2010年12月14日

[アニキ道場]は、[親から子へのバトンの渡し方]にリニューアルします

皆様


3年にわたるアニキ道場をご愛読いただきまして、

誠にありがとうございます。

素晴らしい出来事には、グッジョブ

だらしない出来事には、喝

入れてまいりました。



このたびアニキ道場は、生まれ変わりをします。


題して


親から子へのバトンの渡し方




オレの人生のミッションは「家族愛」。



これはオレのオヤジが、5年前にガンの闘病をしていた時に降ってきた。


オヤジはのどのガンだったので、闘病日誌を欠かさず書いていた。


一年半の闘病の後、他界したわけだが、
その時闘病日誌を読んで、気付いたのだ。



1歳で母を亡くし、

継母から虐待を受け、

養子に出され、

けっして恵まれたといえない幼少時代を過ごしたオヤジ。



ふつうはグレてもおかしくないところを、

家族への愛情だけは、しっかり貫いて生きていた。




死期が近づいたオヤジが最後まで望んでいたもの



それは、


名誉や、


お金や、


地位や、


豊かな生活でもなく



単に、



「家族の笑顔に囲まれること」。





それが闘病日誌をよんで、大いに気づかされた。





オレには、もう恩を返す相手がいない。



だから、恩を次の世代に送りたい。



そのためにも、親から子へのバトンの渡し方にこだわっていきたいのだ。







今秋から、ご縁のあった方に

同じ題のメルマガを月に2回のペースで発行している。




毎回、自分のありったけの魂(ソウル)を込めて、書いているつもりだ。




感想をいただいている。


「毎回楽しみにしています」

「親子の関係をもう一度考え直しました」

「泣きました」

「子が親を思う気持ちもあるのですね…」

「心がわしづかみされた」





ありがたいことである。



そんな中、

新たに出会った人から、バックなナンバーが読みたい。

そんな問い合わせがあった。




そこで、年明けからはこのブログで、そのメルマガのバックナンバーを掲載していこうと思う。





もちろん、メルマガが届いていない読者で、


リアルタイムでメルマガを配信してほしい、そう思っている方がいれば


ぜひご連絡いただきたい。


すぐに登録してお送りいたします。

info@anikiniomakase.com



















2010年10月08日

「親分」ありがとう

親分こと大沢啓二さんがガンで死去した。



アニキ道場をお読みの方は、すでにお気づきだと思うが

「あっぱれ!」「喝!」

テレビでの親分のコメントは

このブログでのモチーフとして愛用している。



親分の気さくで、厳しくて、でも愛が溢れる人柄は大好きだった。



あんなふうに、一本気にものを言って、
周りから愛される人間になりたいものだ。


「親分」とは「オヤジ」とニュアンスが通じる。


いずれも実の息子以外の人間が、親しみをこめて使う言葉である。



オレが付き合っている会社経営者は、「オヤジ」さんと言われ、慕われるような関係を部下からのぞんでいる人も多い。




大沢親分は豪放で、ざっくばらんな感じな人柄でありつつも、繊細な心遣いの人でもあったという。





「思い」をつなぐ

「未来」へつなぐ

親子事業承継。




大沢親分のように、

豪放で

親しみやすくて

愛があって

みんなに愛される、



そんな経営者を事業経営者とともに、また自分自身も目指していきたい。



いっぱい学びをいただいた。

ありがとう、大沢親分。

あなたを、おおいに参考にしていきたい。




合掌。











anikiniomakase at 12:30コメント(0)コーチ この記事をクリップ!

2010年10月05日

「許す」ことこそ人間の偉大さ

先週土曜日に、いのちをバトンタッチする会主催の「いのちの授業」のイベントに参加した。


代表の鈴木中人さんは、小児ガンによって娘さんを6歳で亡くしている。


娘さんを亡くした後、自分を責め、生きる意味を失っていたというが、

今は小児がんの子ども、その親御さん、そしてそれに関わる全ての人のためを支援するためにNPO活動をされている。


今回は、前半にPaixPaixさん、後半はより子さんとミュージシャン2組の豪華なイベントであった。




PaixPaixさんは、メジャーデビューしてまもなく10年を迎えるが、ずっとプリズンライブを続けている。


今回のライブの中で、そのプリズンライブに関わる人たちからの手紙を記した手記を紹介してくれた。



それは、塀の中に父を持つ娘さんの手紙。




父の犯した罪によって、周りの人から見られる目が変わり、高校も辞め働くことになり、何より母を悲しい目にあわせた父が許せなかったという。


しかし事件から2年半が経ち、ある日母が「お父さんに会いに行こう」と突然言われる。


躊躇しながら、会いに行くと


父は、とても小さく見えた。



そして父が一言。




「元気か…」



そのあと父は泣くばかりで会話にならなかったという。



そして面会時間が来て、母が一言、



「お父さん、いつまでも待っているからね」



その一言で、娘さんは涙が止まらなくなった。







事件には、加害者と被害者がいる。

被害者の気持ちを鑑みれば、とても許されないこともある。


罪を憎んで人を憎まず、というが容易なことではない。




だが、どんな罪を犯した人間にさえ

こうして償いを済ませば、許すことの出来る家族がいる。




大きく魂を揺さぶられた。




そこに家族の絆を見た。





「許す」ことが出来るのは

人間に与えられる偉大さのひとつではないかと思う。





「思い」をつなぐ

「未来」へつなぐ

親子事業承継。



オレが身をおく社会では、時に

相続が争続になるときもある。




だが、しかし、「許す」ことが出来る人間こそがすばらしい、のだとあらためて思い直したのである。


果たして、自分も



妻、子どもを許すことが出来るだろうか


親、友人を許すことが出来るだろうか


そして


ビジネス、社会での出来事を許すことが出来るだろうか




今は答えが出ない。



しかし「許し」こそ人間の器の大きさであることは間違いない。
















anikiniomakase at 14:51コメント(0)ひとの道 この記事をクリップ!

2010年09月06日

井上ひさし脚本「父と暮らせば」

土曜日に友人であるひじゃえ氏から、お誘いいただいていた芝居を見に行ってきた。



井上ひさし脚本。


劇団劇座、天野静雄主演。


「父と暮らせば」。





この物語は、


広島の原爆で亡くなった父と、その娘の交流を描いたものである。



登場人物はたったふたり、という演出にも関わらず、

1時間の舞台はあっという間であった。





原爆で生き残った娘の心の葛藤、生きることへの畏れ。


それを見守り、時に励まし、時に叱咤する父親。





なにより伝えたかったのは


「生きる」ことのしんどさと素晴らしさ。


そして万物が「生かされている」ことへの感謝。



グジョォォォォォォォブ





最期に娘がいう。


「おとったん、ありがとありました」






この台詞には…やられた。


男親であれば、なおさら涙なくしては見れないものであった。






親から子へ。

親子事業継承の場面でも、大事な引継ぎがある。




引継ぎが終わった後、


子どもに


「ありがとうございました」


と言われるほどうれしいものはない。









2010年08月18日

母のレシピ

今朝の新聞の中に「母のレシピ」と題した投稿があった。

とてもオレの親子事業承継における考え方と共鳴したので紹介したい。





田舎で一人暮らしをしていた母は、畑仕事が何よりの楽しみだった。
取れたものを料理したり、保存したりすることも得意だった。
私はいつかそのレシピを聞き、ノートにまとめておこうと思っていた。

ところが、病気一つしたことのなかった母が昨年、体調を崩して急きょ入院した。
床に伏す母を前に、レシピを聞こうか聞くまいか、迷った。
聞くことが母の死期を早めてしまうのでは、と思い、ついに聞けないまま、母は旅立った。

今年は、家族みんなが大好きだった母の梅干しがない。
私は料理本を片手に、梅干し作りに初めて挑戦した。
漬ける前はなぜ、作り方を聞いておかなかったのか後悔でいっぱいだった。

しかし、梅を洗い、丁寧に拭き、かめに漬け込んでいくうちに気持ちが変わった。
母もきっとこうして一つ一つの作業に思いを込めてやっていたのだろう。
母だって最初からあの味を出せたわけではない。
母の味を受け継ぎながら、自分自身の味を作り出していくことも大切ではないかと思えるようになった。
後悔の念も消えていった。

梅雨明けの天気の良い日に梅を天日干しにして食べてみた。
まだ母の味には程遠い。
が、いつか納得の行く味になるよう、楽しみながら漬けていきたい。
その味を今度はわが子が受け継いでくれたら、最高だ。
(51歳・女性)



グジョォォォォォォォォブ



レシピを生前に聞けなかった後悔が、

自身が梅干しを作ることに挑戦することによって、

消えた。


それは、

親が通ってきた道、感じたこと、その思い全てが、

しっかりと伝わり、

そして、それを次の世代に継承していくのだ、

という思いに転化したことに他ならないのである。





「思い」をつなぐ


「未来」へつなぐ


親子事業承継。




オレは、こんな風に親の思いをつないでいってくれる経営者と、共に歩んで行くのが至上の喜び、である。







2010年08月09日

恩師の叙勲記念パーティ

昨日、恩師である可児島敏雄先生の叙勲の受賞記念パーティに参加した。



可児島先生は、名古屋大学〜名古屋学院大学で教鞭をとられ、公認会計士の試験委員を6年、大学入試センターの試験委員を3年、日本商工会議所の簿記検定試験委員を30年務めておられる、ドイツ会計学の流れを汲む、会計学の大家である。

そのゼミ生は500名あまり、うち公認会計士は100名、税理士が80名もいる!のである。



パーティは名古屋大学、名古屋学院大学合同のゼミ生主催によるものだ。



叙勲はこの春だったので、様々なパーティが催されてきたそうで、今回のゼミ生のパーティが最後である、とおっしゃっていた。



先生は、なによりも笑っていた。

サイコーの笑顔だった。

教え子たちに囲まれてお祝いしてもらえていることもあるだろう、他のパーティより笑顔がはじけていた。


厳しい先生で有名だったので、その笑顔とのコントラストがさらにまぶしいものに感じられた。



そんな笑顔の先生を見て、オレもうれしくてたまらなかった。



オレは先生の教鞭を取られた60年近くに及ぶなかで最後の教え子である。


ゼミでは中国からの留学生が一人いただけだったので、毎週のゼミでは先生を「ひとりじめ」の状態であった。


これだけの先生を独り占めしていたことは、とてもありえないことでもある。




厳しい先生ではあったが、とても温かく接してくださった。




特に、オレが父親の病気で会計事務所を辞め、父親の会社を継ぐことになり、

税理士への道をあきらめかけたとき、

先生がオレをゼミに誘ってくださったことを忘れられない。




だから、今の仕事をしていられるのも、税理士として開業していられるのも、


全て先生のおかげである。



ゼミ生は先生からすると「弟子」というように、「弟」となるわけだが、

オレは、年齢からするともう父と息子に近い。




オレは先生の教えを守り、発展させ、その結果オレの事業が伸びていくことが先生への恩返しである、と考えている。


普段は時の便りだけであっても、先生はいつもオレを気遣ってくださっている。

ありがたいことである。





まさに、このことはオレの目指す親子事業承継でも同じである。




先代は、引退しても、いつも気遣いして、見守ってくれる存在。


そしてその思いを継承し、発展させるのがジュニアの宿命(さだめ)である。




あらためて、先生に感謝である。












anikiniomakase at 13:50コメント(0)コーチ この記事をクリップ!

2010年08月05日

2児ネグレクトに関する報道

7月31日、心の痛むニュースが流れた。


大阪でネグレクトにより2児が命を落とした。




子どもたちのことを思うと涙が止まらなくなる。

苦しかったろう、そしてつらかったろう。




報道は23歳の母の非業に

「鬼母」

「人間のすることではない」

などの言葉を浴びせているものが目立った。





喝だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ツ


確かに子を育てることは、人として大きな責任を負うことになる。
しかし厳しく責めるだけでは何も変わらないんだ!



人間は弱いものだ。


関連する記事から、彼女も最初から、ネグレクトするつもりではなかったようだ。





果たして周りの人間が、社会が、何か出来ることはなかったのだろうか。



彼女を一方的に責めることは、最も安易なことである。


感情的には許されることではないが、


日本で虐待により命を落とし続けている子どもたちがいることを


自分ごととして、何か行動することが必要ではなかろうか。




サンシャイン学園、早く立ち上げねば。











anikiniomakase at 17:43コメント(0)ひとの道 この記事をクリップ!

2010年07月06日

閉鎖的な組織の弊害

大相撲の失態が続いている。

その失態は、力士だけではなく組織の問題である。


大嶽親方と琴光喜がクビになった。これは妥当だと思うが、世間の指摘にあるように「トカゲの尻尾きり」感が強い。


リンチ問題、大麻事件、横綱朝青龍の暴行問題など、その都度自浄作用が求められ、何度も頭を下げてきた上でこの始末である。

いまだ親方衆の中には、土俵にあがったことの無い人間が理事会に関わることに反対の仁が多くいるようである。



喝だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ツ



残念なことに、閉鎖的な組織の最たる弊害がここに現れている。



常識が非常識。


狭い世界の中で、純粋培養で育ってきたなかでの不幸。


力士の多くは、中学を卒業し、すぐに部屋に入門。

部屋の先輩の世話で上下関係を学び、下積みをしていく。



しかし、その先輩と言っても社会経験はゼロである。


自分が奉仕したことに対するお役立ちの対価である報酬が、お金であるべきと考えるが、その当たり前の経験は少ない。


出世すれば、タニマチからちやほやされ、高額のお金が入ってくる。

そのお金の使い道に対して、指導すべきだと思うが、

指導する立場の人間も同じ道で来た人間である。



常識の違う人間に、常識が教えられるのだろうか。





オレの関わるのは、まさに閉鎖会社と呼ばれる中小会社ばかりである。

親族などで経営陣が占められる場合も多い。


しかし、多くの経営者は後継者候補を必ず外で修行させる選択をする。


外で仕事することで、世間を知り、常識を知り、親の会社や仕事を客観的な視点で眺めることができる。



これが重要なのだ。


そしていったん入ってからも、真摯に外部の人間の意見に耳を傾ける必要がある。



オレのような税理士や弁護士などがそれに含まれてくるだろう。


会社のことを思うからこそ、私的な欲には厳しい意見を言うし、世間での判断の助けになるアドバイスをする。



もう一度、大相撲の協会をの役員を占める親方衆に心を入れ替え、真摯な態度を求めたい。


自分たちは大相撲の社会では出世したかもしれないが、

世間の常識を満たし、高い志を持っている人間であることを求められていることを自覚して欲しい。




そうでなければ、公益法人としての優遇は辞退すべきである。










anikiniomakase at 12:33コメント(0)経営 この記事をクリップ!

2010年07月01日

叱咤と批評

最近のワールドカップの記事を見て、気がついたことがある。


サッカー評論家、芸能人など、多くの方が新聞などで日本代表につきコメントをしている。


特にオレが好きなのは、オシム前日本代表監督である。


辛口のコメントである。


名指しで選手を叱咤している。


そして気持ちをストレートに伝えてくる。




だが、不思議と納得できる。

すーっと入ってくる。





しかし、一方で、個人攻撃や読むに耐えない批評記事もある。



同じような内容でも

この違いは何か?






「愛」である。



オシムの言葉の裏には、選手や日本代表に対する(もちろん監督に対しても)、大きな期待とそれがお前たちならできる、というメッセージを感じるのである。



言葉にするのなら、「叱咤」。


愛に裏付けられた、厳しい言葉。






批評や批判は、そこがない。

自分の意見の押し付けである。




自分を含めて経営の場で、会社で働くメンバーに対して、


「叱咤」できているか。


優しくすることはたやすい。






大いに考えさせられる。



そこに「愛」があるか。



オレのテーマである親子の事業承継でもよくある。



ジュニアはもう物心ついたときには、親父さんの会社がすでにあって、もうそこで働いている人がいて、

そして会社に入って、ついには経営者になる。

すると、自分の思うとおりに人が動かないと、みなぼやく。

それでは、口から出る言葉が、不満や非難として伝わってしまうのだ。





「感謝」と「愛」をもって接すること。

これが当たり前のこととしてできてはじめて、本当の経営者となれるのである。














anikiniomakase at 17:35コメント(0)ひと育て この記事をクリップ!

2010年06月30日

日本らしさ、それはチームワーク

昨夜は夜遅くまでテレビで応援していた人も多かったと思う。

ワールドカップ、決勝トーナメント1回戦のパラグアイ戦である。


まさかの延長戦で、PK戦までもつれるとは思っていなかった(正直勝つまでは、と思っていた)。


ワールドカップ戦前の予想では、3戦全敗で予選リーグ敗退が大方の予想ではなかったか。




しかし日本代表は素晴らしかった。

カメルーン戦に勝利したとき、ベンチメンバーが一目散にピッチ上の選手に駆け出し、勝利を喜ぶ姿を見て、感動した。


グッジョォォォォォブ



デンマーク戦をのぞくと、日本の戦い方は退屈である、と決して評価されていないようである。

だが、勝利を目指すことに最大価値を置いたのは間違いなかったと思う。



アジアでは、きれいなパスワークをみせて感嘆のどよめきをサポーターからもらうこともしばしばの日本代表だったが、勝てないのでは意味が無いのだ。



目的はきれいなサッカーを見せることではなく、勝つことであるはずである。




その戦術は、チームワーク、組織で戦う、ことであった。


ボールに触れない選手も、最後まで懸命に走っていた。

試合に出ない選手も、懸命に声を出していた。



日本らしい戦いではなかったか。




会社経営では、欧米の成果主義が闊歩し、個人主義的な空気が支配し、本来ならパフォーマンスが上がるべき改革が、モチベーションの低下を招いている。


欧米のやり方が素晴らしいからといって、真似をしたとしても、決して日本でうまくいくとは限らないのである。


個ではなく、組織でパフォーマンスを高める。



日本らしさが世界に通用することを証明したと思う。





ただ、もっと上を目指すのなら、組織で戦いながらも、局面では個人で戦うところもやはり必要となる。




PK負けで先へ進めなかったことは、本当に悔しいが、

日本代表は胸を張って帰ってきて欲しい。








anikiniomakase at 17:17コメント(0)経営 この記事をクリップ!
Profile
最新コメント
  • ライブドアブログ