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 こんにちは、月です。
 一階堂くんから、便利なサイトを教えてもらいました。いえ、物書き志望の端くれなら常識かもしれませんが、ともかく私は知りませんでした。
 星空文庫というサイトで、小説を載せています。とりあえず、この前の星新一賞に落ちたショートショートを投稿しました。
 「ワーザーの目覚め」という人工知能モノです。
 これからも随時小説を投稿していきたいと思います。

 お初にお目にかかります。空舟千帆(からふね ちほ)と申します。新入りですがよろしくお願いします。
 さて、評論のほうは書けそうにもなく、雑記に値しそうな事柄は身辺に見当たらず、ここでは小説を書いていきたいと思います。読んでいただけると幸甚です。

   *

 入会に際して『鋼意』の特別号をいただき、読みました。今回は収録されていた4つの作品から、ひとつずつ要素をいただたいてお題とし、そこから小説を書こうというのをやりました。人工知能/国家/歯/聖別です。そんなの書いてねーよという向きには申しわけないと思います。読んでねーよという方にはどこかで再販があるのではないでしょうか。

   *

   瑕疵

 傷は記憶だ。わしらを覆う肌に刻み込まれ、時を経て、かえりみられなくともそこにある。わしらの一部、わしらを構成するもろもろの素材のひとつとして共に年老い、すこしずつにしても確実に増えていく。わしにとってはそうだった。

 ぼくのむかしの勤め先だった酒場のカウンターで、その爺さんはおおむねそういった内容のことをしばしば話した。酒には弱く、少しの量でしたたかに酔い、もつれた舌で法螺話をするのを好んだので、店からは好ましからざる客として扱われていた。ぼくとしても仕事の最中に相手をさせられるのには辟易していたし、かれがあらわれなくなった時にはせいせいしたものだったが、思い返してみればただ一度、妙に入り組んだ筋書きの話をしたことがあった。今でもぼくは覚えていて、ごくごくまれに思い出す。

「この傷は……(そういってかれは太ももに残る裂傷の痕を指した。いつもそういうふうにして話をはじめるのだった)わしがあの国から逃げ出してきたときに負ったものだ。
 高く巡らされた塀の内側、鋼鉄常軌の行き交う間で、わしらは息をひそめて暮らしていた。人工知能が統べる都市国家。地上に実現した初の試みで、すべてが順調に進んどるのだと学者さんは言ってたな」
 コウテツジョウキ? 耳慣れない響きにぼくは首を傾げた。爺さんの話に造語が登場するのは珍しくなかったが、そのたびにぼくは混乱させられた。どんな字を書くのか訊いてみるのが一番早く、かれはサラミを切ったナイフを手に取ると、木組みのカウンターの上に文字を刻んだ。ぼくは顔をしかめたが、気付きもせずに話をつづけた。
「こうだ。わかるかい。こういう字を書く。無人運転の単軌鉄道網で、交通はすべてこいつに任されていた。生活資材に建材、なまみの市民だってもちろん乗せたさ。どこか遠くにいきたいときは、部屋のコンソールでこいつを呼び出す。ものの数分で家の前までやってきて、どこでも好きな場所へ連れていってくれた。AIが建造する娯楽施設の数々は、わしら市民の望むところを正確に反映して、申し分なく行き届いたサービスを提供した。蒐集欲。射幸心。知的好奇心。性欲。ふさわしい形で捌け口があてがわれた。いい時代になったなと笑いあったものさ」
 家の前に鉄道が敷かれてたんですか? 気になってぼくは訊いてみる。どうも爺さんの話には穴がありすぎるのだ。答えに窮して話が詰まれば、それでぼくは聞き手から解放される。いつもはそうしてなんとか逃げおおせていた。
「そうだよ。わしらの家は鋼鉄の網の目のただ中にあった。輸送と伝達の方法が先にあって、目的地なんてのはその後に決まる。わしらが自分勝手に鋼鉄常軌を走らせても、全体のダイヤはAIが組み直してくれる。わしらの国の中央は空虚で、みえないそいつが一切を動かしていた。わしらはみんな個人として尊重され、家も服も、読む本でさえオーダメイドに生成された。だれもが自分自身の生を生きうる街。そんな惹句があったっけな」
 それはずいぶんと趣味の悪い、できそこないのコピーだなとぼくは思った。どうにか煙にまかれてしまって調子が狂う。ぼくらの後ろでは客が歌いだしていて、店内の注目はそちらへと集まった。ぼくはまずい歌がなにより嫌いで、それで仕方なく老人の話を聞くのにつとめた。
「与えられるサービスに淫するだけかといえば、そういうわけでもなかった。わしらはみんな哲学者で、画家で、詩人だった。なにか作りたいと思いさえすれば、素材は無限に供給された。果てしなく巨大なアーカイブにアクセスする権利があって、紙もインクも画材も、ナノアセンブラから湧きでたものさ。もちろんナマにこだわらない奴らは、画面の上で済ませていたがね」
 アーカイブとナノアセンブラ。それはどういうものだったのかとぼくは問う。この町でそんな単語を耳にすることはなかったし、これからだってないだろう。
「お前さんたちはそんなことも忘れてしまったのか、この店の奥にある銀色の機械。酒を汲み出す
あの装置だって、ナノアセンブラの成れの果てには変わりない。分子の配置を操作して、望みのものを合成するんだ。アーカイブの方はもうないが――みんなが端末を捨てちまったからな――この世で書かれたすべての本が収まった図書館みたいなものさ、そういうものが架空にあった」
 空の上に? 信じられないなと首をふってみせる。それではまるで雲じゃあないか。爺さんの法螺は入り組んでいても、支離滅裂にもほどがあった。雲をつかむような話。そうなふうに言ってもかまわない。
「そう。雲《クラウド》。まさにわしらはそんなふうに、その技術のことを呼んだものさ。すばらしく、すばらしいままに毎日が過ぎて、不具合はどこにも見当たらなかった。差別も犯罪も死に絶えて――もしもそういうものが欲しくなったときは、ひとりで施設にいけばよかった――みながひとりに異なった、独創的な人物として扱われた。あんな都市、あんな国はもう、これから二度とあらわれることはないだろうな」
 それじゃあどうして、あなたはここにいるのでしょう。
「街が建設されてから十年が経ち、わしらはみんなうんざりしていた。願望はたいてい叶うったって、街の規模は有限だ――たいして広くもなかったさ――だれもが人と違うってのにも、だんだん疲れてきたところだった。それでわしらはAIに言ったさ、わしらをここから出してくれ、もと居た町が恋しいんだとね。
 ところがだ、やっこさんそんなことは思いもしてなかったみたいでね。外はだめです。沙漠化が進んでて目もあてられませんと来たもんだ。嘘だとわしらは言い返した。AIは空撮をいくつも展開して見せた。そこにはたしかに荒廃した世界が写っちゃいたが、あいつの演算能ならそんな捏造はたやすかったはずで、一歩も引かずにわしらは抵抗したさ。外に出せ、さもないとおまえをバラしちゃうよと。AIは嘘をつかないなんてことは、とうの昔に忘れてたね。
 わしらは鋼鉄常軌の車輌に目をつけ、操縦装置をハックして都市の外殻をぶち破ろうとこころみた。卵の形をした車輌の、尖った先に埋まった装置を引き出そうとしてバールを使った。自己保全プログラムが起動して、わしは車輌から引き離された、力が入ったままバールが太ももの上をすべって、わしははじめて血を流した。ナノアセンブラがすぐに治療キットを吐き出したが、傷は消えることなく残ったさ。脱出は最終的には成功して、わしらはAIが真実を言っていたことを知った。わしらが開けた穴からは、沙漠の暴徒が流れこんでいった。やつらの逞しさには呆れたね。鋼鉄常軌の軌道も、繋がったままのナノアセンブラも、使えそうなものはなんでも持ち去っていった。それでこっち側はいくつかましになったし、わしらもこっちのやり方には慣れたがね。
 わしらは馬鹿だった。わざわざ出ることなんてなかったんだ。こっちでは食べるのにも必死で、むこうでの暮らしなんかは夢みたいんなもんさ。それでもおれたちは憧れてたんだ。並んだ歯みたいになって生きること。砂の一粒みたいなどうしようもない身分にね。すべてを叶えてくれる都市が、叶えることのできなかったただひとつの願いがそれだった。いまじゃすべては風に奪い去られて、残ったのはこの傷だけだ。傷は記憶で、わしはいまでも覚えている」

 それを最後に、かれが酒場にあらわれることはなくなった。相当な高齢だったのだと思うし、たぶんどこかで息を引き取ったのだろう。つけがずいぶんと溜まっていて、店主は呪いの言葉を口にしたのだったか。店はいまでもあそこにあって、かつての同僚がきりもりしている。繁盛しているらしく。いいことなのではないかと思う。
 卵の形をした家の、なだらかな曲線を描く壁をなぞって、ぼくは老人のことを考える。訪れたことのない場所や、過去の膨大な時間には、なんでも好きなでたらめを書き込むことができる。爺さんの法螺話はその類だ。この家の素材が「鋼鉄常軌」の車輌の再利用なんてことはなく、たぶん事実はその逆だ。砂の上に立ち並ぶ家の形を見て、かれはあんなでたらめを着想したのだろう。
 でたらめか。ぼくのこの記憶にしたって、後になってから付け加わった部分が多いのではないだろうか。そんな不安が胸中をかすめ、防塵コートを引っ掛けて外に出る。
 相変わらずの嵐で、まちは褐色のヴェールを被ったままだ。ヴェール越しの太陽は白い丸で、曖昧な輪郭で空に張り付いている。乱数が通りを吹き抜けてゆき、一定のノイズが耳を刺す。唯一のルールは混沌であって、なるほど家々は並んだ歯に見えないこともない。
 変わらずそそり立つ酒場の前まで、ぼくは咳をしながらやって来た。砂地に突き刺した鋼材の骨組みを、布で包んだ構造だ。雨は滅多にふらないので心配はない。
 カウンター席に腰掛け、酒を所望する。ここのところ懐が寂しく、つけておいてもらうしかないだろう。店の奥から突き出た見知った顔に、すまんねと苦笑してみせる。思えばぼくもいくぶん老いた。
 摩耗したカウンターの上に指を滑らせ、それを読み取ろうと神経を尖らせる。長きに渡る営業に、用材はいまや傷だらけだ。意味のない凹凸を幾度となくなぞり、大きく歪んだ木目の下に、指はとうとう見つけ出した。
 鋼鉄常軌。
 傷は記憶だ。ぼくは深々と息を吸い込む。まるで大気が澄みとおり、砂塵などはじめからなかったかのように。

   *

 友人に暇餅くんという、絵を描く人がいるのですが、この掌編にカットを寄せてくれました。ありがとう。
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