May 24, 2005

★NICOLETTE『Life Loves Us』ライナー

文■近藤牧子(DISC SHOP ZERO)

 「いったい、何処の国の人なんだろう?」――マッシヴ・アタック「Sly」でニコレットの歌声を初めて聴いた時に、瞬間的にそう思った。その後、アジア、しかもベトナム辺りの音楽のような旋律を、無邪気な子供のような声で歌い、日本の着物をアレンジした衣裳にカツラを被った黒い肌の彼女をプロモーション・ビデオで見る機会があり、いたって普通の高校生だった私はその無国籍な佇まいに更にショックを受けた。ひと時代前のソウルやファンクをサンプリングするというヒップホップの手法を用いながら全く新しい観点でボーカリストを起用したマッシヴ・アタックのセンスも然ることながら、彼女のミステリアスな存在が強く印象に残り、その映像をわざわざ録画して繰り返し観ていたほど気になる存在だった。
 普通の女子高校生にもそんな輩がいたくらいだから、ニコレットの名前を“大好きなアーティスト”として挙げるファンは数多くいることだろう。ただし、目立った活動の多くは1997年頃までのことであり、その後の状活動況を知らせる大きなニュースは少なくとも一般のファンには届かず、遠い眼をしながら彼女の作品について語り、彼女が関わった過去の作品蒐集に力を注いでいるという辛抱強いファンに出逢う事も少なくなった。そんな2005年、ニコレットのニュー・アルバムが完成したという嬉しいニュースが舞い込んだ。

 本作『ライフ・ラヴズ・アス』は、ニコレット自らが立ち上げた〈アーリー・レコーズ〉(2002年にアルバム収録曲でもある『Wholesome』12インチ・シングルがリリースされたものの、手に入れられた人は少ない様子)から届けられ、作詩・作曲・プログラミングをはじめ全てのプロデュースを彼女自身が手掛けた初めてのアルバム。イメージから音が生まれパッケージされてファンの手許に届くまで、あらゆる面で彼女の意向が反映された作品となっている。
 これまでは、おもに外部プロデューサーが制作したトラックにボーカルをのせた作品を多く発表していたため、“ニコレット”と聞いてまず思い浮かべる彼女の印象は思ったより人それぞれで、個人的には真の彼女の姿は薄い霧のかかったような見えにくさがあったのも事実だ。言い換えれば、これまででいちばん彼女を理解する手がかりになる作品とも言える『ライフ・ラヴズ・アス』。彼女の生い立ちと、アルバムの心踊るポイントをいくつか示しながら、彼女の魅力について記してみたいと思う。

 ニコレットは、西アフリカのナイジェリア人であり英文学や心理学に携わっていた両親の間にスコットランドで生まれた。イボ語(ナイジェリアの大部族イボ族の言葉)と伝統的なナイジェリアの信仰、それに文学や音楽を幼少の頃から教わり、将来は小説家や詩人になることを夢見てパリの大学に進学。幼少の頃から、両親が所有するアフリカン・ジャズ、ブルース、クラシック、カントリー、カリプソ、ソウルなどのレコードを聴いて育ったという。その後移り住んだイギリスでは、幼少の頃からの音楽への衝動を捨てきれずに、レストランやキャバレーでジャズを演奏するバンドを結成。スタンダードはほどほどに、一種の前衛的スピリチュアル・ジャズに歌を乗せていた。そして1990年に初期ブレイクビーツ〜ジャングルの先進的なレーベルとして現在も評価が高い〈シャット・アップ・アンド・ダンス〉からデビュー。ブレイクビーツにスタンダード・ジャズ(ガーシュインの「サマータイム」)のボーカルを乗せるというパフォーマンスでオーディションに一発合格したという逸話は、彼女が、ジャズやソウルの名シンガーを引き合いに出されるようなスピリチュアルなボーカルをドラムンベースやブレイクビーツといった最新型の音楽へ乗せるというスタイルに対して、この頃から既に明確なビジョンを持っていたことを証明している。

NICOLETTE / NOW IS EARLY MASSIVE ATTACK / PROTECTION NICOLETTE / LET NO ONE LIVE RENT FREE IN YOUR HEAD

 1992年〈シャット・アップ・アンド・ダンス〉からのファースト・アルバム『ナウ・イズ・アーリー』(1992年)のリリース後、1994年にマッシヴ・アタックのセカンド・アルバム『プロテクション』に収録されている「SLY」「THREE」に客演。1996年には、プラッド、4ヒーローのディーゴ、アレック・エンパイアなどソリッドなテクノ〜ドラムンベースのプロデューサーたちが参加したアルバム『官能的超現実体験への誘惑(Let No-One Live Rent Free In Your Head)』を、ジャイルス・ピーターソンの〈トーキン・ラウド〉からリリース。その後ドイツの〈!K7〉からのシリーズ『DJキックス』では、ジャングルやドラムンベースを数多くフィーチャーしたDJプレイを披露した。

 こうした活動経歴を見ると、所謂テクノ〜ドラムンベースのクリエイターと多く共演しているが、「一種のエネルギーの塊としてクラブ・ミュージックに強く興味を持ち、そこに異質なもの=自らのボーカルを組み合わせることに楽しさと喜びを感じる」と語る彼女自身、これらのトラックを奇妙なジャズと同一線上に捉えているようだ。「聴いたことのないビートを組み合わせて聴いたことのないハーモニーを創って、それが凄くエキサイティングなジャズに聴こえる」という考え方の下でトラック制作も自らが手掛けた本作には、熟練のクリエイターではあり得ないような危うい音と音のぶつかい合いや、風変わりな耳当たりの音が自由に濃縮されて、なんともいえない独自の味わいとなっている曲が収録されている。
 例えば、シングル・カットとしてリミックス・ヴァージョンが12インチ・アナログ盤でもリリースされた「Sunshine」。陶酔的なシンセサイザーと対照的に、ギュッと音の詰まった変則的なベースが異質なもの同士で組み合わされ、そこに彼女のボーカル、さらに何重にも重ねられたコーラスが絡み合い、声までをも楽器のように操った呪術的な雰囲気と、トラックのフロアへのアプローチを同時に感じさせてくれる。エッジの効いたビートと戯れるように、剥き出しの感情のままに揺れ動く節回しのセンスは、生の喜びから見えないものへの恐れまで、動物的な直感を働かせているようにも思え、そこには少なからずアフリカの文化や信仰に身近に触れていたことの影響を伺わせる。
 言葉の裏に深い意味を暗示しながらも巧みに韻を踏む詩は、文学への傾倒はもちろん、遡っては両親の携わっていた心理学からの影響で、「人の言動の裏にある本当の意味を探る」ことを身につけたという彼女ならではのもの。一貫して一人称“I”で綴られる歌詞は、「生きること」についてのパーソナルな見方を様々なテーマとシチュエーションに置き換えて語られており、恋の魅力を肉体的な比喩で綴る「Jenny」や「Uguent Waves」、人との関わりで生まれる悲しみと喜びを暗示した「Down Day」、“I'm on the crest of a high wave, feeling on top of the world”と昂揚し開放的な気持ちを表現した「High Wave」のように、感情の動きを表現する謎めいた詩は、聴き手の解釈によって微妙にニュアンスが異なる繊細で想像力を刺激する言葉が選ばれているように思える。言葉というものは辞書が存在するように、物事や現象を共通の観念に押し込めてしまう閉鎖的な一面があると私は考えるが、ニコレットの歌にはそれを感じさせない、真に自由な言葉使いのテクニックが駆使されている。
 一方で、地位やお金に人生の意味はないと語る「Wholesome」や矛盾に対して“I don't think so!”とコーラスを繰り返す「I Am Where The Party's At」のように、間違っていると思うものに対する明確な否定のメッセージもあり、まるで「ただ可愛いだけじゃないのよ」と背筋を伸ばしているような、強い一面も感じさせてくれる。
 また、各曲の間には、身近な兄弟も登場する会話や、アフリカン・スポークンワード、ニコレットの妖艶なコーラスによるインタルード(間奏)が挿入されている。それは次曲への布石だったり、前曲の昂揚した気分を鎮めるものだったり、郷愁を誘うものだったり、あるいは現実に引き戻すものだったり……と、ニコレットの無邪気な感情の起伏の激しさを柔らげるようなクッション的役割を果たしている。

 このようにじっくりと聴き込んでみると、「ウマイ!」と思わせる箇所がいくらでもあり、ニコレットのアカデミックな技術と考え方には感心させられるばかりだが、聴き終えてはっきりと強く心に残るものは、音と歌声に込められた彼女の動物的なエネルギーに他ならない。明らかにキーのはずれたメロディーもあるし、ストレンジな音も多く選ばれているのにもかかわらず、それさえも子供のような純粋さと明るくポジティヴなエネルギーを感じさせ、「テーマはいつもfreedomとlove」(!)と彼女も言っているように、ただ「おもしろい!」「楽しい!」という本来の音楽のあり方を思い出させてくれる、実にシンプルな力を秘めている。

 アルバムの始まりと終わりを告げるマザーグースのメロディーに乗せた言葉のように、この作品を「Whatever you do, don't forget the fascination... life is but a dream」(何をする時も楽しまなくちゃ、人生は所詮夢の続きなんだから)という気分で聴いていただけたなら、それこそが彼女の本望ではないだろうか。


NICOLETTE
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