2021年05月01日

自死

3a357a4b.jpg20代の若者は自ら命を絶ちました。
ビルの上階から飛び降りたようです。ビルとビルの間に倒れていたそうです。
ご家族は取り乱していました。泣き崩れる方、呆然とする方、それぞれが死を受け入れられずに取り乱していました。
血だらけで納体袋に入れられた彼を、少しでも早く綺麗にしてあげたい、そんな思いで私たちが呼ばれました。

お家に到着すると、大勢の親族が集まっていました。皆が、彼の死を信じられない様子で慌てふためいています。
浴槽の上の担架に彼を乗せ、納体袋から出し、傷の確認をします。
お身体はとてもきれいな状態でした。右腕上部が骨折していることを除けばほぼ無傷です。
しかし、頭部の損傷はひどい状態でした。
後頭部の頭蓋骨は割れ、皮膚は髪の毛ごとはがれてしまっています。
出血と白い脳みそで髪はべたべたになって汚れています。
そんな彼を丁寧にお湯と石鹸で洗います。
ご家族は、ちゃんと見届けたいとおっしゃり、ずっと傍でご覧になっていました。
時に目をそむけ、時に涙を流し、それでも、しっかりと最後まで見届けました。
白い経帷子にお着替えをして、お顔の傷をお化粧で目立たなくし、美容師だった彼に恥ずかしくない様に髪をしっかりとセットしてお支度が整いました。
沖縄にいるおばあちゃんに、オンラインできれいになった彼の姿を見せてあげています。
携帯電話の向こうからは年老いたおばあちゃんのすすり泣く声が漏れてきます。

なぜ、彼は死を選んだのか?
なぜ、彼は死ななければならなかったのか?
どうすれば彼を助けてあげられたのだろう?

ご家族はこれからずっと、自問自答を繰り返していくに違いありません。
「自死」は、残されたご家族に苦しみと悲しみを背負わせることになるのです。
自ら『死』を選んで、愛する人に苦しみを背負わせるのなら、『生』を選び、苦しみを一緒に背負ってもらった方が良いはずです。
もしも、苦しんでいる人いるのなら、あなたの傍にいる愛する人たちは、必ずあなたの苦しみを一緒に背負ってくれるはずです。
ほんの少し勇気を出して、苦しみを吐き出してみて下さい。
きっと何かが変わると思うのです。


angel0425 at 13:21コメント(0)湯灌 

2021年04月30日

決断

caae81b5.jpg60代の女性は、目を疑うくらいに傷ついていました。
事故ではありません。病死されたのですが、これほどまでに可哀そうなお姿はあまり見たことがありません。
お顔は腫れあがり、赤黒く変色しています。お顔のあちこちに擦り傷のような傷がたくさんあり、皮膚がめくれてしまっています。
お身体は、倍ほどに膨れ上がり、腿の後ろ、背中は水泡が出来てしまっているのです。
こんなお顔では誰にも見せられないとの事で、病院から帰ってすぐに納棺師が呼ばれたのです。

「お顔の色、どうしたのですか?」
私が尋ねるとご主人が答えます。
「苦しみすぎてこんな色になってしまった・・・」
言葉尻は小さくなって聞こえません。泣いているのです。ご主人は涙をこらえているのです。
「お辛いようならお席を外されても構いませんのでね。」
優しく声を掛けると、ご主人はお部屋を出て行かれました。
残された娘さん達とお身体の状態を確認しながら、温かいタオルで拭いていきます。
治療が苦しいため、ずっと鎮静剤で眠らされていたそうです。
点滴をたくさん打ったのでしょう。お身体は悲鳴を上げていました。
お顔の擦り傷はテープの痕だそうです。ずっと呼吸器やらいろいろな器具を付けられ、粘着力の強いテープで留められていました。皮膚が傷つくと別の場所にテープを貼り、結果、顔中が傷だらけになってしまったのです。
苦しかったでしょう。辛かったでしょう。
ほんの2か月の間に、これほどまでに傷だらけになってしまったのです。
ご家族は後悔しているのかもしれません。こんなに苦しませてしまった事に。
でも、生きていて欲しかった。たとえ1%でも助かる可能性があるのなら、どんな治療でもして生きて欲しかった。
そんな気持ちで、彼女に治療の決断を下したに違いありません。

大切な人が病んだ時、たくさんの決断を迫られます。
結果が思う通りではなければ、どんな決断をしたとしても後悔は尽きません。
でも、その時その時、必死で考え、迷いながらも最善と思い決断するのです。
たとえ結果が思う通りではなかったとしても、故人様は感謝しているはずです。
私の為に、悩んでくれてありがとう。私の為に考えてくれてありがとうと。


angel0425 at 13:19コメント(2)悲しみ 

2021年01月23日

感謝の気持ち

fad7d6f7.jpgおばあさんは亡くなったおじいさんの傍で椅子に座って、じっとおじいさんのお顔を見つめていました。そのお顔はとても淋しそうです。
静まり返ったお部屋にはおじいさんとおばあさんだけです。
おしゃれで月に何度も床屋に行くというおじいさんの為に、シャンプーの付いたコースを頼まれました。
お風呂までは入れなくても髪だけはさっぱりとしたい。そんな故人様の為に介護用の洗髪器を持ち込み、布団に寝たまま髪の毛をシャンプーとシャワーでさっぱりとして差し上げます。
おじいさんのシャンプーを始めると、おばあさんは「ありがとう。ありがとう。」とおっしゃいます。
90歳を超えたおばあさんは、足腰が弱り、耳も遠くなっていますが、しっかりと会話が出来ます。
「みんなが良くしてくれてね、本当にありがたいよ。みんなに感謝しているよ。」
そう何度もおっしゃって、おじいさんのお世話をする私に何度も何度も「ありがとう。」とおっしゃいます。
髪の毛がさっぱりとしたら、温かいタオルでお身体を拭いて差し上げます。
白い経帷子にお着替えをして、お顔を整えます。無精髭の生えたお顔をクレンジングで綺麗にし、お髭剃りをします。
血色良く見えるようにお顔を整え、シャンプーしてさらさらになった髪の毛を整髪剤でセットします。
お支度が整ってくると、次第におばあさんは饒舌になってきました。
「この人は昔、立派だったんだよ。良い男だったんだよ。」
嬉しそうに何度もおっしゃり、次第に笑顔になってきました。
そして、何度も何度も
「ありがとう。こんなに丁寧におじいさんをきれいにしてくれてありがとう。」
そうおっしゃいます。

歳を重ねると、人に感謝する気持ちが大きくなります。
人の世話にならないと出来ないことが増えるからです。
しかし、何でも自分で身の回りの事が出来る私達も、誰かの世話になって生きているのです。
周りの人のお陰で仕事ができ、誰かのお陰で今の自分があります。
一人で生きてきたわけではありません。
おばあさんのように、素直に周りの人に感謝の気持ちを伝えられるような人間になりたいと思いました。
今までも、これからも決して一人では生きられないのですから。


angel0425 at 10:17コメント(2)癒し 

2021年01月22日

身寄りのないおじいさん

59d4e6a4.jpg70代のおじいさんは、死後1週間程経って発見されました。
そのご遺体は警察へ運ばれ検視の上、納体袋に入れられて裸のまま返されました。
おじいさんには身寄りがありません。
発見された経緯もわかりませんが、ご遺体はかなり傷んでいました。
横を向いて亡くなっていたのでしょう。左側にはうっ血と擦り傷があります。
お身体には静脈網が出ています。静脈網とは腐敗のサインです。
静脈が黒く浮き出て、網目模様のようになるのです。
おじいさんのお身体が内部から腐敗が進んでいる証拠です。

お立合いもないまま、納体袋から出し、お身体を綺麗に拭き、オムツをはめ、経帷子にお着替えをします。
お髭を剃り、鼻血の痕を拭き取り、傷やうっ血を目立たなくお顔の色を整えます。
血で凝り固まった髪の毛を何度も何度もきれいになるまで、濡れタオルで拭きます。
白く濁った眼を閉じ、だらしなく開いたお口に含み綿をし、穏やかなお口元に整えます。
そして、棺に納め、納棺飾りできれいに飾り付けます。
きれいになったお姿を見て下さるご家族はいません。
でも、隣のお部屋で打ち合わせをしている声が聞こえてきます。
「ツレがみんな来るから、出来るだけ綺麗にして欲しい。」
そうおっしゃっています。
お友達が喪主を務め、お葬儀を挙げて下さるのです。
ご家族がいなくても、お友達がたくさんいたおじいさん。
ご家族のように、ご供養をして下さるお友達。
おじいさんは、ほんとうに人に恵まれていたのですね。
きっと、それなりの生き方をしてきたのでしょう。
人を大事にし、友を助け、人徳のあるおじいさんだったのでしょう。
『死に様は生き様』
まさに、おじいさんの最期はその言葉を連想させます。

正直に、人を大切にして、真摯に生きていけば、ちゃんと神様は見ていて下さいます。
良くも悪くも自分の行いは全て自分に振り返ってきます。

きっと、おじいさんの最期は、たくさんのお友達に囲まれ、思い出話の中で旅立って逝くのでしょう。おじいさんにもらった恩を皆が思い出しながら。


angel0425 at 10:27コメント(0) 

明日

59876690.jpg47歳のお母さんは静かに眠っていました。
ご家族は取り乱すこともなく落ち着いてはいますが、悲しみは込み上げて来るようです。

彼女はくも膜下出血で倒れたそうです。口の横にはカサブタになった傷があります。
倒れてすぐになくなったのではなさそうです。暫く口にチューブが入れられていたのでしょう。
悲しむご家族に何一つ聞くことは出来ません。
しかし、ご遺体の状況からある程度の推測は出来ます。
中学生くらいのお嬢さんが、私の向かい側に座り、お母さんのお支度が整うのを見ています。
悲しみの中でも、せめて娘さんの望むお母さんのお姿にして差し上げたくて、娘さんを私の向かい側に呼びました。
一緒にお母さんのお身体を拭き、お母さんが白いブラウスに着替えるのを見ています。
お化粧も娘さんに聞きながら施していきます。お母さんはアトピー皮膚炎で肌が荒れるのでお化粧はしていなかった事、そのアトピーは自分にも遺伝してしまった事。
ぽつりぽつりと話し始めました。
髪を整える時、お母さんはいつも長い髪を頭の上の方でお団子にしていた事。
そのお団子の作り方。すべて娘さんが教えてくれます。
娘さんの希望に添うように、いつものお母さんに近づくように、精一杯お支度を整えます。
お支度が整うと、娘さんはアトピーで荒れて傷になってしまったお母さんの手を握り、涙を流しました。
ご主人も、息子さんも、お母さんの身体にすがりつき泣き崩れました。

きっと最期の日もいつもの毎日だったのでしょう。
「おはよう。」「行ってらっしゃい。」「おかえり。」そんないつもの言葉を交わす日だったのでしょう。
そんな当たり前の毎日が突然に終わってしまうなんて、誰も想像していなかったはずです。
しかし、誰にでも起こり得る事です。
明日が当たり前に来るとは限らないのです。
今日が最後の日になるかもしれないのです。
だから、今を大切に生きなければいけないのです。


angel0425 at 10:04コメント(0)悲しみ 

2020年10月04日

恩返し

6208bd12.jpg「おとうさん〜、きれいにしてもらって嬉しいね〜。」
奥様は優しくご主人に話しかけています。
ご主人は10年も寝たきりだったそうです。
脳梗塞で倒れ、最初は半身麻痺だったそうですが、次第に動けなくなり、寝たきりになり、とうとう最後の3年ほどは話すことも出来なくなってしまいました。
ご自分の意志を伝える事も出来なくなりましたが、奥様が話しかけると、僅かに微笑んで答えてくれたそうです。
10年もの間、奥様はずっと家でご主人の介護をしてきました。デイサービスや他人の力を借りずにご家族と奥様で介護を続けてきたそうです。

お身体を拭く時、「おとうさん、あったかいね。気持ち良いね。」そう声を掛けながら優しくお身体を拭いています。
私がお髭を剃る時、「さっぱりするね。気持ち良くなるよ。」そう声を掛けます。
お顔の色を整える為にファンデーションを塗る時、「良い男になるよ。かっこいいよ。」
ずっと傍で優しく声を掛けます。
「ご主人は奥様を大事にして下さったんですね。」
私が奥様に話しかけると、
「そうなの。わかる?」キョトンとしたお顔で答えました。
わかります。奥様がこんなにご主人に優しくできるのも、こんなに大切に想えるのも、それは生前にご主人がそれだけの事を奥様にしてくれたからなのです。
奥様のお話では、9歳年上のご主人は奥様をとても可愛がって下さり、色々な所に連れて行ってくれ、たくさんのお写真を写してくれたそうです。
怒ることもなく、いつも優しく大切にしてくれたそうです。
その恩返しに、奥様は自宅でご主人を介護しようと決めました。
介護生活が何年になろうとも、最期まで家で看取ろうと思っていたそうです。

死に様は生き様。ご主人の生き様が見えたような気がします。
人に施した行為は我が身に返って来るものなのですね。良くも悪くも。
ご主人は煙となるその時まで、奥様の優しい声に包まれて逝くのでしょう。

人に優しくすれば、それはいつか自分の身に返って来ます。必ず。



angel0425 at 14:22コメント(0)癒し 

2020年07月29日

不思議な絆

0a8d6c14.jpgおじいさんはパーキンソン病を患い、10年以上、病と闘いました。
通常、パーキンソン病を患うと、10年以上も生きられないそうです。しかし、おじいさんは何故10年以上も生きられたのか解明したいという事で解剖をされました。
難病に苦しみ、死しても尚、未来の医療の発展を願いその身を捧げたおじいさん。
本当にご苦労様でした。
そのご褒美なのかもしれません。おじいさんの胸にはペットの亀𠮷が抱かれています。
亀𠮷はおじいさんが大切にしていたペットです。
20年以上前の事です。デンパークに遊びに行った際、足元でカサカサと音がして落ち葉が舞っていました。よく見ると、小さな亀が仰向けになりパタパタと足をばたつかせていたそうです。
おじいさんは、その亀を連れて帰り、亀吉と名付けました。
そして、大切に育てたそうです。小さな亀は今では15センチほどの大きさになりました。
おじいさんが病を患ってからは、今まで以上に亀吉はおじいさんの支えになりました。
自由に動かなくなった身体を支えていた杖で、水槽をコンコンと叩き、「亀吉!」と声を掛けます。それがおじいさんと亀吉のコミュニケーションです。
おじいさんは、徐々に筋肉が弱っていき、とうとう物を飲み込むことすら出来なくなり、
「食べたい!食べたい!」それが口癖のようになりました。
誤嚥の可能性があるため、一切、口から物を食べてはいけなかったのです。
注射で栄養を補給し、命を繋いできました。
食べたいのに食べられない。それは本当に辛い事だったに違いありません。
時を同じくして、亀吉もご飯を食べなくなったそうです。
1ヶ月、何も食べませんでした。
そして、おじいさんと亀吉は同じ日に亡くなりました。
おじいさんが亀吉を連れて行ったのか、亀吉がおじいさんについて行ったのか。
それは誰にも分りませんが、少なくとも、おじいさんは淋しくありません。
亀吉と一緒に天国へ旅立てます。
棺に横たわるおじいさんの胸には亀吉が抱きしめられています。がんばったおじいさんへの神様からのご褒美かもしれません。

そんな話を奥様から聞きながら、奥様と一緒におじいさんのお支度を整えました。
ひょっとしたら、亀吉は病と闘うおじいさんを励ますためにおじいさんの元へ来たのかもしれません。
不思議な絆で結ばれたおじいさんと亀吉でした。


angel0425 at 10:00コメント(0)癒し 

2020年07月28日

土に還る

037bd223.jpg独り暮らしのおじいさんは、庭で倒れて3日以上発見されませんでした。
納体袋に納まり、異臭を放つご遺体から少し離れて息子さんや娘さんが心配そうにご覧になっています。
作業が始まると、襖を閉めてお待ちになっていました。

泥だらけのご遺体を袋から出し、傷の状態を確認します。
お身体にはほとんど損傷はありません。ただ、腐敗の為に腹部が緑色に変色しているだけでした。
お顔はうつ伏せで亡くなっていたのでしょう。うっ血と腐敗で真っ黒に変色し、頬には傷があります。泥だらけのお顔を拭こうとすると、耳のあたりに何かうごめいています。
ウジ虫です。耳の穴からたくさんのウジ虫が這い出ていました。
殺虫剤で弱らせ、きれいに拭き取ります。白いお着物を着せ、お顔の泥を綺麗に拭き取って差し上げます。
目頭に付いた泥を拭き取ろうと目を開けると・・・・思わず小さな声を上げてしまいました。
目の中はウジ虫でいっぱいです。モソモソとうごめくウジ虫で眼球は覆われていました。
殺虫剤を吹きかけるとウジ虫は眼球の裏側に逃げていきます。
殺虫剤を含ませた綿花で眼球を覆い、お顔を綺麗にしていきます。
しかし、その間も目頭から、耳の穴から、口からウジ虫が1匹2匹と這い出てきます。
多分、お式の時にお顔を皆さんに見て頂くのは無理でしょう。
それでも、ご家族に最期のお顔を見て頂くために、這い出るウジ虫を1匹ずつ潰し、お支度を整えました。
そして、これがお顔を見て頂くのは最期になるかと思いますと状況を説明して、お子さん達にお顔を見て頂きます。
言葉を失うお子さん達。きっと心の中はいろんな思いが渦巻いていることでしょう。
湿気の多い日陰のお庭で倒れていたのかもしれません。
人はこうして分解され土に還っていくのだろうと、改めて人も自然の一部であることを感じました。

暑くなる季節です。お亡くなりになり、発見が遅れると可哀そうなお姿になってしまいます。
独り暮らしのご両親、ご近所のお年寄り、少し気にかけてあげて下さい。



angel0425 at 10:14コメント(0)悲しみ 

2020年07月22日

命の炎

b9e031f3.jpg我が家にはもう1匹、病気の仔猫がいます。
犬の散歩中、暗闇の中で目やにで目が開かない状態で座っていた白い仔猫です。
夜が明けるとカラスに襲われてしまうかもしれない。そんな不安から拾ってきました。
『せせりちゃん』と名付け、目やにもきれいに治ると青い目の可愛い仔猫です。
台所に私が立つと、ズボンに爪をひっかけよじ登ってきます。おかげで私の足は傷だらけです。
食欲旺盛なせせりちゃんは、いつもお腹がポンポンです。食べすぎだと思っていたそのお腹は、次第に大きくなり、そのうちに動けないほどに大きくなってしまいました。
下された病名は、伝染性腹膜炎。ほとんどの猫が死んでしまうそうです。
50匹中1匹が助かれば良い方だという難病でした。
お腹は腹水が溜り大きくなってしまうので、時々病院に行き、腹水を抜いてもらいます。
膨らんだお腹で圧迫され便秘にもなります。
死を待つだけの病気かもしれない。
それでも、懸命に生きようとしているせせりちゃんを見ると、ほんの少しの幸運に賭けてみたい、そんな気持ちになります。
小さな命は懸命に生きようとしています。
その命の炎を少しでも長く灯してあげられるよう精一杯世話をしてあげたいと思います。



angel0425 at 11:17コメント(0) 

親に捨てられた仔猫

f77a4289.jpg自宅の庭で、野良猫が赤ちゃんを産みました。
出産から10日程経った頃、母猫は仔猫を1匹ずつくわえて引っ越しを始めました。
1匹、2匹と運んでいきます。
ところが、最後の1匹はいつまで経っても連れに来ません。夕方になっても1匹の仔猫は残されたままです。
丸1日経つと、仔猫はお腹を空かせてミャーミャーと鳴きながら這い出てきました。
まだ、小さくてネズミのようです。
仕方なく、保護をし、哺乳瓶でミルクを飲ませ、我が家の飼い猫になりました。名前は「おはぎちゃん」。
4時間おきにミルクを飲ませ、仔猫は少しずつ成長していきました。しかし、成長不良なのか、同じくらいの仔猫に比べるとかなり小さいのです。それでもおはぎちゃんは元気に走り回っていました。
しかし、離乳を始めると、食べ物を食べると泡を吹いて吐くようになりました。
何を食べても吐いてしまい、苦しそうに泡を吹きます。次第にどんどん痩せていきました。
おはぎちゃんは病気でした。『巨大性食道炎』という病気で、通常はホースのようになっている食道が伸び切ったホースのようになり、たるんだ部分に食べ物が詰まってしまうのだそうです。
有効な治療法はなく、成長すれば良くなるかもしれないという事で、その望みに賭けるしかありません。しかし、誤嚥性肺炎で亡くなる猫が多いそうで、おはぎと私の闘病が始まりました。
流動食しか与えられず、それでも何を食べさせても吐いてしまいます。
まっすぐに食物が胃まで落ちていくように、食事は立たせて与え、食後も30分位は立てて抱いていなくてはなりません。朝、4時半に起き、おはぎに時間をかけて食事を与え、暫く立てて抱いています。それでも、おはぎは吐いてしまい、次第にガリガリに痩せていき、体力が落ちて死んでしまうのではないかと心配していました。
でも、1つだけ吐かない食べ物が見つかりました。それはアイスクリーム。
獣医の先生も不思議がっていましたが、アイスクリームだけは吐かずに食べられるのです。
おはぎは毎食、アイスクリームの生活です。少しずつ体重も増えていきました。
でも、アイスクリームばかりでは、おはぎも食べたくないようです。
吐いて誤嚥しては命に関わるので、無理やり溶けたアイスクリームをひたすら流し込む毎日です。
おはぎと私の闘病はまだまだ続くと思われます。
母猫に捨てられたおはぎにとって、私はお母さんです。
良くなることを祈り、小さな命の炎を消さない様に今日も頑張ります。

angel0425 at 10:54コメント(0) 
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