★KYOTO・京都

2018年11月03日

【KYOTO・京都=執念】 新日吉神宮(2018)

 歴史は、その人がどんなに優秀であっても、どんなに偉大であっても、ひとりの人間の隆盛や栄華をいつまでも許しているわけではないようだ。例えば菅原道真、そして例えば豊臣秀吉。今や歴史上の大ヒーローであるこの2人も死の前後からかなりの間、汚名を着せられた時代の流れの中でその霊はおとしめられた時期があった。権勢を誇った秀吉でさえ、豊臣家の忠臣のように振る舞いながらその実狡猾に立ち回った徳川家の陰謀によって、豊臣家の遺族たちの一部は悲惨な最期を遂げる。京都市東山区東山七条東入にある新日吉(いまひえ)神宮には、後世の心ある人々によって道真と秀吉の無念に報いた社(やしろ)が静かに存在している。それはまさに道真と秀吉の執念と、それらを受け止めて霊を鎮めようとした京都の人々の物語とともにある。

★京都・新日吉神宮の境内で樹々におおわれた豊国神社。「樹下社」として造営された(撮影・阪清和)
●新日吉神宮豊国神社IMG_4729

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 新日吉神宮は平安時代の1160(平治2、永暦元)年に後白河上皇が、天皇退位後も実権を握って政治を動かしていた時代に、御所(法住寺殿)の守護神として、京都・東山の地に比叡山の日吉山王社から勧請したのが始まりとされる。「新日吉(いまひえ)」とはまさしく新たに創った日吉の社という意味で、当時の人々の思いが伝わる名前である。創設されたのは現在よりやや南に位置する場所のようだ。
 なお、本来は特別な由緒を持つ神社にしか付けられない「神宮」という名を持っているのは、1958年に後白河天皇を増祀したためで、その翌年の1959年に新日吉神宮となっている。

★京都・新日吉神宮の本殿(撮影・阪清和)
●新日吉神宮本殿IMG_4719

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 権勢を誇った後白河上皇の主導によって創られた神社だけあって、新日吉神宮の公式資料によると、創建当時は神殿には7つの神座を備え、廻廊がめぐらされていたというから、かなり壮観な眺めだったようだ。
 さらにこの新日吉の社を護るために、同じ比叡山の延暦寺にある妙法院を、現在の八坂神社である祇園社の西側に移す関連事業も行っている。
 こうして盤石の態勢で出来上がった新日吉の社。当時、熊野信仰と同じほど日吉に対する信仰も盛り上がっていたことから、上皇や法皇などの参詣も相次ぎ、後白河上皇自身も100回以上参詣しているという。

 しかし時は進んで鎌倉時代、武士の世となり、さらに進んで室町時代中期には京の都を焼き尽くした応仁・文明の乱などで、新日吉の社も大きな被害を受け、戦国の世に進むに従って、衰退することとなった。

★京都・新日吉神宮の朱色の門(撮影・阪清和)
●新日吉神宮朱色山門IMG_4693

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 そしてこの新日吉の社の歴史に登場するのが、豊臣秀吉である。
 秀吉は桃山時代に方広寺大仏殿を造営(ここに吊るすはずの梵鐘の銘文に徳川家康を愚弄する表現が書き込まれていると徳川の重臣らからいちゃもんをつけられ、豊臣家が窮地に陥るのだが、そのお話はまた別の機会に…)し、三十三間堂なども含めた広大な境内を形成した。
 秀吉は1598(慶長3)年に病死したが、秀吉はその死後、自らを八幡神とするよう遺言をしたためていたため、豊国の社を新日吉の社北側の区域に創設。その東側にある油が峰に御廟が建てられた。
 しかし、豊臣家の滅亡によって徳川幕府は1615(元和元)年に豊国廟や社などの廃止を決定。妙法院門跡・智積院に加え、新日吉の社を豊国廟前に移した。それはまさに豊臣に対する弾圧で、遺体さえ山頂に遺されたとのむごい説も残っている。社殿は秀吉の正室のねね(北政所)の懇願を聞き入れて残したものの、旧参道の上によりによって新日吉の社が移設され、社殿への道も閉鎖した。新日吉の社は後水尾天皇の勅命で造営され壮観さを一定程度は取り戻したものの、豊国社の跡は荒れるがままで、ねねの悲しみはいかほどかと推察される出来事だ。
 実は、豊国社のご神体は、ひそかに、豊国社を取り仕切っていた吉田家の一族である神道家の神龍院梵舜(しんりゅういん・ぼんしゅん)がひそかに自宅で隠し持っていたという説が有力だ。そして、新日吉の社の神殿で密かに祀られていたのである。

 徳川の歴代将軍の中には、豊国社の再興に理解を示す者もあったが、重臣たちは強く反対し、江戸時代にその再興が許されることはなかったのである。
 しかし明治天皇が秀吉を高く評価していたことから、明治時代直前の慶応年間である1868年に豊国社の再興が命令され、1875(明治8)年に社殿を建設。1897(明治30)年には、阿弥陀が峰に巨大な五輪塔が建てられ、再興を絶対的なものにした。

 こうして再び日の目を見た豊国社、そして豊臣秀吉だが、世間から「消滅」させられていた江戸時代も、秀吉や豊臣家を慕う人々は、秀吉という魂をないがしろにしていたわけではなかった。
 梵舜は歴代天皇だけでなく、徳川家康に駿府城や大坂城で神道について進講するほど関係が良く、家康の葬儀を任されるほどの存在だったが、社僧となっていた豊国廟の弾圧が始まった上、家康の祀り方についての他の神道関係者との論争に敗れた(この論争の結果によって、徳川家康は東照大権現としてまつられたのだが、この話もまた別の機会に…)こともあって、次第にさまざまな嫌がらせを受けるようになった。
 そしてとうとう、吉田神道の拠点だった神龍院に引き込むことになり、表舞台からはその姿を消しているが、梵舜は前述のように神体を自宅に隠し、その再興を祈り続けたのである。自宅に最初から隠していたのか、直接新日吉の社に移されたのか、その経緯は良く分かっていないが、秀吉のご神体はこうして守護された。
 梵舜が綴っていた日記は、近年、豊臣から徳川へと交代していく権力の動きを分析したり、晩年のねねの状況を推し量ったりする場合の最大級の資料であるとされているほど梵舜とねね(高台院)は仲が良く、ねねは秀吉のご神体のありかを誰よりも知っていたことだろう。

 梵舜は1632年に亡くなっているが、それからさらに120年ほど後の1758(天明5)年に新日吉の社の境内の中に「樹下社(このもとのやしろ)」が造営され、ご神体はひそかにそこに移されている。一見何気ない社名だが、樹下は秀吉のもともとの苗字である「木下」に通じ、こうしたもじりの中で人々は秀吉への思いを育んでいたに違いない。
 ひとつの説には過ぎないがさらに言えば、新日吉の社の「日吉」は、秀吉の幼名である「日吉丸」にも通じ、その連想ゲームをより豊かなものにしている。
 新日吉神宮のホームページなどによると、樹下社では江戸時代も徳川幕府の目をかいくぐって途切れなく祭祀が行われてきたというから、秀吉に対する熱い思いが伝わって来る。

★京都・新日吉神宮の境内で樹々におおわれた豊国神社。「樹下社」として造営された(撮影・阪清和)
●新日吉神宮豊国神社IMG_4729

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 前述したように、1897(明治30)年に明治政府の後押しもあって豊臣関連の施設が復活した際には、新日吉の社は元の豊国社の参道上に移設されていた場所から南西方向にあたる現在地に移動している。いわゆる豊国神社はもともと方広寺大仏殿があった場所に再興され、新日吉の社の境内の中に「樹下社」として建てられていた社も、新日吉の社と共に現在地に移設され、豊国社(樹下神社)として新たな歴史を歩み出したのだ。

 豊臣は徳川家直接のライバルであったため、江戸初期に弾圧の憂き目に遭ったことは歴史の流れの中では致し方のないことだっただろうが、秀吉への強い忠誠心を持った人々や、秀吉が歴史において成し遂げた功績などに敏感だった人々が、何百年もの間、その思いを受け継いでいったことで成し遂げられたのが「秀吉の復活」だったのである。

 一方、新日吉神宮に存在するもうひとつの執念、菅原道真の執念はさらに根っ子が深い。
 道真は幼少時から学問や詩歌に優れ、醍醐天皇の時代に右大臣にまで上り詰めるほど重用されたが、左大臣の妬みから謀略の疑いを掛けられて太宰府に左遷されたことはあまりにも有名だ。
 特に、京都の居宅でよく眺めていた梅の木が、主が左遷された太宰府まで京都から一夜にして飛んで行ったという「飛梅」伝説を知らない人はいないだろう。
 道真は太宰府への左遷が決まった901(延喜元)年、京都の居宅に植えられていた梅、桜、松の木を眺めながら、梅の木に向かってこう語りかけた。それは和歌として詠まれたものだ。

 「東風吹かば にほひをこせよ梅花 主なしとて 春を忘るな」

 平安時代の書物には「東風ふかば にほひをこせよ梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」との表記もあり、そちらの方が私たちには耳なじみがあるが、いずれにしても、現代語訳、そしてその意味はこうである。

 「春になって東のあたたかい風が吹けば、いい匂いのする花を咲かせておくれ。主人がいないからといって、春の到来を忘れてはいけないよ」

 私たちが世代さえ関係なくこの和歌を吟唱できるのは、教科書を丸暗記したからではなく、その道真の切なる思いや、京の人々を悲しませてはいけないと主人として木々に語り掛ける道真の気遣いが日本人である私たちの心になんともストレートに伝わって来るからだ。悲しく、切なく、やりきれない…。

 実はこの思いに応えたとみられる桜、梅、松の木々は翌春、見事な花や鮮やかな葉を付けたが、桜は次々と散って葉も枯れ果てたという。
 そして、松と梅は主人の居る太宰府へと飛び立ち、一気に西へ。しかし松は現在の神戸市須磨区の板宿付近で力尽き、地上に落下。梅だけは見事に太宰府へとたどり着いたのだという。

 この飛梅伝説に基づく名所はさまざまな場所に残っている。
 飛んで行った太宰府には、太宰府天満宮の本殿に向かって右の場所に「飛梅」が残っている。本来は、道真の居宅があった方に植えられていた梅の木だが、太宰府天満宮の造営時に本殿前に移植され、観光客に親しまれている。
 そして京都の北野天満宮には、当時の京の都に咲いていたと思いをはせることができる梅の花がたくさん咲いている。
 太宰府天満宮の梅の木は、道真を祀って全国に建てられた天満宮に株分けされているほか、飛梅伝説によって飛んでいった梅の木は、大阪、福井、岡山、山口にも存在するとされるが、飛梅伝説がどのように派生したのかは不明だ。

 しかしその飛梅そのものを祀った神社がこの新日吉神宮にはあるのだ。
 太宰府への左遷が決まった901(延喜元)年から100年ほど経った1160(平治2、永暦元)年に後白河上皇が新日吉の社を開いた時に、飛梅の霊と道真公の神霊をここに祀ったのである。

★京都・新日吉神宮の境内にある飛梅天満宮(撮影・阪清和)
●新日吉神宮飛梅天満宮IMG_4725

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 道真が左遷から戻ることなく亡くなった903(延喜3)年以降、京の都には奇怪な出来事が相次ぐ。
 道真に謀略の疑いを掛けた藤原時平が6年後に病死したのをはじめ、時平の仲間の一人も事故死。時平の甥やその息子も相次いで変死し、御所の清涼殿にも落雷。すべてをたたりとするのは無理があるが、ほぼ歴史的にも正しいとされる関係者の不幸が相次いだことは当時の人々をどれほど震撼させたことだろう。
 恐ろしくなった朝廷の計らいで、流罪になっていた道真の子どもたちは赦されて京に戻り、道真自身も罪を許され、朝廷の位を与えられている。

 このころから道真は怨念となって雷神を操っていると考えられるようになり、朝廷や藤原氏らは雷神や火を祀る北野の地に北野天満宮を建立。天神さんとして親しまれた道真を祀って全国に天満宮ができることとなったのである。

 道真を怖れた朝廷は990年代に入っても、道真にたびたび位を上げた朝廷の位を贈り続けており、後白河上皇が新日吉の社を開いた1160(平治2、永暦元)年はまだ道真の怨霊伝説が生々しかったころである。
 後白河上皇は、道真遺愛の梅の霊と道真公の神霊をこの飛梅天満宮に祀ったのだ。
 いかに深刻な祈りであったかが分かる。

★京都・新日吉神宮の境内にある飛梅天満宮(撮影・阪清和)
●新日吉神宮飛梅天満宮表札IMG_4724

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 それにしても新日吉神宮はひっそりしている。紅葉の時期には鮮やかな色で染め上げられるが、冬が過ぎればおびただしい青葉で幾重にもおおわれ、ひたすら清廉で、清々しい。
 秀吉も道真もいまはその怒りを鎮め、静かに世の中を見守っている感がある。
 今や隠す必要もなくなった樹下社なのに、木々によってその存在をあいまいにしているようなたたずまいが往時の密やかな雰囲気をそのまま現代に伝えていて興味深い。

★青葉におおわれる京都・新日吉神宮(撮影・阪清和)
●新日吉神宮青紅葉IMG_4736

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 飛梅天満宮もいまや、道真の怒りや怨念を感じられる社ではなくなっているが、主を失った梅の霊が、その癒えることのない哀しみや心の傷を今も静かに私たちに訴えているようで、心が痛い。
 実は私がこの新日吉神宮を訪れた2018年6月30日、京都の中心部からタクシーで神宮に向かう私の来訪を感知したかのように、神宮の上空に一転にわかに雲掻き曇り、神宮に着いた頃には真っ黒な雲に成長。土砂降りの雨と、20秒おきに落ちる雷で大変な状況になった。
 善意の取材者であることを知らせようにも雷神は取りつく島もなく、私は10分以上も社務所から身動き一つできなかった。
 これが道真の怨念なのか、道真への熱い思いを持つ梅の霊に同情心を感じていた私への時平らの怨念が引き起こした超常現象であるかは不明だが、ピンポイントで降り込められた恐怖は今も鮮やかに残っている。

 新日吉神宮にひっそりとたたずむ道真と秀吉の執念について語ってきたが、他にも見どころが多い。
 境内を進み、本殿前には「阿吽」狛猿があり、神の使いとされた猿の像がある。これはもともとの日吉社(現在の日吉大社)にもある日吉の信仰のひとつで、「さる」という音感を「(災厄が)去る」「勝(まさ)る」につなげたり、猿の音読みの「えん」を「縁」や「円」につなげてきずなや幸運をもたらすものという意味を持たせたりしているのだ。
 ここでしか買えないお守りに「ご神猿守り」があるのはこのことからだ。

★京都・新日吉神宮。本殿前にある「阿吽」狛猿のひとつ(撮影・阪清和)
●新日吉神宮阿吽猿右IMG_4721

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 ご神猿は大津市の日吉大社のほか、京都市の御所の東北の角にもある。特に御所のご神猿は、それが掲げられた場所が「猿が辻」と呼ばれるゆわれともなっている。
 同じ日吉大社からもたらされた猿と言われており、どちらも金網に入っているのが特徴。一説には神の使いであるにもかかわらず、夜な夜な遊びに行ってしまうため閉じ込められているとも。なんともほほえましいエピソードではある。
 新日吉神宮の猿を御所や日吉大社のご神猿と比べてみるのもおもしろい。

★これだけエピソード豊かな神社を複数抱えているだけあって、京都・新日吉神宮の朱印は5種類ある(撮影・阪清和)
●新日吉神宮5社朱印案内IMG_4695

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【ご案内】
 当ブログ「SEVEN HEARTS」では、京都の街もエンターテインメントの一環ととらえ、観光コースではなかなか味わえない価値を持つ京都のスポットを紹介しています。そしてそれは観光というよりも、その場所の持つ精神そのものと出会う旅としてご紹介。しかも毎回同じ切り口ではなく、テーマやアプローチするための方法を変えながら、京都の神髄に迫っています。
 まだ今回で第3回ですが、第1弾は洛北に建つ「圓光寺」をご紹介し、大反響を得ました。禅宗の厳しいしきたりに守られながら、境内のどこを切り取っても絵になるデザイン性を誇り、紅葉の時期には、京都のどこよりも美しい紅葉の庭を見せてくれる屈指の端正さを持つ圓光寺をアートやデザインの観点からご紹介しました。
 また第2弾として「養源院」をご紹介しました。京都にあまたある歴史とは切り離された名もなきお寺のようにも見え、通り過ぎていく人も多いお寺ですが、その起源は秀吉の側室になった茶々が織田信長によって滅ぼされた父である浅井長政夫妻を弔うために秀吉に建ててもらったお寺で、その後茶々自身や秀吉、徳川秀忠、江、徳川和子と戦国から江戸初期をにぎわせた著名な人々の運命に少なからず関係し、さらには伏見城で憤死した鳥居元忠の怨念もまた存在する寺院です。そんな奇跡のような養源院を「おんなの情念」という観点から切り取りました。
 自分で言うのもなんですが、私が手掛けるこの京都特集はとてもユニークなもので、観光コースには入らないような場所に毎回違った視点で光を当て、新たな魅力をご紹介するプログラムになっています。美しい写真と精緻な文章でご紹介するそれぞれの場所はきっとあなたの記憶に長く残っていくはずです。
 今後、これまでよりも掲載のペースを上げ、シリーズ化して、1カ月に1回の割合で当ブログに掲載していきたいと考えています。少なくとも100カ所以上は紹介していくつもりですので、ご期待ください。
 最終的には、当ブログから独立させて、いろんな方々と事業化していく計画も持っています。関心がおありの方はご連絡(saka@sakaoffice.com)ください。

 いずれにしても、この京都特集は観光情報ではないので、交通機関や所在地、拝観料、拝観時間などの細かいインフォメーションはいたしません。読まれた方がもし行きたいと思ってくださったら、ご自身でいろいろと調べて、ぜひたどり着いてください。

★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」【KYOTO・京都=ART】 圓光寺(2015)記事=2015.11.28投稿
★京都・圓光寺の十牛之庭(撮影・阪清和)
十牛之庭IMG_7144 (2)

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★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」【KYOTO・京都=おんな】 養源院(2016)記事=2016.12.15投稿
★京都・養源院。ふとした小径にも美はあふれる(撮影・阪清和)
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 京都特集には番外編もあります。

★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」【News=速報】 京都五山の送り火荘厳に美しく燃ゆる夏(2017)記事=2017.08.16投稿
★2017年の「京都五山の送り火」のもよう。左大文字(撮影・阪清和)
五山送り火左大文字IMG_0066補正済み

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★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」【News】 中秋の名月まれにみる輝き、京都・大覚寺大沢池に降りそそぐ月光(2017)記事=2017.10.05投稿
★クレーターまでくっきりと見えた満月にほど近い月(撮影・阪清和)
月アップ濃いめIMG_1104補正済み

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andyhouse777 at 22:41|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

2016年12月15日

【KYOTO・京都=おんなの情念】 養源院(2016)

 京都市東山区に建つ養源院。これほどまでに情念のこもったお寺はないのではないか。歴史上の人物たちの切なる思いが小さくそして古いお堂の中に雪のように降り積もり、そしてまた新たな情念を生み出していく。その数奇な運命とともに、美術史、建築史においても重要な作品が所蔵されている奇跡の寺。決して観光コースに組み込まれることはないひっそりとした存在だが、さまざまな時代の歴史の糸を必死でつなぎとめているような使命感にも包まれている。いくつもの魂を慰めてきたそのたたずまいは訪れる者の心の震えを止め、静かな思索へといざなう。情念のすべてをのみこんで、今はすべてが美しい。

★京都・養源院。おんなたちの思いが幾重にも重なっていく(撮影・阪清和)
IMG_0306参道よこ補正済み

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 とは言えこの養源院、実はそんなに寂しいところに立っているのではない。京都国立博物館の南側、三十三間堂と智積院という大きな建物の間にある。三十三間堂の正門入り口から徒歩数分。そんなに近いのに、由来を知らなければ、京都にあまたある歴史とは切り離された名もなきお寺のようにも見え、通り過ぎていく人も多い。しかしこの養源院は一筋縄でいくお寺ではない。茶々、秀吉、秀忠、江、徳川和子と戦国から江戸初期をにぎわせた著名な人々の運命に少なからず関係し、さらには浅井長政、鳥居元忠の怨念もまた存在する。さらには襖絵の名手として名高い俵屋宗達や狩野山楽の活躍の場となり、名工、左甚五郎の傑作も残る。そんな寺の歴史の皮肉めいた経緯から、浅井家と豊臣家と徳川家という憎しみ合った一族が同時に祀られている不思議さもある。歴史に興味のない人にとってはなにも見えてこないが、少しでも歴史に興味がある人にとっては、静かに目をつぶって押し寄せて来るかの人々の思いをしっかりと受け止め、きちんと向き合わなければ、一歩も先に歩くことができないほどの寺院なのだ。

 創建は戦国時代の文禄3(1594)年。織田信長軍に責められ、自害した浅井長政(あざい・ながまさ)の長女で後に豊臣秀吉の側室となった茶々(後の淀殿)が、長政の21回忌の追善法要のために、寵愛を受けていた秀吉に願って、建立してもらったのが始まりである。
 茶々にとってみれば、父を母の兄である織田信長に殺され、母をその手下である羽柴秀吉に殺された(再婚した柴田勝家が攻め込まれてともに自害した)形になり、歴史の皮肉とは言え、秀吉の側室となることにはさまざまな思いがあったに違いない。恨みに思っている親の仇の女になるのである。さまざまなドラマで描かれているこの時期を自分なりの論理で乗り越え、正式に秀吉の側室となったのが1588年。1589年に生んだ捨(鶴松)が1591年に亡くなり、失意の中で、ついに1593年、拾(後の豊臣秀頼)を生んで、秀吉の心をがっちりとつかんでいたころだ。その翌年の1594年、鶴松を生んだ時には遠慮していた父母の供養を申し出るには、父・長政の21回忌は絶好の好機だったに違いない。
 養源院とは、もともと浅井長政の戒名(院号)である「養源院天英宗清」から来ている。寺の由緒によると、長政のいとこで叡山の僧だった成伯法印を開山とし、父の院号を寺の名にしたのである。

★京都・養源院の本堂。たたずまいはあくまで控えめ(撮影・阪清和)
IMG_0302養源院本堂補正済み

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 しかし、養源院にはほんとうにさまざまなことが起きる。
 時代は1598年の秀吉死去、1600年の関ヶ原の戦いへと雪崩を打つように急速に流れていた。養源院とは関係のないところで起きてはいたものの、そのころ、後の世の養源院を決定づける出来事が起きていたのだ。

 1600年、徳川家康は、秀吉の死後、豊臣家の実権を握っていたが、上洛命令になかなか応じない上杉景勝を征伐するとして、会津攻めを開始、大名たちとも連携を強めていた。軍事的に手薄になる畿内の守りを固めるため、家康は臣下の鳥居元忠や松平家忠らを配置した。既に政治的には失脚していた石田三成だったが、家康の会津(途中江戸城で長く滞在しているが…)への出立後、このタイミングしかないとみて挙兵。伏見城にも攻め進み、守りの大将、鳥居元忠に明け渡しを要求。拒否されたため攻め込んだが、10日近くかけてようやく落城に成功するという予想外の難戦となった。
 この間、元忠の軍勢は必死の戦いぶりを見せたが、最後は自害(元忠については敵に打ち取られたという説がある)し、伏見城内は血の海となった。380人もの血が城の床へと染み込んでいったのである。
 しかし、この世に言う「伏見城の戦い」が関ヶ原の戦いの前哨戦となったため、伏見城での戦後処理は後回しになる。伏見城落城は8月1日。そして関ヶ原の戦いは9月15日。夏の暑いさなか、鳥居元忠軍の討ち死にした血みどろの兵士たちのむくろは、1カ月半以上もの間、城内に放置されたのである。この時流された「血」が後に養源院を構成する大きな要素の一つになろうとはだれが予想しただろうか。

 天下分け目の決戦に勝った徳川家康は征夷大将軍に任ぜられ、1605年には息子の秀忠に将軍職を譲っている。関ヶ原の戦いで西軍側についた形になって九度山に流された真田昌幸と信繁のうち、昌幸は病死したが、信繁は豊臣秀頼からの依頼を受け、真田幸村として大坂城に入城する。徳川家との対立が激しくなる中、豊臣恩顧の最後の武将として、大坂に集まった牢人衆とともに、徳川連合軍との戦いに備えるためだった。
 1614年、そして始まった大坂冬の陣は、真田丸を擁した幸村らの大活躍により、大坂城を死守。大勝利のかたちだったが、大坂城上層部が安易に和睦に走ったために、城はまったく戦闘能力のない丸裸の城に変えられてしまう。やがて始まった夏の陣の勝敗は決まったも同然だった。幸村らが奇跡的な力を発揮して、家康の本陣にあと一歩と迫るが、趨勢は明らかだった。1615年、すべての決着はついた。

 1616年、家康はその生涯を閉じたが、秀忠はここから徳川政権を固め、近代的な国家運営に移行するためのさまざまな政策を打ち出している。その妻は、茶々の妹であり、養源院が創建された1594年の翌年に秀忠に嫁いだ江(ごう)こと崇源院である。
 1615年の大坂夏の陣で、秀頼らとともに自害した(とされているが、真相は分からない)姉・茶々の死。徳川政権のファーストレディーになったとは言え、浅井三姉妹の固い絆からして、江がどれほど心を痛めたかは想像がつく。
 そして1619年、養源院は突然の落雷に遭い、焼失してしまう。
 茶々の怒りと考える人もいるだろうし、茶々の父母への愛が雷となったという解釈をする人もいるだろう。天災なので真相は不明だが、その人が歴史のどの部分に思いを寄せるかで、さまざまな解釈が可能である。

 この焼失を受けて、1621年、江は夫である秀忠に養源院の再建を懇願する。不可解な焼失があったとは言え、実の父母である浅井長政とお市の方をきちんと供養し直す意味合いもあっただろうし、姉の茶々の非業の死に対する思いもあっただろう。ようやく夫の代において戦(いくさ)のない平和な世が訪れたことで、これまでのさまざまな戦いでの戦死者を弔う意味合いもあったかもしれない。何よりも平和な世が続きますようにとの願いがこもっていたに違いない。
 江の願いがいかに熱いものであったかは想像がつく。秀忠はこの願いを退けることなく、叶える方向で動き出した。政略的な結婚とは言え、豊臣側の妻をもらった時点から、江の思いはよく理解していたはずだ。すべてが終わった今、妻がずっとつらい思いをしながら耐えてきた、そして自分に尽くしてくれた。そんな思いにこたえるべきなのではないかと考えてもおかしくない。

 再建計画は順調に動き出す。しかしそれはやや皮肉な形で前に進みだした。
 当時、政権内で問題になっていたのが、伏見城の廃材である。関ヶ原の戦い後、実権を握った家康は、伏見城に若干の修復を加えて、さまざまなことに用いているが、戦略的な意味合いはどんどん薄れていく。そして家康自身が没した後の1619年に廃城が決定していた。
 秀忠はその廃材を使って養源院を再建しようとしたのだ。
 これは養源院だけにとどまらず、この際の伏見城の廃材を使って建てられたとされる寺院は京都市内に多数存在する。他の城の修復などに使われたとする説もある。ただし、伏見城内は伏見城の戦いにおいてすべて焼き尽くされたとの説もあり、廃材がなかった可能性もあるため、これはあくまで各寺院の言い伝えによるものだ。ここでは、この寺院の持つ物語性を強調するため、伏見城の廃材を使用したとの説にのっとって話を前に進める。

 伏見城と言えば、茶々がいた豊臣方の将であった石田三成が攻め込み、落城させた城。さらにさかのぼれば、秀吉が晩年の多くを過ごし、そこで没した場所でもある。寵愛された側室であった茶々にとっても何度も訪れた場所だ。つまりは豊臣家と因縁浅からぬ城である。その廃材を使うというのは、どういう意味合いを持つのだろうか。
 さきほど皮肉と言ったのにはわけがある。秀忠は、再建と同時に、伏見城の戦いで兵士たちの血がたっぷりとついた床材も養源院の建築に使用している。大量の血の痕や体のしみが残った木材。いくらふき取ってもとれなかったこのしみがついた木材をそのままに使用したのだ。しかしそれは床ではなく、天井に使われた。これは戦国時代のならわしで、戦死した兵士の血が付いた床材を天井に張ることによって、彼らの魂を鎮め、供養になるという考え方だ。「血天井」という。伏見城の血の付いた廃材を使用したと言われている寺は他にもあり、いずれも「血天井の寺」として観光客にも人気だが、京都府警科捜研の榊マリコが血痕をルミノール試験したりブラックライトをあてて血液と確認したりしたわけでもないので、本当に血のしみかどうかは分からない。ただそう信じられているということだ(過去に鑑定が行われたとする説がある)。
 養源院の由緒によると、本堂の左右と、正面の三方の廊下の天井に血のしみのついた廃材が使用され「血天井」となったとされている。

 それでなくても浅井家、茶々、秀吉の思いがこもっている養源院にさらなる強い磁場を持つ鳥居元忠やその家臣たちの「念」が加わったのである。当時の人々にすれば、これは供養であり、むしろ悲しみを鎮めるための作法であるからと納得していたのであろうが、現代人にはなんとも複雑な心境になる話だ。江の思いもいかばかりかと思ってしまう。
 しかしここは寺院。まさにそのすべてが仏さまになった人々の供養のために機能する場所であり、むしろふさわしいとも言えるのである。

 この血天井が再建された養源院の大きな要素となったことで、養源院には後に美術史的にも大きなポイントとなる絵が残された。あの「風神雷神図」で琳派の一大画家として世界に名だたる俵屋宗達が、まだそのキャリアの初期に、この養源院の血天井に染み付いた兵士たちの霊を慰めるために、「松図十二面」と呼ばれる襖絵や、白象、唐獅子、麒麟などをあしらった八面の杉戸絵(杉の木でできた戸板に直接描いた絵)を遺している。1621年の作品とされているため、再建とほぼ同時に描画されたようだ。現在、重要文化財に指定されている。寺の由緒に寄れば、「お念仏、ご回向」にちなんだ画とのこと。屏風絵で知られる宗達が遺した珍しい襖絵と杉戸絵。宗達はこの養源院の絵によって世の中に名前が知られていくことになるのだ。曲線をうまく描き出し、やや戯画化したような漫画の原点ともいえるような、現代人の私たちが見ても新鮮な驚きを覚える動的な刺激に満ちた作品もあり、実に感慨深い。

 また狩野派の絵師で狩野派の中心人物、狩野永徳からかわいがられた狩野山楽が、牡丹の絵が美しい襖絵を描いている。大覚寺の「牡丹図」があまりにも有名だが、秀吉が学問所にしていた牡丹の間にあった(伏見城からの移設?)この養源院の襖絵もまた美しさでは見劣りしない。狩野探幽らが江戸に出て狩野派の拠点を広げたのに対して山楽らは京に残ることを選択し、「京狩野」と呼ばれる一派を形成したことでも知られる山楽の描写力の素晴らしさがうかがえる作品だ。

 そして養源院で今もその施工の素晴らしさを感じることのできるのは、鴬張り(うぐいすばり)の廊下である。由緒によれば左甚五郎と言われた名工が作った(あるいは指示した)とされ、すべての廊下が鴬張りとのことだが、実際に歩いてみてあまり鳴かない廊下もあった。しかし、いくつかの個所では今も美しいさえずりが聞こえる。
 左甚五郎とは彫刻職人で、腕利きと言われ、落語や講談などでも取り上げられ、現代にも知られている人物だが、全国各地に伝承が残り、あるいはモデルになったとされる人物の生没年とは合わない時期の活躍も伝えられ、どうやら複数の人物の業績が、左甚五郎という人物に集約されている可能性がある。つまり名工の象徴という訳だ。江戸城の改築をめぐる国家機密と建築の関係についてのサスペンスフルな逸話も残っていて、物語の登場人物としてはなかなかの魅力的な人物であるが、実際の人物像は不明。実在しなかったとの説まであるが、養源院ではありがたく鴬の鳴き声を聴こう。

★京都・養源院。ふとした小径にも美はあふれる(撮影・阪清和)
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 再建された養源院だが、情念のドラマは続く。徳川秀忠は安定した治世を行い、妻の崇源院(江)とともに順調な結婚生活を送っていた。七番目の子どもで五女の和子を後水尾天皇との婚儀のため入内(じゅだい、皇后になる人が内裏に入ること)させることを家康が決めた時も、朝廷内に表立って反対する者はいなかった。しかし家康の死去などで入内が延び延びになっている間に、後水尾天皇が寵愛していた女官が、男児に続いて女児も懐妊。朝廷内で和子の入内が大問題へと発展する。江戸幕府はこうした入内への障害を取り除くため、既に出産していた女官の兄弟や臣下の者、生まれた女児までをも追放することを朝廷に認めさせ、無事入内させた。強引な手法だったが、時の徳川の権勢を物語る逸話である。
 後水尾天皇のもとに正式に入内した和子は1623年以降女児2人と男児1人を出産したが、年長の長女(女一宮)を残して、1627年に下の2人が相次いで夭逝。和子は失意の中に沈んだ。
 そんな折、江戸幕府が朝廷の宗教行為(この場合は紫衣を与えること)を一部制限したことに対して、朝廷が反発。後水尾天皇は幕府を無視して与え続けたため、江戸幕府はすべての無効を宣言。宗教界全体を巻き込んだ一大事件に発展し、一部僧侶の流罪などで決着した。江戸幕府が朝廷より上にあることを内外に示した一件となった。
 和子は失意の中でもくじけずにいたが、こうした幕府とのトラブルに嫌気がさした後水尾天皇は幕府への相談もなく、和子が生んだ娘の女一宮に突然譲位した(ここには後水尾天皇の別の狙いが隠されていると言われているが、あまりにもむごい話なのでここでは省略する)ことで和子は東福門院となり、その後50年もの間静かな余生を過ごす。東福門院はことのほか養源院を愛し、実の兄であり3代将軍となった徳川家光にその保護を懇願している。

 そして養源院は家光の命によって江戸幕府がその存在を守り続ける特別な寺となる。徳川家の菩提寺としての扱いが決定的になった養源院には、秀忠と妻の崇源院(江)の位牌が置かれ、歴代の将軍の位牌もまた祀られることになったのである。
 こうして、養源院の地位は特別なものになり、将軍家や特別に許された者だけに参拝が許されたのだ。そうした日々が、現在もそのたたずまいが超然としていることと無関係ではないだろう。

 つまり養源院には浅井家、豊臣家、徳川家そして皇室のそれぞれの思いが込められている。茶々(淀殿)、江(崇源院)、和子(東福門院)という女たちの願いを、秀吉、秀忠、家光という時の権力者たちが聞き入れ、あつく保護した歴史が息づいているのである。

★京都・養源院。降り積もる情念は寺そのものの魅力となっている(撮影・阪清和)
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 和子が建てたという江(崇源院)の石塔墓所が養源院の境内の中にある。そこには通常一面だけに掘られている梵字(守護してくれる守り本尊を表す古代インド形式の文字、墓などに記される)が4つの面すべてに彫られている。これを浅井家、豊臣家、徳川家、皇室4者の平和と安寧を願ったもの、そしてそれらの調和を願ったものだと解釈する説もある。

 伏見城(伏見桃山城ともいう)からの移築物が多いため、秀吉の全盛期を物語るものも多数存在。境内にあるヤマモモの木は、秀吉の手植えとも言われ、樹齢は400年。大聖歓喜天王像も伏見城から移され、男女間の問題を解決してくれるというこの像を秀吉は信奉していたという。商売繁盛の後利益も伝えられ、1、5、9月の21日には、大般若経転読会が行われる。僧が経典を持ち上げながら開いていく宗教行事だ。ただ、あくまで檀家さんのための行事なので、見学が許されたとしても観光気分ではいるべきではないだろう。

 江戸期の仕事だが、養源院の庭は池泉庭園と呼ばれ、小堀遠州守政一による作庭。浅井家・豊臣家に仕えた作庭家を父に持ち、浅井の親戚筋とも言われている。庭園は秀吉を祀っている豊国廟あたりの風景を描いているとも言われている。

 さらに境内には、白玉龍神稲荷、白鷹龍神稲荷、赤桃龍神稲荷と3つの稲荷が祀られ縁結びのご利益が、白衣弁財天には水商売の繁盛のご利益があるとされ、いずれも女性からの信奉があつく、歴代の女性が守り継いできた養源院の成り立ちに沿ったやしろであるとも言えそうだ。

★京都・養源院。すべての樹々に魂が宿るようだ(撮影・阪清和)
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 小さな寺院だが、どこかの観光のついでによるのはできれば避けてほしいものだ。これだけの歴史に支えられ、庭園にも見どころの多い寺院。本堂では、血天井、襖絵、杉戸絵などを、訪れる人を20人程度の小グループに分けて、それぞれの場所に案内してくれる。大寺院や人気寺院のように、案内図や解説文が充実して、スムーズな拝観ができるわけではないが、係の方が手作りのシステムで拝観者を心づくしでもてなしてくれる姿には思わずほっこりする。

 「真田丸」で戦国や江戸時代の初期に興味が沸いた人もそうでない人も、茶々の運命に切ない思いをしている人もそうでない人も、境内に充満する女たちの切なる願いを受け止めながら、ぜひあの時代に思いをはせてほしい。
 これだけ観光客があふれかえっている場所のすぐ近くにあるのに養源院がひっそりとしている理由が、やがてしみじみと分かってくるはずだ。


【ご案内】当ブログ「SEVEN HEARTS」では、京都の街もエンターテインメントの一環ととらえ、観光コースではなかなか味わえない価値を持つ京都のスポットを紹介しています。そしてそれは観光というよりも、その場所の持つ精神そのものと出会う旅としてご紹介。しかも毎回同じ切り口ではなく、テーマやアプローチするための方法を変えながら、京都の神髄に迫っています。まだ今回で第2回ですが、前回第1回は洛北に建つ「圓光寺」をご紹介し、大反響を得ました。禅宗の厳しいしきたりに守られながら、境内のどこを切り取っても絵になるデザイン性を誇り、紅葉の時期には、京都のどこよりも美しい紅葉の庭を見せてくれる屈指の端正さを持つ圓光寺をアートの観点からご紹介しました。これまでよりもペースを上げ、今後はシリーズ化して、1カ月に1回の割合で当ブログに掲載していきたいと考えています。観光情報ではないので、交通機関や所在地、拝観料、拝観時間などの細かいインフォメーションはいたしません。読まれた方がもし行きたいと思ってくださったら、ご自身でいろいろと調べて、ぜひたどり着いてください。

★【KYOTO・京都=ART】 圓光寺(2015)



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2015年11月28日

【KYOTO・京都=ART】 圓光寺(2015)

 京都にあまたのお寺はあるけれど、こんなに端正でなおかつたおやかな優しい表情を見せてくれるお寺はここをおいてない。京都・圓光寺(えんこうじ)。叡山電鉄の一乗寺駅を山手に少し登ったところにひっそりと立つその寺院は、そんなに広くないコンパクトな境内と小さな裏山の中に数多くの見どころを持つ磨き抜かれた宝石のようなたたずまい。どこをどう切り取っても絵になる風景と造園の配置。長い年月にわたって禅宗の厳しい精神に抱かれ、決して派手な主張をしていないのに、ひとつひとつは超一流のアート作品。その一級品が、さまざまなトーンの赤色にいろづいた葉と落ちた葉、それを支える苔の庭と木々の緑によって、この紅葉の時期にだけさらに美しい色彩の一大シンフォニーを奏でてくれるのだ。

★京都・圓光寺の十牛之庭(撮影・阪清和)
十牛之庭IMG_7144 (2)

【写真転載・無断使用禁止】

 圓光寺は、あの徳川家康が関ヶ原の戦いの勝利でポスト豊臣の実権を握った翌年の1601年に、国内の教育向上のため、下野足利学校の学頭だった三要元佶禅師を招いて京都・伏見に学校としての「圓光寺」を開いたのが始まり。その後京都最大の禅宗寺院で臨済宗相国寺派大本山である相国寺の管理地域内に移り、さらに1667年に現在の京都・一乗寺小谷町に移設された。

 学校には僧侶以外の入学も許されたため、幅広い教育が行われ、数多くの出版物を発行。これらは「伏見版」「圓光寺版」と呼ばれるほど普及した。当時使われていた木活字が日本最古の木活字として現存し展示されている。

 昔から一部の人たちに熱狂的に支持されていた圓光寺だが、近年ファンが急増しているのは、やはり紅葉時期にだれもが息をのむような絶景を見せてくれるからだ。特に寺の中心にある「十牛之庭」の美しさがあるからだ。
 ただ単に紅葉が見られるというだけではなく、赤や黄色に色づいた葉の絶妙なコンビネーション、そして庭に生える苔の緑色との対比、そして紅葉の細かい葉の間だから漏れてくる陽の光による微妙な変化。落葉した紅葉が苔に映えてまたまた美しい。
 こうした空間をただ切り取って眺めるだけでなく、庭が見える部屋のやや後方に下がって、縁側に敷いてある真っ赤な敷物と部屋の木枠などを入れ込んだ、やや引き目の構図が最高に美しいのだ。

 例年、11月18日から数日間、一般拝観が始まる前の午前7時30分から9時までの間を早朝特別拝観として開放していることでも分かるように、この時期が紅葉の最盛期なのだが、ご承知のように今年は秋に雨が多く、朝夕の冷え込みの回数が極端に少なすぎて、紅葉が進んでいなかった。上の写真は11月20日の早朝撮影だが、なんとか赤みが鑑賞に堪えるレベルまでたどり着いたとは言えるものの、もっと濃く、もっと深い赤を見せてくれるのが圓光寺の紅葉なのだから、満足できる状態ではない。最終的な段階になると、真っ赤な落葉で赤いじゅうたんのように庭に敷きつめられる様子(敷紅葉)も見ることが出来るのだが、今年は完全に赤くならないまま落ち葉になっているものもあり、やや色彩感が薄めだ。

★京都・圓光寺。苔と落紅葉の組み合わせの美しさといったらない。互いを引き立てる色彩感覚(撮影・阪清和)
苔紅葉寄りたてIMG_7046 (2)

【写真転載・無断使用禁止】

 十の牛とはなんぞやと誰もが思ってしまうが、これは牛を「悟り」に例え、その悟りに近づく段階を10の状態に分けて説明する禅宗によく見られる「十牛の図」がもとになっている。悟りに至るまでの過程をひとつの物語の中に描いていると考えても良いだろう。

★京都・圓光寺(撮影・阪清和)
紅葉じゅうたんと池IMG_7033 (2)

【写真転載・無断使用禁止】

 この十牛之庭は後方にある栖龍池(龍が棲む池、の意、せいりゅうち)と一体的に配置され、水と樹木、大地のハーモニーを形成している。洛北最古の泉池とされていて、昔の人々もここからの眺めを楽しんだと言う。いわゆる日本的な情緒のわびさびの世界観とは違い、西洋的な構図も感じさせ、現代人にも強くアピールする。下の写真は、紅葉になる前の初秋のころの撮影だが、緑が映えて美しい。現時点で関わっている庭師、作庭家、園芸関係者の苦労も大きく貢献しているだろうが、350年近い年月が当初から注入された美的センスをさらに磨いたのだろう。小さな橋、水面に映る緑、青空すべてが計算されているように思えてならない。水面に落ちた落葉とのコントラストは憎らしいばかりだ。

★京都・圓光寺(撮影・阪清和)
モネ池IMG_6782 (2)

【写真転載・無断使用禁止】

★京都・圓光寺(撮影・阪清和)
蓮と紅葉池模様たてIMG_7080 (2)

【写真転載・無断使用禁止】

 圓光寺は、すきがない。歴史が培ったものか、近代以降の現代的な視点が入った美的感覚が入っているのかどうかは判断できないが、境内のどこを切り取っても「絵」になるようになっている。
 たとえば、池の水面の上に伸びる木々の葉。この時期はいくつものトーンに色づいた紅葉と、緑を発散させている木とが織りなすハーモニーが何より美しい。
★京都・圓光寺(撮影・阪清和)
池紅葉IMG_7058 (2)

【写真転載・無断使用禁止】

 たとえば、配置上は敷地の裏側にあたる井戸をめぐる風景の完璧な色彩的コンビネーション。人々が普段目を止めない部分にまで完璧な美しさがある。
★京都・圓光寺(撮影・阪清和)
井戸紅葉裏景色IMG_7166 (2)

【写真転載・無断使用禁止】

 たとえば、赤い落葉が苔の大地に降り積もったために、まるで、苔のワインディングロードが出来ているような庭は、わたしたちに何かの道筋を示しているように思えてしまう。
★京都・圓光寺(撮影・阪清和)
苔ワインディングロードたてIMG_7083 (2)

【写真転載・無断使用禁止】

 そしてたとえば寺院名を刻んだ灯籠のたたずまいは周囲と溶け合った調和がある。
★京都・圓光寺(撮影・阪清和)
圓光寺灯籠IMG_7021 (2)

【写真転載・無断使用禁止】

 圓光寺には色だけではなく「音」もあふれている。
たとえば、十牛之庭の右隣で耳を澄ませば、水琴窟の、言葉で表現できない種類の心地よい音色が耳の奥底をさらさらと、こもこもと癒やしていく。
 しかも、この水琴窟はただ者ではない。手をすすぐための水をためる手水鉢は通常、自然石の上部に丸い穴を開けたものが一般的だが、圓光寺の水琴窟は大きな直径の盃型で、クールな印象。古くから「圓光寺型」と呼ばれて趣味人や茶人らに愛されてきたこともまた圓光寺の美的感覚の素晴らしさを物語るだろう。

★京都・圓光寺(撮影・阪清和)
水琴窟と紅葉IMG_7005 (2)

【写真転載・無断使用禁止】

 そしてたとえば、竹林を渡る風の音とまっすぐに伸びた竹のコントラスが奏でるさらさらとした葉音(普通ははおとといえば羽音だが…)。京都ではあちこちに見られる風景ではあるが、洛北の静寂の中では、なんとも潔く、そして厳しさも連れてくる。
★京都・圓光寺(撮影・阪清和)
竹林さらさらIMG_7049 (2)

【写真転載・無断使用禁止】

 今回はご紹介していないが、寺院の入り口にあたる山門もまた端正で美しい。色合いが多いわけではないのに、石畳の明るいグレーと瓦屋根のややくすんだにび色、両側にじっと立つ木々の緑などが織りなす静かでキレの良い風景は、境内の豊かな美しさへの予感を抱かせるに十分だ。
 山門からのアプローチにもぬかりはない。わずかな曲線を宿した道は両側を大きめの砂利で縁取られた直線と、道に埋め込まれたさまざまな大きさ、形の石が生み出す不規則なリズムによって、単なる道とは切って捨てられない魅力を醸し出しているのだ。

★京都・圓光寺。帰路、山門へのアプローチ(撮影・阪清和)
出口内側道IMG_7178 (2)

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 圓光寺には、十牛之庭だけでなく、「奔龍庭」と呼ばれる立派な庭園がある。山門からアプローチを登り、一段上の大地に出るとすぐに広がっている庭園だ。いわゆる枯山水の象徴である渦を巻く白砂を雲海に見立て、鋭い長方形の石を鋭角的に突き刺して暴れ狂う龍に見立てている。寺では平成の枯山水ととらえているようで、やはり現代的な感覚が見るものに強烈に印象づく。つまり現代アートとしてもとらえることのできるような先進性と芸術性が同居していて忘れがたい。
 そして、このことはとても重要で、しかもとても悲しいことなのだが、阪神大震災と東日本大震災(もちろん中越や日本海沖も能登もそのほかもすべてです)を経験した私たちにとっては、その石柱は悲しみの大地に突き刺されたがれきに見えるし、あるいは定期的に災害をもたらす大地の牙のようにも見えてしまう。それだけに美しさへの感動とともに、こみ上げてくる悲しみもまた真実のかけらである。

★京都・圓光寺(撮影・阪清和)
奔龍庭IMG_7173 (2)

【写真転載・無断使用禁止】

★京都・圓光寺(撮影・阪清和)
奔龍庭横からIMG_6774 (2)

【写真転載・無断使用禁止】

 しかしこの圓光寺。そんなに厳しい風景だけではないのだ。それは、何の案内もなく、何の広報もなく、まるでトラップのように寺内各所にしつらえられている「カワイイ!」のアイコンだ。
 たとえば、秋には紅葉で埋まってしまう庭の中には、木魚を枕に昼寝している幼い坊様の姿が。そして寺内には、バンビのような若鹿が小首を持ち上げ、わたしたちに何事かを訴えている置物も。

★京都・圓光寺(撮影・阪清和)
木魚居眠りIMG_6775 (2)

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★京都・圓光寺(撮影・阪清和)
子鹿置物IMG_7163 (2)

【写真転載・無断使用禁止】

 この寺の裏山には、開祖である徳川家康の「歯」を祀った「東照宮」(もちろん日光が本体です)があるし、大河ドラマ「花の生涯」などで知られる村山たか女の墓や、マレーシアから日本への留学生で原爆の投下によって被爆したオマールさんの墓がある。

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<01> Endless SHOCK 2014(21907)
<02> 太陽2068(9402)
<03> Endless SHOCK 2013(8821)
<04> なにわ侍 ハローTOKYO!!(8399)
<05> 直木賞芥川賞2013前期候補作決まる(5734)
<06> ソング・ライターズ(4968)
<07> 第37回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞にリリー・フランキー(4586)
<08> MIWA(3890)
<09> 「そして父になる」に世界から熱視線(3590)
<10> 「カッコーの巣の上で」舞台版が小栗旬主演で開幕(3316)
<11> 抜目のない未亡人(2862)
<12> マーガレット(2641)
<13> PLAYZONE → IN NISSAY(2550)
<14> 高校中パニック!小激突!!(2213)
<15> ストリッパー物語(2132)
<16> ダディ・ロング・レッグス=2014(2059)
<17> 刑事ドラマの殉職特集を放送(2049)
<18> 殺風景(1952)
<19> 今ひとたびの修羅(1818)
<20> ムサシ ロンドン・NYバージョン(1791)
<21> ムサシ ロンドン・NYバージョン=2014(1791)
<22> 「レ・ミゼラブル」と「アルゴ」にGグローブ賞(1760)
<23> かもめ(1725)
<24> 頭痛肩こり樋口一葉(1693)
<25> レディ・ベス(1665)
<26> イン・ザ・ハイツ(1637)
<27> 私が黄金を追う理由(1593)
<28> ジャック再び降臨「24」最新シリーズ放送開始(1592)
<29> 木の上の軍隊(1522)
<30> 国民の映画(1517)
<31> 2013前期芥川賞に藤野可織、直木賞に桜木紫乃(1315)
<32> ショーシャンクの空に(1280)
<33> ジャニーズ2020ワールド(1228)
<34> A.B.C座2013 ジャニーズ伝説(1178)
<35> サ・ビ・タ〜雨が運んだ愛〜=2014(1116)
<36> DREAM BOYS JET(1113)
<37> 「愛の渦」映画化(1087)
<38> 「ピトレスク」の稽古場公開(1085)
<39> 「レディ・ベス」世界初演ついに幕開け(1065)
<40> BACK STAGE(1047)
<41> 金閣寺(1028)
<42> シスター・アクト(990)
<43> レ・ミゼラブル(958)
<44> THE BIG FELLAH(953)
<45> 「天才執事ジーヴス」でウエンツと里見が名コンビに(952)
<46> 半沢直樹(923)
<47> もらとりあむタマ子(918)
<48> ザ・ワーズ 盗まれた人生(875)
<49> Holidays 休暇(862)
<50> ロスト・イン・ヨンカーズ(816)
<51> ミュージカルベストテンの選考投票に参加(804)
<52> ロンサム・ウエスト(787)
<53> 花嫁と父つなぐピアノ、盛岡のCMが話題(785)
<54> クリプトグラム(779)
<55> うかうか三十、ちょろちょろ四十(761)
<56> 奇跡の7人「THE BIG FELLAH」に集う(755)
<57> シレンシオ(695)
<58> アルトナの幽閉者(652)
<59> 筧利夫が世界最新演出版の初回を無事完遂(637)
<60> ネクスト・トゥ・ノーマル(635)
<61> ザ・ビューティフル・ゲーム(624)
<62> 私のダーリン(618)
<63> LOVE CHASE !!(599)
<64> SHOCK1000回達成(591)
<65> つか版・忠臣蔵〜大願成就討ち入り篇〜(589)
<66> 第86回日本アカデミー賞主演女優賞に真木よう子(575)
<67> 天翔ける風に(574)
<68> 愛の渦(572)
<69> 恋と音楽(569)
<70> モンテ・クリスト伯(551)
<71> ストロベリーナイト(549)
<72> 半沢直樹 その2(530)
<73> 第86回日本アカデミー賞主演男優賞に松田龍平(520)
<74> ベネチア金獅子賞に「サクロ・グラ」(513)
<75> 第86回日本アカデミー賞助演女優に真木よう子(498)
<76> 韓国版「家政婦のミタ」はチェ・ジウ主演(494)
<77> 米経済紙が半沢直樹特集、英語で倍返しは?(493)
<78> 第150回芥川賞直木賞候補作決まる(492)
<79> ライクドロシー(477)
<79> エニシング・ゴーズ(477)
<81> 太鼓たたいて笛ふいて(475)
<82> マイ・フェア・レディ(465)
<83> 屋根の上のヴァィオリン弾き(458)
<84> 秋のソナタ(450)
<85> ABC座2014ジャニーズ伝説(439)
<86> 「ミス・サイゴン」世界最新演出版の稽古場公開(437)
<86> 「ミス・サイゴン」世界最新演出版の稽古場公開(437)
<88> 渇いた太陽(436)
<89> 雨と夢のあとに(435)
<90> マンマ・ミーア!(429)
<91> 晩餐(426)
<91> マイケル・ジャクソンの新曲8曲入り新譜発売へ(426)
<93> 声(423)
<94> Tribes(417)
<95> ジェニファー・ローレンスがショートヘアーに(408)
<96> Paco〜パコと魔法の絵本〜from『ガマ王子vsザリガニ魔人』(403)
<97> 名もない祝福として(396)
<98> テンペストを白井晃演出で(395)
<99> ジャニーズ・ワールド(390)
<100> 半沢直樹 その3(383)
<101> 「シェルブールの雨傘」5年ぶり再演へ(378)
<102> 音のいない世界で(375)
<103> テイク・ディス・ワルツ(369)
<104> 組曲虐殺(364)
<104> 春琴(364)
<106> 「レ・ミゼラブル」は6/21発売(361)
<106> 「国民の映画」再演決定(361)
<108> ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日(348)
<109> レ・ミゼラブル新演出版(347)
<110> 関数ドミノ(346)
<111> NO MORE 映画泥棒新バージョン(342)
<112> ピアフ(339)
<113> 海辺のカフカ◆archive◆(338)
<114> 007ファッション南青山で公開(334)
<114> 北島三郎、座長公演も最後と表明「引退ではない。歌い続ける」(334)
<116> 野田秀樹の「MIWA」に豪華俳優が集結(331)
<117> ロンドンでマティスの切り紙絵展始まる(330)
<118> ハリウッド白熱教室(322)
<119> リトルマーメイド(320)
<120> ぴんとこな(316)
<121> トガニ 幼き瞳の告発(313)
<122> カンヌバルムドールに「アデルの人生」(309)
<123> 脳男(305)
<124> トニー賞は「キンキーブーツ」(301)
<125> 赤鬼(299)
<126> BRAVE HEARTS 海猿(293)
<127> 「レディ・ベス」開幕前にトークイベント(291)
<128> 「オペラ座の怪人」完結編ついに日本初演へ(290)
<129> 第86回日本アカデミー賞作品賞に「舟を編む」(286)
<130> 取材・執筆した「殺風景」PR記事が掲載されました(281)
<131> ナタリー・ウッド事故死ではない可能性(278)
<131> 第86回日本アカデミー賞監督賞に石井裕也(278)
<133> 「海辺のカフカ」再演決定(277)
<134> 真夏の方程式(273)
<135> ハーベスト(269)
<135> 第21回読売演劇大賞は森新太郎(269)
<137> 4 four(268)
<137> 日の浦姫物語(268)
<139> iSAMU(258)
<140> ウルトラマリンブルー・クリスマス(254)
<140> 「風立ちぬ」公式上映で瀧本美織が存在感を発揮(254)
<142> トニー賞2014Ms作品賞(251)
<142> 進化するミス・サイゴン7月から世界最新演出で日本公演(251)
<144> ワイルド・スピード EURO MISSION(249)
<145> 半沢直樹第2回は21.8%で大台乗り(245)
<146> 小さいおうち(244)
<147> てんぷくトリオのコント(243)
<148> 「スクルージ」開幕、市村正親が意欲(242)
<149> 第67回カンヌ国際映画祭が開幕、長澤まさみも登場(241)
<150> アジア温泉(230)
<151> スター・トレック イントゥ・ダークネス(229)
<152> 「シスター・アクト」に個性派ずらり(226)
<152> 河瀬直美「2つ目の窓」公式上映で12分の鳴り止まぬ拍手(226)
<154> 片鱗(225)
<155> ジョン万次郎の夢(223)
<156> 白い夜の宴(221)
<157> 台湾の超美形ボーカルバンド人気、日本に到達(216)
<157> 野田秀樹の「赤鬼」気鋭の演出家・俳優で上演中(216)
<159> ウィズ〜オズの魔法使い〜(215)
<160> ビトレスクキャスト陣一体感強調(214)
<160> 戦隊ヒロイン「女子ーズ」にときめく5女優集結(214)
<162> GODZILLA ゴジラ(212)
<163> 第151回芥川賞直木賞候補作決まる(211)
<164> マクベス(207)
<164> ムーミン生んだトーベ・ヤンソン生誕100周年迎える(207)
<166> サウンド・オブ・ミュージック(205)
<167> テレ東が「不明者」を大捜索中(202)
<167> 「エッグ」再演決定、初の海外パリ公演も実現(202)
<169> 舟を編む(201)
<170> 蝋燭の灯、太陽の光(199)
<170> アナ雪の「スリラー」ダンス映像が大反響(199)
<172> 満天の桜(196)
<172> レッド・ツェッペリンがリマスター版収録の未発表曲2曲公開(196)
<174> ジェーン・エア=映画(193)
<175> さいあい シェイクスピア・レシピ(188)
<175> トニー賞2014Ms助女賞(188)
<177> ダディ・ロング・レッグス追加公演決定(181)
<178> 図書館戦争(180)
<179> KREVAの音楽劇再演、各界から逸材結集(179)
<180> ザ・フルーツ(178)
<181> 八月の鯨(176)
<182> 魔女の宅急便(173)
<182> 「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」ミュージカル日本初演へ(173)
<184> G・グローブ賞録画放送(172)
<184> 100回泣くこと(172)
<186> プラチナデータ(170)
<187> テルマエ・ロマエ供168)
<187> 第86回アカデミー賞のノミネート作決まる(168)
<189> オブリビオン(167)
<189> キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン(167)
<191> あなたがここにいればよかったのに(166)
<192> ジェーン・エア=舞台(162)
<192> さよならドビュッシー(162)
<194> 華麗なるギャツビー(161)
<194> 藁の楯(161)
<194> ポール・ウォーカー急逝の波紋広がる(161)
<197> 異国の丘(160)
<197> 8月31日〜夏休み最後の日〜(160)
<197> 追悼 大瀧詠一(160)
<197> 安室奈美恵の洗練されたマッシュアップ映像が話題(160)
<201> ホロヴィッツとの対話(159)
<201> ヒトミ(159)
<203> 半沢直樹第6回も29.0%と好調維持(158)
<203> 初音ミクオペラにパリが熱狂(158)
<203> 中古LPからマービン・ゲイのパスポート発見(158)
<206> エッグ(156)
<206> 「ショーシャンクの空に」舞台化決定(156)
<208> J・K・ローリングの新作に34歳のハリー・ポッター登場(155)
<209> サビタ稽古場イベント(154)
<210> 風立ちぬ(151)
<210> 村上春樹、2013年のノーベル文学賞逃す(151)
<210> 追悼 やしきたかじん(151)
<213> 半沢直樹第5回は29.0%と続伸(150)
<214> The Library of Life まとめ*図書館的人生(上)(146)
<215> さよなら渓谷(145)
<215> WILCO(145)
<217> 新国立劇場2014-15ラインナップ発表(144)
<217> 「メリー・ポピンズ」の裏側描く映画初上映(144)
<219> トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーンpart2(143)
<220> 半沢直樹最終回は42.2%とミタ超え、関西は歴代最高(142)
<221> ダチョウ課長の幸福とサバイバル(141)
<222> ベネチア女優賞(140)
<223> 中学生円山(139)
<224> 大事なはなし(138)
<224> 「I'll be back」で大論争(138)
<224> 宮本亜門がドンペリPartyのショー演出(138)
<227> ナミヤ雑貨店の奇蹟(137)
<227> ケイティ・ペリーが着物パフォーマンス(137)
<227> 県庁おもてなし課(137)
<230> カンヌ審査員にキッドマンと河瀬直美ら(135)
<231> 任侠ヘルパー(134)
<231> レディー・ガガ、涙の訳はマネージャーとの決別?(134)
<231> 鬼才ラース・フォン・トリアーの最新作は超過激 !(134)
<234> 客家(133)
<234> その夜の侍(133)
<236> トニー賞2014Ms主女賞(131)
<237> 半沢直樹第3回は22.9%で今年ドラマトップ(130)
<237> DREAM BOYS(130)
<237> 米ゴールデン・グローブ賞ノミネート作決まる(130)
<240> 第39回菊田一夫演劇大賞にレミゼのキャスト&スタッフ(129)
<240> 海峡の光(129)
<242> 悪霊(128)
<243> シェイクスピア生誕450年記念上演始動、ハムレットは北朝鮮にも巡演へ(126)
<244> トニー賞2014MsRV作品賞(125)
<245> ミス・サイゴン(124)
<246> ザ・スーツ(123)
<246> フィリップ・シーモア・ホフマンが急死(123)
<246> 陽だまりの彼女(123)
<246> 共喰い(123)
<246> 「ドラえもん」英語吹き替え版は日米文化研究に興味深いヒント数々(123)
<251> 半沢直樹第4回は27.6%に急伸(122)
<251> ベルリン金熊賞(122)
<251> ミス・サイゴン=2014(122)
<251> 南京錠の橋ポン・デザール一部崩壊(122)
<255> 思い出を売る男(121)
<256> ダディ・ロング・レッグス(120)
<257> ずっと二人で歩いてきた(119)
<257> 横道世之介(119)
<259> 新・幕末純情伝(118)
<260> カウラの班長日記sideA(117)
<261> 無明長夜(116)
<261> ガラパコスパコス(116)
<263> 第86回米アカデミー作品賞に「それでも夜は明ける」(115)
<264> 半沢直樹に幻のラストシーン、DVD&Blu-rayに収録へ(114)
<264> 虚像の礎(114)
<264> 渡辺謙が「王様と私」でブロードウェイデビューへ(114)
<267> 大奥〜永遠〜【右衛門佐・綱吉篇】(112)
<268> 半沢直樹第9回は35.9%とさらに上昇(111)
<268> 地獄でなぜ悪い(111)
<268> トニー賞2014Ms助男賞(111)
<268> ピンク・フロイド10月の20年ぶりのアルバム発売を正式発表(111)
<272> ハムレット(109)
<272> ロックアウト(109)
<274> アカデミー助演女優賞はアン・ハサウェイ(108)
<274> 闇金ウシジマくん(108)
<274> 授業(108)
<274> 東京国際映画祭サクラグランプリは「ウィ・アー・ザ・ベスト!」(108)
<278> トニー賞2014PRV作品賞(107)
<278> トニー賞2014Ms主男賞(107)
<278> リチャード3世の墓と断定(107)
<378> 鍵泥棒のメソッド=舞台版(107)
<282> 半沢直樹第7回は30.0%と壁突破(105)
<282> ソチの脱出ヒーローまたも閉じ込め(105)
<282> 東京タワーはGW特別ライトアップ中(105)
<285> サ・ビ・タ日本版来春再演決定(104)
<285> 米アカデミー賞最注目は9歳の少女(104)
<285> 日本舞台美術家協会が7年ぶり展覧会開催(104)
<288> エンロン◆archive◆(103)
<288> つやのよる ある愛に関わった、女たちの物語(103)
<288> そして父になる(103)
<291> みなさん、さようなら(101)
<292> レミゼ衣装を東京3都市で展示(100)
<293> アルゴ検証番組日本初放送(99)
<294> 「荒野の七人」新吹き替え版放送(97)
<294> 五輪色の東京タワーを月も見に来た?(97)
<296> キングコングの巨大ロボ公開(96)
<296> 手のひらの砂漠(96)
<296> 第151回芥川賞は柴崎氏、直木賞は黒川氏(96)
<299> 釣りバカ全作品をWOWOWが一挙放送へ(95)
<299> アナと雪の女王(95)
<301> ラ・マンチャの男(94)
<302> ジャニス・ジョプリンがハリウッドの殿堂入り(93)
<302> 初めてなのに知っていた(93)
<304> るろうに剣心(92)
<304> THEMANZAI2013優勝はウーマンラッシュアワー(92)
<304> トニー賞2014P主男賞(92)
<304> ピンク・フロイドが10月に20年ぶりのアルバム発売か(92)
<308> ベネチア最終盤情勢(91)
<308> 獣の柱まとめ*図書館的人生<下巻>(91)
<308> 第86回米アカデミー賞総まくり(91)
<308> SONG&DANCE60感謝の花束(91)
<312> 夢売るふたり(90)
<312> アカデミー主演女優賞はジェニファー・ローレンス(90)
<312> 建てましにつぐ建てましポルカ(90)
<312> 半沢直樹DVD&Blu-ray発売は12/26(90)
<312> 赤塚不二夫のココロ展〜2015年は生誕80周年なのだ!〜(90)
<312> 地下室の手記(90)
<312> 昭和レストレイション(90)
<312> チェ・ジウとクォン・サンウ、11年ぶり共演ドラマ「誘惑」スタート(90)
<320> 撫で撫で(89)
<321> 僕等がいた(89)
<322> 集金旅行(88)
<323> リトルマエストラ(88)
<323> ワイルド・スピード第7作の製作休止へ(88)
<323> ベルリン女優賞に黒木華(88)
<323> カンヌ女優賞はジュリアン・ムーア(88)
<323> 東京タワーがサムライブルーに(88)
<323> ワイルド・スピード第7作撮影再開、急死のポール部分は実弟2人で補充(88)
<329> 日本記者クラブ個人D会員になりました(87)
<329> インポッシブル(87)
<331> 鍵泥棒のメソッド=映画版(86)
<331> ルビー・スパークス(86)
<333> トニー賞2014P作品賞(85)
<334> 其礼成心中(84)
<334> キャロリング(84)
<336> ヘルタースケルター(83)
<336> 魔女とたまごとお月様(83)
<337> 第20回全米映画俳優組合賞はアメリカン・ハッスル(81)
<338> 「スター・ウォーズ」6作を一挙放送へ(80)
<339> カンヌグランプリにコーエン兄弟(79)
<339> 日本アカデミー賞作品賞は桐島、(79)
<339> メモリーズ・コーナー(79)
<339> 凶悪(79)
<339> 自動改札やスマホで光るネイル発売へ(79)
<344> 半沢直樹第8回は32.9%とさらに上積み(77)
<344> 第67回カンヌ国際映画祭まもなく開幕(77)
<346> 来訪者(76)
<346> AKB48総選挙2014渡辺麻友が初の1位指原は2位に陥落柏木3位(76)
<348> カンヌ監督賞にアマト・エスカランテ(74)
<348> ジーザス・クライスト=スーパースター ジャポネスク・バージョン(74)
<348> ベネチア銀獅子賞(74)
<348> 未成年モデル保護法案が米上下院通過(74)
<348> ツナグ(74)
<348> 最も稼いだ女優はアンジョリーナ・ジョリー(74)
<348> 東京震度5弱、都心は無事です(74)
<348> ユーミンの音楽×演劇コラボ、第2弾は比嘉愛未とW主演(74)
<356> ヴィンセント・ギャロが日本映画に出演(73)
<356> 暗いところからやってくる(73)
<358> カンヌ男優賞にブルース・ティーン(72)
<358> 世界の名刑事が大集結(72)
<358> 新しい靴を買わなくちゃ(72)
<358> キャプテン・フィリップス(72)
<358> 三鷹で昭和の名優作品続々上映(72)
<363> スター・ウォーズ最新作にハン、ルーク、レイアの3俳優出演決定(71)
<364> 最強のふたり(70)
<364> 大島優子が紅白でAKB48卒業宣言(70)
<364> 傷心のミック、復活待つ世界(70)
<364> 錬金術師(70)
<364> 当ブログのFBページいいね2000件達成(70)
<369> プロメテウス(69)
<370> スターウォーズ新シリーズ公開は再来年12/18(68)
<370> ポール・ウォーカーが事故死(68)
<370> トニー賞2014P主女賞(68)
<373> トム・ハンクスの陪審員まさかの強制終了(67)
<373> 踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望(67)
<375> ロバート・プラントがツェッペリン再結成を完全否定(66)
<375> 無欲の人(66)
<375> 宇宙兄弟(66)
<378> アカデミー作品賞はアルゴ(65)
<378> ライフスタイル体操第一(65)
<380> ワタシんち、通過。のち、ダイジェスト。(64)
<380> 「風と共に去りぬ」の続編について作者が手紙で返答していた(64)
<382> 臨場 劇場版(63)
<382> カンヌ最終盤情勢(63)
<382> ウィリアム・シェイクスピア(63)
<382> 多彩に変化する東京の空(63)
<382> マイティ・ソー、10月から性別を変更へ(63)
<387> ジェーン・エアその2(62)
<387> ヤバレー、虫の息だぜ(62)
<387> 東京家族(62)
<387> ポール・マッカートニー5月に再来日屋外ライブ(62)
<387> 三鷹市芸術文化センター星のホール(62)
<392> アカデミー主演男優にマシュー・マコノヒー(61)
<392> ブルージャスミン(61)
<392> 「アメリカントップ40」の名DJケーシー・ケイサムが死去(61)
<395> モンスターズクラブ(60)
<395> ダークナイト・ライジング(60)
<395> カンヌ女優賞にベレニス・ベジョ(60)
<398> バイトショウ(59)
<398> サ・ビ・タ〜雨が運んだ愛〜(59)
<400> アウトレイジビヨンド(58)
<400> タランティーノ脚本流出に怒り次回作中止?(58)
<400> 第150回直木賞に朝井と姫野、芥川賞に小山田(58)
<400> トニー賞2014P助男賞(58)
<404> 黄金を抱いて翔べ(57)
<404> ベネチア審査員大賞(57)
<404> ロンドンの劇場で天井崩落(57)
<404> マン・オブ・スティール(57)
<404> カンヌ2014審査委員長はジェーン・カンピオン監督(57)
<404> ハリソン・フォード宇宙に帰還(57)
<409> 潜水艇ボンドカー、8600万円で落札(56)
<409> ストーンズが豪NZツアー無期限延期(56)
<411> ザ・マスター(55)
<411> 世界にひとつのプレイブック(55)
<411> 「B・ジョーンズの日記」最新小説は恋するシングル・マザー(55)
<411> 学士会館(55)
<411> ビートルズの公式ドキュメンタリーを44年ぶりに制作へ(55)
<416> Gグローブ賞作品賞(54)
<417> のぼうの城(53)
<417> 芸劇リニューアル(53)
<417> セックス・ピストルズの心暖まるX'mas映像放送へ(53)
<420> モンティ・パイソン再結成へ(52)
<420> 三人姉妹(52)
<420> I’M FLASH !(52)
<420> カルティエのX'masアニメ公開(52)
<424> グッモーエビアン!(51)
<424> 日本レコード大賞はEXILE(51)
<424> アカデミー主演女優賞にケイト・ブランシェット(51)
<427> リンカーン(50)
<427> Gグローブ主演女優賞(50)
<427> プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ(50)
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