MAGNA HISTORIA

The Life and Opinions of Ando Rei 安藤麗の生活と意見

2016年09月




以前はガルッピの作とされていたヴィヴァルディのDixit Dominus RV 807と、ガルッピのLaetatus sum、Nisi Dominus、Lauda Jerusalemを収録。ヴィヴァルディの作品がガルッピとされてしまった当時の出版に関する問題は解説書に詳しく書かれている。にしても、バロックな響きのヴィヴァルディ作品に対し、ガルッピの曲は古典派の雰囲気があるのは聞いて明らか。

どちらも聞きごたえはある。
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Virtuoso Cantatas
Philippe Jaroussky
Virgin Classics
2004-12-29



フランスのカウンターテナーの名歌手、フィリップ・ジャルスキーが歌うヴィヴァルディの技巧的なカンタータ集。合間にチェロ・ソナタなども挟まれる。

バッハのカンタータに慣れてそれがカンタータだというイメージが強くなっていたのか、ヴィヴァルディのカンタータを聞くと、こういう形態が元来のカンタータだったんだと思い直した。つまり、歌手は一人で伴奏は通奏低音のみ。

しかし、器楽曲のような難しい音型を駆使した楽曲をジャルスキーが華やかに歌いこなす。この人は本当にうまい。
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Cantata-Volume. 3
J.S. Bach
Bis
1996-07-09



バッハ・コレギウム・ジャパンによるバッハのカンタータBWV 12、54、162、182。BWV 54はアルトのためのソロカンタータなのだが、この当時の米良さんのカウンターテナーは妙な癖をつけて歌うことがなかったな。1996年の録音である。BWV 182はリコーダーが活躍する。
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HARPSICHORD CONCERTOS
BRILLIANT CLASSICS
2010-05-01



J.S.バッハの長男ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのチェンバロ協奏曲全集。C.Ph.E.バッハと似た雰囲気もあるが、もうちょっとカチッとまとまった曲調。ヘ短調の協奏曲が特にかっこいい。
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百頭女 (河出文庫)
マックス エルンスト
河出書房新社
1996-03



再びシュールレアリスム作品、今度はマックス・エルンストの『百頭女』を読み終わった。これは昔の挿絵や図鑑、カタログなどの図版を切り貼りしたコラージュに、短い文章を付けたもので、9つの章からなる。「私の妹、百頭女」や「怪鳥ロプロプ」が主要な登場キャラクター。具象的な絵を切り貼りしているが、その組み合わせは意味不明なところが多く、抽象的な世界になる。9つの章の大まかな流れは感じられるけれど、詳しいことはよくわからないし、分からせようとするものではないかもしれない。

巻末に「マックス・エルンスト頌 百頭女のために」という章が設けられて、色んな文化人が寄稿しているのだが、その中の澁澤龍彦がこれを「目で見るイメージの暗黒小説」として評価している。とりあえず陰鬱なコラージュが連続しているのはわかるけれど、そこからこれが暗黒小説なのかと言われても、私にはそんな理解力も感受性もないようだ。

昨日読了したブルトンもそうだが、シュールレアリスムの理念はなるほどと思うところもあるのだけれど、その手法で作られた作品をどう鑑賞したらよいのか、うまく鑑賞できない。

加藤郁乎による「クライマックス――巖谷國士に」は昨日の『狂気の愛』よりも面白く読めた。フランス人がフランス語で自動筆記したものよりも、日本人が日本語で連想的に言葉を繋いで紡いだものの方が、音やイメージの連想を追いやすいからだろう。

とにかく、気になる題名の本で、読みたかったので読んだのだ。
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狂気の愛 (光文社古典新訳文庫)
アンドレ ブルトン
光文社
2008-03-12



ブルトンは『シュールレアリスム宣言』のような理念を著したものは面白く読めるのだが、その理念に基づいて書かれた小説はどうもつまらない、と言ってはシュールレアリスム好きの人には不愉快かもしれないが、残念ながら実際面白いと思えないのだ。

書かれている内容がよくわからない。フロイトの影響のあるシュールレアリスムであるから、イメージがとりとめもなく連想でつながっていくのだが、それを読者が精神分析的に読んでいくべきなのかというと、そこまで重労働な学問的読書行為をまさか求めていないだろうし、それをするには当該の小説以外に作者の伝記的証拠や当時の状況をたくさん集めなければいけない。そして、そんなことはもちろん普通の読者には無理なわけだ。だから、シュールレアリスムの小説を読んで楽しむとしたら、その連想そのもの、連想によってつらなる突飛な組み合わせ、通常の論理では思いつかないようなイメージ、そういったものに面白みを感じるかどうか、ということになるのかと思うのだが、別に面白くなかった。

『狂気の愛』というタイトルは巻末の解説にあるように「狂おしい愛」という意味なのかもしれず、異常な愛情ではないのかもしれないのだが、それにしても最後は子供を思う父親の愛情という、それまでの様々な女性がとっかえひっかえ出てきたり、実験的な文体であるのに比して随分真っ当なというか、普通の結末になってしまっていた。

この小説自体を面白いとは思わないけれど、ただ、シュールレアリスムの理念には興味・関心はある。面白くなくても興味がある。
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