2014年05月10日
【舞台】 ロンサム・ウェスト（2014）
きょうだい、特に男同士の兄弟は関係が濃密になりやすい。異性の兄弟だとある段階を過ぎるととても客観的に相手を見られるようになるが、男同士の場合、体や心は大人として成長しても、関係性は子どもの時のままだったりするのだから。堤真一と瑛太がその兄弟を演じる舞台「ロンサム・ウェスト」は、アイルランドの片田舎の一軒家に住む兄弟のお話。彼らはわれわれが想像する何倍も関係が濃密で、互いを憎んでいるとさえ言える感情にもなり得る関係。一方で互いへの依存性も強く、激しくもがきつつもこの狭いインナーサークルから出ることができない。殺人や自殺さえもがその突破口に見えてくる始末で、メビウスの帯は破滅的なきしみを立てながらも、延々と彼らを同じ場所に閉じ込めている。さまざまな外的要因によって、この関係性が違う色彩を帯び始める様がまさにこの舞台の時間であり、普遍的な人間たちの営みの先に待ち受けるものを示しているようでもある。こんなに残酷でこんなに滑稽なお芝居にはまずお目にかかれない。豪華キャストだけに目を奪われるのも演劇の醍醐味だが、それだけではつまらない。もっともっと深く自分を芝居の中に沈めてみよう。そこまで行って初めて見える景色もあるはずだ。
舞台「ロンサム・ウェスト」は、アイルランド人移民の二世として英国ロンドンに生まれたマーティン・マクドナーの作品。彼は１９９６年に２６歳で「ビューティ・クイーン・オブ・リーナン」を発表し劇作家デビュー。翌９７年に「コマネラの骸骨」と本作「ロンサム・ウェスト」を立て続けに上演して「リーナン３部作」と呼ばれ、世界中に名声を轟かせることになる。その後も「ピローマン」などの傑作を生み出していて、英国で最も勢いのある劇作家のひとりである。近年は２００５年に発表した映画監督デビュー作「シックス・シューター」がいきなり米アカデミー賞の短編実写映画部門賞を受賞し、「ヒットマンズ・レクイエム」「セブン・サイコパス」と話題作を監督して、映画界にも衝撃を与えている。
本作の舞台になっているアイルランド西部のリーナンは、静かな田舎町で、マクドナーの両親が生まれた町。マクドナーも子どものころ、夏になると両親とともに出掛けていただけに思い入れが強いのだろう。
その中の一軒家に住む兄のコールマン（堤真一）とヴァレン（瑛太）の兄弟。父親の葬儀を終えて遺体を墓に沈めてきたばかり。帰宅した２人は遺族であって当然喪服に身を包んでいるが、父親を悼むようなそぶりは全くない。強権的だった父を憎んでいたのかいまとなってはわからないものの、父の死もまた不審なところがいっぱいあった。「事故」として処理されたが、コールマンが意図的に引き金を引いたともとれる経緯なのだ。
兄弟２人はさっそく口げんかを始める。この２人性格がまったく逆で、弟はお金にきっちりしているようだが、聖人のフィギュアをたくさん買い集めて飾るオタクっぽさも。兄は金にもいい加減で典型的なダメ人間だが、兄の権威を振りかざし、弟の弱点も知り尽くしているため、何の根拠もなく偉そうにしている。
父の死だけでなく、２人の周りは謎だらけだった。２人が小さいころからよく知る警官は自殺していた。町にも自殺や肉親殺しの噂が絶えない。２人になんとか人並みの倫理観を持たせなくてはならないと宗教的な使命に燃えていた神父のウォルシュ（北村有起哉）も、いっこうに変わらない２人の姿を見て自信喪失。酒に溺れるようになっていた。ひとり近所の１７歳の少女ガーリーン（木下あかり）だけが、その率直な物言いと、達観と無垢が一足飛びに入れ替わるようなふしぎな性格で、２人に影響力のある言葉を吐くことができていた。
物語は、兄弟の不毛な議論を丹念に、そして実におもしろおかしく描き出していく。その一方でウォルシュ神父の苦悩はどんどん深まり、ある日重大な決意を持って手紙をしたため、ガーリーンにそれを託した。
相も変わらず、些細な言い合いを続けている２人のもとに手紙が届く。衝撃的な内容に２人がとった行動は？
演出と翻訳を一手に手掛けているのは小川絵梨子。２００４年にニューヨークの俳優養成機関アクターズスタジオの大学院（演出部）を卒業し、その後も日本の芸術家の海外派遣制度を利用して米国で学び続けた逸材。近年は日本に帰国して、さまざまなコラボレーションを続けている。昨年２０１３年１１月の舞台「クリブトグラム」など、問題作への起用が続いているのも特徴だ。
本作では、父親の死の真相や町の不可思議さなど不条理劇なのかと思うほどの材料が散りばめられ、へたをすると常識はずれのファンタジックな演劇になりかねないこの作品をぎゅっと引き締め、兄弟の果てしないやり取りの中に普遍的な真実を垣間見せながら、現実側にも引き寄せる。しかし一方ではその行き過ぎにも配慮があるようで、決してリアリズム演劇にはしていない。兄弟のやり取りはやがて、幕開きとは違う色彩を帯び始める。ゆっくりだが、その劇的な変化が、小川の手腕と言えるだろう。
映画、テレビで名が知れたが、もともと舞台出身の堤真一は、これまでも翻訳ものの主人公をリアルな存在として日本の観客に感じさせる多くの名演技を見せてきた。本作では、支配欲や暴虐性をむき出しにしつつも、ずたずたになった弟とのきずなは断ち切ろうとはしない。どこか弟に依拠、依存して生きている自分を認めたくないプライドと、父の死で露わになった家の中での順位というものを弟に認めさせたい姑息な願望がせめぎ合っている。自由奔放というキャラクターは、堤にとっては得意中の得意だが、本作ではそこに陰湿な影のようなものも落とす演技をしている。そしてどこか赤ちゃんのような甘えも付け加えている。
近年、急速に人気と実力を上昇させているのが、弟役の瑛太。しっかり者のヴァレンは、時にはダメ兄のコールマンを圧倒的にリードしているように見える時があるが、ヴァレンは性格が決定的に受け身で、兄のやり放題の悪戯（まあ完全に一線は超えているが…）に振り回され、そのたんびに優位に立てない自分にいらだつ。瑛太はドラマ「最高の離婚」「まほろ駅前番外地」のフラッシュヒットで映像界では既にトップスター入りを果たしているが、舞台は本作が５本目。これまでの作品でその姿見の美しさが舞台に向いていることを十分に証明してきたが、今回は性格的にとても設定が難しい役どころで、ヴァレンの屈折ぶり、兄とのねじれた確執など表現のしどころは飛躍的に多い舞台だ。そこを瑛太は器用にこなすのではなく、あらゆる方法を試す形で臨んできた。その成果は十分出ているし、今後の舞台作品そして映像作品での演技にも大きな良い影響を与えるはずである。
北村有起哉は若くして名優と呼ばれるほどの地位を獲得している役者であるが、今回、彼以外の役者がこの神父を演じていたらずいぶんと舞台の雰囲気が変わっていたように思う。信仰という強力な武器を持ちながらアルコール依存症に陥っていく弱々しさ、そしていっこうに改善しない兄弟におろおろしながらも、どこかまだ人間性というものを信じているお人好しな部分。完全無欠な神父や悪霊と闘うエクソシストのような存在感では、兄弟が埋没してしまう。北村の持つ強弱両面の絶妙なバランスが、本作を深い演劇にしているのだ。
木下あかりはオーディションで選ばれた。映画やドラマが主な活躍の舞台で、演劇は、長塚圭史の「あかいくらやみ〜天狗党幻譚〜」ぐらいのもの。何かすべてが見えているから兄弟にものが言えるというより、少女の何も知らないからこそはき出せる毒のようなものがとてもよく表現できていた。舞台を重ねてほしいと思えるだけの強い印象を残したと言えるだろう。
舞台「ロンサム・ウェスト」は６月１日まで、東京・初台の新国立劇場小劇場THE PITで上演予定。
舞台「ロンサム・ウェスト」は、アイルランド人移民の二世として英国ロンドンに生まれたマーティン・マクドナーの作品。彼は１９９６年に２６歳で「ビューティ・クイーン・オブ・リーナン」を発表し劇作家デビュー。翌９７年に「コマネラの骸骨」と本作「ロンサム・ウェスト」を立て続けに上演して「リーナン３部作」と呼ばれ、世界中に名声を轟かせることになる。その後も「ピローマン」などの傑作を生み出していて、英国で最も勢いのある劇作家のひとりである。近年は２００５年に発表した映画監督デビュー作「シックス・シューター」がいきなり米アカデミー賞の短編実写映画部門賞を受賞し、「ヒットマンズ・レクイエム」「セブン・サイコパス」と話題作を監督して、映画界にも衝撃を与えている。
本作の舞台になっているアイルランド西部のリーナンは、静かな田舎町で、マクドナーの両親が生まれた町。マクドナーも子どものころ、夏になると両親とともに出掛けていただけに思い入れが強いのだろう。
その中の一軒家に住む兄のコールマン（堤真一）とヴァレン（瑛太）の兄弟。父親の葬儀を終えて遺体を墓に沈めてきたばかり。帰宅した２人は遺族であって当然喪服に身を包んでいるが、父親を悼むようなそぶりは全くない。強権的だった父を憎んでいたのかいまとなってはわからないものの、父の死もまた不審なところがいっぱいあった。「事故」として処理されたが、コールマンが意図的に引き金を引いたともとれる経緯なのだ。
兄弟２人はさっそく口げんかを始める。この２人性格がまったく逆で、弟はお金にきっちりしているようだが、聖人のフィギュアをたくさん買い集めて飾るオタクっぽさも。兄は金にもいい加減で典型的なダメ人間だが、兄の権威を振りかざし、弟の弱点も知り尽くしているため、何の根拠もなく偉そうにしている。
父の死だけでなく、２人の周りは謎だらけだった。２人が小さいころからよく知る警官は自殺していた。町にも自殺や肉親殺しの噂が絶えない。２人になんとか人並みの倫理観を持たせなくてはならないと宗教的な使命に燃えていた神父のウォルシュ（北村有起哉）も、いっこうに変わらない２人の姿を見て自信喪失。酒に溺れるようになっていた。ひとり近所の１７歳の少女ガーリーン（木下あかり）だけが、その率直な物言いと、達観と無垢が一足飛びに入れ替わるようなふしぎな性格で、２人に影響力のある言葉を吐くことができていた。
物語は、兄弟の不毛な議論を丹念に、そして実におもしろおかしく描き出していく。その一方でウォルシュ神父の苦悩はどんどん深まり、ある日重大な決意を持って手紙をしたため、ガーリーンにそれを託した。
相も変わらず、些細な言い合いを続けている２人のもとに手紙が届く。衝撃的な内容に２人がとった行動は？
演出と翻訳を一手に手掛けているのは小川絵梨子。２００４年にニューヨークの俳優養成機関アクターズスタジオの大学院（演出部）を卒業し、その後も日本の芸術家の海外派遣制度を利用して米国で学び続けた逸材。近年は日本に帰国して、さまざまなコラボレーションを続けている。昨年２０１３年１１月の舞台「クリブトグラム」など、問題作への起用が続いているのも特徴だ。
本作では、父親の死の真相や町の不可思議さなど不条理劇なのかと思うほどの材料が散りばめられ、へたをすると常識はずれのファンタジックな演劇になりかねないこの作品をぎゅっと引き締め、兄弟の果てしないやり取りの中に普遍的な真実を垣間見せながら、現実側にも引き寄せる。しかし一方ではその行き過ぎにも配慮があるようで、決してリアリズム演劇にはしていない。兄弟のやり取りはやがて、幕開きとは違う色彩を帯び始める。ゆっくりだが、その劇的な変化が、小川の手腕と言えるだろう。
映画、テレビで名が知れたが、もともと舞台出身の堤真一は、これまでも翻訳ものの主人公をリアルな存在として日本の観客に感じさせる多くの名演技を見せてきた。本作では、支配欲や暴虐性をむき出しにしつつも、ずたずたになった弟とのきずなは断ち切ろうとはしない。どこか弟に依拠、依存して生きている自分を認めたくないプライドと、父の死で露わになった家の中での順位というものを弟に認めさせたい姑息な願望がせめぎ合っている。自由奔放というキャラクターは、堤にとっては得意中の得意だが、本作ではそこに陰湿な影のようなものも落とす演技をしている。そしてどこか赤ちゃんのような甘えも付け加えている。
近年、急速に人気と実力を上昇させているのが、弟役の瑛太。しっかり者のヴァレンは、時にはダメ兄のコールマンを圧倒的にリードしているように見える時があるが、ヴァレンは性格が決定的に受け身で、兄のやり放題の悪戯（まあ完全に一線は超えているが…）に振り回され、そのたんびに優位に立てない自分にいらだつ。瑛太はドラマ「最高の離婚」「まほろ駅前番外地」のフラッシュヒットで映像界では既にトップスター入りを果たしているが、舞台は本作が５本目。これまでの作品でその姿見の美しさが舞台に向いていることを十分に証明してきたが、今回は性格的にとても設定が難しい役どころで、ヴァレンの屈折ぶり、兄とのねじれた確執など表現のしどころは飛躍的に多い舞台だ。そこを瑛太は器用にこなすのではなく、あらゆる方法を試す形で臨んできた。その成果は十分出ているし、今後の舞台作品そして映像作品での演技にも大きな良い影響を与えるはずである。
北村有起哉は若くして名優と呼ばれるほどの地位を獲得している役者であるが、今回、彼以外の役者がこの神父を演じていたらずいぶんと舞台の雰囲気が変わっていたように思う。信仰という強力な武器を持ちながらアルコール依存症に陥っていく弱々しさ、そしていっこうに改善しない兄弟におろおろしながらも、どこかまだ人間性というものを信じているお人好しな部分。完全無欠な神父や悪霊と闘うエクソシストのような存在感では、兄弟が埋没してしまう。北村の持つ強弱両面の絶妙なバランスが、本作を深い演劇にしているのだ。
木下あかりはオーディションで選ばれた。映画やドラマが主な活躍の舞台で、演劇は、長塚圭史の「あかいくらやみ〜天狗党幻譚〜」ぐらいのもの。何かすべてが見えているから兄弟にものが言えるというより、少女の何も知らないからこそはき出せる毒のようなものがとてもよく表現できていた。舞台を重ねてほしいと思えるだけの強い印象を残したと言えるだろう。
舞台「ロンサム・ウェスト」は６月１日まで、東京・初台の新国立劇場小劇場THE PITで上演予定。
