2008年10月03日

ぬりかべ君

友人の施設では「ぬりかべ君」というのだそうだ。
で、これは面白い!と思い、ウチの施設でも使い始めている。
この言葉、ウチの施設でいともあっさりと受け入れられた。

で、ふと「なんで?」とその理由を考えてみた。

「ぬりかべ君」とは、理由の如何に関わらず 自分のウンを自分の顔に塗る行為を指す。もちろん公の言葉ではない。友人の施設の職員間だけで通用する言葉だ。で、ウチの施設の職員だけで通用しはじめた言葉。

友人の施設では、ぬりかべ君をするのは男の子だそうで、だからぬりかべ君というのだそうだ。ウチでは性別を問わずぬりかべ君をする利用者さんは3名ほどみえる。この言葉を流行らすまでは、やってくれた行為を詳細に話していたのだが、どうも具合が悪かったのだ。


利用者さんがぬりかべ君をするとどうなるか?

自分のウンを自分の顔に塗るのだから、当然手にもウンがべったり付いているわけだ。で、自分の顔に塗るだけでは手に付いたウンはきれいに取れるわけではない。もちろん利用者さんはウンの付いた手を中空に保持してくれるわけはないので、手が触れたすべてのモノにウンが付くことになる。

いってみれば、ぬりかべ君をやった利用者さんがいる箇所の周囲は、ウンだらけ!
側に寄った職員に利用者さんが触れれば、職員の服やら足やら手やらにもウンが付くことになる。壁の近くにいれば、壁にもウンが付く……etc

利用者さんの体を洗い上げて着替えをしてもらい、あちこちに付いたウンをふき取ると数十分かかってしまう。ということは、職員が一人その時点で足りなくなるわけだ。

関わった職員が「うへっ」と思うのは当然で、ぬりかべ君をやってくれたおかげで職員が一人足りなくなる他の職員も「うへっ、勘弁してよぉ」と思ってしまうのだ。他の利用者さん達が理解能力のある方だとしたら、もちろんその利用者さんも「うへっ、勘弁してよ」と思うだろう事必須だ。


「ぬりかべ君」という言葉がまだウチの施設になかった頃、事の状況(被害状況といってもいい)は具体的に述べられていた。述べた職員が直接関わった者だったりすると、その具体的説明は時に負の感情付きで述べられ、当然想像が容易に付く者ばかりの場での話だから、聞き手も負の感情に乗せられてしまっていた。

すると、「ぬりかべ君」をする利用者さんにはそれなりの理由があるはずなのだが、その思いは聞き手には思い浮かばなくなってしまうのだ。「うへっ」という思いが聞き手の心の粗方を占めてしまって。
これが具合の悪いといった中身だ。


「ぬりかべ君」という言葉を使ったとて、言葉の指す事柄は何ら変化していない。ウンがあっちこっちに付くことも、利用者さんの体を洗い上げる時間も手間も、その間他の部署の職員が足りなくなることも、何ら変わりはない。

ただ、言葉のお気楽さが その現実に起因する職員の受ける感情を和らげているのは、確かだ。
職員の感情が和らげば、それは利用者さんの利益になる。
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