MAGNA HISTORIA

The Life and Opinions of Ando Rei 安藤麗の生活と意見




昔よくイ・ムジチ合奏団(ヴァイオリン独奏はピーナ・カルミレッリ)の演奏でヴィヴァルディの「四季」を聞いていたが、今回イタリア合奏団の演奏で久しぶりに通して聴いた。改めてとても感動的な作品だと思う。イタリア合奏団は「四季」を含めた作品8全曲を2枚のCDに収録して出している。そのうちの前半がこれ。

溌溂と明るく活気あふれる「春」もよいが、うだるような雰囲気を醸し出す「夏」もよい。「夏」はイ・ムジチで聞いた時よりもテンポがやや緩やかだが、その方がむしろ夏の暑さの厳しさが出てよいと思う。嵐の描写など激しい部分もあるが、これが寒々しい冬のような雰囲気になってしまっては、標題音楽の演奏としてはやはり今一歩になってしまうだろう。そこをうまく暑さで気怠くなる雰囲気描写が成功していていいと思った。

「春」〜「冬」までの他、第5番「海の嵐」、第6番「喜び」も収録されている。後者の第3楽章は、みうらじゅん氏と安齋肇氏が出ていた「笑う洋楽展」という番組で使われていた曲だ。
    このエントリーをはてなブックマークに追加

Bach: Secular Cantatas
Bonney
Philips
1995-03-24



レオンハルト指揮、エイジ・オブ・インライトゥンメント管弦楽団および合唱団、ソリストにはバーバラ・ボニーもいる、バッハの世俗カンタータ二曲、コーヒー・カンタータとヘラクレス・カンタータを収録している。

バッハの宗教声楽曲が好きでよく聞くけれども、改めて世俗カンタータを聞いてみても、やはりバッハの曲は本当にいいなあと惚れ惚れした。が、実はこれ、レオンハルトのこの演奏だからそう感じた部分もあるかもしれない。というのも、世俗カンタータの割には謹厳実直に演奏し過ぎているんではないのかなとも思うのだ。真剣で美しいし、しっかりとした演奏で、その雰囲気は好きなのだけれども、歌われている内容に照らせば、もっと茶目っ気や感情的部分があった方が面白いんじゃないか、それなしに、つまり、大げさな言い方をすると教会カンタータのような演奏をしたら、この曲の面白みが半減するんじゃないか、とも思うのだ。

コーヒー・カンタータの内容は、コーヒー中毒の娘に父親が怒り、それじゃ結婚はできないと言うのだが、娘はコーヒーを認めてくれる旦那という条件で結婚することにして、最後はとにかく大団円というもの。たわいもない話だが、トーマス教会のカントルを務めていたバッハは、同時にコーヒーハウスのコンサートにも楽曲を提供しており、この曲もそのために作られたと考えられている。実にコーヒーハウス向けの内容。有名な「嗚呼、なんてコーヒーはおいしいのでしょう」というソプラノのアリアがあるが、ボニーは普通に真面目に美しく歌っている。だけれど、妙に美しく素敵なフルートのオブリガートのついたアリアで、その内容がコーヒーのうまさを讃えるというギャップのおかしさがあまり際立っていない。美しく歌うのはもちろんいいのだが、歌詞の内容が加わったときのギャップが面白いのだから、「普通に真面目に」美しい歌唱じゃなくて、もっと「妙な」美しさが際立つような演奏の方が面白いんじゃないか。ソプラノ・アリアに限ったことではないけれど。

ヘラクレス・カンタータはザクセン選帝侯の息子の誕生日のために演奏されたもの。ギリシア神話の英雄ヘラクレスが快楽と美徳のどちらを取るかで逡巡するが、美徳を選んでめでたし、という内容。ザクセン選帝侯の息子にふさわしいよう、教訓的なメッセージがこもっているように思われる。この曲の多くが後でクリスマス・カンタータに転用される。世俗音楽が教会音楽に?という違和感が生じてもおかしくはないはずだが、これもレオンハルトの演奏がとても真摯なので、そういうギャップを感じさせない。

ほめているのかほめていないのかわかりにくい紹介になってしまったが、とてもいい演奏だとは思うのだ。音楽として。特にバッハの大真面目な宗教音楽が好きな私には、こういう雰囲気がバッハの音楽の良さとして聞こえる。けれど、その内容を考えたらもっと面白みがあってもいいはずなのだ。ただし、俗っぽいバッハの音楽が好きになれるかというと、そこで好みを試されるようにも思う。
    このエントリーをはてなブックマークに追加




アメリカの演奏家によるハイドンのスターバト・マーテル。ハイドンの宗教音楽というと、ミサ曲は派手なイメージで、ネルソン・ミサなどとても激しい。それと比べてスターバト・マーテルは、歌詞の内容の違いもあるとはいえ、聞いてみると地味な雰囲気であった。オペラ的な劇的曲調もあるのだが、それでもやはり他の宗教楽曲と比べると静かで落ち着いた楽章が多いと感じた。ちなみに、エステルハージ家の楽長に就任して作曲した作品である。
    このエントリーをはてなブックマークに追加




全巻読んだ。どこの国か分からないが外国人のスイさんと日本人の旦那太田学の初々しくほんわかした生活を描き、折々のイベントごとなどが挿話として挟まれる。ずっと日本語が不自由で寡黙なスイさんが、最後の2巻くらいで徐々に口数を多くしていった。最終巻で、ちょっと夫婦関係にすれ違いが起こるも初心に戻り、それに伴ってそもそもの二人の馴れ初めがようやく明らかにされ、再び関係が再構築される。

ただ、こんな二人がなぜ結婚にまで至ったのだろうという点が、いまいち消化できなかった。毎回、ほんわかいい雰囲気の話なのだが、この一点は宙づりになっている感じがする。特に最終話の、夫婦関係を改めて考え直すという問題には、結婚を決めたことへのエピソードがどこかに挟まれていないと、中々納得できないのではないだろうか。

ラブラブカップルのほんわか日常生活が中心なので、もちろんそこに限って言えば十分楽しめる。
    このエントリーをはてなブックマークに追加

Vivaldi: Sacred Music Vol.2
Vivaldi
Polygram Records
1991-09-12



ヴィヴァルディといったら協奏曲というイメージが強いかもしれないが、宗教音楽も面白く、名曲もいくつかある。このCDに収録されているスターバト・マーテルはその一つ。

ピエタ養育院で音楽を教え、色々な協奏曲を作っていたヴィヴァルディが、様々な宗教音楽も作るようになったのは1713年にピエタの合唱長であったガスパリーニが病気になってからだ。ウィキペディアの「アントニオ・ヴィヴァルディ」の項目内で、ガスパリーニを「合奏長」と記述しているが、"maestro di coro" のことを言っているなら、やはり合唱長じゃないだろうか。文脈的にも。

収録曲はまずオーケストラとソプラノ独唱のための Laudate pueri Dominum, RV 600 で始まる。ハ短調のヴィヴァルディらしいかっこいいトゥッティの旋律で始まり、歌唱も技巧的。ソプラノはマーガレット・マーシャルが歌う。

次に Stabat Mater, RV 621。今までマイケル・チャンスやアンドレアス・ショルの歌で聞いていたが、ヨッヘン・コヴァルスキーのカウンターテナーはもっと太く力強い。オーケストラもヴィットリオ・ネグリ指揮コンセルトヘボウ室内管弦楽団で、モダン楽器だからというのもあるだろうか。

その後は小曲が二つ、コヴァルスキーとニコ・ファン・デル・メールのテナーによる二重唱 Deus tuorum militum, RV 612 と、ソプラノ独唱の Sanctorum meritis, RV 620 いずれも外れ無し。
    このエントリーをはてなブックマークに追加

バッハ:カンタータ第27番
シェーファー(マルクス)
ソニー・ミュージックレコーズ
1996-11-21



グスタフ・レオンハルトの指揮とテルツ少年合唱団が演奏するバッハのカンタータのCDというと、1980年前後の昔のものというイメージだったが、これは1995年に録音されている。収録曲は

「誰ぞ知らん、わが終わり如何に近づきたるかを」BWV27
「おお永遠の炎、おお愛の泉よ」BWV34
「イエスよ、いまこそ賛美を受けたまえ」BWV41

の三つ。BWV27については、以前の記事で別の演奏家によるCDを紹介した際に触れた。今回の一枚中では、2曲めのBWV34が感動的で良かった。トランペットとティンパニが入った祝祭的音楽であり、最終曲の疾走感溢れる曲調において、合唱のソプラノが最高音に達するクライマックスで感極まる。
    このエントリーをはてなブックマークに追加

人生を危険にさらせ!
須藤 凜々花
幻冬舎
2016-03-30



もう文庫化もされて、今頃になってではあるが、読んだ。アイドルが専門家と対話しながら哲学的思索を深めていくのだが、哲学史を編年体式に追うタイプの入門書ではなく、「生きるということ」「愛するということ」など5つのテーマのもと、様々な哲学者が紹介され、そこに時には同意したり、あるいは違和感を感じつつ、須藤凜々花は自分の考えを磨いていく。

NMB48や須藤氏に特別興味が無ければ、読者は結構限定されてしまうとは思うが、哲学の入門書的なものとして考えると、私は割と充実感を感じられたし、正直言うと『ソフィーの世界』よりも面白かった。ロールズとかランシエールなど、割と最近の思想家も登場するところがよかった。哲学史を教科書的にさらうものではないので、それぞれの哲学者の紹介という側面から考えればどうしても紹介しきれない部分はあるし、関連したその他多くの哲学者も扱いきれないのだが、その分紹介された理論を自分自身の問題としてよく考えながら対話が行われる。

総選挙での衝撃的な発表があって、実に物議を醸し、正直あれには色々思うところがあった。最近バラエティ番組などにもちょくちょく登場し、その時のことも語っているが、彼女の哲学に対する思いは本当のものなのか、冗談ぽく自らを語るばかりでなく、真摯な彼女自身の哲学も聞きたいものである。あの時の決断が本書の正義論で熱く語られる内容と深く関連するものなのか否かというのも、読んでいて気になるところである。
    このエントリーをはてなブックマークに追加




バッハのCDも数十枚聞いて解説書にもすべて目を通していれば、いやでも多少は知識がついてくる。

このCDは1724年にライプチヒで演奏されたコラール・カンタータ4曲、BWV 62、139、26、116を収める。

櫻田亮氏の清冽なテノールが素晴らしく、特に最初の3曲にはテノールが活躍するアリアがあり、コロラトゥーラが見事に歌われる。

BWV 62「来たれ、異邦人の救い主よ」は、冒頭が切羽詰まった雰囲気のオーケストラの伴奏に乗せて歌われ、シリアスな曲調が印象的なのだが、内容的にはイエスの到来の喜びへと至る。

個性的なのはBWV26の「嗚呼、いかに儚く、いかに虚しき」で、急速なテンポで流れるような音型が繰り返される冒頭や、3本のオーボエと通奏低音を伴うバスのアリアが聞きごたえある。
    このエントリーをはてなブックマークに追加




ここ数日毎日聞いているのはこちらの教会カンタータのCD。

バッハが悲しい、暗い曲を書くと、それは非常に内省的で深く重いものになる。バッハの曲のそういう雰囲気が昔から大好きで、他の作曲家にそれを求めてもバッハにはかなわない。

カンタータのBWV 39の冒頭が受難曲の一曲目のように壮大で深く悲しく、感動的。「飢えた人にはあなたのパンを裂いて与えなさい」という歌詞で始まるのだが、その歌詞を歌わせるのにこんなにも憂いに満ちた音楽になるところがよい。とてもよい曲。

収録曲はその後BWV 187、129、1045と続くが、後ろ2曲は3本のトランペットとティンパニを伴ったとても華やかで明るい楽曲。

BWV 1045はシンフォニアニ長調という独奏ヴァイオリンと管弦楽のために書かれた一楽章の協奏曲のような作品。ヴァイオリンが技巧的なパッセージを繰り広げ、管弦楽も祝祭的な雰囲気に満ちた作品なのだが、これはどうもカンタータの冒頭の1曲として構想されていたのではないかと見られている。この時代のヴァイオリン協奏曲というと、オーケストラは弦楽のみか、せいぜいのところ木管楽器が少し加わる程度なので、協奏曲として捉えるなら、トランペット3本とティンパニを伴うのは随分と大規模なもの。
    このエントリーをはてなブックマークに追加

ラヴクラフト全集 (1) (創元推理文庫 (523‐1))
H・P・ラヴクラフト
東京創元社
1974-12-13



ラヴクラフトの名前を最初に覚えたのは大学生くらいの時だと思うのだが、実際に読む気になったのはここ数年のこと。クトゥルー神話云々というイメージができてきたのも、実際に読む前に、本田透氏の著作の中で言及されているのを読んでからだったと思う。その後、『這いよれ! ニャル子さん』が話題になって、知人らがその話をしているのを見かけたりするうちに、実際読んでみようかなと思うようになった。

好きな人は凄くはまっているラヴクラフト作品だし、その世界が神話化されて次々と色々な人達の創作に影響を及ぼしているのはわかる、が、自分がそこまで耽溺できるかというと、そういう感じでもない。が、しばらく読み続けてはみようと思っている。別個の作品それぞれに通底する世界観があって、たくさんの物語の断片が増殖して、壮大な神話化を遂げる仕組みは興味深い。

とりあえず、創元推理文庫の全集一巻を読んだ感じだと、この中では「インスマウスの影」が一番よかった。不気味な町で異形の存在に常に追われ続け、そこからの脱出劇がサスペンスとしてハラハラさせるものがある。
    このエントリーをはてなブックマークに追加

このページのトップヘ