May 26, 2011

おしえること

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たまには書きましょう。

4月に入って年度が変わり、環境がガラッと変わると思いきや、そんなに変わらない毎日を送っております。
今は中学校と高校と大学と大学院と塾とを行ったり来たりの毎日を送っています。3月までと何が違うかというと、中学校が追加されたことです。
そうなんです、4月から中学校の体育の非常勤を始めたんです。ようやく先生になれました。正採ではございませんが。
まだ始まって2ヵ月ばかしですが、そこで思ったことをいくつか整理してみやんす。

大学生の頃から私は野球部の指導に携わっております。野球部に来ている子どもは多かれ少なかれ「自分がやりたい」と思っていることをやっているという状態です。中には違うという子もいるんですけど、まあだいたいはそうなんです。
だから自分はうまくなりたいと思っているし、指導者からの言葉を素直に聞くことが多いのです。自分のこだわりを曲げずにやっている子もいますが、それはそれで「やりたいこと」に対して真剣に考えて取り組んでいるということで、一生懸命さが見てとれます。

また私はアルバイトでずっと塾の講師をしています。塾に来る子どもは程度の大小はあるものの「あまりやりたいと思っていない」ということを「やらなければならない」という気持ちでやっている状態が多いような気がします。これも皆が皆ではないということはご理解ください。
「やらなければならない」という頭があるために、講師はいかに子どものモチベーションを保つかということが大切であると思います。頭でわかっていることをどのようなアプローチをすれば行動に移せるのか、という指導が出来るかという感じでしょうか。

まだ2ヵ月弱ですが、体育の授業に取り組む生徒は「やらんでええ」と思っていることをやっている状態です。これも学年やクラスによって思いっきりモチベーションが違うのですが、こうであるとしましょう。
するとモチベーションを上げるきっかけ作りから授業で始めなければならない。頑張る理由をこちらが作らねばならんわけです。体育は受験で使わないからね。それがこちらの腕の見せ所であり醍醐味なんだなと思います。いろんな発見を提示してやって興味をひかせないと授業が成立しない。そうやって頑張らんとイカンわけです。


ん〜。書いててわからんようになってきた。

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April 01, 2011

明けて今日4月1日は「どろにんげん第四部」なのだ。

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忙しい3月も過ぎ去りました。
3月は保健体育教員免許取得、非常勤講師の段取り、ウェディングDVD作成・贈呈バスケ部の栄養指導、大阪体育学会の発表、同級生の卒業式、エチェバリア、紀要論文作成、野球部合宿といろいろありました。忘れていることもあるでしょう。
4月から新生活が始まる人もそうでない人も、これからの日本を背負っていくのはアンタたちでし。頑張ってくださいや。みなさんそこそこのお金を稼いで、僕にビールをおごってください。1杯でええです。
僕も4月からは生活スタイルもぼちぼち変わりそうです。4月からは非常勤ながらも一応お金をいただいて体育を教えます。体育嫌いの僕が体育を教えます。体育を嫌いにならないようにしたいと思います。日本を背負って立つ人材を作ろう。


♪君が誰かの彼女になりくさっても

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March 04, 2011

うらぎることうらぎらないこと

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だいたいね、女の子を誘って遊びに行こうとした場合、たいていの確率でドタキャンですよね。

具体的な日程と場所を決めて、それまでにどんなことしよかなーって考えて、直前くらいに確認のメールしたら、たいていは覚えてないだとか、忘れてただとか、もしくはメールの返信すらなく、当日に無理ってくる場合ですよね。

もう女の子ってシンジラレナーイ。好きだから別れるって言われた次の週から男と同棲してたりね。そうなると女の子は裏切るものだと考えて生きていくことになるよね。すると、裏切らないものは何か?と考えるよね。

そうです、裏切らないものは家電と自転車。電気さえあれば、確実に電源が入る。ペダルをこげば、確実に走る。
PCのスイッチを入れると確実に立ち上がる。ネットを繋ぐと何でもわかる。入試問題もわかる。
DSのスイッチを入れるとパワプロクンポケットが楽しめる。裏切らない。

いや、まいったね。

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February 13, 2011

なんかもってる

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こないだ南海電車の中で、小さな女の子が私のほうをチラチラ見ながらニヤニヤしておった。
このようなことは初めてではない。物凄く頻繁にある。

秋に阪急に乗ったとき、混んでいたので私は吊革につかまって立った。すると、その向かいの4歳くらいの女の子が私を指さし、「ニンジン!ニンジン!」と叫びだした。どうやら私の名前らしい。似ている覚えはないのだが。
面白い子だなと思って、持っていたリラックマのストラップを見せると、なんとひったくって床に落としやがった。そして高らかに笑っている。なんて奴だ。隣のお父さんが物凄い勢いで私に謝りだした。いやいや、そんなに謝らないでください。

電車に乗っていた20分くらいの間、女の子はずっと私にしゃべりかけてきた。しかし、何を言っているのかはわからない。いや言っている単語はわかるのだが、文章になっていないのだ。
「ニンジン!でんしゃ!きゃべつ!ぺん!おはし!げーむ!」
これを20分聞かされるのだ。意味がわからない。必死に何かを私に伝えようとする女の子はかわいらしいけど。

降りる駅に近づいたとき、私は女の子に降りる旨を伝え、別れようとした。しかし、それよりも先に女の子が先手を打ってきた。
「おならー!おならー!」
そう叫びながら、女の子は私に抱きついてきた。
やめてくれ、私はおならなどしていない。こんな電車の中でそんな疑いはかけられたくない。
そんな気持ちを察したかのように、女の子のお父さんが「やめなさい!やめなさい!」と言いながら、私から彼女を引き離し、その口をふさぐ。しかし彼女はあきらめない。
「おな・・ら!お・・な!!」
必死に叫ぶ彼女。それを抱えてそそくさと降りて行ったお父さん。これが彼女との別れであった。

のちのち考えてみると、あのおならは「さよおなら」の意味だったのかもしれない。
だが、そんなことはどうでもいい。私の顔は初対面でいじられるほど面白いのか?
この一件はあくまで一例であり、プリキュアのコスプレをした幼稚園児にいきなりバシバシ殴られた事件など、小さな子どもに絡まれた事件は数えきれない。

まあどうでもいいんですけどね

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January 24, 2011

ぼくのかんがえたちーむ

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手帳から出したはずの年賀状が一枚出てきた。宛先は60期のキャプテンにだった。すまん。

60期といえば、僕の高校野球監督としての初めてのチームだったのだ。
顧問の先生が本当に自由にやらせてくれて、キャプテン・副キャプテンも僕が決断した。そりゃみんなの意見を取り入れてだけど、おでんくんの副キャプテンはゴリゴリに押し込んだ。
右も左も采配も選手起用もわからないなりに、秋の大会はベスト16まで進むことが出来た。春はおもわしくなかったけど。
特に選手起用の難しさったらありゃしなかった。選手を交代するのが怖い。とっさに決断するのがメチャクチャ難しい。よくスポーツの場面での采配を叩かれることがあるけれど、あれは本当に訳がわからんようになる。
ベンチ入りメンバーの選考もメチャクチャ悩む。選手の投票も参考にするが、結局最後は自分で決める。「みんな入れてやりたかった」と言うが、本当にそう思う。
60期はそういうことがすべて初めてだった。だからこそ、今思うとこうすれば良かったと思うシーンが数多くある。選手のコンバート案であったり。その中で、彼らの最後の夏の大会の試合が一番悔やまれるのですよ。

高校野球の本番は夏の大会なわけですが、初戦で負けてしまった。
このときの敗因は大きく二つあったと今では思うわけで、一つ目は、このときの相手は練習試合でボコボコに勝ったチームだったということ。大差で勝ってしまったばかりに、僕にも選手にも楽勝という気持ちがあったと思う。メンバー表を交換して、練習試合には出てなかったキャッチャーが主軸を打っていた。キャッチャーだけでも全く別のチームになってしまっていたのだ。でもこれはみんな思っていることだ。

もう一つ思っているのは、おでんくんには一度言ったかもしれないけれど、スタメンに迷いがあった。サードを誰にするかを私が悩んでいたのは、みんなご存じのことだと思うけれど、僕は先発ピッチャーも迷っていた。
夏の大会が近付くにつれて、絶対的エースだった左腕の彼の調子が下がっていった。
対照的に二番手として安定感を誇っていた、右腕のキャプテンの調子は、僕の目には左腕の彼より良く見えた。
そこで僕は、初戦にエースではなくキャプテンを先発させるというプランが頭をよぎった。
だが、ブルペンで投げているキャプテンと話しているときに「大会で俺の先発って無いっすよね?」と言われたのだ。この言葉に僕は凄く迷った。まさにそのことを考えているところに、本人がリリーフの心づもり満点だったのだ。ここでもう九分九厘エースの彼を先発させると決めた。初戦は練習試合でボロ勝ちしているところだから、エンジンを暖めるには丁度いいだろうという考えもあった。
先生にももちろん相談したが、そりゃ最初はエースでっちゅうような話に落ち着いたと思う。たぶん本人は覚えていないだろうけど。これで100%決まった。

結果、彼はめちゃ打たれた。調子は戻っていなかった。
一発勝負の高校野球に、次の試合はない。こっちが先発だったかなというのは結果論でしかない。
ただ、ずっと主線で投げてきた彼が最後打たれて負けてしまったことに、僕は納得がいっている。選手たちもきっとそのはず。(違いますでもいいよ、コメントしてくれ。)
納得のいく采配と、勝ちにいく采配は全く異なる。特に一発勝負の世界では。
「○○で負けたからしゃーない」というマネジメントをきちんとできる監督に僕はなりたい。

そして年賀状はすいません。まずはおでんくんに渡して、どのように手元に行くか試してみます。

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January 13, 2011

硬さゆえの悲劇

僕が小学校6年生の初めのころ。1年生のお世話をしようという企画がございまして、朝の1時間目の前に紙芝居だったか絵本だったかを読み聞かせに行ったんでございます。
グループで行ったのですが、協調性の無い僕は勝手に1年生と遊んでしまったのです。そのときはデコピンを両手でやって「パチン!」という大きな音を出すのがマイブームでして、それで脅しをかけていたんです。それを僕はコンパチと呼んでいました。
1年生たちはその大きな音のデコピン=コンパチに興味心身になり、紙芝居どころではなくなってしまいました。その日を境に、僕は休み時間の間じゅうずっと1年2組の子供たちに追いかけまわされるヒーローになりました。名前はコンパチ。あんこさんはコンパチとして生きていくことになりました。

コンパチのウワサは瞬く間に1年4組にまで広がりました。そうです、あのホッペが異様に柔らかいシマイワくんの弟がいるクラスです。弟もとてつもなくホッペが柔らかかった。
コンパチは昼休みになるたびに、2クラス約60人に囲まれる存在になりました。60人が一斉に飛びついてくるのです。これは本当に脅威でした。本当に身動きが取れない。しかも下敷きになる1年生もいる。その1年生を庇ってやらねばならん。グッチャグチャになりながら、コンパチのヒーローブームはゴールデンウィークあたりまで続きました。

ゴールデンウィークをあけると60人が一斉に飛びかかってくるようなブームは過ぎ去り、熱狂的コンパチファンだけが残りました。ある日の昼休みに、そのコンパチファンの中の女の子がコンパチに
「コンパチのお嫁さんになってもいい?」
と告げてきました。コンパチはハタチを過ぎたらええよと返しました。当時コンパチは12歳。少女は7歳。
すると、やんちゃな感じの男の子がコンパチにこう言いました。
「コンパチのお尻なぐってもええ?」
その当時からお尻の硬さには定評のあったコンパチ。コンパチは自分のお尻の硬さに絶対の自信を持っていましたから、危険だということをその少年に伝えました。しかし少年は引き下がりません。その少年はきっと1年生の中では1番身長が高かったでしょう。それゆえ自分のパワーには絶対の自信を持っていたのでしょう。さらにコンパチのお嫁さんになりたい女の子のことが好きだったのかもしれません。それゆえのジェラシーも感じていたのでしょう。しかしそれを差し引いても、コンパチのお尻は硬い。コンパチは少年に言いました。「どうなっても知らんぞ」と。

コンパチはお尻に力をため込みました。ロックマンのロックバスターをためるように。一尻入魂。
少年は反動をつけ、思いっきりコンパチのお尻を殴りました。

勝負は火を見るより明らかでした。そうです、コンパチのお尻の勝利です。
殴った瞬間に、少年は堰を切ったように泣き出しました。

少年の泣き声と同時に予鈴が鳴りました。
少年はどこに向けていいかわからない怒り、情けなさ、悲しみの感情が入り乱れた表情で「ごめん」とコンパチに一言告げて帰って行きました。

そんな少年も今年、成人式を迎えたことでしょう。少年は何をしてるのでしょう。
4年生ぐらいのときに、少年野球をしているのを最後に見ていません。

そして今、コンパチには嫁がいません。

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January 08, 2011

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2011年も一週間たちまして、もうお正月気分も抜けだしましたのです。七草がゆを食べる時期なんです。うちの家では毎年七草雑煮を食べるんですが。


年末年始には多くのキラキラしている人々に出会うことができました。
頑張っている同級生や後輩、素敵に輝いている年上の方々。
さらには街を行き交う人々もみんな輝いて見えたもんです。
それによって、僕は一体何をしているんだろう、病院なんか行ってるばやいではないと、強く思ったわけなんです。
今年は何かしてやろうと。何かはわからんですけどね。とりあえずライフスタイルを変えてやろうと。
やることはやらねばならんが、取捨選択の「捨」を積極的に取り入れていこうと思うわけです。
よろしくお願いいたします。

今年のテーマ「捨」

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December 31, 2010

2010から2011へ

今年嬉しかった事は、Twitterを始めて色々な方と出会えたこと。ショックだったのは、別れてひとりになってしまったこと。
来年は病気をちゃんと治してしまいたい。皆さん、外に連れて行ってください。それが治る道だと思っています。
来年はOctavioやしゃかりきコロンブス。をはじめ、色々なライブにもっと行きたい。お誘いいただいて、行けなかったライブがたくさんある。もっと行きたかった。生きたかった。会いたかった。君に。
そして自転車でもっと色んな所に行きたい。かっこいい自転車乗りになりたい。
色んなことをしたい。やり終えるまで生きたい。やり終えたら、他のしたいことを見つけたい。生きたい。
あと、地デジのテレビも欲しい。ラジオ録音用のICレコーダー的なものも欲しい。

anko920 at 04:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日記/雑記(2010) 

December 16, 2010

卒研

備忘録。
今月の初めの土曜日に、kioの卒業研究発表会に行ってきた。
私の恩師が亡くなってしまったので、去年は直の後輩がいなかったの。でも今年は栄養教育の先生が新たにいらっしゃって、その先生と親しくさせてもらったの。本当によくしていただいたので、そこの研究室の学生が卒業研究に行き詰まっていたので、私のデータを提供したの。そして、その学生たちがそれを卒業研究にしたの。それを見に行ったのです。
直の後輩が出来たようで、嬉しかったざんす。色々とまとめるまで相談もされたし。最後の謝辞に名前も入れてくれたし。
高校も卒業してからめちゃ行ってるし、大学も卒業してからめちゃ行ってる。どちらも週一以上のペースでさ。自由に生きてると思いますよ。その反動で、いま大殺界ですけどな。

anko920 at 23:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) | 大学のはなし

December 14, 2010

京セr

DSCF788611月はエントリーが1件だけ。このまま年が終わると、今年はゆきちゃんと別れただけの年になっちまう。だから忘れないためにも記録しときます。twitterは割とつぶやいているのだけど。

先週水曜日の夜中、木曜の0時〜2時の枠で京セラドーム大阪で草野球をしてきましたんや。ヒサマツマンの呼びかけでね。ヒサマツマンありがとう!
59期60期のankoチルドレン達が20人近く集まって、京セラドームで草野球。なんと素晴らしいことでしょう!念願の宮崎とバッテリーを組みましたよ。そして、おでんくんを三振にとってやりましたとも。たぶん三振だったよね。超肩が痛かったのだけど、なんとか3イニング投げられましたんや。ヘロヘロの球だったけど。今度大阪プロレス見に行きましょう。
ピッチャーを降りた後は、これまた念願のよっさんとバッテリー。よっさんは秘球・甘ったれんなボールを駆使しておりましたんや。就活頑張ってください。
ほんとねぇ、あのスタジアムは気持ちよかった。毎年やりてぇ。次はキャップ野球してぇ。ペットボトルのキャップを使って。

あたしゃ一人年上で、オッサンというカテゴリーに片足を入れかかっとりますが、これからも仲良くしてくださいね。卒業旅行も行きましょう。

anko920 at 23:54|PermalinkComments(2)TrackBack(0)野球