2017年02月28日

痴呆のお父さん

576e18c8.jpg娘さんと痴呆症のお父さんとの生活は壮絶なものでした。
部屋の扉には全て鍵を付け、いつも沢山の鍵を持ち歩いていたそうです。
お父さんは徘徊を繰り返し、怪我をして発見されたこともありました。
勝手にお風呂場に行き、脱衣所に向けてシャワーを流し、廊下中を水浸しにしたこともありました。
痴呆の影響で暴力的になり、娘さんがぐったりするまで殴り続けたこともありました。

お父さんのお身体を拭きながら、娘さんが涙をすすりながらお話をして下さいました。
出来るだけ家で面倒をみたかった、そう思っていたそうですが、暴力がひどくなり、身の危険を感じた娘さんは、仕方なくデイサービスの力を借りることにしたそうです。
そんなお父さんも、ある時から急に穏やかになりました。
「ありがとう。」
その言葉をよく発するようになり、暴力を振るうこともなくなりました。
足を骨折して足が不自由になり、徘徊もなくなりました。
相変わらず、痴呆は進んでいましたが、すっかり人が変わったように穏やかになったことをお友達に話したそうです。
「もう、先は長くないね。そうなると、死が近づいているよ。」
そう言われたそうです。
それから一年後、お父さんは亡くなりました。
血色良く顔色と整え、お写真を見ながら口元や髪型を整え、支度が整うと
「お父さん、デイサービスに行けるね。」
大粒の涙を流しながら、真っ赤な目をして娘さんがおっしゃいました。

人は、良い思い出だけを残して消えていくのでしょうか。
どんなに壮絶な日々があったとしても、最後のお父さんとの生活が穏やかな日々であったら、最後のお父さんの言葉が「ありがとう」であったら、全てが帳消しになります。
娘さんの心に残るお父さんは、「ありがとう」とよく呟く優しいお父さんです。

人は亡くなるとき、仏様に近づくのかもしれません。


angel0425 at 11:33コメント(0)トラックバック(0)癒し 

2017年01月25日

運命

886073d3.jpg「人の命ってはかないものね・・・」
真っ赤な目に涙を浮かべてお嫁さんがおっしゃいました。

自宅の前には血痕が残っていました。おばあさんは自宅の前で車に跳ねられたのです。
お顔は傷だらけで、鼻骨は折れ、所々、針金のような糸で縫ってありました。
頭は手術のため髪を剃られ、一部頭蓋骨がありません。
本当に痛々しいお姿です。
布団をめくると、点滴痕からの出血で布団が真っ赤に染まっていました。
血液で汚れたお身体を拭き、布団を敷き替え、ご家族と一緒にお身体を拭いて差し上げます。ご家族は、泣きながら身体を拭き、全身を写真に残していました。
「辛いけど、全てを残しておきたいの。」
そうおっしゃって、紫に腫れあがった右足を、折れてしまった骨盤を、神経痛で痛がっていた左足を・・・全身をお写真に残していました。
白い経帷子にお着替えをして、お顔をなるべく痛々しくない様にお化粧を施します。
擦り傷や打ち身はファンデーションで目立たなく、針金のような糸は出来るだけ短く切って、その上からワックスで皮膚を作ります。
欠けてしまった唇は綿花とテープで唇を作り、お口を閉じて差し上げます。
髪の毛を剃られてしまった頭は黒い三角巾で巻き、部分かつらで前髪だけ作って差し上げました。
元通りのおばあちゃんには程遠いかもしれません。それでもご家族は
「きれいになった。これなら皆に見てもらえるよ。」
そうおっしゃって下さいました。

緩いカーブを抜けた先に自宅があります。カーブを抜けると朝陽がとても眩しくて目がくらむそうです。朝陽が一番眩しい時間に、いつもはゴミ捨てになど行かないおばあちゃんが、その日に限ってゴミを捨てに自宅から出ました。
偶然が重なり事故が起きるのかもしれません。
『運命だった』そんな一言で納得出来ることではありませんが、人の『死』は運命で決まっているのかもしれません。
運命で決められたその瞬間にいつもと違う行動をとってしまったり、悪い偶然が重なるのかもしれません。


angel0425 at 10:30コメント(2)トラックバック(0)悲しみ 

2016年12月05日

自殺

4cdbcc18.jpg人は何故、自ら命を絶つのでしょう。
人が悩みや苦しみから解放されるのは、「死」しかないのでしょうか。

23歳の若者が自ら命を絶ちました。
眼球は窪み、瞼との間に隙間が出来、そこから白目を覗かせています。
唇は乾燥して、カリカリに固まり、真っ黒に変色しています。
その姿は、死後数日経っていることを物語っていました。
お立合いになるのは、ご両親とお兄さんだけです。ご家族だけでひっそりとお支度を整えました。
ドライアイスで凍ったお身体を、ご家族が無言で拭いて下さいます。
重苦しい空気の中で、お母さんの電話が何度も鳴ります。その度に、お母さんは泣きながら事情を説明しています。
お父さんは、言葉を発することなく、黙々とお身体を拭いて下さいます。
23歳という若さでは、似合うはずのない経帷子を着せて差し上げます。
顔色を血色良く整えて、窪んだ眼球と瞼との間に綿花を入れ、しっかりと目を閉じます。お口にほんの少しの含み綿をして、微笑んだような口もとを作ります。真っ黒に変色した唇は、ファンデーションと口紅を重ね塗りしながら、自然な色に整えていきます。そして、お支度が整いました。
すると、今まで寡黙だったお父さんが、口を開きました。
「悩んでいるなら・・・もっと電話をすれば良かった。もっと、もっと電話をすれば良かった・・・」
絞り出すように言葉を発しました。
ご両親は、今日、福島の田舎から出てきました。
若者は仕事の為に、愛知に来て、会社の寮に住んでいたそうです。
そして、最後の場所に選んだのも会社の寮の一室でした。
「お盆に帰って来た時は、普通だったんだよ。悩んでいるなんて見えなかったんだよ。悩んでるなら、帰って来たら良かったのに・・・」
お母さんが泣きながらおっしゃいました。
「死」という最悪の結果を迎えてしまった若者とご両親。
後悔ばかりが募ることに違いありません。

人は、何故自ら命を絶つのでしょう。
命を絶てば、悩みや苦しみから解放されるのでしょうか。

いいえ。悩みや悲しみを、残された家族に背負わせるだけの事なのです。


angel0425 at 10:23コメント(0)トラックバック(0)悲しみ 

2016年11月01日

厄介者

fad7d6f7.jpgホールの控室に着きました。お部屋には誰もいません。
故人様が一人、ひっそりと眠っているだけです。
仕方なく、ご家族の到着を待ちます。約束の時間を10分以上過ぎてからです。
一人のご婦人が入ってこられました。
忙しそうに葬儀屋の担当者と話をしています。担当者が促して、ようやく、私の存在に気が付いたようです。
「喪主様は?」
担当者の言葉に、慌ててご主人に電話をして呼びました。さらに10分ほど待たされたでしょうか。喪主様がいらっしゃいました。
故人様のお兄さんだそうです。
挨拶をさせて頂いても、喪主様は何一つ言葉を発することはありませんでした。そして、私がお支度を整え始めると、喪主様はお部屋を出て行ってしまいました。奥様はお部屋にいましたが、LINEをしているようで、ひっきりなしに着信音が鳴ります。
私は、ひたすら、故人様のお支度を整えました。故人様は、60代の男性です。とても優しそうなおじさんでした。
暫くすると、私の後ろで、奥様が口を開きました。
故人様は20歳頃にバイク事故に遭ったそうです。たいして怪我もなかったので、相手の連絡先も聞かずに別れました。しかし、その後、事故が原因で障害が表れました。急に発作が起きるようになり、結局は仕事も続けられなくなりました。そして、病院での生活が始まったのです。それは何十年にも及びました。
悔しくも、故人様が亡くなったのは5年前に亡くなったお母様と同じ日だそうです。
お母様は、故人様を残しては死ねない と口癖のようにおっしゃっていたそうなので、故人様を不憫に思い、連れに来たのかもしれません。
お母様が亡き後、お兄さんが故人様の面倒を見てきたのでしょうが、まるで、厄介者のようで故人様がかわいそうに思いました。
事故さえなければ、普通に結婚して家庭を築き、子供や孫に囲まれて温かく最期を送り出してもらえたかもしれません。
事故さえなければ、お母様にいらぬ心配をかけずに済んだのかもしれません。

せめて、心を込めてお支度を整えて差し上げる事、私にはそれしか出来ないけれど、来世こそは温かい家庭を築き、親孝行が出来ますように。
心よりお祈りいたします。


angel0425 at 09:10コメント(0)トラックバック(0) 

2016年10月02日

生きる支え

7296de64.jpgそのお宅は見覚えがありました。
4か月ほど前に、お母さんのお支度をお手伝いさせて頂いたお宅です。
今度は息子さんがバイク事故でお亡くなりになりました。
43歳という若さです。2歳のお子さんもいます。
お父さんは憔悴しきっていました。

大きな体の息子さんは、きれいなお顔で眠っていました。
ご家族は皆、大きな声で泣いています。
着ていた柄浴衣を脱がして、皆さんでお身体を拭いて差し上げます。
身体のどこにも大きな傷はありません。手足に小さな擦り傷があるだけです。
肋骨と脊椎が折れ、それが致命傷で亡くなったそうです。
泣きながら、一生懸命に話しかけながら、皆さんがお身体を拭いて下さいます。
身体中の傷を確認しながら、どのようにバイクで倒れたか推測していました。
死の真相が知りたいのです。どうして亡くなったのか知りたいのです。
納得のいかない死の真相を推測して、懸命に死を受け入れようとしていました。
何もわからない小さなお子さんは、お菓子を食べながら、いつもと違う雰囲気に落ち着かない様子でお部屋をうろうろしています。
いつも着ていたTシャツとズボンを履き、血色よくお顔の色を整えます。
支度が整うと、2歳のお子さんが
「パパ、どうぞ。」
そう言って、自分が食べていたお菓子をパパの口に突っ込みました。
パパはお菓子をくわえて微笑んでいました。
そして、パパの胸にしがみつき
「パパに抱っこしてもらったよ。」
片言で言いました。その様子を少し離れてご覧になっていたお父さんは、私の耳元で囁きました。
「私は、何があっても、あの子を一人前にするよ。出来る限りの援助をして必ず立派に育てる。」
涙を浮かべながら、力強くおっしゃいました。

大切な人をたて続けに失ったお父さん。
その悲しみは想像を絶するに違いありません。
でも、息子さんの残してくれたたった一人のお孫さんが、お父さんの生きる支えになっていくことでしょう。


angel0425 at 19:33コメント(2)トラックバック(0)悲しみ 

2016年09月14日

6208bd12.jpg母は息子の志を応援してくれるに違いありません。

60代の若いお母さんのお支度を整えに伺いました。
ご主人に挨拶の後、着せてあげるお召し物やお化粧のご要望をお聞きします。
ところが、ご主人は息子さんを呼び、ご自分はお席を外されてしまいました。
息子さんがお洋服を出して下さり、お化粧のご要望をおっしゃって下さいます。
そして、一緒にお身体を拭いて下さり、お着替えをするのをご覧になっていました。
着替えが終わった頃、親族の方でしょうか、一人の女性がおいでになりました。
そして、私がお化粧を施していくのをご覧になりながら、息子さんの話をして下さいました。
故人様は10年以上寝たきりだったそうです。
その母親の面倒を息子さんが、結婚もせずに懸命に介護されてきたのです。
母の介護の中で、新たな志が生まれました。
母が生きているうちは、時間的に無理だけれど、母が亡き後は、介護の資格を取って、母のような寝たきりの方々のお世話をしたい。
それなら、自分にも出来るかもしれない。
そんな素敵な志を抱き始めたそうです。
息子さんの見守る中、お母さんのお支度は整いました。
寝たきりで、真っ白になってしまったお顔も血色よくなりました。
寝癖で乱れていた髪の毛もきれいに整いました。
息子さんはとても満足そうなお顔をされていました。
ご主人は、ちらっと見に来られましたが、すぐに別のお部屋に戻ってしまいました。
たった一人の息子さんが、母親の介護を一手に任され、献身的にお母様に尽くしてきたのでしょう。

母は息子を誇りに思っている事でしょう。
結婚もせずに尽くしてくれた息子に、
「ありがとう。もういいよ。十分だよ。これからは自分の為に生きなさい。自分の夢を叶えなさい。」
そうおっしゃっているのでしょう。
60代という早すぎる死ですが、息子に自由を与える為の死でもあったのです。
母は、息子の志を間違いなく応援してくれるに違いありません。


angel0425 at 09:16コメント(0)トラックバック(0)癒し 

2016年07月09日

プレゼント

b9aef29d.jpgお風呂でお亡くなりになった男性は、グレーのシートの上に裸で横たわっていました。背中の下は、検死の際に髄液を採取した痕からの出血で血だまりになっていました。
お顔はお風呂でお亡くなりになった方特有の赤黒いお顔をしていました。
独り暮らしの男性は、ご兄弟がひっそりと最期を見送って下さるようです。
駆け付けたご兄弟は、忙しそうに親戚への連絡やお葬儀の打ち合わせに奔走しています。
その中で、私は男性のお支度を整えます。
水を飲んでしまったようで、お口からは体液と共に水が流れ出てきます。
お鼻とお口にしっかりと綿花を詰め、血だらけになった背中をきれいに拭いて差し上げます。オムツをはめ、所々、便のこびりついた手足を拭いていきます。
白い経帷子にお着替えをして、お顔を整えます。
赤黒いお顔はファンデーションで血色よく整え、開いてしまったお口は含み綿で整え、微笑んだような口もとにして閉じて差し上げます。
髪型を整え、お支度が整う頃、一人の女性が訪ねてきました。
玄関先で、男性との関係をご兄弟の方に説明しています。
男性は、全く近所付き合いがなかったようです。
その中で、唯一、親しくしていた近所の女性のようでした。
いつも、一緒にお花の話をして、一緒にお花を植えたり、お互いの体調を気遣う仲だったそうです。
お歳の割には可愛らしい少女のような女性は男性の傍に来ると、優しく話しかけ、涙を拭っています。
毎日、お顔を合わせる一番親しいお友達だったのかもしれません。
そして、女性は心のこもったプレゼントを置いていかれました。
男性に食べてもらおうと思って作ったドライフルーツ。
男性が天に昇って女神さまに出会えますようにとの想いを込めた草の実です。
ハートの形をしたその実は、胞子が風に乗って天に昇っていくそうです。
そして、その実は、幸せの実と言われているそうです。
「天国でこの実を育てて下さい。私も春になったらこの実を植えて大切に育てます。」
そう言い残して女性はお帰りになりました。

お香典や淋し見舞いの品でもなく、男性の行く末を案じた心のこもった最高のプレゼントです。
女性の想いは男性に届き、男性は女神さまに出会えるに違いありません。


angel0425 at 17:10コメント(2)トラックバック(0) 

2016年07月08日

事故

6169edef.jpg8歳の男の子は事故で亡くなりました。自転車で遊びに行く途中、車に跳ねられたそうです。
ご両親の心情を配慮して、葬儀は少し先延ばしにして、暫く自宅で布団の上で寝ていました。
私がお宅に伺ったのは、お亡くなりになって5日目の事でした。

アパートのリビングの真ん中にお布団が敷かれ、その上に少年は眠っていました。少し口を開いて、薄目を開けて、まるで普通に眠っているようです。
ただ、お顔の半分に残る傷跡を除いては。
病院で着せてくれた手術着を脱がせ、ご両親とおじいちゃんがお身体を拭いてくれます。
身体の両側には、ひどい擦り傷が走っていました。その傷以外には、大きな傷はありません。頭を強く打ったのが、致命傷だったようです。
おじいちゃんは涙が溢れて仕方が無いようで、何度も目頭を拭ってはお孫さんの自慢話をして下さいます。
ご両親は、笑顔で息子さんに話しかけながらお身体を拭いています。
お部屋を見回すと、至る所に少年の描いた絵が貼ってあります。
部屋中に少年のおもちゃが並んでいます。
たった一人のお子さんだったのです。
5日間と言う時間で、ご両親は少年の死を受け入れる事が出来たのでしょうか。
ご両親のお顔に涙はありません。少年の姿形がある時間を惜しむように、優しく話しかけています。
少年は学校の体操服に着替え、お顔の傷もファンデーションで目立たなくして、お支度が整いました。
小さな子供に数珠は似合わないと、少年の手にはチョコを握らせました。

ご両親の心のうちは、いろいろな想いが渦巻いているに違いありません。
怒りや後悔、悲しみ・・・
少年の死を受け入れたとしても、悲しみや淋しさはこれからどんどん深くなっていくことでしょう。

何気なく握っているハンドルが、誰かの大切な命を奪うかもしれないのです。
誰もが被害者にも加害者にも成り得るのです。



angel0425 at 19:20コメント(0)トラックバック(0)悲しみ 

2016年07月07日

旅立ち

1079d4ab.jpg51歳の女性は大きな赤ちゃんのような格好で眠っていました。
両手を大きく広げ、その手は幸せを掴もうとでもしているように握りしめ、足は赤ちゃんのようにがに股になっています。
歩いたこともない足と、何も掴んだことのない手はとてもきれいで、本当に赤ちゃんのようです。
「この子は最高の親孝行をしてくれたよ。」
泣きながらお父さんがおっしゃいました。
彼女は47年間、寝たきりだったのです。年老いてきたご両親は、彼女の生末だけが心配で、死ぬことも出来ないと思っていたのです。

真っ赤な目で涙を流すお母さんとお父さん、そして妹さんがお身体を拭いて下さいます。お身体を拭きながら、いろいろな思い出話をして下さいます。
4歳の頃からずっと施設で寝たきりの生活だった彼女。
胃ろうで栄養を補給し、口から物を食べる楽しみもなかった彼女。
目も見えず、話も出来ず、唯一聞こえる耳で、ご両親の声が聞こえると笑顔を見せてくれた彼女。
そんな彼女に真っ白いお着物を着せて差し上げます。
「お嫁さんみたいですね。」
そんな私の言葉に涙するご両親。
お嫁にも行けず、子供を産むことも出来ず、女性としての喜びを知ることなく生涯を閉じる彼女ですが、今度、生まれ変わってくるときには、たくさんの喜びと幸せを手に入れられることでしょう。
初めてのお化粧を施し、お支度が整いました。

背中が丸まって、小さくなったお母さんと、足を引きずりながら歩くお父さんが、小さな身体の彼女を抱きしめました。言葉は発しませんが、心の中で必死に語り掛けているのでしょう。
お母さんは、暫くの間、目を閉じ、涙を流しながら彼女を抱きしめていました。
そのお母さんの肩を、お父さんが抱きしめていました。
その背中は小刻みに震えています。51年間、様々な葛藤や苦しみがあったに違いありません。
彼女にとって、『死』は終わりではなく、始まりなのです。
今度こそ、健康なお身体と、人並みの幸せを手に入れられますように。
それはご両親が一番に願っていることでしょう。


angel0425 at 20:10コメント(0)トラックバック(0)悲しみ 

2016年07月06日

母の想い

f8e154f4.jpg認知症のおばあちゃんはご自宅でお亡くなりになりました。
検視が入り、裸のままグレーのシートに包まれていました。
そのお顔は94歳というお歳には見えないほど若く、とても幸せそうなお顔をしていました。
シートを開けて、お身体を確認すると脱糞しています。
死後処置をしながら、お下も綺麗にふき取り、オムツを当てて差し上げます。
部屋中に便の匂いが充満して、いつの間にか傍にいたご家族はお部屋を出て行かれていました。
お身体を拭き、ご用意して頂いた青いワンピースにお着替えをして、お顔を整えていると、娘さんとお嫁さんがお部屋に戻ってこられました。94歳のおばあちゃんの娘さんですから、お二人ともかなりのご高齢です。
いつの間にか、お二人はおばあちゃんの元気だった頃のお話をしています。
認知症がひどく、下半身すっぽんぽんのまま外出してしまったり、勝手に家を出られない様に外から鍵をかけても、腰高の窓から紐を垂らして外に出ようとしたり・・・とにかく外に出たくて仕方がなかったそうです。
ご家族はかなりのご苦労があったことでしょう。
でも、それも今となっては良い思い出話になっているようです。
お化粧を施して、髪型をセットして、お支度が整いました。
すると、息子さんがおばあちゃんの手に小さな木製の祠のような物を握らせました。そしてお嫁さんが、おばあちゃんのお顔の横に小さな木製のお地蔵さんを置きました。
小さな祠には、おばあちゃんの子供さんのお骨が入っているそうです。
おばあちゃんは、このお骨とお地蔵さんをずっと大切にしてきたのです。
4歳で亡くなった息子さんのお骨です。
「可哀そうな事をした。」
それがお婆ちゃんの口癖で、それは認知症になった後も、ずっとずっと大切にしていたというのです。
認知症で何もわからなくなってしまっても、子を想う親の心だけは見失うことはなかったのです。
それほど、母の想いは強いものなのですね。
ずっとずっと大切にしてきたお骨と共におばあちゃんは荼毘に伏されます。
幼くして失った我が子と、ようやく会うことが出来ます。
悔いてきた想いを愛情に変えて、我が子を抱きしめることでしょう。
母が子を想う気持ちは、年月で色あせることもなく、認知症でも見失う事のない強い想いだと改めて思い知らされました。


angel0425 at 10:27コメント(0)トラックバック(0)悲しみ 
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