2024年08月08日
自殺

しかし、その表情は皆暗く沈んだお顔をしていました。
お部屋に案内されると納体袋に入ったお母さんが横たわっています。
その口は強く舌を噛み、唇が3枚あるように飛び出していました。
88歳のお母さんは首を吊り自らの命を絶ちました。
ご家族の悲しみはとても深く、家中に重苦しい空気が漂っていました。
「お願いします。」
喪主さんはそう呟くと襖を半分閉めました。
私はお母さんを納体袋から出し、お身体をきれいに拭き、柄浴衣の上に白い着物を着せて差し上げます。
舌を口の中におさめ、お顔を剃りお化粧を施し、なるべく穏やかなお顔になるように整えます。
ご家族の悲しみを癒すことは出来なくとも、少しでも心を軽くしてあげたかったのです。
最期のお顔が穏やかなら、安心して送り出せます。
最期のお顔が笑っていたのなら、苦しみから解放されたのだろうと思ってくれます。
出来るだけ幸せそうに見えるようにお顔を整えお化粧をします。
支度が整い喪主様に見て頂きます。
お母さんの穏やかな微笑んだお顔をご覧になり、こらえていたものが噴出したように嗚咽を漏らしました。
「笑ってるじゃないか!ごめんね。ごめんね。」
そう何度も声に出し、すすり泣きました。
どんなご事情があったのかわかりません。
お母さんは遺書を残し近くの山で、たった一人で首を吊りました。
遺書にはその場所の地図が添えられていたそうです。
そして最後に着る用の柄浴衣と棺に入れて欲しい物が用意されていました。
お母さん望み通り柄浴衣も着せて差し上げました。
納棺品はお孫さんがプレゼントしてくれたパジャマとハンカチが用意されていました。
そのハンカチは“最後にお父さんのお顔を拭いたハンカチです”とメモが添えられていました。
お父さんの傍に逝けたでしょうか。苦しみから解放されたでしょうか。
それでも息子さんのこんなに悲しむ姿をご覧になったら後悔していませんか?
秘めた想い

100歳までは一人で暮らし、その後施設に入りました。
おばあちゃんにはお子さんがいません。
3人の姪御さんたちが送り出してくださいます。
姪と言っても本当の娘さんたちのようにおばあちゃんを愛し面倒を見てくれていたようです。会話の内容や仕草からそれがとって見えます。
姪御さんたちと一緒に温かいタオルでお身体を拭き、ご要望を伺いながらお化粧を施します。
髪型を整えお支度が整いご納棺です。
棺の中に古いお写真を大切そうに入れられました。
それは若き日のおばあちゃんと結婚後半年で出征し帰らぬ人となったご主人とのお写真です。写真の中の若いおばあちゃんは幸せそうに微笑んでいます。
おばあちゃんはこのお写真をずっと枕元に飾っていたそうです。
施設に移ってからもこのお写真は枕元に飾られていました。
そしておばあちゃんがずっと何十年も欠かさずにしていたこと。
それは毎年靖国神社へお参りに行くことでした。
施設に移ってからも施設の人に付き添われ靖国神社にお参りに行っていました。
おばあちゃんの心の中では今も亡きご主人に恋焦がれていたのでしょう。
たった半年の結婚生活でしたが、その時間は今もおばあちゃんの心の中で色あせることなく残っていたに違いありません。
やっと逢えます。恋焦がれたご主人にようやく逢えます。
きっとおばあちゃんは心穏やかに旅立ったに違いありません。亡きご主人の元へ。
しかし、棺の中にはもう一枚の写真が入れられました。
ほかの男性とおばあちゃんが写っているお写真です。
それは2度目の旦那様とのお写真でした。そうです。おばあちゃんは再婚していたのです。
でも、二度目の旦那様が亡くなった後、枕元に飾られていたのは最初のご主人とのお写真だけでした。
本当に恋焦がれ愛していたのは最初のご主人だけだったのかもしれません。
あの世で二人の旦那様がおばあちゃんの取り合いで喧嘩しなければ良いのですが・・・
臓器移植

自殺が疑われますが、ご家族は自殺だとは信じたくないようです。
少女は臓器移植ドナーカードを所持し亡くなりました。
死後、誰かの役にたちたかったのでしょう。
ホールの控室に眠る少女の傍にはお父さん、祖父母、おばさんと親族が集まっていましたが、お母さんがいません。
お母さん不在のままお支度を整えます。
首からお腹にかけ開いた傷跡があります。ここから臓器を移植したのでしょう。
おばさんと一緒に少女のお体を温かいタオルで拭きます。
その傍らでおじいさんとお父さんが話をしています。
臓器移植のお話です。臓器の大きさが違うため、同じ年代の間でしか臓器移植が出来ないそうです。
彼女の心臓も膵臓も肝臓も腎臓も病で苦しむ同じ年代の子供に移植されました。
彼女の命は尽きても誰かの体内で臓器は生き続けます。
そんな話を聞きながら支度を整えますが、少女が愛おしく感じます。
ただ、命を絶つのではなく、誰かの役に立って死のうとする想いに胸が締め付けられます。
フリルのついたかわいらしいブラウスとスカートに着替えフリルのついたハイソックスを履かせてあげると、そこにはまぎれもなく16歳の少女が眠っていました。
血色良く見える程度の薄化粧を施し、髪をかわいく結って支度が整いました。
そして、棺に納まります。
お母さんが戻ってこられましたが、少女の姿を一目ご覧になっただけです。
お辛いのでしょう。悲しくてご覧になれないのでしょう。
ただ亡くなっただけでなく、臓器移植のために切り裂かれたお身体をご覧になるのがお辛いのでしょう。
死を選んだとしても、病に苦しむ人を助けたい。そんな考えを持てる彼女はきっととても優しく心のきれいな少女だったに違いありません。
でも、残された親族のお気持ちを考えると受け入れられない気持ちはわかります。
だから、自殺だとは思いたくないのです。
延命

おばあさんには子供がいなく、ご主人も先立たれ帰る家もありませんでした。
おばあさんは60代のころに病に倒れました。
子供もいないご主人はどんな状態であれ奥様に少しでも長く生きていて欲しかったのでしょう。
胃ろう(胃にチューブで直接栄養を送ること)をして延命を施しました。
そしておばあさんはそれから20年生きながらえました。意識もないまま。
その20年の間にご主人は亡くなり、住んでいた家もなくなりました。
おばあさんはその間ただただ静かに眠っていました。
そして、ようやくご主人の元に逝くことができます。
喪主は姪御さんが務めるそうですが、20年もの間眠っていたのですから交流もあるはずがありません。
直葬で葬られます。
葬儀屋さんが立ち会う中お支度を整えます。
長い間、眠っていた身体は曲がってしまっています。栄養だけは確保されていたので丸々と太り、長い間太陽にあたっていない肌は透き通るように真っ白です。
温かいタオルでお身体を拭き、白いお着物に着替えます。
お顔の産毛を剃りお化粧を施し髪に櫛を入れます。
そしてお身内の立ち合いもないまま静かに棺に納まりました。
ご主人はきっと奥様のことを気にかけながらお亡くなりになったことでしょう。
まさか、自分が先に逝くことになるとは思っていなかったことでしょう。
でも、ようやくお二人は再会することができます。
「延命」の決断がこんな結果をもたらすとは20年前には思いもよらなかったことと思います。
もしも、身内が延命処置をするかの決断を迫られたら・・・
考えさせられました。
2023年12月15日
家族葬

でも、その姿は痩せてしまったけれどとても穏やかなお顔をしておられました。
喪主である息子さんが葬儀の打ち合わせをしています。
その傍らで私はお母さんのお体を拭きます。
息子さんは床屋さんだそうです。お顔を剃るのは専門です。
打ち合わせの手を止め、お母さんのお顔を剃ってくださいます。
「母親の顔を剃るなんて初めてだよ。」
そうおっしゃいながら丁寧にお顔を剃ってくださいます。
お顔剃りが終わりお化粧をしていると、
「遅くなってすみませ〜ん!」
娘さんが明るい声で走ってお部屋に入ってきました。
そしてお母さんのお顔を見るなり
「かよ子!遅くなってごめん!」
お母さんに声を掛けました。私がきょとんとしていると、息子さんが母親だけど名前を呼び捨てしているんだよと教えて下さいました。
友達のような仲の良い親子だったのでしょう。
お母さんの口紅を塗ったり、マニキュアを塗ったり、出来ることは娘さんにお手伝いしていただきました。そして納棺です。
棺に納まると酒とタバコが大好きで、それさえあれば何もいらないとお酒とたくさんのタバコを用意されました。
あの世に逝くと健康なお身体になるそうなので、酒もタバコも呑みたい放題です。
お母さんの右手の指にタバコを挟み、左手にはカップ酒を握らせて胸元でポーズをとらせて差し上げました。お母さんらしいと娘さんは大喜びです。
昔は故人は白い着物を着て、手は合掌してと決まっていましたが、最近では家族葬が増えてきました。ご家族だけで送るのに決まりはありません。
その人らしいお召し物で、その人らしいポーズで、その人らしく送って差し上げれば良いのです。
タバコと酒を手にしたお母さんをご覧になった親族の方々はきっと笑顔になるでしょう。
そして、それにまつわるエピソードも飛び出す事でしょう。
それも故人を偲ぶ一つの形なのかもしれません。
2023年12月10日
明日

孤独死です。
しかし、真面目な男性は仕事を一度も休んだことがなく、職場の人たちとの人間関係も上手く培っていたようです。
その男性が初めて無断欠勤をしました。
何の連絡もなしに休むなんて職場の人たちも不信に思いました。連絡をしても電話も出ず、これは何かあったに違いないと職場の仲間が自宅に駆けつけて下さいました。
そして発見されたのが男性です。息もしてなく冷たくなっていました。
でも、まだ死後数時間しか経っていませんでした。
通常ならば数日たってから発見されるのが常である孤独死ですが、男性の場合は本当に亡くなってすぐに見つけてもらえました。
それは男性の生前の行いによるものです。
そんな経緯を喪主であるたった一人の肉親であるお姉さんが話してくださいました。
お姉さんとは疎遠になっていたようです。
10年以上会ってもないし、話もしていないとおっしゃっていました。
何があったのかはわかりません。
でも、お姉さんの心の中もいろんな思いが渦巻いているようでした。
こんな事になるのなら仲直りをしておけば良かった。
こんな事になるのなら連絡をすればよかった。
そんな思いを思いつくままにお話をされていました。
きっと男性も同じ思いでしょう。
「死」はいつ訪れるかわかりません。
その時に後悔が少しでも少なく済むように心に仕えているものは取り除いておいた方が良いのです。
いつ訪れるかわからない「死」に備え、何かやらなければならない事、仲直りをしなくてはいけない人、そんな事柄があれば明日に先送りせず今日のうちにやってしまいましょう。
明日という日は必ず訪れるとは限らないのですから。
2023年12月07日
恩返し

側にはおばあさんが寄り添って座っています
おばあさんと一緒に温かいタオルでお身体を拭いて差し上げます。
すると、おばあさんがポツリポツリとおじいさんのお話を始めました。
おじいさんが入院しておばあさんは一日も欠かすことなく病院に通ったそうです。
毎日バスに乗り雨の日も風の日も寒い日も暑い日も・・・・
入院して間もない頃は病室のベッドの横でたわいもない話をしながら二人で笑っていました。
しかし、次第におばあさんの問いかけに「うん、うん」と返事しか出来なくなりました。
そして、そのうちには返事すら返って来なくなりました。
意識があるのか眠っているのかわからないおじいさん。
それでもおばあさんは病院に通い続け、ひたすら話しかけました。
そして遂には、おじいさんは息を引き取りました。
「私にはこんなことしか出来なかったから・・・」
そうおばあさんはおっしゃいました。
おじいさんはとても穏やかな人柄で夫婦喧嘩もしたことがなく、大きな声を荒げる事もないとても優しい人だったそうです。
「大切にしてもらった恩返しがしたかったの。」
おばあさんは少し照れながら笑みを浮かべました。
おばあさんのご要望を伺いながらお顔も整えていきます。
頬の膨らみ具合、お口の感じ、お顔の色、ひとつひとつ傍にいらっしゃるおばあさんに確認をしながらおじいさんのお支度を整えます。
おばあさんの大切な人ですから、おばあさんの納得のいく良い男にしなくてはいけません。
お支度が整うとおばあさんは嬉しそうに微笑んでいました。
「おばあさん、今度生まれ変わってもおじいさんと一緒になりたい?」
そう尋ねると
「うん。一緒になりたい。」
そう力強くおっしゃいました。
2023年12月05日
想い

若者はおばあちゃんのご主人だそうです。
結婚してすぐに戦争に駆り出されそのまま帰らぬ人となったのです。
もう一人の老人は娘さんのご主人、おばあちゃんからすると婿さんです。
娘さんやお孫さん、ひ孫さんの見守る中お支度を整えます。
皆さんが温かいタオルでお身体を拭き、おばあちゃんが手編みしたブルーのきれいなツーピースに着替えます。
2本だけ歯が残った萎んだお口を含み綿で整えお化粧を施します。
娘さんがおばあちゃんのお化粧をしたお顔をご覧になるのは今が初めてだと言うのです。
いつもお顔などお構いなしで働いてばかりだったそうです。
それもそのはず、おばあちゃんはご主人の亡き後、再婚もせずに一人で娘さんを育て上げたのです。
昼間は働きに出て、夜は月明かりを頼りに畑を耕していたそうです。
今のようにテレビなどない時代だったので、娘さんは暗闇の中、道にしゃがみこんで母の帰りを毎日待っていました。
そんな親子の絆はとても深いものだったのでしょう。
娘さんは懸命に老いた母の面倒を見て、最期まで家で看取りました。
そんな話をしていると、娘さんの目には涙が浮かんで流れ落ちました。
私はいろんなお年寄りのお世話をさせて頂きます。
そして、いろんなお話を伺います。
ご夫婦でどちらかが若くしてお亡くなりになると、残された片割れは長生きするような気がします。
それは亡くなった方の想いを託されているからなのではないのかなと思うのです。
ご自分がご覧になれなかった子や孫の成長や行く末を見守って欲しい、見届けて欲しい、そんな想いを託されるのではないでしょうか。
おばあちゃんはご主人の想いを受け取り、娘や孫、そして玄孫まで見届けました。
天国へ逝きご主人に逢ったら報告することがいっぱいです。
戦争と言う忌まわしい出来事に翻弄されたご主人の想いが託されたからこそ、おばあちゃんは100歳まで生きる事が出来たのかもしれません。
2023年12月04日
ご両親

跡形もなく・・・・
青年は列車に身体を引きちぎられました。
飛び込み自殺です。
お顔だけは残っているのできれいにしてあげて下さいとのご依頼です。
青年は納体袋に包まれ、お顔の部分だけが袋が開けられている状態で棺に納まっていました。
そのお顔は腫れて所々陥没し、大きな切り傷が数か所あります。
とてもご両親には見せられない・・・そう思いご両親に声がけをします。
「お辛いようならお席を外されても構いませんのでね。」
でも、ご両親は棺にかぶりつくように息子さんのお顔をずっとご覧になっていました。
作業が終わるまでずっと。
お顔を真っ直ぐに向けようとしますが、重くて身体がまったく動きません。
それもそのはずです。胸の上にもう一つ、納体袋が乗っているのです。
彼の下半身です。青年の身体は真っ二つに切断され別々の袋に入れられていたのです。
更には足元には透明のゴミ袋に入った内臓の塊が無造作に入れられています。
そんな状態でもご両親は平静を装いご覧になっていました。
お顔に付いた血液を綺麗に拭き取り、傷や痣を目立たなくお化粧を施します。
歪んだお顔をなるべく真っ直ぐになるよう含み綿で整えます。
血液で汚れた髪の毛を出来るだけ綺麗に拭き取り、髪型を整えます。
元通りとは程遠いお顔でしょうが、痛々しさはなくなりました。
ご両親は最後まで棺を食い入る様に覗き込みご覧になっていました。
きっと、まだ息子が亡くなった事を実感できていないのでしょう。
どこか遠い夢の中の出来事のように理解できていないのでしょう。
涙も出ず、淡々と私の作業を見守るだけでした。
息子さんの死を理解できなければ涙も出ません。
突然であまりにも壮絶な亡くなり方にご両親の心はついていけないのです。
ご両親が泣くことが出来ますように。
ご両親の記憶に棺の中の息子さんの姿が残りませんように。
ご両親が息子さんの死に責任を感じませんように。
切に祈るしかありませんでした。
2023年12月03日
模索

中学校に入学したばかりです。
お宅に伺うと子供部屋に横たわる少女の周りには祖父母、ご両親、兄弟、そして親族や両親のお友達と数えきれないほどの人が集まっていました。
少女は皆に愛されていました。
着替えをするために柄浴衣を脱がせます。
死斑の出方が突然死を物語っていたので
「急に亡くなったんですか?」
ご両親に尋ねると
「わかるんですか?」
逆に尋ねられました。ご遺体は亡くなった時の状態をちゃんと物語っています。
死斑の出方、硬直の固さ、爪の伸び具合、様々なサインで亡くなった時の状況を物語っています。
たくさんの人たちが温かいタオルで少女のお身体を拭いて下さいます。そして、真新しいセーラー服に着替えます。まだ、数回しか袖を通していません。
おしゃれに目覚める年ごろの少女に可愛らしいお化粧を施し、念入りに髪型を整えてあげます。支度が整うとすすり泣きの中、少女は棺に納まりました。
帰りにご両親に呼び止められました。
「どうして亡くなったのかわかりますか?」
神妙なお顔で尋ねられました。
「ごめんなさい。私には急に亡くなったって事しかわからないんです。」
少女は悩み事を抱えていたようで、少し前には胃を壊し入院していたというのです。
ご両親は亡くなった原因に納得がいってないのです。
「自分で・・・という事は絶対にないので、悩み事を抱えていたのなら、もう悩まなくて良いんだよ。そう言ってあげて下さい。」
そう答える事しか私には出来ませんでした。
最愛の娘を亡くした事を受け入れるにはちゃんとした原因がわからなければ納得が出来ません。
医者の説明にも納得がいってないのでしょう。
ご両親は娘の死の原因を模索していました。
娘の「死」を受け入れる為に。