街中を歩いていればそこかしこにラーメン屋の広告を見つける。それらの広告をよくよく見てみると、決まって構図は頭にタオルを巻いた店主らしき男性が胸の前で腕を組みながらこちらに睨みを利かせているものばかりなのである。正直、こちらとすれば何もしていないのにも関わらず、何故睨まれているのかもわからず困惑してしまうのであるが、そもそも日常生活を送る上であそこまで高い位置で腕を組むことがあるだろうか。彼らは私たちのことを怒っていると推測されるが、ラーメン屋の店主を怒らすようなことは何一つしていない。とすれば何故、彼らは腕を組んで我々に睨みを利かせているのだろうか。私は彼らの気持ちを汲み取るために、帰宅するとすぐにインターネットを立ち上げて、検索窓に「腕を組む 精神状態」と調べてみたのである。
すると、以下のような結果がでてきた。肩を怒らせて高い位置で腕を組む人は、相手を威嚇する意図があり、腕を組むことで自らを大きく見せて他者よりも優位に立とうとしている現れだそうだ。つまり、ラーメン屋の店主は我々を威嚇しているということになる。何故、彼らがそこまで攻撃的なのかはわからない。ただ、できることなら私はポスターの中にいる彼らに優しい表情を浮かべながら近づき、私たちは仲間っぽい存在であり、今度、気が向いたらお店にも行く旨も伝えたいのだが、見るからに頑固そうな彼らは聞く耳を持たなそうだ。彼らは人を見下したような目で虚勢を張っている。私はため息を吐く。東京が彼を変えてしまったのかもしれない。
思うに、彼は地方の出身者だろう。彼女もいてそれなりに楽しい日々を過ごしていた折、どうしても美味しいラーメンを作る夢を諦めきれずに彼女を地元に残したまま上京。そして東京でラーメン屋の店員として下積み生活を続けることになるのだが、優しかった彼は彼女との文通は欠かさず行っていたのだろう。文通は、彼が東京に行くところから始まり、初期の頃には「華やいだ街できみに会うプレゼントを探すつもりだ」などと、やや浮かれているような文言も目立っていた。ただ彼女は初めから彼が都会の絵の具に染まってしまうことを危惧していたのである。彼は笑いながらそんなことはないと否定するが、後にその不安は現実のものになる。彼はラーメン屋での修行の後に独立。自らのお店を開くことになると、彼の作る独創的な味はラーメン通を唸らせ、瞬く間に人気店となった。行列が絶えず、お金もたくさん稼ぐことができた。そして、高級車を乗り回す日々の中で彼は得意満面で彼女に手紙を書くのである。
「最高にサグなホームページができたんだ。よく見てくれ」
手紙を受け取った彼女は書かれているURLを打ち込んでホームページを見てみると、深い紫色の壁紙に不釣り合いな赤い文字で、
「宇宙の力。最高のパウダー」
という言葉が書かれていた。そして、明らかに初心者がコラージュしたであろう店のラーメンの写真が壁紙の上で高速で回転している中、あんなに優しかった彼氏が頭にタオルを巻いて胸の前で腕を組みながらこちらに睨みを利かせているのである。彼女は涙を浮かべながら返信を書く。
「いいえ草に寝転ぶあなたが好きだったの…。」

休日に街を歩けば、また例の広告を見つけた。相も変わらず彼らは腕を組みながらこちらに睨みを利かせていた。そして、広告の前に立って都会の絵の具に染まり切った彼の姿を寂しそうに見ていると、ふと脳裏に草に寝転ぶ彼の姿が浮かんだのである。その姿はとても幸せそうで今とは真逆の姿であった。そうした変わり果てた彼の姿は私の胸をひどく震わし、彼女の気持ちを思うと涙がこぼれそうであった。涙を流しながらラーメン屋の広告を見ている青年。そんなこと、恥ずかしいことこの上ない。私は手持ちのバッグを急いで漁ったが、こういう時に限ってティッシュすらも持ち合わせていない。私は、ちゃっ、と舌打ちするとこんなことを思った。
ああ、こんな時、涙を拭く木綿のハンカチーフがあったなら…。