エゴと友だちになることは出来ますか?「偽りの自分」と「本当の自分」が友だちになることは可能ですか?

私がエゴと云う場合のエゴは あなたがそれに気づいた時 それはエゴではなくなります。

言い換えると あなたの中でエゴが働いているのにそれさえ分からないもの…それがエゴです。

つまり エゴとは あなたがその存在に気づいていないものと言えます。

強烈なエゴの持ち主は エゴが何であるかさえ知らず エゴについて学ぼうなんて興味も抱きません。

ましてや 自分が巨大なエゴの持ち主だなんて思ってもみないでしょう。エゴをエゴとして認識することが出来ないからです。

あなたがエゴを認識すると それはもうエゴではなくなります。それは単に また働き続けている今までの古い行動パターン

思考パターンに過ぎません。「誰かに認められたいエゴ」に気づいたら あなたは今に在り その時にそれはもうエゴではないのです。


思いやりを持って「気づき 手放す…」

エゴの衝動 エゴのパターンに気づいた瞬間 ある自由さがやってきます。

エゴのパターンは以前と残っていますが あなたは もう完全にはエゴに取り憑かれていないからです。

その習癖と完全に同一化していないのです。それらの習癖と友達になれますよとは言えませんが 思いやりを持って

自分自身と付き合っていくことは出来ます。

古い習癖には勢いがありますが 厳密に云うと それはもうエゴではないからなのです。

エゴというのは完全に無意識な場合のことを言うからです。ですから あなたはエゴとは友達になり得ないのです。

それに エゴを敵として扱うべきではありません。エゴを敵として扱えば エゴにもっと力を与えてしまいます。

つまり エゴはあなたの友だちでもないし 敵でもありません。エゴとは単にあなたを乗っ取り 無意識にしているものです。

よくある過ちに エゴを敵にまわしてしまうことがあります。エゴを敵に回すと エゴは裏口から入ってきます。

もう一つの過ちは エゴと戦って エゴに勝てると信じ込んでいることです。

エゴに勝つことは出来ません。戦っている限り あなたはエゴの一味です。

ですから エゴと友だちになるという言い方ではなく 無意識の状態だった古い習癖が認識され 

それに寄り添っていくという言い方が適切です。

そうしながら 同時に意識の光が現れてきています。意識の光があるからこそ それらを認識出来ているのですが…

自分を責め いじめるのではなく(それはまた無意識になった証拠)思いやりを持って「また出て来たね、また同じことやってる、私

おかしいね」と言ってあげるのです。笑うのもいいことです。自由になれます。

自分のエゴのパターン エゴの衝動に笑うことが出来れば 出たがりやのエゴを捕まえることが出来ます。

例えば 「彼らは完全に間違っている」と思い その時何か言いたい…意見を言いたくて仕方ない自分が出て来たとします。

でもあなたが何を言おうと その時のその状況はまったく何も変わらないのです。それは単なる意見に過ぎないのです。

ですから 自分の心の状態をよく見ること、何を主張したがっているのかをよく観察して しっかり自分に向き合い

問いただしてみるのです。「これを手放したらどうなるのか試してみよう」と やってみるのです。

でも無理矢理「あっちへ行け、嫌なんだから!」とやらないことです。

そうではなく 「これを手放してみよう、自分の知識を今 主張する必要はない」とやってみるのです。

これは決意とか そういうことではありません。ただ 手放し その時 どう感じるのかを見てみるのです。

あなたがエゴのパターンに気づいて それを手放していく時 ちょっと不思議なことが起こります。

まず 自分自身が小さくなったかのように感じます。

なぜなら ある状況において いつも自分が主張していたエゴ的なものの見方の行き場が無くなるからです。

ですから 何となく自分がなくなったように感じるのです。でもこれは最初のうちに感じるだけです。

そのうち深みを感じるようになってきます。なぜなら エゴというのはいつでもお山の大将でいたがるからです。

主張したがりで 目立ちたがりで 特別な人になりたいのです。 それもあなたの意見となって声高らかに出来ていれば納得なのです。

一方「谷」もあります。エゴは「山」とは反対に「谷」であることを好みません。

イエスの教え タオの教えなどの中で「高みから自己主張するのではなく 身を低くすること」が説かれています。

それが形ある権力ではなく 真のパワー・形なき本質=真のアイデンティティに繋がるのです。

ですから 最初のうちはエゴの要求に答えなくなるので ちょっと戸惑うかもしれません。

でもある時突然 真のパワーに繋がっていることを感じ そして 何かしなければ…とか 何か言って自己主張しなければ…と

感じることもなくなっていきます。それが真の平穏であり 命の在り方です。

それを感じられたら 素晴らしいことです。

でも、しばらくの間は あなたの中に生き続けている古いパターンに寄り添ってあげてください。

それも本当に必要なことです。自分は ダメだ!と責めないでください。

今のその調子でOKです。