忙しく人々が行き来する夜の三軒茶屋駅構内でカップルと思われる男女が抱き合ったまま、バグを起こしたファミコンソフトのように動かないのであるがこれは一体どういうことなのだろうか。というのも、例えば、カップルのみならず私の視界に映るすべての人間や物体が動かない上、「ビーーーーー」という不協な音がずっと鳴り続けているとすれば、これは完全なるバグ。すぐさまカスタマーセンターに電話をして
「あの…、人生がバグっちゃったんですけど…」
と報告すれば後に新品の人生と交換してくれるかもしれないが、この場合、カップルと思われる男女のみが動かないとなるとこれはもう「バグ」というよりは、この男女が意図的に抱き合ったまま動かないと考えた方が賢明なのであり、つまり、私の人生が新しいものになることはない。がっかりである。
だが、彼らは何故抱き合ったまま動かないのだろうか。どうせ恥も外聞もないのであるから、抱き合うのもそこそこに猿のようにキスをしてみたり、耳元で愛の言葉を囁いてみたりしても良いもの。だのに、今回のように2分も3分も抱き合ったままというのは実に不思議。女の方は、彼氏の胸に顔を埋めてじっとしており、一方の男の方は彼女の頭を両腕で包み込んで彼女の頭頂部に自らのおでこを載せている。そんな2人の姿は、ポンペイ遺跡で復元された抱き合うカップルの石像によく似ている。
彼らがいつになったら動き出すのか気になってパパラッチのように状況を見つめている私であったが、そこから2分ほど過ぎた時には限界に近づいてきていた。なんだかもう彼らの姿も人間ではなく、充電を行うロボットに思えて仕方がなかった。きっと、抱き合う彼女のおでこ部分にはプラスのコンセント端子、彼氏の胸部にはマイナスのコンセント端子があり、彼らは抱き合うことによってプラス端子をマイナス端子に差し込んでいるのである。ちょうど時刻も終電近く。遊び疲れたロボットカップルが行き交う人々の中で充電体制に入っている。そう考えると、この光景がひどく美しいものに思えてきた。
充電切れから復帰したiPhoneのように彼らが動き始め、抱き合うことを止めたのはそこからまた数分後。彼らは互いに言葉を交わすと笑顔のまま、それぞれ別のホームに向かって行った。ようやく終わりをみることができた私も電車に乗って帰路を急いだ。
最寄りの駅を出てしばらく自宅を目指して歩いていると、道中、ひどく酔っぱらったサラリーマンが電信柱に頭を押し付け、ろれつの回らない様子で何事かを呟いている光景に遭遇した。私には彼もまた充電が切れたロボットに見えて仕方がなかった。
思えば、その日はまだ水曜日。ロボットのおっさんは、電信柱から電気を貰って明日を生きるのだろう。頑張って欲しい。