「社会人たるもの身だしなみが大事」という先人たちの教えを聞いてからというもの、私は鼻毛のケアに余念がないのであるが、先日、いつものように鏡の前で余分な鼻毛を切り落としている折にふと、自らの胸中に疑問が立ち昇ってくるのを感じたのである。
「何故、彼らは刈られるとわかっていて外の世界を目指すのだろうか」
確かに考えてみれば不思議なことである。私が鼻毛の立場であれば、刈られるとわかっているのであれば外に出ることはなく、鼻腔内で読書をするなりして過ごすだろう。ただ、彼らはリスクを冒しながらもこぞって外の世界を目指してくる。果たしてそこにはどのような思い、モチベーションがあるのだろうか。私は彼らの置かれている環境について考えを巡らし、その結果、彼らの環境を大好きなプロ野球に置き換えてみることでそのことを解明しようと試みたのである。
まず、鼻腔の外はメジャーリーグ。鼻腔の中は国内リーグとしよう。鼻毛たちは普段、国内リーグで切磋琢磨している。その中で、ごく一部の優秀な鼻毛がシーズンを通して素晴らしい成績を収め、スター選手となっていく。すると、彼らは国内リーグだけでは飽き足らず、自らの力の限界を探るためにメジャーリーグの参戦を決める。その結果、鼻からはFA宣言した鼻毛たちがひょっこりと顔を出すのである。しかしながら、国内リーグで活躍できたからと言ってメジャーリーグで活躍できるとは限らない。だいたいの鼻毛は1シーズンと持たず首を切られるのであるが、それは鼻腔の外に出て早々刈り取られる鼻毛たちの姿を見るより明らかであろう。ただ、そんな厳しい世界の中でたまに野茂みたいな鼻毛がいる。野茂みたいな鼻毛は「活躍が難しい」と言われていたメジャーリーグでも飄々と生き抜き、当たり前のように試合に出続けている。たまに街を歩いていると、鼻毛が1本飛び出したまま生活している人があるが、あれこそが野茂みたいな鼻毛。その姿をよくよく見ると、アスファルトに咲く花のように可憐な存在であり、同時にパイオニアとしての逞しさを感じる。
しかしながら、そうした「成功者」としての前例を作ると思わぬ弊害を招くことになる。成功した前例を作ってしまうと、後進たちが「俺らでもやれる」と息巻いて、鼻腔の外に飛び出してくるのである。結果、私たちの鼻腔からは鼻毛が溢れてきて私たちは彼らに戦力外通告を与え続けているうちに一生を終えるのである。
つまり、これまでの話を総括すると、冒頭で述べた「何故、鼻毛は外の世界を目指すのか」という問いへの答えは、「若手の野心」となる。この答えは意外なものであり、どこか微笑ましさすらあるが、しかしだからと言って私は彼らの大リーグ挑戦を許容することはできないのである。そのため今日とて私は電動の鼻毛カッターを駆使して、メジャー挑戦を表明し、満面の笑みで入団会見を行う鼻毛たちを処理するのである。
私は鼻毛界のナベツネと呼ばれている。