浮上してまいりました(^_^;)

問題は解決していなくて、
もしかしたらもっと悪化するかも知れない状態です。
完治するのが難しい水虫のような
(なぜ水虫に例えるのか自分でもわからないですが(笑))
時には良くなったり、悪化したり、
薬を塗ってみたり、塗るのを忘れてしまったり、
すごく気になって嫌になったり、
悩んでも仕方がないと、一緒に生きていく決意をしたり、
そういう風に付き合っていくようなものかなと思います。
いつか完治したらいいなあ~、という気持ちで。

今回学んだことは、
私(親)には、娘(子供)を救えないものなんだなあ、ということです。

私は、娘に幸せになって欲しい、今の辛さを和らげてあげたい。
つまり『救いたい』という気持ちになってしまっていました。

娘を救えないことにがっかりしたりクヨクヨしたりしていましたが、
そもそも救う、という観念を持ってしまっていることさえおこがましい、
そんな風にさえ思えます。

娘の辛さを何とかしようと思わなくていい。
そう思わないことが娘のためになる。
私が思えば思うほど、娘の辛さが増す。

娘の問題を解決できるのは、娘自身です。
もちろん、学校や心療内科や塾の先生の助けも借ります。
親として必要なことはします。
それ以外、今の私にできるのは、娘を『救いたい』と思わないこと
だと気がつきました。

娘はだんだんと学校に行かなく(行けなく)なっている感じです。
もしかしたら、学校に行くことで、心療内科の薬が増えたり
娘の寿命が一日短くなったりしているのかもしれません。
そう思うと、これでいいのかもしれません。

ただ、娘は自分から学校をやめたいと言わないので
(きっと辞めたい気持ちは常にあると思いますが)
私はこのまま傍観します。
このまま学校に行かなくなるのか、娘が辞める宣言をするのか、
それとも段々と行けるようになるのか、
今のまま行ったり行かなかったりで、学校側にジャッジされるのか、
(出席日数、成績等で)

どれになってもいいかな、と思います。
その先の方向を私なりに調べておいて、
必要ならば、娘に提示できればと思っています。