anji show

夏は徘徊 冬も徘徊 の予定.....っが、なかなか行けません

ベイケイション ホクホク北上

6/20 AM8:00
茨城県水戸市をかすめて北上開始。
宇都宮-白河-会津若松とぐんぐんと北上、少し心にも余裕が出来 気が少しずつ晴れていく 



喜多方市で唯一の外食のラーメンを頂き、3日分しか持ってこなかった衣服を洗濯し、車も洗濯をして、おいら自身も道の駅の温泉で汚れを落とす。
この日は山形の手前「上山市」で就寝 。

6/21
この日もぐんぐん北上の日。
山形から日本海へ出羽三山を越え 酒田-秋田-能代と順調に移動 白神山地の懐の深さに心惹かれながらも 竜飛岬を目指す。


天気が思わしくなく竜飛岬からの夕日を見ることは出来なかったが 一日で630km走った 満足満足。
明日の為暗い中を 下北半島 の付け根に有る六ヶ所村へ移動 そこで就寝した。

ベイケイション もっとも南へ

6/20
この日もまたAM2:00に目を覚ます。
朝食を取らずにまずは南に走り出す、この日の寝床を猪苗代湖にしたのは理由がある、前日の配信の時にリスナーさんから「19日午後から第一原発2号炉建屋の二重扉が開かれる 内部から19億ベクレルの放射性物質が放出される可能性」を聞いていた、リスクを出来るだけ避けるため内陸に寝床を定めた。
海岸線まで120km高速道路を使っていわき市を目指す。

いわき市-日立市


高速道路を降りたのは「いわき四倉IC」夜明けのちょっと前
一日のうちで一番交通量の少ない時間帯、普段ならそんなものなのだと思うところなのだが 昨日のニュースが頭に残っている 一段と人通りが少なく見える明け方の町に異様さを感じながら南にさらに進む。

日立港のそばの海岸で朝食を頂き、少なくなっていく被害の様子を確認して 
東海村の原発を過ぎたところで転進の頃合と感じる。
今度は北上する。




ベイケイション いこう南へ2

6/19午後
仙台郊外 多賀城市内で食材の調達をしていたが このスーパー、生鮮野菜には産地表示が無い 。
3.11震災もう一つの震源地「福島第一原子力発電所」この影響があるのであろう。

午前中まで岩手・宮城と一目で被害がわかる現場に居合わせたが この先は目で見えない災害現場に向かうことになる。
車の換気を止め、マスク着用 いこう南へ

仙台から南相馬まで


たどり着いた南相馬は日常風景があった、日常とは呼べないのかもしれない 日常になろうとしている風景
歩く人こそ疎らながら、店は開かれ  家庭菜園には作物があり 田んぼには稲は植えられ

飯館村


歩く人もいなく 店は閉められ 雑草対策なのか起されただけの畑 ただ車が通り過ぎていくだけ

福島市


駅前にたどり着くと多くの人たちでにぎわっていた 

ほんの2時間少しのドライブでこれだけ風景に差を感じるのは、おいらが偏見しているから? それとも実の害がそこにあるから?
事前に話を知らなければ何も感じずに通り過ぎていくだけの風景ではあるのだが

福島でお風呂を頂き、猪苗代湖畔の夕日を眺めながら寝床に着く

ベイケイション いこう南へ

6/19
昨日見た光景が頭から離れず AM2:00には目を覚ました、また眠りに付くことも出来ず南に走り始める。
頭がボーっとしながらも 気持ちの整理をしようと必死になりながら車を運転していたと思う。

宮古市街


宮古千鶏


山田町


大槌町


釜石市街


「これが現実か!どれだけのエネルギーが必要なのか?それすら判らん」

混乱しているおいらの横では、多くの被災者の方々とボランティアの人たちが現実と向き合っていた。

「なにをやっているんだ俺!」

車が多くなってきた国道を逃げるように仙台方面に走った

ベイケイション もっと南へ

6/18
車と一緒に北海道を離れるのは 20年ぶりか?
いまだにこんなスタイルの旅をしているとはねぇ 20年前のおいらにそう言われそうなとても恥ずかしくも有る。

この旅を思いついたのは今から約3ヶ月前の3.11をテレビで見てから、はじめは呆然と眺めていただけだったが 日々送られてくるニュースに恐怖をし 不安を感じかぶりついて見ていたが、時間が経つにつれ伝えfられ無い出来事が多くなっていき マスメディアの限界線が見えてきてnetでの情報収集に偏っていった。
それでも知れることには限界があり、悶々とした苛立ちを感じ始めてきてから 「行って見るしかないか」そう思うようになっていった。
 それ以来、ひそかに準備を始め ごく数名を除いてはおいらが向かおうとしている場所は伝えずに 今、青森港



さあ上陸だ
フェリーから行きよいよく飛び出しまずは八戸方面に向かう、不慣れな道と交通事情 それと被災地に向かっているという気持ちがあり フワフワと地に足が着かない気持ちのまま八戸を通過
国道から県道に降り 種差海岸と言う海岸に差し掛かるときには すっかりとドライブを楽しめるようにはなっていたのだが、少しずつ回りの景色の変化には気付き始めていた。



久慈に到着する頃にはすっかりと言葉が少なくなり、この旅を計画したことを少し後悔し始めていた。
目に飛び込んでくる光景は 今まで見たことの無い異様なものであり 体験のしたことの無い空気を感じ取っていた。



野田村集落を通過する頃には........言葉が出なくなっていた。

本日の寝床「野田畑村道の駅」でレトルト食品でお腹を満たし 一日を終える。
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