アセファル

だいぶ以前に入手したものだが、標題のミニ・シンポジウム報告論集を読んだ。バタイユのアセファルに関する5本の論考をまとめた90頁弱の小冊子。

バタイユの小説も論考も以前から興味を持っているものの、死を前にして感じる歓喜というバタイユの主張がどういう感覚なのか、今までいまいち理解できていなかったのだが、神田浩一氏による本書最初の論文「アセファルと死――「悲劇」の共同体と「死を前にした歓喜」としての瞑想――」を読んでみて、この感覚を瞑想、想像の次元における自分の死として考えると、理解が進むように思った。

続く吉田裕氏の「戦争の影」はバタイユが体験した戦争の問題、古永真一氏による「集合的思考としてのアセファル――バタイユとヴァルドベルグ――」ではバタイユの思想がヴァルドベルグにどう繋がっているか、江澤健一郎氏の「無頭の形象から無頭の絵画へ――アンドレ・マソンの制作における無頭性――」はアセファル像に見られる頭の無い人間像を描いたマソンについて、最後に細貝健司氏による「動物の社会、人間の社会――バタイユとエチエンヌ・ラボ―――」がバタイユとフランスの社会学、また生物学者エチエンヌ・ラボ―それぞれにおける「社会」の捉え方の相違、共通点を探っている。

興味深く読んだ。