2016年06月02日
【舞台】 三代目、りちゃあど（2016）
１９７０年代に井上ひさしが講談の「天保水滸伝」を下敷きに、シェイクスピア全３７作品の要素をストーリーのあちこちにちりばめ発表した舞台「天保十二年のシェイクスピア」はあまりにも有名だが、１９９０年に夢の遊眠社時代の野田秀樹が、「リチャード三世」などを下敷きに、シェイクスピア作品の登場人物を裁判で闘わせたり、物語の構造を現代社会に置き換えたりして構築した舞台「三代目、りちゃあど」もその独創性と発想力で、井上戯曲と同様に今に至るまで多くの人の記憶に残る傑作として知られている。その「三代目、りちゃあど」が、今年２０１６年、静岡市で開かれた「ふじのくに せかい演劇祭２０１６」において、シンガポールの演出家でアジアを中心に広範なネットワークと文化交流の実績を持つオン・ケンセンによって新たな作品としてよみがえった。しかも俳優陣は、歌舞伎の中村壱太郎、狂言の茂山童司、元宝塚歌劇の久世星佳、小劇場が拠点の劇団毛皮族主宰の江本純子、地元ＳＰＡＣのたきいみきという多彩なジャンルからの日本人に加えて、シンガポールとインドネシアの実力派俳優、バリの影絵芝居俳優まで参加し、多文化を鮮やかな色彩で縫い込んだ敷物のような、目もくらむ一大絵巻に展開。動と静、無と有だけでなく、生と死までが混とんとした荘厳な世界を舞台上に創り上げていく様は、壮絶な衝撃を観客に与えた。今後、９月にシンガポール芸術祭で上演され、今年１１月から１２月にかけては日本に戻って東京・池袋の東京芸術劇場プレイハウスで上演された後、熊本、大阪、高知、福岡を巡演する日本国内ツアーが予定されている。海外での上演を経て、東京をスタート地点とする日本ツアーではさらにどのような作品に仕上がっているか、ますます楽しみになってきた。
★舞台「三代目、りちゃあど」の一場面（撮影：石川純）
【写真転載・無断使用厳禁】＝ダウンロードできません
★舞台「三代目、りちゃあど」公演情報＝上演は既に終了しています
「三代目、りちゃあど」は、シェイクスピアの名作「リチャード三世」を野田が潤色した作品ともとることができるが、むしろ物語の設定や構造を使って野田が自由に骨組みを組み換え、シェイクスピアの作劇の精神構造を腑分けしていったともいえる大胆な戯曲。西洋を中心に、シェイクスピア作品をさまざまに表現する作品は存在するが、その中でも異彩を放つ作品だ。
なにしろ、リチャード三世が被告席にいるかと思えば、シェイクスピアはなぜか検事団の一人として裁判に参加しており、リチャードの弁護人には「ヴェニスの商人」のシャイロックが就いている。「リチャード三世」の中でリチャードは残虐な王として描かれており、その殺人の罪を裁くのが裁判の目的ながら、リチャードと同様に「ヴェニスの商人」の中で狡猾なずるい商人として描かれているシャイロックはひそかにシェイクスピア自身の「罪」を問おうとしている。つまり悪役連合による作者への復讐劇というわけで、シェイクスピアファン、演劇ファンにとっては、まさに狂喜乱舞して面白がれる戯曲なのだ。
実際に史実に存在したリチャード三世は、行政手腕に優れた王として高く評価している歴史家もいるほどで、シェイクスピアが必要以上に醜く、必要以上に、いや、ほぼ歴史をデフォルメするかたちでその人物像を描いていることはよく知られているだけに、余計にこの裁判はファンの注目を集める設定なのだ。
★舞台「三代目、りちゃあど」の一場面（撮影：石川純）
【写真転載・無断使用厳禁】＝ダウンロードできません
しかしこの作品は、この裁判のやり取りを延々と見せる法廷劇ではない。法廷はリチャードがその権勢をふるった当時の対立構造、支配構造を分析しながら、突然、それが現代によみがえったかのような華道家元の跡目争いへと姿を変える。はたして自らの妄想が生み出した登場人物たちと戦うシェイクスピアはりちゃあどを有罪に追い込めるのか。物語は予想だにしない展開を見せていく。
★舞台「三代目、りちゃあど」の一場面（撮影：石川純）
【写真転載・無断使用厳禁】＝ダウンロードできません
オン・ケンセンはシンガポール国際芸術祭のディレクターだが、その活動範囲はシンガポールという小さな国にはとてもとどまらないほど活動的だ。２０１２年のＳＰＡＣで上演された「キリング・フィールドを越えて」が絶賛されたほか、伝統と現代の融合や異文化の同士のコラボレーション、地球規模の芸術家同士の交流などにその情熱を捧げてきた。シェイクスピア三部作を米英仏の名だたる劇場で上演するなど、西洋の演劇界から見ても、もはやアジアを代表する表現者のトップリーダーと言っていい存在だ。まさに今回のプロジェクトにはうってつけ。ダイナミックさと繊細さが特徴の演出手腕による本作はまさにケンセンの独壇場となる。
ただケンセンが単に「交流」や「融合」の人なのであれば、ここまで評価されていなかったかもしれない。ケンセンは時には異文化同士を激しくぶつけ合い、その結果生まれたものを新たな表現として取り込んでいく創造の人でもある。このことがとても重要だ。
★舞台「三代目、りちゃあど」の一場面（撮影：石川純）
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ケンセンは本作では、女性と男性という性に関して根本的な挑戦を仕掛けてきた。女性の役がひげを、男性の役が口紅をつけ、実際の性と見かけの性を混乱させているのだが、そもそも男性が女性の役をする歌舞伎の現役俳優と、女性が男性の役を演じる宝塚歌劇の出身女優をキャスティングしている時点で、本作において性は超越し、ねじれ、絡み合うこととなっていく前提が施してあるのだ。
いくつもの言語が飛び交い、観客は舞台で発せられる日本語と、字幕に表示される外国人俳優のせりふの翻訳を頭の中で瞬間的にブレンドしていくという作業を求められるが、序盤のころやや重荷に感じたその作業も、体が自動的に反応するようになる中盤以降では自然な作業となり、むしろ心地よいものになっていく。
★舞台「三代目、りちゃあど」の一場面（撮影：石川純）
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カオス劇独特の高揚感は終盤近く、沸点を軽く超えていく。アジアの多様な文化が舞台の上で溶け合う様に圧倒されながら、混沌の中から生まれるエネルギーに身を任せるころには、観客は、自分の体が客席から浮遊しているような不思議な感覚にとらわれる。
舞台「三代目、りちゃあど」は４月２９日〜５月１日に静岡市の静岡芸術劇場で上演された。
上演時間は、２時間３０分。
★舞台「三代目、りちゃあど」の一場面（撮影：石川純）
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★舞台「三代目、りちゃあど」公演情報＝上演は既に終了しています
「三代目、りちゃあど」は、シェイクスピアの名作「リチャード三世」を野田が潤色した作品ともとることができるが、むしろ物語の設定や構造を使って野田が自由に骨組みを組み換え、シェイクスピアの作劇の精神構造を腑分けしていったともいえる大胆な戯曲。西洋を中心に、シェイクスピア作品をさまざまに表現する作品は存在するが、その中でも異彩を放つ作品だ。
なにしろ、リチャード三世が被告席にいるかと思えば、シェイクスピアはなぜか検事団の一人として裁判に参加しており、リチャードの弁護人には「ヴェニスの商人」のシャイロックが就いている。「リチャード三世」の中でリチャードは残虐な王として描かれており、その殺人の罪を裁くのが裁判の目的ながら、リチャードと同様に「ヴェニスの商人」の中で狡猾なずるい商人として描かれているシャイロックはひそかにシェイクスピア自身の「罪」を問おうとしている。つまり悪役連合による作者への復讐劇というわけで、シェイクスピアファン、演劇ファンにとっては、まさに狂喜乱舞して面白がれる戯曲なのだ。
実際に史実に存在したリチャード三世は、行政手腕に優れた王として高く評価している歴史家もいるほどで、シェイクスピアが必要以上に醜く、必要以上に、いや、ほぼ歴史をデフォルメするかたちでその人物像を描いていることはよく知られているだけに、余計にこの裁判はファンの注目を集める設定なのだ。
★舞台「三代目、りちゃあど」の一場面（撮影：石川純）
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しかしこの作品は、この裁判のやり取りを延々と見せる法廷劇ではない。法廷はリチャードがその権勢をふるった当時の対立構造、支配構造を分析しながら、突然、それが現代によみがえったかのような華道家元の跡目争いへと姿を変える。はたして自らの妄想が生み出した登場人物たちと戦うシェイクスピアはりちゃあどを有罪に追い込めるのか。物語は予想だにしない展開を見せていく。
★舞台「三代目、りちゃあど」の一場面（撮影：石川純）
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オン・ケンセンはシンガポール国際芸術祭のディレクターだが、その活動範囲はシンガポールという小さな国にはとてもとどまらないほど活動的だ。２０１２年のＳＰＡＣで上演された「キリング・フィールドを越えて」が絶賛されたほか、伝統と現代の融合や異文化の同士のコラボレーション、地球規模の芸術家同士の交流などにその情熱を捧げてきた。シェイクスピア三部作を米英仏の名だたる劇場で上演するなど、西洋の演劇界から見ても、もはやアジアを代表する表現者のトップリーダーと言っていい存在だ。まさに今回のプロジェクトにはうってつけ。ダイナミックさと繊細さが特徴の演出手腕による本作はまさにケンセンの独壇場となる。
ただケンセンが単に「交流」や「融合」の人なのであれば、ここまで評価されていなかったかもしれない。ケンセンは時には異文化同士を激しくぶつけ合い、その結果生まれたものを新たな表現として取り込んでいく創造の人でもある。このことがとても重要だ。
★舞台「三代目、りちゃあど」の一場面（撮影：石川純）
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ケンセンは本作では、女性と男性という性に関して根本的な挑戦を仕掛けてきた。女性の役がひげを、男性の役が口紅をつけ、実際の性と見かけの性を混乱させているのだが、そもそも男性が女性の役をする歌舞伎の現役俳優と、女性が男性の役を演じる宝塚歌劇の出身女優をキャスティングしている時点で、本作において性は超越し、ねじれ、絡み合うこととなっていく前提が施してあるのだ。
いくつもの言語が飛び交い、観客は舞台で発せられる日本語と、字幕に表示される外国人俳優のせりふの翻訳を頭の中で瞬間的にブレンドしていくという作業を求められるが、序盤のころやや重荷に感じたその作業も、体が自動的に反応するようになる中盤以降では自然な作業となり、むしろ心地よいものになっていく。
★舞台「三代目、りちゃあど」の一場面（撮影：石川純）
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カオス劇独特の高揚感は終盤近く、沸点を軽く超えていく。アジアの多様な文化が舞台の上で溶け合う様に圧倒されながら、混沌の中から生まれるエネルギーに身を任せるころには、観客は、自分の体が客席から浮遊しているような不思議な感覚にとらわれる。
舞台「三代目、りちゃあど」は４月２９日〜５月１日に静岡市の静岡芸術劇場で上演された。
上演時間は、２時間３０分。
