MAGNA HISTORIA

カテゴリ: 本の感想



読んだ。良かった。

何やら辛いことを抱えて帰宅した女性、辛くて悔しくて悲しくて、もう死にたいのだが、死神はそんな彼女を容易に死なせてはくれない。通り一遍の慰めの言葉もかけられるが、そんな生温い言葉は強い希死念慮を抱く彼女には通用しないし、その言葉の生温さに反駁する彼女の言葉の方が説得力がある。

死神は壁のすぐ向こうに存在し、彼女のすぐ近くにいるのだが、その壁は薄いようで決して破れず、彼岸に渡ることはできない。最後、とりあえずは少し冷静さを取り戻して彼女は眠りに就くが、果たしてこの「やさしい死神」が何か救いをもたらしてくれているのかというと、この本にもしも救われる読者がいるのならそれはそれでよいけれど、私には残念ながら結末が物足りなかった。結末の前までは割と好感が持てるのだが、結局、薄い壁の向こうに死神は寄り添っているのかもしれないが、さんざん泣いて怒って静かになって眠る彼女の問題は何も解決されていないし、死神が彼女の考えを変える何かを与えたようにも思われないし、最近はやりのように言われる「認知の歪み」といったものが修正されているようにも思えず、これではまた同じような問題が再発してしまわないだろうか、と思ったのだ。それなら果たしてこの死神は本当に「やさしい」のか。これからも過酷な人生を歩むことを止めさせてはくれないのだ。

主人公が常に死を思うことで死神と共にいる、それによってつまりは孤独ではない、ということになるのか……生きづらさを抱えながらもなお生きなければならない人々に、この本の結末で何かが与えられたらという期待があったのだが、私にはどうしても希望らしきもの、あるいは、この辛さとうまく付き合うヒントのようなものが見出せなかったので、そこが残念だった。だけれど、その前までのこの辛い人生の不条理と必死に戦ってきた、それでその辛さから絶望に泣き、怒る女性の主人公の描き方には大変心打たれる部分が多く、また、決して多くない言葉ながらも、必要十分な言葉によって主人公の思いがしっかりと伝わるように表現されているところがよかった。

印象に残る、大人の絵本であった。
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言葉が連想的に繋がって、個々の不気味な小話が一体をなし、一冊の幻想文学ができあがっているよう。伏線をきちんと回収して、凝っているなあと思った。

ほとんどが黒地に白字のページなのだが、ちょっと触っただけですぐ指の脂が目立って、それがちょっと問題。続編の『余った傘はありません』は白いページになっているけど。
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こういうテーマの本は5年、10年と経つと情報が更新されていく。昔読んだ鬱に関する新書とはだいぶ内容が変わったと感じる。治療法や使用される薬の開発などが進み、最近の状況を大まかに理解できた。

俗にいわれる「新型うつ病」は俗称に過ぎないらしい。専門家以外のところで言葉が先行して流布し、誤解や偏見が生まれていくから注意せねばならない。

現代のうつ病の特色というのはあるが、うつ病自体が変化しているのではなく、環境や暮らしが変わり、日本人が変化したので、うつ病も変わったように見えるだけなのではないか、という考えになるほどなと思う。

生物の進化の歴史という点から見たうつという視点も面白く読んだ。
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読んだ。この頃はまだ震災間もない頃だったんだな。
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読み終わった。5年前にイギリスのフロイト博物館に行った際、その近くに精神分析専門書店があって、そこで購入したもの。読みかけたまま積読になっていたものをまた再開して読了。

副題に「精神分析的物語」とあるが、症例報告に似た短編集。ただ、序文でこれは症例報告ではないと書かれている。著者はフランス生まれの精神分析家。セラピストの元に問題を抱えたクライアントがやってきて、その後うまく立ち直るまでの話が7つ収録されている。症例報告であれば、たとえばフロイトの著作のように患者の抱えている問題、その背景、環境が述べられ、その原因を理論的に考察する流れになるが、この物語ではそれほど詳しく理論的な説明が与えられるわけではない。むしろ、そこはある意味小説的とでもいうのか、セラピストの目を通して出会いから経過を観察しているうちに、やがてカウンセリングが終わって別れを迎えるまでがシンプルに語られる。

あくまで小説として読むべきなのかもしれない。ただ、小説としてどこまで楽しめるかというと、それは中途半端な楽しみになるように思う。また、精神分析のケース・スタディーとして読もうとすると、全然理論の紹介や理論的な分析が出てこないので、それを期待すれば不満が残るかもしれない。

個々のクライアントの立ち直り方が、割と偶然によるところが大きい。セラピストとの面談をしているうちに、親しい人間の身に何かあったり、仕事上の転機が訪れたりして、それがきっかけで回復に向かうことが多く、セラピストはその間何かしているのかというと、ただ話を聞いて整理しているだけのような印象が強いのだが、果してこれがどれだけクライアントに積極的効果を及ぼしているのか、なんだか私にはしっくりこなかった。

それと、どうも私には文章が読みにくかった。主語と述語動詞が揃った文ではない、断片的な句が頻繁に登場するのが本書の文体的特徴。単語の使い方とかもいまいちよくわからないところが時々あった。私の語学力の問題かもしれないが。

それでも85頁の小著なので、集中して読めば時間のかかる本ではない。途中で積読したから5年かかったけれど。
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去年の9月から読み続けて、ということは4カ月近くかかって読み終わった。斎藤環氏が『月刊ゲームラボ』に14年間連載していたコラムを厳選し、半分くらいの数に絞って単行本化したもの。

時事的な話題を交えて種々多様なマンガやアニメ、その実写化作品などがくだけた文体で語られる。最近ほとんどアニメを見なくなっているので、読んでいるうちに幾つか見てみようかなという気が起こるところもあった。

私もゼロ年代の頃は深夜アニメをちょくちょく見ることはあったのだが、最近はめっきり。多分、日常系アニメが多くなったころから興味が失せていって今に至っている。ある程度は話題になっている作品の名前と絵柄はわかるけれど、中身をちゃんと見ていないものばっかりだ。

本書の連載記事は2001年から2014年に及んでいるので、私がアニメをよく見ていた期間が含まれるのだが、なぜか、私が見ていた作品はほとんど出てこなかった。1頁2段組で結構ボリュームはあったのだが、好みが違うのだろうか。斎藤先生のご著書は折に触れ幾つか読んできたのだが。
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アマゾンの書評を見ると賛否両論で、私が読んだ感じでも、データの出し方に鵜呑みにはできないところや、アンケート結果として提示するにはサンプリング対象者の数が少なすぎるものがあったり、また重要な用語をしっかり定義せず曖昧なままに使用して話を進めてしまうなど、気になるところはある。

でも、興味深く読める指摘も色々あって、今まで書かれてきた幾つかのオタク分析と比べて、ごく最近のこの文化の特徴がどんなものなのかが分かるということ。オタクという言葉が随分軽くなって、以前よりは自分の趣味が言いやすくなったし、とはいえガチオタ全開にすると引かれる場面も多く、それに対してかなり一般的に認知されるようなアニメやアイドルの話をちょっとする程度でオタクを自称するライトなオタクの話など、なるほどねと思うところは幾つかある。

オタサーの姫がちやほやされたくて、そのうち地下アイドルを始め、熱狂的な男性ファンと共依存関係になる話や、自分の彼氏がアイマスのキャラに取られて振られたエピソードを語る女性など、これは読んでいて面白かった。

学問的な厳密さや深みのある分析とまでは言えないのだが、また、そういう方向を目指してはいないのかもしれないが、最近の特徴とその面白さは分かる。ただ、最後はそれまで述べてきた最近のオタク文化の担い手の特徴に沿ってどういう商品展開をしたらよいかという提言が書かれているのだが、それは一体どんな読者を想定しているのか疑問に感じた。これは、オタク文化をビジネスとしてやる人向けの本なのだろうか。マンガやアニメやアイドルが好きな人、そうでなくても普通の読者にとってみれば、これをやったら売れますよとか、金儲け方法を提案されてもあまり心地よいものではないんじゃないだろうか。

というところはあるが、全体的には面白かった。
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