2013年08月12日

アニマルポリス

130803カイツブリ
さて
「動物の愛護及び管理に関する法律」が平成24年9月に改正され、
平成25年9月1日から施行される。



動物の遺棄・殺傷・不適切な飼育に対する罰則が
大きく引き上げられ
動物取扱業分野の新設や義務項目が強化される。


そのような背景には
全国各地ではいまだ動物虐待が後を絶たず、
動物を愛し、守ろうとする国民の心を苦しめている実情がある。

命ある動物を家族の一員、社会の一員として
慈しみの心で愛護しようとする人々や団体の努力は
今回の改正でひとつの前進を果たすことになった。

が、

そのような人々の心には
いかに法律が改正され、強化が図られたとしても
どうにもならないジレンマと不信感がある。

それは

いかに法律がよい方向に書き換えられたとしても
法律を実行する行政と警察の連携が強化されないかぎり、
新法律が機能しないということだ。

「絵に描いた餅」ということ。


「動物の自由と生命を守る」という理想を実現するためには
不正行為と違法行為者を定義する法律と
その法律を適用して実施する権力がバランスよく行使されなければ
実態は変わらない。

しかし、現時点では
前者・法律は少しずつ進展をとげているけれども
後者・実施者はまるで未発達と言ってよい。

「道具があっても使える医者がいないので治せない病気」のようである。


そこで

改正法の内容を具体化するため
ある女優さんが発起人となって
動物虐待を適切に取り締まる専門機関
「アニマルポリス」を設置する活動が京都で始まった。

アニマルポリスとは

アメリカに存在する
動物虐待を監視・摘発する組織。
公的機関として捜索・逮捕権限をもつ。

この制度が京都でうまく構築でき模範例になれば、
全国に広げることも夢ではないとのことである。


その活動の趣旨と内容を見てみよう。
(以下、ブログより引用)


例えば、動管法や動物関連法に精通した警察官を
警察署内に担当官として置く。

もしくは動物遺棄虐待の専門部署を創設する

または、警察官を動物行政部局へ出向・派遣する。

もしくは動物行政部局に警察OBを配置する。

そして、その担当部署ないし担当警察官の通称を
「アニマルポリス」として市民に周知。

動物虐待事案が発生した場合、
管轄の動物愛護行政職員・獣医師等とともに
アニマルポリスが同行し、
必要に応じて捜査・指導・検挙を行う。


以上のような内容を京都市長に要望いたします。


人と動物が幸せに共生できる社会こそが
豊かで優れた社会であり、

人の真の幸福は、
そんな社会にしか存在しないとつくづく思います。

「京都から日本初のアニマルポリス」にご賛同いただいた方は、
署名のご協力よろしくお願い致しますm(__)m


・・・という内容で、現在署名活動をされています。


上記の提訴文をもっと簡単にして考えてみよう。

〃抻―陲貌以に関する法律に詳しい警察官(アニマルポリス)を置く。
または、動物遺棄虐待の専門部署をつくる。

>>>警察にアニマルポリス課をつくる。

動物に関する法律に詳しい警察官(アニマルポリス)を
動物行政部局(県環境課や保健所など)に置く。
警察OBでもよい。

>>県庁・市区町村・保健所などにアニマルポリス課をつくる。
  アニマルポリスは現役・OB警察官


F以虐待事案が発生した場合
管轄の動物愛護行政職員・獣医師等とともに
アニマルポリスが同行して捜査・指導・検挙を行う。

>>問題解決には行政職員・獣医師・アニマルポリスが共にあたる。


解釈が違っていたら申し訳ないけど、こういうことかな?


で、私は思った。


私は「アニマルポリス」という組織の創設には大賛成である。
私的には「アニマルポリス」という名称はあんまり好きではないが
呼び方なんぞはどうだっていい。

だが
上記の内容・運営方法にはかなり疑問がある。

なぜならば
結局、「今いる警察官かOBを訓練して動物専門係にしましょう」ということだけど
ものごとのスジが逆じゃないかなと思うのだ。

そもそも、訴求している動物愛護の団体や個人は
「自分は動物が好きだ。彼らを助けたい。守りたい。生きて欲しい。」
という思いから始まったのではないか?

「好きこそものの上手なれ」というが、
「愛情」という人間の感情は、時に奇跡をも起こす大きな力を発揮する。
子を守ろうとする母親も、友を助けようとする仲間も、
地域を復興させようとする人々も
そのパワーの源は「何かを愛するエネルギー」である。
「動物たちを守りたい」とアニマルポリスの創設を願う人々も同じであろう。
動物たちを心から愛しているからこそ
そのような活動を熱意をもって行っているに違いない。

しかし
現職の警察官たちはどうだろうか?
現職およびOB警察官の多くから
「アニマルポリス創設」の声が上がっているのだろうか?
県や市の職員はどうだろうか?
獣医師たちはどうだろうか?


私は現在
野鳥や動物の自由と生命を守りたくて
密猟や違法飼養者、また、劣悪ペットショプオーナーと戦っているので
法と法の実効についてはジレンマとはがゆさを実感している一人だ。
結局は「権限のない者」にとっては
例えそれが正義の理由からでも制裁に限度がある。
「こんなことしちゃダメですよ」と言ったところで、相手は痛くもかゆくもないし
「一体あんたは何者や? 何の権限がある?」と必ずナメてかかる。
それでも違反者を最終的に廃業に追い込むには
「権限を有するもの」の力を発動させなければならない。
警察や保健所などの公的機関だ。

しかし、いくら「動物は家族の一員、命あるもの」と叫んだところで
警察の立場からすれば動物はタダの「物品」に過ぎない。
法の定義を逸脱した感情論で動かないのが彼らの仕事である。
だから、そもそも、動物の飼養管理の良し悪しなんぞ知る由もないし、必要もない。
動物愛護法や鳥獣保護法の法律を暗記することはできても
動物飼養のなんたるかを知る必要のない輩である。

その輩は現実に、私が努力して助け出した動物を多く殺してしまった。
動物はどう扱うと死んでしまうのかを知らないからである。

そういった連中・実際に動物を見たことも飼ったこともない人間に
「はい。今日からあなたは動物専門係ですよ」と言ったところで
仕事としての任務遂行の責任感は持てるであろうが
それは
恐ろしい動物虐待やその死を見つめ
そこから突き動かされるように行動している人間の責任感とは別物ではないか。
「動物への愛」から出発した人間と
「動物専門係」に任命された後に「動物への愛」が必要になった人間とは違う。

「奇跡を起こす愛情エネルギー」をもつ者は
任命されてやるものではないように私は思う。


これらのことから
私が単純に疑問に思うことがある。


まず、上記設置活動をしている人々は
なぜ「警察署に」「現職警察の」「アニマルポリス」を
望んでいるのだろうか。

予想するに、「現状今すぐに」「逮捕・検挙」をしたいということではないかと思う。
つまり、「現在権限を持っている人に
すぐ権力を行使してほしい」という気持ちはわからないでもない。
しかし、その警察官は権力はあっても
そのモチベーションと動物飼養知識は皆無であることはすでに書いた。

では、仮に警察内に動物専門部署を作るとして
外部から動物飼養や医療のベテランを担当官として入署させることはできないのだろうか?
または、そのような人材を公募試験で一から育てるのもいいかもしれない。
それだと勿論「現状すぐに活動」とはいかないが、
その分野のプロ育成には時間もコストも投資しなければならぬ。
動物が「病気で痩せている」のか「虐待で痩せている」のか見分けもつかない者には
権力を与えられない。
極端な話、活動の発起人なり代表者が警察官試験を受けて警察官になり、
内部で旗を掲げてはどうか。


警察や行政は国民の税金でまかなわれている。

国民生活の中での不正や社会不安の解消を図るために
税金が投入されることには大賛成である。

が、
アニマルポリス創設を切に望む人々が一切監視・確認できなくなる警察という組織に、
「早く創って全部やってね」と丸投げでよいのだろうか?
どういう運営をしていくのが効果的かを熟知しているのは、
警察ではナイのではなかろうか?
そんな論理で納税者の国民に広く賛同を得られるのだろうか?


ここからは余談であるが
私は密猟者・違法飼養者を見つけ出す「バードポリス」を勝手にやっていて
勿論、体力も時間も費用もオール自腹である。
それは好きでやっているので問題はない。
やっている中で
確かに最終的には「制裁」の権限はない。
先ほども書いたが、そこは公的機関の裁量にゆだねるしかない。
だから、証拠固めや状況チェックを綿密に行わなければ
行政や警察その他は動いてくれない。
だから独りよがりでない努力が必要だ。

一方、警察や行政は法律に基づいてもっともな発言は得意だ。
「人間としての情」なんてものを説いたところで無意味で、
自分たちの領域から一歩たりとも出ることはしない。
俗に言う「お役所シゴト」である。

そういう人々が、状況によって領域出まくりの「生き物」を扱うのだから、
生き物はたまったもんではない。
死んでしまう動物もいて当たり前なのである。
しかし、そのような現状判断の応急処置などを
警察や役所にいくら叫んでもムダである。
お役所は動物保護センターではないと言うなら
いっそ動物保護センターの職員を全員警察官にして
「生き物」について少しは学んでいただきたいものである。


ならばだ。

なんのしがらみも勤務時間も役職も管轄も風評も気にしないでできる「ひとりポリス」の方が調査も監視も記録もよっぽどやりやすく迅速だ思うこともある。
そうすれば
「今日はプールの水質を調べに行くので、瀕死の動物は見にいかれません」という言葉にムカつくこともないかもしれない。


新規にものごとを立ち上げようとするならば
どこかに陳情嘆願・丸投げではうまくいかないように思う私である。

私なら「自分がやらないと気が済まない」というのもあるけどね。
  
Posted by animania1 at 23:33

2012年09月06日

9月1日に・・・

とんでもないことが起こりました。

しばらくは更新・返信できません。

すみません。
  
Posted by animania1 at 15:08

2012年08月26日

暑い熱い

120821入道雲
今年が特別なのか・・・

ワタシの体が
弱っているのか・・・


この夏はめちゃめちゃ暑くて
エアコンが消せません。


120820猛暑

だってさ
室温と体温がおんなじですがな。

さすがに息が苦しいです。

鳥たちも32度になると危なくなってくるし
エアコンは
つけざるをえません。

電気代の請求がとても気になりますが
節電なんて言っている場合ぢゃありません。

全員 熱中症で死ぬよりましです。



「熱い」といえば

ロンドンオリンピックが閉幕した。


柔道に水泳のメドレーリレー、男子体操
フェンシングや女子レスリングは
本当にワクワク、ドキドキで感動的に観戦させてもらった。


競技を見ながら

ああ
この大会に野球やソフトボールがあったら
もっと熱狂的にアツかったのに・・・
というのがとても残念ではあったが

素晴らしいアスリートたちに
興奮と感動と
特に、学びの時間を与えてもらった
と思っている。


私は常々思うのだけれども

ヤンキース・イチローにしろ
陸上のボルトにしろ
水泳の北島康介にしろ
レスリングの吉田沙保里にしろ

超一流のスポーツ選手というのは
同時に「哲学者」であるということだ。

自分自身を客観的にとらえて
スポーツをするということ
スポーツで勝つということ
スポーツを続けるということ
それは自分とスポーツの間において
何であるかという
冷静な位置づけが確立されているように見える。

言葉がよく見つかんないけれども
陳腐な言い方をすれば
世界観というか
魂や精神というか

いずれにしろ
常人には想像を超えた境地であるのかも知れない。

その哲学から出てくる言葉は素晴らしい。


試合も金メダルも素晴らしいとは思うのだが

私はそのような世界観を知りえたことに深く感動し
彼らに心から感謝したいのだ。



高校野球も大阪桐蔭の春夏連覇で熱かった。

それにしても
大阪桐蔭という高校は
これまでにもスゴイ野球選手を多数育てている
優秀な学校なのだなとつくづく思う。

西武のオカワリもそうだし
今はメジャーのロッテの西岡もそうだし
中日の平田
阪神の岩田
日本ハムの中田翔など・・・
きっと素晴らしい「哲学」を持った指導者がいることだろう。

びっくりしたのは
準々決勝で敗れてしまった
神奈川の桐光学園のエース、左腕・松井裕樹投手だ。
あのスライダーはスゴイの前に超がつく。

桐光学園というのは
確か、学業成績が思わしくない生徒は退部になるとかで
文武両道を厳しく守る校風であったと記憶している。

きちんと勉強し、進路も定め、野球もよく練習し、試合に勝つ。
これは言葉で言うのはたやすいが
実際は並々ならぬ努力と強い気持ちが必要に違いない。
やはり自分自身に「哲学」がなければ続かないだろう。

ところで
松井裕樹投手。

まだ2年生だから
来年がとても楽しみだ。

たぶん
私なんかより
多くのプロのスカウトがそう思っていることだろう。

ケガをしないように
また来年も甲子園で一世を風靡してくれたまえ。



ところで

「熱い」ものがもうひとつあった。

感動的な「熱さ」とか
甲子園の「熱さ」とか
そういうプラスの「熱さ」ではなくて

けっこうムカついている
いわば
マイナスの「熱さ」だ。

それは
最近の
テレビ番組だ。


先日

夜のゴールデンタイムにテレビをつけた時
もー唖然としたというか
アホらしくなって
テレビのリモコンを投げ出してしまった。

というのは

どの局にチャンネルを合わせても
すべてがバカ騒ぎのバラエティー番組で
出演者は違うのだろうけれど
「番組の趣旨」とか「違い」というのがゼンゼン感じられないのだ。

さすがにNHKくらいは落ち着いて見られるものをやっているだろうと思ったら
これまた芸能人のお祭り騒ぎである。
みごとに裏切られた。

なんでこんなに同じようなプログラムを一斉に放映しているのか?

私以外の日本人はこの時間にバラエティー番組しか見ないのか!?

少しくらいはテレビ番組の内容を選ぶ権利はないのか!?


言っておくが

私は健康や政治をテーマにしたものや
社会派ドキュメンタリーなんてとても好きだけれども


最近の番組はなんだ!!!


健康医学番組にしろ
クイズ番組にしろ
地域・旅番組にしろ
なにをテーマにするにしても
必ずお笑い芸人やら
よくしゃべるうるさいタレントが大勢出てきて
我先にと大騒ぎだ。

ひとつの話題を進めるにしても
ひな段に座る大勢の芸人らが
いちいち茶々を入れたり
ツッコミをいれたりするので
話題がそれていったり、個人的な話にズレていったりして
ぜんぜん進まない。

挙句の果てに
「結果はCMのあと」とか
「この結末は次週」なんて後回しな話になり
結局知りたいことがよくわからなかったり
あやふや・時間切れで終わってしまう。

つまり
たっぷり一時間
お笑い芸人やタレントの
「見苦しいまでの営業活動」を見させられてしまうのだ。


番組表の「番組情報」を読んで
興味のあるテーマと期待して見ていたのに・・・
くうぅ・・・なんと無駄で腹立たしい時間だ・・・

医学を知るにも
クイズを楽しむにも
法律や政治を学ぶにも
料理の作り方を覚えるにも

あんたたちゃー

「必ずお笑い芸人がいなきゃあ、できないんですかっ!!!!!!?」



もうひとつ
熱く言おう。


にんにく
青汁
しじみ
さめの軟骨
黒酢
すっぽん
うこん

ダイエット食品
健康マシン
料理道具
掃除道具

etc....



夜中の

「通販番組はこれ以上やめてくれっ!!!!」

そんなに通販ばっか流したいのなら

「どこかの局でぜんぶまとめて一日中放送してくれ!!!」


それに・・・

ワタシが思うに
健康状態や肥満に不安があるのなら
とにかく医者に行って調べてもらって
処方された薬を飲んだほうがいいと思う。



いったい日本は
どうなっているのか。


そういえば
竹島や尖閣も熱かった。





暑い熱い2012の夏。



120819えだまめ
未知の生物
学名 「Eda Mamen」
(エダマメン)

夏によく飛来。



え?ヒマじゃないって。









  
Posted by animania1 at 07:34

2012年07月29日

ドタンバ

120722こつばめ
今年2回目の雛育で
もうすぐ自立する
子つばめ。



お父さんとお母さんに最後のごはんをもらいながら
猛暑の中
羽ばたく練習をしている。


もう少し筋肉がついたら
もう少し速く飛べるようになったら

お父さんとお母さんは
そっといなくなる。


若ツバメは
自分で虫を捕まえて
自分で雨をしのいで
一人で旅をして
恋もして
家も建てて

来年の夏には

今度は自分が
子ツバメたちのために
たくさん虫を集めてやるのだ。


だから

そのために

いっぱい食べておく。

いっぱい羽ばたいておく。

いっぱい鳴いておく。

今が
太い骨格と
病気に負けない強い力をつける一番大切な時。




大切な時と言えば・・・


ロンドンオリンピックが開幕した。


4年に一度の世界最大のスポーツの祭典。

選手たちはこの一回のチャンスに
これまでのすべてを賭ける。

オリンピックは
自分の真価を表すべき最も大事なところ。ここぞという大切な場面。
まさに正念場だ。


すでに
重量挙げで銀メダルを獲得した三宅宏実選手は

「12年に及ぶ選手生活を振り返ってみていかがでしたか?」
というインタビューに対して

「12年間、良かったことというのは、ほんの一瞬しかありませんでした。」
と述べていた。

オリンピックでメダリストになるためには
12年間もの長い月日の中
ほとんどが辛いこと、苦しいこと、大変なことばかりなのであろう。
それでも
そのスポーツを愛し
日々努力を重ね、目標をやり遂げる三宅選手の強靭な精神を
心から尊敬したい。


このような
自分に厳しく、しかし、輝く澄んだ瞳を持つ人を見るとき
相対的に
自分に甘く、実行力に乏しい自分が本当に情けなくなる。


私は「正念場の人」ではなく
明らかに「土壇場の人」である。


言い換えると「崖っぷちの人」ということだが

「崖っぷちの人」というと
崖の先端で
日の丸の扇子を持って叫んでいる松岡修造を連想してしまうが

「ワタシはどうせ何をやってもダメ人間ですから・・・」
なんて
冷蔵庫からすごすごと「伊右衛門・濃いめ」かなんか出して
ぐびっと飲んでいる私は
たぶん、松岡修造にブン殴られそうである。



先日

あるプロ野球チームのキャプテンがこんなことを言っていた。

プロ生活十数年のうち、何度も何度も大きなケガと手術、移籍を経て
現役プロ野球選手を続け、スタメン出場をしているベテラン選手である。

「人間は土壇場の時にその生き様が問われる。」


私はその言葉を聞いてハッとした。

本当にそう思う。

人は
「正念場」のときには「真価」が問われ
「土壇場」のときには「生き様」が問われるのだ。

だから

言い訳だの
責任転嫁だの
しかたがないだのと言って
逃げるのは一番卑怯だよな。


そういえば

別のチームのキャプテンは
昨年
大震災で大きな苦痛と悲しみを受けた日本人に
こう語りかけて名言となった。

「見せましょう。野球の底力。日本人の底力。」




そうだよ。

そうだよね。


すばらしいアスリートたちに元気と力をもらう思いだ。




おし。

見せましょう。

ワタシの生き様。

鳥類の底力。(?)




なんか


元気でたぞ。




強くはばたけ

つばめの子。


強くなって

大きな空を

自由に飛び回れ。



120422こつばめ2














  
Posted by animania1 at 13:29

2012年07月22日

証明写真

120716てんちん
てん

ヒヨドリ

和名「茶耳鳥」

♂ 6歳

好きな食べ物 ぶどう
性格     あまったれ


先日
必要があって
私は証明写真を撮りに行った。

と言っても
リッパな写真館ぢゃなくて
市場の入り口のところにある
証明写真ボックス。

1シート6カツトで400円。


ブサイクといえども
やっぱり少しでもキレイに写りたいので
普段はメッタにしないお化粧をしていったのだが・・・

印刷されて出てきた写真を見て驚いた。

「え! ジブンって、こんな顔くっつけて外歩いてたのっ!?」


その顔は・・・
ジブンで予想していたよりも
ひどく老け込んでいて
疲れて不健康で
性格悪そーーーな

「どこの犯罪者だよ?」

と言いたくなるような
ヒドイ顔だった。


この前
オウムの菊池直子が捕まった時に
手配写真と実物写真とがあまりに違うので
びっくりした日本人が多いのではないかと思うが
同時に
17年という長い月日の重みを感じたことだろう。

「へえーーー。ぜんぜんチガウじゃん。」

この言葉

そっくりジブンにお返ししよう。


ひとごとだと思っていたが
自分の顔はもっとショッキングであった。

スーパーの脇に
1シート6カット700円のボックスがあったけど
そっちで撮れば違っただろうか?

そーゆー問題ぢゃねえよと
唖然としていても仕方がない。


これがまさに真の自分の姿なのだから
取り替えるわけにも
捨てるわけにもいかない。
イヤでも付き合っていくしかないよな。


しかし


ふと考えた。


この写真のように

または

ボイスレコーターに録音した自分の音声に違和感を感じるように

実は

自分の知らないジブン
自分の気づかぬジブン
まさか自分とは思えないジブン

というのがカナリ存在するのではないだろうか。


たとえば

自分が良かれと思ってやっているコトが
本当は自分を苦しめていたり

自分にとっては思い出したくもない辛く悲しいコトが
実は自分の心を支えていたり

まあ
私に限って言えば
自信があると思い込んでいることが
実は弱点だったり

こんなことはできないと思い込んでいることが
実は上手だったり

けっこう
本当の自分なんてほとんどわかっていないのかも知れないなと。


というコトは・・・

何者なのかわからんジブンと
毎日一緒にいて
そのわからん奴の判断でなんでもやっているジブンは
すんごく危険かもしれないなー。



そういえば


私が7歳くらいの時に
こんなことがあった。


近所に住む友達にアリちゃんという子がいた。

ある日私は

アリちゃんと一緒に木の実を拾いに公園に行った。


アリちゃんは木の実を40個拾った。

私は木の実を42個拾った。

それを見て
アリちゃんは私にこう言った。

「私に木の実を3個ちょうだい。
そうしたら、
あなたに私の木の実を2個あげる。」

それを聞いて
なにも考えていない単純な私は

「うん。いいよ。」と

アリちゃんに木の実を3個差し出した。

そうしたら

私はアリちゃんがすぐに2個の木の実を差し出すものと思っていた。


しかし

事態は違っていた。


アリちゃんは私の手から3個の木の実をむしり取ると

その場から逃げ出し

家に走って戻ると、家のカギをかけた。

私は何が起こったのか少しも理解できずに
公園で立ちすくんで唖然としてしまったのだが

しばらくすると

私は心臓に酸性の液体をかけられたごとく溶け出す痛みといっしょに
「わたしは一番仲良しのアリちゃんに騙されたのだ」という事実が
滴り落ちてきた。


そのときのショックは何十年も経った今でも忘れられない。

その日の公園の風景も心に焼き付いて離れない。



問題はそのあとである。


私はアリちゃんが去った公園で
呆然として何度もこの経緯を考えたりしていたのだが
ついには、ばくばくという心臓の鼓動を抑えて走って家に帰り
悲しい事実を母親に訴えた。

この一件を聞いた母が私になんと言ったのかは覚えていない。
たぶん
何も言わなかったか・・・
とにかく
私を擁護したり同情したりはしなかったように思う。



言いたいことは


アリちゃんは同じ歳であるにもかかわらず
ワタシなんぞよりずっと賢く
人を出し抜く術をすでに身につけていた強い女の子だった
という「成熟度の差」である。

アリちゃんが「3個くれたら2個あげる」と提案してきた時点で
私は
「だったら、あんたが1個くれれば同じことだよね。さあちょうだい。」
となぜ言い返せなかったのか。

手っ取り早く言うと
私は「お人よしのバカ」である。


それともうひとつ。


ワタシは
正しくないことは正しくない
卑怯な行為は卑怯な行為として
自身の信念に基づき
なぜアリちゃんを追いかけて堂々と家に行き
彼女を追求しなかったのか?


このときに
それをしなかったことが
何十年経った今も本当に悔やまれる。

また そのことが
それから何十年もずっとずっと私を苦しめることとなった。


私は小さいときから物事を強く主張したり
真っ向ケンカができない気の弱い子だった。

その性格はつい数年前までずっと続いていて
いつも他人にしてやられる自分が心底イヤでたまらず
常に自分に対する「無力感」「嫌悪感」につながっていた。
私は人に裏切られ、いつもないがしろにされるダメ人間・・・「自己否定」である。



その後
何年も何年も
あちらこちらでくやしい思い、情けない思いをかみしめて
暮らしてきた私だったが・・・


ある日
あるときから
「こんなことはもうやめよう」
と思った。


そして

人間とは少し距離を置いて・・・
なるべくなら少しでも人間と付き合わずに暮らしたいと思って
自分の世界を作り始めた。

しかたなく人と接するときは
細心の注意をはらって警戒した。

少しでも相手が私をナメたり
思い通りにしようとか
ゾンザイに扱おうとしたら
はっきり「NO」と言うか
すぐに付き合いを絶つようになった。

ある本にあった
「自分の価値観や感覚に従え。己が裁判官であれ。」
という言葉を実行しようと考えたのである。


そのおかげで石橋を叩きすぎるがゆえに
橋を壊していることもあるかも知れない。

だが

愛するものが誰もいなくても

私だけは

ジブンを愛してやりたいと思った。




ところで


少し前


ビジネスで交流のある人が

私のことを

「人間として魅力がある」
「話していて楽しい」
「頭がよく、正義感、責任感がある」

と評した。


私はそんな風に人に言われたのは初めてで
親にも言われたことがなかったし
なんといっても「楽しい」と言ってくれたことが嬉しかったし
へえー 私なんぞが人を喜ばすことができてるのかな〜と
少しだけジブンに自信を持って
人の役に立つジブンをちょっとは好きになれるかも・・・
もっと人の役に立てるようになりたいなと
感じていたのだが


その人物は

ある日を境に
突然連絡がつかなくなった。

明らかに私は
突然拒否されることとなった。


なぜそうしたのか
これまでは一体なんだったのか

真実はわからない。



私はその人とのヤリトリのなで

かつて幼い日に味わった

公園での出来事

心臓が溶けるような思いだけはするまいと

立ち位置や距離を守って

慎重に物事を進め

できることは「できる」

だめなものは「ダメ」と

自分の軸というものをしっかり持って事にあたったつもりであったが

結果はうまくはいかなかった。



結局・・・


疑問
絶望感
空虚感
今後の指針喪失

ゼロに戻るどころかマイナスが残ってしまったようだ。

人間ピラミッドをやっていて
一番上に上るやつが
旗を持って墜落し
大怪我をした・・・というカンジかな。


・・・・・


ふう。

ダメ人間はそう変われるものではないのかもしれない。

というより

ジブンのことを
自分自身がまだよくわかっていないのかも知れない。


すごく悲しいな。




120716しゃあこ






しゃあことオールスターを観る。

めちゃめちゃ疲れたね。



  
Posted by animania1 at 19:13

2012年07月10日

梅雨

120615朝焼け
朝焼けの日は雨。
夕焼けの次の日は晴れ。




小学生の時にものすごく好きで読んでいた
「なぜなぜ理科図鑑」に
そう書いてあったが
みごとにアタリです。

この写真は朝5時ごろですが
やっぱり一日雨でした。


ハッキリ言って・・・
今年
九州は

降り過ぎだって。


しかも
大雨ばかりの日がずっと続いていたせいか
なんだか体が不調だらけ・・・

消化器内科に行って
歯医者に行って
眼科に行って
耳鼻咽喉科に行って・・・

待合室は超ウンザリです。




しかーし

今日は久しぶりに晴れました☆


晴れたら晴れたで・・・


たまっていた洗濯、掃除は勿論

鳥たちのカゴ殺菌と全員日光浴で
めちゃめちゃ忙しい!!

アパートの住人たちも
いっせいに大洗濯大会のようで
どこのウチのベランダも
ぱんつやシャツだらけになっています。

まるで
東南アジアのイカガワシイ路地にならぶ
Tシャツ屋のごとく
ぎっしぎしです。


あーしんど。




120626とら
かわいそうに
インコのとらは
肺炎です。




お薬を飲んで
保温室で安静・・・

なんてオトナシクしているタマぢゃありません。

外に出たくて出たくて
エサや敷紙をぜんぶひっくり返して
「積み木くずし」状態です。



120628しゃあこ
先日
卵管摘出手術を受けて
退院してきたしゃあこは・・・





やっぱり
お部屋で静かに・・・なんてタマぢゃありません。

忙しく動き回るワタシにくるくるとついて回って
虫のおねだりです。
足元をよく見ていないと
しゃあこをツブシかねません。




「飲み水汚しちゃった。新しくして!」

「ぼく、お風呂に入りたい!」

「暑いよ。クーラーつけてよ!」

「パンはないの?」

「テレビ見てていい?」

「ねー だっこして。」


あー

うぜい鳥たちだあ。

今日はね

まことに貴重な

梅雨の晴れ間なんよ。

ヤルこといっぱい。
夢いっぱい。

夜になったら遊ぼうぜい。




やっほー☆

すいかをもらったよ☆

120609すいか







うわあ〜!!!

食べてもイイけど
床にまき散らすでないよ。



梅雨はユウウツ。


でも

みんなでいれば

タノシイ季節。



  
Posted by animania1 at 10:44

2012年06月04日

家族の食卓

120526つばめ
つばめの
巣立ち雛たち。




桜の樹の上で
飛ぶ練習だ。


まだ自分で餌の虫を捕まえることができないので
お母さんやお父さんに
捕ってきてもらう。


この子たちが飛べるようになるまで
そう時間はかからない。


だから
つばめのお母さんやお父さんの仕事は
もうすぐ
終わり。

つまり
この子たちとは間もなくお別れです。




私はこれまでに
多くの鳥たちを育ててきて痛感しているのは
孵化から巣立ちまでの雛の
「食育の重要性」だ。

骨格や筋肉や神経などが形成されるこの時期に
「何をどのくらい食べて過ごしたか」は
その後の個体の生命(罹患率や寿命)を大きく左右する。

だから
少しでも新鮮で栄養豊富な虫をなるべくたくさん食べさせようと
つばめの親たちは
ラストスパートをかけているのだろう。



ワタシは子供を育てた経験がなくて
鳥のことしかわかんないけれども
これは人間も同じじゃないのかな?


小さいときに「何を食べて育ったか」は
体の大きさだけでなく
情緒や性格までも影響するんじゃないのかな?


つばめの子供たちをぼっーと眺めながら
そんなことを考えていた。



なぜかというと


小さい頃の私が
もー嫌で嫌でしかたがなかったもの

それは

「家族の食卓」であった。


そう。

我が家の夕食にはいくつかのキマリがあった。


まず
夕食は
必ず夜7時ジャストから始めること。

その理由は
TVの野球中継開始がその時間だからである。

巨人の信者であった父が
その時間には
食卓に酒と肴がキッチリ並んでいることを強く求めたからである。


そして
夕食は「子供用の食べ物を作らない」というのも
なんだか決まっていた。

理由は
父と母は大酒のみであったため
夜は「夕食」というより、「飲み会」と位置されるからだ。

酒を基本に考えるため
食べ物はどうしても「刺身」とか「枝豆」とか「乾き物」・・・
つまり「酒の肴」しか出ない。

しかし

子供の私にとっては
それは大いに不満であった。

まず、「ごはん」が食べたかったし
友達の家のように
家族で楽しい話をしながら
「ハンバーグ」とか「グラタン」とかを食べてみたい・・・と思った。

しかし
母はいつもこう言っていた。

「うちは子供中心の生活なんて絶対しないからね。」

・・・・・
これが
大酒のみの都合のいい正当化であることは
幼い私でも察しはついた。

また
母は料理をするのが好きな人ではなかったので
子供用の食事など、あまり興味がなかったように思う。


たまに父が突然
「カレーが食べたい」と言い出すことがあって
その時だけ母はカレーを作るのだが・・・

カレーには
「きゅうり」とか「大根」とか「ネギ」が入っていて
ハッキリ言って
衝撃的にテンションが下がるシロモノであった。


「カレーにはジャガイモとかニンジンを入れてよ
水野菜を入れるとおいしくないよ」

などと言おうものなら
私は半殺しの目に逢った。


「するめいか」や「大根のカレー」の夕食を私が拒否する。


母が烈火のごとく私を怒鳴る。


私がワーワー泣き出す。


うるさくて巨人戦が聞こえない父が怒り出す。
そして
父が母を「料理がヘタだ」と批判する。


巨人戦ばかりに夢中で、相手にされない母が
父に不満をぶちまける。


激しい夫婦喧嘩が勃発する。


取っ組み合いになる。


ちゃぶ台がひっくりかえる。


そのうち
結局は私が「原因」という話になって
私は二人から殴られる。


特に
巨人の負けた日はひどく殴られる。


もー「メシ」どころではない、
「家族の食卓」が
「家族の修羅場」になる。


自分の部屋に逃げても
二人は追いかけてきて
私の部屋でひどく暴れた。

私の学用品や家具は
ことごとく二人に破壊され
部屋の中は家庭内暴力状態になったが

私が正論を述べて抵抗すればするほど
ケガや精神的ショックが大きくなるだけだったので
私は理不尽な攻撃にも黙って耐えるしかなかった。


私の幼少期は
毎日毎晩
このシチュエーションが繰り返された。

今思い出しても
どっと疲れてしまう。


だから
私は家族でまともに「夕食を食べた」という記憶が無い。
何よりも「夜7時」という時間がやってくるのが
本当に恐ろしかった。


しかし
高校に入ってバイトでいくばくかのお金が稼げるようになって・・・
このような毎日に耐えられなくなった私は
高校2年の時に家を出た。


まあ

それからの数年は
今度は貧乏と飢餓に苦しんで
やっぱり食べられない日々の連続になるわけだけど・・・




私が今でも病気がちで
極端に体力がナイのは
この成長期の生活習慣に起因しているのかもしれない。

なにごとにもパワーがないだけじゃなくて
考え方も諦めが早かったり
オヨビゴシでネバリが効かないのは
体と頭がひ弱にできあがってしまったせいかな・・・とも思う。



鳥たちを長いこと見ていて
つくづく思うのは

雛でもオトナでも
意欲的で行動力があり
病気に強い長寿の子に共通しているのは
「食べる子」
である。

親から受け継いだ遺伝子は個体差としてあるのだけれども
動物が生存する上で基本となる
「食べる」ということが日常習慣的にしっかりできている子は
劣勢遺伝子の短所を乗り越えて生きていくことができるし
そうでない子に比較して
圧倒的にトラブルが少なく、あらゆる可能性を実現できるのだ。



これは今思い出した話だが

私がある会社で働いていたとき
毎月、営業所全社員の売り上げランク表が張り出されるのだが
おもしろいことに
「よく食べる人」
「食に興味が深い人」
「食事をイイカゲンにしない人」
がいつも上位にランクされていたのを思い出す。

その頃はその先輩たちを
「毎日、食事時間をそんなにとって、よく仕事できるなあ・・・
私なんか、食事しないで仕事してるのに負けちゃうよな・・・」
と不思議に思っていたのだけれど
彼らはイザという時の集中力だとか粘りだとか頭のサエだとか
仕事の力配分が私なんぞと全く違ったのかもしれない。



だからか?

私はこの歳になっても
「食べ物」というものに全く興味がなくて

TVで盛んにやっている
「グルメ」とか「お取り寄せ」とか「デパ地下」なんていう番組は
すぐ消してしまう。

もちろん
料理は好きでないのでほとんどしない。
目玉焼きくらいは作るケドネ。


ごはん?
炊かないよ。

ひとりだもん。
炊いたら余るじゃん。

野菜?
買わないよ。

買ったら半分以上捨てるハメになっちゃう。
モッタイナイじゃん。


じゃ何食べてるって?


冷食。

それに・・・ゼリー飲料。
栄養ドリンク。

食パンは買うよ。


弁当?

買わないよ。高いモン。

外食なんか絶対しないよ。そんなミブンぢゃないって。


・・・・という会話を
先日友人と電話で話していたら

友人が訪ねてきて
私に定食屋で弁当をご馳走してくれた。


それ自体は大変ありがたく
友人の真心に心から感謝したのだが・・・


その翌日がいけない。


激しい胃の痛みで夜中に目が覚めたと思ったら
すさまじい腹痛と下痢
高熱と全身関節痛という
インフルエンザのような症状で
救急車を呼ぶ呼ばないの騒ぎになってしまった。

数日経っても症状が治まらないので
結局ワタシは
その友人に付き添われて病院に行き
「重度の食あたり」であることがわかった。


ワタシに食事をおごった上に
心配して夜中に駆けつけ
鳥の世話を手伝わされたうえに
もともと、ぎっくり腰でうまく動けないワタシの食あたりで
病院にまで付き添うハメになった友人は
フンダリケッタリだったに違いない。

もーしわけなーい。



だからさー

だめなのかもねー

長年、マトモに食べないヤツがさー

突然いいもの食べちゃうとさー

おなかがビビッちゃうんとちがうかなー



というワケで

ワタシは
今も朝メシの
「指定医薬部外品・エスカップ」を飲みながら
コレを書いている。


うまい。



へ?下痢ですか?

おかげさまで 少し、治ってきました。




ところで

つばめの
お父さん。
お母さん。

ご苦労様だけれども

子供たちに
いっぱいいっぱい
新鮮でおいしい虫を食べさせて
強くて賢い鳥に育ててください。


けっして

ココでボォーッと見ている
根性なしのひ弱人間みたいにならぬよう

雛たちのおなかを
愛でマンタンにしてあげてください。


母さんつばめ
父さんつばめ


お願いします。












  
Posted by animania1 at 09:57

2012年05月22日

ケロリン

120511かえるくん
今年も
ペランダに
かえるくんたちがやって来た。



かえるくんは・・・

昼間はエアコンの室外機のウラで
ウトウトしているが

夜になると窓ガラスによじ登ってきて
明かりに群る小さな虫たちを
ペロリン ペロリンと
活動的に捕ってまわる。



ワタシは
かえるくんが
なぜ
よそのウチでなく
「ウチのベランダ」なのか不思議に思っていたのだが・・・


そうか。わかったぞ。


この近辺は農業地帯なので
早寝早起きの農家ばかりである。



夜、すぐに明かりを消す家に
かえるくんは住みつかない。

いつまでも起きていて
節電しない夜型生活非国民の家には
たくさんの虫が集まってくるということを

かえるくんは
熟知しているということだ。


おお。

たかが
「かえる」と
バカにしてはいけない。

「かんがえるかえる」だね。


そうですか。
ワタシが
かえる満足度 総合ランキング1 獲得しましたか。


ありがとうございます。



実は
ウチのベランダによくやってくるのは
かえるくんだけではなくて

蜘蛛ちゃんやヤモリくん、かなへびくんなんかもけっこういる。

蜘蛛ちゃんは物干し竿にたくさん網を張るので
その巣を壊さないように洗濯物を干すのに
とても気を遣う。

うっかり
かえるくんやイモリくんを踏み潰さないように
そおっと歩く。

でも
ワタシは彼らが好きなのでいいのだ。

いたいところにいればいいよ。



かえるくんを撮影させてもらったお礼に
暑いので
霧吹きで水をかけてあげた。


そうしたら

かえるくん

銭湯に入っているジイサマみたいに
手で顔をぐるっとぬぐって
「ぷはぁー」
と言った。


あははのは。


君にとって
この夏が
すてきな夏でありますように。




ところで・・・



ワタシは
朝起きてスグは何も行動できなくて

ボケた頭と
仮死状態の体を
セットアップして稼動状態にもっていくのに
けっこうな時間を必要とする人である。

そう。
この古い古いPCみたいに
「ようこそ」までもってくるのに
えらい時間がかかってしまい、
その間は廃人のようになにもできない。

30分から1時間かかるかな・・・


その時間がとてもムダである。

先日、PCがあまりにも遅くて困り果てたので
「ガンガンガン速」を入れたのだが

人間の寝ぼけに有効な「ガンガンガン速」はないものか。




ま、とにかく


18日の朝も

そんなアホなことを考えながら

「ようこそ覚醒」を待っていたのだが

ふいに

くしゃみがしたくなって

「はっくしょん!」と大きいのを飛ばした。。。



そ の と た ん


腰の辺りで

「ぐぎっ」と音がして・・・


おわっ。

あきません。

やりましたあー。(中日ドラゴンズの勝利インタビュー風に)


「急性腰痛症」

すなわち
「ギックリ腰」ってやつです。

(おととい、中日・平田もそれで登録抹消)



それから

い た い の な ん の っ て。




ギックリ腰の危険な瞬間ランキングというのがあって

第1位  荷物を持ち上げぎっくり腰
第2位  洗面所でぎっくり腰
第3位  くしゃみでぎっくり腰
第4位  ボ〜っとした寝覚めにぎっくり腰
第5位  駐輪場でぎっくり腰


ワタシはかつて
2回「ギックリ腰」をやっている。

一度目は
風呂上りにばんつを履こうとして グギッ☆

二度目は
一月元旦に仕事に出て、運転中に グギッ☆

どっちの場合も
人間として自立機能崩壊というほどひどかったが

今度のケースも含めて
状況がすべてランクインしているところが
凡人らしいワタシの典型的なギックリ腰であるらしい。


けど

過去のときは
何かと助けてくれる家族がいたので
なんとかなった。


しかし

今回のグギッ☆は
助けてもらうどころか

あーしたいだの
こーしたいだの
絶えずわめきまくる鳥たちの世話が
「ガンガンガン即」状態の環境なので

動けないのは

こまった
こまった・・・。



こんなときに限って
みなの衆の提訴は増える。


「あたし、クチバシに米挟まっちゃった!」

ナニやってんだよー。


「オレのパン、あいつが盗ったんだよー!」

またあとであげますってば。


「なんでそんなに寝てんの?起きて遊んでよ!」

痛いんだってばさ。



フトンに横になってウトウトしていて

ふと目が覚めたら

スズメがおでこの上でしゃがんでいて
ヒヨドリがおなかの上に座っていて
心配そうに私の顔を覗き込んでいた。


わかつた。
わかつた。

今、起きます。
起きますってば。。。






そーだ。。。


かえるくん。


そう言やあ

君、もしかして 名前は「ケロリン」?

薬屋の息子ぢゃない?


もし よかったら
もし さしつかえなかったら・・・

ちょっと

おうちから
シップ薬
持ってきて

なんて

たのんぢゃって


えへへ・・・


イイかなあ〜?




ダメ ?










  
Posted by animania1 at 07:07

2012年05月10日

夏の匂い

120506デジタル買ったぞ
最近・・・・


暑い。



暑くてとてもダルいので
アイスでも食いながら
フンゾリかえって野球でも観ていたいのだが
それを本当にやってしまうと
人間としてダメになるので

しかたなく
町役場で税金を払ったあと
カラスのうんこがついてしまった愛車・なっくん(ホンダ・アクティー)と
お気に入りのガソリンスタンドに行き
彼を丁寧に洗車して
ワックスもかけた。


キレイな車は
乗っていて気持ちがいい。

なっくんも
私も
爽快な気分になれた。



家に帰って

おなかが空いたので
「ヨーグルト」を食べようとして
ふと考えた。

Aという銘柄のヨーグルトを食べていたときは
おなかの調子がすごく良かったのに
Bというヨーグルトに変えたら
なんだかおなかが張るようになったな・・・

ヨーグルトはおなかにイイというけれど
こっちの体調次第で効いたり効かなかったりするんなー?
と。

・・・・・

実は、コレ そうぢゃないんだそうな。

ヨーグルトに含まれる「菌」はいろいろな種類があって
銘柄ごとに違うんだそうな。

で、

個々の人間には
「効く菌」と「効かない菌」が異なっていて
「効かない菌」の含まれるヨーグルトを食べても
何の効果もないそうだ。

要するに
「自分に合う菌のヨーグルト」を買わないと意味ないというコトだ。


ちなみに

試行錯誤の実験の結果

私の腸に最も適している菌が含まれるヨーグルトは
バッタ屋で売ってる
一番安い、投売りヨーグルトであることがわかった。


とことん経済観念が発達している
私の腸に
心から敬意をはらいたい。



「個人差の問題」に関しては
先日
えらい失敗をしたことがあった。


洗濯洗剤が切れたので
ドラッグストアで売っていた洗剤を買った。

それは
TVでもよくCMをやっている有名なブランド
Fという商品で
洗濯物がふわふわに仕上がって、いい香りがする・・・
というのがウリである。

セブンイレブンブランドの洗剤が気に入って
いつも購入していたワタシであったが
「まあ、たまには違うのでもイイか・・」と買ったのである。


ところが使ってみると・・・


服やタオルにキツイ香りがしっかりとついてしまって
自分の服のニオイが強烈すぎてキブンが悪くなり
夜寝られなくなってしまった。


そもそも
「匂い」とか「音」に神経質なワタシであるので
その洗剤に罪があるわけではないのだが
セブンイレブンブランドの洗剤の香りは
安心感や爽快感を感じて非常に落ち着くのだけれども
F洗剤は体が全く受け付けないことがわかった。

こんな経験は
「芳香剤」や「台所洗剤」にもあって
とんでもない香りのものを部屋の中に置くと
とんでもないことになるので
買うときに慎重に選ぶようになった。

安さに負けてはイカン。



そういえば

先日

よく行く「おぶつだんのハセガワ」で
「これ、良かったら使ってみませんか?」と
新作のお線香の試供品をいくつかいただいた。

その中に
「桧の香・お部屋が新築の香りに」という線香があったので
「ほんまかいな〜?」と
さっそく焚いてみると・・・

あらら☆ほんまですがな。

新しい畳のような香りが部屋に広がって
なんか感激だ。

車の中でこの線香を焚いたら
新車の匂いになるだろうか?



ところで

「匂い」の話の蛇足であるが


「<すずめ>はどんな匂いか?」と
もし訊かれたら
人々はどんな匂いを想像するだろうか?

ほとんどの人たちが
「埃っぽい匂い」
を予想するんじゃないかな?


実は 違う。


答え。

すずめは
せっけんの匂い。

とってもイイ匂い。


じゃあ

ツバメは?

ツバメは
小型犬のような匂い。

ちょっとたくましい匂い。


では

うづらは?

うづらは
お日様の匂い。

干したてのフトンの匂い。


ついでに

ヒヨドリは?

ヒヨドリは
銀行の店内みたいな匂い。

まあ
ゆうなれば
コザッパリとした匂い。



これらはあくまでも
ウチの連中のハナシ。


ちなみに

ワタシの匂いは?

たぶん

さっき食べた

「まるごとバナナ」の匂い。

・・・・・

おばはんの匂いぢゃなくて
悪かったな。




「まるごとバナナ」のおばはんは
思う。

鳥の匂いも大事だが

本当に
嗅ぎ分けなれればならないのは

「危険」の匂い。


社会学者の著書によると

「危険な人」は・・・

急接近してくる。
ズウズウシイ。
異常に親切。
なにかと特別扱いする。
すぐ同情する。
顔パスが好き。
言ったコトを簡単に翻す。
基準は善悪でなく損得。
他人の悪口が多い。
うそつき。
・・・・・etc

だそうだ。


そおいえば

野球界の大御所が
若手キャッチャーに指導していた。

「相手をよく見ろ。 行動には必ず根拠がある。」


うーん・・・

さすが名球界のボスのコトバ。




さて どうするか?



アブナイ人の匂いがしたら

全速力回避セヨ ♪ GeGeGeGe Baby Baby 〜♪




これ

鳥の本能☆




120430ふう






オレ

子犬ぢゃないよ。






  
Posted by animania1 at 06:26

2012年05月03日

迦陵頻伽

120412しゃあこ
動物病院に
連れて行くと・・・





「きゃあぁぁ カワイイぃ〜〜!」

「わあ♪なんていう鳥さんですかあ♪」

「なでなでさせてくださーい!!」



たちまち たくさんの女のひとたちに取り囲まれて
「かわいい かわいい」を連呼される
超モテモテのうづら
しゃあこ(♀ 2歳)である。


しゃあこちゃん
今日もみなさんに
いっぱい褒められちゃいましたね。

けど

「かわいい かわいい」って

アタシに言わせりゃ
ふぅーんだ
そりゃ あったりめーだろって。

こんなにかわいすぎるうづらの子は
ちっとおりまへんで。
人気バクハツで
トーゼンですねん。はい。



しかし・・・だ。


そんなかわいいしゃあこが
なぜ動物病院に来ているのか
人々は知らない。


実はしゃあこは
悪性の腫瘍が体内のあちこちに発症して
卵巣と卵管の全摘出手術を受けに来たのだ。

うづらという鳥は
手術の成功失敗以前の問題として
麻酔中や術中にショック死する例が多い。

だから
私は手術を受けさせるのが非常に心配だったが
もっと悪化して体力が衰えてからでは
リスクが高すぎて手遅れになる。

だから決断した。

その「今日」が
彼女の手術の日である。

・・・・・・

待合室でしゃあこの写真を撮った。

この写真が彼女の最後の一枚になる
ということも
ありうる。

祈る思いで撮った
手術直前の写真。


・・・・・・


夜 9時半。

電話が鳴る。


ドキドキで
電話をとる。

獣医師からだ。

「結論から言いますと
腫瘍は全部摘出できませんでした。
術中に出血が激しくなったので
腹壁に癒着部分は取らずに閉腹しました。」

つまり

彼女のおなかには

腫瘍がまだ残留するが
生命の維持を優先させて
手術は中止した
ということである。


・・・・・・


数日後

しゃあこは退院した。

思ったほどしょげているわけでもなく
ケロっとした顔で家に帰ってきた。



やっぱり

手術は怖かったし
入院は辛かったのであろう。

仲良しのワタシに対して
ひどく警戒して
そばに寄り付こうともしなかった。

隔離室から出たがって
とても暴れるので

いつもの彼女の家に入れてやったとたん

羽を大きく広げて、ゆっくり「伸び」をしたかと思うと
ダイスキなお砂の上で
とても嬉しそうに
ぴょん ぴょん と何度も跳ねた。

「ああ!我が家だ!おうちだ!帰って来たわ!」

しゃあこが
そう思っていることは
明確なほど明確だった。


・・・・・・



退院から二週間が経った。

しゃあこは
元気で
おちゃめで
食いしん坊で
ワガママで
超愛らしい
以前のしゃあこに戻った。

体重も
手術で10g以上落ちてしまったが
入院前の数値まで戻った。


戻っていないことといえば・・・


それは

私の意識だ。


腫瘍の一部が体の中に残ってしまった
しゃあこ。


つまり

彼女は
これから先
いつ悪化しても
別の病気を併発しても
おかしくない・・・

いわば
体に大きな爆弾を抱えた体であることが
明白になった。
「ダイナマイト・ハニー」とは
まさに彼女のことだ。

要するに・・・

彼女は
そう
ナガクハイキラレナイ。


そう思うと

時間さえあれば
彼女と話し
彼女を抱っこして
彼女の好きな食べ物を作って
彼女の写真を撮って・・・

外に出歩くことも
友人と話すこともイヤになって

毎日できるだけしゃあこといっしょにいる。


私がやりたいコトはひとつだけ。

しゃあこに
「あなたが生まれてきてくれて本当に良かった」
「あなたと出会えて本当に嬉しかった」
「あなたと暮らせて本当に幸せだ」
「あなたがいるから私は生きていける」

できるだけたくさん
こう伝えたいのだ。

彼女の「存在」そのものが
私にとって「最高の価値」であるということ。

それを しゃあこに
知ってもらいたいのだ。


・・・・・・


今日も
しゃあこが
私の顔を見て走ってきた。

ツタ ツタ ツタ ツタッ !!

私の足をつつく。

「ねえ 虫をちょうだい。虫が食べたいの。ねえ 」


しゃあこが
台所へ走って行く。

ツタ ツタ ツタ ツタッ !!

台所に虫の入ったケースがあるからだ。

途中で止まって
こっちを振り向く。

「ねえ はやく。はやく来て。ケースをだしてよ。虫のケースよ。」


大きくて
クリクリした茶色の眼で
私を見上げている。



この

「ツタ ツタ ツタ ツタッ」は

あと何ヶ月聞けるだろうか。




・・・・・・




母が亡くなる半年前

母は私にこう言った。

「鳥なんか全部処分しろ。窓を開けて外へ出せ。」

そんなことは絶対にしない という私に対して
母はさらにこう言った。

「母親より鳥が大事だなんて、あんたは不思議な子だよ」

それを聞いて
私はこう言い返した。

「子供を捨てて自分が助かろうとする親がどこにいる?」



もしあの時
私が母の言う通り
鳥たちを全員捨てていたら

死の悲しみも
看病の苦しみも
近い将来の不安も恐怖も
何も味わわずに済んだだろう。

精神的にも
経済的にも
楽だったろう。

未来の予定も目的も
ぜんぜん違うものになっていただろう。


しかし


捨てなかったからこそ

鳥たちといっしょにいるからこそ

私は
生きている。

未来の夢と目標がある。

愛する心が

私を強く生かしてくれている。

すなわち

「今」がある。




・・・・・・




「愛するもの」というのは

「自分が何者であるのか」を
教えてくれるのではないかと思う。



「自分探し」
というコトバがある。


「自分探しの旅」と言って
遠い外国なんぞにわざわざ行く人がよくいるが
その話を聞くたびに
日本国内では自分は見つかんないのかなー?と思ってしまう。


ある学者の本に書いてあった。

「自分とはなにか」を知る方法である。
「自分にとって一番大切なことは何か」を明らかにする方法だ。


人は日々様々な問題やストレスに拘わって生活しているけれども
本当は瑣末なこと
どっちゃでもいいことばかりに振り回されているのかも知れない。

たとえば
会社で上司が自分の企画をボツにしたとか
ママ友が陰口を叩いているとか
客が怒鳴り散らしたとか・・・

それらは「自分は人から認められたい」という願望だけれども
「認められること」と「命」のどっちが大事?と問われると
だれだって答えは「命」だろう。

仮に
家族同様に可愛がっている犬を飼っている人がいて
「他人から良く思われること」と「犬」ならどちらを選ぶか。

「犬」を選ぶ。

「大好きな食べ物」と「犬」

「犬」を選ぶ。

「犬」と「お金」

「犬」を選ぶ。

こうしてわかる。
「犬」のためなら「他人の言動」などはどうでもいい。
そういう自分が見えてくる。

つまり
自分にとって大事なのは「命」と「犬」だから
犬を元気に長生きさせるために
自分の健康にも留意して生活することが目的となる。


こういうことだったら
外国まで行かなくても、家の中でわかる。

ちなみに
私の場合は
「犬」ではなくて「鳥」であることは言うまでもない。




・・・・・・




しゃあこばかり抱っこしていたら

他の連中が非常に「ヤキモチ」をやくようになって

胸にはしゃあこ
膝にはひよどり・てんちん
肩にはスズメのつぶ
頭や腕には文鳥たちが
一気にマトワリツクようになった。


・・・・・・

大丈夫。


私は

「うづら」と「すずめ」どっちを選ぶ?
なんて言わないよ。


だから・・・


安心して

ゆっくり


おやすみ。





白内障のすずめの「つぶ」は

やがて

失明する。




でも

なんにも心配はいらない。


あなたが失うものは
私がすべて
代わりをするからね。


120410つぶ






迦陵頻伽(かりょうびんが)

みんな
神様のお使い。








  
Posted by animania1 at 10:39