2017年07月08日

心の傷

6c0532e9.jpg心の傷は長い年月をかけても、癒えることはないのかもしれません。

おじいさんのお支度を整えに伺いました。
お孫さん達に囲まれて、明るい会話の中でおじいさんの着替えをしていきます。お髭を剃り、お顔の色を血色良く見えるようにお化粧を施し、お口を整えていきます。
私の作業を見守りながら、おじいさんの思い出話に花が咲きます。
一人のお孫さんがおっしゃいました。
「おじいちゃんね、いつも『俺は地獄に行く』って言ってたんだよ。どうして?
おじいちゃん、何も悪い事してないじゃん。どうして地獄に行かなければいけないの?」
そうおじいさんに尋ねても、『俺は地獄に行く。』と言う言葉を繰り返すだけでした。
「戦時中の事が心にひっかかってるんですかね?」
私が呟くと、お孫さんがおじいさんから聞いた戦時中の話を聞かせてくれました。
空襲が襲ってきました。火の海の中、皆、夢中で逃げました。その中で、おじいさんは、皆と反対側に走って逃げました。ゴロゴロと転がっている死体の上を踏みつけて、必死で逃げました。おじいさんの命は助かりました。でも、反対に逃げた人達は皆、死んでしまったそうです。
その話は、何度もお孫さんに話して聞かせたそうです。
自分だけ助かってしまった自責の念と、無念の死を遂げた人達を踏みつけて逃げた自分の行動に苦しんでいたのかもしれません。
口には出さないけれど、ずっとずっと長い間、おじいさんは、その時の自分の行動に苦しんできたのかもしれません。
そして、地獄に行く覚悟で死を迎えたのかもしれません。

戦争とは、そういうものなのです。
何の罪もない多くの人々の命を奪い、生き残った人達の心に大きな傷を残すのです。その心の傷は、長い年月をかけても癒えることはなく、背負った傷を癒すために地獄に行く覚悟を決めているのです。
心に傷を負った年代の人達が、徐々に寿命を迎えています。
今一度、戦争を知らない私達も、先人が負った心の傷に目を向けてみることも大切ではないでしょうか。


angel0425 at 17:02コメント(3)悲しみ 

2017年06月21日

納棺師

66b51deb.jpg古い立派なお屋敷には90歳を超えるおじいさんと80代のお婆さんが住んでいました。
昔の古いお風呂では、老人には出入りが大変だという事でお風呂場をリフォームしました。リフォームの済んだ新しいお風呂に入った初日の夜、おばあさんは新品の浴槽の中で眠るようにお亡くなりになりました。
おばあさんがお風呂に入った後、おじいさんは床に就きました。
夜中にトイレに起きると、お風呂場の電気が灯っていたので不審に思い、中を覘くと、おばあさんが浴槽にもたれかかって湯船の中で眠っていました。
何度も声を掛けましたが、返事はなかったそうです。

私がお宅へ伺うと、おじいさんがおぼつかない足元でゆっくりと歩いてこられました。
おばあさんは、死後、温かいお湯の中に浸かっていたため、すでに腐敗が始まっていました。その証拠に、鼻や口から泡が噴出しています。それは内臓の腐敗が始まり、体内でガスが湧いている状態なのです。
鼻や口に綿花を詰め、泡を止めます。
ご家族が用意してくださったピンクの着物をお着せして、所々紫色に変色したお顔にお化粧を施します。
髪型をセットして、お棺に納めさせて頂きます。
おじいさんは、その様子を私の後ろからご覧になりながら、おばあさんが亡くなった時の様子を親族の方々に説明しています。
90歳を超えているとはいえ、話の内容はとてもしっかりしたものでした。
「わしがもう少し早く見つけてたら、こんな事にはならなかったろうに。本当に申し訳ないことをした・・・」
何度も同じ言葉をつぶやき、ご自分を責めていました。
突然の死は、時に残された者に責任を感じさせてしまうのかもしれません。
あの時、ああしなければ良かった・・・
あの時、こうしていれば良かった・・・

亡くなった方を、少しでもきれいな姿にして差し上げることで、残された者の心の呵責を軽くしてあげられたら。
亡くなった方を、少しでも穏やかなお顔にして差し上げることで、残された者が穏やかに死を受け入れられるようにしてあげたい。
私たち納棺師は、そのために存在するのかもしれません。


angel0425 at 10:29コメント(0)トラックバック(0) 

2017年04月03日

悲しい笑顔

5eee399c.jpgホールの控室で、37歳の可愛らしい奥様はピンクの帽子をかぶり、穏やかなお顔で眠っていました。帽子の下は、抗癌剤治療の為、髪の毛が抜け落ちてしまっていました。
お部屋にはご主人と娘さん、そしてお姑さんがいらっしゃいました。
ご挨拶の後で、ご要望や着せて欲しい物をお伺いします。
いつも着ていたお洋服を出してきて、白い経帷子とどちらを着せようか迷っています。
まだお若くて、経帷子が似合うようなお歳ではありません。
お洋服を着せて差し上げることになり、髪の毛はどうするか伺うと、ウィッグをかぶせてあげたいとのことでした。
私がお姑さんと着替えをしている間に、ウィッグを取りに帰るそうです。
娘さんとご主人は慌てて控室を出て行かれました。

お姑さんと私は、奥様のお身体を拭き、一緒にお着替えをして差し上げます。
彼女は白血病を病み、もうすぐ完治するはずだったそうです。退院の目途も立ち、娘さんの卒業式には出たいと喜んでいた矢先の出来事でした。
突然の脳内出血で眠っている間に、息を引き取りました。
病室で眠っている間に・・・
着替えもお化粧も終わった頃に、ご主人が戻ってきました。
その手にはウィッグとお気に入りだったカーディガンと手にして。
ウィッグをかぶせると、彼女は更に可愛らしくなりました。
ご主人は支度の整った奥様を前に、子供のようにはしゃいでいます。
途中で来られた息子さんや娘さんに奥様の自慢をして、一緒に写真と撮ろうと誘います。
嫌がるお子さん達と一緒に奥様のお顔に頬を寄せ、家族写真を写しています。
その手はピースをして、笑顔で自撮りをしています。
心が痛くなりました。
笑顔で送り出すと決めたご主人は、無理に明るく振る舞い、悲しい笑顔を作り、お子さん達を巻き込もうとしています。
心は泣いているに違いありません。
心は悲しみで張り裂けそうに違いありません。
心は悔しさでいっぱいに違いありません。
それでも、ご家族の心が重くならないように、子供達が涙を流さない様に、一生懸命に笑顔を作るご主人に、皆が救われています。
きっと、ご主人は最期まで笑顔で奥様を天国へと送り出すのでしょう。
心の中で、大粒の涙を流しながら、悲しい笑顔を作って。
それが、ご主人の精一杯の優しさと愛情なのでしょう。
愛する家族と奥様のための。


angel0425 at 09:47コメント(0)トラックバック(0)悲しみ 

2017年02月28日

痴呆のお父さん

576e18c8.jpg娘さんと痴呆症のお父さんとの生活は壮絶なものでした。
部屋の扉には全て鍵を付け、いつも沢山の鍵を持ち歩いていたそうです。
お父さんは徘徊を繰り返し、怪我をして発見されたこともありました。
勝手にお風呂場に行き、脱衣所に向けてシャワーを流し、廊下中を水浸しにしたこともありました。
痴呆の影響で暴力的になり、娘さんがぐったりするまで殴り続けたこともありました。

お父さんのお身体を拭きながら、娘さんが涙をすすりながらお話をして下さいました。
出来るだけ家で面倒をみたかった、そう思っていたそうですが、暴力がひどくなり、身の危険を感じた娘さんは、仕方なくデイサービスの力を借りることにしたそうです。
そんなお父さんも、ある時から急に穏やかになりました。
「ありがとう。」
その言葉をよく発するようになり、暴力を振るうこともなくなりました。
足を骨折して足が不自由になり、徘徊もなくなりました。
相変わらず、痴呆は進んでいましたが、すっかり人が変わったように穏やかになったことをお友達に話したそうです。
「もう、先は長くないね。そうなると、死が近づいているよ。」
そう言われたそうです。
それから一年後、お父さんは亡くなりました。
血色良く顔色と整え、お写真を見ながら口元や髪型を整え、支度が整うと
「お父さん、デイサービスに行けるね。」
大粒の涙を流しながら、真っ赤な目をして娘さんがおっしゃいました。

人は、良い思い出だけを残して消えていくのでしょうか。
どんなに壮絶な日々があったとしても、最後のお父さんとの生活が穏やかな日々であったら、最後のお父さんの言葉が「ありがとう」であったら、全てが帳消しになります。
娘さんの心に残るお父さんは、「ありがとう」とよく呟く優しいお父さんです。

人は亡くなるとき、仏様に近づくのかもしれません。


angel0425 at 11:33コメント(0)トラックバック(0)癒し 

2017年01月25日

運命

886073d3.jpg「人の命ってはかないものね・・・」
真っ赤な目に涙を浮かべてお嫁さんがおっしゃいました。

自宅の前には血痕が残っていました。おばあさんは自宅の前で車に跳ねられたのです。
お顔は傷だらけで、鼻骨は折れ、所々、針金のような糸で縫ってありました。
頭は手術のため髪を剃られ、一部頭蓋骨がありません。
本当に痛々しいお姿です。
布団をめくると、点滴痕からの出血で布団が真っ赤に染まっていました。
血液で汚れたお身体を拭き、布団を敷き替え、ご家族と一緒にお身体を拭いて差し上げます。ご家族は、泣きながら身体を拭き、全身を写真に残していました。
「辛いけど、全てを残しておきたいの。」
そうおっしゃって、紫に腫れあがった右足を、折れてしまった骨盤を、神経痛で痛がっていた左足を・・・全身をお写真に残していました。
白い経帷子にお着替えをして、お顔をなるべく痛々しくない様にお化粧を施します。
擦り傷や打ち身はファンデーションで目立たなく、針金のような糸は出来るだけ短く切って、その上からワックスで皮膚を作ります。
欠けてしまった唇は綿花とテープで唇を作り、お口を閉じて差し上げます。
髪の毛を剃られてしまった頭は黒い三角巾で巻き、部分かつらで前髪だけ作って差し上げました。
元通りのおばあちゃんには程遠いかもしれません。それでもご家族は
「きれいになった。これなら皆に見てもらえるよ。」
そうおっしゃって下さいました。

緩いカーブを抜けた先に自宅があります。カーブを抜けると朝陽がとても眩しくて目がくらむそうです。朝陽が一番眩しい時間に、いつもはゴミ捨てになど行かないおばあちゃんが、その日に限ってゴミを捨てに自宅から出ました。
偶然が重なり事故が起きるのかもしれません。
『運命だった』そんな一言で納得出来ることではありませんが、人の『死』は運命で決まっているのかもしれません。
運命で決められたその瞬間にいつもと違う行動をとってしまったり、悪い偶然が重なるのかもしれません。


angel0425 at 10:30コメント(2)トラックバック(0)悲しみ 

2016年12月05日

自殺

4cdbcc18.jpg人は何故、自ら命を絶つのでしょう。
人が悩みや苦しみから解放されるのは、「死」しかないのでしょうか。

23歳の若者が自ら命を絶ちました。
眼球は窪み、瞼との間に隙間が出来、そこから白目を覗かせています。
唇は乾燥して、カリカリに固まり、真っ黒に変色しています。
その姿は、死後数日経っていることを物語っていました。
お立合いになるのは、ご両親とお兄さんだけです。ご家族だけでひっそりとお支度を整えました。
ドライアイスで凍ったお身体を、ご家族が無言で拭いて下さいます。
重苦しい空気の中で、お母さんの電話が何度も鳴ります。その度に、お母さんは泣きながら事情を説明しています。
お父さんは、言葉を発することなく、黙々とお身体を拭いて下さいます。
23歳という若さでは、似合うはずのない経帷子を着せて差し上げます。
顔色を血色良く整えて、窪んだ眼球と瞼との間に綿花を入れ、しっかりと目を閉じます。お口にほんの少しの含み綿をして、微笑んだような口もとを作ります。真っ黒に変色した唇は、ファンデーションと口紅を重ね塗りしながら、自然な色に整えていきます。そして、お支度が整いました。
すると、今まで寡黙だったお父さんが、口を開きました。
「悩んでいるなら・・・もっと電話をすれば良かった。もっと、もっと電話をすれば良かった・・・」
絞り出すように言葉を発しました。
ご両親は、今日、福島の田舎から出てきました。
若者は仕事の為に、愛知に来て、会社の寮に住んでいたそうです。
そして、最後の場所に選んだのも会社の寮の一室でした。
「お盆に帰って来た時は、普通だったんだよ。悩んでいるなんて見えなかったんだよ。悩んでるなら、帰って来たら良かったのに・・・」
お母さんが泣きながらおっしゃいました。
「死」という最悪の結果を迎えてしまった若者とご両親。
後悔ばかりが募ることに違いありません。

人は、何故自ら命を絶つのでしょう。
命を絶てば、悩みや苦しみから解放されるのでしょうか。

いいえ。悩みや悲しみを、残された家族に背負わせるだけの事なのです。


angel0425 at 10:23コメント(0)トラックバック(0)悲しみ 

2016年11月01日

厄介者

fad7d6f7.jpgホールの控室に着きました。お部屋には誰もいません。
故人様が一人、ひっそりと眠っているだけです。
仕方なく、ご家族の到着を待ちます。約束の時間を10分以上過ぎてからです。
一人のご婦人が入ってこられました。
忙しそうに葬儀屋の担当者と話をしています。担当者が促して、ようやく、私の存在に気が付いたようです。
「喪主様は?」
担当者の言葉に、慌ててご主人に電話をして呼びました。さらに10分ほど待たされたでしょうか。喪主様がいらっしゃいました。
故人様のお兄さんだそうです。
挨拶をさせて頂いても、喪主様は何一つ言葉を発することはありませんでした。そして、私がお支度を整え始めると、喪主様はお部屋を出て行ってしまいました。奥様はお部屋にいましたが、LINEをしているようで、ひっきりなしに着信音が鳴ります。
私は、ひたすら、故人様のお支度を整えました。故人様は、60代の男性です。とても優しそうなおじさんでした。
暫くすると、私の後ろで、奥様が口を開きました。
故人様は20歳頃にバイク事故に遭ったそうです。たいして怪我もなかったので、相手の連絡先も聞かずに別れました。しかし、その後、事故が原因で障害が表れました。急に発作が起きるようになり、結局は仕事も続けられなくなりました。そして、病院での生活が始まったのです。それは何十年にも及びました。
悔しくも、故人様が亡くなったのは5年前に亡くなったお母様と同じ日だそうです。
お母様は、故人様を残しては死ねない と口癖のようにおっしゃっていたそうなので、故人様を不憫に思い、連れに来たのかもしれません。
お母様が亡き後、お兄さんが故人様の面倒を見てきたのでしょうが、まるで、厄介者のようで故人様がかわいそうに思いました。
事故さえなければ、普通に結婚して家庭を築き、子供や孫に囲まれて温かく最期を送り出してもらえたかもしれません。
事故さえなければ、お母様にいらぬ心配をかけずに済んだのかもしれません。

せめて、心を込めてお支度を整えて差し上げる事、私にはそれしか出来ないけれど、来世こそは温かい家庭を築き、親孝行が出来ますように。
心よりお祈りいたします。


angel0425 at 09:10コメント(0)トラックバック(0) 

2016年10月02日

生きる支え

7296de64.jpgそのお宅は見覚えがありました。
4か月ほど前に、お母さんのお支度をお手伝いさせて頂いたお宅です。
今度は息子さんがバイク事故でお亡くなりになりました。
43歳という若さです。2歳のお子さんもいます。
お父さんは憔悴しきっていました。

大きな体の息子さんは、きれいなお顔で眠っていました。
ご家族は皆、大きな声で泣いています。
着ていた柄浴衣を脱がして、皆さんでお身体を拭いて差し上げます。
身体のどこにも大きな傷はありません。手足に小さな擦り傷があるだけです。
肋骨と脊椎が折れ、それが致命傷で亡くなったそうです。
泣きながら、一生懸命に話しかけながら、皆さんがお身体を拭いて下さいます。
身体中の傷を確認しながら、どのようにバイクで倒れたか推測していました。
死の真相が知りたいのです。どうして亡くなったのか知りたいのです。
納得のいかない死の真相を推測して、懸命に死を受け入れようとしていました。
何もわからない小さなお子さんは、お菓子を食べながら、いつもと違う雰囲気に落ち着かない様子でお部屋をうろうろしています。
いつも着ていたTシャツとズボンを履き、血色よくお顔の色を整えます。
支度が整うと、2歳のお子さんが
「パパ、どうぞ。」
そう言って、自分が食べていたお菓子をパパの口に突っ込みました。
パパはお菓子をくわえて微笑んでいました。
そして、パパの胸にしがみつき
「パパに抱っこしてもらったよ。」
片言で言いました。その様子を少し離れてご覧になっていたお父さんは、私の耳元で囁きました。
「私は、何があっても、あの子を一人前にするよ。出来る限りの援助をして必ず立派に育てる。」
涙を浮かべながら、力強くおっしゃいました。

大切な人をたて続けに失ったお父さん。
その悲しみは想像を絶するに違いありません。
でも、息子さんの残してくれたたった一人のお孫さんが、お父さんの生きる支えになっていくことでしょう。


angel0425 at 19:33コメント(2)トラックバック(0)悲しみ 

2016年09月14日

6208bd12.jpg母は息子の志を応援してくれるに違いありません。

60代の若いお母さんのお支度を整えに伺いました。
ご主人に挨拶の後、着せてあげるお召し物やお化粧のご要望をお聞きします。
ところが、ご主人は息子さんを呼び、ご自分はお席を外されてしまいました。
息子さんがお洋服を出して下さり、お化粧のご要望をおっしゃって下さいます。
そして、一緒にお身体を拭いて下さり、お着替えをするのをご覧になっていました。
着替えが終わった頃、親族の方でしょうか、一人の女性がおいでになりました。
そして、私がお化粧を施していくのをご覧になりながら、息子さんの話をして下さいました。
故人様は10年以上寝たきりだったそうです。
その母親の面倒を息子さんが、結婚もせずに懸命に介護されてきたのです。
母の介護の中で、新たな志が生まれました。
母が生きているうちは、時間的に無理だけれど、母が亡き後は、介護の資格を取って、母のような寝たきりの方々のお世話をしたい。
それなら、自分にも出来るかもしれない。
そんな素敵な志を抱き始めたそうです。
息子さんの見守る中、お母さんのお支度は整いました。
寝たきりで、真っ白になってしまったお顔も血色よくなりました。
寝癖で乱れていた髪の毛もきれいに整いました。
息子さんはとても満足そうなお顔をされていました。
ご主人は、ちらっと見に来られましたが、すぐに別のお部屋に戻ってしまいました。
たった一人の息子さんが、母親の介護を一手に任され、献身的にお母様に尽くしてきたのでしょう。

母は息子を誇りに思っている事でしょう。
結婚もせずに尽くしてくれた息子に、
「ありがとう。もういいよ。十分だよ。これからは自分の為に生きなさい。自分の夢を叶えなさい。」
そうおっしゃっているのでしょう。
60代という早すぎる死ですが、息子に自由を与える為の死でもあったのです。
母は、息子の志を間違いなく応援してくれるに違いありません。


angel0425 at 09:16コメント(0)トラックバック(0)癒し 

2016年07月09日

プレゼント

b9aef29d.jpgお風呂でお亡くなりになった男性は、グレーのシートの上に裸で横たわっていました。背中の下は、検死の際に髄液を採取した痕からの出血で血だまりになっていました。
お顔はお風呂でお亡くなりになった方特有の赤黒いお顔をしていました。
独り暮らしの男性は、ご兄弟がひっそりと最期を見送って下さるようです。
駆け付けたご兄弟は、忙しそうに親戚への連絡やお葬儀の打ち合わせに奔走しています。
その中で、私は男性のお支度を整えます。
水を飲んでしまったようで、お口からは体液と共に水が流れ出てきます。
お鼻とお口にしっかりと綿花を詰め、血だらけになった背中をきれいに拭いて差し上げます。オムツをはめ、所々、便のこびりついた手足を拭いていきます。
白い経帷子にお着替えをして、お顔を整えます。
赤黒いお顔はファンデーションで血色よく整え、開いてしまったお口は含み綿で整え、微笑んだような口もとにして閉じて差し上げます。
髪型を整え、お支度が整う頃、一人の女性が訪ねてきました。
玄関先で、男性との関係をご兄弟の方に説明しています。
男性は、全く近所付き合いがなかったようです。
その中で、唯一、親しくしていた近所の女性のようでした。
いつも、一緒にお花の話をして、一緒にお花を植えたり、お互いの体調を気遣う仲だったそうです。
お歳の割には可愛らしい少女のような女性は男性の傍に来ると、優しく話しかけ、涙を拭っています。
毎日、お顔を合わせる一番親しいお友達だったのかもしれません。
そして、女性は心のこもったプレゼントを置いていかれました。
男性に食べてもらおうと思って作ったドライフルーツ。
男性が天に昇って女神さまに出会えますようにとの想いを込めた草の実です。
ハートの形をしたその実は、胞子が風に乗って天に昇っていくそうです。
そして、その実は、幸せの実と言われているそうです。
「天国でこの実を育てて下さい。私も春になったらこの実を植えて大切に育てます。」
そう言い残して女性はお帰りになりました。

お香典や淋し見舞いの品でもなく、男性の行く末を案じた心のこもった最高のプレゼントです。
女性の想いは男性に届き、男性は女神さまに出会えるに違いありません。


angel0425 at 17:10コメント(2)トラックバック(0) 
GyaOデイリーランキング総合ベスト5
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ