2023年12月15日

家族葬

a5693e6f.jpg70歳のお母さんが亡くなりました。食道癌です。
でも、その姿は痩せてしまったけれどとても穏やかなお顔をしておられました。

喪主である息子さんが葬儀の打ち合わせをしています。
その傍らで私はお母さんのお体を拭きます。
息子さんは床屋さんだそうです。お顔を剃るのは専門です。
打ち合わせの手を止め、お母さんのお顔を剃ってくださいます。
「母親の顔を剃るなんて初めてだよ。」
そうおっしゃいながら丁寧にお顔を剃ってくださいます。
お顔剃りが終わりお化粧をしていると、
「遅くなってすみませ〜ん!」
娘さんが明るい声で走ってお部屋に入ってきました。
そしてお母さんのお顔を見るなり
「かよ子!遅くなってごめん!」
お母さんに声を掛けました。私がきょとんとしていると、息子さんが母親だけど名前を呼び捨てしているんだよと教えて下さいました。
友達のような仲の良い親子だったのでしょう。
お母さんの口紅を塗ったり、マニキュアを塗ったり、出来ることは娘さんにお手伝いしていただきました。そして納棺です。
棺に納まると酒とタバコが大好きで、それさえあれば何もいらないとお酒とたくさんのタバコを用意されました。
あの世に逝くと健康なお身体になるそうなので、酒もタバコも呑みたい放題です。
お母さんの右手の指にタバコを挟み、左手にはカップ酒を握らせて胸元でポーズをとらせて差し上げました。お母さんらしいと娘さんは大喜びです。

昔は故人は白い着物を着て、手は合掌してと決まっていましたが、最近では家族葬が増えてきました。ご家族だけで送るのに決まりはありません。
その人らしいお召し物で、その人らしいポーズで、その人らしく送って差し上げれば良いのです。
タバコと酒を手にしたお母さんをご覧になった親族の方々はきっと笑顔になるでしょう。
そして、それにまつわるエピソードも飛び出す事でしょう。
それも故人を偲ぶ一つの形なのかもしれません。



angel0425 at 03:00コメント(0)納棺 

2023年12月10日

明日

037bd223.jpg一人暮らしの60歳の男性は自宅で亡くなりました。
孤独死です。
しかし、真面目な男性は仕事を一度も休んだことがなく、職場の人たちとの人間関係も上手く培っていたようです。
その男性が初めて無断欠勤をしました。
何の連絡もなしに休むなんて職場の人たちも不信に思いました。連絡をしても電話も出ず、これは何かあったに違いないと職場の仲間が自宅に駆けつけて下さいました。
そして発見されたのが男性です。息もしてなく冷たくなっていました。
でも、まだ死後数時間しか経っていませんでした。
通常ならば数日たってから発見されるのが常である孤独死ですが、男性の場合は本当に亡くなってすぐに見つけてもらえました。
それは男性の生前の行いによるものです。

そんな経緯を喪主であるたった一人の肉親であるお姉さんが話してくださいました。
お姉さんとは疎遠になっていたようです。
10年以上会ってもないし、話もしていないとおっしゃっていました。
何があったのかはわかりません。
でも、お姉さんの心の中もいろんな思いが渦巻いているようでした。
こんな事になるのなら仲直りをしておけば良かった。
こんな事になるのなら連絡をすればよかった。
そんな思いを思いつくままにお話をされていました。
きっと男性も同じ思いでしょう。

「死」はいつ訪れるかわかりません。
その時に後悔が少しでも少なく済むように心に仕えているものは取り除いておいた方が良いのです。
いつ訪れるかわからない「死」に備え、何かやらなければならない事、仲直りをしなくてはいけない人、そんな事柄があれば明日に先送りせず今日のうちにやってしまいましょう。
明日という日は必ず訪れるとは限らないのですから。


angel0425 at 12:00コメント(0) 

2023年12月07日

恩返し

0a8d6c14.jpgおじいさんが亡くなりました。
側にはおばあさんが寄り添って座っています
おばあさんと一緒に温かいタオルでお身体を拭いて差し上げます。
すると、おばあさんがポツリポツリとおじいさんのお話を始めました。
おじいさんが入院しておばあさんは一日も欠かすことなく病院に通ったそうです。
毎日バスに乗り雨の日も風の日も寒い日も暑い日も・・・・
入院して間もない頃は病室のベッドの横でたわいもない話をしながら二人で笑っていました。
しかし、次第におばあさんの問いかけに「うん、うん」と返事しか出来なくなりました。
そして、そのうちには返事すら返って来なくなりました。
意識があるのか眠っているのかわからないおじいさん。
それでもおばあさんは病院に通い続け、ひたすら話しかけました。
そして遂には、おじいさんは息を引き取りました。

「私にはこんなことしか出来なかったから・・・」
そうおばあさんはおっしゃいました。
おじいさんはとても穏やかな人柄で夫婦喧嘩もしたことがなく、大きな声を荒げる事もないとても優しい人だったそうです。
「大切にしてもらった恩返しがしたかったの。」
おばあさんは少し照れながら笑みを浮かべました。

おばあさんのご要望を伺いながらお顔も整えていきます。
頬の膨らみ具合、お口の感じ、お顔の色、ひとつひとつ傍にいらっしゃるおばあさんに確認をしながらおじいさんのお支度を整えます。
おばあさんの大切な人ですから、おばあさんの納得のいく良い男にしなくてはいけません。
お支度が整うとおばあさんは嬉しそうに微笑んでいました。

「おばあさん、今度生まれ変わってもおじいさんと一緒になりたい?」
そう尋ねると
「うん。一緒になりたい。」
そう力強くおっしゃいました。




angel0425 at 03:00コメント(0)癒し 

2023年12月05日

想い

b2b28ca8.jpg100歳のおばあちゃんは自宅で看取られました。おばあちゃんの寝ているお部屋には2枚の遺影写真が飾られていました。一人は紋付きを着た若者。もう一人は年老いた老人。
若者はおばあちゃんのご主人だそうです。
結婚してすぐに戦争に駆り出されそのまま帰らぬ人となったのです。
もう一人の老人は娘さんのご主人、おばあちゃんからすると婿さんです。

娘さんやお孫さん、ひ孫さんの見守る中お支度を整えます。
皆さんが温かいタオルでお身体を拭き、おばあちゃんが手編みしたブルーのきれいなツーピースに着替えます。
2本だけ歯が残った萎んだお口を含み綿で整えお化粧を施します。
娘さんがおばあちゃんのお化粧をしたお顔をご覧になるのは今が初めてだと言うのです。
いつもお顔などお構いなしで働いてばかりだったそうです。
それもそのはず、おばあちゃんはご主人の亡き後、再婚もせずに一人で娘さんを育て上げたのです。
昼間は働きに出て、夜は月明かりを頼りに畑を耕していたそうです。
今のようにテレビなどない時代だったので、娘さんは暗闇の中、道にしゃがみこんで母の帰りを毎日待っていました。
そんな親子の絆はとても深いものだったのでしょう。
娘さんは懸命に老いた母の面倒を見て、最期まで家で看取りました。
そんな話をしていると、娘さんの目には涙が浮かんで流れ落ちました。

私はいろんなお年寄りのお世話をさせて頂きます。
そして、いろんなお話を伺います。
ご夫婦でどちらかが若くしてお亡くなりになると、残された片割れは長生きするような気がします。
それは亡くなった方の想いを託されているからなのではないのかなと思うのです。
ご自分がご覧になれなかった子や孫の成長や行く末を見守って欲しい、見届けて欲しい、そんな想いを託されるのではないでしょうか。
おばあちゃんはご主人の想いを受け取り、娘や孫、そして玄孫まで見届けました。
天国へ逝きご主人に逢ったら報告することがいっぱいです。

戦争と言う忌まわしい出来事に翻弄されたご主人の想いが託されたからこそ、おばあちゃんは100歳まで生きる事が出来たのかもしれません。


angel0425 at 00:00コメント(0)癒し 

2023年12月04日

ご両親

8911279d.jpg20歳の青年は消えてなくなりたかったのかもしれません。
跡形もなく・・・・

青年は列車に身体を引きちぎられました。
飛び込み自殺です。
お顔だけは残っているのできれいにしてあげて下さいとのご依頼です。
青年は納体袋に包まれ、お顔の部分だけが袋が開けられている状態で棺に納まっていました。
そのお顔は腫れて所々陥没し、大きな切り傷が数か所あります。
とてもご両親には見せられない・・・そう思いご両親に声がけをします。
「お辛いようならお席を外されても構いませんのでね。」
でも、ご両親は棺にかぶりつくように息子さんのお顔をずっとご覧になっていました。
作業が終わるまでずっと。
お顔を真っ直ぐに向けようとしますが、重くて身体がまったく動きません。
それもそのはずです。胸の上にもう一つ、納体袋が乗っているのです。
彼の下半身です。青年の身体は真っ二つに切断され別々の袋に入れられていたのです。
更には足元には透明のゴミ袋に入った内臓の塊が無造作に入れられています。
そんな状態でもご両親は平静を装いご覧になっていました。
お顔に付いた血液を綺麗に拭き取り、傷や痣を目立たなくお化粧を施します。
歪んだお顔をなるべく真っ直ぐになるよう含み綿で整えます。
血液で汚れた髪の毛を出来るだけ綺麗に拭き取り、髪型を整えます。
元通りとは程遠いお顔でしょうが、痛々しさはなくなりました。
ご両親は最後まで棺を食い入る様に覗き込みご覧になっていました。
きっと、まだ息子が亡くなった事を実感できていないのでしょう。
どこか遠い夢の中の出来事のように理解できていないのでしょう。
涙も出ず、淡々と私の作業を見守るだけでした。
息子さんの死を理解できなければ涙も出ません。
突然であまりにも壮絶な亡くなり方にご両親の心はついていけないのです。

ご両親が泣くことが出来ますように。
ご両親の記憶に棺の中の息子さんの姿が残りませんように。
ご両親が息子さんの死に責任を感じませんように。
切に祈るしかありませんでした。


angel0425 at 12:00コメント(0)悲しみ 

2023年12月03日

模索

6169edef.jpg13歳の少女が突然亡くなりました。
中学校に入学したばかりです。

お宅に伺うと子供部屋に横たわる少女の周りには祖父母、ご両親、兄弟、そして親族や両親のお友達と数えきれないほどの人が集まっていました。
少女は皆に愛されていました。
着替えをするために柄浴衣を脱がせます。
死斑の出方が突然死を物語っていたので
「急に亡くなったんですか?」
ご両親に尋ねると
「わかるんですか?」
逆に尋ねられました。ご遺体は亡くなった時の状態をちゃんと物語っています。
死斑の出方、硬直の固さ、爪の伸び具合、様々なサインで亡くなった時の状況を物語っています。
たくさんの人たちが温かいタオルで少女のお身体を拭いて下さいます。そして、真新しいセーラー服に着替えます。まだ、数回しか袖を通していません。
おしゃれに目覚める年ごろの少女に可愛らしいお化粧を施し、念入りに髪型を整えてあげます。支度が整うとすすり泣きの中、少女は棺に納まりました。

帰りにご両親に呼び止められました。
「どうして亡くなったのかわかりますか?」
神妙なお顔で尋ねられました。
「ごめんなさい。私には急に亡くなったって事しかわからないんです。」
少女は悩み事を抱えていたようで、少し前には胃を壊し入院していたというのです。
ご両親は亡くなった原因に納得がいってないのです。
「自分で・・・という事は絶対にないので、悩み事を抱えていたのなら、もう悩まなくて良いんだよ。そう言ってあげて下さい。」
そう答える事しか私には出来ませんでした。
最愛の娘を亡くした事を受け入れるにはちゃんとした原因がわからなければ納得が出来ません。
医者の説明にも納得がいってないのでしょう。
ご両親は娘の死の原因を模索していました。
娘の「死」を受け入れる為に。


angel0425 at 12:00コメント(0)悲しみ 

2023年04月04日

静かな愛

7fdc322f.jpg「生まれ変わってもまたおじいさんと一緒になりたい。」
おばあさんの言葉です。
96歳のおじいさんは仏様のようなお顔で眠っていました。
髪の毛のない頭に切れ長の閉じた目、厚い唇はしっかりと閉じ凛とした姿で眠っていました。
側には94歳のおばあさんがいます。歩くのもままならず這うようにしておじいさんの布団の周りを移動します。
そんなおばあさんですが、私と一緒におじいさんの身体を拭き、着替えを手伝って下さいます。
そしておじいさんの人柄を一生懸命に私に聞かせて下さいます。
おじいさんはお風呂から上がるとおばあさんの敷いた布団に北枕の状態で倒れこみそのまま二度と目を開ける事はありませんでした。
親戚の紹介で結婚したお二人でしたが、おじいさんはとてもおとなしく優しい人で大きな喧嘩は一度もしたことがなかったそうです。結婚して74年、一度もです。
おじいさんはいつもおばあさんの感謝の言葉をかけてくれました。
会社員をしていたおじいさんの代わりにおばあさんは畑仕事を一人で全てこなしていました。そんなおばあさんに
「いつもありがとうね。苦労をかけるね。」
そう言葉をかけてくれたそうです。
二人で懸命に働き、おじいさんは弟達の家まで建て、自分は着る物も食べる物も質素に済ませていました。
そんな仏様のようなおじいさんは、やはり死に顔も仏様のようです。
「俺が先に逝ったらすぐに迎えに来てやるからな。」
おばあさんに常日頃からそう言っていたおじいさんですが、とうとう逝ってしまいました。
おばあさんはおじいさんの言葉を信じ、すぐに迎えに来てくれるからとその日を待っているようでした。
おじいさんのお支度を整える時、ご家族は気を利かせてお席を外されたようです。
おばあさんのおじいさんとの最期の時間を過ごさせてあげようと。
現代のように恋愛して一緒になったお二人ではありませんが、縁あって一緒になったお二人はしっかりと愛を育んできたようです。燃えるような恋ではなくとも、ゆっくりとロウソクの炎が揺らめくように静かな愛を育んできました。
お互いを労わりあうお二人には苦労も苦労ではなかったのかもしれません。
「生まれ変わってもまたおじいさんと一緒になりたい!」
そうおっしゃったおばあさんは、おじいさんが迎えに来てくれるのを心待ちにしながら毎日を過ごすのかもしれません。


angel0425 at 12:11コメント(0)癒し 

2023年03月10日

壮絶な1年

b5d43513.jpg彼女にとってこの1年は壮絶な1年であったに違いありません。
63歳の奥様は元気だった頃の見る影もなく痩せこけていました。
落ち込んだ眼は開き、頬は大きな穴が出来る程に窪んでいます。
痩せてしまったお顔には歯だけが異様に飛び出して見えます。
布団の上一面に元気だった頃のお写真が並べてありました。
ふっくらとした笑顔の可愛らしい奥様です。
どのお写真も満面の笑みを浮かべていました。

ご主人と娘さんが今にも折れてしまいそうに細くなった腕を温かいタオルで拭いて下さいます。「お母さん、あったかいね〜」声を掛けながら優しく拭いて下さいます。
ご主人が奥様の手を握りながらぽつぽつと語り始めました。
奥様は1年前舌癌が出来てしまったそうです。
始めは小さな口内炎でしたが1週間もすると小豆大の大きさになり、病院に行くと舌癌であることが判明しました。
とても進行の速い癌であっと言う間に大きくなってしまうのだそうです。
すぐに手術を受け成功を収めますが、2か月後には癌が再発し、舌を切断し話すことも食べる事も出来なくなってしまいました。
食べる事と気持ちを伝える事は人として生きていく基本です。それが出来なくなった奥様の気持ちを考えると心が痛みます。
不安だったでしょう。怖かったでしょう。悲しかったでしょう。辛かったでしょう。
そんな心の内を吐き出すことも出来なかったのです。
追い打ちをかけるように弱った体でコロナに感染し、肺炎を患います。
そして、遂には力尽きてしまったのです。
痩せたお顔に薬剤を注入し、含み綿をし、少しでもふっくらとしたお顔にしていきます。
お化粧を施し、髪を整えお支度が整いました。
お友達や親戚の人達が大勢会いに来てくれたそうで、そこで初めて知った奥様の姿があったそうです。
学生時代にはバレー部のキャプテンを担い、皆に頼られる存在であったこと。
子供の頃にとても活発な子でそれゆえのエピソード。
皮肉にも奥様の亡き後にご主人の知らない奥様の一面を知る事となってしまいました。
でも、それは益々奥様を愛するに値する事ばかりだったようです。
ご夫婦にとって言葉にあらわすことも出来ないほどに辛く悲しい1年であったに違いありませんが、ようやくお二人とも楽になれたのかもしれません。


angel0425 at 13:33コメント(0)悲しみ 

いつもと同じ

b9e031f3.jpgいつもと同じ朝でした。
いつもと同じようにご主人を送り出し、いつもと同じように家事をして、いつもと同じようにご主人の帰りを待っていました。
でも、帰ってきたのは二度と笑う事のないご主人でした。
二度と会話を交わすことも出来ない、二度と目を開ける事もないご主人でした。
ご主人は仕事中の事故でお亡くなりになったのです。 

お宅へ伺うと泣き腫らした目をして奥様が迎えて下さいました。
未だに何が起きたのか理解できていないご様子です。
納体袋に裸で入れられたご主人は打ち身で変色し、腫れたお顔だけを袋から出された状態で横たわっていました。
納体袋から出し、お身体の状態を確認しながらお身体を拭いて差し上げます。
身体中に打ち身があり、左腕は骨折しています。
右の脇腹には何か鋭い物が刺さったのでしょうか。刺し傷のような傷から出血しています。
その姿はとても痛々しく、奥様がご覧になるには堪えません。
即死だったのでしょう。
傷の手当てをして、奥様がご用意して下さったお洋服に着替えます。
ご家族は近くには寄って来ません。
傷ついたお身体をご覧になるのが辛いのでしょう。
お顔の打ち身をファンデーションで隠し、少量の含み綿で微笑んだようなお顔に整えます。
髪の毛をセットしてお支度が整いました。
ようやく側にいらしたご家族はきっと今がご主人と向き合う最初の時間なのかもしれません。
手を握り無言で涙を流していました。

いつもと同じ日が明日も必ず来るとは限らないのです。
いつもと同じように送り出したご主人やお子さんが、いつもと同じように帰って来ることはとても幸せな事なのかもしれません。



angel0425 at 13:30コメント(0)悲しみ 

2022年12月10日

大往生

c6ea59a1.jpg皆さんは「大往生」と言う言葉からどんな「死」を想像しますか?
100歳まで生きた死。
長生きをして安らかに亡くなった死。

67歳のご主人がお亡くなりになりました。
60代と言えばまだまだ早すぎる死です。
奥様と娘さんがバタバタと忙しそうにご主人の側を動き回っていました。
その傍らで私はご主人のお支度を整えます。
温かいタオルでお身体を拭き、用意した下さったお洋服にお着替えをします。
お顔を剃り、なるべく安らかな表情になるようお顔を整えます。
お支度が整うと奥様が側にいらしておっしゃいました。
「この人は好きな事をたくさんやったんだよ。」
ご主人は50歳で定年させてくれとおっしゃり、50歳でお仕事を辞めたそうです。
そして、それからは好きな事をたくさんしてきました。
時には、見慣れないスポーツカーが置いてあると思ったら、
「今日、買ってきた!」
時には、
「良い山があったから、山を買ったよ!」
そして、ユンボまで購入し、ご自分で山を開拓し、石垣を積み、小屋まで建てたそうです。
その山で、釣りをして、山菜を摘み、家族や友人を呼んでは料理を振る舞い、人生を満喫しました。それは亡くなる3か月前まで続きました。
但し、家庭のお金には一切手を付けず、全てご自分のポケットマネーで楽しんでいたので、ご家族は呆れる事はあっても、怒る事はなかったそうです。

まだ67歳。
しかし、ご主人の人生はやりたい事は全て満喫し、とても充実した人生であったに違いありません。
たった67年しか生きられなくても、ご主人の死は「大往生」であったのではないのでしょうか。
人生、長く生きる事だけが「大往生」ではなく、自分の人生を振り返った時、
「ああ、良い人生だった!」
そう思う事が出来れば、たった67年の人生でも「大往生」だと思うのです。



angel0425 at 11:04コメント(0)癒し 
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