①  RCさん  ( 女性 50代 )

こんにちは。

RCです。


私が、親鸞会を辞めて3年近く経ちます。

でも  親鸞会退会が、3年以内の出来事とは、信じられないくらい 遠い昔からのことのように感じます。


  きっと 親鸞会を退会してから「 聴聞が楽しく、お念仏が嬉しく有り難く、安心して 今を生きられるようになった」からだと思います。

今を 生きている実感が あります。


   私が、親鸞会を辞めた経緯につきましては、以下に、詳しく書いてありますので、ぜひ 読んでいただけたらった思います。


http://blog.livedoor.jp/skai_as/archives/41221991.html


 親鸞会退会から 3年近く経った今 、親鸞会について思うことを書きたいと思います。


親鸞会にいた頃、

 「 親鸞会以外には、正しい親鸞聖人の教えを説いているところはない」

と、固く信じていましたが、それは 私の人生における最大の誤解でした。

 そんな根拠のないことを 信じ切っていたのは、親鸞会のマインドコントロールと 私の愚かさが、原因だったと思います。


 親鸞会以外の 「すべての」お寺や、団体、個人を調べなければ  そんなことは、言えるはずないのに・・・。

  親鸞会の中で聞いたことを、確認もせず 鵜呑みにしてしまいました。

  聴聞や活動で 精一杯で、その時の私に親鸞会の教えを疑うことはできませんでした。


 結局、たくさんのお金や、時間や、エネルギーを費やし、家族や友人を巻き込む結果となりました。


  親鸞会を辞めて、親鸞会を批判すると「あなただって、たくさんの人を 騙してしまったのだから、被害者であっても、加害者でもあるでしょ」いう批判を受けることがあります。


 人生の根底を支える宗教の問題なのに、慎重さが足りなかったという点、反省しなければならないと思います。

  無知であることの恐ろしさを今、痛切に感じています。


 ただ、

言い訳のつもりでは、無いのでですが、

人生の様々な出来事は、単純に 加害者だとか 被害者だとか、と言い切れないことが多いように思います。


病気になりたい訳でもないけれど、病気になる。

 間違った宗教を信じたつもりなど、ないけれど

気がついたら 間違っていた。

 

思いがけない 「つまずき」の連続が 生きることのように 思います。


 ︎よきこころのおこるも、宿善のもよほすゆゑなり。悪事のおもは れせらるるも、悪業のはからふゆゑなり。故聖人(親鸞)の仰せに は、「兎毛・羊毛のさきにゐるちりばかりもつくる罪の、宿業にあ らずといふことなしとしるべし」と候ひき。                         ( 歎異抄)


宿業の人生を 歩くのが、私たちだと思います。


  私は、十代の後半に、ある病気になってしまい、自分の将来に大きな不安を持っていました。心は重く 孤独でした。

 ちょうどその頃、親鸞会と出会いました。

「人生の目的がある。達成できる。そのために生まれてきたのだ。」と いう教えは、絶望していた私の心の明かりとなりました。 


 30年以上教えに従い、頑張って活動して、親鸞会の教えは、ニセ物とわかりました。


でも「人生の目的がある、そこに向かって進んでいる 」って 思っていた間、親鸞会の教えは 私の生きる意味となり、そこに向かって生きていることを誇りに思っていました。


でも 親鸞会の教えで、私は 救われませんでした。


「私を救える教え」なら、私は、救われるし、

「私を救えない教え」では、私は救われません。


 親鸞会の教えは、「私を救えない教え」だったから 救われないのは、当然でした。

 親鸞会を辞めてから聞いた、本当の真宗の教えは、「私がどんな者であろうと私を救える教え」だったから、私は救われたのです。

だって、阿弥陀仏の本願が そうなっているから。そして、その本願が成就しているから。

 あたり前といえば、あたり前です。


 親鸞会会員の方、

「あなたが救われていないこと」が、「親鸞会の教えは あなたを救えない教えである」いう証明です。


 今のままのあなたを救えない本願なら、すべての者を救う本願ではないことになってしまいます。そんなはずはありません。

阿弥陀さまが、嘘をつくはずはありませんから。

だとしたら、「親鸞会が、阿弥陀さまの本願を間違えて伝えている」という事です。


「そのまま救う」っていうのは、文字通り

「そのまま」なのです。


19願の善をやって 善が出来ない者と知らされ

20願のお念仏を励み、自力の念仏が廃った時に、やっと、やっと 阿弥陀さまの「そのまま救うぞー!」が届くなんて・・・


親鸞会では、

三願転入しなければ、蟻一匹救われない。ってよく聞きましたが。


三願転入しなければ救われないなら、果たして、救われる人が この世にいるのでしょうか?

何十年も、一生懸命やっている親鸞会の講師や、会員が救われないのに。


十方衆生を救う本願は、無いのと同じになってしまいます。


 また、そもそも、そんなことことを言っている会長自身も、いつ19願の善にはげみ、いつ20願の念仏を称えていたのでしょうか?

それとも 会長だけには、近道があったのでしょうか?


親鸞会を離れて、正しく本願をお聞きすると

親鸞会の教えは、滑稽で、悲しいです。


十方衆生を救うご本願に 「三願転入しないと救われない」なんて ムチャな条件がつくはずないと思いませんか?


どんな病気でも治す医者だけど、

フルマラソンを完走した人だけ、治療しますって言ってるのとおんなじです。

どんな病気も治すお医者さんが、患者に、そんなムチャな 条件をつけるはずが ないのと同じで

阿弥陀さまが、煩悩具足の私に、三願転入なんて条件つけるはずが無いです。

 考えただけでも、わかります。


 とは言え、親鸞会にいた頃は、私も 頑張って、聴聞して、善をして、財施をしなければ 救われないって思っていました。


でも 真宗は、絶対他力の救いです。

私の「自力」が、少しでも救いの足しになるなら、他力の救いではありません。

だいたい、私には、救いの足しになるような善をする「力」が、ありません。


法蔵菩薩が、助かる力を持たない私のために、頑張って、ご修行をしてくださって  誓が成就して、 阿弥陀仏と名乗ってくださっているですから、もう 救いは 完成しています。


すでに(十劫の昔に)救いが完成していて、私が、もう 救いの中にいるってことが 「平生業成」です。

そのことを お聞きするのが、聴聞です。


︎聞というは、衆生 仏願の生起本末を聞きて疑心あることはし。これを聞というなり。


「三願転入」ではなく、「仏願の生起本末」をお聞きするのです。


こんなに、ストレートに親鸞聖人が、教えて下さっています。


「疑心」というのは、「計らい」です。

「私が 聴聞して、信心決定しよう」とか、

「私が、善をして 救いの足しにしよう」とか

「自力を捨てて、助かろう」とな、

「ああすれば、こうすれば 、なんとかなるだろう」とか、全部、計らいです。


「計らい」を自分で捨てることは、出来ません。捨てようとする心が 自力だから。


「計らい」は、「他力と出遇う」ことでしか、廃りません。


「他力と出遇う」とは、

法蔵菩薩さまが「あなたを救えなければ、仏とは名乗らない」とお誓くださり、五劫思惟され、兆載永劫の修行をしてくださって、もう、阿弥陀仏になられている。

だから、

「もう 私を仏にする阿弥陀さまが おられて、私は阿弥陀さまのおはたらの中にいる。私は 仏になる者なのだ」という教えに出遇うことです。


その言葉に頷くことです。


なぜ頷けるのか、といえば、

南無阿弥陀仏が 今ここに届いているからです。

救いが、完成したから、南無阿弥陀仏が、今 届いているのです。

「南無阿弥陀仏」は、「私の往生浄土の証拠」です。

「南無阿弥陀仏」は 阿弥陀さまが、私を救うお姿です。


そしたら、

「私を 仏にする仏さまが、おられるのに、凡夫の私が あれこれ心配することなど いらないのですね」って、なりますよね。

それが、「他力に出遇って、自力が廃る」ってことです。


そんな簡単な話︎って 思うでしょ。

そんな簡単な話です。


だって、

簡単でない救いなら、どうやって私が救われるのでしょう?


親鸞会会員の皆さん、

一度でも、最初から最後まで、真剣に聴聞出来たことあります?

一度でも、最初から最後まで、真剣に お勤め出来たことあります?

真実開顕のために、全財産投げ出せます?

後生が気になって 眠れなかったことが、あります?


30年以上も 

「後生の一大事を解決したい!」「八万劫年も 無間地獄で苦しみたくない!」って  私も、精一杯 頑張ってきたつもりです。

でも、箸にも棒にもかからない私かいるだけでした。

だから、 私が、真剣になれないから救われないんだ。 救われないのは、私に原因があるのだと 自分を責めて 「もっと、もっと、もっと、頑張らなければ」って、自分を、励ましていました。


 その心が、自力の心であり、他力に出遇えなければ、廃らない心です。


 煩悩具足で 知恵もなく 、一生懸命生きているのに、傷つけ合って、苦しむばかり。

ずっとずっとずっと、果てしなく 迷い続けるだけの存在が 私です。


だから 法蔵菩薩さまが、ご苦労するしかなかったのです。

私に、ああしろ、こうしろって注文することが出来ないから、48願を、ご自分に注文され、すべて成就してくださったのです。


そして、「仏さまのおはたらき」に 気づくことの出来ない私のために、「南無阿弥陀仏」という声の仏さまに なってくださったのです。

「南無阿弥陀仏」は、「阿弥陀さまそのもの」 です。

 声になってくださったから 、私の口から いつでも どこでも出てくださって

「おまえを仏にするよ。いっしょにいるよ。

安心していいよ。おまえの還る家は私の浄土だよ。」って、教え、呼びかけてくださるのです。


南無阿弥陀仏の聞こえる世界に、生まれた以上の幸せは、ないと思います。


︎本願力にあひぬれば、 

むなしくすぐるひとぞなき

功徳の宝海みちみちて 

煩悩の濁水へだてなし


親鸞会会員の皆さん、

せっかく、南無阿弥陀仏の聞こえる世界に生まれて、「阿弥陀さまの本願に救われたい」と、聴聞に励んでいるのに、正しく教えてもらえずに、「むなしくすぐるひと」で、終わってしまったら 残念過ぎます。


 親鸞会でしか、聴聞したことのない親鸞会会員の方々、どうか どうか、親鸞会の外に出て 南無阿弥陀仏のお話しを 聴聞なさってみてください。

別に、親鸞会を辞めなくても、どこでも 聴聞出来ます。


私に、ご連絡くだされば、南無阿弥陀仏のお話しをしてくださるご縁を 紹介します。


rokujinotsudoiアットマークyahoo.co.jp

(アットマークは@に変えてください。)

に ご連絡ください。


 さて、親鸞会を退会して、私が、一番驚いたのは  日本中の アチコチで、親鸞聖人の教えが 説かれているということでした。


 〇〇会に 入会しなくても、〇〇寺の門徒でなくても、自分の氏名を明かさなくても、ご法礼を出しても 出さなくても、

好きなところで、好きな先生のお話しを いくらでも、聴聞出来るのです。

そして、録音も、し放題!(私が今まで ご縁があったご法話は、ほとんど)

なんて、世間は 気前がいいのでしょう!

振り返ると、親鸞会は、本当にガメツかったです。

親鸞会の外では、たくさんお金を出さなくても、一番前の席で聴聞できます。


 インターネットで、「浄土真宗の法話案内」と検索すれば、どこで どんな ご法話があるのか、すぐにわかります。

地図も載っているので、初めてでも 行けます。

連絡先の番号に、電話すれば、丁寧に教えてもらえます。

すごーく便利で、有り難いです。

 作ってくださって、本当にありがとうございます。

この先も、ずっとお世話になると思います。



「聴聞は 何故するの?」って、親鸞会会員さんに 聞いたら、

「決まってるでしょ!信心決定するため。阿弥陀仏の本願に救われるため。

 信心決定できなかったら、無間地獄で 苦しみ続けなければならないもの。

ズッてでも、ハッてでも、聴聞して、そしてお布施もして、破邪顕正もして、あの横に線を 1ミリでも 進まないと!

 500年に一度の善知識、高森先生がおられる今、今生で、後生の一大事を解決できなかったら、もう 永遠に浮かぶ瀬はないから。」って  答えると思います。  


親鸞会にいた頃の私は、そうでした。


でも 親鸞会の外では、


「私か救われるおはたらき(南無阿弥陀仏)は もう はたらいたいるから大丈夫ですよ。もう、南無阿弥陀仏は、完成して、あなたの往生は、決まりましたよ。それを告げて下さる言葉が

南無阿弥陀仏のお念仏ですよ。」ということを聴聞するのです。


親鸞会は、

「救われるために 聴聞する」

親鸞会の外は、

「救いの中にいることを 聴聞する」

この違いは、天と地との差 です!


︎「 我称え われ聞くなれど 南無阿弥陀仏 

                  連れて往くぞの 親のよび声」


真宗の聴聞は このことを教えて いただくのでした。


親鸞会のように、

「阿弥陀仏の18願に救われたい」って思って、聴聞に来る人に、「19願からヤレ」っていうのは、酷すぎて、冗談かと 思います。

ゴール直前まで来た人に、スタートから走らないとゴールさせないぞ!って言っているみたいなものです。

阿弥陀さまが、そんな冷酷なこと言われるはずないです。


南無阿弥陀仏のおはたらきの中にいるから、

南無阿弥陀仏が聞こえるのです。

お念仏は、私の口から出てくださる 仏さまです。


阿弥陀さまは、ずっとずっとずっと

「あなたを仏にする仏に 私がなったんだよ。

あなたが還る浄土を作ったのだよ。

安心しておくれ。」と 

南無阿弥陀仏の声となって 私に、呼びかけて

早く気づて欲しいと いつでも、どこでもはたらきかけてくださっていたのです。

「いつでも、どこでも」っていうのは、「今、ここ」です。


南無阿弥陀仏がもう聞こえて、救いの真っ只中にいるのに、

私が 救われるために、頑張るって「変」です。


私が これから頑張って幸せになるのではなく、私が願うよりも ずっと前から、阿弥陀さまが 私の幸せを願ってくださっていたのです。

そして、 ご修行をされて、私を仏にするはたらきが もう はたらいているのです。

そして「南無阿弥陀仏」となって そのことを告げてくださっているのです。


 私の心に、「阿弥陀さまに救われたい」っていう気持ちが起きたのも、南無阿弥陀仏のおはたらきです。


 阿弥陀さまの「無碍の光明のお育て」が  「流転輪廻の命しか持たない私」を ずっとずっとずっとお育てくださったから、今 、私が、人間に生まれ、仏法を聞きたい気持ちが起こり、そして 、南無阿弥陀仏と出遇えたのです。


このご恩を思えば、煩悩具足の身であっても、ご恩に報いる私でありたいって思います。


そういう気持ちさえも、南無阿弥陀仏のおはたらきがあればこそなのでしょうけれど。


流転輪廻を永遠に続けるのが 私の命の姿でした。

 それが、今 阿弥陀さまの願いに遇えて、

浄土へ向かう命の姿に 変えていただきました。

煩悩具足の私のままで。


 親鸞会を出て 、南無阿弥陀仏のいわれをお聞きするご縁に恵まれて、お念仏を称える身にしていただけました。


もし、あのまま、親鸞会に留まっていたら、

今も 「三願転入の先にあるという まぼろしのような信心決定」に 向かって、ヨロヨロと、たどり着くはずのない道を進んでいたでしょう。


 親鸞会会員の皆さん!

早く間違いに気づいて 、早く南無阿弥陀仏に出遇って下さい。



  親鸞会にいた時、同じ支部だったステキな女性は、「聴聞していく妨げになる可能性があるから、結婚はしない」という考えを持っていました。

 当時は、人生をかけて 教えを聞こうという覚悟を尊く思いました。 


 でも、では 、なぜ親鸞聖人は 肉食妻帯されたのでしょうか。

 結婚も考えられないくらい聴聞を重ねなければ、救われない教えが、聖人の教えならば、親鸞聖人が、肉食妻帯されるはずはないのに。


高森会長から、

「2000畳の本部会館が 大悲の願船に乗る乗船場です」と  教えられ 、今も 多くの会員さんは、たくさんの犠牲を払って  射水の親鸞会会館に 足を運んでいると思います。


でも、よくよく考えてみてください。


親鸞聖人や蓮如上人の時代に 今の 親鸞会会員のように、多くの時間や お金をかけて、聴聞出来る人が人が、どれほどいたでしょうか。   

そんな余裕のある人しか救われない教えなら、とっくの昔に、そんな教えは、消滅していたと思います。


「南無阿弥陀仏が、私を仏にしてくださる。

だから、安心して生きて、安心して死んでいける」という、「いつでも、誰でも救われる南無阿弥陀仏の教え」が、聞いた人を救い、安心させたから、南無阿弥陀仏は、ずっとずっと、伝わって来たのだと思います。



親鸞会会員さんは、高森会会長から、

「皆さんは、選びに、選びに、選びに、選びに選ばた人類の代表の方々です」って、持ち上げられて、自分には 特別に 阿弥陀さまのお慈悲がかかっているのだから 頑張ろうって、自分を励まして、無理を重ねているのですよね。(私は、そうでした。)


 私は、娘が一歳になると同時に、娘を保育園に預け仕事を再開しました。信心決定できるまでは 仕事を続ける覚悟で。

 仕事をしなければ、とても富山まで行く交通費や お布施を出すことは、できませんから。 


 幼い娘は、保育園で 風邪をもらっては、肺炎になったり、気管支炎になったりして、度々 入院しました。

 熱や咳で、食事が出来なくて 小さな身体が 点滴に繋がれて、娘を抱っこすると 娘の身体が軽くなってしまったことを感じても、仕事を辞めるという選択肢は、私にはありませんでした。


 「富山まで行って、聴聞しなければ 無間地獄は、免れない。無間地獄に堕ちたくない」という我が身かわいい気持ちは、まだ免疫力の弱い娘の身体を護ることより、聴聞を優先しました。


 娘は 聴聞の度に、子供部屋に閉じ込められても、「大切なことだから」と、言い聞かせると 嫌がるそぶりも見せず、遠い道のりを いつもいっしょに、来てくれました。


次の日、学校で 友達に話せない日曜日のお出かけは、娘には、大きな負担だったと思います。



高森会長の

「私の話しを聞きなさい。私の話を聞かなければ、救われません」という教えを信じるということは、こんな残酷な道を進むことです。


こんな残酷な道の先に、大慈悲の弥陀が待っていらっしゃるはずは、ないでしょう。


あんな 私 が、今、南無阿弥陀仏のおはたらきの中で、こんなに安心して いられることが 不思議でなりません。


親鸞会会員の皆さん、

「今、そのままのあなたを救う南無阿弥陀仏」です。


「南無阿弥陀仏」は そういうことです。

「なんの条件もつけない。あなたは、あなたのまま、そのままで 仏にする仏がいるから、安心せよ」が 「南無阿弥陀仏」です。


無知で、愚かな私でも、

南無阿弥陀仏は 「そのまま」と はたらいてくださいます。


 どうか 高森会長の言葉ではなく、阿弥陀さまの言葉を聞いてください。


私は、現在 埼玉県熊谷市で 「埼玉恵日会」という勉強会を 時々しています。

(本当は、私がしているのではなく、阿弥陀さまがしてくださっているのだと思います)


参加者は 限定はしていませんが、元親鸞会会員、現親鸞会会員の方が、ほとんどです。


安心して ご参加いただけます。

よかったら、お越しください。


もちろん、埼玉恵日会でなくても 南無阿弥陀仏の教えは 日本中で聞けます。


阿弥陀仏の本願は成就しているのですから

私たちの 往生は、決まっているのです。

そのことをよく聴聞させて頂いて、

阿弥陀さまの言葉に頷き、南無阿弥陀仏のおはたらきにおまかせして、安心して生き、安心して 死んでいけるのが、浄土真宗です。


そのことを わかっていただきたいと思い

いろいろ 書かせていただきました。


皆さん、

流転輪廻は、もう終わりです。

お浄土で、再会しましょう╰(*´︶`*)╯♡


長文失礼 致しました。


南無阿弥陀仏

南無阿弥陀仏


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② 親鸞会との決別  と  阿弥陀様との出会い

           とくよしみね( 男性 50代 )

 

注:親鸞会の名称は親鸞聖人に申し訳がありませんので以下高森顕徹会と呼ばせて頂きます。

 

子供の頃から死に対しての何とも言えない恐怖を持ち続けていました。

どうしたら心の平安が得られるのか、大人になったら分かるのかとずっと考えていました。子供の頃交通事故に遭い、大学生時代にも遭いました。

死の恐怖を何度も味わい、どうしようも無い無力感に襲われながら、結局人生は好きなことをして生きるしか無いと思い込んでいました。

だから自分の好きなことをやりながら人生を模索しようとしていました。

 

そんなとき知り合いから人生の目的は「後生の一大事を解決して絶対の幸福になることだ」と言われたのですが、「何をアホなことを」と思って聞いていました。

真剣にいろいろ言われたのですが、当時の自分は宗教などに頼らずに自分の力で人生を切り開こうと思っていたので知り合いの言葉は私には入りませんでした。

そして自分なりに人生はやりたいことをやって後悔の無いようにするのが一番だとの答えを出しました。そう思って自分がやりたいことを次から次へとやってはみたものの本当の満足とはほど遠く悶々とするばかりでした。

そして、大学四年生になったころいよいよ就職活動をし出したのですが、人生の先行きが見えてしまったのです。

「あ~、このまま就職して、結婚して、子供を産んで、そして死んでいく人生に意味があるのか?俺は何か見つけることが出来たのか?」と。

思い出したのは知り合いから教えてもらった人生の目的でした。

それからは知り合いの家に行きあるだけの本を借りて読んだのです。

それが高森顕徹会との出会いでした。

 

読んだ本は、こんな事が知りたい1から4,白道燃ゆ、会報1から3などでした。衝撃でした。

「仏教に、浄土真宗に真実があるのか?」と。

大学の図書館で大無量寿経を読んで本当にあることを確認し、嬉しくて仕方ありませんでした。

その後、初めて高森会長のご法話に参加したのですが、変な服を着て胡散臭さが一杯でした。それでも分からないことばかりでしっかり勉強しようと思いました。

残念なことにそれは高森顕徹会から出された本のみでと思ってしまったのです。

暫くして会員に成ったのですが段々活動を強制するように成ってきました。

会員の勧誘や白道戦などといろいろな戦いを次から次へと展開していきます。

専任講師になっていく人を見て自分はそんな力は無い。在家で求めるしかないと思っていました。

また、在家でもご信心はいただけるはず、そういう教えだと思っていました。

私は本願寺での座り込みからズーッと正会員でした。

また純会員の時期も結構ありました。純会員に成れば少しでも宿善が厚くなると思い勧められるままなりました。

ところがこれも、途中で活動やいろいろな条件で純会員を辞めさせられました。理由は非常に曖昧なものでした。たぶん何か会にとって都合の悪いことがあったのでしょう。

純会員が反旗を翻したとか。

 

私が聞き出した頃、教学的には高森会長の教えは三重廃立が基本でした。

簡単に言えば阿弥陀様一仏に向けでした。

そのために必要なものは宿善を厚くすることだと。

ご法話では、縦の線、横の線を書き、当時は自分達がどこにいるのかは一切言わずに縦の線と横の線が交わったところで信心決定出来るのだと力強く叫んでいました。

そして聞く一つだと何度も言っていました。

 

これも今思うと全く矛盾しているのです。

救いを今と言いながら、宿善を厚くせよと。

 

私は高森会長以外に西堀咲枝さんとの出会いがありました。西堀さんは当時の高森顕徹会に於いては妙好人であり信心決定者であると公認された人でした。

そのためにその後の教義の変化や財施の強要も我慢していました。「この教えだけは間違いない」と思い込んでいました。

西堀さんのビデオは入会後でしたが作成されました。

持っておられる方もいらっしゃると思いますが、あの体験ビデオは本当に個人のものだなと今更ながらに思います。ほかの誰にも共通しない西堀さんだけの体験だと今ならよく理解できますが、当時の私は「すごい」としか思えませんでした。

 

西堀さんは当時私にこう言いました。

「真剣勝負や、先生のご法話をド真剣に聞くのや、白刃と白刃の戦いやで。あの先生から離れたら絶対にあかん」と。

私は「よし、とにかく10年は頑張って聞こう」と心に決めました。

当時のご法話は腹に響くものでした。

「駄目だ、駄目だ、今回も分からなかった」という感想が連続でした。それでもご法話に行ってもムダと思ったことはありませんでした。

 

ご法話以外では正本堂の建立や顕正戦のことがいつも話題にありました。

当時の顕正新聞を見てみればその事ばかりです。

特に正本堂建立に関しては財施の未納者に対する催促は何度もありました。

また、親鸞聖人のビデオ販売に関しては妻は販売員登録を半ば無理矢理にさせられました。妻はビデオを一生懸命販売しました。

販売成績はかなり良かったのですが当時の上司からもっと頑張れと檄を飛ばされていました。

後で分かったのですが、正本堂の財施もビデオ販売成績も当時の上司は妻よりかなり低く、どうしてあそこまで言われなければいけないのかと疑問に思うこともありました。

当時の上司もまた、その上から檄を飛ばされ叱咤激励されていたのでしょう。しかし、それが大変なストレスとなっておりました。

それでも会長は正しく法を伝えている、聞ききらない私達が悪いようなご法話があり、「そうなんだ、もっと真剣に聞かなければ」と言われるままに思っていました。

 

高森顕徹会結成の三五周年から三願転入が親鸞聖人の本当に言われたことだと言い出した時もきっと会長の深い御心があるのだと思っていました。

 

これは退会してから知ったことですが、退会者の家に講師や会員が押しかけ、御名号を返せと家の周りでわめいた音声が公開されたことがありました。

今もどこかのサイトに残っていると思います。

突然家に押しかけてわめき散らすのです。

まったく非常識としか言いようがありません。

警察沙汰になっても不思議ではないのに何の疑問も持たず、正しいことを行っていると思っている姿はまさしく創価学会の「折伏」と同じです。

創価学会の「折伏」は当時の映像ニュースにも成ったくらいです。

youtubeで動画を検索すれば出てきます。

 

その後何人も辞めた講師から連絡が有ったら無視せよとか、ネットを見るなとか言われることがたびたびありました。ネットは普通に見ていたのですが、退会者が間違ったことを言っているぐらいにしか思っていなかったため全く言葉が入ってきませんでした。

また、座談会をしなさいとの命令で、ご法話の後に同朋の里での座談会も高森会長の言われることの繰り返して納得いかないことが何度もありましたが、結局記憶力を自慢しているだけでした。

 

さらに高森会長のご法話はどんどん劣化していきました。とても他の人を誘って聞いてもらおうと思えるようなご法話では無くなっていきました。

聴聞録を書こうにもまた前回と同じで段々書く気が失せてきました。

 

そうこうしたある夏のご法話の時でした。

お昼休みに大事なことがあると言われ正本堂前の広場に集めさせられました。

そこで高森光晴総参謀が陣頭指揮をとって会員の皆さんに素手で正本堂前の煉瓦を運ばせたのです。

暑い日差しの中で担当講師を先頭に皆並んで玄関前の工事中の煉瓦を素手でリレーしてパレットに並べていったのです。

その間、高森光晴総参謀と恭子夫人は二人パレットの上に立ったまま、真っ赤な顔をして皆さんの作業を見ているだけでした。

講師達は光晴氏の命令をそのまま一生懸命聞いて動いていますが表情がおかしいのです。

なにか脅されているような感じで会員に指示を出します。

まるで怯えているように感じました。

私は高森顕徹会での理不尽なことはいろいろありましたが、ずべて後生の一大事の解決の為とずっと我慢してきました。

しかし、この時私よりかなりお年を召した人たちが沢山いたのですが、その方達に声をかけるわけでも無く、当然自分が参加することも無く、ただ、二人で真っ赤な顔をして作業を見ている姿を見たとき、この異常さにさすがにおかしいと思うように成りました。

蓮如上人は報恩講に皆さんと一緒にお風呂に入ってお話をされたとか、寒い日に遠くから来た人には酒など出して身体を温めさせたとかのお話があります。

高森光晴総参謀は、蓮如上人のこのお言葉をどう思っているのか、否、そんなことは全く思っていないことがハッキリと分かりました。

 

実はこれより以前、私は高森会長の作戦会議に呼ばれたことがありました。

そのことを体験発表された人もありましたが、私は今まで公表したことはありませんでした。あたりまえですがその会議の理不尽さと来たらとんでもありませんでした。

「ある特専部員の除名の真相」という投稿がさよなら親鸞会にありますが、そのひとの気持ちがよく分かります。

とにかく会長に対して意見を言うのですが最後は会長の指示通りです。

今思うと会長の発言は凡夫丸出しのとんでもない発言ばかりでした。

また「会長は全く人の意見を聞いていないな」とも思いました。

会議での内容については箝口令が後で敷かれました。

 

その後、インターネットによるご法話がありましたが、小さなパソコンの画面から聞こえる小さな声でどうしてこれで説法ができるか不思議で仕方ありませんでした。

生のご法話ほど大事なことは無いはずなのにこれからはネットでのご法話か?

ご法話の内容は毎回同じ三願転入ばかりで財施をせよと比喩的に言うばかりで、阿弥陀様の御本願についても仏願の生起ばかりで本末は全くといっていいほど説かれることはありませんでした。

御念仏についても御文章の根拠はいつも同じ所、「・・・無上甚深の功徳利益の広大なることその極まりなきものなり・・・」ばかりでした。

もうこの話をどれだけ聞いても何も変わらない、専任講師で救われた人も一人もいない、たまに病気で死にかけの人が救われたと言っているがその内容もよく分からないような話でした。

今思うと肝心なところをすべて修正させられていたのでしょう。

段々、今生での後生の解決を諦めるようになってきました。

 

しばらくして知り合いから嶋田講師の「私の白道」がネット上にあることを教えてもらいました。嶋田講師は本願寺座り込みの時から知っていましたが、まさかあの人がと思いました。

読み進めるうちにどんどん血の気が引いていくのが分かりました。読むことを止めることが出来ず最後まで読んだときには自分の足下から信じていたものが崩れていくのが分かりました。

とんでもないことでした。

いろいろな理不尽なこともありましたが、それより教義が間違っていることに驚きました。いままで自分は何をやってきたのか、言われるまま家族や親戚に対しても破邪顕正を盾にどれだけひどいことをしてきたのか、また、いろんな人に対して選民意識丸出しの対応をしてきたことで自分が押しつぶされそうになりました。

自分が正しいと思ってやってきたことが本当は間違っていたとは。

「俺は今まで何をしてきたのか」

本当にショックでした。

 

暫くして会を退会しました。

当時の担当講師に退会の意図を伝えました。

講師は家に来たのですが退会理由を話しても全く受け付けず、また、お世話になったのでお礼を渡したのですが何も言わずに受け取って帰って行きました。

そして「私は千日回峰行だと思ってこれからも布教する」と言ったのです。

全く浄土真宗ではありませんでした。

典型的な知識帰命の異安心でした。

 

それからは、今はお浄土におられる近藤智文さんから、宮田さんから、故梯先生から、故加茂仰順師(ご法話などが今でもあります)から、そして、華光会の先生からご法話をむさぼるように聞かせていただきました。

何が間違ったのか一つ一つ確認をしていきました。そしたら100%間違いでは無く、至る所で間違いを誘引するような言葉が沢山あることに気づきました。

たとえば二河白道のお話でもそうです。

白道を踏み出すかどうかの所が三定死なのに、火の川、水の河を行った真ん中あたりが三定死との説明はお聖教と全く異なります。

また、白道について求道の道と信心の道の違いも大変な違いです。

ところがそれ以外はほぼお聖教通りで普通に読むと間違いに気づかずに読み飛ばしてしまうのです。

マインドコントロールとはそういうことで、たとえば正しく文章が読めなくなってしまいます。

退会後、かなり苦しんだのがこのことです。お聖教の文章が読めなくて頭に入ってこないのです。近藤智文さんが言われていましたが「私達はマイナスからの出発なのです」というのが本当にそうだと思います。

自分勝手に読んでしまうだけで無く、刷り込まれた高森顕徹会的教学や高森会長の個人的感想のまま読んでしまうため本当の著者の意図を読み違えてしまうのです。

 

だから最初の頃は「もう騙されるものか」と思いながら聞かせていただいたのです。

それでもいろいろな御著書やご法話を聞かせていただくうちに自分の周りの状況が段々と分かってきました。本願寺が教えていることもネットの中でのやりとりも何が本当で何が間違いなのか分かってきました。

そして周りに獲信者が沢山いることに気づき出しました。驚きました。

こんなに沢山の獲信者がいるのかと。

 

高森顕徹会では国に一人郡に一人のお言葉通り誰もいないような状態でしたので、それが当たり前と思っていたのに、あっちにもこっちにも、先生も沢山いることに本当に驚きました。

これなら自分も何とかなるかと思ったのです。

そう思って一生懸命聞法しました。これを読んでご信心をいただこう、これを聞いてご信心をハッキリさせようと自力一杯で求めていました。

 

しかし、それが間違いであることに後でしっかりと知らされました。簡単に言えば自分は救われるようなものでない、そんな力は無いと言うことが知らされたのです。

自他力廃立させていただいたのです。

それまでは、どうしたら信心決定出来るかに力が入っていたのですが、ベクトルが180度変わったために信心決定がどうでも良くなってしまいました。

当たり前ですがご法話でもお聖教でもそのことが繰り返し書かれているのです。普通に読めばそうなります。ところが自分はまだ救われていない、これでは駄目だと自ら法に蓋をしていたのです。

法は私に「聞いてくれ、聞いてくれ」と何度も何度も働きかけているのに、私は「まだ救われていない、これでは駄目だ」とすーっと自分で決めていました。しかし、あるとき「すべて阿弥陀様のお陰だった」と気づかされたのです。

自分で求めていたこともすべて頂き物であったと。

そのことも何度も何度も聞かせていただいていたのですが、結局「自分が自分が」と自分の思いを重要視していたことにより法を拒絶していたのです。

これを庄松同行の摂取不捨の救いの譬えと同じだと思いました。

「あー、法を聞いているようで結局自分は逃げていたんだな」と気づかせていただきました。

たからご法話を聞けばその通りで、地獄一定住処ぞかしも極楽往生間違い無しもともにハッキリすることなのです。

ただし、ひとそれぞれの感じ方がありますのでそれについてはここでは省略します。

 

また、一方で退会後は称名念仏を癖になるまで励みました。

それまでの高森顕徹会では称名念仏は信後のお礼の念仏であり、信前の御念仏は自力で役に立たないと教えられていました。

ところが御念仏は私の方で自力他力と区別を付けているのですが、御念仏自身は真実の塊であり私が称えた御念仏はそのまま私を呼ぶ呼び声なのです。念仏循環ともうしますか、そもそもこの御念仏に私を救う力があるのです。

だから、御念仏を称えないということは浄土真宗ではあり得ないことであり、信前信後を問わず称えるべきものなのです。

ここもマインドコントロールの為に自分で称えている御念仏はすべて自力だという思い込みが強く、そうでないかもしれないという考えがどうしても出来ませんでした。一つの壁かもしれません。

 

退会後は自由にご法話に参加することが本当に嬉しかったことでした。

当たり前ですが本願寺の西も東もご法話はいつでも何処でも参加自由です。身分証明書や高額な御法礼を要求することもありません。それでいて世間でいわゆる高名な先生のご法話があちらこちらでされているのです。

人にも普通にお寺に行ってご法話を聞いてきたと言えます。

世の中広かった、本当に広かったと思いました。

また、聖道門の仏教も本当に裾野がひろく教えも深いものでした。一方的な考えて判断できるようなものではないことを実感したこともありました。

また、カルト宗教と呼ばれるものの特徴も世間では一般的に知られていましたが、それに疑問さえ持たなかった自分が情けなくなりました。

 

高森顕徹会は浄土真宗の名を借りた典型的なカルト宗教と同じでした。それについてはあちらこちらに書かれていますので割愛しますが、とても残念に思います。優秀な方達が揃って迷いの中にいるのです。

未だに沢山の法友が高森顕徹会に必死にしがみついています。

自分たちが最後に勝つと思っておられるのでしょう。

それだけではなく既に高森会長の教えが間違っていることを理解しながらも生活の為、面従腹背されている講師も沢山おられるのではないでしょうか。

皆さん、今生、後生の解決出来なければどうなるのか、仏語に虚妄無しです。

本当に怖ろしく思います。親鸞聖人がたまたま行信を獲ば遠く宿縁を慶べと言われましたが何の間違いか今、私に南無阿弥陀仏が届いています。

そしてその教えを聞かせいただいています。

どうか皆さんも今一度自分の人生を振り返ってもらいたいと思います。

これで良いのか、本当にこれで死んでいけるのか、後悔は無いのか。

 

 

私は高森顕徹会を退会させていただいたことがが本当に良かったと思っています。あのままいたら必ず後生の解決出来ずに人生が終わっていただろうと思います。

私はいつもブログに書いていますが、現在、ただ今、落ちるそのままのお救いであった、それが阿弥陀様の願いだったと。

そして、必ず救う、我にまかせよ、我が名を称えよと大音響流十方しているのです。

どうか、今、聞いて下さい、称えて下さい、南無阿弥陀仏をそのままいただいて下さい。

御念仏に自力も他力もありません。

真実の塊が南無阿弥陀仏です。

これ一つです。

自分がどう思うが全く関係なく今阿弥陀様の呼び声が私の腹底から呼んでいるのです。

その声に気づいて下さい。

かならず救われます。

 

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

 

とくよしみね

 

ご質問等は、『とくよしみねの「なぜ生きる」』のブログにあるメールアドレスへお願いします。



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③  嶋田 幸美 ( 妻 )

 親鸞会を 離れて 早10年の 月日が 流れようとしています。
 短大に入った秋、知人に キャンパスで声を掛けられました。
 「死ぬことは怖くない?」それが 親鸞会に 入る最初のきっかけでした。
 自分の 死についてよく考えていた私 は「怖いよ」と即答しました。
 「仏法 を聞いたら 死がこわくなくなるよ」と言われ、それなら 聞きたいと素直に思いました。
 そして 学生部の 頃から 30年間、走り続けてきました。
 かつての 法友の 顔が何人も 浮かびます。

 なぜ 私が 親鸞会を離れたかは 主人の「私の白道」を読んで頂ければ分かると思いますが、
  今回続編 として新たに「あなたの白道」を発表するに当たり 私も 発言の場を頂きましたので
この 機会に 是非とも皆さんに お伝えしたい事があり 筆を取りました。
  
  初めて 高森会長の 法座を聞いた時の印象は 今も記憶に残っています。
 とにかく自信に満ちあふれ、内容は理解できずとも 熱一杯の 話に釘付けになりました。
 聴聞を 続けるうち 「この先生は凄い、この先生は私の後生を案じて こんなに一生懸命
話して下さっている、どこの世界にこんな先生がいるだろうか、この先生についてゆけば
きっと 死の解決ができるに違いない」と 思ったのです。
 今から思えば 何の根拠もなく どうしてそこまで信じられたのだろうと 不思議ですが
何も知らない 18歳の娘には 信じ込むに 十分な惹き付ける力があったのでしょう。
 皆さんの 中にも 同調される方は おられると思います。
 全国の僧侶を 一人一人 調べたわけでもないのに 高森会長だけが 唯一絶対無二の 
善知識 と思ってしまいました。
「 ワシ以外から 話を聞いても 絶対に助からないぞ」と言われると 何の疑いもなく
そうなんだと思ってしまいました。
 この先生は間違いない、この先生がウソをつく訳がない、なぜなら私の後生をこんなに 案じて下さるから 、大変な ご苦労され この親鸞会を 立ち上げて下さった のも私を助けるためだから  。  

「本願寺は みな間違っている 、助かっている 僧侶も一人もいない、親鸞会 を 離れたら 絶対に助からんぞ」
 何度も 何度も 自信一杯の話しを聞けば 大変な尊い先生におあいできた喜びで  いっぱいになり 上司の 言われるまま 親の諫言にも 耳を貸さず 家庭や 子供を 犠牲にしました。
  これ全て 後生の解決のため と言い聞かせ突っ走ってきたのです。
 それが 完全に マインドコントロール された姿だとは 夢にも思わず…。
 しかし 親鸞会を 離れて はっきり分かりました。まんまと会長に騙されていたことに。
 会の中にいる限りは 決してそうは思えませんが 会を離れて 広い世界に出た時、初めて 自分はなんて 狭い世界にいたのだろうと 気づくのです。
 正しい教えを 知れば本当に びっくりでした。
 今まで 疑問に思っていた事が 一つ一つ氷 解していきました。

  いつまで 活動したら 宿善厚くなって 救われるんだろう? 終着点が 全然見えてこない 。
    今日とも 明日とも 知れない命だと教えられるのに 途中で命尽きたら どうしよう 。
   助からないまま 地獄に真っ逆さまではないか。

  「一日も 片時も急いで 信心決定せよ 、
  報恩講の 七ヶ日間 に 信を獲れ」
蓮如上人は 急げ急げと仰っるけど、どう 急いでいいか 分からないのです 。
ずっと 疑問でしたが ようやく分かりました。
 宿善なんて 自分が求めるものではなかったんです。
 活動なんて 救いと何の関係もありませんでした。
  ただ 南無阿彌陀仏の心を 知れば 一念で救われることを知り大変な衝撃を受けました。
 蓮如上人の 急げ急げの 意味はこういうことだったのかと すっきり分かりました。
 仏願の 生起本末を 幾度となく聞いて下さい。
  高森会長の 話では分かりません。
南無阿彌陀仏の心が 抜けているからです。
そこを 主人が詳しく書きました 。
 私もそれ一つ 聴聞しました。

 初めて聞く事も多く 戸惑いましたが 阿弥陀様が この私を助ける為に どんな ご苦労をされたのか、私を 助ける 南無阿彌陀仏を 完成され、それをどのようにして 与えようとされたのかを 聞きました。

 今まで遠い遠い 存在でしかなかった 阿弥陀様が こんな近くにおられたとは…。
 私は完全に 間違っていました。

私の 後生を 案じて下さるのは 高森会長ではなく 阿弥陀様 だったのです。
私を 助けて下さるの も阿弥陀様でした。

 今まで高森会長 が 全てだと思っていた 私の呪縛が完全に溶けました。 
 
 皆さん、親鸞会に縛られる必要は 全くありません。
 高森会長に しがみつく 必要は何 一つないのです。

 私も貴方も 阿弥陀様に 願われているのです。
 遥か遠い昔から ずっとずっとです。
 今のこの 一瞬も 休むことなく 叫んでおられます。

「われにまかせよ、必ず助ける」と。
 そのお叫びが 南無阿彌陀仏です。
 私が助けて下さいとお願いする前に 阿弥陀様の方が先に「どうかまかせてくれよ」と
頭を下げて下さっているんです。

 こんな話を会長から聞いた事がありますか? 私は一度もありませんでした。
善知識は 南無阿彌陀仏 一つを説くのが 仕事だと後に聞かされ、愕然としました。
高森会員は善知識でも何でもなかったのです。

 主人の4つの質問に、ただただ沈黙を守り、法論を避け、何も言ってこなくなるのを じっと待っているのです。
かつての勇ましい会長はどこに行ったのでしょう?
    
世間事ではありません。
一つでも教えが 間違っていたら 大変な事です。
未来永劫のたくさんの 会員さんの 後生がかかっているのですから。
誠実に 答える 義務と責任 があるのです。

 どうして答えられないのか 皆さん自身でよく考えてみて頂きたいです。
   
私は貪るよう に毎日 阿弥陀様のお心を 聴聞しました。
 しかし「そのまま助ける」と言われても素直に信じられない心に泣きました。
どうしたら 信じられるのだろうと もがき苦しみました。
(  この心が雑行です。)
 そのままが どうしても 分からなかったのです。
もう私は 絶対に 助からないと思いました。
誰 が助かっても 私だけは 堕ちるしかないと思いました。
ただ泣くしかありませんでした。
そんな時です。私の 全身を 南無阿彌陀仏のお心が 貫いたのです。
「この弥陀に助けさせてくれ」 と阿弥陀様が 私に 頭を下げて下さいました。
 そのお心を 知った時、絶対 頭の下がらなかった 私の頭が 初めて下がりました。
下がらずにおれなかったのです。
 まさに大願業力でした。
 大慈悲心の 塊が 私の 自力の心を こじ開けて入ってきて下さったのです。
声なき声とはこの事だったのか、本当に不思議でした。
「不可称不可説不可思議」とはこのことだったのか 初めてお聖教を体で読むことができました。
 それからは どうしたらの 心は一切 出なくなりました。
完全に阿弥陀様に奪われてしまったのです。

 皆さん も南無阿彌陀仏のお心を どうか聴聞して下さい。
 特別な人だけが 助かるのではありません。
 誰でも 正しい 教えを聞けば 救われるようになっているのです。
私や 主人 そして 投稿された方々が生き証人です。
 この私に 用事 は微塵もありません。注文も何一つありません。
 ただ 阿弥陀様の 一人働きで救われるのです。

 主人は この事一つ 何と かかつての 法友に伝えたくて 今まで 色々とアクションを
試みました。
退会された方も たくさん出られましたが まだまだ迷われている方が大半です。
 親鸞会を 離れて皆さんの事を 忘れた日は 一日もないと言っても 過言ではありません。
 口を開けば 親鸞会の話でしたから。これは 主人の心ではなく 阿弥陀様のお心だと
思って下さい。

 生きてる間に かつての 法友に お伝えし共に手を取り合って 喜ぶのを 夢見ておりました。

それが難しいとなった時、
最後に 遺言として「あなたの白道」を残そうと考えたのです。
 病床で 病と戦いながら 最後の 最後まで 書き続けました。

 これを 読まれて 一人でも多くの 方が 親鸞会を 離れ 正しい教えを聴聞し 救われて
いかれます事を心から 願って止みません。

 読んで頂き 本当に有難うございました。

 南無阿彌陀仏                   
                                                            嶋田幸美