2020年07月29日

不思議な絆

0a8d6c14.jpgおじいさんはパーキンソン病を患い、10年以上、病と闘いました。
通常、パーキンソン病を患うと、10年以上も生きられないそうです。しかし、おじいさんは何故10年以上も生きられたのか解明したいという事で解剖をされました。
難病に苦しみ、死しても尚、未来の医療の発展を願いその身を捧げたおじいさん。
本当にご苦労様でした。
そのご褒美なのかもしれません。おじいさんの胸にはペットの亀𠮷が抱かれています。
亀𠮷はおじいさんが大切にしていたペットです。
20年以上前の事です。デンパークに遊びに行った際、足元でカサカサと音がして落ち葉が舞っていました。よく見ると、小さな亀が仰向けになりパタパタと足をばたつかせていたそうです。
おじいさんは、その亀を連れて帰り、亀吉と名付けました。
そして、大切に育てたそうです。小さな亀は今では15センチほどの大きさになりました。
おじいさんが病を患ってからは、今まで以上に亀吉はおじいさんの支えになりました。
自由に動かなくなった身体を支えていた杖で、水槽をコンコンと叩き、「亀吉!」と声を掛けます。それがおじいさんと亀吉のコミュニケーションです。
おじいさんは、徐々に筋肉が弱っていき、とうとう物を飲み込むことすら出来なくなり、
「食べたい!食べたい!」それが口癖のようになりました。
誤嚥の可能性があるため、一切、口から物を食べてはいけなかったのです。
注射で栄養を補給し、命を繋いできました。
食べたいのに食べられない。それは本当に辛い事だったに違いありません。
時を同じくして、亀吉もご飯を食べなくなったそうです。
1ヶ月、何も食べませんでした。
そして、おじいさんと亀吉は同じ日に亡くなりました。
おじいさんが亀吉を連れて行ったのか、亀吉がおじいさんについて行ったのか。
それは誰にも分りませんが、少なくとも、おじいさんは淋しくありません。
亀吉と一緒に天国へ旅立てます。
棺に横たわるおじいさんの胸には亀吉が抱きしめられています。がんばったおじいさんへの神様からのご褒美かもしれません。

そんな話を奥様から聞きながら、奥様と一緒におじいさんのお支度を整えました。
ひょっとしたら、亀吉は病と闘うおじいさんを励ますためにおじいさんの元へ来たのかもしれません。
不思議な絆で結ばれたおじいさんと亀吉でした。


angel0425 at 10:00コメント(0)癒し 

2020年07月28日

土に還る

037bd223.jpg独り暮らしのおじいさんは、庭で倒れて3日以上発見されませんでした。
納体袋に納まり、異臭を放つご遺体から少し離れて息子さんや娘さんが心配そうにご覧になっています。
作業が始まると、襖を閉めてお待ちになっていました。

泥だらけのご遺体を袋から出し、傷の状態を確認します。
お身体にはほとんど損傷はありません。ただ、腐敗の為に腹部が緑色に変色しているだけでした。
お顔はうつ伏せで亡くなっていたのでしょう。うっ血と腐敗で真っ黒に変色し、頬には傷があります。泥だらけのお顔を拭こうとすると、耳のあたりに何かうごめいています。
ウジ虫です。耳の穴からたくさんのウジ虫が這い出ていました。
殺虫剤で弱らせ、きれいに拭き取ります。白いお着物を着せ、お顔の泥を綺麗に拭き取って差し上げます。
目頭に付いた泥を拭き取ろうと目を開けると・・・・思わず小さな声を上げてしまいました。
目の中はウジ虫でいっぱいです。モソモソとうごめくウジ虫で眼球は覆われていました。
殺虫剤を吹きかけるとウジ虫は眼球の裏側に逃げていきます。
殺虫剤を含ませた綿花で眼球を覆い、お顔を綺麗にしていきます。
しかし、その間も目頭から、耳の穴から、口からウジ虫が1匹2匹と這い出てきます。
多分、お式の時にお顔を皆さんに見て頂くのは無理でしょう。
それでも、ご家族に最期のお顔を見て頂くために、這い出るウジ虫を1匹ずつ潰し、お支度を整えました。
そして、これがお顔を見て頂くのは最期になるかと思いますと状況を説明して、お子さん達にお顔を見て頂きます。
言葉を失うお子さん達。きっと心の中はいろんな思いが渦巻いていることでしょう。
湿気の多い日陰のお庭で倒れていたのかもしれません。
人はこうして分解され土に還っていくのだろうと、改めて人も自然の一部であることを感じました。

暑くなる季節です。お亡くなりになり、発見が遅れると可哀そうなお姿になってしまいます。
独り暮らしのご両親、ご近所のお年寄り、少し気にかけてあげて下さい。



angel0425 at 10:14コメント(0)悲しみ 

2020年07月22日

命の炎

b9e031f3.jpg我が家にはもう1匹、病気の仔猫がいます。
犬の散歩中、暗闇の中で目やにで目が開かない状態で座っていた白い仔猫です。
夜が明けるとカラスに襲われてしまうかもしれない。そんな不安から拾ってきました。
『せせりちゃん』と名付け、目やにもきれいに治ると青い目の可愛い仔猫です。
台所に私が立つと、ズボンに爪をひっかけよじ登ってきます。おかげで私の足は傷だらけです。
食欲旺盛なせせりちゃんは、いつもお腹がポンポンです。食べすぎだと思っていたそのお腹は、次第に大きくなり、そのうちに動けないほどに大きくなってしまいました。
下された病名は、伝染性腹膜炎。ほとんどの猫が死んでしまうそうです。
50匹中1匹が助かれば良い方だという難病でした。
お腹は腹水が溜り大きくなってしまうので、時々病院に行き、腹水を抜いてもらいます。
膨らんだお腹で圧迫され便秘にもなります。
死を待つだけの病気かもしれない。
それでも、懸命に生きようとしているせせりちゃんを見ると、ほんの少しの幸運に賭けてみたい、そんな気持ちになります。
小さな命は懸命に生きようとしています。
その命の炎を少しでも長く灯してあげられるよう精一杯世話をしてあげたいと思います。



angel0425 at 11:17コメント(0) 

親に捨てられた仔猫

f77a4289.jpg自宅の庭で、野良猫が赤ちゃんを産みました。
出産から10日程経った頃、母猫は仔猫を1匹ずつくわえて引っ越しを始めました。
1匹、2匹と運んでいきます。
ところが、最後の1匹はいつまで経っても連れに来ません。夕方になっても1匹の仔猫は残されたままです。
丸1日経つと、仔猫はお腹を空かせてミャーミャーと鳴きながら這い出てきました。
まだ、小さくてネズミのようです。
仕方なく、保護をし、哺乳瓶でミルクを飲ませ、我が家の飼い猫になりました。名前は「おはぎちゃん」。
4時間おきにミルクを飲ませ、仔猫は少しずつ成長していきました。しかし、成長不良なのか、同じくらいの仔猫に比べるとかなり小さいのです。それでもおはぎちゃんは元気に走り回っていました。
しかし、離乳を始めると、食べ物を食べると泡を吹いて吐くようになりました。
何を食べても吐いてしまい、苦しそうに泡を吹きます。次第にどんどん痩せていきました。
おはぎちゃんは病気でした。『巨大性食道炎』という病気で、通常はホースのようになっている食道が伸び切ったホースのようになり、たるんだ部分に食べ物が詰まってしまうのだそうです。
有効な治療法はなく、成長すれば良くなるかもしれないという事で、その望みに賭けるしかありません。しかし、誤嚥性肺炎で亡くなる猫が多いそうで、おはぎと私の闘病が始まりました。
流動食しか与えられず、それでも何を食べさせても吐いてしまいます。
まっすぐに食物が胃まで落ちていくように、食事は立たせて与え、食後も30分位は立てて抱いていなくてはなりません。朝、4時半に起き、おはぎに時間をかけて食事を与え、暫く立てて抱いています。それでも、おはぎは吐いてしまい、次第にガリガリに痩せていき、体力が落ちて死んでしまうのではないかと心配していました。
でも、1つだけ吐かない食べ物が見つかりました。それはアイスクリーム。
獣医の先生も不思議がっていましたが、アイスクリームだけは吐かずに食べられるのです。
おはぎは毎食、アイスクリームの生活です。少しずつ体重も増えていきました。
でも、アイスクリームばかりでは、おはぎも食べたくないようです。
吐いて誤嚥しては命に関わるので、無理やり溶けたアイスクリームをひたすら流し込む毎日です。
おはぎと私の闘病はまだまだ続くと思われます。
母猫に捨てられたおはぎにとって、私はお母さんです。
良くなることを祈り、小さな命の炎を消さない様に今日も頑張ります。

angel0425 at 10:54コメント(0) 

2020年06月02日

病は気から

9e78685a.jpg施設で亡くなったおじいさんは、ご家族との面会が唯一の楽しみでした。
新型コロナウィルスが蔓延し、施設での面会が出来なくなったのは3か月前の事でした。
ご家族が最後におじいさんに面会をした時、おじいさんは嬉しそうな笑顔を浮かべて、手を振ってご家族と別れました。
「また、来週来るからね。」
その言葉に、おじいさんは嬉しそうに何度も頷いて手を振っていたそうです。
その頃のおじいさんはそれなりにお元気で、車椅子で自由に動き回っていました。
ところが、ご家族と会えない日々が続くと徐々におじいさんの元気がなくなっていきました。
そして、ベッドで横になっている時間が増えていき、食べられなくなり最期の時を迎えてしまいました。
ご家族とおじいさんが再び会えたのは、死ぬ間際だったそうです。

そんなお話を聞きながら、ご家族と一緒におじいさんのお身体を温かいタオルで拭いて差し上げます。
楽しみを奪われ、生きる気力が失せていったのでしょうか。
お腹はぺしゃんこで、これ以上痩せられない位に痩せ細っていました。
痩せて窪んだ眼が薄く開いて、力なく口を開けているお顔はとても淋しそうに見えました。
目を閉じ、お口を閉じて、少しでも元気に見えるように含み綿でふっくらさせて差し上げます。元気に見えるように血色良く顔色を整え、髪型をセットします。
支度が整うと、おじいさんはご家族に囲まれて嬉しそうなお顔をしているように見えます。

『病は気から』と言うように、楽しみがなくなると生きる気力も失せていきます。
気力がなくなると、身体に異変をきたします。
新型コロナウィルスは、感染した人の命を奪っただけでなく、弱者の命も間接的奪ってしまいました。
一日も早く新型コロナウィルスが収束して、施設のお年寄りの楽しみを奪わなくても良くなるように祈るしかありません。
そのために、私たちに出来る事。
それは家にいる事です。



angel0425 at 14:05コメント(0)悲しみ 

地獄の沙汰も金次第

886073d3.jpg『地獄の沙汰も金次第』と言う言葉を聞いたことがありますか?
誰もが耳にしたことのある言葉だと思います。
でも、この「金」はお金ではないのです。
お鈴の音のことなのです。
人が亡くなると、7日ごとにお参りをします。
それは閻魔様の裁判が行われる日だそうです。
人間は誰もが、多かれ少なかれ必ず罪を犯しています。
その裁判の日に、残された者たちが故人の冥福を祈って、お経を読みお鈴をちんちんと鳴らします。するとその鐘の音が閻魔様の耳に届き、
「残された者たちが皆でお前の冥福を祈り、お経を読んでくれている。それに免じて、一つ罪を帳消しにしてやろう。」
という事で、一つ犯した罪を見逃してくれるそうです。
それで、『地獄の沙汰も金次第』と言うそうなのです。

愛する人を失った残された者たちに出来ることは、その人の冥福を祈り、ご供養をする事なのです。
それが残された者の務めだと、先人たちは私達に教えてくれています。

愛する人を失い悲しみの淵にいらっしゃる方がいましたら、愛する人を思いお経を読んでください。
その声が愛する人に届きます。
お鈴の鐘を鳴らして下さい。
その音が閻魔様に届きます。
そうすることで、愛する人と繋がります。
残された者に出来ることは、亡き故人を思いご供養する事なのです。


angel0425 at 14:01コメント(0) 

2020年03月04日

死の真相

b2c9f9f4.jpg真冬の早朝、ゆっくりと夜が明ける頃の事でした。
薄暗闇の中で、おばあさんは帰らぬ人となりました。

早朝6時頃、毎朝の日課である散歩に出かけました。
いつもなら帰ってくる時間になってもおばあさんは帰って来ません。
おじいさんは心配になり、いつもの散歩コースを迎えに行きました。
そこで目にしたものは・・・人だかりの中で、見慣れた靴や帽子が血だらけになって散乱している様子でした。おばあさんが、身元を証明する物を持っていなかったので、身元不明者として病院に運ばれた後でした。
急いで病院に向かうと、そこには血だらけで意識もなく横たわるおばあさん。そして、わずか事故から1時間後、おばあさんは息を引き取りました。ほぼ即死状態だったそうです。
そしてご家族の元には亡骸となったおばあさんが返されました。
事故の様子も、加害者の事も、おばあさんの死因も、何も知らされないまま、ただ遺体となったおばあさんが返されただけでした。
ご家族と一緒におばあさんのお身体を確認します。右腕、左足首が折れ、あらぬ方向を向いています。頭部には傷と共に頭蓋骨が凹んでいます。顎の下には何かが刺さったようで、骨まで達する切り傷が残っていました。
ご家族は事故の様子を必死で想像します。
右からぶつかったのではないか?それとも飛ばされて骨折したのか?
いろいろな状況を想像します。
おばあさんの死因もニュースで知ったというご家族。明らかに被害者は蚊帳の外です。
何故、おばあさんは死ななくてはならなかったのか。
どういう風に亡くなったのか。
加害者はどんな人で、どんな運転をしていたのか。
真実を知らなければ死を受け入れる事は出来ません。
警察からも、保険屋からも、加害者からも、なんのコンタクトもなくただ、大切な人が亡くなった事だけを突き付けられたご家族は、死を受け入れられなくて、只々茫然とするだけでした。
突然にいなくなった大切な人の死を受け入れるのは容易な事ではありません。
それでも、ご遺族はそれを受け入れ自分を納得させなければいけないのです。
それには、死の真相を知る必要があるのです。
テレビのニュースではなく、関係者から一日も早く死の真相がご家族に知らされることを望みます。
大切な人を亡くしてしまったご遺族の第一歩が始まるのはそこからです。


angel0425 at 11:11コメント(0) 

2020年02月03日

本能

6c0532e9.jpg人は死を迎える時、その時がわかるのでしょうか?
人が死を迎える時、時にいつもと違う行動をとる事があります。

90歳を超えたおばあちゃんは、2週間くらい前からご飯が食べられなくなりました。
食べようとしても、一口、口に入れると食べたくなってしまったそうです。
延命をせずに自然に任せたいというおばあちゃんの遺志で、静かにベッドに横たわるだけの毎日でした。
死期が近いという事もあり、その日はなかなか会えなかったお孫さんもお見舞いに来てくれたそうです。
楽しいひと時を過ごした後で、お部屋に飾ってあるお花を見て
「花がきれいだね〜。幸せだなあ〜」
そう呟いたそうです。その言葉がおばあちゃんの最期の言葉になりました。
そして、ご家族が帰る時、いつもなら手を挙げて「バイバイ!」と言い、すぐに手を下ろすのですが、その日は、「バイバイ!」と挙げた手をずっと下ろしませんでした。
ご家族の姿が見えなくなるまで、ずっと手を上げ続けていたそうです。
「おばあちゃん、まだ手を挙げているよ。手を挙げるのも大変な位の体力なのにね。」
そんな言葉を交わしながら帰ったそうです。
その日の夜中、おばあちゃんは息を引き取りました。
看護婦さんも気が付かない位に静かに、眠りながら息を引き取ったそうです。

いつもと違う行動。
おばあちゃんは、それがご家族との最後の別れになるとはわかっていなかったでしょう。
しかし、そうとは気付かず、自然といつもと違う行動をとったと思うのです。
自身が気付かなくても、本能が死を悟るのかもしれません。
いつもと違う行動。
もしも、いつもと違う行動をとってしまったら、それは、本能が何かを訴えているのかもしれません。



angel0425 at 09:43コメント(0) 

2019年11月05日

愛犬

b9e031f3.jpg飼い犬は飼い主より先に死ぬと、飼い主が亡くなった時には電光石火のごとく暗闇の中を走り抜けて飼い主を迎えに来るそうです。
そして、迷わない様にちゃんと導いて行ってくれるそうです。

おばあさんの納棺が済むと、ご家族が納棺品を入れて下さいます。
納棺品の中には犬の写真、犬のマスコット人形がありました。
おばあさんは犬をとても可愛がっていたそうです。
今までに3匹の犬を飼い、ちゃんと天国へ送り出しました。
そのおばあちゃんは、去年の年末にも危篤状態になり、心肺停止の状態で死を覚悟したことがあったそうです。
その時は蘇生し、一命はとりとめましたが、残念ながら今回は死を迎える事となってしまいました。
去年の危篤状態から脱し、意識がはっきりした時に、おばあさんははっきりとこう言ったそうです。

3匹の犬が迎えに来てくれた。その後ろには里の両親が笑顔で立っていたが、先だったご主人の姿がないので、両親に尋ねると、ご主人は恥ずかしそうに隠れていたと。

その話を聞いた妹さんはその言葉をしっかりとノートに残したそうです。
飼い主が亡くなると、本当に飼い犬が迎えに来てくれるのでしょうか?
私にも天国へ見送った犬が1匹います。
今も犬を飼っています。
いつか、私が死んだ時。2匹の犬が迎えに来てくれるのかな〜?

そんな風に考えると、飼い犬が死んだ時も悲しくないかもしれない。
淋しいけれど、いつかまた会える。そう思うと悲しみが和らぐような気がします。
数年後、今飼っている私の愛犬も死を迎えるでしょう。
でも、その時は
「行ってらっしゃい。いつかまた会おうね。私が逝くまで待っててね。」
そんな風に送り出せそうな気がします。



angel0425 at 11:40コメント(0)癒し 

2019年10月06日

突然の死

3d312195.jpg56歳のお母さんは突然の死を迎えました。
娘さんはお母さんの死を受け入れられずにいました。
持病もなく、元気だったお母さんが突然、死んでしまったのです。
救急隊が駆け付けた時には、蘇生の可能性がなく、警察が検視に入りました。
でも、死因はわからなかったのです。
解剖をすれば死因がわかるかもしれないと言われたそうですが、お母さんの身体を切り刻むのは忍びないと言うお兄さんの言葉で解剖はしませんでした。
しかし、何故、お母さんが死んでしまったのか。
どうすれば死なずに済んだのか、何もわからない状況で死を受け入れられずのいたのです。
娘さんの目に涙はありません。
そう、お母さんが亡くなったという事を、まだ実感として理解できていないのです。

冷静な娘さんと一緒に、お母さんのお身体を温かいタオルで拭いて差し上げます。
私は、つい先日伺った現場の話をしました。
65歳のお母さんが突然亡くなりました。
朝から家庭菜園で作業をしていたのですが、10時頃、熱中症になったかもしれないと言い、横になっていたそうです。しかし、そのまま帰らぬ人となったのです。
彼女は容態の急変に家族が気付き、病院に運ばれました。
そこで検査をした結果、くも膜下出血を起こし、たとえ気分が悪くなり、すぐに病院に行っていたとしても助からなかったでしょうと言われたそうです。
その話を聞いていた娘さんは、
「うちのお母さんと同じだ。お母さんもくも膜下出血だったのかもしれない。」
そう言うと、少しの間、黙って何か考え込んでいました。
お着替えが終わり、お化粧を施して、ご納棺が済みました。
最後まで冷静だった娘さんですが、お母さんの死を受け入れられたのでしょうか。
最愛の人の死を受け入れるのは、容易な事ではありません。
娘さんの目から涙が零れ落ちたら、娘さんが大きな声で泣くことが出来たら、娘さんが死を受け入れられたことになるのでしょう。

大切な人の突然の死を受け入れるのは、容易な事ではありません。

angel0425 at 19:19コメント(0)悲しみ 
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