先日、テレビを見ていれば乳酸菌飲料のCMが流れていた。大御所俳優が乳酸菌飲料を一息で飲み干し、カメラに向かって「腸まで届く乳酸菌」と言ってCMが終わったのであるが、そのCMを見た直後からなにやら心がざわざわしてくるのを感じたのである。
私が気になったのは「腸まで届く乳酸菌」というフレーズ。これは乳酸菌を服用してから腸に至るまでの間に胃酸などによって菌が死滅してしまい腸まで届かないケースが多いことを踏まえての発言であり、広告を受ける乳酸菌がしっかりと腸まで届く素晴らしいものであることを示している。しかし、考えてもみて欲しい。そもそも整腸作用を期待されている乳酸菌にとって「腸」は職場であり、「腸まで届く」というのはただの「職場出勤」に過ぎない。私たちで言えば、家を出て電車を乗り継いで会社に行くのと同じこと。つまり、社会人として見てみれば「腸まで届いて当たり前」なのであり、何もCMまで使って告知するような内容ではない。その上、出勤した乳酸菌に対して「お前は腸まで届いてすごい」と称賛しているなんてことは言語道断。理解に苦しむのである。
私は大学を卒業し社会人になってもう4年以上が経過しているが、未だかつて出勤しただけで褒められたことはない。それこそ雨の日だって雪の日だって台風の日だって私たちはただならぬ熱気を帯びた満員電車の中で朦朧とした意識の中、生死を分ける攻防を繰り返しながら出勤を続けている。その苦しみは胃酸を通過するよりも苦しく、実際、乳酸菌を満員電車に乗せた様子を顕微鏡で見てみると瞬時に死滅することが先日のネイチャー誌で発表されていた。そして、我々の素晴らしい所はそんな過酷な環境での出勤を強いられながらも誰一人脱落することなく始業時間には自らの業務を始めていることであり、その点からしても乳酸菌よりも我々の方がタフであることは間違いない。正直、「胃酸にやられました」などとのたまい、出勤しない乳酸菌は社会人としての自覚が足りないと思う。
とは言いつつも、心のどこかで出勤しない乳酸菌を羨ましく思う部分もある。確かに、私だって毎日、「職場に着いたら仕事をしなくてはならないのか」という暗然たる気持ちを胸に抱えて出勤を続けている。通勤電車を途中で下車して、街はずれにある純喫茶の中でメロンソーダを飲みたいと何度思ったことだろうか。きっと、「胃酸にやられました」と言って姿を消した乳酸菌たちは今頃、一人で映画を見ていたり、自宅で本でも読んでめいめいに休暇を楽しんでいるに違いない。むかつく。
そう思うと、誘惑に負けず腸内にちゃんと届く乳酸菌は仕事への責任感の強い乳酸菌なのだろう。ただ、彼らも私たちと同じように「腸に着いたら仕事をしなければならない」という暗然たる思いを抱いて腸を目指しているに違いない。そんな彼らのことを考えると出勤を強要する自分がひどく申し訳なく思えてきたのである。
私はおもむろに立ち上がると冷蔵庫を開け、CMで広告されていた乳酸菌飲料を取り出した。そして封を開けると乳酸菌に対して「途中で家に帰っても良いんだぞ」と言ってそれらを飲み干したのである。
それはまるで自分に言い聞かせているようだった。