物語世界の外からやってきた音無(=視聴者)が、まだ記憶が戻らないにしても、つまり、いくつかの謎を残したままでも、なんとかこの世界に腰を落ち着ける場所を見つけたことで物語は安定期に入ったとみられる。
 同時に幾つかのパターンが確立されている。
 ・作戦ブリーフィング
   定番のBGM
   音無がとんちんかんな連想をする
   「オペレーション、スタート」というゆりの宣言
 ・主要メンバーの協力による作戦の決行
 ・一話ごとに登場人物の記憶の開示
 しばらくは視聴者もこのパターン形式を無意識に期待しながら見ていくことになるだろうし、物語もこの形式を基にいくつかのヴァリエーションを交えながら進行していくことになるだろう。
 基本パターンを形成して安定期に入った物語に新たな謎が生まれるというのもプロットの展開としては極めて典型的である。
 今回提示された謎は本来、
・天使が神の使いではないかもしれない
・この世界から消える条件が「天使のいいなりになり正しい学園生活をおくること」だけではない
 の二つである。
 また、「情報の探索者」の位置づけも微妙な変化をみせている。記憶喪失の音無がまるで「自分探し」でもするかのように周辺人物の“聞きこみ”(ユイの「ガルデモ」に対する思いや岩沢の過去の記憶)を開始する。また、ゆりが今回のオペレーションで天使に疑惑を持ち始める。
 既に第1話でゆりのもつ「情報」と天使の持つ「情報」に齟齬がある可能性を視聴者(=音無)は知っているがその情報の差異にゆりは自覚的となり、本来、“神を探すもの”であった彼女がより積極的に天使の存在を含めた「世界の謎」を探索する役割を担うことになる。
 ゆりと音無という二通りの情報探索ルートがこの物語世界の謎を追っていくことになる。
 だが、天使に対する見解が間違っていたかもしれないことが明らかになったことで、ゆりは同時に「信頼できない語り手」という印象を視聴者に強く与えてしまっている。その彼女が「世界の謎」の探索者となることはミスリーダーとなる危険性を孕むことになってしまうのでプロットとしてはちょっと痛いところである。

 さて、第三話を迎え、たとえアニメオリジナル作品であったとしても、最初に感じられた“違和感”つまり、“とっつき難さ”がそろそろ払拭されてしかるべき段階にきているのだが、今回でさらに“違和感”は増幅されてしまったようである。

 その原因は岩沢という少女の描き方による。
 プロットのスタート以前から既に固有の時間経過を経ていた物語世界に音無(=視聴者)が途中から迷いこんだという設定は、音無を記憶喪失にするアイディアでそのズレをたくみに埋めたと言っていいのだが、その物語世界で人気を確立していた学内バンドの存在を視聴者に馴致させるのはなかなか困難な課題だろう。ましてや、そのバンド(通称「ガルデモ」)のリーダーという一キャラクターについては尚更のことである。にもかかわらず、彼女、岩沢は第一回目で「戦線」メンバーの一人として紹介されただけで、二話目では登場すらしていない。
 今回冒頭から岩沢が登場し「戦線」メンバーから賞賛を受け、ユイという新キャラクターが、「ガルデモ」や彼女のすばらしさについて、“熱っぽく”語ったとしても、その唐突さは拭えない。確かに「ギャグ要員」ではないかもしれないが二話の「ギルド行」に彼女が少しでも関わっていたならばかなり印象は変わっていただろう。
 その視聴者から若干遠い存在である岩沢の過去の記憶が語られるが、二話でのゆり同様、すべては彼女の言葉で語られることになる。
 アニメにおける言語的メッセージは通常以下の形をとる。
・音声によるもの‐会話、独白、喧騒などのモブセリフ、ナレーションなど
・音声によらない画面内描き文字によるもの‐タイトル、キャプション、看板、手紙、黒板の板書、漫符的な文字列など

 なかでも昔の名作劇場などで多用された“天の声”的なナレーションはすっかり影を潜め、『ケロロ軍曹』などで半ばギャグ的に扱われる程度である。その理由はアニメが映像作品であることからであり、ナレーションの多用は映像による表現とは相容れないものである。
 岩沢の過去は彼女の音声による独白の形をとるが、結局のところ、天の声的ナレーターのナレーションとほぼ変わらない。映像はほとんど語りの“挿絵”の機能しか果たしていない。
 この部分は他のアニメ作品でも普通にみられる回想シーンであり、映像と語りで“冗長”表現する場面ではないはずだ。
 この回想シーンを映像で描くには象徴的な小エピソードを作り出し、会話による映像で表現すれがよいはずなのだがそうはなされなかった。そうまでして語りにこだわる理由はよくわからない。
 唯一考えられるのはこれが「彼女のバラッド」である可能性(冒頭でゆりは岩沢に「なぜ、バラードなのよ?」と問うている。)だが、前回のゆりの語りと形式的に変わるところはなくその可能性はない(実際、彼女の最後の歌はただのバラード形式だった)。少なくともアニメという映像表現を見たい視聴者はがっかりせざるをえないだろう。
 時間の制限のあるTVアニメの中で視聴者に小説を読むときのような想像力に期待したのだろうか。映像表現の否定になりかねないがとりあえず彼女が語った内容についてみてみよう。

 家庭環境に恵まれない少女が音楽に拠り所を求めた。音楽が彼女を救い、音楽が彼女の全てとなった。打ち捨てられたギターに自分自身を重ね、孤独な少女は共に生きていく友を得た。自分自身も音楽を奏でるようになり、やがて、その音楽で現状からの脱出を試みるようになる。必死の努力が実を結ぶかに見えた矢先、父親の暴力で脳に障害を負い、歌が歌えなくなった。音楽を奪われた。そのまま失意の底で死に至った。

 気の毒な話である。確かに同情するのもやぶさかではない。だが、彼女には悪いがどこにでもあるような話であることも否定できない。ここに同時代性を伴った複雑な生の“理不尽さ”を見ることはできない。彼女をかわいそうだとは思えても現代の10代は果たして彼女に共感できるのだろうか。
 岩沢が言葉を失った直接の原因にしても「頭部打撲、脳梗塞による失語症」ということだが、「脳梗塞って老人がなるんじゃなかったっけ?」という素朴な疑問がわく。実際、外傷によって脳梗塞は発症しない(詳しくはウィキペディアの「脳梗塞」の記事を参照のこと)彼女を襲った不幸が視聴者ひとりひとりにも起こりうるかもしれないという可能性は彼女と共感する上で非常に重要な要素となるので、10代には極めて稀な脳梗塞などという病いを選んのは致命的だ。
 そんな岩沢が真っ先に“成仏”してしまったとしても視聴者としては取り残された感しかもてない。(彼女を“特別な存在”として描くことに失敗しているのではないか?)

 第二の問題は「NPC」という存在である。
 セグメント第1話B-1で、ゆりによる「NPC」の説明がある。
 彼女によると
・NPCは人間ではない
・彼/彼女らをゲーム用語でいうところのNPC=Non Player Characterと呼ぶのはあくまで「たとえ」である
・それは この世界に最初からいる模範という意味
・連中と同じような行動をとるとこの世界から消えてしまう。
・歳をとらない。
・会話が成り立つ
(彼らが自意識を持つのかどうかという音無の問いは微妙にはぐらかされている)

 以上の説明を真に受ければ、「NPC」は忌むべき存在と考えるのが自然だろう。「神」によって創造されたこの学校の形をとる世界を成り立たせるためだけに誂えられたヒトならざる存在、人形(ヒトガタ)である。その自意識らしきものも怪しいまがいモノでしかないだろう。ヤツらは「神」の手先でしかないのだ。 
 ところが、1話ではそのまがい物たちが「ガルデモ」の演奏に熱狂するのだから首を傾げたくもなる。
 そして、今回、あろうことか「NPC」たちが掲示板に貼られた体育館ライブのフライヤーを剥がす「生徒会長」に抗議する場面がある。「これぐら見逃せよ」「そうよ、『ガルデモ』のライブは私達にとっての唯一の楽しみなのよォ」「それを奪うな!」「そうだそうだ」と口々に抗議している。
 これを見て、音無のように「よくできてるな」などとのんきなことを言ってはいられない。「NPC」とはいったい何なのか、ただただ混乱するほかはない。

 彼らが本当に「よくできた」“学園エキストラ”だとすれば、そのニセモノの熱狂に支えられた「ガルデモ」はとんだ道化バンドでしかなくなるし、体育館ライブでの彼らの悲痛な叫びを真に受けて、何かを悟って消滅した岩沢は“成仏した”のではなく集団で“成仏させられた”のでしかない。さしずめ、あの体育館全体が教師、生徒一丸となったなんとも薄気味悪い“成仏装置”だったということになる。
 だが、物語全体の流れを見れば、やはり、岩沢は「NPC」に対してなんらかの希望や救いを与えたのであり、そのことで成仏を果たしたと考えるべきなのだ。これを肯定するためには「NPC」をもう少しメタファーな存在として捕らえる文脈を掬い上げねばならない。
 セグメント第1話B-2の作戦ブリーフィングのシーンで松下五段は彼らのことを「一般生徒」と呼んでいる。台詞を引用しよう。
「(我らフジツボ絶滅保護戦線は)数や力で一般生徒を脅かすようなまねなど決してしない」
 一見、「戦線」の倫理観を述べているようだが、「NPC」に対する考え方に一つの見方を与えていると受け取ることができる。ここを“普通の学校”と考えれば彼らを一般生徒と看做すほうが確かにしっくりくる。
 今回でも冒頭でゆりは「ガルデモ」の陽動任務を説明する際に彼らのことを「一般生徒」と呼称している。
 まるで、「パンピーには手を出さない」として自分達を特別視する一昔前のチーマーの論理のようにも聞こえてくる。
 また、第1話B-1の説明での「喩え」としてのNPCに着目するならば、「戦線」メンバーはプレーヤー・キャラクターに喩えられ、自分たちこそこの世界のプレーヤー(=主役)であり、彼らは「脇役」でしかないことを言ったにすぎなくなる。

 この文脈の延長線上に浮かび上がるのは、
・「戦線」=この世界のまやかしに気づいた覚醒者の集まり。当然、この世界に規律に反抗し、世界の謎を解き明かすために行動する者たち
・「一般生徒」=この世界のまやかしに気づきもしないで粛々と規律に従い続ける「眠れる」者たち
という構図である。
 この構図に従えば、「戦線」が「NPC」に直接危害を加えない理由もはっきりするし、「ガルデモ」が歌を通して彼らにメッセージを送り続ける意味もでてくる。非常にすっきりする。だが、この構図が成り立つためにはその彼岸に「NPCの覚醒」を配置しなければならないが、最終回でも彼らは完全に背景に押しやられてしまう。それどころか、まるで存在すらしていなかったかのような描かれ方であり、これでは「残された謎」として視聴者の想像をかきたてる要素にすらなりようがない。 
 せめて、ゆりかそれに準ずる中心メンバーの誰かが「NPC」という存在に対して理解や同情の念をほんの少しでも吐露していれば、視聴者はもっとスムーズに「NPC」に感情移入でき、彼らを前景化することができただろう。たとえ人間でなくとも、この学校で卒業することなく永遠に一生徒を演じ続けなければならないプリズナーとしての彼らの悲哀を思うことができたかもしれない。
 だが、主要メンバーが否定的見解しか述べていない状況の背景でいくら「NPC」が「生徒会長」に熱っぽく抗議したり、「NPC」同士の恋愛が示唆されたり、岩沢の歌が全校放送で彼らの耳に響き渡ったとしても、見ている視聴者は「彼らはただのハリボテだろうに」とただ困惑するばかりでその意味を理解することができない。
 これは「想像の余地を残した」ことでは断じてなく、あきらかな矛盾でしかない。岩沢の回想シーンで過剰にあふれた言葉がここでは確実に足りないのだ。 

 ところで、当初はこの世界が「死後の世界」であることも半信半疑にしか受け止めようがなかったので、NPCというゲーム用語の登場により、ここがコンピューターゲーム内の世界であり、ゆりや音無たちはそこに迷い込んだのではないかと見る向きもあった。同時に「NPC」の存在を突き詰めれば、映画『マトリックス』のような“シミュレーション”の世界なのではないかということも考えられた。
 実際、第11話で影へと変身するNPCのシーンはモブの「エージェント」化を彷彿とさせるし、第12話でゆりがたどり着くモニターが並ぶコンピュータ室のシーンは『マトリックス・リローテッド』のニオとアーキテクチャーが対峙するシーンを想起させる。おそらく、『マトリックス』がこの作品の下敷きにされていることはほぼ確実で、その“シミュレーション世界”と擬似“煉獄譚”の粗雑な合成が『AngelBeats!』という物語の核になっていると見てよいようだ。

 以上のような“違和感”は結局最後まで尾を引くことになるのだが、そんな問題を抱えながらも、物語は進展していく。
 前回、完全なる敵として登場した天使は、「一般生徒」たちの抗議を受けて、「まるで悪役ね」とひとりつぶやく。
 この可憐なたった一言で、音無が決着をつけたはずの「天使=俺たちの敵」という構図はあっさりと覆ってしまう。「天使は敵か味方か」という当初の謎が復活し、新たにその「天使性」が強調されるところは見事と言わざるを得ない。
 そして、“最初の成仏者”である岩沢の成仏の仕方については大いに注目しなければならない。
 教師たちに制圧された体育館のステージの上で、「NPC」たちとユイに向けてひとりバラードを歌う岩沢。心の中で彼女はこうつぶやく。
これが私の人生なんだ こうして歌い続けていくことが それが生まれてきた意味なんだ 私が救われたようにこうして誰かを救っていくんだ やっと、やっと見つけた

 Aパートで岩沢の過去の記憶を聞いた後の音無の言葉を借りれば彼女は「人生の理不尽を呪った」瞳を持つ、ミジンコになることを恐れているのではなく、理不尽な人生を受け入れることに果敢に抗おうとしている少女だったはずだ。なにかを見つけようとしていたわけではなかったはずなのだ。だが、彼女は何かを見つけたことを確信して成仏する。
 これは先の「NPC」解釈に見たような単純な矛盾とはまったく別物である。ここに成仏の秘密が隠されている。
 だが、この秘密を明らかにするのは第6話の分析まで保留しておくことにしよう。シリーズ最初の山場である第6話のキーパーソン直井の分析はこの物語世界の核心を明らかにすると共に成仏のしくみをも明らかにする重要な分析となることだろう。そのことを明言してひとまず次ぎのエントリーに場を移したい。

※本第3話のセグメンテーションは次回第4話のそれと併せて掲載します。