迫 詭弁 誤魔化し 誘い うわさ 左遷、 あらゆる手段を使うと思います 。

しかし、正しいことは 正しいのです 。

畏れることはありません。
南無阿弥陀仏の敵になれる者は 誰も いません 。

「しかれば、本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきゆえに、
悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐほどの悪なきゆえにと、云々」 (歎異抄1章)

 親鸞会が、生まれ変わるための 産みの苦しみは 、それだけひどいことを してきた「業報」と耐えて 頑張って下さい。
 初めから 大勢はついて来ないと思います。2人か3人か 4人か 。
      
 倒幕に立ち挙がったのは 全国 約300藩の中の 長州 薩摩の「 薩長連合  」、たった 2藩でした。
 これを 説得したのが 坂本竜馬です 。
ここから 日本が変わって いったのです。
 たった2藩 、説得した 1人から 始まったのです 。

 貴方が 竜馬になって下さい 。 

「 おのおの 十余箇国の境を越えて、身命を顧りみすして、尋ね来たらしむ  御志  偏に 往生極楽の道を 問い聞かんが為なり  」                            ( 歎異抄 2章 )
    
関東の同行の覚悟が 今 求められているのです 。

  ○ 同じ思いの者で 分派する場合もあるでしょう。
 全力を挙げても 本会の 革新が 出来ない場合、同志と 分派もあるでしょう 。
しかし、未信の自分である自覚を持って、常に 聞く立場を忘れないで下さい 。

  指導する立場ばかりを 望めば 高森会長の 二の舞です 。
 何度も 申します 「 自信教人信 」を忘れないで下さい 。

我が身の 後生の一大事を 忘れないで下さい。
これが抜けたら 、それは 生活をかけた 勢力争いに過ぎません 。
分派しても、また分派するだけです。
自他共に 無駄ごとです 。
そうならば 静かに 自分一人 退部、退会して 働いて  聞法すべきを思います 。

 そんなことは 無理だ、 夢だ、と思う人は 我が身の「後生の一大事」も、会員さんの、後生も考えない 4の講師です 。

④ このままでいいだろう  の講師へ

 今も暗い 老後も暗い 臨終も暗い 後生も暗い 目の前に滝つぼが迫っているのに 何もしないで  堕ちてゆく人です 。

 不浄説法の罪は あらゆる 罪の中で 最大最悪で 特別な 「坊主地獄」を覚悟しなければなりません 。
      
 生活のために 今の立場を失いたくないなど、最低です 。「法 泥棒」です 。
 仏法を生活に 利用しているだけで そんな 本願寺の 僧侶 を 馬鹿にしていますが 同類です。
 国の存亡に 憂い、幕末の志士達は 命まで掛けています 。
 今生ごとでも 危機を感じる者は  行動を起こすのです。
     
 私が 若し未だ 講師部で これを読んで 高森会長から 4つ の明確な回答がなかったら
間違いなく 立ち挙がります。

マインドコントロールの 鎖を断ち切ります 。

「 こんな 大事なことに 答えないとは どうゆうつもりですか。
 いい加減にしろー ら何が善知識だ、俺たちを 何だと思っているんだー」
と言うでしょう 。

 我が身の 後生の一大事と 会員さんのことを思えば、このままに出来ないからです 。
親鸞会講師部として 生きるなら 革新を取ります。
  そうでなければ この一生は 無駄ごとになると 自覚するからです 。
 これ以上の 愚かな一生はないと思うからです。
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●  二代目に 光晴講師長がなったら 本当に、最悪と思います。

 「 経営者の 感覚 」の彼に 皆さんは 使われるだけです 。
 指示に 文句を言えば、切捨てられます。
講師部 会合で つるし上げです。除名、降格、任地替え、と思いのままです 。
K森、U田、S尾、U生、K藤、M 元講師の、除名、退部の時、どんな 扱いをしたか。
何十回と彼のやり方を 見てきたではありませんか。
その権力を 皆さんは 恐れています。
自分に従う者、つく者と、そうでない者を 分けてきたことは 何十年も見てきました。

 皆さん の信仰、人格、学徳ではなく、自分に従うか どうかそれだけです。
  そんなやり方で 30年以上 トップに 立ってきた人です。  

 我慢 できますか 。
 そこまで 我慢して居るところですか 。

 信仰でなく、権力構造の講師部組織を おかしいと 気づくことが 大事と思いませんか。

 高森会長の 指示に 素直に バカになって従う人が 上になる組織です。。

 私は 母の言葉 や 会員さんの臨終の姿や 父の残してくれた「願成就文 説教集」がご縁で 、組織や 教えが おかしいと 気づき、退部 退会して 善知識に出会いました 。
      
 私は30代に 青年部副部長として 青年部長だった彼の片腕となって 10年 活動して
いたので 気性はよく知っています。
そんな 私を 講師部に 誘ったのも彼でした。
しかし、いつしか 彼の 信仰、言動、性格 を 異常と感じ 距離を 置き始めました。
すると、批判の対象者になりました。
深く 先を考えず、感情で動く 残念な 人です 。
  文句を言おうものなら、陰で批判をしていることが分れば、講師部 会合、合宿で 前に出され、全講師部の前で、批判、指摘を 1日でも2日でも、3日でも 浴びせてきます。
泣いて 謝って 屈服するまで、責めてきます。こうして支配し、権威と 団結を保ってきました。
 こんな 光景を 講師部は 何十回と見てきましたね 。
     
「 講師部同士の監視 と密告の 誓約書 」を 全講師部は 不倫疑惑事件の後で 強制的に書かされました 。
 当時、私も 「 ここまで するのかー」と思いながら 講師部に残る為に 仕方なく書きました。嫌でした。
 近くの 問題の国の 体制 と同じす 。
こんなことを 親鸞聖人が知られたら 何と言われると思いますか 。
  これを 何とも 思わないのは それほど 洗脳が 深いということですよ。
高森会長が この長男のやり方を 許し、守り、問題を起こしても かばって きたから 誰も 逆らうことは出来ませんでした。

嫌なら 去るしか 道はありません。
         
こうまでして 指示に従え 服従せよと 言うのは 高森会長が 自分の野望を 遂げるためには どうしても 講師部の 絶対服従 が 必要だからです 。

ここで これからも、我慢できますか。
 こんな中を  よく我慢して、20年、30年、40年やってきたと思います。

 私は 20年が 限界でした。
     
これから先 何を得るつもりですか。

○30年以上のベテラン講師が
 「 高森先生についてゆくけど、高森講師長が 2代目になったら 辞める」とハッキリと言いました。
名前は伏せます。
もう、どんな親鸞会になるか、見抜いているのです。

しかし、まだ 高森会長の 信心と 教えの 間違いは 気づいていません 。
今回、これを 読んで どう判断するのかと思っています。

ここまで 頑張ったら もういいではありませんか 。
 途中からの、三願転入の道を 20年近くやってみて 分ったではあ りませんか。
 なぜに こうも難しく遠いのか、分ったではありませんか 。
 これ 以上 死ぬまで 「 やはり難しい 」と、知る必要が どこにありますか。

 無駄 です 。

 それより
 「 八つとせ、 やくにもたたぬ 雑行や雑修自力は 捨てもせず
 弥陀仏泣かせていたことは ホンに今まで知らなんだ 。」

 阿弥陀様が 泣いておられます。
 なのに、なぜ 雑行(19願)を頑張る 必要があるのですか 。

 今度は、貴方に 質問します
    
 ○ 否 諸善をやってこそ、出来ぬ悪性が知らされ、後生の一大事に驚きがたつ、そこで
弥陀タノムが 体験できるだろう
   ーーー自力一杯 やってこそ、他力になるのだ 。
 そこまで頑張る、若し、こう思っているなら これ又 救われません 。

 これは 「 救済の予定概念」 と言います。

 「  自分が救われる 計画図  」 を 自分で書いて 持っているだけです 。
 勝手に、これで、通用すると思っているのです。
 講師部歴の長い人ほど しっかりと持っていますね。これが 命ですね、
 これ皆 自力の信心です 。 捨てよと言われるのは コレです。
 では そんな設計図で 救われた 講師は 過去50年間 300人の中で一人でも いましたか。
 誰 ですか 教えて下さい 。
そんな こうなるだろうの 妄想を 追っかけて これからも 厳しい講師の道で 終わるのですか 。

 もう、辞めにしましょう 。

善知識の 説法は その 設計図を 用立たず、無効だから 捨てよと言われます。
 そんな 聴聞をして下さい。
 貴方が 何十年も求めても救われないのは 「  その善知識  」 に まだ逢ってないからです 。
 その 一点ですよ 。

 阿弥陀様は 貴方のことは 総てご存知です。
これまでの事も、今の心の中も 、自力の信心も 信じられない心も 全部 ご存知です。
 救われたいと思っている 貴方より 幾億倍  阿弥陀様は 抱き取ってやりたいと念じて おられるのですよ。

 だから、 「  早く 我が六字の心を伝える 善知識に 逢わせてやりたい  」と 願って待っておられます 。
    
 心配せず、恐れず 飛び込んで下さい。どんなに 待っておられることか、後で分ります。
 狭い 狭い 講師部の 世界を 飛び越えて下さい 。
 今度は 阿弥陀様と 向き合って 生活して下さい、無碍の世界が 開けますよ 。
     
● どの道を選ぶか 決断すべきと思いますが、どちらにしても 大変なことは分かっています 。

 しかし ① ② ③の道を 選ぶ人は 必ず 必ず、あーあの時の決心は 正しかったと、慶ばれると 私は確信できるので 書けるのです 。
 3名の会員さんも 決断されたでありませんか。どうか、頑張って下さい 。
妻子、家族の方々の為にも お願いします 。

 ○ 個人的ですが、N居講師 分って下さい 。

 18歳の時 従姉の 貴方から 高森さん、親鸞会、阿弥陀仏の本願を初めて 聞きました。
 暫くして 講師部に入り、もう50年です。
 あの時、私に話し たことは、どうなりましたか。「 講師部に入って信心決定をめざす。」
 真っ暗な 穴に堕ちてゆく恐ろしい 夢を見て 後生の一大事の解決こそ 人生 かけるべき問題と 言ったでは ありませんか。

だから、私も 36歳で この覚悟で 講師部に入りました 。
 間違いに気づき 講師部、会員を辞めて 「 私の白道 」を書き 一番読んで欲しいと、貴方に電話したら
 「 読んでない、高森先生の 悪口ばかり 書いてるそうやね  。」と言って 電話を切った。
本当に 悲しかった。
 あれから 9年 ずーっといつか 伝えなければと思い続けて来ました。
 母も、「 伝えてや れや、一生かかっていいから 必ず、教えてやれや、頼んだぞ。」と言って亡くなりました。 母も心配していました 。
 今、こんな病気になって 待っておれず 時期が来たと思って 書いています。
 貴方のことを 念頭に 書いています。分ってほしい、分ってほしいと思って 書いています。

 否、阿弥陀様こそ 「そのまま まかせよー 、もう頑張るなー 、堕ちるままでいい
この弥陀に 助けさせてくれー 、まだ待たすのかー 分ってくれー、分ってくれー」と叫んでおられます 。
 大悲の喚び声が聞こえてくる。決して 難しいことでは ありません。
頑張りを 捨てれば、難しくありません。

 私は、早く聞いて欲しいと 念じながら 死んでゆきます。
 往っても ずーっと 念じています。

○  M野講師 貴方は 高森講師長の 不倫疑惑の時の 批判の 先鋒だったから 
 皆の 前に引き 出され、3日間 批判を浴びて 「 除名・ 執行猶予 30年」
 を言い渡されましたね。
30年なんて 結局 死ぬまで 許さんと同じだから、本当に可愛そうだと思いました。
高森会長は ひどいことを言うな  と 思いました。

しかも、17年間。今も 耐えて 講師部を続けていることに 驚きます 。
  上層部から 白い 監視の目で見られて 大変だと思います。
 私には出来ないことです。私は 執行猶予 5年でしたが 2年半でやめました 。

もう いいではありませんか。

     今回は書きませんでしたが あの不倫疑惑は  8年後  「 でっち上げ」認定こそが「ウソだった」と判明しました。

 一部始終 ネットに公開されています。
 女性の 義父さんが 不誠実な 高森親子の態度に失望し 勇気を出して 書かれました。

    「「捏造」と捏造された不倫事件の真実」|親鸞会ブログポータル・ナビ
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まんまと、講師部は 高森会長親子に 騙されました 。
 しかし、高森親子は 今も 認めず、認めたら 息子こそ 「講師部 規定」で除名になり、大変なことです。
 他人は 30名ほど 除名にしても 息子は守る 自分が困るからです。結局 こんな人です。
「  捏造と捏造された不倫事件の真実  」には、高森会長の 誤魔化しと、逃げの 手が 書かれていますが、ひどいものです。

    こんな 会長が 「 善の勧め 」を説き、高森講師長は「 正直になれ 」とか、人に 言っていたのは 建前です 。
    
2代目は「 あの感覚」ですよ、耐える必要がありますか。
 もう、貴方ほどの人ですから 高森会長が どんな人か 知っていますね。
教えの 間違いにも 気づいているはずです。

 まだ 人生はやり直せます。
①でも②でも③でも 貴方なら出来るでしょう。
この ままで終わらないで下さい。
奥さんも、子供も 貴方を信じ ていると思います。
 私もそうです。
 貴方は違うと思っています。
 誰より 阿弥陀様が 一番 可愛いい 早く来い と見ておられます 。

どんどん 懐かしい講師部の人の 顔が浮かびます。
 一人一人 言いたいことが 溢れてきます。
20年間 同じ生活を共にした人達です。過去世からの ご縁の人達だからです 。

 法然上人のお弟子で 共に 「 行 」の座へ 座っていたのかもしれません 。
 蓮如上人の 北陸布教で 共に 聴聞していた 村の仲間かもしれません。

「 苦悩の旧里は捨てが難く候  」その通りです。生きていたいですね。
お浄土へ早く 往きた いと ちっとも思いません。
      
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  ○ 「 病院へ来るのが 後 2日遅れていたら 確実に死んでいましたよ」と担当医から
言われましたが、本当に危ないところでした。

 ベットの中では 身体は動かせず、考え事ばかりしていました。
ーー1回目の入院、45日間。
 この現実を業報と感じ、この後 どう 生きるか、どのくらい命があるのかです 。
今年中に 僧侶になって 寺に入り 死ぬまで お念仏とお取次ぎをし、法話もして 人生を終わるつもりでした 。
  しかし、その予定は 完全に崩れました。
それは もう、落ち込みました。
しまった、位ではありません。まさかーで す。

 煩悩具足のアホだから 諸行無常の真理を すっかり忘れて 油断していました。
 しかも、今は 一時の救いであり 寿命は もうすぐ尽きる 迫っています。

    三つ仕事をしていたのに 全く出来ず 収入は 突然にゼロ。
   年金はあっても 少ないから 全く足りない。
 生きるのは  暫くだろうが、どうやって生きてゆこうか、また 自分が 亡くなった後、妻はどうなるのか、せめて 生命保険に 入っておれば よかったが 全く 入ってない。これも 油断していました。
 こんな 身体で何が出来るだろうかーーこれに悩みました。

 腹底は これしか無いのが 凡夫の自性です。

格好をつけようと思いません、持ち合わせのまま 救われても 業の報いは やってきます。
 間違いなく。

 この世の 努力と用心を 甘く見ていると ひどい目にあってしまいます。
     
○ こんな 私に 阿弥陀様は 
「 泣くな、、思いが外れたと嘆くな、無常の世じゃからなー、後生は安心でも 今生の 先を知る 智恵は無いからなー。
 しかし、お前にも出来ることが まだあるよ やってごらん 」 と、智恵を貸して
下さいました 。

 何をなすべきか、何ができるか、何をせよと 阿弥陀様は仰るのかーー。

 これを 考えました。
私は 9年前 南無阿弥陀仏に救い摂られて 夢中で 「 私の白道  」を書きました。
 これみな 阿弥陀様に 書かされたなーとつくづく思いました 。

 嬉しかったです 。
 そうだ、「私の白道」は書いて、多くの方に読んで頂き、間違いに気づいて 退会して、 求め直した方は多くあったが、
まだまだ それが分からず 今もなお 親鸞会に、高森会長に、望みをかけている人は 多くいるではないか。
元嶋田支部の人もいる、顕正した人もいる。

この まままでいいのかーーー
私の報恩は これ以上できないのか、出来る方法はないのか。

 その時、「もう一度 書こう」と思ったのです 。
 よーし、阿弥陀様 答えが出ました。
書きます。

「 あなたの 白道  」は そんな中から 生まれました 。
 今回も、 阿弥陀様のご加護によって 書かせて頂いたと思っています 。

 書いては寝て、寝ては書いて 5ヶ月かかりましたが 何とか 書 き終えました 。

  あーよかったー
  阿弥陀様 これでいいですかー
       書かせて 頂いて 有難うございます  

   南無阿弥陀仏

 一人でも これを読まれて 正しく聞法されて 往生の身に成られるならば もう 本望です。

           南無阿弥陀仏

これ以上 書くことは有りません 。
 後は 阿弥陀様のお仕事です、
 いいようにして下さいます 。
         
 私はつくづく 果報者と思います。

 講師部の 法友で気の合った 細川、松田講師は交通死 、斉藤講師は心臓発作 、
谷川講師は東北地震の津波で あっという間に 後生へ出かけてしまいました。
どんなにか 死にたくなかったろう、苦しかったろう、恐ろしいかったろうと 
思うと 涙が出ます 。

「 待ってろよー 、もうすぐ行くぞー、南無阿弥陀仏の お取次ぎに 行くぞー、」
「 待ってろよー  」 と 、この頃 特に 思います。

本当に 悔いなく往かせ て頂けます 。

阿弥陀様 ようこそ  有り難うございます。

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 
      

追伸  

この「あなたの白道」を読まれて 良かったと思われた方は、貴方のご縁ある人にも お知らせを お願い致します  。

 また、インターネットの 見れない方には、面倒でも 印刷して お渡し願えないでしょうか。
 そうして頂けたら こんなに嬉しいことはありません、心から 感謝いたします。

 宜しく、宜しく、お願い致します。

では、お浄土で 再会いたしましょう。


                  嶋田 久義
○  メール アドレス
                s.yukimi_33123(アットマーク)docomo.ne.jp 
          
 
○ 電話   
   声が小さく、3~5分もすると 息切れがしまうので 話は無理ですから 
手紙か、 メールで お願い致します。 

○ ここまで 読まれて いかがですか 。

親鸞会の会員さんは 、
①  高森会長は 信心決定してる 。
②  正しく 親鸞聖人のみ教えを 伝えている。
③  深いみ心で 導かれる お徳がある 。

この 3つを信じています  。

私も そうでした 。

① 信心ーーー
・18歳の 獲信か? 
・ 崩れて 夢で 獲りなおした 信心か?
・ 三願転入して 獲た信心か?
         
どれだと 思いますすか 。
本人が 言わないので 不明です 。
まさか 信心のことまで 問題に する者は いないだろうと、油断 していたと思います 。
 会員 講師部ではあり得ませんから 。

○  皆さん 、
これは どうでもいいことですか 。
火に さわったように ハッキリすると 言いながら、言わない 。
言うと 都合が 悪いからです 。
しゃべると 自力の信心 人工信心と バレルからです 。
      
② 教え ーーー
信心が グラグラ ふらついて いるから、教えも ブレまくるのは 当然です 。

・ 40年ほど前は 三重廃立で 真仮廃立 十八願だけで助かる 。
これだけでいい 。虎の説法を聞けました 。

「 顕正 」に ハッキリ 書いてあります 。
しかし 「 宿善まかせ だから  。」と、自力の善 活動も 宿善になると 勧めていました 。
今 思うと すでに おかしな 教義だったのです 。
 
他力に、自力を 混ぜた 教義です 。

・ 35周年から 「 三願転入こそ 親鸞聖人の 教えの根幹 」 と言い出し 20年近く 続きました  。

従仮入真ーーー
方便からしか 真実に入れない。
これに皆 乗せられた 。
 十九願は  「 善をせよ 助ける」という願です 。2,3回 聞けば 分ります 。
 十九願は 「  聞く本願  」でなく「  善を 実行する 願  」です 。
        
 聞くのは 「 聞其名号 」 であり 仏願の 生起本末です 。
本願・名号・信心・往生の 話を 聞くのです。
十九願ではありません 。

ところが 「  聴聞は  『  聞法善 』になる 。」と聞かされる と納得して、せっせと 法話会場へ 足を運び 宿善のポイントを 貯めるのに一生懸命になるのです 。

おかしいと 気づくこともなく高森会長の トリックに はまってしまいます 。
        
・ ところが、「 三願転入は 間違いだ 」と批判されると 手のひらを返し、三願転入の 話はしなくなり 「 なぜ生きるのアニメ  」 が 中心で 「  大悲の願船が あるから 乗れ乗れ、乗せてもらえ  」の 話になりました 。

こうも 教えが ブレまくっています 。
どうすれば 本願の船に 乗れるのですか 。 高森会長は どう教えていますか 。
やはり ここは 三願転入ですか。
宿善まかせですか 。
そうなると まだまだ先の 話しですね 。

臨終に間に合いませんよ 。
平生業成の教えでは ありませんね 。

何を 話しても 矛盾しています 。
      
○ 私は 65歳で 中央仏教学院 通信課へ入学しました 。  

3年間、勉強し レポート 筆記試験 研修会 勤行の試験も あり 沢山学びました 。
本当は 今年の 9月に 卒業して 10月に 10日間の 得度式を 受けて、「 僧侶 」になり 福井市の寺に 入り 門徒さんのお世話をしながら、布教をして 一生を終わる予定でした 。

しかし残念なことになりました 。

25冊の 教科書を 勉強して、浄土三部経の内容 、七高僧方の教えの特長 、親鸞聖人の 「 教行信証  」 「  正信偈 」の深い 教えを知り、驚きと 感動でした 。

そして いかに 親鸞会・高森会長の 真宗の理解力が 低いか、お粗末か 、間違い が ハッキリしました 。
真宗教義の 基本さえ 分っていない 詐欺師と 分りました 。
 蓮如上人 500年以来の 善知識など ウソです。 大ウソです 。
        
だから 私が 4つの 質問をしても 逃げるのです 。

本願の船がある 、という だけでは 救われません 。

他力回向の 信心は、南無阿弥陀仏の 信心です 。

念仏 と 信心の 関係を 説かずして 絶対に 救われません 。
3章 5章 で何度も 繰り返して述べました。

ここが 高森会長は 説けない、分からない 。
だから 信心が ニセモノだと 言っているのです 。
       
名号を  ご本尊にして 手厚く扱っても 南無阿弥陀仏の心を 知っている会員さんは ありません 。
 名号 信心 念仏と 、「 願船に乗る 」とはどんな 関係があるか 答えられる人はありますか 。
支部長もお手上げです 。
こんな ことで、臨終 後生 どうするのですか 。  
心配です  。

「 聞其名号 」 「 聞即信 」この真宗の 肝要を 説けない人は 善知識では ありません 。
まして 「 生起本末の 末は 十九・二十願だ 」などと本にまで 書くようでは  完全に  「  悪知識  」 です 。

私の先生は 笑っていました 。 その程度の人なのです 。

他力回向の 信心に 恵まれた人は 十九、二十願を 問題にしません 。 捨てものですから。

高森会長は どれだけの人を 迷わせ続けてきたのでしょうか 恐ろしい限りです
「 一盲 衆盲 を 引きいて もって 火抗(地獄)に堕ちる  」         お釈迦様
    
皆さん  、 「  助からない教え  」を聞いているから 助からないのです 。

宿善が うすいとか、まだ十九願へ 入ってないとか、後生が苦になってないとか、 そんなことが 救われない理由ではありません 。

「  高森会長の 教えていることが 間違っているから誰も 助からない  。」
だけの ことです 。
たった これだけです 。

私は ここを 伝えたくて
「 あなたの 白道 」を書いています  。
        
これを 言わねば 死んでも 死ねない 。
どーしても 書きたい 。
これ 以外 全く ありません 。

どうか 分って下さい 。
正しい先生から 聞かれたら あなたも救われます 。

③  深い み心
信心、教えの間違いを  聞いても 、まだ 親鸞会を 辞める 気に なれない人があります 。

それが 「 深いみ心 」「 ご恩 ご苦労  」が邪魔しているのです 。
88歳まで 50年以上も ここまでやってくるのは 大変です 。
その 点、高森会長は 大変な 努力家です 。 すごい エネルギーを持っています 。
次々と 企画し、 建物を 建て 休みはありません 。
 ここを見て 「  会長先生は すごい ただ人でない。」と感心します 。
これこそ 善知識の 証拠だと、皆 思います 。

皆さんは この「 深い み心 」は 何だと思いますか 。
阿弥陀仏に 救われた 「 恩徳讃の心 」 だと思っていますか 。  

 私も 35年間 そう信じていました 。

●「 深い み心 」の正体は 
 「 我執 我慢 」 であり 煩悩です 。

「  本願寺 憎し 」の 復讐心と、名利の心で 
「  親鸞会を 日本一の真宗教団にしてみせる  」
という心が「  深いみ心  」の 正体 です 。

「我執、我慢」 が人一倍強く、自分は 一番正しいと思い、人の意見が聞けず 、
「 お山の大将 」でいるのが大好きなのです。

 これだけの人なのに、非常に残念であり、気の毒であり、哀れな人だと思います。

○ 私が 講師部になって 高森会長の 口から聞くのは 、本願寺のことばかりでした。

「 本願寺を焼こうとしたことがあった」
「 将来 大講師 500名で 本願寺と法論をする」(47年前の話)
「 本願寺 打倒 」
「 真宗改革は 我らの手で  」
「 本願寺の 盲点は 宿善だ  」
                (宿善論争 本願寺座り込み)
「 この宿善の問題は 本願寺が 将来的に背負っていくことになる  。」
「 この アニメで 本願寺は 大波に飲み込まれる  。」
「 この小杉の本部会館は 将来 真宗十派の総本山になる。」
「 本願寺の屋根に ぺんぺん草が生える 」
「 死に(西)本願寺、干餓死(東)本願寺  」
「 歎異抄をひらく  が 出たのに、本願寺から 反論書が出て来ない  」
「 本願寺から 執筆依頼があった  」(大はしゃぎ、しかし後でボツになった)
「 本願寺の現状を見るとワシ には時間がない あせっとる。君たちに頼むしかない  。」

こんなこと ばかり聞かされているから、我が身の後生の 一大事の解決より、本願寺 憎しの
「高森会長 の本願」が大事になっていました。

 元 N村講師長 から、「 講師部は 会長先生の お陰で生活できる、常に会長先生が今 何を 望まれているか 、それを考えながら 活動しなければならない 。 」と、何度も 聞かされました 。

なぜ こうも 本願寺を憎むのか 会長と兄弟のように親しかった 増井先生より 、先生と ふたりきりの時に、 事の次第を 詳しく聞きました。

 当時の高森会長の 布教内容に 問題があると 門徒さんから 本願寺へ 苦情が入り 、
何度も本願寺に呼び出され 注意を受けました 。ところが、全く聞き入れないどころか、
苦情を言った門徒さんを批判したのです 。
その態度に 本願寺は、「  本願寺布教使の資格の剥奪  」を断行したそうです 。

本願寺からの 呼び出しが あったことは、高森会長から  昔、何度も 聞きました 。
布教使資格  を、剥奪された会長は 非常に落ち込み 苦しんで、悶絶して、そばで見ていても 気の毒なくらい だったそうです 。

やがてその思いが 本願寺への憎しみとなり、「 本願寺を焼いてやる 。」と いう恐ろしい 焼き打ち計画 まで立てました 。
      
事前に 知った 増井先生、高森会長のお母さん からの 必死の説得で 何とか未然に防げました。
止める人がなかったら 本願寺は 焼け落ちていたでしょう。
      
その上 本願寺から 八箇所の 間違いを指摘された文書を配られ それに対抗して、「顕正」を書いたのです 。
 この「顕正」は富山県内で 布教中でありながら3日間で 書いたと言われ、如何に 本願寺への怒りが 大きかったか 分ります。
怒り心頭です。

本願寺の非難文のせいで、寺からの 説法依頼も 全く無くなり 兵糧攻めにあいました。
ここまで 追い込んできたのです 。
     
「くそー今に 見ていろ、絶対に 頭、下げさせてやる、きっとだ。本願寺 覚えておけー」
 と 怒りの 炎がメラメラと燃え上がったのは 当然でしょう 。
高森会長の 気性なら 分ります。

● そこで、「 打倒 本願寺 」を目指し 親鸞会を 結成して 大きくする為に、あらゆるものを 取り入れ 始めました 。

これが「 深い み心  」の 正体 です。

「 本願寺 打倒 、親鸞会 を日本一にする  」と目標が定まったのです 。
全てを ここへ  集中させました 。
     
   
・ 華光会、伊藤先生と 決別して 32歳で「 親鸞会 」を作り、会長となり 思い通りの 活動をする 。
    
・   「 人生の究極の目的は 絶対の幸福にあり、絶対の幸福は 真実の宗教を信ずることによってのみ 獲得 できることを信じます」の会員聖則を作り、
「 弥陀の本願  」は 絶対の幸福だと マインドコントロールする。
 それには 「 宿善まかせ  」と教え込み、人集め、金集めの活動集団に 成長させていった 。
・ 絶対服従の 講師部を作り、軍隊式組織で 手足の様に使い 全国、海外にも進出して会員の拡大を図る 。
   
・ 大沼、伊藤師の本から「盗作」をして「会報」などを書き 、いかにも大学者らしく振舞う 。
    
・ 全国の大学に入って 「学生部」を作り 学生を勧誘し「 講師学院 」へ送っ て
「 会長に 無条件 服従 」の洗脳を受けた 講師を 次々と増産する 。
    
・ ある程度 大きくなったので 本願寺との 「宿善論争」で 本願寺の 本堂に 座り込みの実力行使  を行い、伝統、体面を重んじる本願寺の 泣きどころを 衝いて 黙らせることに 成功する 。
       
この 痛快さは 信長が 桶狭間で 大敵 今川義元の 首を取った 感であろう 。
しかし、教学力が 低いのに 、本願寺に 戦いを 挑み 逆質問されて 未だに 返答が出来ない。  
勿論 会員には 隠してある 。
    
・ 名実共に「 善知識 」になり、会の運営に 拍車がかかる 。
   
・ 金の詐欺商法 豊田商事から 騙した汚い金を 億単位で貰い 大喜びするが、永野会長が 殺され 金の流れがばれて 返すことになったが、これも講師部 会員に真相は隠した 。
   
・「親鸞聖人アニメ製作」で全国に 会員総動員の 個別訪問が始まった。
本願寺がこの「津波に呑みこまれる」と豪語し、「100万本出ても 琵琶湖に小便くらい   」と 会員を駆り立てた 。
今は、全く 言わなくなった。何もかも こんな調子だ。 続かない。
    
・「なぜ生きる」は「  世界の名著に なる 。」と  妄想して  英語翻訳をやったりする 。
 ベストセラーに見せかける為 全国の書店で 組織的に買わせたりして、浄財の無駄使いする。
今では アマゾン中古本で「20円」で売っている始末。
   
・ 念願の 「2000畳の正本堂」 が 落慶して勢力的には 絶頂期を迎える 。
正本堂を 「2000畳」と強調して言うのは、東・西本願寺の本堂の 畳数が 合計しても 2000畳は無いから、それを越えた という意味で「2000畳」と言っています 。

いかに、本願寺に 意識過剰か 、これでも分ります。子供じみている。
   
・ しかし、勝手な 支部長制度で 会の 拡大を図ろうとするが、失速し始める。完全に読み違い。
   
・ ビデオご法話の布教の徹底も効果無し。講師部も 10分間説法を 強要され、説法力を失っていく。
   
・ 次々と 思いつきで ドメイン・、同朋の里・絵画・ 安心弁当 ・移動映画館・ 全国に会館建立・  なぜ生きるのアニメ映画・シアター館  と 金、金、金、金 、金ーーー金集めが 慢性化してゆく 。

次第に 振るわず 今日に至る  。

これが 親鸞会の「 歴史の真実 」です。 40年 活動の ド真ん中にいて 経験し 、 外に出てから はっきりわかりました 。
     
○ こうなるのは
 「 親鸞聖人のみ教えを 徹底する以外に あっては ならない  。」  この原則が 守られて無いからです 。

 蓮如上人は これをーーー

「 一宗の繁昌と申すは、人の多く集まり、威の大なる事にてはなく候。
  一人なりとも、人の信を取るが、一宗の繁昌に候。
 然れば、専修正行の繁昌は 遺弟の 念力より成ず  」

今の  親鸞会に対する 厳しいお叱りです 。

高森会長の一番の喜びは 立派な 建物です。完成まで 毎日 見に来ていました  。
 
蓮如上人の ご教導を 無視すると こうなるのです。
「 深いみ心 」が 「阿弥陀様への 報恩謝徳」一つであったなら 絶対に 今の親鸞会には なっていません 。
    
本願寺 憎し、「  親鸞会を日本一の教団にしたい  」という、我執 我慢 の 「  ワシ の 本願  」を叶えるために、仏法を 引き込こみ、「 阿弥陀仏の本願」を 利用した 結果であり、因果の応報です。

当時、本願寺の間違いを説き、本願寺から理不尽な 仕打ちを受けた時、 
なぜ 、「 正しい み教えを伝えて 間違いを 認めさせる。」 と切り替えて 自らの 信を問い 聴聞を続け 深く教えを学び 一人一人を大事に して 南無阿弥陀仏一つ 伝えなかったのか 、本当に残念でなりません 。
      

真の信を獲た人は 阿弥陀様の願いをお伝えしたい思い一杯になります 。
復讐心で 法を説くことなどありません 。
      
弁論大会は 常に 高森会長 絶賛に始まり絶賛に終わります 。
「 会長先生のご恩に感謝し ご恩にお応えできるよう頑張りますー 」で終わります 。
そこに 阿弥陀様は一度も 出てきません 。
 阿弥陀様は全く無視です 。
これは 善知識だのみ の 異安心です 。
それが全くおかしいと 気づく人はありません。
会長のマインドコントロール にかかっているからです 。
 弁論大会は その一番の手段だと 会長は 分っているのです 。

まさに会長の人生は「  我執 我慢  」に 振り回されただけの人生  だったと 思います。

その為に 多くの人が 被害に遭っています。


また、会長は、離れる人には、急に無関心になります。
 ーーー利用価値が 無くなったからです 。

 親鸞会会員、一人一人の 後生の 解決より 、今日は  参詣者 が 増えたか 減ったかが、 大事なのです。
ーーー支部長も同じ心です 。
 だから 自分の支部に 信心決定者が いなくても 建物を 建てることに 夢中になれるのです。
       
「 深いみ心  」に 清浄な お慈悲な心は 有りません  。

「 浄土真宗に帰すれども 真実の心は ありがたし
 虚仮不実の 我が身にて 清浄の 心も 更に無し」
       
 親鸞聖人も無いと言われて 心が どうして 高森会長に あるのですか 。
無いものを 期待しているだけです 。
   
 「 南無阿弥陀仏に 動かされて 」、報恩が 出来るだけなのです 。 


 真実心も、清浄心も ない奴を そのままとはなー。
「 南無阿弥陀仏、どうか、聞いて頂きたい。」

これだけです。
       
「我執」だけでは 報恩は 出来ません 。
      

○  皆さん 「   深いみ心 」の 正体が 分りましたか 。

私の 言うことは 外れていますか 。
    
●  これで
 ① 信心は ニセモノ
 ② 教えは でたらめ   
 ③ 深いみ心は 我執 の煩悩だった
と、わかられたと 思います。

これでも 親鸞会 会員を続ける 理由は 何かありますか  。
 
       
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①  RCさん  ( 女性 50代 )

こんにちは。

RCです。


私が、親鸞会を辞めて3年近く経ちます。

でも  親鸞会退会が、3年以内の出来事とは、信じられないくらい 遠い昔からのことのように感じます。


  きっと 親鸞会を退会してから「 聴聞が楽しく、お念仏が嬉しく有り難く、安心して 今を生きられるようになった」からだと思います。

今を 生きている実感が あります。


   私が、親鸞会を辞めた経緯につきましては、以下に、詳しく書いてありますので、ぜひ 読んでいただけたらった思います。


http://blog.livedoor.jp/skai_as/archives/41221991.html


 親鸞会退会から 3年近く経った今 、親鸞会について思うことを書きたいと思います。


親鸞会にいた頃、

 「 親鸞会以外には、正しい親鸞聖人の教えを説いているところはない」

と、固く信じていましたが、それは 私の人生における最大の誤解でした。

 そんな根拠のないことを 信じ切っていたのは、親鸞会のマインドコントロールと 私の愚かさが、原因だったと思います。


 親鸞会以外の 「すべての」お寺や、団体、個人を調べなければ  そんなことは、言えるはずないのに・・・。

  親鸞会の中で聞いたことを、確認もせず 鵜呑みにしてしまいました。

  聴聞や活動で 精一杯で、その時の私に親鸞会の教えを疑うことはできませんでした。


 結局、たくさんのお金や、時間や、エネルギーを費やし、家族や友人を巻き込む結果となりました。


  親鸞会を辞めて、親鸞会を批判すると「あなただって、たくさんの人を 騙してしまったのだから、被害者であっても、加害者でもあるでしょ」いう批判を受けることがあります。


 人生の根底を支える宗教の問題なのに、慎重さが足りなかったという点、反省しなければならないと思います。

  無知であることの恐ろしさを今、痛切に感じています。


 ただ、

言い訳のつもりでは、無いのでですが、

人生の様々な出来事は、単純に 加害者だとか 被害者だとか、と言い切れないことが多いように思います。


病気になりたい訳でもないけれど、病気になる。

 間違った宗教を信じたつもりなど、ないけれど

気がついたら 間違っていた。

 

思いがけない 「つまずき」の連続が 生きることのように 思います。


 ︎よきこころのおこるも、宿善のもよほすゆゑなり。悪事のおもは れせらるるも、悪業のはからふゆゑなり。故聖人(親鸞)の仰せに は、「兎毛・羊毛のさきにゐるちりばかりもつくる罪の、宿業にあ らずといふことなしとしるべし」と候ひき。                         ( 歎異抄)


宿業の人生を 歩くのが、私たちだと思います。


  私は、十代の後半に、ある病気になってしまい、自分の将来に大きな不安を持っていました。心は重く 孤独でした。

 ちょうどその頃、親鸞会と出会いました。

「人生の目的がある。達成できる。そのために生まれてきたのだ。」と いう教えは、絶望していた私の心の明かりとなりました。 


 30年以上教えに従い、頑張って活動して、親鸞会の教えは、ニセ物とわかりました。


でも「人生の目的がある、そこに向かって進んでいる 」って 思っていた間、親鸞会の教えは 私の生きる意味となり、そこに向かって生きていることを誇りに思っていました。


でも 親鸞会の教えで、私は 救われませんでした。


「私を救える教え」なら、私は、救われるし、

「私を救えない教え」では、私は救われません。


 親鸞会の教えは、「私を救えない教え」だったから 救われないのは、当然でした。

 親鸞会を辞めてから聞いた、本当の真宗の教えは、「私がどんな者であろうと私を救える教え」だったから、私は救われたのです。

だって、阿弥陀仏の本願が そうなっているから。そして、その本願が成就しているから。

 あたり前といえば、あたり前です。


 親鸞会会員の方、

「あなたが救われていないこと」が、「親鸞会の教えは あなたを救えない教えである」いう証明です。


 今のままのあなたを救えない本願なら、すべての者を救う本願ではないことになってしまいます。そんなはずはありません。

阿弥陀さまが、嘘をつくはずはありませんから。

だとしたら、「親鸞会が、阿弥陀さまの本願を間違えて伝えている」という事です。


「そのまま救う」っていうのは、文字通り

「そのまま」なのです。


19願の善をやって 善が出来ない者と知らされ

20願のお念仏を励み、自力の念仏が廃った時に、やっと、やっと 阿弥陀さまの「そのまま救うぞー!」が届くなんて・・・


親鸞会では、

三願転入しなければ、蟻一匹救われない。ってよく聞きましたが。


三願転入しなければ救われないなら、果たして、救われる人が この世にいるのでしょうか?

何十年も、一生懸命やっている親鸞会の講師や、会員が救われないのに。


十方衆生を救う本願は、無いのと同じになってしまいます。


 また、そもそも、そんなことことを言っている会長自身も、いつ19願の善にはげみ、いつ20願の念仏を称えていたのでしょうか?

それとも 会長だけには、近道があったのでしょうか?


親鸞会を離れて、正しく本願をお聞きすると

親鸞会の教えは、滑稽で、悲しいです。


十方衆生を救うご本願に 「三願転入しないと救われない」なんて ムチャな条件がつくはずないと思いませんか?


どんな病気でも治す医者だけど、

フルマラソンを完走した人だけ、治療しますって言ってるのとおんなじです。

どんな病気も治すお医者さんが、患者に、そんなムチャな 条件をつけるはずが ないのと同じで

阿弥陀さまが、煩悩具足の私に、三願転入なんて条件つけるはずが無いです。

 考えただけでも、わかります。


 とは言え、親鸞会にいた頃は、私も 頑張って、聴聞して、善をして、財施をしなければ 救われないって思っていました。


でも 真宗は、絶対他力の救いです。

私の「自力」が、少しでも救いの足しになるなら、他力の救いではありません。

だいたい、私には、救いの足しになるような善をする「力」が、ありません。


法蔵菩薩が、助かる力を持たない私のために、頑張って、ご修行をしてくださって  誓が成就して、 阿弥陀仏と名乗ってくださっているですから、もう 救いは 完成しています。


すでに(十劫の昔に)救いが完成していて、私が、もう 救いの中にいるってことが 「平生業成」です。

そのことを お聞きするのが、聴聞です。


︎聞というは、衆生 仏願の生起本末を聞きて疑心あることはし。これを聞というなり。


「三願転入」ではなく、「仏願の生起本末」をお聞きするのです。


こんなに、ストレートに親鸞聖人が、教えて下さっています。


「疑心」というのは、「計らい」です。

「私が 聴聞して、信心決定しよう」とか、

「私が、善をして 救いの足しにしよう」とか

「自力を捨てて、助かろう」とな、

「ああすれば、こうすれば 、なんとかなるだろう」とか、全部、計らいです。


「計らい」を自分で捨てることは、出来ません。捨てようとする心が 自力だから。


「計らい」は、「他力と出遇う」ことでしか、廃りません。


「他力と出遇う」とは、

法蔵菩薩さまが「あなたを救えなければ、仏とは名乗らない」とお誓くださり、五劫思惟され、兆載永劫の修行をしてくださって、もう、阿弥陀仏になられている。

だから、

「もう 私を仏にする阿弥陀さまが おられて、私は阿弥陀さまのおはたらの中にいる。私は 仏になる者なのだ」という教えに出遇うことです。


その言葉に頷くことです。


なぜ頷けるのか、といえば、

南無阿弥陀仏が 今ここに届いているからです。

救いが、完成したから、南無阿弥陀仏が、今 届いているのです。

「南無阿弥陀仏」は、「私の往生浄土の証拠」です。

「南無阿弥陀仏」は 阿弥陀さまが、私を救うお姿です。


そしたら、

「私を 仏にする仏さまが、おられるのに、凡夫の私が あれこれ心配することなど いらないのですね」って、なりますよね。

それが、「他力に出遇って、自力が廃る」ってことです。


そんな簡単な話︎って 思うでしょ。

そんな簡単な話です。


だって、

簡単でない救いなら、どうやって私が救われるのでしょう?


親鸞会会員の皆さん、

一度でも、最初から最後まで、真剣に聴聞出来たことあります?

一度でも、最初から最後まで、真剣に お勤め出来たことあります?

真実開顕のために、全財産投げ出せます?

後生が気になって 眠れなかったことが、あります?


30年以上も 

「後生の一大事を解決したい!」「八万劫年も 無間地獄で苦しみたくない!」って  私も、精一杯 頑張ってきたつもりです。

でも、箸にも棒にもかからない私かいるだけでした。

だから、 私が、真剣になれないから救われないんだ。 救われないのは、私に原因があるのだと 自分を責めて 「もっと、もっと、もっと、頑張らなければ」って、自分を、励ましていました。


 その心が、自力の心であり、他力に出遇えなければ、廃らない心です。


 煩悩具足で 知恵もなく 、一生懸命生きているのに、傷つけ合って、苦しむばかり。

ずっとずっとずっと、果てしなく 迷い続けるだけの存在が 私です。


だから 法蔵菩薩さまが、ご苦労するしかなかったのです。

私に、ああしろ、こうしろって注文することが出来ないから、48願を、ご自分に注文され、すべて成就してくださったのです。


そして、「仏さまのおはたらき」に 気づくことの出来ない私のために、「南無阿弥陀仏」という声の仏さまに なってくださったのです。

「南無阿弥陀仏」は、「阿弥陀さまそのもの」 です。

 声になってくださったから 、私の口から いつでも どこでも出てくださって

「おまえを仏にするよ。いっしょにいるよ。

安心していいよ。おまえの還る家は私の浄土だよ。」って、教え、呼びかけてくださるのです。


南無阿弥陀仏の聞こえる世界に、生まれた以上の幸せは、ないと思います。


︎本願力にあひぬれば、 

むなしくすぐるひとぞなき

功徳の宝海みちみちて 

煩悩の濁水へだてなし


親鸞会会員の皆さん、

せっかく、南無阿弥陀仏の聞こえる世界に生まれて、「阿弥陀さまの本願に救われたい」と、聴聞に励んでいるのに、正しく教えてもらえずに、「むなしくすぐるひと」で、終わってしまったら 残念過ぎます。


 親鸞会でしか、聴聞したことのない親鸞会会員の方々、どうか どうか、親鸞会の外に出て 南無阿弥陀仏のお話しを 聴聞なさってみてください。

別に、親鸞会を辞めなくても、どこでも 聴聞出来ます。


私に、ご連絡くだされば、南無阿弥陀仏のお話しをしてくださるご縁を 紹介します。


rokujinotsudoiアットマークyahoo.co.jp

(アットマークは@に変えてください。)

に ご連絡ください。


 さて、親鸞会を退会して、私が、一番驚いたのは  日本中の アチコチで、親鸞聖人の教えが 説かれているということでした。


 〇〇会に 入会しなくても、〇〇寺の門徒でなくても、自分の氏名を明かさなくても、ご法礼を出しても 出さなくても、

好きなところで、好きな先生のお話しを いくらでも、聴聞出来るのです。

そして、録音も、し放題!(私が今まで ご縁があったご法話は、ほとんど)

なんて、世間は 気前がいいのでしょう!

振り返ると、親鸞会は、本当にガメツかったです。

親鸞会の外では、たくさんお金を出さなくても、一番前の席で聴聞できます。


 インターネットで、「浄土真宗の法話案内」と検索すれば、どこで どんな ご法話があるのか、すぐにわかります。

地図も載っているので、初めてでも 行けます。

連絡先の番号に、電話すれば、丁寧に教えてもらえます。

すごーく便利で、有り難いです。

 作ってくださって、本当にありがとうございます。

この先も、ずっとお世話になると思います。



「聴聞は 何故するの?」って、親鸞会会員さんに 聞いたら、

「決まってるでしょ!信心決定するため。阿弥陀仏の本願に救われるため。

 信心決定できなかったら、無間地獄で 苦しみ続けなければならないもの。

ズッてでも、ハッてでも、聴聞して、そしてお布施もして、破邪顕正もして、あの横に線を 1ミリでも 進まないと!

 500年に一度の善知識、高森先生がおられる今、今生で、後生の一大事を解決できなかったら、もう 永遠に浮かぶ瀬はないから。」って  答えると思います。  


親鸞会にいた頃の私は、そうでした。


でも 親鸞会の外では、


「私か救われるおはたらき(南無阿弥陀仏)は もう はたらいたいるから大丈夫ですよ。もう、南無阿弥陀仏は、完成して、あなたの往生は、決まりましたよ。それを告げて下さる言葉が

南無阿弥陀仏のお念仏ですよ。」ということを聴聞するのです。


親鸞会は、

「救われるために 聴聞する」

親鸞会の外は、

「救いの中にいることを 聴聞する」

この違いは、天と地との差 です!


︎「 我称え われ聞くなれど 南無阿弥陀仏 

                  連れて往くぞの 親のよび声」


真宗の聴聞は このことを教えて いただくのでした。


親鸞会のように、

「阿弥陀仏の18願に救われたい」って思って、聴聞に来る人に、「19願からヤレ」っていうのは、酷すぎて、冗談かと 思います。

ゴール直前まで来た人に、スタートから走らないとゴールさせないぞ!って言っているみたいなものです。

阿弥陀さまが、そんな冷酷なこと言われるはずないです。


南無阿弥陀仏のおはたらきの中にいるから、

南無阿弥陀仏が聞こえるのです。

お念仏は、私の口から出てくださる 仏さまです。


阿弥陀さまは、ずっとずっとずっと

「あなたを仏にする仏に 私がなったんだよ。

あなたが還る浄土を作ったのだよ。

安心しておくれ。」と 

南無阿弥陀仏の声となって 私に、呼びかけて

早く気づて欲しいと いつでも、どこでもはたらきかけてくださっていたのです。

「いつでも、どこでも」っていうのは、「今、ここ」です。


南無阿弥陀仏がもう聞こえて、救いの真っ只中にいるのに、

私が 救われるために、頑張るって「変」です。


私が これから頑張って幸せになるのではなく、私が願うよりも ずっと前から、阿弥陀さまが 私の幸せを願ってくださっていたのです。

そして、 ご修行をされて、私を仏にするはたらきが もう はたらいているのです。

そして「南無阿弥陀仏」となって そのことを告げてくださっているのです。


 私の心に、「阿弥陀さまに救われたい」っていう気持ちが起きたのも、南無阿弥陀仏のおはたらきです。


 阿弥陀さまの「無碍の光明のお育て」が  「流転輪廻の命しか持たない私」を ずっとずっとずっとお育てくださったから、今 、私が、人間に生まれ、仏法を聞きたい気持ちが起こり、そして 、南無阿弥陀仏と出遇えたのです。


このご恩を思えば、煩悩具足の身であっても、ご恩に報いる私でありたいって思います。


そういう気持ちさえも、南無阿弥陀仏のおはたらきがあればこそなのでしょうけれど。


流転輪廻を永遠に続けるのが 私の命の姿でした。

 それが、今 阿弥陀さまの願いに遇えて、

浄土へ向かう命の姿に 変えていただきました。

煩悩具足の私のままで。


 親鸞会を出て 、南無阿弥陀仏のいわれをお聞きするご縁に恵まれて、お念仏を称える身にしていただけました。


もし、あのまま、親鸞会に留まっていたら、

今も 「三願転入の先にあるという まぼろしのような信心決定」に 向かって、ヨロヨロと、たどり着くはずのない道を進んでいたでしょう。


 親鸞会会員の皆さん!

早く間違いに気づいて 、早く南無阿弥陀仏に出遇って下さい。



  親鸞会にいた時、同じ支部だったステキな女性は、「聴聞していく妨げになる可能性があるから、結婚はしない」という考えを持っていました。

 当時は、人生をかけて 教えを聞こうという覚悟を尊く思いました。 


 でも、では 、なぜ親鸞聖人は 肉食妻帯されたのでしょうか。

 結婚も考えられないくらい聴聞を重ねなければ、救われない教えが、聖人の教えならば、親鸞聖人が、肉食妻帯されるはずはないのに。


高森会長から、

「2000畳の本部会館が 大悲の願船に乗る乗船場です」と  教えられ 、今も 多くの会員さんは、たくさんの犠牲を払って  射水の親鸞会会館に 足を運んでいると思います。


でも、よくよく考えてみてください。


親鸞聖人や蓮如上人の時代に 今の 親鸞会会員のように、多くの時間や お金をかけて、聴聞出来る人が人が、どれほどいたでしょうか。   

そんな余裕のある人しか救われない教えなら、とっくの昔に、そんな教えは、消滅していたと思います。


「南無阿弥陀仏が、私を仏にしてくださる。

だから、安心して生きて、安心して死んでいける」という、「いつでも、誰でも救われる南無阿弥陀仏の教え」が、聞いた人を救い、安心させたから、南無阿弥陀仏は、ずっとずっと、伝わって来たのだと思います。



親鸞会会員さんは、高森会会長から、

「皆さんは、選びに、選びに、選びに、選びに選ばた人類の代表の方々です」って、持ち上げられて、自分には 特別に 阿弥陀さまのお慈悲がかかっているのだから 頑張ろうって、自分を励まして、無理を重ねているのですよね。(私は、そうでした。)


 私は、娘が一歳になると同時に、娘を保育園に預け仕事を再開しました。信心決定できるまでは 仕事を続ける覚悟で。

 仕事をしなければ、とても富山まで行く交通費や お布施を出すことは、できませんから。 


 幼い娘は、保育園で 風邪をもらっては、肺炎になったり、気管支炎になったりして、度々 入院しました。

 熱や咳で、食事が出来なくて 小さな身体が 点滴に繋がれて、娘を抱っこすると 娘の身体が軽くなってしまったことを感じても、仕事を辞めるという選択肢は、私にはありませんでした。


 「富山まで行って、聴聞しなければ 無間地獄は、免れない。無間地獄に堕ちたくない」という我が身かわいい気持ちは、まだ免疫力の弱い娘の身体を護ることより、聴聞を優先しました。


 娘は 聴聞の度に、子供部屋に閉じ込められても、「大切なことだから」と、言い聞かせると 嫌がるそぶりも見せず、遠い道のりを いつもいっしょに、来てくれました。


次の日、学校で 友達に話せない日曜日のお出かけは、娘には、大きな負担だったと思います。



高森会長の

「私の話しを聞きなさい。私の話を聞かなければ、救われません」という教えを信じるということは、こんな残酷な道を進むことです。


こんな残酷な道の先に、大慈悲の弥陀が待っていらっしゃるはずは、ないでしょう。


あんな 私 が、今、南無阿弥陀仏のおはたらきの中で、こんなに安心して いられることが 不思議でなりません。


親鸞会会員の皆さん、

「今、そのままのあなたを救う南無阿弥陀仏」です。


「南無阿弥陀仏」は そういうことです。

「なんの条件もつけない。あなたは、あなたのまま、そのままで 仏にする仏がいるから、安心せよ」が 「南無阿弥陀仏」です。


無知で、愚かな私でも、

南無阿弥陀仏は 「そのまま」と はたらいてくださいます。


 どうか 高森会長の言葉ではなく、阿弥陀さまの言葉を聞いてください。


私は、現在 埼玉県熊谷市で 「埼玉恵日会」という勉強会を 時々しています。

(本当は、私がしているのではなく、阿弥陀さまがしてくださっているのだと思います)


参加者は 限定はしていませんが、元親鸞会会員、現親鸞会会員の方が、ほとんどです。


安心して ご参加いただけます。

よかったら、お越しください。


もちろん、埼玉恵日会でなくても 南無阿弥陀仏の教えは 日本中で聞けます。


阿弥陀仏の本願は成就しているのですから

私たちの 往生は、決まっているのです。

そのことをよく聴聞させて頂いて、

阿弥陀さまの言葉に頷き、南無阿弥陀仏のおはたらきにおまかせして、安心して生き、安心して 死んでいけるのが、浄土真宗です。


そのことを わかっていただきたいと思い

いろいろ 書かせていただきました。


皆さん、

流転輪廻は、もう終わりです。

お浄土で、再会しましょう╰(*´︶`*)╯♡


長文失礼 致しました。


南無阿弥陀仏

南無阿弥陀仏


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② 親鸞会との決別  と  阿弥陀様との出会い

           とくよしみね( 男性 50代 )

 

注:親鸞会の名称は親鸞聖人に申し訳がありませんので以下高森顕徹会と呼ばせて頂きます。

 

子供の頃から死に対しての何とも言えない恐怖を持ち続けていました。

どうしたら心の平安が得られるのか、大人になったら分かるのかとずっと考えていました。子供の頃交通事故に遭い、大学生時代にも遭いました。

死の恐怖を何度も味わい、どうしようも無い無力感に襲われながら、結局人生は好きなことをして生きるしか無いと思い込んでいました。

だから自分の好きなことをやりながら人生を模索しようとしていました。

 

そんなとき知り合いから人生の目的は「後生の一大事を解決して絶対の幸福になることだ」と言われたのですが、「何をアホなことを」と思って聞いていました。

真剣にいろいろ言われたのですが、当時の自分は宗教などに頼らずに自分の力で人生を切り開こうと思っていたので知り合いの言葉は私には入りませんでした。

そして自分なりに人生はやりたいことをやって後悔の無いようにするのが一番だとの答えを出しました。そう思って自分がやりたいことを次から次へとやってはみたものの本当の満足とはほど遠く悶々とするばかりでした。

そして、大学四年生になったころいよいよ就職活動をし出したのですが、人生の先行きが見えてしまったのです。

「あ~、このまま就職して、結婚して、子供を産んで、そして死んでいく人生に意味があるのか?俺は何か見つけることが出来たのか?」と。

思い出したのは知り合いから教えてもらった人生の目的でした。

それからは知り合いの家に行きあるだけの本を借りて読んだのです。

それが高森顕徹会との出会いでした。

 

読んだ本は、こんな事が知りたい1から4,白道燃ゆ、会報1から3などでした。衝撃でした。

「仏教に、浄土真宗に真実があるのか?」と。

大学の図書館で大無量寿経を読んで本当にあることを確認し、嬉しくて仕方ありませんでした。

その後、初めて高森会長のご法話に参加したのですが、変な服を着て胡散臭さが一杯でした。それでも分からないことばかりでしっかり勉強しようと思いました。

残念なことにそれは高森顕徹会から出された本のみでと思ってしまったのです。

暫くして会員に成ったのですが段々活動を強制するように成ってきました。

会員の勧誘や白道戦などといろいろな戦いを次から次へと展開していきます。

専任講師になっていく人を見て自分はそんな力は無い。在家で求めるしかないと思っていました。

また、在家でもご信心はいただけるはず、そういう教えだと思っていました。

私は本願寺での座り込みからズーッと正会員でした。

また純会員の時期も結構ありました。純会員に成れば少しでも宿善が厚くなると思い勧められるままなりました。

ところがこれも、途中で活動やいろいろな条件で純会員を辞めさせられました。理由は非常に曖昧なものでした。たぶん何か会にとって都合の悪いことがあったのでしょう。

純会員が反旗を翻したとか。

 

私が聞き出した頃、教学的には高森会長の教えは三重廃立が基本でした。

簡単に言えば阿弥陀様一仏に向けでした。

そのために必要なものは宿善を厚くすることだと。

ご法話では、縦の線、横の線を書き、当時は自分達がどこにいるのかは一切言わずに縦の線と横の線が交わったところで信心決定出来るのだと力強く叫んでいました。

そして聞く一つだと何度も言っていました。

 

これも今思うと全く矛盾しているのです。

救いを今と言いながら、宿善を厚くせよと。

 

私は高森会長以外に西堀咲枝さんとの出会いがありました。西堀さんは当時の高森顕徹会に於いては妙好人であり信心決定者であると公認された人でした。

そのためにその後の教義の変化や財施の強要も我慢していました。「この教えだけは間違いない」と思い込んでいました。

西堀さんのビデオは入会後でしたが作成されました。

持っておられる方もいらっしゃると思いますが、あの体験ビデオは本当に個人のものだなと今更ながらに思います。ほかの誰にも共通しない西堀さんだけの体験だと今ならよく理解できますが、当時の私は「すごい」としか思えませんでした。

 

西堀さんは当時私にこう言いました。

「真剣勝負や、先生のご法話をド真剣に聞くのや、白刃と白刃の戦いやで。あの先生から離れたら絶対にあかん」と。

私は「よし、とにかく10年は頑張って聞こう」と心に決めました。

当時のご法話は腹に響くものでした。

「駄目だ、駄目だ、今回も分からなかった」という感想が連続でした。それでもご法話に行ってもムダと思ったことはありませんでした。

 

ご法話以外では正本堂の建立や顕正戦のことがいつも話題にありました。

当時の顕正新聞を見てみればその事ばかりです。

特に正本堂建立に関しては財施の未納者に対する催促は何度もありました。

また、親鸞聖人のビデオ販売に関しては妻は販売員登録を半ば無理矢理にさせられました。妻はビデオを一生懸命販売しました。

販売成績はかなり良かったのですが当時の上司からもっと頑張れと檄を飛ばされていました。

後で分かったのですが、正本堂の財施もビデオ販売成績も当時の上司は妻よりかなり低く、どうしてあそこまで言われなければいけないのかと疑問に思うこともありました。

当時の上司もまた、その上から檄を飛ばされ叱咤激励されていたのでしょう。しかし、それが大変なストレスとなっておりました。

それでも会長は正しく法を伝えている、聞ききらない私達が悪いようなご法話があり、「そうなんだ、もっと真剣に聞かなければ」と言われるままに思っていました。

 

高森顕徹会結成の三五周年から三願転入が親鸞聖人の本当に言われたことだと言い出した時もきっと会長の深い御心があるのだと思っていました。

 

これは退会してから知ったことですが、退会者の家に講師や会員が押しかけ、御名号を返せと家の周りでわめいた音声が公開されたことがありました。

今もどこかのサイトに残っていると思います。

突然家に押しかけてわめき散らすのです。

まったく非常識としか言いようがありません。

警察沙汰になっても不思議ではないのに何の疑問も持たず、正しいことを行っていると思っている姿はまさしく創価学会の「折伏」と同じです。

創価学会の「折伏」は当時の映像ニュースにも成ったくらいです。

youtubeで動画を検索すれば出てきます。

 

その後何人も辞めた講師から連絡が有ったら無視せよとか、ネットを見るなとか言われることがたびたびありました。ネットは普通に見ていたのですが、退会者が間違ったことを言っているぐらいにしか思っていなかったため全く言葉が入ってきませんでした。

また、座談会をしなさいとの命令で、ご法話の後に同朋の里での座談会も高森会長の言われることの繰り返して納得いかないことが何度もありましたが、結局記憶力を自慢しているだけでした。

 

さらに高森会長のご法話はどんどん劣化していきました。とても他の人を誘って聞いてもらおうと思えるようなご法話では無くなっていきました。

聴聞録を書こうにもまた前回と同じで段々書く気が失せてきました。

 

そうこうしたある夏のご法話の時でした。

お昼休みに大事なことがあると言われ正本堂前の広場に集めさせられました。

そこで高森光晴総参謀が陣頭指揮をとって会員の皆さんに素手で正本堂前の煉瓦を運ばせたのです。

暑い日差しの中で担当講師を先頭に皆並んで玄関前の工事中の煉瓦を素手でリレーしてパレットに並べていったのです。

その間、高森光晴総参謀と恭子夫人は二人パレットの上に立ったまま、真っ赤な顔をして皆さんの作業を見ているだけでした。

講師達は光晴氏の命令をそのまま一生懸命聞いて動いていますが表情がおかしいのです。

なにか脅されているような感じで会員に指示を出します。

まるで怯えているように感じました。

私は高森顕徹会での理不尽なことはいろいろありましたが、ずべて後生の一大事の解決の為とずっと我慢してきました。

しかし、この時私よりかなりお年を召した人たちが沢山いたのですが、その方達に声をかけるわけでも無く、当然自分が参加することも無く、ただ、二人で真っ赤な顔をして作業を見ている姿を見たとき、この異常さにさすがにおかしいと思うように成りました。

蓮如上人は報恩講に皆さんと一緒にお風呂に入ってお話をされたとか、寒い日に遠くから来た人には酒など出して身体を温めさせたとかのお話があります。

高森光晴総参謀は、蓮如上人のこのお言葉をどう思っているのか、否、そんなことは全く思っていないことがハッキリと分かりました。

 

実はこれより以前、私は高森会長の作戦会議に呼ばれたことがありました。

そのことを体験発表された人もありましたが、私は今まで公表したことはありませんでした。あたりまえですがその会議の理不尽さと来たらとんでもありませんでした。

「ある特専部員の除名の真相」という投稿がさよなら親鸞会にありますが、そのひとの気持ちがよく分かります。

とにかく会長に対して意見を言うのですが最後は会長の指示通りです。

今思うと会長の発言は凡夫丸出しのとんでもない発言ばかりでした。

また「会長は全く人の意見を聞いていないな」とも思いました。

会議での内容については箝口令が後で敷かれました。

 

その後、インターネットによるご法話がありましたが、小さなパソコンの画面から聞こえる小さな声でどうしてこれで説法ができるか不思議で仕方ありませんでした。

生のご法話ほど大事なことは無いはずなのにこれからはネットでのご法話か?

ご法話の内容は毎回同じ三願転入ばかりで財施をせよと比喩的に言うばかりで、阿弥陀様の御本願についても仏願の生起ばかりで本末は全くといっていいほど説かれることはありませんでした。

御念仏についても御文章の根拠はいつも同じ所、「・・・無上甚深の功徳利益の広大なることその極まりなきものなり・・・」ばかりでした。

もうこの話をどれだけ聞いても何も変わらない、専任講師で救われた人も一人もいない、たまに病気で死にかけの人が救われたと言っているがその内容もよく分からないような話でした。

今思うと肝心なところをすべて修正させられていたのでしょう。

段々、今生での後生の解決を諦めるようになってきました。

 

しばらくして知り合いから嶋田講師の「私の白道」がネット上にあることを教えてもらいました。嶋田講師は本願寺座り込みの時から知っていましたが、まさかあの人がと思いました。

読み進めるうちにどんどん血の気が引いていくのが分かりました。読むことを止めることが出来ず最後まで読んだときには自分の足下から信じていたものが崩れていくのが分かりました。

とんでもないことでした。

いろいろな理不尽なこともありましたが、それより教義が間違っていることに驚きました。いままで自分は何をやってきたのか、言われるまま家族や親戚に対しても破邪顕正を盾にどれだけひどいことをしてきたのか、また、いろんな人に対して選民意識丸出しの対応をしてきたことで自分が押しつぶされそうになりました。

自分が正しいと思ってやってきたことが本当は間違っていたとは。

「俺は今まで何をしてきたのか」

本当にショックでした。

 

暫くして会を退会しました。

当時の担当講師に退会の意図を伝えました。

講師は家に来たのですが退会理由を話しても全く受け付けず、また、お世話になったのでお礼を渡したのですが何も言わずに受け取って帰って行きました。

そして「私は千日回峰行だと思ってこれからも布教する」と言ったのです。

全く浄土真宗ではありませんでした。

典型的な知識帰命の異安心でした。

 

それからは、今はお浄土におられる近藤智文さんから、宮田さんから、故梯先生から、故加茂仰順師(ご法話などが今でもあります)から、そして、華光会の先生からご法話をむさぼるように聞かせていただきました。

何が間違ったのか一つ一つ確認をしていきました。そしたら100%間違いでは無く、至る所で間違いを誘引するような言葉が沢山あることに気づきました。

たとえば二河白道のお話でもそうです。

白道を踏み出すかどうかの所が三定死なのに、火の川、水の河を行った真ん中あたりが三定死との説明はお聖教と全く異なります。

また、白道について求道の道と信心の道の違いも大変な違いです。

ところがそれ以外はほぼお聖教通りで普通に読むと間違いに気づかずに読み飛ばしてしまうのです。

マインドコントロールとはそういうことで、たとえば正しく文章が読めなくなってしまいます。

退会後、かなり苦しんだのがこのことです。お聖教の文章が読めなくて頭に入ってこないのです。近藤智文さんが言われていましたが「私達はマイナスからの出発なのです」というのが本当にそうだと思います。

自分勝手に読んでしまうだけで無く、刷り込まれた高森顕徹会的教学や高森会長の個人的感想のまま読んでしまうため本当の著者の意図を読み違えてしまうのです。

 

だから最初の頃は「もう騙されるものか」と思いながら聞かせていただいたのです。

それでもいろいろな御著書やご法話を聞かせていただくうちに自分の周りの状況が段々と分かってきました。本願寺が教えていることもネットの中でのやりとりも何が本当で何が間違いなのか分かってきました。

そして周りに獲信者が沢山いることに気づき出しました。驚きました。

こんなに沢山の獲信者がいるのかと。

 

高森顕徹会では国に一人郡に一人のお言葉通り誰もいないような状態でしたので、それが当たり前と思っていたのに、あっちにもこっちにも、先生も沢山いることに本当に驚きました。

これなら自分も何とかなるかと思ったのです。

そう思って一生懸命聞法しました。これを読んでご信心をいただこう、これを聞いてご信心をハッキリさせようと自力一杯で求めていました。

 

しかし、それが間違いであることに後でしっかりと知らされました。簡単に言えば自分は救われるようなものでない、そんな力は無いと言うことが知らされたのです。

自他力廃立させていただいたのです。

それまでは、どうしたら信心決定出来るかに力が入っていたのですが、ベクトルが180度変わったために信心決定がどうでも良くなってしまいました。

当たり前ですがご法話でもお聖教でもそのことが繰り返し書かれているのです。普通に読めばそうなります。ところが自分はまだ救われていない、これでは駄目だと自ら法に蓋をしていたのです。

法は私に「聞いてくれ、聞いてくれ」と何度も何度も働きかけているのに、私は「まだ救われていない、これでは駄目だ」とすーっと自分で決めていました。しかし、あるとき「すべて阿弥陀様のお陰だった」と気づかされたのです。

自分で求めていたこともすべて頂き物であったと。

そのことも何度も何度も聞かせていただいていたのですが、結局「自分が自分が」と自分の思いを重要視していたことにより法を拒絶していたのです。

これを庄松同行の摂取不捨の救いの譬えと同じだと思いました。

「あー、法を聞いているようで結局自分は逃げていたんだな」と気づかせていただきました。

たからご法話を聞けばその通りで、地獄一定住処ぞかしも極楽往生間違い無しもともにハッキリすることなのです。

ただし、ひとそれぞれの感じ方がありますのでそれについてはここでは省略します。

 

また、一方で退会後は称名念仏を癖になるまで励みました。

それまでの高森顕徹会では称名念仏は信後のお礼の念仏であり、信前の御念仏は自力で役に立たないと教えられていました。

ところが御念仏は私の方で自力他力と区別を付けているのですが、御念仏自身は真実の塊であり私が称えた御念仏はそのまま私を呼ぶ呼び声なのです。念仏循環ともうしますか、そもそもこの御念仏に私を救う力があるのです。

だから、御念仏を称えないということは浄土真宗ではあり得ないことであり、信前信後を問わず称えるべきものなのです。

ここもマインドコントロールの為に自分で称えている御念仏はすべて自力だという思い込みが強く、そうでないかもしれないという考えがどうしても出来ませんでした。一つの壁かもしれません。

 

退会後は自由にご法話に参加することが本当に嬉しかったことでした。

当たり前ですが本願寺の西も東もご法話はいつでも何処でも参加自由です。身分証明書や高額な御法礼を要求することもありません。それでいて世間でいわゆる高名な先生のご法話があちらこちらでされているのです。

人にも普通にお寺に行ってご法話を聞いてきたと言えます。

世の中広かった、本当に広かったと思いました。

また、聖道門の仏教も本当に裾野がひろく教えも深いものでした。一方的な考えて判断できるようなものではないことを実感したこともありました。

また、カルト宗教と呼ばれるものの特徴も世間では一般的に知られていましたが、それに疑問さえ持たなかった自分が情けなくなりました。

 

高森顕徹会は浄土真宗の名を借りた典型的なカルト宗教と同じでした。それについてはあちらこちらに書かれていますので割愛しますが、とても残念に思います。優秀な方達が揃って迷いの中にいるのです。

未だに沢山の法友が高森顕徹会に必死にしがみついています。

自分たちが最後に勝つと思っておられるのでしょう。

それだけではなく既に高森会長の教えが間違っていることを理解しながらも生活の為、面従腹背されている講師も沢山おられるのではないでしょうか。

皆さん、今生、後生の解決出来なければどうなるのか、仏語に虚妄無しです。

本当に怖ろしく思います。親鸞聖人がたまたま行信を獲ば遠く宿縁を慶べと言われましたが何の間違いか今、私に南無阿弥陀仏が届いています。

そしてその教えを聞かせいただいています。

どうか皆さんも今一度自分の人生を振り返ってもらいたいと思います。

これで良いのか、本当にこれで死んでいけるのか、後悔は無いのか。

 

 

私は高森顕徹会を退会させていただいたことがが本当に良かったと思っています。あのままいたら必ず後生の解決出来ずに人生が終わっていただろうと思います。

私はいつもブログに書いていますが、現在、ただ今、落ちるそのままのお救いであった、それが阿弥陀様の願いだったと。

そして、必ず救う、我にまかせよ、我が名を称えよと大音響流十方しているのです。

どうか、今、聞いて下さい、称えて下さい、南無阿弥陀仏をそのままいただいて下さい。

御念仏に自力も他力もありません。

真実の塊が南無阿弥陀仏です。

これ一つです。

自分がどう思うが全く関係なく今阿弥陀様の呼び声が私の腹底から呼んでいるのです。

その声に気づいて下さい。

かならず救われます。

 

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

 

とくよしみね

 

ご質問等は、『とくよしみねの「なぜ生きる」』のブログにあるメールアドレスへお願いします。



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③  嶋田 幸美 ( 妻 )

 親鸞会を 離れて 早10年の 月日が 流れようとしています。
 短大に入った秋、知人に キャンパスで声を掛けられました。
 「死ぬことは怖くない?」それが 親鸞会に 入る最初のきっかけでした。
 自分の 死についてよく考えていた私 は「怖いよ」と即答しました。
 「仏法 を聞いたら 死がこわくなくなるよ」と言われ、それなら 聞きたいと素直に思いました。
 そして 学生部の 頃から 30年間、走り続けてきました。
 かつての 法友の 顔が何人も 浮かびます。

 なぜ 私が 親鸞会を離れたかは 主人の「私の白道」を読んで頂ければ分かると思いますが、
  今回続編 として新たに「あなたの白道」を発表するに当たり 私も 発言の場を頂きましたので
この 機会に 是非とも皆さんに お伝えしたい事があり 筆を取りました。
  
  初めて 高森会長の 法座を聞いた時の印象は 今も記憶に残っています。
 とにかく自信に満ちあふれ、内容は理解できずとも 熱一杯の 話に釘付けになりました。
 聴聞を 続けるうち 「この先生は凄い、この先生は私の後生を案じて こんなに一生懸命
話して下さっている、どこの世界にこんな先生がいるだろうか、この先生についてゆけば
きっと 死の解決ができるに違いない」と 思ったのです。
 今から思えば 何の根拠もなく どうしてそこまで信じられたのだろうと 不思議ですが
何も知らない 18歳の娘には 信じ込むに 十分な惹き付ける力があったのでしょう。
 皆さんの 中にも 同調される方は おられると思います。
 全国の僧侶を 一人一人 調べたわけでもないのに 高森会長だけが 唯一絶対無二の 
善知識 と思ってしまいました。
「 ワシ以外から 話を聞いても 絶対に助からないぞ」と言われると 何の疑いもなく
そうなんだと思ってしまいました。
 この先生は間違いない、この先生がウソをつく訳がない、なぜなら私の後生をこんなに 案じて下さるから 、大変な ご苦労され この親鸞会を 立ち上げて下さった のも私を助けるためだから  。  

「本願寺は みな間違っている 、助かっている 僧侶も一人もいない、親鸞会 を 離れたら 絶対に助からんぞ」
 何度も 何度も 自信一杯の話しを聞けば 大変な尊い先生におあいできた喜びで  いっぱいになり 上司の 言われるまま 親の諫言にも 耳を貸さず 家庭や 子供を 犠牲にしました。
  これ全て 後生の解決のため と言い聞かせ突っ走ってきたのです。
 それが 完全に マインドコントロール された姿だとは 夢にも思わず…。
 しかし 親鸞会を 離れて はっきり分かりました。まんまと会長に騙されていたことに。
 会の中にいる限りは 決してそうは思えませんが 会を離れて 広い世界に出た時、初めて 自分はなんて 狭い世界にいたのだろうと 気づくのです。
 正しい教えを 知れば本当に びっくりでした。
 今まで 疑問に思っていた事が 一つ一つ氷 解していきました。

  いつまで 活動したら 宿善厚くなって 救われるんだろう? 終着点が 全然見えてこない 。
    今日とも 明日とも 知れない命だと教えられるのに 途中で命尽きたら どうしよう 。
   助からないまま 地獄に真っ逆さまではないか。

  「一日も 片時も急いで 信心決定せよ 、
  報恩講の 七ヶ日間 に 信を獲れ」
蓮如上人は 急げ急げと仰っるけど、どう 急いでいいか 分からないのです 。
ずっと 疑問でしたが ようやく分かりました。
 宿善なんて 自分が求めるものではなかったんです。
 活動なんて 救いと何の関係もありませんでした。
  ただ 南無阿彌陀仏の心を 知れば 一念で救われることを知り大変な衝撃を受けました。
 蓮如上人の 急げ急げの 意味はこういうことだったのかと すっきり分かりました。
 仏願の 生起本末を 幾度となく聞いて下さい。
  高森会長の 話では分かりません。
南無阿彌陀仏の心が 抜けているからです。
そこを 主人が詳しく書きました 。
 私もそれ一つ 聴聞しました。

 初めて聞く事も多く 戸惑いましたが 阿弥陀様が この私を助ける為に どんな ご苦労をされたのか、私を 助ける 南無阿彌陀仏を 完成され、それをどのようにして 与えようとされたのかを 聞きました。

 今まで遠い遠い 存在でしかなかった 阿弥陀様が こんな近くにおられたとは…。
 私は完全に 間違っていました。

私の 後生を 案じて下さるのは 高森会長ではなく 阿弥陀様 だったのです。
私を 助けて下さるの も阿弥陀様でした。

 今まで高森会長 が 全てだと思っていた 私の呪縛が完全に溶けました。 
 
 皆さん、親鸞会に縛られる必要は 全くありません。
 高森会長に しがみつく 必要は何 一つないのです。

 私も貴方も 阿弥陀様に 願われているのです。
 遥か遠い昔から ずっとずっとです。
 今のこの 一瞬も 休むことなく 叫んでおられます。

「われにまかせよ、必ず助ける」と。
 そのお叫びが 南無阿彌陀仏です。
 私が助けて下さいとお願いする前に 阿弥陀様の方が先に「どうかまかせてくれよ」と
頭を下げて下さっているんです。

 こんな話を会長から聞いた事がありますか? 私は一度もありませんでした。
善知識は 南無阿彌陀仏 一つを説くのが 仕事だと後に聞かされ、愕然としました。
高森会員は善知識でも何でもなかったのです。

 主人の4つの質問に、ただただ沈黙を守り、法論を避け、何も言ってこなくなるのを じっと待っているのです。
かつての勇ましい会長はどこに行ったのでしょう?
    
世間事ではありません。
一つでも教えが 間違っていたら 大変な事です。
未来永劫のたくさんの 会員さんの 後生がかかっているのですから。
誠実に 答える 義務と責任 があるのです。

 どうして答えられないのか 皆さん自身でよく考えてみて頂きたいです。
   
私は貪るよう に毎日 阿弥陀様のお心を 聴聞しました。
 しかし「そのまま助ける」と言われても素直に信じられない心に泣きました。
どうしたら 信じられるのだろうと もがき苦しみました。
(  この心が雑行です。)
 そのままが どうしても 分からなかったのです。
もう私は 絶対に 助からないと思いました。
誰 が助かっても 私だけは 堕ちるしかないと思いました。
ただ泣くしかありませんでした。
そんな時です。私の 全身を 南無阿彌陀仏のお心が 貫いたのです。
「この弥陀に助けさせてくれ」 と阿弥陀様が 私に 頭を下げて下さいました。
 そのお心を 知った時、絶対 頭の下がらなかった 私の頭が 初めて下がりました。
下がらずにおれなかったのです。
 まさに大願業力でした。
 大慈悲心の 塊が 私の 自力の心を こじ開けて入ってきて下さったのです。
声なき声とはこの事だったのか、本当に不思議でした。
「不可称不可説不可思議」とはこのことだったのか 初めてお聖教を体で読むことができました。
 それからは どうしたらの 心は一切 出なくなりました。
完全に阿弥陀様に奪われてしまったのです。

 皆さん も南無阿彌陀仏のお心を どうか聴聞して下さい。
 特別な人だけが 助かるのではありません。
 誰でも 正しい 教えを聞けば 救われるようになっているのです。
私や 主人 そして 投稿された方々が生き証人です。
 この私に 用事 は微塵もありません。注文も何一つありません。
 ただ 阿弥陀様の 一人働きで救われるのです。

 主人は この事一つ 何と かかつての 法友に伝えたくて 今まで 色々とアクションを
試みました。
退会された方も たくさん出られましたが まだまだ迷われている方が大半です。
 親鸞会を 離れて皆さんの事を 忘れた日は 一日もないと言っても 過言ではありません。
 口を開けば 親鸞会の話でしたから。これは 主人の心ではなく 阿弥陀様のお心だと
思って下さい。

 生きてる間に かつての 法友に お伝えし共に手を取り合って 喜ぶのを 夢見ておりました。

それが難しいとなった時、
最後に 遺言として「あなたの白道」を残そうと考えたのです。
 病床で 病と戦いながら 最後の 最後まで 書き続けました。

 これを 読まれて 一人でも多くの 方が 親鸞会を 離れ 正しい教えを聴聞し 救われて
いかれます事を心から 願って止みません。

 読んで頂き 本当に有難うございました。

 南無阿彌陀仏                   
                                                            嶋田幸美

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