2016年07月09日

プレゼント

b9aef29d.jpgお風呂でお亡くなりになった男性は、グレーのシートの上に裸で横たわっていました。背中の下は、検死の際に髄液を採取した痕からの出血で血だまりになっていました。
お顔はお風呂でお亡くなりになった方特有の赤黒いお顔をしていました。
独り暮らしの男性は、ご兄弟がひっそりと最期を見送って下さるようです。
駆け付けたご兄弟は、忙しそうに親戚への連絡やお葬儀の打ち合わせに奔走しています。
その中で、私は男性のお支度を整えます。
水を飲んでしまったようで、お口からは体液と共に水が流れ出てきます。
お鼻とお口にしっかりと綿花を詰め、血だらけになった背中をきれいに拭いて差し上げます。オムツをはめ、所々、便のこびりついた手足を拭いていきます。
白い経帷子にお着替えをして、お顔を整えます。
赤黒いお顔はファンデーションで血色よく整え、開いてしまったお口は含み綿で整え、微笑んだような口もとにして閉じて差し上げます。
髪型を整え、お支度が整う頃、一人の女性が訪ねてきました。
玄関先で、男性との関係をご兄弟の方に説明しています。
男性は、全く近所付き合いがなかったようです。
その中で、唯一、親しくしていた近所の女性のようでした。
いつも、一緒にお花の話をして、一緒にお花を植えたり、お互いの体調を気遣う仲だったそうです。
お歳の割には可愛らしい少女のような女性は男性の傍に来ると、優しく話しかけ、涙を拭っています。
毎日、お顔を合わせる一番親しいお友達だったのかもしれません。
そして、女性は心のこもったプレゼントを置いていかれました。
男性に食べてもらおうと思って作ったドライフルーツ。
男性が天に昇って女神さまに出会えますようにとの想いを込めた草の実です。
ハートの形をしたその実は、胞子が風に乗って天に昇っていくそうです。
そして、その実は、幸せの実と言われているそうです。
「天国でこの実を育てて下さい。私も春になったらこの実を植えて大切に育てます。」
そう言い残して女性はお帰りになりました。

お香典や淋し見舞いの品でもなく、男性の行く末を案じた心のこもった最高のプレゼントです。
女性の想いは男性に届き、男性は女神さまに出会えるに違いありません。


angel0425 at 17:10コメント(1)トラックバック(0) 

2016年07月08日

事故

6169edef.jpg8歳の男の子は事故で亡くなりました。自転車で遊びに行く途中、車に跳ねられたそうです。
ご両親の心情を配慮して、葬儀は少し先延ばしにして、暫く自宅で布団の上で寝ていました。
私がお宅に伺ったのは、お亡くなりになって5日目の事でした。

アパートのリビングの真ん中にお布団が敷かれ、その上に少年は眠っていました。少し口を開いて、薄目を開けて、まるで普通に眠っているようです。
ただ、お顔の半分に残る傷跡を除いては。
病院で着せてくれた手術着を脱がせ、ご両親とおじいちゃんがお身体を拭いてくれます。
身体の両側には、ひどい擦り傷が走っていました。その傷以外には、大きな傷はありません。頭を強く打ったのが、致命傷だったようです。
おじいちゃんは涙が溢れて仕方が無いようで、何度も目頭を拭ってはお孫さんの自慢話をして下さいます。
ご両親は、笑顔で息子さんに話しかけながらお身体を拭いています。
お部屋を見回すと、至る所に少年の描いた絵が貼ってあります。
部屋中に少年のおもちゃが並んでいます。
たった一人のお子さんだったのです。
5日間と言う時間で、ご両親は少年の死を受け入れる事が出来たのでしょうか。
ご両親のお顔に涙はありません。少年の姿形がある時間を惜しむように、優しく話しかけています。
少年は学校の体操服に着替え、お顔の傷もファンデーションで目立たなくして、お支度が整いました。
小さな子供に数珠は似合わないと、少年の手にはチョコを握らせました。

ご両親の心のうちは、いろいろな想いが渦巻いているに違いありません。
怒りや後悔、悲しみ・・・
少年の死を受け入れたとしても、悲しみや淋しさはこれからどんどん深くなっていくことでしょう。

何気なく握っているハンドルが、誰かの大切な命を奪うかもしれないのです。
誰もが被害者にも加害者にも成り得るのです。



angel0425 at 19:20コメント(0)トラックバック(0)悲しみ 

2016年07月07日

旅立ち

1079d4ab.jpg51歳の女性は大きな赤ちゃんのような格好で眠っていました。
両手を大きく広げ、その手は幸せを掴もうとでもしているように握りしめ、足は赤ちゃんのようにがに股になっています。
歩いたこともない足と、何も掴んだことのない手はとてもきれいで、本当に赤ちゃんのようです。
「この子は最高の親孝行をしてくれたよ。」
泣きながらお父さんがおっしゃいました。
彼女は47年間、寝たきりだったのです。年老いてきたご両親は、彼女の生末だけが心配で、死ぬことも出来ないと思っていたのです。

真っ赤な目で涙を流すお母さんとお父さん、そして妹さんがお身体を拭いて下さいます。お身体を拭きながら、いろいろな思い出話をして下さいます。
4歳の頃からずっと施設で寝たきりの生活だった彼女。
胃ろうで栄養を補給し、口から物を食べる楽しみもなかった彼女。
目も見えず、話も出来ず、唯一聞こえる耳で、ご両親の声が聞こえると笑顔を見せてくれた彼女。
そんな彼女に真っ白いお着物を着せて差し上げます。
「お嫁さんみたいですね。」
そんな私の言葉に涙するご両親。
お嫁にも行けず、子供を産むことも出来ず、女性としての喜びを知ることなく生涯を閉じる彼女ですが、今度、生まれ変わってくるときには、たくさんの喜びと幸せを手に入れられることでしょう。
初めてのお化粧を施し、お支度が整いました。

背中が丸まって、小さくなったお母さんと、足を引きずりながら歩くお父さんが、小さな身体の彼女を抱きしめました。言葉は発しませんが、心の中で必死に語り掛けているのでしょう。
お母さんは、暫くの間、目を閉じ、涙を流しながら彼女を抱きしめていました。
そのお母さんの肩を、お父さんが抱きしめていました。
その背中は小刻みに震えています。51年間、様々な葛藤や苦しみがあったに違いありません。
彼女にとって、『死』は終わりではなく、始まりなのです。
今度こそ、健康なお身体と、人並みの幸せを手に入れられますように。
それはご両親が一番に願っていることでしょう。


angel0425 at 20:10コメント(0)トラックバック(0)悲しみ 

2016年07月06日

母の想い

f8e154f4.jpg認知症のおばあちゃんはご自宅でお亡くなりになりました。
検視が入り、裸のままグレーのシートに包まれていました。
そのお顔は94歳というお歳には見えないほど若く、とても幸せそうなお顔をしていました。
シートを開けて、お身体を確認すると脱糞しています。
死後処置をしながら、お下も綺麗にふき取り、オムツを当てて差し上げます。
部屋中に便の匂いが充満して、いつの間にか傍にいたご家族はお部屋を出て行かれていました。
お身体を拭き、ご用意して頂いた青いワンピースにお着替えをして、お顔を整えていると、娘さんとお嫁さんがお部屋に戻ってこられました。94歳のおばあちゃんの娘さんですから、お二人ともかなりのご高齢です。
いつの間にか、お二人はおばあちゃんの元気だった頃のお話をしています。
認知症がひどく、下半身すっぽんぽんのまま外出してしまったり、勝手に家を出られない様に外から鍵をかけても、腰高の窓から紐を垂らして外に出ようとしたり・・・とにかく外に出たくて仕方がなかったそうです。
ご家族はかなりのご苦労があったことでしょう。
でも、それも今となっては良い思い出話になっているようです。
お化粧を施して、髪型をセットして、お支度が整いました。
すると、息子さんがおばあちゃんの手に小さな木製の祠のような物を握らせました。そしてお嫁さんが、おばあちゃんのお顔の横に小さな木製のお地蔵さんを置きました。
小さな祠には、おばあちゃんの子供さんのお骨が入っているそうです。
おばあちゃんは、このお骨とお地蔵さんをずっと大切にしてきたのです。
4歳で亡くなった息子さんのお骨です。
「可哀そうな事をした。」
それがお婆ちゃんの口癖で、それは認知症になった後も、ずっとずっと大切にしていたというのです。
認知症で何もわからなくなってしまっても、子を想う親の心だけは見失うことはなかったのです。
それほど、母の想いは強いものなのですね。
ずっとずっと大切にしてきたお骨と共におばあちゃんは荼毘に伏されます。
幼くして失った我が子と、ようやく会うことが出来ます。
悔いてきた想いを愛情に変えて、我が子を抱きしめることでしょう。
母が子を想う気持ちは、年月で色あせることもなく、認知症でも見失う事のない強い想いだと改めて思い知らされました。


angel0425 at 10:27コメント(0)トラックバック(0)悲しみ 

2016年03月06日

神様の仕打ち

9fc3c5a8.jpg神様は酷な事をするものです。
90歳を超えたお婆ちゃんが自ら首を吊って亡くなりました。
年齢から考えると、何故?と思います。
私もそんな疑問を抱きながらお宅に伺いました。
しかし、お婆ちゃんの姿を見て、悲しくなりました。
お婆ちゃんは癌で首からお顔の半分が蝕まれていたのです。
ガーゼが貼られた傷口からは膿の匂いがします。
お婆ちゃんは、鼻先でこの匂いを常に嗅ぎ、鏡を見れば、ひどい傷が目に入るのです。
辛かったでしょう。苦しかったでしょう。
身体の中に出来る癌ならともかく、お顔の表面に出来た癌は可哀そうすぎます。
ご家族と一緒にお婆ちゃんのお身体を温かいタオルで拭いていきます。
誰一人、言葉を発することなく、静かにお身体を拭いていきます。
白い経帷子にお着替えをして、ようやくお婆ちゃんは天国に逝くことが出来ます。
「傷はそのままにしておいて。」
そうおっしゃるご家族のご要望通り、ガーゼから出ている所だけお顔剃りをして、お化粧をして差し上げます。
そして、ひっそりと棺の底で眠りに就きました。


90歳を超えれば、天命を全うする年齢です。
しかし、神様はお婆ちゃんを天国へ召すわけでもなく、残酷な仕打ちをしました。
そして、お婆ちゃんは自ら命を絶ちました。
誰がお婆ちゃんを責めることが出来ましょう。
せめて、自ら命を絶つお婆ちゃんの自由は許してあげたい。
そんな風に思います。

神様は、本当に酷な事をします。
それでも、お婆ちゃんはようやく天国へ逝くことが出来ました。


angel0425 at 10:38コメント(1)トラックバック(0)悲しみ 

2016年02月10日

迷信

59d4e6a4.jpg「病人がいる家では髪の毛を切ると病人が死ぬって聞いたけど本当ですか?
私、髪が伸びたから美容院に行ったんです。そしたらお父さんが・・・
私が髪を切ったから、お父さんの寿命が縮まったのではないかと思って・・・」
お母さんは大粒の涙をポロポロと流しながら、私に尋ねました。
「そんな話聞いた事ありませんよ。迷信ですよ。お父さんが亡くなったのはお母さんのせいではありませんよ。神様が決めたお父さんの寿命だったんですよ。」
「良かった・・・」
お顔を真っ赤にして大きな涙を流し、ほっとした様子でした。

お父さんはまだ60代です。早すぎる死でした。
お宅に伺うとお父さんの一番のお気に入りのスーツが用意してありました。
ちょっと買い物に出かけるにもスーツを着て行くような、おしゃれなお父さんだったそうです。
お母さんと一緒に大柄なお父さんのお身体を温かいタオルで拭き、スーツを着せて差し上げます。大柄なお身体なのに、ズボンはぶかぶかです。
元気だった頃は98キロもあったそうです。
着替えが終わると散髪です。
いつもお母さんがバリカンで髪を刈っていたので、最後はちゃんときれいに髪を刈って送り出したいとおっしゃいました。
私が頭を持ち上げ、お母さんに髪を刈ってもらいます。刈りやすいように頭を右へ左へと動かします。
バリカンを走らせながら、お父さんとの思い出話が始まります。
とっても優しいお父さんだったエピソード、お父さんのとっても可愛らしい一面がうかがえるエピソード、面白いエピソード。
「お母さん、お父さんの事が大好きだったんですね。」
私が茶化すと、恥ずかしそうな笑顔を浮かべ
「そう、大好きだった。出来ることは何でもしてあげた。お父さんの下の世話も嘔吐物も汚いなんて少しも思わなかった。精一杯やったから悔いはないよ。
少しも悔いはない。」
そう言い終わる頃には、また涙を流していました。

迷信に惑わされ、自分を責めていたお母さんですが、人の寿命は迷信で左右されるものではありません。
人の寿命は生まれた時から決まっているのかもしれません。それが明日なのか、10年先なのか、それがわからないから今日を大切に生きるのです。


angel0425 at 09:10コメント(0)トラックバック(0)悲しみ 

2016年02月05日

親孝行

a27cec19.jpgお父さんは気持ちの整理が出来ていませんでした。
息子の最期の姿を発見したのはお父さんだったのです。
息子さんを囲んでお父さんとお母さんは茫然としていました。
お身体を温かいタオルで拭く時も、お母さんは茫然として、言葉を発することはありません。
それとは裏腹にお父さんは、息子の死の状況を淡々と私に説明してくださいます。気持ちの整理が出来ていないのです。
言葉に出して説明することにより、息子の死を受け入れようとしているのです。
アルコール中毒で入院していた息子さんは、退院して暫くは親元にかえってきたものの、じきにアパートで独り暮らしを始めました。
まだ、病気が完治していない中で、お父さんは心配でまめに連絡をしていたそうです。
しかし、無断欠勤が3日程続き、お父さんが様子を見にアパートを訪ねると・・・
息子さんはベランダで洗濯物のズボンを首に巻き付け、座った状態で息絶えていました。息子さんは夜勤に出かける為に、作業服を着て、片手を地面につき、片手でズボンの端を握り、自分の手で絞めつけた様子が見て取れたというのです。死後3日が経過していたそうです。
「寒かっただろう。ごめんな。」
震える声で息子さんに話しかけながら、お身体を拭いて下さいます。
その声に、お母さんは一気に泣き崩れました。
息子の胸に縋りつき、大きな声を上げて泣き出しました。
ご両親は、息子さんの死の真相がわからないから苦しんでいるようでした。
遺書もなく、つい三日前には元気な様子で話した矢先の出来事だったからです。
「作業着を着ていたんだよ。仕事に行くつもりだったと思うのだけど・・・
どうして・・・どうしてなんだろう・・・」
お父さんは何度も私に気持ちをぶつけます。
「私にも理由はわかりません。ただ、ひとつ言えることは、起きたしまったことは取り返しがつきません。これからは息子さんがちゃんと成仏できるようにご供養していくことが、ご両親が息子さんにして差し上げられることだと思います。」
そう答えることしか出来ませんでした。
親が子供を見送る程、辛いことはありません。
親よりも一日でも、1時間でも長く生きること、それが何よりも親孝行なのです。


angel0425 at 20:16コメント(0)トラックバック(0)悲しみ 

2015年11月28日

人としての尊厳

b77761e4.jpg94歳のおばあちゃんは、口をぽかんと開けて眠っていました。
布団をめくると、そのお身体は随分痩せていました。
「おばあちゃん、だいぶ痩せちゃいましたね。」
ご家族に声を掛けると、
「ずっと食べなかったの。食べられないのではなく、自分の意志で食べなかったんです。唯一、口に入れてくれたのは飴玉だけだったんです。」
目を真っ赤に潤ませて、娘さんが答えました。
肺に水が溜り、その水を抜くために病院に行ったそうです。
しかし、心膜にも水が溜まっていたため、治療に専念することになったのですが、治療を嫌がり、点滴も自分で引き抜き、暴れて治療ができなかったのです。
「私はもう94歳です。ここまで生きたから、もう好きにさせて下さい。」
そう言って、一切の治療を拒み、自らの意志で食べ物を口にしなかったのです。

娘さんとお孫さんが、真っ赤な目で涙を潤ませながら、おばあさんのお身体を拭いて下さいます。
病院での出来事をひとつひとつ説明してくれながら、おばあさんのお身体を拭いて下さいます。
真っ白な経帷子にお着替えをして、薄くお化粧を施します。
ぽかんと開いたお口は閉じて差し上げます。
髪型を整え、支度が整ったそのお姿は、とても凛として94歳には見えません。
94歳と言う年齢から考えると、治療を施しても元のお身体に戻れるとは思いません。
おばあちゃんはそれをわかっていたのでしょう。
周りの人達に迷惑をかけてまで生きたくはなかったのでしょう。
自らの意志で治療を拒み、自らの意志で食べ物を口にせず、自らの意志で生涯を終えました。
人としての尊厳を大切にしたかったおばあちゃんの姿には感服します。

本来、人の死はどうあるべきなのか!?
改めて考えさせられました。


angel0425 at 20:17コメント(0)トラックバック(0) 

2015年11月10日

ひとりぽっち

d0bffe58.jpgお母さんは一人ぼっちになってしまいました。
たった一人の生き甲斐である娘を失ってしまいました。

49歳の女性は、仕事が終わったと同時にトイレで倒れたそうです。
脳の中心にある脳幹が破裂してしまったのです。
救急で担ぎ込まれた病院で、器械に繋がれて一命はとりとめました。
手術は不可能で、結局はその5日後、息を引き取りました。
彼女は19歳の時に事故に遭い、障がい者になってしまったそうです。ずっと車椅子での生活をしていましたが、最近、ようやく杖を使い、自分の足で立ち、自分の足で歩くことが出来るようになったところでした。
今まで車椅子では出来なかった料理が出来るようになり、毎日楽しそうにお母さんにお料理を作ってくれたそうです。
そんな彼女は、お母さんのたった一つの生き甲斐でした。
彼女の妹さんは、39歳の時に癌で命を失いました。
それから間もなくして、ご主人も亡くなりました。
お母さんに残されたのは、たった一人の障がい者の娘だけでした。
お嫁に行かなかった娘さんと、毎日、笑顔の絶えない生活を送っていました。彼女の倒れる前日も、二人でテーマパークに遊びに行ってきたところです。その楽しそうな写真が枕元には額に入れて飾られていました。
涙が止まらないお母さんと一緒に彼女のお身体を拭いて差し上げます。
亡くなった妹さんの着物を着せて欲しいとご用意されていました。
少しサイズは合わないけれど、亡き妹さんの着物を彼女に着付けました。
薄くお化粧をして、お写真と同じ髪型にセットして差し上げます。
お母さんはずっと泣いています。
お母さんはずっと泣きながらお話をしています。
彼女との楽しかった思い出を話し、そして涙を流します。
黙っていられないのです。
悲しくて、悲しくて、悔しくて、悔しくて、話をしていないとその心は壊れてしまいそうになるのでしょう。
ようやく車椅子から歩くことが出来るようになり、回復の兆しが見えてきたところです。ここまでの道のりは長かったことでしょう。
その矢先に、娘を失ってしまったのです。
自分が先に亡くなると思っていたお母さんは彼女が困らないよう、蓄えも残してきたようです。先祖代々の土地も、祖父母が亡くなるときには、彼女がお金に困ったら売るようにと言い残したそうです。
でも、どんなにお金があっても、一人ぼっちでは意味がありません。
どんなに財産があっても、一人ぼっちでは意味がありません。
人は一人では生きていけないのですから。


angel0425 at 11:48コメント(0)トラックバック(0)悲しみ 

2015年10月05日

2daa8317.jpg「早くお母さんになりたい。」
それが彼女の最近の口癖だったそうです。

33歳の彼女は出産の際に命を落としました。
帝王切開で出産したのですが、その際、血圧が上がり、脳の血管が破裂してしまったのです。
赤ちゃんは無事でした。かわいらしい女の子が産まれたそうです。
まだ若いご主人は、優しく彼女に話しかけていました。
彼女に着せて差し上げるお洋服を選んでくださったのもご主人です。
ピンクの可愛らしいワンピースです。
「頑張ったね〜」
優しい声で話し掛け、お身体を拭いて下さいます。
髪を優しく撫ぜて、頬を両手で挟み、
「この服じゃ怒っちゃうかな〜?」
愛おしそうに彼女を包みます。
高校生から付き合っていたお二人は、人生の半分は共に過ごしてきました。
夫婦の時間は短くても、お互いを知り尽くした二人です。
彼女は赤ちゃんを見ることなく息を引き取りました。
赤ちゃんをその腕で抱きしめたかったでしょう。
赤ちゃんにおっぱいを飲ませてあげたかったでしょう。
赤ちゃんの成長を見守っていきたかったでしょう。

誰もが当たり前のようにお母さんになれると思っていました。
誰もが当たり前のように無事に出産できると思っていました。
でも、命を産み落とすことは命がけの事なのです。
母が命がけでこの世に生み出してくれたこの命、大切にしなくてはいけません。
私達の命は、母が命がけでこの世に生み出してくれた命なのです。

悲しみの中で、彼女はお母さんになりました。
彼女が望んでいたお母さんになれました。
赤ちゃんは、きっとお母さんが命と引き換えに産み落としてくれた命を、何よりも大切にして成長するに違いありません。


angel0425 at 17:49コメント(1)トラックバック(0)悲しみ 
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