今日の読売新聞に、
『ノムさん寄贈品「邪魔なんか・・・」・・・倉庫に塩漬け』というタイトルの記事があった。

概要は、
プロ野球・南海ホークスなどで活躍した野球評論家の野村克也さん(81)が、故郷の京都府・旧網野町(現京丹後市)に寄贈した三冠王やリーグMVPなどの記念品の大半が、京丹後市で眠ったままになっていて、市は「予算がない」と及び腰。野村さんは「オレの記念品は邪魔なんか」と、野村さんがぼやいているという内容だ。

野村さんの気持ちよく分かる。

それは、私も、同じ目に遭っているからだ。

私の場合は、ぼやきの相手は、市ではなく、阪神タイガース管轄の甲子園歴史館だ。

私の父は、昭和28年〜昭和40年まで、阪神タイガースで投手として活躍した。

昭和31年には、セリーグ1位で、最優秀防御率を獲得。

昭和40年には、阪神タイガース歴代1位、550試合登板を達成した。

そこに行きつくまでにも、数々のタイトルを獲得し、

そのたびに、トロフィーなどの記念品を贈呈してもらっている。

甲子園歴史館というのは、そういう選手が過去に在籍していたことを

未来に残すために作られた館なのではないのか・・・

というのが、私のかねてからの言い分だ。

父の場合、野村さんのように80点もの記念品はないが、

約20点の記念品が存在する。

それらは、平成13年に、甲子園歴史館に寄託したものの

いまだに、展示されるに至っていない。

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この記事に対するコメントが書かれている中で、

「飾らないのなら、南海側と和解してなんばパークスとに飾れない?ノムさんだけ展示ないんだから」というコメントは、マトをついていておもしろい。

「和解」云々よりも、そもそも、寄贈したものを取り戻すことができるのか。


「寄託」しているのであれば、取り戻すことは可能だが、

「寄贈」の場合は、どうなるのだろうか。

私は、この記事から、そんなことをふと思った。